不思議な国のディムロス

 

 

 天地戦争の真っ只中のある日、ディムロスはアトワイトとイクティノスを連れて、戦闘訓練のため基地の外に出ていた。
「大丈夫か、二人とも」
 基地近辺にある山の中腹に来たところで、ディムロスは後方の二人に声をかけた。
「ええ、問題ないわ」
「しかし、やはり久しぶりの外での実戦は疲れるな……」
「そのための訓練だ。久しぶりすぎて本番で倒れられたら困るからな」
「そこまでヤワじゃない、侮るな。……ですよね、アトワイト?」
「そうよ。……! ディムロス!」
 他愛もない会話をしていたが、アトワイトの声と共に山道の奥からモンスターが飛び出し、ディムロスとイクティノスも武器を構えた。
「こんな狭い場所で戦うことになるとは……!」
「これも訓練だ! だが気をつけろよ!」
「援護は任せて!」

 そして、モンスターとの戦闘が続いたが……
「きゃっ……」
「アトワイト!!!!」
 攻撃をはじかれて一瞬無防備になったアトワイトをフォローしようとディムロスは攻撃を加えたが、振り向きざまに体当たりされてディムロスの身体が宙に舞った。
「この程度……わっ……!?」
「ディムロス!」
 難なく着地できるはずだったのだが、ここは狭い山道。
 アトワイトが声を上げたのと同時にディムロスは崖から足を踏み外し、下に向かって滑り落ちてしまった。



(うう……下が吹き溜まりになってて助かったか)
 雪の中に飛び込んだせいで寒さが身体に襲い掛かってきたが、とりあえず怪我をした様子はなく、ディムロスは髪についた雪を払いながら立ち上がった。
(しかし厄介な場所に落ちたな。アトワイト達は無事だろうか?)
 滑り落ちた先は森の中で、当然道もない。しかも、GPSや探査機の類はイクティノスに渡してしまったので、現在位置が特定できない。
「通信機は使えるな。……だめだ、出ない」
 おそらくまだ先ほどのモンスターと戦っているのだろう。中々手強い相手だったので、さすがに心配になる。
(いや、あの二人ならきっと無事だ……にしても寒い)
 森の中なので風に晒されることはないにしても、さすがに半分濡れた格好で過ごせるような状況ではなかった。
(ここを登るのは無理だし、下手に動くより通信機をオンにしたまま、この近くでアトワイト達を待つ方が正しい……かな)
 あまり動いて他のモンスターに遭遇するのも良くないし、何よりもGPSを持っていない以上、迷ったりでもすれば相手の捜索も難航するだろう。
 とりあえず寒さを凌げる場所を探そう……と、ディムロスは辺りを見回した。

「……ん、あれは?」
 少し歩いたところで木の陰から人の姿が見えたのでそちらへ向かうと、探していた人物が何やら慌てた様子で走っているのが見えた。
「イクティノス!」
 声をかけたが、聞こえていないのかイクティノスは大きな時計を抱えたまま振り返る様子もなく、ディムロスから離れるように走っていく。
「おい、イクティノス!?」
 そのまま追うと、イクティノスは見知らぬ洞窟の中に入っていってしまった。
「何なんだあいつ。しかしこんなところに洞窟があったのか」
 どう見ても辺りに道がないことから、自然洞窟の類のようだが、イクティノスがそこに入ったということは、一部の人間は知っている場所なのかもしれない……とディムロスは一人で納得しながら、洞窟の中に足を踏み入れた。
「イクティノス! アトワイトー! ……っ!?」
 洞窟に入って三歩ほど進んだが、突然足元がすくわれた感覚に陥る。暗くてよく分からなかったが、鋭い斜面になっていたようだ。
 しかし気付いたときにはもう遅く、そのままディムロスは暗い洞窟の中を落ちていった。



「全く今日は良く落ちる日だ、何でこんな目に。……なんだここは!?」
 暗い洞窟を落ちていったはずが、今ディムロスのいる場所は、とても洞窟とは思えない場所だった。いや、それどころか自分達の住む、日の届かない極寒の土地とは思えない……木漏れ日が降り注ぐ、美しい森の中だった。
(……な、なんなんだ。こんな場所、夢でも見ているのか俺は)
 しかし、洞窟を落ちた時の痛みの感覚が身体に残っており、これは夢ではないのではないか、とも思ってしまう。
(だがこんな場所聞いたことがない……しかも確かにイクティノスはここに入っていったはずだが……)
 辺りを見回してみたが、追っていたイクティノスの姿はない。しかし、奥から男性の笑い声がかすかに聞こえてきた。
 まだ夢か否か分りかねる状況だったが、とりあえずディムロスは声のする方向へと向かっていくことにした。

