※こちらは夕凪さんと「文章交換&リメイク企画」で書かせていただいたものです。

 原作はこちら(http://haikaji.web.fc2.com/text/fft/fft-10.html

 

 

星空の彼方

 

 

 夜深く。
 なんとなく眠れなくて外に出て座って夜風に当たり、そうしているとふと、むかしのことを思い出した。
 ずっとずっと、むかしのこと――



「とうさま。かあさまはどこへ行ったの?」

 それは、母が亡くなって間もない頃。
 あの時の私は、まだ人が死んだらどうなるか分からなかった。
 いくら帰りを待っても母が戻らないので、ある日父にそう尋ねたのだ。

「……」

 あの時、父がどんな顔をしていたのか全く覚えていない。どう答えたのかも。
 いや、そうじゃない。
 父はただ背中を向けたまま、何も答えなかった。

「母君は遠いところへ行ったんだよ」
「どうして?」

 父の代わりに答えをくれたのは、ローファルだった。
 ローファルはその答えだけじゃなく、たくさんの魔道書、古の伝承歌、教会の教え、剣の持ち方――私の知らないことを父の代わりのように、なんでも教えてくれた。

「いいかいメリア」

 教会の蔵書室の傍らで、ローファルは昔の英雄たちの最期を語った。
 すごく真面目に、でも優しく、"死後の世界"について教えてくれた。でも私はそれでもピンとこなくて、首を傾げた。

「じゃあ、外へ行こうか」

 外へ行くと、そこには満天の星空があった。

「すごい!」

 ひとつ、ふたつ、みっつ……私は星の数を数えようとする。でも、到底数えきれない。
 そんな私の横にローファルは座って、そしてそっと肩に手を置いた。
 そしてゆっくりと、こう言ったのだ。

「母君はあの星の向こうへ逝ってしまったんだ」
「……どうして?」
「こうなることは決まっていたんだ。イヴァリースに住む者は皆、星々の運行の下に生きている。誰もそれを止めることは出来ないんだよ」
「とうさまにも? とうさまはあんなに強いのに、できないの?」
「……ああ。さっき語ったどんな英雄でも、それはできないことなんだ」

 ローファルの言葉に、私はようやく、母が私達を置いて本当に遠いところへ行ってしまったのだと分かった。
 丸い天の下、たった一人取り残されてしまったような気がしてとても怖かった。悲しかった。そしてとてつもなく寂しかった。

「……」

 私は隣にいるローファルにしがみつき、強く精一杯抱きしめた。
 そうでもしないと、横にいるこの人も私を置いて遠いところへ行ってしまうような気がしたから。

「……メリア。そんなに抱き付かなくても、私はちゃんとここにいるよ。寂しくなったらいつでもおいで」

 ローファルが私の頭をなでた。
 悲しいのか嬉しいのか分からなかったけど、私の目からは涙があふれた。

「ねえさん!」

 そうしていると、弟が駆け寄って来た。きっと戻ってこない私を探しにきたのだろう。

「どうしてないているの?」
「……かあさまが遠くへ行ってしまったからよ」
「?」

 弟は、きょとんとしていた。
 弟はまだ母の死を理解していなかった。"死"という残酷な響きを理解するには、きっと私よりもさらに幼い。
 私はローファルから離れて、今度はイスルードを抱きしめた。

「ねえさん?」
「もうすこし大きくなったら分かることよ……でも大丈夫。それまでは私がちゃんとここにいるから」

 ローファルに言われて安心した言葉を、幼い弟に囁いた。





 母が亡くなったと分かった時も悲しかった。
 でも、弟が死んだと聞いた時は、さらに悲しかった。

 弟の死に顔は見ていないが、代わりに私の元に、折れたひとふりの剣だけが届けられた。
 騎士として立派につとめました――そう言わんばかりの、ぼろぼろになった剣。
 ゾディアックブレイブの証でもある聖石も戻らず、冷たいだけの剣は、弟が死んだという実感すら与えてくれなかった。
 

「期待のゾディアックブレイブだったのに……」

 あちこちからそんな声が聞こえた。
 そんな言葉は慰めにもならず、実感のない弟の死は、私を深い悲しみに落としていった。

 団長であれば弟の最期も知っているかもしれない――と、私は父の部屋を訪れた。
 だが、父はそこにいなかった。
 最近ずっとそうだ。父はどこへ行っているのかも告げず、ミュロンドの外へ出てばかりでほとんど戻らない。
 弟が死んでからも、一度だって顔を合わせていない。家族がばらばらに引き裂かれてしまったような気持ちになる。
 だが、私ももう母が死んだときのような子供ではない。
 だから取り乱したり泣きじゃくったりせず、しかしゆっくりと、私はローファルの元へと歩んだ。


