白いハンカチ

 

 

「ねえ、ディムロス」
「何だ?」
 戦後のある日、アトワイトは休憩を取っていたディムロスに近づいて呼び止めた。
 ディムロスもまた、アトワイトの方に顔を向ける。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「な、何だ……?」
 先ほどと同じように言葉を返したディムロスだったが、笑顔のアトワイトの目が笑っていないことに気付き、顔をひきつらせた。
「これ、貴方の部屋から見つけたのよ」
「は? ……こ、これは!」
 アトワイトがディムロスに見せたのは、白い女物のハンカチだった。

「そそそ、そのハンカチは……」
「その反応……やっぱり何かあるのね?」
 動揺を隠せないディムロスを、アトワイトは強くにらみつけた。
「ちょ、ちょっと待て! これは違うぞ! これはだな、昔基地内で拾って……」
「典型的な言い訳ね」
「と、とにかくだ! アトワイト、君は誤解している! 浮気とかするはずがないだろう!?」
「だったら……これは何なの!」
「そ、それはだな……昔親切にしてくれた女性がくれたもので……」
 アトワイトの勢いに負けたのか、言葉を濁しながらディムロスは言った。
「さっきと内容が違うわよ?」
「うっ……」
「まあ、今のは信じてもいいわ。でもそれって、他の女性に気がある……ってことよね?」
「そ、それは……」
 反射的に顔を逸らしたディムロスに、アトワイトは「やっぱりそうなのね!」と語気を強くした。
「酷いわ! それが例え昔出会った人だったとしても……今になっても大切に箱にまで入れて引き出しの中にしまって、その女性のことを想っているなんて!」
「あ、アトワイト……」
「だったら確かめてみる? アトワイト」
「え?」
 背後から聞き覚えのあるカン高い声が聞こえたので、ディムロスを問い詰めるのを一旦やめて、アトワイトは振り向いた。
 すると、そこにはハロルドが機械を抱えて立っていた。

「い、いつからいたの?」
「ん? まあディムロスがひとりでコーヒー飲んでたあたりから?」
「気がつかなかった……」
「私もディムロスに実験台になってもらおっかなーと声かけようとしたんだけど、先にアトワイトが来ちゃったワケ」
 ハロルドの言葉に、なるほど、と言葉をハモらせた二人だったが、それに気付いたアトワイトがあからさまに顔を逸らした。
「と、ところで……確かめてみるとはどういう意味だ?」
 気まずくなったディムロスは、アトワイトの代わりにハロルドに尋ねた。
「ちょうど試そうと思ってたしね。私の理論によると、99.9%の確率で成功よ☆」
「だから何の実験だと聞いているんだ」
「時間を移動する実験」
『……は?』
 お怒りの様子のアトワイトも話は聞いていたのか、ハロルドの言葉にディムロスと同時に反応した。
「驚いたっしょ? でもこの、ソーディアンに使ったものと同じ高純度のレンズを使えば、時間を渡る事だって出来ちゃうんだから~」
「ま、待て待て! まさかそれで時間を渡ってくれとでも言うつもりか!?」
「そうよ? あ、もちろん私も行くから安心してね」
「そういう問題ではないでしょう! 何で私達が時間を渡らないといけないのよ!?」
「だって気になるんでしょ? ディムロスの想い人」
「そ、それは……気になるけど。……って、それとこれとは話が別よ!」
 一瞬ハロルドの言葉に傾いたことに赤面しつつ、アトワイトははっきりとハロルドに反論した。そして、ディムロスも大きく頷いた。
「アトワイトの言うとおりだ。それに戻って来れなくなったらどうするつもりだ!?」
「ああ、それは大丈夫☆ 時間を渡れるのはたった1時間。それが過ぎたら嫌でも元の時代に戻れるから」
「その根拠は?」
「私の頭脳に間違いがあったことなんて、ないっしょ?」
 自信たっぷりに言い切ったハロルドに、ディムロス達は自然と顔を合わせて、ため息をついた。