「ほっほっほ……年をとるとやはりのーんびり過ごすのが一番じゃよ」
「ははは、まだまだ貴方はお若いではないですか。さて、紅茶のお代わりは……」
「ほっほっほ、もう結構じゃよ。ところでそのクッキーをいただこうか」
「……リトラー司令にクレメンテ老!?」
 笑い声を頼りに森の中を進んでいったディムロスだが、開けた場所に出て見た光景に、驚愕を隠すことができなかった。
 と言うのも、森の中でリトラーとクレメンテが、楽しそうにお茶会をしていたのである。
「ほっほっほ、珍しくお客さんがいらしたようじゃの」
「はははは、確かに今の女王が即位してからと言うもの、ここに来るものは少なくなったからな」
「して、お主名を何と申す?」
「え……ああ、ディムロス……です」
 突然尋ねられて、そのまま受け答えしてしまったが、どうも様子がおかしい。
 彼らは自分の事を知らないようだし、何よりも天上軍と戦争を行っている、いつものエネルギーに満ちた様子がなかった。
 楽しそうに会話しているように見えるが、何となく乾いた笑い声だ。心の底から笑っているように思えなかった。
(しかしどうみても司令とクレメンテ老にしか……くそ、何なんだここは!?)
「なんじゃなんじゃ。そんなシケた顔をせず、せっかくじゃから彼の淹れた紅茶でゆっくりしていくが良いぞ」
「君の分のカップも用意しよう。さあ、座りなさい」
「……ど、どうも……じゃない! 私は急いでいるんです!」
 席に促されてそのまま流されてしまいそうになったが、アトワイト達のことを思い出し、思い切り机を叩いた。
 それによってディムロスの前に差し出された紅茶がひっくり返ったが、リトラー達に似た男達は、何事もなかったかのように笑った。
「ははは、面白いな君は。こんな時が止まったようなこの王国で、何を急ぐと言うのだね?」
「ほっほっほ、それとも何じゃ? 君は大臣の親戚か何かかの?」
「ははは、そういえば大臣殿はいつも急いでいるな。大きな時計なんか持って……」
「時計……そ、そうだ、その大きな時計を持った男を追っているんです! 何か存じませんか」
 ディムロスの問いに、リトラー達に似た男二人は、笑顔から一転、真面目な顔つきになった。
「大臣殿ならさきほど向こうに走って行ったよ……おそらく女王のもとに戻ったんだろう」
「しかしお主、女王に逆らうつもりならやめておくことじゃ。命が惜しければ、こうして笑って過ごしておくのが一番良い」
「その女王と言うのは一体……」
「ははは。ではお茶会の続きと行こうか」
「ほっほっほ。そうじゃな」
 しかし彼らはディムロスの問いにはこれ以降全く答えず、再び乾いた笑顔で、お茶会を続けるのであった。
「仕方ない……お世話になりました、では」
 ディムロスは、静かにその場を立ち去り、先ほどリトラー似の男が指した方向へ向かっていった。



