変わらない存在感

 

 天上軍との戦争が終わって数ヵ月後……
 ダイクロフトという一つの脅威が去り世界は平和になった……と思うかもしれないが、地上はなおも荒んだ状態にあった。
 なおも戦いを続ける天上軍の残党、野放しにされた機械たち。
 その中でも、天上軍が去ったことによって、各地では野盗の活動が盛んになっていた。

「……たかが野盗ごときで、わざわざ地上軍中将である貴方まで動く必要などなかった」
「いいじゃないか。たまには私が自ら動くのも、士気を高めるには必要なことだ」
 そしてここはそういった野盗の一つが活動しているエリアにある、小さな町の宿屋。
 ディムロス率いる遠征隊は、ここを拠点に野盗を叩く作戦を立てていたのだが、宿屋の一室で小さな言い争いが勃発していた。
 片方は作戦隊長であるディムロス、そしてもう片方は、ディムロスと同じソーディアンメンバーの一人で、今回の作戦参謀であるイクティノスだった。

「私ではそれが出来ないとでも?」
「一々突っかかるな。それに今回のは野盗の中でも特に活動が盛んだ。近隣住民も不安がっている」
「貴方、自分の立場を分かっているのか? 貴方は地上軍の中でも最も有名だ。貴方が町をうろうろしていたら、目立って迷惑だと言っているんです」
「その分は実力でカバーする! そんなに私といるのが嫌なのか?」
「そういう問題ではありません。全く貴方と言う人は、昔から何一つ成長していない……」
「何だと!?」
「それくらいになさい! もうここまで来たんだから今更文句を言っても仕方がないでしょう。ディムロスも怒鳴って相手を威圧するクセをいい加減直しなさい」
 言い争いがエスカレートするのを見兼ねて、アトワイトが間に入った。
 それによって、ディムロスもイクティノスも口を閉ざす。

 実は今回の作戦、本来ならイクティノスが指揮官、アトワイトを後方支援として、十人程度の少数精鋭で遠征を行うことになっていたのだが、ディムロスが「どうしても行く」と言って司令に掛け合い、半ば無理矢理作戦に加わったのである。
 ちなみに、他の兵士も部屋の中にいるのだが、二人の言い争いに怯えて、部屋の隅で固まっている。
 それを見て、イクティノスは小さく息をついた。
「……まあいいでしょう。これ以上貴方の考えなしの発言を聞いていると、馬鹿がうつりそうだ」
「私だって、お前の嫌味に付き合っていられるか」
 互いに視線を逸らして言う様子に、アトワイトは「全くもう」とつぶやいた。
「とにかく、今日は情報収集に努めます。貴方はここで待機しておいて下さい」
 そう言って、イクティノスはコートを羽織って、情報兵ひとりに声をかけた。
「二人だけでいいのか?」
「小さな町ですからそれで十分。それに……いい気晴らしになります」
 短くそう言って、イクティノスは部屋から出て行った。


 そして数時間後……
「さすがに遅いな……」
 一時間ほどで戻ると言っていたイクティノス達が未だ戻ってこないのを、ディムロスは時計を見ながら心配そうに言った。
「そうね……何かあったのかしら?」
 アトワイトが通信機で直接イクティノスに繋いでみるが、反応がない。
「心配だ。あいつには止められていたが、探しに行ってくる」
「……待って! あれは……」
 アトワイトが窓の外を指したので、ディムロスも窓から外を覗き込んだ。
 イクティノスが先程連れた情報兵が、足を引きずって宿の中に入って行くのが見えた。

 それを見たディムロスは、念のため剣を持って、部屋から飛び出し宿の入り口まで走った。
「おい、何があった!?」
「でぃ、ディムロス中将……イクティノス少将が……うっ……」
 ディムロスに一枚の紙を渡した情報兵が、その場で崩れるように倒れた。
「お、おい……これは……」
「ディムロス、何があったの!?」
「すまないアトワイト、彼を頼む!」
「えっ……ちょ、ちょっとディムロス……!?」
 後からやってきたアトワイトにそれだけ告げて、上着も着ないまま外へ飛び出して行ってしまった。

