普通の日だったはずのある日は、リトラー司令の一言によって、普通の日ではなくなった。
「今日は雪合戦をする」
『……は?』
当然会議室にいる面々は、あまりにも突然で、あまりにも訳の分からない司令の発言に、素っ頓狂な声を上げる。
約一名、「やった~雪合戦♪ 雪に注射をし~こんで~♪」とか嬉しそうに歌っていたが。
「司令、どういうことですか!?」
一部を除いた大勢の意見を、ディムロスが代表してリトラー司令に問い詰めると、リトラーはいたって大真面目に答えた。
「言っておくがディムロス。これは遊びではなくて、立派な訓練だぞ?」
「だからそれがどう言う意味での訓練なのかを聞いているのです!」
「第一に雪合戦は雪上訓練になる、そしてこのメンバーならば、綿密に作戦を立てる必要もあるだろう。つまり勝つためには、実戦並みの労力が必要ということになる。……分かるか?」
「はあ……」
確かに筋は通っているが、リトラー司令の真面目な顔に密かに出ている、嬉しそうな気持ちが会議室ににじみ出ているのは明らかだった。
ディムロスだけでなく、会議室にいる全員が「でも何故に雪合戦?」という疑問を隠せず、互いの顔を見合わせていた。
その面々の様子を上から見て、リトラー司令の顔はみるみる曇りが出てくる。
「……やっぱり嫌か?」
すごく寂しそうな声で言われて、誰一人「嫌だ」とは言えず……
「分かりました。訓練ならば、反対する理由はありません」
「ルールにもよりますが……」
「自信はないですけど、頑張ります」
「まあ、実のところワシも雪合戦は好きでのう!」
「クレメンテさんっ! 無理はダメですからね?」
「やっり~雪合戦~雪合戦~♪」
と、結局「雪合戦をしよう」という方向に話がまとまっていく。
しかし、一人だけ賛成とも反対とも言っていない人物に気付いたリトラー司令は、その人物の方を見た。
「あ、あの……カーレル君は嫌なのかな?」
と、直接ずっと黙り込んでいるカーレルに尋ねたが、カーレルは何か考え事をしているのか、何も答えない。
司令が声をかけてきたのにも気付いていない様子のカーレルを、ハロルドが軽くつつく。
「ちょっと、兄貴」
「え? あ、ああ……司令。いえ、きっと雪合戦をやることになると思って、最も訓練になるルールを考えていました。今思いついたところですよ」
『……』
「そ、そうか……それは有難う」
にっこりと答えるカーレルは、どこからどう見ても雪合戦を楽しみにしている顔をしていた。その辺はいかにもハロルドの兄である。
ということで、地上軍上層部で、雪合戦をすることになったのである……。
「では、私の提案するルールを説明します」
思いついたばかりのルールを頭の中で整理したカーレルは、心底嬉しそうに、かつ真面目にルール説明に入った。
カーレルの出したルールは、以下の通りだ。
・二人組×四組に、ジャッジ一名の、合計九人で行う。各グループは、くじで決める。
・雪玉に五回当たったら、戦闘不能として退場。
・味方の流れ玉も一回にカウントする。
・ジャッジに雪球を当てたものは、雪玉に一回当たったとしてカウントされる。ジャッジを盾にした者も同様。
・道具は自然にあるもののみを利用し、それ以外のものを使ったら即退場。
・その他、ジャッジが反則とみなした場合、それ相応のペナルティが与えられる。
「以上です。何か質問は?」
「ここにいるのは司令を入れても八人だが?」
確かに、ディムロスの言うとおり、この場にいるのは八人である。しかし、カーレルはあっさりとその問いに答えた。
「ああ、バルバトスがもうじき来ることになっている。……あ、来た」
「来てやったぞ。一体何用だ」
噂をすれば何とやら、九人目の参加者であるバルバトスが会議室にやって来たので、カーレルはバルバトスに今までの経緯を説明した。
「つまりこの俺に雪合戦をやれと? ふざけるなっ!」
「大真面目ですよね? 司令?」
「ああ。これは立派な訓練だと私は思うぞ。というか、これは命令だ」