(やはりこれは夢なのか……それとも昔ハロルドが言ってた、パラレルワールドとか言うものなのか……)
 先ほどあったリトラー達も、本人に似ているようで全く違っていた。そして、ディムロスの住んでいる地上にはない、「女王」という存在……しかし、だからと言ってここから抜け出せる方法は、全く思いつかなかった。
「うん、やはりその「女王」と言うのに会って、何とか方法を見つけるしかないな」
 イクティノスだと思って追った男も、おそらく「この国の大臣」であり、違う人物なのだろう。しかし、彼はディムロスのいた地上に現れた。
 ということは、彼らなら恐らく、地上に行く方法も知っているはずだろう……そう思い、ディムロスは女王に会うため森の中を進んでいった。
「ん、なんだ貴様は? 見かけない顔だな……んん?」
「! ……バルバトス!?」
 しばらく歩くと、門と城壁のようなものが見え、そしてその前にまたしても見覚えのある人物の姿があった。
「誰だそれは。俺はここの門番だ……許可証はあるのか?」
「許可証……いや、事情があってここに迷い出たのだ。出来れば女王か大臣に会って、助けを請いたいのだが」
「許可証のない者は、その場で切り捨てて良いと、女王から言われている……死ねーぃ!」
「ちょ、ま……」
 事情を話すや否や、バルバトス似の門番は、手に持っていた斧を振りかざし、突然切りかかってきた。どうやらこの辺も似ているようだ。
「ぶるああああぁぁぁ!」
「くっ……」
 剣を抜こうと思ったが、ここで騒ぎを起こせば女王に会うどころではなくなるだろう。そう思ったディムロスは、抜こうとした剣をおさめて、バルバトス似の門番に言った。
「分かった、通らなければいいんだろう!? 降参だ!」
「ふっ……俺の強さに怖気ついたか? はーっははははは!」
 降参と聞いたバルバトス似の門番は斧を収め、そして高笑いをした。
(ふぅ……やはりこいつはこいつなんだな。いや、女王に従ってこんな辺鄙なところにいるのだからやはり別人か……)
 まだ門番は高笑いを続けていたが、ディムロスはそのまま踵を返し、門の見えない場所まで戻っていった。



(まさか許可証がいるとはな。しかしまた戻ればあいつが切りかかってくる……やはりここは)
 後ろを振り返ってバルバトス似の門番が追ってきてないことを確認し、ディムロスは道から外れた場所を進んでいった。
 そして、草をかきわけ、門から離れた城壁の前に立った。
「よし、この木を使えば何とか……」
 城壁の近くにそびえる大木に手をかけ、登り始める。そして、城壁の一番上と同じくらいの高さにある太い枝の上に立った。
(まるで泥棒みたいだ……しかし今はやむを得ない!)
 大きく深呼吸して、ディムロスはジャンプし、城壁の上に飛び移った。そして、屈んだ状態で城壁の奥に視線を移す。
(よし……誰もいない)
 城壁は結構な高さではあったが、ディムロスは躊躇することなく、そのまま下へ飛び降りた。


「……やっとまともな着地ができた。さて、ここがその女王の敷地か」
 森の中とは違い、完全に整備された道の左右には、真赤な花が咲き誇っていた。
(この花は……昔カーレルが図鑑で見せてくれたな。バラ……だったか?)
 ディムロスの住む地上では決して咲くことのない初めて見る花だったが、何とも美しい花だと感じ、近づいて触れてみる。
「……っ……トゲがあるのかこの植物は。ん?」
 触れた指に血がにじんで慌てて手を引いたが、その時花にその指先が触れ、そして触れた場所が白く変色した。
 手元を見ると、指が血とは違う赤色に染まっていた。
「これは……塗料か? まさかここのバラ全て……ん?」
 遠くから足音が聞こえてきたため、ディムロスは慌ててバラの木の後ろに身を潜めた。
(ちょうどいい……女王について聞くか)
 足音が徐々に近づいてくるのを、木の陰から見守る。すると、またしても見覚えのある人間が姿を現した。
「あーあ、まったく何で僕がこんな……」
(今度はシャルティエか)
 シャルティエによく似た庭師風の男は、赤いペンキの入ったバケツを持って、ぶつぶつとつぶやきながら辺りの木を見て回っていた。
「あーもう、ここには白いバラしかないって言うのに……でも赤くないと女王様に殺されちゃうしー。ああーほら、ここのインク薄くなってるよ、誰か触った感じ! 落しちゃったんならせめてそこだけ切り取って欲しいよ」
 ちょうど先ほどディムロスが触れたバラを見て、シャルティエ似の男が長々とぼやいている。そのせいか、その裏にディムロスが隠れていることに全く気付いていない。
(仕方ない……こいつに女王の事を。正面から話してもバルバトスらと同じことになりかねん、ここは悪いが少々強引にでも……!)
「そこのお前、何をしている」
 脅すつもりで剣に手をかけながら飛び出そうとしたが、その前に先ほどシャルティエ似の男がやってきた方向から、別の男の声がした。
「だ、大臣殿に……女王……様」
 シャルティエ似の男の声が凍りつく。どうやら女王本人がやってきたらしい。
(これはチャンス……ってあれは……!)
 もうしばらく様子を見て、女王に直接会おうと思ったディムロスだったが、木の陰から見えたその姿に驚愕した。
「女王は散歩をされている。お前のような一庭師が、女王の前に立つとは」
「そうよ。私の散歩の邪魔だわ、控えなさい」
 大臣と呼ばれている人物がイクティノス似であることは分っていたが、その前を歩く女王は紛れもなく……
(アトワイト……だが、彼女とは違う。冷たい目だ……)
 アトワイトに姿はそっくりだったが、シャルティエ似の庭師をまるでゴミを見るかのように見下す様子は、ディムロスのよく知る誰にでも優しい彼女のものとは全く異なっていた。
(前に会った司令やバルバトスの言葉といい……まずいな、俺の話を聞いてくれるかどうか)
 不法侵入をした上にこんなところに隠れているのを許すような雰囲気ではない。仕方なく、もう少し様子を伺うことにした。