「一体何が……これは?」
 ディムロスが出て行った時にはらりと落ちた紙を拾い、目をやる。
「英雄ディムロス=ティンバー……貴様の仲間は預かった、その命が惜しくば日没までに来られたし……!? た、大変だわ!」
 文書に書かれた内容と、倒れた情報兵が、壊れたイクティノスの通信機を持っているのを見て、アトワイトは今の状況を察知した。
 イクティノスが連れ去られたこと、そしてディムロスが一人で作戦もなしに飛び出してしまったことを……。





「……ここが指示された場所か」
 野盗の拠点地と思われている、元天上軍の研究施設の前に立ち、ディムロスはゆっくりと剣を抜いた。
 そして、警戒しながら裏口から進入し、見張りの目を盗みながら建物に入った。
「……!」
 ふと人の気配に気付き、ディムロスは積まれていた荷物の裏に隠れ、息を潜めた。
「あの地上軍の英雄が来ているって噂は本当なのか?」
「ああ。今回連れて来た男はその仲間らしい。上が言うには、あれもソーディアンチームの一人らしいな」
「そこの突き当たりの部屋に閉じ込めたヤツか? しかし人質程度で何とかなるものかねえ」
「さあ。とにかくその英雄とやらさえ何とかすれば、地上軍は成す術もないだろうっていう話だ」
(……イクティノスはそこにいるのか?)
 その会話を聞いて、ディムロスは彼らの気配がなくなったのを確認してからそっと廊下に戻った。
 そして、廊下を忍びながら歩いて、彼らの言っていた部屋を目指した。
(ここ、か……)
 見張りがいないのは気になったが、部屋の窓をのぞきこんでみる。すると、奥に見慣れた人物が横になっているのが見えた。
 そして、気付かれるのも覚悟の上で、剣を使って扉を壊した。

「おい、イクティノス。大丈夫か」
 後ろ手に縛られて倒れているイクティノスを起こしながら、小声で声をかける。
 最初は気を失っているようだったが、ディムロスに身体を起こされて気が付いたのか、静かに目を開けた。
「……ディムロス……?」
「そうだ。……立てるか?」
 縄を剣で切って手を解放させたが、イクティノスは小さく呻き声を漏らすだけだった。
(まだ数時間しか経っていないが……何かされたのか?)
 拘束時間の割に衰弱が激しい様子だったので、さすがに心配になる。
(いや、しかしここは危険か……)
「イクティノス。とりあえず今はここから脱出することが優先だ。もう少し辛抱してくれ」
「ディムロス……」
「ん?」
 名前を呼ばれたので反応するが、苦しそうに小さく呼吸を繰り返すだけでそれ以上は何も言おうとしない。
「話はあとでゆっくり聞く。無理するな」
 イクティノスを背に担いで、ディムロスは小部屋を出た。



 そして、来た時以上に辺りを警戒しながら、何とか建物の外まで脱出した。
 戻ったらきっとアトワイトに勝手に飛び出した事を怒られるだろうとか、この分だと作戦自体も失敗だろうとか、そういったことがディムロスの頭をよぎった。
 しかし、後でどれだけ怒られたとしても、今はイクティノスを助けることができたのならばそれでいい、と思い直す。
「もう少しだ、頑張って……ん?」
 背にした建物の方から、赤い光が点滅したのに気付いた。
(まさか気付かれた……!?)
 しかし、今は逃げることが先決であり、本当に追われることになったら町を避けさえすれば、周りへの被害も抑えられる……と、ディムロスは足をはやめようとしたのだが……
「ぐっ……」
 突然腹部に刺されたような痛みが走り、逆に足を止めてしまうことになった。

