朝起きたときは「なんとなく疲れが取れていない」という程度だったが、昼過ぎになってはっきりと、「熱があるかもしれない」と感じるようになった。
 こう言う日は早めに休んだほうがいい……と思ったが、

「……で、こういう配置にした方が良いんじゃないかと思うのだが」

 今俺がいるのはディムロスの公室兼私室。ここで昼前から、次回の遠征について前線兵と支援兵の連携確認をしていた。
 午前中は会議室で司令やカーレルも含めて大まかな流れは決めていたのだが、細かい兵の配置についてはディムロスと俺で調整するように言われ、昼食もそこそこに二人で延々と話していた。

 ディムロスに言われて資料に視線を落とすが、自分でも驚くくらいに資料が頭に入ってこない。

「……ああ、そうだな」
「だからできれば衛生兵をこっち側の隊に……その代わり歩兵をこちらにして……」
「……」

 いつもならディムロスの方が先に「もう頭使うのは疲れた!」と音を上げるところなのに、今日に限っては完全に逆の状態だ。
 しかもそんな時に限って、ディムロスが全く音を上げる気配がない。
 せめて休憩したいと言いたいところだが、日頃音を上げるディムロスに「この程度で情けない」と嫌味を言っている自分を思い出すと、どうもプライドが邪魔をしてしまい、そのまま言うタイミングを逃し続けていた。


(とは言え……この状態ではさすがに作戦に支障をきたすな)

「……ディムロ」
「それにしてもいつもすまないな。この資料も作るのに時間がかかっただろう?」
「あ、ああ……細かいところはほとんど部下の仕事だ……」
「いつも迷惑をかけてばかりでは悪いからな。今日はお前に嫌味を言われないようにちゃんと頑張るから」
「……」

 今日ほど頑張ってほしくない日はないのだが、この空気の読めない男はいつもよりも頑張るつもりらしい。
 しかしこの様子だと、今しかタイミングがないと思い、平静を装って切り出した。

「とはいえ少し疲れただろう? 休憩にしないか?」
「じゃあ何か飲み物を用意する……茶でいいか?」
「ああ。ついでに部屋から資料を取ってきても?」
「分かった」


(資料というか、ついでに部屋から解熱剤を取ってくるか……)

 折角ディムロスがやる気を出したのだし、よく考えてみれば明日は休暇を取っている。
 せっかくの休みを寝込む行為で費やしたくはないが、熱が下がれば集中力も戻ってくるだろう。
 そう思い、椅子から立ち上がったのだが……

(……え?)

 長時間座っていたところをいきなり立ち上がったのもあったのか、急に強い眩暈が襲ってきた。
 足元に資料が落ちたにも関わらず、バサバサと落ちる音が遠くから聞こえたような気がした。
 どうやら思っていた以上に自分の身体が限界を超えていたらしい。

「……イクティノス!」

 眩暈と共に意識が遠ざかり、そのまま床に倒れこむ……そう思ったのだが。

「お、おいどうした!」
「……!」

 堅い床に倒れる代わりに、ディムロスの腕が倒れそうになった俺の身体を支えていた。



「大丈夫か!?」

 ディムロスが俺を片手で後ろから抱き留めるような感じで声をかけた。
 よく通る声が頭に響く。

「……少し、立ちくらみをしただけだ」
「少しって……」
「……っ…」

 ディムロスの空いているほうの手が、俺の首元に触れた。熱のせいか妙に身体が敏感に反応する。
 少し冷たく感じる手が何かを確かめるようにゆっくりと這い、頸動脈のあたりで止まった。

「な、何して……」
「だいぶ熱いし脈も速い。熱、あるんじゃないのか……朝からか?」
「いや、本当にマズイと自覚したのは30分ほど前だが……それより放してくれないか。と、とりあえず部屋から解熱剤を……」

 気づかれてしまったのなら仕方がないし、それにこのままディムロスに抱かれている状態は精神的にもよくない。
 熱があることは正直に話してディムロスの身体を振りほどこうとディムロスの方を向いたが……