「す、すみません女王様!」
 震えた声で、シャルティエ似の庭師はその場で膝をついて控えた。
「それでいいのよ」
「ところで……この赤い塗料、説明してもらおうか」
「……!」
 さっとシャルティエ似の庭師の顔が青くなった。
「大臣、どういうこと?」
「以前赤いバラが栽培できなくなったというのは、お耳に挟んでいらっしゃいますね?」
「ええ。でも白いバラは許しませんと答えたはずよ。赤いバラでなければ死刑にすると」
「はい……そして兵士達に、別品種の赤いバラを探すように命じ、見事見つけたと報告を受けました」
「だ、大臣殿……その……」
「何を言っているの。ここにあるバラは全て赤いじゃない」
「この塗料、確かめさせてもらおうか。女王……一輪摘むこと、お許しを」
 そう言ってイクティノス似の大臣がバラの花を一輪摘み、それを強く指でこすった。
 すると、先ほどディムロスがそうなったように、その部分が白くなり、同時にこすった指が赤く染まった。
「……なっ……!」
「ここの木、全部だな?」
 イクティノス似の大臣が冷たい目でシャルティエ似の庭師を睨み付け、庭師のほうは泣きそうな表情になっている。
 そして、アトワイトに似た女王は、わなわなとこめかみを震わせ、そして怒りに満ちた表情で大臣を押しのけ、庭師の前に立った。
「私を騙していたと言うの! なんという無礼者! お前のような男は即死刑よ!」
「それがいいでしょう。見せしめに一人殺せば、他の共犯者達は必ず、恐怖のために貴女のために赤いバラを探してくれることでしょう」
「うふふ……そうね」
「そ、そんな……! 僕は……」
「言い訳など聞きたくもないわ! さあ、どんな方法で殺そうかしら……?」
(ええいもう見てられん……!)
 このままでは確実に庭師が殺される、と感じた瞬間、ディムロスの中で何かがキレた。

「いい加減にしないか!」
『……!』
 木の陰から出て素早く剣を抜き、最も近くにいたイクティノス似の大臣を羽交い絞めにした上で、その喉元に刃を当てた。
「い、いつからここに……っ……」
 大臣が抵抗する動きを見せたので、刃をさらに近づけた。そうなるとさすがに身動きが取れなくなるだろう。
 女王のほうも警戒する様子を見せながらも抵抗する様子はなく、庭師は先ほどまでの出来事に腰を抜かしている様子だ。
「私の大事な側近に手を出すなんて、良い度胸ね。何のつもり?」
「たかが自分の望む色のバラがなかっただけで死刑なんて、正気じゃないだろう!」
「……何ですって?」
「恐怖で人を従える者など、本当の女王ではないと言っているのだ!」
「女王に何と言う暴言を……!」
「全くね。それにそんな事を言いながら今私を脅している……矛盾しているのではなくて?」
「それは分っている。だが、そうでもしないと話を聞いてくれないだろう?」
「まあいいわ……ところであなた、この国の者ではないわね? 名前は?」
「ディムロス。この大臣を追って洞窟に入って、ここに迷い込んだ」
「なるほど……これは失態ね、大臣?」
「……申し訳ございません」
 女王の言葉に、大臣の身体が微かに震えたのが分った。しかし、女王は相変わらずの冷たい視線で、続けた。
「しかもこんな男に捕まって……情けないこと。私の思い通りにならない貴方なんて、いらないのよ」
「分かりました……はっ……!」
「何……!?」
 突然腕の中でイクティノス似の大臣が暴れ、不意をつかれたのもあってディムロスはバランスを崩されてしまった。
 それによって剣の刃が大臣の肩のあたりを強く切り裂き鮮血が舞ったが、気にする様子もなく、隠し持っていたのか爆弾のようなものを投げつけてきた。
「しまった……身体が痺れ……」
 爆弾にどうやら痺れ薬のようなものが入っていたらしく、ディムロスは膝をついてしまった。そして、落してしまった剣をシャルティエ似の庭師が拾い、それをディムロスに向けた。
「……正気じゃないぞ貴様ら。死ねと言われても従うのか」
「それが私の務めだ」
「ぼ、僕は……」
「やればできるじゃない。さあ、この男を連行なさい!」
 結局ディムロスは、アトワイト似の女王によって、城へ連れて行かれる羽目になった。



