誰のチョコレート?

 

 

 St.バレンタイン……それは女にとっても男にとっても、心躍る日。
 普段は財政難で質素な生活を余儀なくされている地上軍にとっても、そしてこの男にとっても、例外ではない。



「う、うおぉぉぉぉぉ!!!!」
 その当日の朝、この男の雄たけびに近い叫び声が地上軍基地を揺るがした。
 この男……バルバトス=ゲーティア。彼女イナイ歴=年齢。今彼の手には、彼にはとても似合わない(失礼)赤いハート型の箱が握られていた。
 朝起きたら、彼のメールボックスに入っていたのだ。
 まさに王道! そんな展開に、バルバトスは握った箱を、ワナワナと震わせた。
「いや、待てよ……?」
 もしかしたら間違いかもしれない、と疑った。
 というのも、ここのメールボックスは、数十人分がずらりと並んでいるので、普段からも他の兵士宛の手紙が間違って入っていたりするのだ。
 まずは自分のかどうか確かめよう……ということで、バルバトスは部屋の中に駆け足で駆け込み、慎重に箱のリボンを解き始めた。
 箱を開けたが、そこにあるのは箱にぴったりおさめられたハート型のチョコレート、そして一枚のメッセージカード。

『For.バルバトス』

「ぶるぅあぁぁぁぁぁ!!!!」
 間違いなく自分宛のものである、ということでガッツポーズとともにもう一度叫んだ。



「しかしこれは……誰からだ」
 メッセージカードには、誰からのものか全く書かれていない。
 とは言え、バルバトスにとっての知り合いの女性なんて、ほとんどいない。
 というか、バルバトスの中には一人しかいない。

 アトワイト=エックス。

「くっくっく……気が強そうに見えて、随分可愛いところもあるじゃないか……」
 バルバトス的には彼女しかありえないということになっているらしい。

「いや、しかしアトワイトはあの忌々しきディムロスと付き合っている……」
 さすがにディムロスの存在を抹消するほど妄想は拡大していなかったようだ。
 義理チョコという線も一瞬考えたが、寒冷地だらけの地上ではカカオはあまり採れないらしく、地上軍でも「バレンタインのチョコレートは一人一個まで!」という暗黙の法があるくらいだ。
 あの真面目なアトワイトなら、当然それは守っているだろう。
 だからつまり「チョコレートをあげる=本命」という図式が成り立つ訳で、バルバトスの中にはアトワイトしかいなかったから、「=アトワイトの本命は自分」ということになるのだが、それでもさすがにディムロスのことは気になるし、そもそも他の人間がこっそり自分を慕っている可能性は捨てきれない。

 そして、そんなバルバトスが取った選択は……
「さすがに本人と面を合わせて聞くのは恥ずかしいからな……こっそり様子を伺ってみるか……」
 チョコレートの箱を大事に抱えたまま、部屋を出た。
 実はこのバルバトス、チョコレートなど生まれて初めてプレゼントされたのである……。



 それから十分後……ラディスロウの前で、運良くすぐにアトワイトの姿を発見することができた。
 しかもそのアトワイトは、ディムロスの姿を見つけ、声をかけているところだった。
「……」
 物陰に隠れて、その様子を横目で伺った。

「ディムロス、今日は何の日か知っている?」
「……今日は……誰かの誕生日か何かか?」
「違うわよ! バレンタインよ」
「ん? そういえばそうか……?」
「一応恋人だもの! せっかくだし、あげようと思ったのに」

 何というか、完全に恋人同士の会話だ。やはりこのチョコレートはアトワイトのものではないのだろうか……という考えが頭をよぎった。

「ということで……はいどうぞ!」
「……栄養ドリンク?」
「そうよ、貴方の身体に合わせて作った特製十本入りよ。だってディムロス、甘いもの嫌いでしょう?」
「アトワイト……! ありがとうっ!」

