天を覆う大地、ダイクロフト。
ディムロスとイクティノスは、地上軍の精鋭としてここに潜入していた。
昼は岩陰に隠れて基地を調査していた二人だったが、夜が来て太陽が沈み、見張りの兵が少なくなったのを見計らっていた。
「……ディムロス。15分後に行動を開始する。作戦は先程伝えたとおりに」
「ああ」
じっと基地を見張っていたイクティノスが、双眼鏡から目を離して背後にいるディムロスのほうを向いた。
ディムロスがイクティノスに視線を向けると、ちょうどイクティノスの背後に満月が出ていた。
太陽と同様、地上では見ることができない月。
こうしてダイクロフトにあがるまで、本でしか知らなかった光だ。
太陽の光はすべてを照らして暖かさを感じるのに対して、月の光は大地を灯す程度でどこか冷たさを感じるものだ。
だが、月がなければ大地の輪郭は見えないだろうし、ずっと太陽が地上を照らしていれば心が安らがないような気がした。
その光は冷たいのに、すべてのものを見守る月を見ていたら、作戦前だというのに心が落ち着く……ディムロスはそう感じた。
「どうした?」
「あ、ああ……月が美しいなと思って……」
ディムロスにいわれて、イクティノスも背後のそれを見た。
「満月だな。少し明るいが、行動するならちょうどいい。初めて見るものではないだろう?」
「それはそうだが……」
感傷にひたるディムロスに対して、イクティノスの発言は現実的なものだった。
確かに地上では見られないとは言え、月を初めて見るほどディムロスも経験は浅くない。
でも、どこか今日の月は、いつも以上に印象深く、美しいような気がした。
何故だろう……と思いながらもう一度月を見る。
暗い空に輝く光が、これから向かう戦地と、共に行く仲間を照らしていた。
(ああ……そういうことか)
月の光に照らされるイクティノスを見て、ディムロスは納得した。
イクティノスの金の髪や青い瞳、人を寄せ付けない少し冷たい雰囲気は、月の光によく映えている。
いや……映える、というより、月そのものだと思った。
「何をじっと見ているんだ。聞きたいことでもあるのか?」
「うん、やっぱり似ている」
「……何が」
「月とお前」
ディムロスの言葉に、イクティノスは少し目を見開いて数秒固まったが、
「な、何を言っているんだ……寝ぼけているのか?」
そう言ってイクティノスにしては珍しく戸惑った様子で視線をそらした。
どういう反応だ、とディムロスは一瞬思ったが、直前に自分の言っていた言葉を思い出し、そして一瞬にして恥ずかしさがこみあげてきた。
「あああああ、ちっちちち違うぞ! べ、別にそういう意味では!!!」
(そ、そうだ! 確かに月が美しいとは思ったが……決してイクティノスがそうだと思ったわけではない!)
イクティノスに言い訳しながら、ディムロスは自分自身にも言い聞かせた。
「そ、そう! ただ! 一見冷たく見えても満遍なく照らしてて! で、なんとなく安心するとか思ってだな……確かにお前は同じ男から見ても……じゃなくて……その……」
なんかしゃべればしゃべるほど悪い方向に行っているような気がしたが、イクティノスが心底あきれた様子でため息をついたことで我に返った。
「す、すまん……作戦前に何を言っているんだろうな……」
「全く。男に向かって何を言っているんだ。……アトワイトが聞いたら泣くぞ」
「か、彼女は太陽だ!!!」
ディムロスの言葉に、イクティノスは数秒無表情でディムロスを見つめた後、耐え切れなくなった様子でふきだした。
「わ、笑うなっ」
「くくく……すまない……ふ、ふふっ……」
「うう……」
「そうか、ディムロスにとってアトワイトは太陽で、俺は月か」
「まあ……うん、そういうことだが……どうした?」
イクティノスが声を上げて笑うのは珍しいことだったが、笑った後に見せた表情はどこか寂しそうだった。
「俺にとって貴方は」
「ん?」
「……いや、月がそんな事を思うのは間違いか」
そうつぶやいて勝手に一人で納得したイクティノスだったが、ディムロスにはその意図が全くわからず、首をかしげた。
「何の話だ?」
「もうそろそろ時間だ」
ディムロスの問いかけには答えず、イクティノスはディムロスのいる方へ歩き、目の前で立ち止まった。
目の前まで近づいても逆光で細かい表情までは読み取れなかったが、満月の光を背にしたイクティノスは月そのものと見紛うくらいにその光に溶け込んでいる、と思った。
「知っているかディムロス」
「……?」
「月の光は太陽の光が反射しているだけで、自ら輝けない。太陽があって、初めて月は輝くことができる……俺が月なら、俺には太陽が必要だ」
イクティノスが何を言いたいのか解りかねていたディムロスだったが、太陽という言葉にふとアトワイトを思い浮かべて慌てた。
「ま、待て……お前まさか……アトワイトのこと……?」
「……は?」
「違うのか、よかった……え、だったらどういう意味で……」
どうやら誤解していたらしい、ということはわかったが、イクティノスが何を言おうとしているのか分からないまま、当のイクティノスはディムロスとすれ違ってそのまま背を向けていた。
「お、おい!」
ディムロスの呼びかけにイクティノスが振り向いた。
今まで月の光を背にして溶け込んでいた表情が、今度は光に照らされてはっきりと見えた。
「行こう。……貴方は俺が守る」
そう言ったイクティノスは、微笑んだという程ではなかったがいつもよりも少しだけ柔らかい表情をしたように見えた。
「ああ、分かった」
ディムロスは腰に下げている剣に手をかけ、イクティノスの方に向かって歩み寄った。
どことなく安心する満月の光は、目の前にいる大切な仲間を守るための力を与えてくれるような気がした。
あとがき
Twitterで少しディムイク再熱して書いた、リメDイメージのディムイク。
2014年11月1日 pixiv投稿