「一体リオファネス城で何があったのですか?」

 廊下で難しそうな本を読んでいたローファルに、率直に尋ねた。
 ローファルは、本に視線を落としたまま答えた。

「……異端者と打ち合ったと聞く」
「そう……ならば、弟はミュロンドの騎士として死んだのですね。これも星宿の巡り合わせというものなのでしょうか」

 部屋に沈黙が訪れた。ローファルが答えなかったからだ。
 少しして、ローファルが本を閉じ、つぶやいた。

「……違う、そうじゃなかった」

 それだけ言って、ローファルは私に背を向け、自分の部屋へと戻ろうとしていた。
 私はそれを追いながら、もう一度訪ねた。

「リオファネスでなにがあったのですか?」
「……」

 ローファルは答えを出さず、そして私の目をみることもないまま、部屋へ入りそのまま扉を閉めてしまった。

「ローファル……?」
「……可哀想に」

 その言葉だけが扉の向こう側から聞こえて来た。


――可哀想に。

 誰が? 真相も分からず夭折した弟が? それともたった一人残されたわたしが?

(私はたった一人残されたの……?)

 あの時は父もローファルもまさかバケモノになっていたなんて知らなかったけれど。
 それでもローファルのその一言は、私を一気に孤独へと追いやった。

「寂しい時はいつでも来いって、そう約束したじゃない……」

 私はただ、"異端者"というキーワードだけを頼りに、夜の闇の中を歩むしかなかった。

 




 それも今はもう昔の話。
 あれから刻々と時は流れ、あの当時は想像もしなかった人と共にいる。
 
「メリアドール? そんなところに居たら風邪をひくわ」
「あら、アルマ」

 彼女もそのうちの一人だった。"異端者"の妹――私がイズルードを失った時、その悲しみを忘れるべく殺そうとすら思った、ラムザ――彼の大切な妹。
 
「……そうね、ちょっと夜風に当たりたくて。星を眺めているといろいろなことを思い出すの」
 
 そう答えながら、もう一度昔のことを思い出す。
 母も、弟も。そして父も、ローファルも、他の大切な仲間たちも。
 かつて共に過ごした人たちは今はもうみんないなくなってしまった。寂しい。
 だのに、それを慰めてくれる人はいない。

――寂しくなったらいつでもおいで。

「そう、約束してくれたじゃない……」
「何の約束?」
「……ううん。独り言。昔の事よ。なんでもない」

 夜風が頬をさらっていく。昔の事はもう流れていくだけ――そう伝えるかのように、やむことなく、静かに。
 アルマが静かに私の横に座った。

「……わたしもね、こうして星空を見ているとあの時の事を思い出すわ」
「あの時?」
「オーボンヌから攫われて兄さんと引き離された、あの日のこと」

 アルマの言葉に、私ははっとなった。その事情は、ラムザが少し話しにくそうに、伝えてくれたから。

「その節は、どうもうちの弟が随分と迷惑を掛けたみたいね。……ごめんなさい。普段はあんな乱暴な子じゃないのよ」
「いきなり殴って気絶させられるなんて、初めての体験だったわ。あれはもう御免。でもいいの」
「どうして?」
「だって別に恨んでないもの。それに本当はわたし、誰かにどこかへ連れ出してもらうのを、心の底では待ってたの……」
「アルマ……」

 アルマのリボンが、髪とともに風になびく。
 騎士の道を歩んだ私とは違い、貴族のお嬢様として、女の子らしく生きてきた彼女は、守ってあげたいくらいに愛らしい。
 アルマは遠い星を眺めながら、続けた。まるで星に語り掛けるように。

「兄さんたちはみんな自分の道を自分で決めて、歩んで、すごくうらやましかった。なのにわたしは修道院と、学校との往復。そのうちお嫁にいって、跡継ぎを作る。そんな道しかなかったから。いつかこんな狭い世界からわたしをさらってくれるような騎士様を待ち望んでたの。本の読み過ぎかしら。――でも、本当に来てくれた」

 夜の暗さから、表情は見えない。
 私は何も言わず、彼女の言葉に耳を傾けた。

「イズルードと二人で、チョコボに乗って、こんな満天の星空の下を走ってた。行き先も教えてくれなかったから、わたしはこれからどうなるのかも分からなくて……なのに全然怖くはなかったの。あんな真夜中に森の中を走ってるんだから、怖いはずなのに……今思い返すと不思議なことね」