 嬉しそうにそれを受け取るディムロスに、チョコレートを貰えなかったくせにおめでたい奴だ……とバルバトスは口の端を吊り上げた。
 傍から見ればどう見ても、「本命だけどチョコレートが苦手な彼氏のために喜びそうなものをあげました」という感じだが、バルバトスの中ではチョコレートを貰った者こそが勝者なのである。

 ……と喜んでいるうちにアトワイトはディムロスと別れを告げ、大きな袋を持ってラディスロウから離れていこうとする。
「もしかしたら代わりに他の奴にチョコレートをやるかもしれん……」
 「自分にチョコレートが来た=アトワイトからのチョコレートだ」という前提がある割に、妙に慎重で疑い深いバルバトスであった。



 ディムロスと別れた後、アトワイトが向かったのは情報部だった。
 こっそり尾行して、ドアを叩いて兵士と話しているアトワイトをじっと見つめる。
 兵士が部屋の中に入り、しばらくして一人の見知った男が部屋から出てきた。

(イクティノス=マイナードか……)
 バルバトスにとってはディムロスの次くらいに嫌いな人間だが、アトワイトが彼にチョコレートを渡す可能性はゼロではなかった。
 というのも、この二人は結構親しい。休憩時間に二人で談笑しているのを、バルバトスも何度か目撃していた。

「何か?」
「分かっているくせに。はい、イクティノスにはこれね。甘いもの好きでしょう?」
「……クッキーか」
「ええ、仕事の合間にでもどうぞ。貴方は部下の子からチョコレート貰ってそうだし、ちょうどいいんじゃなくて?」
「あまり年上をからかうな……ありがとう」

 よし違った、とバルバトスは小さくガッツポーズをした。
 顔に似合わず甘い物を好むイクティノスになら、義理チョコとは言えたったひとつのチョコレートを渡すのではないかと結構本気で思っていたのである。
 そして安心したバルバトスは、アトワイトが振り向いて鉢合わせするのを避けるため、ささっと外に出た。
 だから、この先の二人の会話を聞くことはなかったのである。

「なら、アトワイトのチョコレートは……ということだな」
「あら、分かります? さすが情報部将校となると、察しがいいのね」



 そして、情報部から出てきたアトワイトを目で追い、ラディスロウの前でシャルティエをつかまえているのを目撃した。

「どうぞシャルティエ」
「わっ……ぼ、僕ですか!?」
「何驚いているのよ。義理よ、義理」
「……わ、分かってますって! 当然じゃないですか!」

 相変わらずダメなガキだ……と思いながら、アトワイトがシャルティエに、イクティノスにあげたのと同じクッキーを手渡すのを見ていた。
 バルバトス的にも、さすがにシャルティエはないだろうと思っていたのである。
 
「そ、そんなことされたらディムロス中将に殺されますよ!」
「殺されるって……あなたねえ」
「ぜ――ったい殺されますって! チョコレートなんかもらえないですっ!」

(そうか……そういう事か)
 シャルティエの言葉を聞いて、バルバトスは納得した。
 つまり、ディムロスが怒るから、アトワイトは大っぴらにチョコレートをあげられないのだ。
 頭の固い彼氏を持つと苦労するものだ、としみじみ感じるバルバトス。
 すでにアトワイトの本命、と言う意味でバルバトスは負け犬なのだが、その辺は全く彼の中では問題になっていないようだ。

 そうしていると、アトワイトがシャルティエに別れを告げて、ラディスロウの中に入っていくのが見えた。

「ぶるぅぅぅぅあぁぁぁぁ!」
「……へ? う、うわぁ!!!?」

 ドアの前にいたシャルティエを思い切り突き飛ばし、ラディスロウのドアを突き破らんばかりの勢いで飛び込もうとする。

「アトワイトゥ! お前の想い……俺は答え……おおっと……」

 そのままラディスロウに、アトワイトに飛び込むつもりだったが、ドア越しで会話が聞こえてきたので、ギリギリのところで立ち止まった。
(何だ……? この声……)
 突き飛ばされたシャルティエが怪訝な顔でバルバトスを見ているが、それは気にせずドアに張り付いて耳をすませた。