「あ、すまん……」

 情けないことにディムロスが手を放した途端再度軽い眩暈がしてふらつく。そのせいで、今度はディムロスに正面から両肩を支えられる体勢になった。

「らしくないぞ。こんなになるまでなぜ声をかけてくれなかったんだ……」
「珍しく……お前がやる気になっていたから。……止めにくかった。すまない」
「……あ」

 俺に言われてディムロスも心当たりがあったようだ。

「そういえば休みたがってたな……なのに私は勢いでつい……」
「悪いのはディムロスじゃない」
「と、とりあえず今日はもう大丈夫だ。あとはカーレルとでも決めておくし……っておい」

 どうやら俺の身体が完全に音をあげてしまったようで、ディムロスの身体に倒れこんでしまった。

「この様子じゃ部屋どころか医務室にも行けそうにないな……イクティノス、少しこのままおとなしくしてろ」
「?」

 ディムロスの顔を見ようと身体を離そうとしたら、逆に片腕を背中に回されて抱きしめられる。
 そしてディムロスが屈みもう片方の手が太腿のあたりに伸びたと思ったら、身体が宙を浮いた。

「ディっ……」
「だから大人しくしてろって……お前さすがに重いから動かれたら落としかねない」

 横抱きにされた状態で、ディムロスが扉とは逆方向に向かった。
 仕事用のデスクの裏にある、ディムロスがいつも使っているベッドに俺を運び、そのままベッドに横たえられた。
 俺の靴を脱がして掛布団をかけたディムロスの手が、頭を撫でた。

「とりあえずここで寝てていいよ。ええと……医療班に連絡してくる。ついでに飲むものも用意するから待っててくれ」
「あ、ああ……」

 ディムロスがベッドから離れたが、同じ部屋の中なので棚からお茶を取り出すのを目で追う。
 少しして、通信機で話す声が聞こえてきた。

「……俺にもよく分からんが突然倒れたんだ。……え?ああ、分かった……うん、うん、了解だ。じゃあ頼んだぞ」

 ディムロスの話し方からして相手はアトワイトだろう。
 通信を終えてから、引出しの中をごそごそとして何かを出している。

(まさかディムロスのベッドで寝る日が来るとは……な)

 ずっとディムロスを見ていることが分かりにくいよう、掛布団を顔の半分ほどまで深めに引き上げる。
 しかも抱き上げられて優しく運ばれるなんて、まるで――

(違う、これは善意……何を考えているんだ俺は)

 倒れたことで思考もおかしくなっている、と俺はディムロスから顔をそむけてため息をついた。
 

 それから少しして、ディムロスがボトルと体温計を持ってベッドの横まで戻ってきた。

「あと20分くらいしたらアトワイトが来る。急いでくれとは言ったんだが、さすがに機密資料もあるから、一般兵や民間の医療班を上げるわけにはいかないからな……」
「すまない……」
「熱だけか?」
「頭が痛い……が、横になったら少し落ち着いてきた。その水、飲んでいいか」

 ディムロスが体温計をベッド脇の机に置いて、起き上がろうとする俺を軽く支える。
 そしてディムロスからボトルを受けとり、中の水を飲んだ。
 水ではなく、冷たくも熱くもなくぬるめに作られた、訓練兵用の機能性飲料だった。
 恐らくアトワイトにこっちの方がいいと言われたのだろう。しかし少し甘めの味が身体に染み込む感じで水以上に有難い。

「……大丈夫か?」
「大丈夫……と言いたいが」

 大丈夫だったら部屋に帰っている、と付け加え、再度ベッドに寝転がった。
 本当ならディムロス個人のベッドを占領しないで自分の部屋か医務室で静かに休みたいところだが、一度限界を迎えた身体は言うことを聞かない。

「風邪か過労かは後で診断するから、とりあえず水分とって、体温を測って、安静に、だそうだ。しんどいところ悪いが、体温だけ測らせてくれ」

 そう言って「失礼するぞ」と声をかけたディムロスが掛布団を外し、俺の上着に手をかけた。
 突然の行為に、半分まどろんでいた意識が覚醒する。

「何して……っ」
「しばらくここで休むだろう? このまま寝たらその上着、皺になるぞ。体温計を差すにしても邪魔だしな」

 上着をはだけさせられた状態でディムロスの手が背中に回り、少しだけ上半身が浮く。
 その流れでディムロスの膝がベッドに乗り、半分抱かれているような状態で密着とまではいかないが身体の距離が近くなった。