「分かったわ。どうせ私達が拒んでも、無理矢理シャルティエあたりを付き合わせるんでしょう? その代わり……」
「もっちろん☆ ちゃんとディムロスがハンカチをもらったその時間に合わせるわよ! さ、ディムロスはどうする?」
「……一つだけ聞かせてくれ。お前、何の目的でそんな実験をするつもりだったんだ?」
 アトワイトに言い負かされて慌てふためいていた表情からうって変わって、真面目な様子でそう尋ねるディムロスに、ハロルドは何でもないような表情で答えた。
「ん? まずは単純な知的好奇心。あとは……気のせいかもしれないけど、どっかの時代の誰かが私を呼んでいるような気がしたってトコかな?」
「? その誰かに会ったとして、どうするつもりだ?」
「べっつに? 確かめるだけよ。気のせいなのか、気のせいじゃなかったのかね」
「ならいい。勝手に過去を暴かれるのも嫌だしな」
「ディムロス、どうしてそんなことをハロルドに?」
 素直に疑問に思ったのか、いつも通りの声色でアトワイトは尋ねた。
「いや……もしもこいつが他の時代で何か仕出かすつもりなら、この場でそのレンズを叩き割ろうと思っただけだ」
「ま、確かにコレを上手く使えば兄貴も死なずに済むかもしれないけどね。でもそんな歴史変えるようなこと、神様だってしちゃいけないっしょ」
「そう言う事だ。で、すぐに行くのか?」
「そのハンカチの時間を辿れば、そこそこの確率で当たるはずよ。欲を言えば、細かい日時が分かればいいんだけど」
「……私が初めてここに来て、入隊した日だ。時間は……そうだ、昼過ぎだ」
 かなり昔のことなのに詳細にはっきりとそう述べるディムロスに、アトワイトは先ほどの怒りを思い出したのかディムロスを睨み付けた。
「随分細かく覚えているのね? やっぱり……」
「はいはい、怒るのは結果を見てからにする! うん、確かにこの機械でもその辺の時間を指してるわ。ってことで……いざ出発~」
 ハロルドが装置に手を掛けたその瞬間、部屋の中が光に包まれ、そしてそこからディムロス達の姿は消えうせることとなった。



「うっ……ここは……」
 まだ目がチカチカするのを我慢しながらゆっくりと目を開け、アトワイトは身を起こした。
 少しだけ辺りを見回すと、ディムロスの姿はなかったが、「ちょっとびっくりしたかも~」と言いながら立ち上がるハロルドを見つけることができた。
「んーとりあえず時間を渡る事は成功したみたいね」
 ハロルドに言われたので周りの景色に視線を移すと、見覚えのある場所にいた。
「ラディスロウ……? でも……」
 確かにアトワイトも良く知るラディスロウのようだったが、よく見れば内装が全体的に新しい。とは言え時間を越えたことを信じられるわけもなく、「本当に昔のラディスロウなの?」と疑問を投げかけた。
「えーっと……この時流パネルを見てもそうね。ほら、これが私たちの時代で、ここが今の時代でー……」
「ディムロスは?」
「んー一緒に飛ばされてるハズだけど、起動時の装置からの距離や質量の都合で、ちょっとだけ離れちゃったみたいね」
「じゃあ早く探しましょう。ディムロスがいないと話にならないわ」
「そこで何をしている」
 ハロルドの示したよく分からないパネルを覗き込んでいたが、背後から声をかけられ、アトワイトは反射的に振り向いた。
 するとそこには、どこか見覚えのある金髪で長身の若い男性が、厳しい表情で立っていた。
「見かけない顔だな。女性と言う事は……民間人か?」
「い、イクティノス?」
「若っ……! ね? これで信じたっしょ?」
「え、ええ……」
 話し方や声からもイクティノスで間違いないだろうが、その容姿は一回りくらい若い。さすがのアトワイトも、今の状況を信じるしかなかった。
「? どこかでお会いしたことがありましたか……?」
「え、あっ……その……」
 うっかり名前を呼んでしまったアトワイトを不審そうな声で尋ねるイクティノスに、アトワイトはしまった、と言葉を詰まらせた。しかし、すぐにハロルドが助け舟を出した。
「アンタ外の図書館にも良く行ってるじゃない? 私達もそうなのよー」
「なるほど、確かにあそこは民間でも入れるか。……知らなくて申し訳ない」
 表情がほとんど変わってないのは気になったが、とりあえず納得してくれたらしく、アトワイトはほっと胸を撫で下ろした。
「ですが、それとこれとは話が違う。ここは関係者以外立ち入り禁止です。そこの扉から、早急に立ち去りなさい」
 扉を指で示しながら、アトワイト達の反応を見ることもなく続けた。
「立ち去らないようなら、次は上に不審者として報告します。ここは貴女達のような女子供の関わるべき場所ではない」
 今なら見逃してあげます、と言ったイクティノスに、アトワイトは「わ、分かりました」と素直に扉に向かおうとしたが……
「ちょっと待ちなさいよ! 女子供の子供って、私のこと言ってるわけ!?」
「? ……他に誰が?」
「やめなさいハロルド、時間がないんでしょう!?」
 確かここにいられる時間は1時間だったはずだ、とアトワイトはハロルドの腕を引いた。
「くぅ~……ちなみにアンタいくつよ?」
「22だが、それがどうした?」
「って、やっぱ私より年下じゃないのよー!」
「いいから行くのよ! し、失礼しましたー……」
 ハロルドを強引に引っ張りながら、アトワイトはラディスロウを後にした。