「あら、司令にクレメンテ様」
「おおアトワイトか、いつ見ても可愛いのぅ」
「クレメンテ老……もしかしてその台詞、毎日言っているのか?」

 どうやらアトワイトは、ラディスロウに入ってすぐに、リトラーとクレメンテに会ったらしい。
「ちっ……じじいに司令かよ……」
「ってゆーか、僕、中に用が……」
「てめぇは黙ってやがれっ!」
「ひゃんっ! ……僕、何も、してないの……に」
 裏拳でシャルティエをノックアウトさせ、再びドアに張り付いた。

「うふふ。とりあえず司令達にも差し上げますわ」
「おお、有難い。美味しそうなクッキーではないか」
「チョコレートじゃなくて残念じゃのぅ……しかしディムロスがおるから、仕方ないのぉ」
「あら、ディムロスにはチョコレートではなく、栄養ドリンクを差し上げましたのよ」
「じゃあアトワイト君はチョコレートは買っていないのか?」

 リトラーのこの質問に、外にいるバルバトスはさらにドアにびったり張り付いた。

「いえ、買いましたわ。この中には入っていませんけど」
「もうあげたということか。しかし誰に?」
「全く。そんな幸運な人物は誰じゃ? どうせならワシにくれても良いではないか……」
「それは……秘密、です」

(よっしゃあぁぁぁ!!!!!)
 バルバトスはアトワイトを朝から尾行していた。
 そして今まで、彼女がチョコレートを渡した現場を見ていない!
 もうあげた、ということはつまり……
 バルバトスは勝利を確信した。邪魔なじじいと司令がいなくなったら、すぐにでもアトワイトの元へ飛んでいこう! と青春真っ只中な決意をしていた。



「それではまた」

 アトワイトがクレメンテ達と別れたのを見計らって、バルバトスはドアを蹴破った。
「ぶるうぁぁぁ! アァトワイトォ!」
「うおっ!?」
「何じゃ!?」
 驚くリトラーとクレメンテには目もくれず、そのままアトワイトを追って、階段を駆け下り、そして……

「ば、バルバトス=ゲーティア!?」
「ぜえぜぇ……アトワイト=エックス……」
「な、何?」
「チョコレート……感謝する」

(言えたぞぉぉぉ!!!)
 例の赤い箱を手に、アトワイトに直接言う事ができたことに、バルバトスは内心、狂喜乱舞していた。

「……え? ちょ、チョコレート?」
「皆まで言うな。ディムロスの目を忍んでまで俺のポストに入れたこのチョコ……今ここでぇ! 有難く頂くぞぉ!」

 そして、アトワイトの目の前でチョコレートの箱をあけ、中のハート型チョコレートを一口に、口の中に入れた。
 が……

「ね、ねえ……それ、私じゃないわよ?」
「……ふぁんだふぉお!!?」
「だから、私は貴方にチョコレートはおろか、義理だってあげてないわ」

 アトワイトの台詞に、バルバトスはそのままチョコレートを噛み砕いて飲み込んだ。

「そういうところも可愛いぞぉ? お前が照れ屋なことくらい分かっている」
「貴方ね……。どうして私が貴方にあげないといけないのよ。動機がないわ」
「しかし! 誰にもあげてなかったということは! 俺に……」
「な訳ないでしょう!? ありえないわ!」

 きっぱり斬り捨てられ、バルバトスはその場で凍りついた。

「じゃあ私は急いでいるから」

 きびすを返したアトワイトが、そのまま振り返ることなく廊下の奥に消えていく。
 義理すら貰えなかったためか、それとも確信していたものが崩れてしまったからか、その姿を追うことはできなかった。