「私をどうするつもりだ」
「そうね……どうしようかしら? やっぱり死刑かしら?」
 檻に閉じ込めた状態で、ディムロスは謁見の間に連れて行かれ、アトワイトに似た女王は楽しそうな、そして残虐な笑みでディムロスに話しかけた。
「でもあなたが私のモノになるなら、そこから出してやってもいいわ。そうすればたまには地上に行くことも許すわ」
「地上に戻る方法があるのか……!?」
「当然でしょう。あなたは誰を追ってここに来たのかしら? ねえ?」
 そう言って、女王はイクティノス似の大臣の顔を覗き込んだ。先ほどの怪我のせいか顔色がかなり悪いが、女王はそれを気遣う様子など全く見せなかった。
「そう……我々は物資を調達するため、一部の者は地上へ行くことを許される……」
「城の裏に出口があるのよ。一方通行だから、帰りは貴方の知っている洞窟から落ちるしかないけれどね」
「……うっ……ただし我々が地上に出られるのは一時間。それ以上経てば消滅する……お前もここの住民になるなら同じだ」
「だから急いでいたのか……というか、お前大丈夫か?」
 今にも倒れそうな様子の大臣につい自分の良く知る仲間の姿を重ねてしまい、尋ねた。
「俺に対する質問は受け付けていない……! 女王の質問にのみ答えよ」
「そういうこと。で? 私のモノになると約束するわね? 安心しなさい。貴方、大臣とは違うタイプだけど好みよ。可愛がってあげるわ」
「断る。地上に戻る方法があると聞いただけで十分だ!」
 そして、ディムロスはありったけの力で檻を破った。
「……な、なんて力なの!」
「閉じ込めたと言って、私自身を拘束しなかったのは判断ミスだったな! 君は私の愛する人に瓜二つだが、彼女は君と違って思いやりのある人物だよ」
 そして、ディムロスは女王達が動く前に謁見の間を去ろうと、扉を開けた。

「あははははは! ますます気に入ったわ。私のとっておきを使うことになるなんてね! さあお前達、久々の出番よ。あの男を捕らえなさい……生死は問わないわ!」
 背後から、女王の興奮した高笑いが聞こえた。



(詳しい場所は分らないが、城の裏に行けば……!)
「ふふふ、私達から逃げられると思っているのかい?」
「私達と遊んでよ……なーんてね。でもこれはいい鬼ごっこね」
「……この声……まさか」
 追っ手が来ることは分っていたが、その声を聞いてディムロスは後ろに振り向こうとした。
 しかし、同時に小型のナイフがディムロスめがけて飛んできた。
「っ……!」
「あらら~かわされっちゃったわ。なかなかやるじゃない」
「じゃあ今度は私の出番だ……おっと、外した」
(くそっ……ここでハロルドとカーレルは反則だ!)
 アトワイト似の女王が放った追っ手は、どうやらこいつららしい。カーレルとハロルドにそっくりだ。
 ただし、敵に回ったせいなのか、いつものこの二人よりも凶悪に感じる。
「私達は特別死刑執行人。女王からは生死は問わないと言われている。久しぶりに楽しい死刑ができそうだ」
「ぐっふふ~アンタを殺して、赤い塗料にしてあげるわ~」
「いい考えだ。これで女王も白いバラを気に入るだろう。逆らった者の血でバラを染める……ぞくぞくするね」
「そういえばあのドジ踏んだ庭師も死刑らしいわよ。自分の血がペンキになるなら本望よねー」
「さて、どうやったらたくさん血を採取できるかな?」
 楽しそうな二人の会話を聞き、ディムロスは再度「ヤバい」と感じた。
 先ほどの攻撃といい、殺す気満々なのに殺気を感じない。純粋に死刑という遊びを楽しんでいる雰囲気だ。
 そして、ヤバいと察知したのと同時に、ディムロスは再度二人に背を向け、一気に走り出した。
「逃げたって無駄だよ」
「あははは~待っちなさーい!」
「誰が待つかっ!」
 そして、城の外へと出た。