「ったくもう、あの冷血年増のせいで、ムダな時間を使っちゃったわ!」
「冷血はとにかく、年増はないんじゃないかしら……というか、ムダな時間にしたのは貴女でしょう?」
 帰ったら多めに血を抜いてやる! とまだ根に持っているハロルドを見てイクティノスに同情しつつも、アトワイトはラディスロウの外にある地上軍基地をきょろきょろ見渡していた。
「昔のディムロスも今のディムロスも、どこにいるのかしら……?」
「そーねぇ、さっきから通信機で呼び出してるんだけど、ディムロス出ないのよねー」
 レーダーのようなものを見ながら、ハロルドは「向こうはもっと焦ってるかもよ」と付け加え、そんな能天気な態度にアトワイトはため息をついた。



 一方、その「今の」ディムロスは……
「はっ! とう! そこだっ!」
「ぬぅ! 中々やりおる!」
 基地の一角にある訓練施設で、当時第一師団の団長だった人物――クレメンテと剣を交わしていた。
 目を覚ましてみるとこの訓練施設の近くにいて、今目の前にいるクレメンテに声をかけられ、ハロルドの言ったように時間を渡ったんだと実感した。
 もちろんさっさとアトワイトやハロルドを探したかったのだが、「お主、いい身体をしておるな」とクレメンテに呼び止められ、成り行きでこうなってしまったのである。
「やはり強い……だが! 奥義・剛魔人剣!」
「ぬおぉっ! うっ……」
 しかし熱くなりやすいのがディムロスの性。クレメンテに技を直撃させ、クレメンテは壁に激突した。

「あ、あのクレメンテ中将が一撃で……」
「何者だあいつ……」
 周りにいた兵士達のどよめきで我に帰ったディムロスは、「しまった」と声を上げてクレメンテに駆け寄った。
「も、申し訳ない! 大丈夫ですか!?」
「なぁに……受身をとったから何ともない。だが私の負け……だな」
 見込んだ通りだった、と立ち上がり、剣を収めてクレメンテはディムロスを見上げた。
「お主のような使い手はこの世に何人もおるまい。どうだ、我が地上軍でその力を存分に発揮してはみないか?」
「いえ……それは……」
 勝負がついたことでディムロスも頭が冷えたようで、本来の目的を思い出す。確かあまり時間がなかったはずだ。
「申し訳ございません。私には行かねばならない場所、そして守らなければならない者がいるのです」
「そうか……なら仕方あるまい」
 ディムロスの言葉にクレメンテは「我々としては残念だが」と苦笑した。
「そうだクレメンテ殿! 今日ここに新人が一人来ることになっているでしょう?」
「ん? よく知っておるな……実はお主がその新人かもしれんと思ったのだが、途中で違うと分かったよ。良く考えてみればお主よりももっと若いはずだしな」
「なら先にハロルド達を探したほうが……あ、クレメンテ殿」
「何だ?」
「その新人、大事に育ててください」
「当然だ。お主よりも強い戦士にしてみせるよ」
 クレメンテの言葉にディムロスはふっと笑い、そのまま訓練施設を後にした。