「だったら……だったらこのチョコは……何なん……ぐっぐおぉ!」

 しかも急に腹痛がバルバトスを襲い、バルバトスはその場にうずくまった。



「そんな正体不明のもの、良く食べられるよね」
「学習能力ないわねぇ、ってゆーかバカすぎ?」

 腹痛と格闘するバルバトスの背後から、聞き覚えのある男女の声がした。
 バルバトスは、お腹を押さえたまま頭だけで振り向いた。

「ハロルドにカーレル……」

 バルバトス的に、地上軍で最も関わりたくない兄妹だ。
 というのも、何度か言葉巧みにこの二人にハメられ、妙な実験台にされた記憶があるからだ。
(……!)
 そしてにこやかに、しかもこのタイミングで声をかけてきたこの二人に、バルバトスはあるひとつの結論にたどり着いた。

「まさかぁ……まさか貴様らぁっ……」
「でもれっきとしたチョコレートよーん? モテないアンタにとっては、もう最高っしょ?」
「そうそう。私だってハロルドから貰えなかったんだぞ!?」

 カーレルの我侭はどうでも良かったが、ハロルドの言葉は聞き捨てならなかった。つまりバルバトスの結論を、そのまま肯定したのだ。

「どうおいしい? 下剤入りのチョコレート」
「何故こんなことをした……!?」
「面白そうだったから。アンタがバレンタインの話題をする兵士をぶっ飛ばしてんのを見て、ピンと来たのよねー」
「それよりバルバトス、女性を尾行するなんて、男として最低だと思わないのかい?」
「てめえら……まさかずっと……っ」
「尾行するアンタを尾行してました~☆ アトワイトが誰にチョコレート渡すのかも気になったしね~」

 つまりこの兄妹は、朝からずっとバルバトスの一部始終を見ていたのである。暇人にも程があるが、それ以上に完全にハメられたことに怒りを感じた。

「てめえら絶対殺し……ぐっ……」
「もう限界っしょ? じゃあ私達はこの辺で。お大事に~!」
「でもアトワイトは結局誰にあげたんだろう? 昨日買っている現場は見たんだけどなぁ……」

 しかし腹痛がこの二人への復讐を許さず、スタスタと歩き去る二人を引き止めることすらできないのであった。



「この恨みぃ……! 絶対に晴らしてやる! 晴らしてやるぞぉぉぉぉぉ……ぐふっ……」



 この日から、バルバトスはバレンタインはもちろんのこと、ホワイトデーにクリスマス……恋人達の行事全てに対し、恨みを持つようになったという……。


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「うふふっ♪」
 その日の夜、アトワイトは自分の私室で、知的な彼女にしては珍しく、スキップしながら冷蔵庫をあけて、ひとつの箱を取り出してからテーブルの椅子に腰掛けた。
 鼻歌を歌いながらその箱を開け、そしてまた一人であるにも関わらず、「うふふ」と笑い声を漏らす。
 箱の中に入っているものの一部を小皿にあけ、そのうちの一つを手にとってうっとりと様々な角度で見つめてから、丁寧に口に運んだ。
「うーん、美味しいv」
 頬を押さえながら、それを味わう。
「あ、いけない。残りはしまっておかないとついつい手が止まらなくなっちゃうわ」
 立ち上がって冷蔵庫に箱をしまって、そして再びテーブルについた。

「ディムロスがいらないって言うなら、やっぱりこれに限るわね~」
 クレメンテ様には身体に良くないし、イクティノスやカーレルは他の子に貰えそうだし、シャルティエや司令にあげるっていうのもねー と、ふたつめを口にした。
「高かっただけあるわ。でも一年に一回のごほうびだもの、これくらい贅沢したっていいわよね?」
 目の前のもうひとつをつまんで、そしてアトワイトは笑顔のままため息をついた。

「本当し・あ・わ・せv」

 

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あとがき

バルバトスはきっとアトワイトのこと好きなんだ!と思いながら書いたギャグだったと思います。ごめんなバルバトス。

2007年2月13日 旧サイト投稿
2015年1月31日 pixiv再掲

 

 

 

 

 

 

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