大空を君と

 

 

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 ここはカイルやロニの育った、デュナミス孤児院。
 エルレインとの決戦を控えていたのだが、つかの間の休息として、ここに一行で寄せてもらっていた。

 カイルとロニはリアラやナナリーを連れて、ここの主であるルーティの手伝いをしたり、子供達と遊んだりしていたが、彼ら……ジューダスとハロルドは、裏庭でひたすらイクシフォスラーの整備に取り掛かっていた。
「エンジンも異常な~し! ねえ、ジューダス」
「……何だ」
 イクシフォスラーの下からハロルドがひょっこり顔を出して、仰向けの体勢で、ジューダスを見上げた。
「あんたも別に向こうで遊んで来てもいいのよ?」
 もうこっちは終わりそうだから、と続けたが、ジューダスはハロルドを見下ろしていた視線を上に逸らした。
「ルーティさんとは元仲間か、それ以上なんでしょ?」
「べ、べつにあいつとはそういう関係じゃないと言っているだろ! ロニといい、何でそういう誤解を……」
「恋人とか片思いじゃないのは分かってるけど? 例えば……血が繋がってるとか? そういう関係?」
「……!?」
 ハロルドの言葉に、ジューダスは仮面を被っていても分かるくらいにうろたえた。
「……な、何故そんなこと、を……」
「ははーん図星ね? あんたが確かここから18年前の人物だからー……」
「これ以上は言うんじゃない! カイルやロニに知られるとややこしいから……聞こえるとまずい」
「ってことはあんたとカイルも血のつながりが……」
「……いい加減にしないと斬るぞ」
 どんどん核心に迫ってくるハロルドに、ジューダスは手持ちのナイフに手をかけた。
 それを見たハロルドは怯むことなく、
「おおー怖い! 暴力反対よーん?」
 と、からかうようにイクシフォスラーの下に潜り込んだ。

「まあ、それはそれとして」
 イクシフォスラーの下から、反省の色もなくハロルドの声がした。
 ジューダスは答えなかったが、視線だけをそこに移す。
「そんなにここにいるのが気まずいなら、私にちょっと付き合ってくんない?」
「は? 何をするつもりだ」
「テスト飛行も兼ねて、大空デートしない~?」
「断る」
 ハロルドの誘いを即答で断ったジューダスに、ハロルドは再度イクシフォスラーから顔を出して、
「別にデート中に血を抜いたりしないわよ」
「そもそもお前とデートする理由がない」
「カイルにはリアラ、ロニにはナナリー、だったら私達も……みたいな~?」
「ふざけるな!」
「じゃあ暇だし、ルーティさんにあんたのこと、言っちゃおう♪」
 そう言って起き上がり、ジューダスに背を向けてハロルドは孤児院に向かって歩き始めた。
「なっ……」
「それともカイルに言ってみるとか? でもカイルだったら、逆に喜びそうよねー」
「……ううっ」
「で、どーする? お姉さんと行く?」
 あと一歩で裏庭から出るくらいの場所で、ハロルドは振り向いて笑った。
(これじゃあ完全に脅迫じゃないか……!)
 ジューダスは心の中でそう毒づきながらも、顔を引きつらせたまま答えた。
「行けばいいんだろう、行けば」
「ぐっふふ~じゃあ決まり☆」
 踵を返してスキップしながらイクシフォスラーの元に戻るハロルドに、ジューダスは盛大にため息をついた。



「あっはははは~! きゃほーい!」
 黄色い声を上げながら、ハロルドはイクシフォスラーの操縦桿を大きく動かした。
「それっ! ツバメ返し~☆」
「……おい」
「私は鳥だー!」
「……おいっ!」
 横に乗っているジューダスが、シートにしがみ付きながらハロルドの耳元で怒鳴った。
「何?」
「何、じゃない! 少しは一緒に乗ってる僕のことを……考えろ」
「……ふーん、怖いの?」
「こ、怖いわけじゃないが」
「ならいいじゃん?」
「よくな……うっ……」
 なおも反論しようと語気を強めようとしたが、最後まで言えずにジューダスは口元を片手で押さえた。
「ん? 大丈夫~?」
「大丈夫……じゃない。頼むから……せめて普通の操縦を、だな……」
 横目でハロルドを睨み付ける目も半分涙目になっていて、顔色も悪いジューダスを見て、ハロルドは「仕方ないわねー」とイクシフォスラーを水平に安定させた。

「あんたって船酔いする子だったのね。意外だわぁ」
「知っててやっただろう、お前……」
「あれ、バレちゃってる?」
 可愛らしく舌を出したハロルドに、ジューダスは口元を押さえたまま脱力した。
「全く……人を無理矢理つき合わせておいて、何てヤツだ」
「ごめんごめん☆」
「……反省する気もないくせに、謝るな」
「ううん、悪いって結構本気で思っちゃったりしてるのよ、これでも。……ごめん」
 先ほどに比べてトーンダウンした声で、うつむきながら謝罪の言葉を口にしたハロルドを、ジューダスはやや驚いたように見た。
「いや、そこまで本気で謝るほどでも……」
「本当はね、戦争が終わったら兄貴と大空を飛び回るつもりで、イクシフォスラーを作ったの」
「……ハロルド?」
「小さい頃、本で見た真っ青な大空……私はそれが見たくて兄貴と一緒に地上軍に行った。ダイクロフトの外殻に初めて立った時は、本で見たよりもずっと綺麗な空に感動しちゃったりして……」
 いきなり語り続けるハロルドだったが、ジューダスは口を挟むことができなかった。
 ハロルドの生まれた時代……つまり千年前の地上は、いわば光の届かない凍りついた世界だった。それは、ジューダスもつい先日体験してきたところだ。
 彗星の落下によって舞い上がった粉塵は地上を闇と氷に閉ざし、光を求めて一部の人間がダイクロフトを大空に作り、それが地上をさらに闇に落とした。
 千年前の人々は、この時代の人間に比べて、ずっと大空に対して憧れを持っていたのだろう。