「やっとディムロスと通信がつながったわ」
 地上軍基地の外に出たところにある岩陰で、ハロルドは通信機を片手に言った。
 基地内だとさっきのように地上軍の兵士に怪しまれるだろうということで、一旦外に出たのである。
「ここで待ち合わせ、ってことにしておいたから……どしたのアトワイト?」
「待って。今近くで何かが聞こえたような……」
 二人で耳をすませてみると、人の声に混じってモンスターの吼える音が聞こえた。
「どうやら近くで誰かが戦ってるみたいね」
「いくら違う時代とは言っても、もしも民間人が襲われているのなら見過ごせないわ。いいわよね?」
 と、ハロルドに視線を移しながら、携帯している小型剣を抜いた。完全に行く気満々だ。
 それなのにハロルドに尋ねたのは、それが違う時代の干渉になりかねないからである。
「……どーせ行くなって言っても行くんでしょ? ったくそーゆーところ、ディムロスに似てるわよねー」
「そ、そうかしら……?」
「私はここで待ってるから。あまりムチャしないでよ?」
「ありがとう」
 それだけ言って、アトワイトは声のした方へ走っていった。

 走って数分もしないところで、アトワイトは少年がモンスターと戦っているのが見えた。
 濃い青色の髪が印象的だった。見たところ15・6歳くらいだろうか。地上軍の兵士、という感じではない。
「魔人剣! ……駄目だ、やっぱり効いてない」
 少年が技を命中させたにも関わらず、モンスターはひるむ様子がない。アトワイトは、このモンスターが物理的なダメージに強く、そして晶術に弱いことを思い出した。
 ハロルドもああ言っていたし、大丈夫そうなら関わらないに越したことはないのだろうが、このままでは少年が不利だ。現に、長い間戦っていた少年の息は上がり始めている。
「くそ……やっと許可が下りて地上軍に行けることになったのに……。 ……!」
 そして、少年が雪に膝をついた時に、モンスターが少年に致命的なダメージを与えるべく、真っ直ぐその腕を振りかざした。
「あ、危ない! フレイムドライブ!」
 ほとんど反射的に術をモンスターに放ち、少年のもとに駆け寄った。
「あ……」
「ヒール! ……助太刀するわ」
 少年とモンスターの間に入り、少年に回復術をかけてからアトワイトは少年に視線を移した。
「う、うん……」
 突然の状況に少年は驚いている様子だったが、すぐに立ち上がって再び剣を構えた。

「いい? このモンスターには術の方が効くわ」
「そう……なんですか? でも俺、晶術は……」
 確かに晶術はコントロールにある程度の訓練が必要だし、この少年は剣の腕はとにかく、術については素人同然のようだ。
 しかし、アトワイトはモンスターの攻撃を避けつつ、「大丈夫よ」と言って続けた。
「私が晶術で相手を怯ませるわ。あなたはそのスキを狙って、技を叩き込みなさい」
「え? でもあいつにはあまり剣が効かないんだ」
「どんなモンスターや機械でも、ガードがなくなれば脆いものよ」
「……?」
「見ていれば分かるわ。 ……プリズムフラッシャ!」
 相手の攻撃のスキを突いて晶術を発動させる。光の矢が、モンスターの身体に突き刺さった。
「! そうか! そこを狙えば……虎牙破斬、でやあぁぁ!」
 そして、飛び上がった少年が光の矢で破った装甲目掛けて、剣を振り下ろし、モンスターは雄たけびを上げて雪の上に沈んだ。