「……ちょっ……」
「よっと……」

 俺を支えていない方の手で上着をやや乱暴に肩から引きおろし、そのまま俺の両腕から器用に外した。恐らく負傷兵の扱いなどでディムロスも慣れているのだろう。
 そのまま上着はベッド横のテーブルに掛けられ、ようやく浮かせたままの俺の上半身をベッドの上に戻した。
 片方の膝をベッドに乗せて、両手は俺の顔の横に置いた状態で、ディムロスが心配そうな顔で見下ろしていた。

「測るまでもなく熱、高そうだな……顔も赤いし少し震えてる」
「っ……」
「とはいえ、ちゃんと測った方がいいんだけどな……というか測らないとアトワイトに怒られる」

 今の押し倒しているような体位を見られた方が怒られるのではないか、と思ったが、それは俺の考え過ぎだろう。
 しかしディムロスは傍から見た自分の状況に気づかない様子で、ベッドに半分乗ったまま掛けた上着の近くに置いてある体温計に手を伸ばした。
 そして、ケースを開けて体温計を取り出し、もう片方の手で今度は俺のシャツのボタンに手をかけた。

「ま、待って……それくらいは自……」

 さすがにそこまで出来ないほど重病ではないのだが、ディムロスを制しようと手を伸ばした頃にはボタンが2つほど外され、胸元を露出させられていた。

「あっ……」

 ディムロスがそのまま体温計を脇に差そうとしたのだが、体温計の先端が鎖骨下の肌に触れ、ビクリと身体が大きく震えた。

「す、すまん……痛かったか?」
「いや……ただ熱のせいか、少し身体が敏感になっているようだ……俺の方こそ悪かった」

 そういいながら、ディムロスから体温計を受け取って自分で脇に差した。

「え、えっと……ちゃんと差して待っててくれ。す、少し席を外す」
「あ、ああ……」

 ディムロスが再度ベッドから離れ、最初に話し合っていた机の方へ行ったのを見て、俺はもう一度ディムロスに気づかれない程度にため息をついた。
 すべて善意と分かっていても、横抱きにされた上にベッドの上で抱き上げられ服まで脱がされるののはかなり心臓に悪い。

(ああ、いっそアトワイトが来るまで寝てしまおうか……)

 多分もう15分程度あれば彼女は来るだろうが、その15分が長くて仕方がない。
 ちょうど意識も半ば朦朧として、目を閉じさえすれば眠れるような気がするし、ディムロスに変に気遣われずに済むだろう。
 体温を測り終わったら寝たふりでもいいから寝てしまおう。

 そう思っていたところに、ディムロスが戻ってきた。

「待たせたな。……で、どうだった?」
「ああ……」

 体温計を取ってそのままディムロスに渡す。多分自分でも見たくないような数値になっているに違いない。
 渡すだけ渡して、ゆっくり目を閉じた。頭は少し痛むが、ちょうどいい感じに眠気が襲ってくる。

「……かなり高いな。立ってられないわけだ……イクティノス?」

 名前を呼ばれたが、目を閉じたままあえて答えないでおけば「眠いんだろう」と納得してアトワイトが来るまで離れてくれるだろう。
 あとはアトワイトが来た頃に起こしてくれるだろうし、彼女が来て点滴でも打ってくれれば、自分の部屋に戻れる。
 戻ればもうディムロスに今までされたことなんて、自分の気持ちごと忘れられるはず……


「なんだ、寝たのか……」


 そしてそのまま眠気に身を任せて、徐々に意識が遠くなっていった。


――イクティノス。

 夢にまで出てくるなんて、熱だけでなく今日の俺は色々おかしくなっているようだ。
 夢の中のディムロスが、俺の頭をなでる。

 夢と分かるくらい、甘い夢……早く目覚めた方がいいと冷静な俺が言うが、ここまで眠りに沈んでいたらもう無理だ。

 ゆっくりと唇に、優しく何かが触れた。

――俺はやはりいつものお前がいい。

 もう一度、今度はさっきよりも深めに。

――これで半分くらいはもらえたのかな……早く良くなれよ。





「う……ん……」
「あら、気が付きました?」

 目が覚めると、横から優しい女性の声が聞こえた。
 視線を向けるとアトワイトがにこりと微笑む。

「寝ている間に点滴も打っておいたから、だいぶ良くなっていると思うわ」

 確かに言われたように、先ほどまでよりかなり体が軽い。……もちろんまだ全く本調子ではないが。
 アトワイト曰く、どうやら俺は少し風邪気味で食欲が落ちていたところに今までの過労が重なって、貧血に近いような状態で倒れたらしい。
 そういえば今日は朝食を採っていなかったと言うと、「ではこれに懲りてちゃんとした方がいいですね」と笑顔でくぎを刺された。