「……ちっ」
リトラー司令の最強の武器、「命令」には逆らうことが出来ず、バルバトスは思いきり舌打ちした後、ディムロスの横に立った。
「諦めろバルバトス……司令とカーレルが恐ろしく乗り気だ」
「ふん……カーレルが嬉しそうだから司令も嬉しいんじゃないのか?」
「……どういうことだ?」
「はいそこ! しゃべらないで話を聞く!」
バルバトスの言葉が理解できなかったディムロスは、小さく首を傾げたが、カーレルの注意によってその疑問が晴れることはなかった。
そしてカーレルの提示したルールどおり、グループ分けのためのくじをそれぞれが引いていった結果……
「私はシャルティエとか。よろしく頼む」
「は、はい! ディムロス中将! (足手まといにならないようにしなきゃ……!)」
「私は司令とですね? よろしくお願いしますわ」
「勝つのは大変そうだがお互いがんばろう、アトワイト」
「え~あたしはクレメンテのじいさんとなのお?」
「ワシが怖いわい……。それに、ワシはまだまだ現役じゃぞ」
「何ぃ!? カーレル、貴様と組めと言うのかあっ!?」
「でもこれなら優勝できそうな気がしていいじゃないか」
かくして、ディムロス・シャルティエチーム、リトラー・アトワイトチーム、ハロルド・クレメンテチーム、カーレル・バルバトスチームが結成された。
「ということは……お前がジャッジか?」
「そのようですね。……何です、不服ですか?」
「いや、そういうわけではないが……」
(絶対に厳しい雪合戦になるな)
細かいことまで絶対に見逃しそうにないイクティノスがジャッジになったことで、ディムロスは何となくだがそう感じた。
そして、地上軍拠点の外の雪原を舞台にした、血も涙もない雪合戦がはじまるのである。
「死ねぇ~ディムロス!!!」
雪合戦が始まった直後、バルバトスはまっすぐディムロスに雪玉を投げつけに来た。文字に表すことの出来ない叫び声と共に、ものすごい数の雪玉を連続で投げつける。
しかし、それを見事なまでにかわしてから、ディムロスもバルバトスに音速に近い速さで雪玉を投げ返す。
「! 貴様が先にやられろ!!」
と、周りの状況が見えないほどに白熱した戦いが繰り広げられる。
他のメンバーは、一部を除いてその戦いをあんぐりと口を開けて見ていた。
「そこまでです。二方とも、五回雪玉が当たりました。……・って、人の話を聞かないか!!」
どうやってカウントしていたのか、イクティノスが割って入ったが、二人とも全く聞いておらず、そのまま雪玉を投げまくっている。
「私を怒らせない方がいいですよ……?」
ピタリと超白熱雪合戦を止めて、ディムロスとバルバトスは、イクティノスの方を見る。
イクティノスは、すでにかなりお怒りのようで、術の詠唱に入っていた。
『す、すみません……』
どういう術を唱えているかは分からないが、おそらく相当ヤバい術を使ってくるに違いない……。
そう判断した二人は、すっかり荒れ果てた雪原から戦線離脱していった。
「……さて、と。シャルティエ、今のうちにあなたも退場しなさい」
「はい……」
一見誰もいないように見えたが、雪の山からシャルティエが顔を出した。
実は、シャルティエはディムロスとバルバトスの中間地点という最悪の場所で、流れ弾に当たりまくって、すっかり雪に埋もれてしまったのである。
「酷いな、喧嘩で周りを巻き込むなんて。大丈夫か?」
「何とか生きてます……」
イクティノスに言える台詞かどうかはさておいて、恐怖心のあまりにシャルティエの声は死にかかっている。そして、シャルティエは疲れた表情でディムロス達の後を追った。
「僕、何もしてないのに……!」
当然、その後シャルティエは日記に、『ディムロス中将もバルバトスさんも自分のことしか考えてないよ!!』と記したのである。
「さ、さあ……! 続きをやろうじゃないか!」
「そ、そうでしたわね……!」
「負けんぞリトラーよ」