「な……に……?」
 視線を下ろすと、ちょうどわき腹の部分に、ナイフが刺し込まれていた。服に血がにじむ。
 今の状況を理解できないまま膝をつくと、今までディムロスの背に寄りかかっていたイクティノスが離れて行き、同時にナイフが引き抜かれ、鮮血が舞った。
「イクティ……ノス……」
 ディムロスが振り向くと、血が滴るナイフを持ったイクティノスがいた。その瞳はまるで人形のように、冷たく生気を感じさせない。
 そして、建物から十数人の男と、彼らに躾けられた数匹の犬型のモンスターが飛び出してきた。
 その中の一人、おそらく野盗のリーダーと思われる人物が長剣を片手に、一歩前に出た。
「ふっ……ははははははっ! ここまでまんまと引っかかってくれるとはお笑いだな、英雄ディムロス・ティンバー!」
「き、貴様……イクティノスに何をした」
 急所といわれる場所の一つを刺されて、下手をすればそのまま倒れそうな状態ではあったが、ディムロスは何とか立ち上がって持っている剣を抜き、それを地面に刺して自分の身体を支えた。
 さすがにここまで来たら、部下の情報兵だけを解放したことも、今まで誰にも見つからず事を運べたことも、全てが罠だったと悟るしかなかった。
 恐らく、イクティノスは何らかの方法で、野盗達に洗脳されている状態にあるのだろう。
 そして同時に、アトワイト達と何も作戦を練らずに、剣一本だけで飛び出してしまった自分の迂闊さを感じた。

 そうしているうちに、イクティノスは野盗のリーダーに剣を渡され、そして感情のない表情のままディムロスに視線を向けた。
「……やめるんだ、イクティノス。私が分からないのか?」
 しかし、イクティノスは手に取った剣を容赦なく振り下ろした。それをディムロスは反射的に剣で受け止めるが、同時に刺されたわき腹に激痛が走り、呻き声を漏らした。
「無駄だ。この男、どうやら相当貴様に入れ込んでいたようで洗脳するのに時間はかかったが、その分予想以上に深く洗脳することが出来た! 今この男には、貴様への殺意のみしか頭にない」
「ならば貴様らを倒してイクティノスを解放するのみ!」
「出来るかな? この犬どもは、一旦解き放てばこいつを噛み殺すように命令している。下手な動きを見せたりこの場から逃げようとすれば、貴様の仲間は貴様の前で、無防備に殺されることになるだろう! いくら地上軍きっての剣の使い手だろうと、貴様を殺そうとする仲間を守りながら、我々全員を倒すことなど出来まい?」
「くっ……」
「貴様が生き残る術はただ一つ。仲間を殺せばいい。逆に仲間を助けたいのなら、ここで貴様が死ね。そうすれば洗脳も解けるだろう……さあ、ディムロスを殺せ!」
 野盗の言葉と同時に、建物から再度赤い光が何度か点滅を繰り返した。
「ディムロスを殺す……ディムロス……!」
 同時に、イクティノスの攻撃の手が一層に激しくなる。
 剣の重さや早さなどは十分にかわせるものだが、どの攻撃も確実に急所やディムロスにとって苦手な場所に打ち込まれてきた。
 それは、ディムロスのデータを十分に熟知している、イクティノスならではの戦い方だ。
「やめろ……イクティノス……ぐぁ……」
 何度も死角に近い場所を狙ってくるのをかわしたせいで身体に負担がかかってきたのか、とうとうわき腹の痛みに耐え切れずに膝をついてしまった。
「ディムロス・ティンバー。貴様には感謝する」
「何だと……」
「おかげで地上軍が近くの町に来たという情報を、いち早く手に入れることができた。それに……貴様の首さえあれば、地上軍も我らに対抗する民間人も、我々に楯突くこともなくなるだろう。ここに来たことが運の尽きだったな!」
――貴方は地上軍の中でも最も有名だ。貴方が町をうろうろしていたら、目立って迷惑だと言っているんです
 野盗の言葉に、町でのイクティノスの言葉が重なる。
(そうだ……イクティノスとアトワイトだけなら、ヤツらも気付かなかった可能性があった。私の所為だ……)
 ディムロスは、自分の迂闊さが今の最悪の状況に結びつけてしまったことを痛感した。
 このままでは、自分もイクティノスも助からないかもしれないと思うと、相手の言葉通り、自分を責めるしかない。