「やった! う、うわっ……」
 倒したことがよほど嬉しかったのか、少年は着地に失敗してそのまま倒れたモンスターに衝突して、そのまま雪の上に尻餅をついてしまった。
「……いったー……。あ……」
「ふふっ……大丈夫?」
 その様子がほほえましくて、アトワイトは思わず笑いながら少年に手をかざし、もう一度回復術をかけた。
「う、うん……ありがとう、ございます」
 顔を赤くしながら、上目遣いにお礼を言う様子が何となく可愛らしい。
 そして少年が顔を上げたときに、さっき衝突した時だろう、モンスターの血が少年の鼻に付いているのに気付いた。
「ちょっと待ってね」
 と、自分のポケットからハンカチを取り出して、少年の鼻頭をそっとぬぐった。
「あ……あの……」
「もう大丈夫。せっかくの男前が台無しだもの」
 そして、「これで濡れた服も拭いておきなさい」とハンカチを少年に手渡した。
「……あ、ありがとう……」
「じゃあ私、もう行かなきゃいけないから……」
「ま、待って……待って下さい!」
 少年ももう大丈夫そうだし、これ以上関わらないほうがいい……と、踵を返したところで少年に呼び止められ、上半身だけ振り向いた。
「助けてくれて……その、ありがとうございました! 俺、ディムロスって言います!」
「……えっ……!?」
 自分も良く知っている名前を聞いて、アトワイトは思わず驚きの声を上げた。
 今までは助けることに夢中で気が付かなかったが、よく見れば確かにあのディムロスの面影がある。
 そして、彼が持っている自分のハンカチを見て、はっとある事に気付いた。
「ま、まさか……」
「それでその……お姉さんは……」
 頬を染めながら言葉足らずに話しかける彼は、どうやら名前を尋ねようとしているらしい。
「私は……あ、その……名乗るほどの者じゃないわ」
 少し慌てている内心をごまかすように、アトワイトは目の前の少年ディムロスに背を向けた。
「え? もしかして地上軍の人?」
「えっと……また会いましょう、ディムロス」
「……は、はい」
 そして、彼が追って来れないよう、半分逃げるように駆け足でその場を去った。



「おかえりー どうだった?」
 ハロルドのいる岩陰に戻ると、能天気な声で例のハンカチを掲げて出迎えてくれた。
「もしかしてハロルド……知っていたわね?」
 そのわざとらしい出迎え方はもちろん、ハロルドが一緒に行かなかったのも納得がいく。ハロルドとディムロスは幼馴染だから、昔のディムロスが勘付く可能性があったのだろう。
 そしてアトワイトの言葉に、ハロルドは「ごめんね」と言って続けた。
「ハンカチの時流を調べたときに気付いたの。これがアトワイトのものかもって」
 と、ハンカチをアトワイトに手渡した。色こそ違うものの、よく見てみれば細かい模様はさっきディムロスに渡したものとまったく同じだった。
「長い年月で色が落ちたか、ディムロスがあとで洗濯した時に落ちたかのどっちかでしょうね」
「ええ。にしても……私、自分に対して怒ってたということよね?」
「いいじゃん。これでアトワイトもスッキリしたことだし、仲直りだってできるっしょ?」
「そう……ね」
 答えながら、アトワイトはそっと地上軍基地への道を岩陰から覗き込んでみると、さっき助けた昔のディムロスが、意気揚々とした表情で基地に向かって駆けて行くのが見えた。その手には、さっきアトワイトが渡したハンカチを握りしめている。
 そして同時に、基地からアトワイトにとっては「今の」ディムロスがアトワイト達を探しているのか、あたりを見回しながら歩いて来て、そして基地に向かっていくディムロスとすれ違った。
 昔のディムロスはさすがに何も気付かないまま通り過ぎていったが、今のディムロスは昔の自分を見て立ち止まり、その姿を目で追ってから、岩陰にいるアトワイト達に気付いて、駆け寄った。