体勢を整えたリトラー司令とアトワイトのコンビの前に、クレメンテが大量の雪玉を前に積んで立ちはばかる。
「凄いやる気満々ですわね、クレメンテ様」
「昔は雪合戦王と呼ばれたぐらいじゃ!」
と、クレメンテは自信満々に雪玉を手に取ったが……
「ところで……ハロルド君は?」
「ん?」
「あら……? あ、あんなところに!」
と、アトワイトが指をさした方に、残る二人も視線を向ける。ここで誰も不意打ちをしてこないあたり、三人ともかなりのお人よしである。
「雪玉に~薬を仕込んで実験実験~♪」
『……!!』
まともに雪合戦をしようとした三人だったが、ハロルドの歌を聞きその行動を見た瞬間に、さっと顔が青ざめた。
何と、ハロルドは雪玉に薬を仕込んでいるのである。
「ま、まさかこの雪玉も……!?」
クレメンテが慌てて手にとった雪玉の中を割ってみると、雪の色が微妙に青くなっていた。
「ハロルド! 何をしているのっ!?」
「お? あ、やっと雪合戦できるの~? さ、やりましょ」
と、ハロルドは全く普通に、さっきまで薬を仕込んでいた雪玉を手に取った。
「やりましょって……その雪玉を投げるつもり?」
「大丈夫! 別にそんな毒薬なんかじゃないし♪」
『……』
「ハロルド、それを投げたら強制退場していただきますからね」
やっと助け舟が出てきたのか、イクティノスがハロルドに警告しながら近づいたが……
時既に遅く、ハロルドは雪玉を投げてしまい、それは思い切りリトラー司令の顔にヒットしてしまった。
「約束です。退場しなさい」
「え~? 別にいいじゃん。これもあたしにとっては訓練だし」
「訓練ではなくて、それを人は実験と言うのです。退場してください」
「ちぇ~っ……」
とかやり取りしているハロルドとイクティノスの様子を見てから、アトワイトは横にいるリトラー司令に視線を移した。
「二人とも、司令の心配をして欲しいわ」
「全くじゃな。……で、大丈夫か、リトラー」
「……死ぬかと思ったな……ははっ」
ハロルドの雪玉をくらって固まっていたリトラーは、まだ正直生きた心地がしないようで、その場で立ち尽くしている。
「ああ……とりあえず大丈夫だ。続けよう。というより、続けさせてくれ」
「上等じゃ!」
「容赦しませんわよ、クレメンテ様」
ということで、ハロルド退場後、クレメンテもかなり健闘したが……
「……負けてしもうたか」
さすがに二人を同時に相手をしたのは不利だったようで、とうとう雪玉を五回くらって、負けを認め、その場から立ち去った。
「ふう、どうやらハロルドの薬に害はなかったようだな……」
そして、残った司令とアトワイトは、辺りを見回してみたが、ジャッジのイクティノス以外は他に誰もいない。
もちろん、外野に退場した面々が顔をのぞかせているが。
「……ということは、我々が勝ったのか?」
「いえ……まだ一人、カーレルが残っています」
「そういえば、ずっと姿を見ないわね。隠れているのかしら?」
「よし、探そうアトワイト
「はい」
ということで、手分けして雪原のどこかにいるカーレルを探し出すリトラーとアトワイト。
ちなみに、クレメンテの大健闘(さすが自称雪合戦王といえる戦いぶりだった)のおかげで、すでにアトワイトはあと三回、リトラー司令に至ってはあと一回、雪玉に当たればアウトになっていた。
そして、カーレルはバルバトスがディムロスに喧嘩を売った時点で姿をくらましていたので、全く雪玉に当たっていない。
まだまだ雪合戦は、誰が勝つのか分からない状況なのである。
「きゃあっ!!?」
カーレルの捜索に当たっていたアトワイトだったが、突然足から雪が沈み込んで、下に落ちた。
「な、何なのこれ!? ……落とし穴?」
「その通り」
「カーレル!」
突然の落とし穴の上から降ってきた声の方を向くと、探していたカーレルが上から見下ろしている。
アトワイトは、何が何だかさっぱりわからないまま、ただ戸惑っていた。
「……ど、どういうことなの?」
