犬猿の仲

 

 

「だから言ったでしょう、ディムロス中将? 敵わないと」
「少しは手加減する気はないのか……お前は」
 ディムロスの部屋。ここにもっともディムロスとは無縁なものの一つかもしれない、チェス盤が部屋の真ん中で机の上に置かれていた。
 チェス盤を悔しそうに見つめた後、目の前の相手に嫌味を言われて顔をあげた。
 それでも、相手は得意そうと言うか、むしろ馬鹿にした様に笑っている。
 自分がやってみたいと言って誘って、かれこれ十回もボロボロに負けたことは認めるが、さすがに負けるたびに嫌味を言われると、最初から馬鹿にするつもりだったのかと疑わしくなってくるものだ。

「これでも三割位の力しか出していない。私が手加減するかどうかと言う前に、ディムロスが弱すぎる。子供以下じゃないですか、子供以下」
「くっ……」
 反論できない自分が悔しい。ディムロスは拳を震わせて、キレるのを我慢していた。昔だったら既に拳の一発は飛んでいたところだろうが、大人になった今、確実に自分よりも力で負けている、直接の部下でもない相手に暴力を与えるような真似はできない。
 ただし、力で勝っていても言葉ではどうしても勝てない。むしろ勝った試しがない。
 とは言え、本当に拳を飛ばしかねないほど我慢も限界を迎えているため、すました顔で座っている相手をにらみ付けて言った。
「なあイクティノス、お前の嫌味は日増しに酷くなっていないか?」
「そうですか?」
 さらりと流されて、なおも反論しようとしたディムロスだったが、イクティノスは軽く息をついて、席を立った。
「おい、イクティノス!」
「私は少し出かける所があるので、これで失礼します。勝ちたければ、私の見えない所で勝手に努力だの何だのしてみてはどうですか、中将?」
 こう言うときだけ「中将」呼ばわりするところがまた腹立たしいが、何を言い返しても無駄のような気もして、黙ってイクティノスが部屋から出て行くのを見ているしかなかった。



「どうしたディムロス。随分不機嫌じゃないか」
「ディムロスのしかめっ面なんかいつもの事でしょ~? 兄貴」
 食堂で食事をとっていたら、ちょうどハロルドとカーレルの二人と一緒になったが、どうやらディムロスの不機嫌はかなり表面に出ているらしい。
 この兄妹は、人の心を見抜くのが得意だ。黙っているのに、ずばりと本当のことを見抜かれてしまう。
 ディムロスは、先ほど起こった事を簡単に話した。
「あはは、イクティノスらしいね」
「笑うなカーレル。私は本気だぞ」
「っていうか、そもそもアイツを誘ったアンタがアホね。そー言われるに決まってるじゃない」
 言われてみればそうだ。最初からカーレルかクレメンテに頼めば、もっと穏やかに事が進んでいたはずだ。ディムロスはハロルドの突っ込みに、何も言うことができなかった。

「何年アイツと付き合ってんのよ、アンタ」
「……ううっ……」
「確か軍に入ったのはほとんど同期だろう。本当、ディムロスとイクティノスの喧嘩は地上軍の名物のようなものだよ」
「アタシと兄貴のコンビに勝るとも劣らないわね☆」
 いつの間にそんな噂がされていたのかは知らないが、くすくすと笑っている二人を見る限り、本当のことのようだ。
 そういえば、軍事学校にいた頃からイクティノスには散々嫌味を言われ続けていたような気がする……。ディムロスは頭の中をフル回転させて今までのことを思い出していた。
 考えれば考えるほど、どうしようもないような気がしてきて、眩暈がした。

 そんなディムロスに、カーレルは微笑して語りかけた。彼のその様子が同年齢のように感じられるのは、もうずっと昔からのことだ。
「不思議だな……犬猿の仲、水と油の関係なのにそれで何年も持っているのだから。だからディムロス中将」
「何だ?」
「今更気にすることないんじゃないかな。多分一生変わらないと思うよ、君達の関係は」
「そーそ、変わっちゃったら折角のいいサンプルが台無しだわ。アホはアホなりに、アホらしくしていればいいのよ」
 ハロルドがカーレルに続いて言った。ディムロス的に、すごくひっかかることを言われたような気がしたが(ちなみにハロルドはイクティノスの次に苦手だ)、ハロルドなりに励ましてくれているのだろう。
 ディムロスは、席を立って食堂を出た。