「……たくない」
「? イクティノス?」
 とどめをさすべく近づくイクティノスが、小さい声で言葉を発したことに気付き、ディムロスは顔を上げた。
「私を殺せ……私は貴方を、殺したくない」
「……!」
 同時に、イクティノスの瞳から涙が零れた。
「イクティノス! このままでは私もお前も助からない……頼む、お前だけでも逃げてくれ!」
「私は、貴方のことを……」
「何をしている、さっさと殺せ!」
 イクティノスは剣を下ろしかけたが、野盗の苛立った声と共に、建物から赤い光の点滅がはじまる。
「うっ……ああ……」
(……そうか、あの光……あれがイクティノスを!)
 ディムロスは、最初に刺された時も同じ光があったことに気付いた。そして、助け出した時は洗脳されていた様子がなかったことからも、あの光から何らかの電波が発信されていることは間違いない、と感じた。
 しかし、同時にイクティノスは再度剣を構えて、膝をついた自分の前で、剣を振り上げた。
 何とかしてあの光を止めたかったが、野盗やモンスターのさらに後ろにあるため、何とかする術が見つからない。
「くっ、どうすれば……」
「覚悟はできたようだな、死ね!」
「さようなら、ディムロス……」
 イクティノスの言葉と同時に、剣が振り下ろされた。ディムロスは、堅く目を閉じてこれから起こることを受け入れるしかなかった。

 しかし……

「……?」
 そのまま斬られるはずが一向に何事も起こらなかったので、ゆっくり目を開ける。
 すると、イクティノスの剣を持っていた手から血が流れ、剣を落とすのが見えた。
「今よ!」
 背後から澄んだ女性の声がして、同時に町で待機していた兵達が、ディムロスの横を通り過ぎて野盗達の群れに突っ込んでいった。
「ええいっ!」
「うっ……」
 最後に、女性が勢い良くイクティノスに体当たりして、イクティノスがその場に倒れた。
「あ、アトワイト!?」
「助けに来たわよ、ディムロス!」
 大丈夫? と言いながら、ディムロスに手際よく回復術を施したのは、町に残していたアトワイトだった。
「貴方が勝手に出て行ったからずっと様子を伺っていたの。ベストなタイミングだったでしょう?」
「遅すぎる、死ぬかと思ったぞ……」
「敵を欺くには、まずは味方から……ってね。それに最も油断する瞬間、それは敵を倒したと思った時。イクティノスが良く貴方にそう言っていたわよね」
「くっ……味方がいたとは! だが……!」
 野盗のリーダーが、建物の方に視線を送った。
「い、いかん! アトワイト、見ていたのなら気付いているかもしれないが……」
 イクティノスはあそこからの光に操られている、とディムロスが言い終わる前に、その場所が爆発音と共に崩れ落ちた。
「な、何……!?」
「ちゃんと対策済みよ。貴方のおかげで、潜入もしやすかったらしいわ」
「……そ、そうか」
 ウインクするアトワイトに、ディムロスは一瞬怖れを感じたが、アトワイトの回復術が効いてきたのか、立ち上がることができるようになったので剣を再度構えた。
「アトワイト、イクティノスは頼む。あとは任せてくれ……」
「ええ」
 倒れたままのイクティノスをアトワイトに託し、交戦の中に突撃する。
 今までは怪我と相手の罠の所為で成す術がなかったが、そこで溜まった分を発散させるように、剣を振るった。
「はああっ!」
 イクティノスとアトワイトを狙おうとするモンスターも、他の兵の援護も受けて全て撃退した。
「ひ、ひいっ……」
「待て……」
 逃げようとする野盗のリーダーの前に回りこみ、剣を握る手に力をこめた。