「ずっと落とし穴を掘っていたんだ。大変だったよ? こんな道具で穴を掘るのは」
と、カーレルが手に持っているのは、石碑のような平べったい形をした岩。本人いわく、近くの森で拾ってきたらしい。
「道具は自然にあるものなら使ってもいいからね。とりあえず、悪いけど勝たせてもらうよ」
にっこりと微笑んだかと思えば、カーレルはあらかじめ用意していたのか、大量の雪玉を穴向かって投げ入れた。
当然アトワイトがそれを避けきれるはずもない。
「酷いわ……」
と一言残して、外野にいるディムロスの元へ向かっていった。
「さて、残るはあと一人……うわっ!」
アトワイトに勝って少々油断していたのか、リトラー司令の投げた雪玉が思い切り当たった。
「司令……」
「カーレル君。小細工はなしで、ここは真剣勝負といこうではないか」
「分かりました」
かくして、リトラーとカーレルの真剣勝負が始まった。
「カーレルったら、酷すぎると思わない?」
一方、カーレルの策にはめられたアトワイトは、外野でディムロス達に愚痴っていた。
「君がここまで怒るのも珍しいな」
「アトワイトさん大丈夫ですか?」
「カーレルめ~! よくもこの俺を盾にしやがったなあぁぁぁぁ!!」
「それはお前が悪いわい」
「そうそう♪ 最初っから突っ込むヤツは、最初にやられるって相場は決まってるし~?」
同じカーレルにやられた人間でも、バルバトスは誰にも同情されなかったという……。(哀)
「はあはあ……思ったより強いですね、司令」
何と、リトラー司令は奇跡的にも、一度も雪玉に当たらないまま、カーレルをあと二回まで追い込んだのである。
そしてやはり落とし穴で体力を使いすぎたのか、カーレルがその場で崩れこんだ。
「カーレル君!」
当然リトラー司令は、カーレルの身を案じてカーレルに近づいたが……
ひゅん! べし!
「カーレル君……君と言う人は……」
至近距離で、しかも不意打ちの雪玉がリトラー司令の顔にぶつかり、後ろに倒れこんだ。
その倒れ方には、どことなく哀愁が漂っていた。
「これで私の勝ち。……あ、司令。大丈夫ですか?」
思い切り当ててごめんなさい、と一言添えて、リトラー司令を起こしにかかるカーレル。
手を引かれて何とか立ち上がった司令だったが、あまりにもの酷い結末に半放心状態である。
「君はたまに、目的のために手段を選ばないところが怖いな……」
「ありがとうございます♪」
別にリトラー司令は誉めたつもりは全くなかったが、カーレルは今まで以上の、まるで天使のように微笑み返した。
はっきり言って、かなり年相応の「可愛い」に部類されるような微笑。
リトラー司令も、その微笑にだまされて、それ以上何も言うことが出来なかった。
そして、カーレル(とバルバトス)は、雪合戦に勝ったと言うことになった。
「全然嬉しくねぇんだよっ!!!!」
「だろうな」
バルバトスは何やら騒いでいたが、カーレルはというと、嬉しそうにイクティノスに話し掛けている。
「結構みんなかかってくれるものだよね」
「……この腹黒軍師。どうせルールと一緒に勝つ方法を考えていたのでしょう?」
「ん? 君ならもっと酷いことしそうだけどね」
「私だったら最初から最後までバルバトスを利用しますね。穴を掘るなんて体力の浪費だ……」
そんなカーレルとイクティノスの、果てしなく腹黒い会話を、リトラー司令はただじっと見つめていたが、ふと肩を叩かれたので、我に帰って振り返った。
「あの……リトラー司令?」
「何だ、アトワイトか。どうした?」
「その……カーレルの微笑みにだけは騙されてはいけませんわ」
「……!」
アトワイトの見事なまでに胸中を的中させた言葉に(やはりこれも女のカンなのだろうか?)、リトラー司令は、
(確かに、これからはもっと彼のことを知っておかねばならないな!)
と、アトワイトの想いとは逆のことを決意したのであった。
あとがき
旧サイトで交流あった方への誕生日プレゼントとして差し上げた小説です。
2003年日付未定 旧サイト投稿