「ディムロス!」
「お主が医務室に来るとは、珍しいのう」
 ディムロスは、部屋に帰る前に何となく医務室に立ち寄った。照れながら「中将閣下・・・」と小さく付け加えた恋人のアトワイトと、そのアトワイトの診察を受けていたクレメンテに招き入れられる形で、医務室の中へ入った。
「いや。少し前を通りがかっただけで……」
「そう、何となく浮かれないというか、微妙な顔をしているわね。ディムロス」
 どうやら今度はそういう顔をしているらしい。アトワイトに言われると言うことは、さっきの食堂でも他の兵士にまでまる分かりなほど不機嫌だったのかもしれない。

「色々あったんだ」
「どうせまたイクティノスに馬鹿にされたんじゃろう?」
「な……! 何故分かったのですか!?」
 いきなり核心をつかれて、焦るディムロス。いくらなんでもそこまで顔に出ていないと思っていたが。
「いやのう、先ほどイクティノスが言っておったんじゃよ」
「敵わないくせに、何度もチェスの勝負を申し込んだんですって?」
「アイツ……覚えていろ」
 情けない話を周りに話されていたのがさらに悔しく、こっそりと悪態をついた。それを見ていたアトワイトは、くすっと笑ってディムロスを上目遣いに見た。
「いいじゃない。いつものことなんだから。それに・・・」
「それに?」
「あなたはこれでいいのよ。私はそういうあなたが好きです」
「そうじゃの、人生の楽しみが減るわい」
 ディムロスはどういう意味なのか少し気になったが、知るのが何となく怖くて聞く気になれなかった。とりあえず、カーレル達と殆ど同じことを言われたような気がする。
「そういえば・・・アイツはどこに行ったんだ?」
「研究資材の調達とか言っておったのう・・・それがどうしたのじゃ?」
「いえ・・・少し気になったので」
 ディムロスは、それから少し考えた後、一礼して医務室を出た。



 医務室を出たあとディムロスが行ったのは、シャルティエの部屋(イクティノスの部屋でもあるが)。
「あれ? ディムロス中将、一体どうしたんですか?」
「イクティノスはいないな?」
「え、ええ……」
「暇か?」
「……暇ですけど?」
 突然入ってきて、こんなことを聞かれたからか、シャルティエは目を丸くさせて答えている。
「少し付き合ってくれ。イクティノスの奴が帰ってくるまで」
 と言って、ディムロスが指を指したのは、机の上においてあるチェス盤。
 駒が置きっぱなしということは、どうやらイクティノスは良くシャルティエを相手にやっているらしい。
「ああ、イクティノス少将に負けたのでリベンジしたいんですね?」
「うっ……」
 シャルティエにまでにっこりと見抜かれてしまい、言葉に詰まった。もしかしたらシャルティエも話を聞いていたのかもしれない。
「いいですよ。僕も正直少将には敵いませんけどね。自信なくしますよ……」
 というより、アイツに勝てるのはおそらくハロルドくらいだろう。カーレルならいい勝負が出来るかもしれない。と考えると、余計にあの兄妹の恐ろしさを身に感じたが、シャルティエに導かれるままディムロスはシャルティエの前に座った。


「チェックメイト……です。すみません……」
 数試合を終えた後、シャルティエは開口一番に謝ってきた。相手がここまで弱いとは思わなかったようだ。
「いや……私こそ申し訳ないというか」
 このままではシャルティエが「僕が悪い」と自責を始めかねない、と思いながらディムロスは時計を見た。かなりの時間、シャルティエをつき合わせてしまったらしい。
「そういえば遅いな……」
 うつむいているシャルティエの気を紛らわせるように、ディムロスは話を変えた。もちろん、半分はこんな時間になっても帰ってこないイクティノスが気になったからだが。
「そうですね。資材を取ったらすぐ帰るって、言っていましたけど」
「どこへ行ったか分かるか?」
「うーん……物資保管所、じゃないですか?」
 資材調達といえばあそこですよね、とシャルティエに言われてみると、確かにあそこしかないような気がした。
「さすがに気になるな。行ってくる」
 もしかしたら途中で会って、また馬鹿にされそうな気もしないでもないが、万が一何かあったら迎えに行かなければならない。さすかに何年も付き合ってきた仲間である。
 シャルティエに、「先に寝ていろ」とだけ言って、部屋を出て、物資保管所へ向かった。
 外はすでに、懐中電灯でもないと歩けない時間になっていた。