「ところで……ずっとそこに?」
「ええ。ディムロスが出て行っちゃったから、放っておくわけにもいかないもの。でも来てから1時間も経っていないわ」
「……ディムロス?」
「私が来て状況を説明したら、「少し外の空気を浴びてくるから頼む」と言って出て行ったわ。そろそろ戻るんじゃないかしら?」

 
 アトワイトの言葉に、寝ていた間の夢を思い出した。手が自然と口元にいく。

(いや、そんなはずないか……夢に決まっている)
「? どうしたの?」
「い、いや……なんでもない。それよりもう動いても大丈夫か? 部屋に戻って着替えたい……」

 短時間で熱がある程度下がった反動でかなり汗をかいたようで、シャツが身体に張り付いている。
 起き上がってとりあえず外されたままのシャツのボタンをしめなおした。

「ええ動けるようなら……あ、でも当然仕事なんてしてはダメよ。今日はそのまま大人しく寝ていてくださいね」

 アトワイトの「まだ結構熱があるのよ」と妙な威圧感のある笑顔に、俺は「言われなくてもそんな気力はない」と苦笑した。

 アトワイトから上着を受けとり、ゆっくり立ち上がった。
 先ほどまで寝ていたのもあって何となくフラっとするが、部屋まではなんとか歩けそうだ。

「部屋まで付き添いましょうか?」
「いや……ディムロスには宜しく伝えておいてくれ」
「あとで薬を届けに行くけど、寝ていたらシャルティエに渡すか机に置くかしておくわね」
「……有難う」
「ええ、お大事にね」

 アトワイトに見送られながらディムロスの部屋を後にした。


(……ディムロス)

 自分の部屋に戻りながらディムロスの部屋で起こったことを思い出す。
 善意とはいえ、かなり俺の理性を揺さぶったディムロスの行為は、思い出しただけで鼓動が早くなったような気がした。
 とはいえ当然ただの善意。
 ディムロスがあんなことをするはずもなく……

(だから最後のあれは夢だ。忘れろ、俺……!)

 しかし心配そうなディムロスの顔が頭から張り付いて離れない。
 この様子だと、やはり早々と部屋を出て正解だったようだ。

(悪いが礼は後日に……)

 俺はディムロスに会わないよう祈りながら、部屋への帰路を急ぐことになった。


(ああ、私は何を考えてるんだ……!)

 イクティノスに体温計を渡した後、私は執務室側の机に置きっぱなしにしていた資料を眺めながら頭を横に振った。

 いつもはクールでキリっとした印象のイクティノスだが、今日は相当調子が悪かったせいでかなり様子がおかしかった。
 上気した頬に少し潤んだ目で、あんな声を出されたら……

(というかその前からなんてことをしたんだ俺は!)

 横抱きでベッドに運んだのは仕方がなかったとはいえ、そのベッドで押し倒すに近いことをするなんて、思い返してみると恥ずかしいことこの上ない。
 男にこんなことをされて、恐らくイクティノスは内心怒っていたに違いない。

(それにしても……もっと早く気づいてやるべきだったんだ)

 午前中からずっといたのに、イクティノスが倒れるまであんなに熱があることなんて全く気付かなかった自分を責めたくなった。
 多分一度倒れたことで集中力が切れてああなったのだろうが、早めに気づいていればそもそも倒れることはなかっただろうし、休憩をもう少し挟めばあんなに一気に悪化することもなかっただろう。

(そうだ、カーレルに連絡しておかないと)

 今日は少なくとも話し合いできるはずもなく、後日に回すかカーレルと決めてしまうかしたほうがいいだろう。

「……ああ、カーレル? 小声ですまん」

 これ以上イクティノスに余計な気を使わせたくないので、気づかれないようベッドから見えない位置で小声でカーレルに連絡した。
 どうやらカーレルもアトワイトから事情を聞いていたらしく、私が言う前に「作戦のことは後日にしよう」と提案してきた。

「有難う」

 通信機を切って、ふと昔の事を思い出した。
 昔、幼かった頃のカーレルが寝こんで年上の自分が看病していた時だ。

――ディムロス……もうだめ死んじゃう……でも死んだら妹が……
――しょうがないなぁカーレルは。

 苦しさと兄の責務に涙目になっているカーレルにキスをして、昔の私は言った。

――これで半分くらいもらってあげたから、早くなおせよ!