 しかし、城の外へ出たはずなのに、ディムロスの目の前にはバラの並木はなかった。
 それどころか、歪んだような変な空間に投げ出されたような感じになり、振り向くとあったはずの城がなくなっていた。
「な……今度は一体……」
「うふふふふ」
 戸惑うディムロスの頭上に、女の笑い声が降ってきた。
 見上げると、アトワイト似の女王が残虐な瞳でディムロスを見下ろしていた。
「なん……だと?」
「もう貴方は私の手の中。逃げられないわ……ふふふふふ」
「ふふ、みーつけた」
「もう逃げられないんだからー」
 そうしているうちに、カーレルとハロルド似の死刑執行人達が近くに迫っていた。
 必死で走り出そうとするが、いくら走っても動いている様子のない彼らとの距離は開かない。
 あるのは、絶望感だけだった。

「私に逆らったこと、後悔するのね……さようなら、ディムロス? ……ムロス……ディム……」

 女王の声が木霊するように、響き渡った。




「……ロス……ディムロス!」
「……!?」
 女王の声が再び鮮明に聞こえたのをきっかけに、はっとディムロスは我に返った。
 すると、そこには自分の顔をのぞきこむ、女王の姿が……
「うわあああああああ!?」
「きゃっ!? どうしたのディムロス」
「え? ……アト……ワイト?」
「大丈夫? かなりうなされていたわよ?」
 心配そうな表情で、「怪我があるなら治療するわよ」と優しく声をかけてくれる女性は、あの冷たい女王ではなく、自分の良く知る恋人だった。
「……?」
「何らかの術にかかっているのではないかと思ったら……。ただ寝ていただけで何よりだ、ディムロス中将」
 アトワイトの後ろから、イクティノスの声が聞こえてきた。嫌味たっぷりではあるが、先程までのどこか狂気に満ちた大臣とは違いその表情には柔らかさがあった。
「イクティノス……私は、夢でも見ていたのか……?」
「は? 寝ていた上に夢か?」
「いや、戦闘で崖から落ちたあと、そこの洞窟に……あれ?」
 不思議な世界に通じる洞窟を指したが、そこには洞窟などなく、ただの岩があるだけだった。
「……寝言に付き合うつもりはない。行こう、アトワイト」
「ちょ、ちょっと……。えっとディムロス、立てる?」
 呆れたように踵を返し、そのまま歩いていくイクティノスに、アトワイトは慌てて座り込んだままのディムロスに手を差し伸べた。
 ディムロスが握り返したアトワイトの手は、とてもあたたかかった。
「ああ言ってるけど、イクティノスも相当心配していたわよ? 貴方が無事で安心したから、あんな事言ってるのね」
「アトワイト、いい加減な事を吹き込むな。……ディムロスがあの程度で死ぬはずがない」
「そうね。さあ行きましょうディムロス。夢の話は帰ってから聞かせてね?」
 どうやらアトワイトもディムロスが何か夢を見ていただけだと思っているらしい。
(まあ、夢だったんだろうな……夢でよかった)
 あたたかく微笑むアトワイトを見て、ディムロスは心からそう思った。

「……ん?」
 ふと自分の手元を見ると、指の部分が赤く染まっていることに気付いた。
 ちょうど夢の中で、赤く染められたバラに触れた部分だ。
「……ははっ、まさかな」
「どうしたの、早くしないと日が暮れるわよー」
「あ、ああすまん!」



 天地戦争真っ只中のある日……地上軍指揮官・ディムロスが経験した、夢のような不思議な出来事だった。

 

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あとがき

不思議な国のアリスのパロディ。たぶんこれが旧サイトで最後に書いた小説ですが、アトワイトのファンには土下座します……

2008年10月22日 旧サイト投稿
2014年11月19日 pixiv再掲

 

 

 

 

 

 

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