「何時だと思っている。何をしているんだ……お前は」
「……! ディムロス?」
 物資保管所にディムロスが着いたときは、もう夜も遅くなっていた。本当は途中で会うだろうと思っていたくらいだったが、到着してからやっと探していた姿を見つけることになった。
「どうしたんです? あなたがまさか、ここに用事があるというわけではないでしょう」
「帰りが遅いから、心配したんだぞ! なのに何だ、その言い草は!」
「……」
 心配したこっちが馬鹿みたいな感じだ。しかし、怒鳴りつけられてイクティノスも反論してこない。少し沈黙があった後、イクティノスが静かに沈黙を破った。
「私がモンスターにやられるとでも?」
「可能性はあるだろう? しかしそうでなかったら何があったんだ、お前らしくないぞ」
 イクティノスのことだ、チェスの相手をしながらでも、ちゃんと資材調達の時間計算は怠っていないはずだ。ということは何か予想外のトラブルでもあったのだろう。

「私だって計算が狂うことくらいあります。ただ……どうしてもこの奥のものが取れなかったから、どうしようかと考えていたところで……」
「どれだ」
 イクティノスが指したのは、瓦礫の山。どうやらこの瓦礫の下に埋もれているらしい。
 彼曰く、資材を見つけて取ったのは良かったが、暗がりの中だったので足に何かをひっかけてしまい、瓦礫が崩れてしまい、その時に大切なものを落としてしまったらしい。
 しかも、見たところ確かにその瓦礫は一つ一つが大きく、イクティノスでは取り除けそうになかった。それにしても、きっとその奥に落としたものは、おそらくかなり必要なものなのだろう。
 ディムロスは、瓦礫をもう一度見た後、軽く息をついてイクティノスの方を見た。
「この上のは別にどうなっても良いな?」
「は? え、ああ、別に構いませんけど……」
「分かった。少し下がっていろ」

 そう言われて、少し怪訝な顔をしながらも、イクティノスは素直に従った。それを見て、ディムロスはおもむろに足元に落ちていた丈夫な鉄パイプを手に取る。
「はああああああ!」
 鉄パイプを両手にとって、瓦礫の山に向けて思い切り振り付ける。すると、瓦礫の一部が奥に飛んで、山が崩れた。
 横目でイクティノスを見ると、声も出ないほど驚いている様子だったが、あえて放っておいて、そのまま崩れた瓦礫に向かい、いくつか大きな塊を、重かったが何とか取り出し、下にあったものを取り出した。
「……これか?」
「あ……はい」
 ディムロスが手にとったのは、古びたペンダントだった。これにはディムロスも見覚えがある。イクティノスがいつも首から下げていたものだ。そして、これは故郷のある人から貰ったということも、昔聞いたような気がする。確かペンダントの中に女性の写真が入っていて、「彼女か?」と聞いたところ、「返せ!」ともの凄い剣幕で怒られた思い出がある。
「さすがに鎖も古いぞ。だから切れたんだろう」
「いつか切れるとは思っていたのですけどね……」
 とりあえず、イクティノスにペンダントを返した。鎖が切れているので、上着のポケットの中にペンダントを入れている。
「しかし良かったな。お前自身が巻き込まれていたら、死んでいたかもしれないぞ」
 昼間の嫌味を返すつもりで、少し嫌味をこめて言ったが、イクティノスは黙ったままで何も言い返してこない。

「全く。こんなもののためにお前は……」
「こんなもので悪かったですね。中将閣下をわざわざこんなところまで駆り出させて。それにしても……」
 イクティノスはそこまで言って、くすくすと笑い始める。いつもの嫌味な笑い方とは少し違うような気がするが、助けてやったのに礼の一つもなしに笑われるのが何となくシャクで、眉間にしわを寄せてにらみつけた。
「何が可笑しい?」
「ディムロスは馬鹿力「だけ」は飛び出ていますよね。……相変わらず」
「……お前の嫌味も相変わらずだ。何一つ変わっていない」
 ディムロスはため息をつきながら、そのまま入り口に向かって踵を返した。
「帰るぞ。あと……」
咳払いをして、言葉を続けようとする。
「?」
「明日もう一度チェスの相手をしろ。もちろん手加減はしてくれよ」
「了解です、中将」


 昔からコイツとだけは気が合わない。そもそもの性格がそれこそカーレルの言うとおり水と油で、犬猿の仲だ。
 私は正直、頭を使うのは苦手だし、コイツのインテリな考え方も嫌いだ。
 でも、それでも犬猿の仲のまま何故かこうやって同じ職場にいられるのは、仕事だから仕方がないとか、そういうのではなくて……


コイツははっきり言っていけ好かない奴だが、別にコイツの……イクティノスのことは嫌いではない。

 

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あとがき

発売直後に書いた、はじめてのディムイク。

2002年12月? 旧サイト投稿

 

 

 

 

 

 

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