(……そう考えたら、ハロルドも普通の人間だな)
 やってることはめちゃくちゃだが、と心の中で付け加えながら、ハロルドをずっと見つめるジューダス。
 しかし、ふとハロルドが顔を上げたことで、その視線が完全に合った。
「なーんてね♪」
「……は?」
 視線を合わせて少し気まずくなったジューダスに、ハロルドは今度は笑顔でわざとらしくウインクした。
「イクシフォスラーは偵察用よん? 私の個人的な都合で地上軍の予算が下りるわけないっしょー?」
「何……?」
「信じちゃうなんて、ジューダスったらかーわいい♪」
 あはははは、と声を出して笑うハロルドに、ジューダスは本気でキレそうになったが、笑うハロルドの表情が少し硬いことに気付いた。
(……いつもならこいつはこんな事で大笑いしない。掴めない表情で、軽くあしらうだけだ)
 そして、ジューダスはひとつの行動に出た。

「ハロルド、テスト飛行なら操縦を僕に代われ」
「え? テスト飛行だってただの口実……」
「基本的に僕が操縦するんだ。改造後のこいつの性能を確かめたい」
「ま、まあアンタがそこまで操縦したいって言うならいいけど?」
 強引なジューダスに、ハロルドが珍しく折れて操縦席をかわった。
 いつも通り、慎重に各部をチェックしながら発進作業を行うジューダスに、ハロルドは「いきなりどうしちゃったの?」と尋ねた。
「行きたいところがある」
「どこ? もうすぐ日も暮れるけど?」
「……行けば分かる」
 そして、イクシフォスラーを再び大空に上げた。



 数十分後、ジューダスの手でイクシフォスラーはある場所に着地した。
「よし、ここだ。ここで降りるぞ」
 そう言って勝手にイクシフォスラーを降りるジューダスに、ハロルドも続いて降りた。
 海岸が岬上に出っ張っていて、目の前には海が広がり、水平線の近くに赤い太陽がある、中々景色のいい場所だった。
「……ここってリーネ村の近くよね?」
「もうすぐだ」
「もうすぐ? そういえばもうすぐ日没ね。もしかして……ここから日が沈むのを見たいとか?」
「お前本当に嫌な女だな」
 横目で睨み付けるジューダスに、ハロルドは「あらら図星?」と笑った。
「……昔スタンが言っていた。リーネ村から見る夕日は綺麗だったと」
「スタン? ああ、カイルのお父さんの……」
「僕に、今度一緒に見に行こうと言っていた。その約束は、果たせなかったがな。……確かに綺麗だ」
「……そうね」
 ゆっくり水平線に太陽が落ちていく姿を見つめながら、ハロルドも静かに相槌を打った。
「本当は嘘じゃないんだろう? カーレルと一緒に、空を飛びたかったという夢は」
「さあ? どうだろう?」
「お前、素直じゃないな」
「あらら? ジューダスほどじゃないわよ?」
 自然と互いの視線が合って、小さく笑いを漏らした。
「ま、ダイクロフトから見た青空に感動したのは本当。でも、ダイクロフトからはこの景色は見られなかったかな? だから私をここに連れてきてくれたの?」
「スタンが自慢していた景色を、一度見てやろうと思っただけだ。お前のためじゃない」
「素直じゃないわねえ~」
「う、うるさい!」
 そうしているうちに、日が完全に沈んで、暗くなった後ろ側の空にうっすらと星がにじむように出てきた。
「白雲の尾根の粉塵がなければ、もっと星も見えたんだろうな……そろそろ戻るか」
「そうね。今頃カイルあたりが大騒ぎしてるわよ~? ジューダスとハロルドがいないよぉ! とか言って」
「……だな」
 カイルが大騒ぎしているのを想像して、ジューダスは軽く吹き出しながら「戻ろう」と答えた。



「……本当はね、兄貴の夢だったのよ。大空を飛ぶっての」
 イクシフォスラーでクレスタに向かう途中、ハロルドが静かにそうつぶやいた。
「え……?」
「兄貴にも見せたかったなぁ、ってちょっと思ったかな」
「……見てるさ、僕達と一緒に。カーレルも、スタンも」
「そっか。それもそうよね。っていうかアンタ、素直じゃないけどいい子よねー」
「何でいきなり子供扱いなんだっ!」
「楽しい一日、ありがとね☆ お姉さん感動よん」
「……ったく」

 その後、クレスタに着いてからもジューダスはハロルドにからかわれ続け、カイル達に「何があったの?」と質問責めにあったが……
 その表情はいつもよりも柔らかく、それがカイル達の疑問を加速させる羽目になったのである。

 

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あとがき

TOD2の5周年記念でリクエストを募った時に書いたもの。 カイリアとロニナナはカップルでいいけど、ジューダスとハロルドはいい友達でいて欲しい派。

2008年3月15日 旧サイト投稿
2015年9月6日 pixiv再掲

 

 

 

 

 

 

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