「貴様だけは許さん。イクティノスにしたことに対する報い、受けてもらうぞ!」




「……あ、あのアトワイト……」
「本来ならリーダーを捕らえて他のグループの情報を聞き出す予定だったけど……まあ、この事は司令達も何も言わないでしょう。全員無事だったしね」
 野盗達を全滅させた後宿屋に戻り、アトワイトはディムロスの手当てを簡単にしてから、すぐに別室でイクティノスの治療を行った。
 数時間して、アトワイトがディムロスのところに戻ってきて、微笑んだ。
「でも始末書は確定ね」
「だろうな。で、あいつは……イクティノスは大丈夫なのか?」
「外傷は私がやった分くらいしか大きいのはなかったけど、投薬によって精神的にやられたところを洗脳されたようね。それに対する処置はしたし、意識もはっきりしてきたけど、まだ大分弱っている様子だったわ」
 アトワイトによると、目覚めた直後は精神的にもひどく不安定で、取り乱したり泣き出したり、色々大変だったらしい。
「そうか……」
「でも、貴方と話がしたいって」
「いいのか?」
「許可するわ。ただし、ここに来たときみたいに喧嘩腰になったり、手荒なことをしたら、私がイクティノスの代わりに窓から貴方を突き落とすわよ」
「……あ、ああ……」
 笑顔で容赦ない言葉を発するアトワイトに尻込みしつつも、ディムロスは待機していた部屋の外へ向かった。
「……アトワイト」
「どうしたの?」
「今回は君がいなければ惨事になっていた。その……ありがとう」
「お礼ならイクティノスに言いなさい」
「……?」
「事前に彼らが洗脳を手口に、行商人を襲っているという情報を持っていたのよ。で、貴方が参加すると言う前の打ち合わせでは、最初に管制塔を叩くことになっていたの」
「そうだったのか……」
 恐らく、ディムロスという戦力が組み込まれて、リスクを犯して管制塔を叩くよりも、最初から突撃する作戦に変更したのだろう。
 例えそれでも医療兵でありながら冷静に作戦を決行したアトワイトには感謝の言葉は尽きないが、「行くなら早く行ってあげなさい」という言葉に、ディムロスは足早にイクティノスのいる部屋に向かった。



 部屋の前でディムロスは軽く扉を叩いた。反応はなかったが、そっと扉を開けると、正面の窓際にある椅子に、イクティノスが腰掛けているのが見えた。
 小さく「入るぞ」とだけ言って部屋の中に入る。しかし、イクティノスはディムロスの方を向くことなく、窓の外に視線を固定させたままだった。
「寝ていなくていいのか?」
「……すみませんでした」
「え?」
 質問には答えずに謝罪の言葉を述べて、窓の外からディムロスに視線を移した。
 その表情はいつもと同じく冷静そうに見えて、いつもの力強さはなく、身体的にも精神的にも、かなり弱っている様子が見て取れた。
「アトワイトから全部聞きました。捕虜にされただけでも十分恥なことです。いかように処分してくださっても構わない」
「今はそんなこと考えるな。とりあえず休んだ方がいい」
「……貴方のその傷だって」
「もう動けるし、大したことはない。それにお前のせいじゃない」
「気休めはよせ。私自身も覚えている。貴方を刺したことも、今になっても鮮明に……」
「意識があったのか……?」
 ディムロスの言葉に、イクティノスは小さく頷いて、震える身体を抑えるように両手で自分の身体を抱えこんだ。
「全ての感情が貴方への殺意になっていくのが分かっていた。なのに、止められなかったどころか、貴方を傷つけていくことを楽しんでいるような気持ちになった……」
「……もういい」
「相手に操られていただけじゃない、私は自分の感情で貴方を……」
「黙れと言っている!」
 ディムロスの制止に耳も貸さずに自分を責め続けるイクティノスに、ディムロスは語気を強めて、イクティノスの胸倉を掴んだ。
 ディムロスの強制的な力で、イクティノスの身体が椅子から浮き上がる。
「……ディム、ロス……?」
 自然と合ったイクティノスの視線はどこか不安げだが、ディムロスはイクティノスを掴む手に逆に力を込めた。