「おっそい! 何してたのよー」
「す、すまん……色々あった。ところで今、昔の自分に会ったが……もう終わったみたいだったぞ」
 どうやらディムロスも昔の自分が例のハンカチを持っていたのに気付いたようで、「来た意味がなかったようだな」とハロルド達に言った。
「だから遅いっつーの……ま、いいけど。ね? アトワイトー?」
「え、ええ」
「……! ま、まさか見たのか!?」
 顔を見合わせたハロルドとアトワイトに、ディムロスがあからさまに慌てた。
「あら、いけなかったの?」
「い、いや……」
「だったらいいじゃない。ところで……あなたその人のこと、今でも気になっているの?」
 色がすっかり落ちたハンカチをディムロスの手に押し付けて、アトワイトはディムロスを上目遣いに見た。
「……会いたくないと言えば嘘になる。そのためにこれを持っていたのは事実だ」
「そう……」
「でもいいんだ。彼女に助けられた命で、今大切に思う人を守れるのだからな」
 と、アトワイトの手を握り締めてまっすぐ見つめた。
「ディムロス……」
「いちゃついてるトコ悪いんだけど、そろそろ時間みたいよー」
『……!』
 ハロルドの言葉に、ディムロスもアトワイトも身体をびくっとさせて、手を離した。
「やっぱし私のこと忘れてたみたいね。はぁ……録画でもしとけば良かったなぁ」
 わざとらしく落ち込んで、「ま、帰ってから録画するからいちゃついてね」と機械をいじり始めた。
「誰がお前の前でやるか!」
「つまりいちゃつくのは確定……っと☆ 研究所に愛の告白シーンの録画が残ってるし、その次くらいに入れとこうかしら」
「あ、あれは消せって言っただろうが! 残してどうするつもりだ!?」
「後世にもしかしたら、ソーディアンの方が目覚めるかもしれないしねー その時に昔を懐かしむ映像くらい欲しいっしょ?」
「つまりソーディアンの方の私達が見るってことね。発想自体は面白いけど……」
「あ、アトワイト……ここは否定してくれ」
「あらいいじゃない。運命的な出会いだったのよ、ってソーディアンの人格が見て楽しむのもいいと思うわ」
 と、アトワイトは笑顔でディムロスを見つめたが、ディムロスは「は?」と首をかしげた。
「……出会い? 何の話だ?」
「うふふ、こっちの話よ。ね、ハロルド?」
「そうそう、女同士のヒミツってことで」
 今度はアトワイトの方から振って、顔を見合わせた。その様子を見て、もう一度首をかしげつつも、「まあいいか」とディムロスは諦めたようにつぶやいた。

 そうこうしているうちに、三人の身体が光に包まれた。
「アトワイト」
「……何?」
「疑わせて済まなかった。帰ろう、私達の時代に」
「もう怒ってないわ。私の方こそ、疑ってごめんなさい」
「あー! 録画しようがない時にやるなんて、反則よ反則!」
「当たり前だ、そんな事されてたまるか」
「いいんじゃなかったの~?」
「お前の録画行為について認めた覚えはないぞ!」
「もう……いつまでやってるのよあなたたち」
 そして、三人は地上軍基地の外にある岩陰から姿を消した。




「ふう……どうやら戻ってきたみたいね」
 次に目を開けると、見覚えのあるラディスロウの会議室だった。ディムロスが飲みかけていたコーヒーが、すっかり冷めた状態で机の上に置いてある。
「ちょうど時間は、一時間経ったくらいね」
「……何!?」
「一時間ですって!?」
「向こうで一時間私達は過ごしたんだから、ちょうどいいじゃない?」
 と、当たり前のように言うハロルドに、ディムロスとアトワイトはさらに慌てた様子だ。
「いかん! シャルティエを訓練室に放置したままだ!」
「わ、私も司令への報告書を書かなきゃ」
「と、とにかく行って来る!」
「クレメンテ様の検診の時間も近いのに……」
 せわしない様子でディムロスは外に向かって、アトワイトは医務室に向かって駆け出した。
「……そ、そうそうディムロス!」
「な、何だ!?」
「仕事が終わったら貴方の部屋に行くわ。話したいことがあるのよ」
「わ、分かった! じゃあな!」
 そして、二人はそのまま会議室から立ち去っていった。

「……って、また私の存在無視してるしー……」
 ぽつんと機械を抱えたまま取り残されたハロルドは、不満そうな声で独りごちた。
「ま、今夜は録画決定ね」
 血を抜くついでにイクティノスから録画機器を借りてこなきゃ、とハロルドは頭の中で計画しながら会議室を後にした。

 その日の晩、ラディスロウの一角でひと騒動あったのは、言うまでもない。

 

 

戻る


あとがき

昔サイトにあげてたもの。ディムイクが好きだし書きたいんだけど、ディムアトも好きだからどう妄想してもイクティノスの恋が成就しません。ディムロスから見て、アトワイトは愛すべき守るべき人、イクティノスは誰よりも信頼できる戦友であって欲しい。

2007年9月10日 旧サイト投稿
2014年10月13日 pixiv再掲

 

 

 

 

 

 

inserted by FC2 system