 話し合いの件は解決したから気にするな、と言いに戻って体温計を受け取ってすぐに、イクティノスはベッドで眠りに落ちてしまった。

「なんだ寝たのか……」

 あの様子なら眠ってしまったほうが楽だろう。
 それに、起きられてまたあんな顔をされたらと思うと、自分も変に意識してしまった以上都合がいい。

「……」

 先ほど思い出したことがもう一度頭の中によみがえった。

(そういえばあの時もあいつ、明日にはハロルドと遊んでたな……で私が風邪気味になったんだ)

 迷信とも言われているが、もしかしたらそれで半分もらえるのもウソではないのかもしれない。
 あの時だって寝込みはしなかったし、大丈夫だろう……それに今回のイクティノスもついては悪化させたのは自分のせいだし、少しでも早く楽になってもらいたい。

「……イクティノス」

 ベッドに屈みこんで、名前を呼んでみるが反応はない。
 そう、これは介抱であって別に変な意味じゃない――そう言い聞かせながら、イクティノスの唇に自分の唇を触れる程度に重ねた。
 ピクリとイクティノスの身体が震えたが、起きている気配はない。
 上気して少し汗ばんだ顔は、普段は見られない感じでなんとなく可愛いとも思ったがやはり苦しそうだ。

「……でもやはり俺はいつものお前がいいな」

 今度はゆっくりと、先ほどよりも深く口づける。
 少し厚めのイクティノスの唇は、思っていたよりも柔らかく、そして苦しさが伝わるくらいに熱かった。

「こ、これで半分くらいはもらえたの……かな」

 ベッドから離れて口元をおさえてみると、まだ高いイクティノスの体温が残っているような気がした。
 そして自分でもわかるくらいに心臓がバクバクと鳴っている。

「早く良くなれよ……」

 いくら昔を思い出したとはいえ、大人になってこんなことをするのはさすがに恥ずかしい。
 多分イクティノスが起きていたら絶対にできないだろう。
 なかなか落ち着いてくれない鼓動を抑えようと、何度も深呼吸する。

 そうしているうちに、ドアのチャイムが鳴り、すぐにアトワイトが入ってきた。

「お待たせ。……入って大丈夫?」
「あ、ああもちろん」

 アトワイトをベッドに案内し、彼女に突然倒れたことと、水を飲ませて今寝たところだということと、さっき測った体温計の数字を簡単に説明した。

「分かったわ。とりあえずこれだけ熱が高かったら冷やして、点滴もしたほうがいいわね。眠れてるなら……解熱剤は起きてから処方して……」
「な、何か手伝おうか?」
「大丈夫よ。とりあえず起きるまで待ちましょう。起きてもあまりひどかったら医務室まで運ぶから、その時は手伝ってもらえると助かるわ」

 てきぱきと処置するアトワイトに、とりあえず安心する。彼女が診てくれるなら大丈夫だろう。

「だったら……少し外の空気を吸ってきてもいいか? 必要なら連絡してくれ」
「いいけど、どうかしたの?」
「少し、な……」
「いいわよ、いってらっしゃい」

 こっちの方は任せて貴方も疲れているでしょう、とアトワイトが優しい笑顔を向けた。
 その笑顔に若干の罪悪感を感じながら踵を返して、通信機を持って部屋から出た。


(とりあえず少し外に出て落ち着こう……)

 
 それで自分もさっさとこんなことは忘れて、後日イクティノスに何か言われても「看病だ」と言い張ろう。
 そう思いながら、私はラディスロウの廊下を歩いて行った。

 

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あとがき

旧サイトで書いたものをpixivでリメイクしたもの。

2005年日付未定 旧サイト投稿
2015年2月26日 pixiv再掲(リメイク)

 

 

 

 

 

 

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