「それ以上言うな。言ったら、いくらお前が病人でも殴り飛ばすぞ」
「……しかし私は……」
「結果的に俺もお前も助かった。お前ならスマートじゃないと言うかもしれないが、今回はそれでいいだろう」
 ディムロスはイクティノスの服から手を離し、支えを失って崩れ落ちそうになったイクティノスの身体を、今度は両手で抱きこむように受け止めた。
 自分の身体にイクティノスを引き寄せて、ディムロスはイクティノスの耳元で言った。
「……とにかくお前が無事でよかった。お前は大切な仲間だ……失わなくて良かった」
「ディムロス……貴方は私が許せるのか? 私は貴方にあんなことを言っておきながら勝手に捕らわれて、迷惑をかけるどころか貴方を殺そうとまでした……」
「何言ってるんだ。許す以前に、お前に対して怒りなど感じていない」
「……嘘だ」
「嘘じゃない」
 ディムロスはそう短く言って、イクティノスの頬に軽くキスを落とした。
「!」
「これで信じたか?」
 少し顔を離して、ディムロスはじっとイクティノスを見た。顔を少し赤く染めた状態で固まるイクティノスに、ディムロスはやりすぎたかな、と感じる。
 しかし、ディムロスの予想に反して、イクティノスの瞳が潤んだ。
「……ど、どうした?」
 精神的に不安定な状態とは言え、まさか泣かれるほど嫌だったのか……と不安になり、イクティノスの身体を支える手を下ろした。
「わ、悪い。そういうつもりでは……」
「ディムロス……貴方は本当に」
 そうつぶやいて、今度はイクティノスから寄りかかってきた。
「貴方は本当に変わっていないな……昔からずっと」
「……イクティノス?」
 ディムロスの肩に顔を埋めて、更に引き寄せるようにディムロスの腕の服を掴んだ。
「お人好しで、考えなしで。たまに本気で頭にくるくらい真っ直ぐで馬鹿正直で……」
「おい……」
「なのにそれが嬉しく感じる時がある……うつるんですよ、貴方の馬鹿は」
「……イクティノス」
 その言葉にディムロスは、自然とイクティノスの背に手を置いた。

「本当は目が覚めてアトワイトに言われるまで、貴方を殺してしまったと思っていた」
「そうか。でも私はこの通り無事だ」
「はい……」
「お前がそうやって傷ついているのを見ているほうが、ずっと辛い」
「……ディムロス」
「今までどおりのお前でいてくれ。……少し嫌味なくらいの方が個人的には好きだしな」
「私も貴方のことを……」
 そこまで言ってディムロスに身体を預けたまま言葉を詰まらせるイクティノスに、ディムロスはイクティノスの背に手を回したまま、続きを待った。

「貴方のことを……、何だ?」
「何でもない。でも……有難う」
 最後に小さくそう呟いて、さらに深くディムロスの身体に倒れこんだ。
「イクティノス?」
 どうした、と続けようとしたが、完全に力の抜けているイクティノスの状態を見て、彼が眠っていることに気付いた。
「有難うか。それはこっちの台詞だ……イクティノス」
 イクティノスの身体を起こさないようにそっと離し、横のベットに横たえた。
「お前がいてくれなかったら、考えなしで突撃など出来るものか。だからなのか分からないが、お前が攫われたと聞いたとき……我が事以上に気が気でいられなかった」
 そして、今度はイクティノスの唇に、そっと口付けた。
「お前が無事で本当に良かったよ……よい夢を、イクティノス」



 そして翌日……朝食を食べていたディムロスのもとに、アトワイトがやって来て、イクティノスが大分回復したということを聞いた。
「これなら今日の昼過ぎには出発できそうよ」
「そうか」
「ただ……」
「?」
「いえ、何故か分からないけど、貴方の話をしたら、今度は顔を赤くして貴方の顔を見たくないとか言っているのよ。昨日何かあったの?」
「ま、まさか……」
 最後のキスの時にイクティノスに意識があったんじゃないか、と思い、ディムロスはアトワイトから視線を逸らした。
「す、すまない。私からその……何とかする」

 その後しばらく「会いたくない」の一点張りのイクティノスと、昨日の事を問い詰めるディムロスで、宿の扉を挟んだ言い争いが続き、結局出発は翌日に持ち越されることになったのである。

 

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あとがき

TOD2の5周年を機に、リクエスト募集して書いたディムイクです。

2008年2月6日 旧サイト投稿

 

 

 

 

 

 

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