「でもさすがに、ラムザ兄さんと引き離されたのだけは許せなくて。兄さんは心配してるだろうなぁと思うとフキゲンになって、わたしは不満ばかり言ってたわ。……そうしたらね、ずっと困ってたイズルードがこう言ったの」


「――オレがあの天の星を一つもいできてやる。だから機嫌を直せ。……ってね」

 柔らかく、あたたかさを感じる声でアルマはそう言って、くすっと笑った。
 それにつられるように、私も吹き出した。

「あらやだ。イズったら、そんな恥ずかしい事を?」
「ふふっ……私があまりにも怒っていたから、きっと困り果てていたんでしょうね。そのあとも一生懸命、私をなだめようとしてくれたもの」
「あの子は、女の子の機嫌を取る方法なんて知らないのよ……」
「そうね。でも、わたしね、その時思ったの。この人と一緒に行ってもいいかな、って。すごく安心したの。でも……もういないのね」
「……」
「とてもさみしい……さみしい、わ」

 とても悲しそうなアルマの声。彼女は弟の死を、その目で、その手で看取ったという。その時の事を今のことのように思い出すような、悲しそうな声だった。
 私もそう。
 昔の事は今でも手に取るように思い出せる。思い出せるのに、今はもういないなんて。

 そう思うと、急に寂くなった。
 隣にアルマがいるはずなのに、まるでたった一人夜に取り残されてしまったようで、誰かにぎゅっと抱きしめてもらいたかった。
 ……あの頃のように、「ここにいるよ」と言ってもらいたい。


 その時、アルマが私の肩によりかかってきた。彼女の柔らかい髪が、私の頬を撫でた。

「さみしいわ……でも、イズルードはちゃんと約束を守ってくれたのよ。……ほら、ちゃんとわたしに天上の星をもってきてくれたの」

 アルマは懐から、聖石――パイシーズを取り出した。
 弟がゾディアックブレイブの証として教皇から授かった石。
 死に際に弟は、彼女にこの石を「ラムザに渡してくれ」と託したという。


「弟は最期まで、教会の騎士の誇りを守ったのね……そういえば、"聖石は天からの授かり物だ"って、そんなことをゾディアックブレイブに任命された時云われたわね」
「うん。どんな星よりも綺麗な、石の中の石。その中に悪魔が宿っていたとしても、これは私の宝物。イズルードが天からもってきてくれた、宝物よ……」

 アルマはパイシーズを、弟の形見であり誇りを、とても愛しそうに撫で、優しく唇を落とした。
 死に際の弟にもこうやって温かく接してくれたのだろうか。私はその姿を見ていないのに、彼女に看取られた弟の姿が鮮明に思い浮かんだ。

「イズ……」
「本当に、星を取って、天から切り離せたらよかったのに。そうしたら運命だって止められたのかしら」
「そう、ね……」
「ふふっ……でもね、わたし幸せよ。ああして、たとえほんの一瞬でも、一緒にいることができたのだから。たとえひとときでも、心を通わせることができた大切な人……会えてよかった」

 アルマの小さな身体が触れた。その身体はあたたかく、とても幸せそうだった。
 ちらりと見えた横顔には、確かな幸福の表情があった――その顔は、恋する乙女そのものだ。


 彼女の顔に、昔の自分が重なった。
 満点の星空の下で語り合う。母がいなくなり父の顔が見えなくても、あの人が横にいるだけで私は安心できた。
 誰も知らない、二人だけの秘密。

 それはそれは密やかな、ささやかな恋――そう、あれはきっと、私の初めての恋だったのだ。


(そう、イズルード、あなたも恋をしていたのね……私の知らないうちに、随分と大きくなったのね)

 
 あと数刻もすれば、夜が明けるだろう。私は草むらに横になった。
 目を閉じて、粛々と輝く、満天の星空を思い出し、感じていた。



 大人になって、すべてを知った今なら分かる。


 母はあの時遠くに行ったのではなく、本当にこの世から旅立ってしまったこと。
 あの時父は私よりもさらに深い悲しみと取り残された寂しさの中にいて、きっと私にその顔を見られたくなかったということ。
 ローファルが私だけでなく、父の気持ちも察して、あの日私に一生懸命話してくれたこと。

 そんな大好きな父とローファルもまた、わたしの知らないうちにこの世から旅立っていたこと――



(でも……私も幸せ。たとえひとときでも、あの日確かに心を通わせたのだから……あなたに会えてよかった)



――ここにいるよ。

 星空の彼方、上の方から、そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

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あとがき

FFT神殿騎士クラスタの文字書き、夕凪さんと「互いの作品を交換してリメイクしあう」企画を行い、書いたものです。私の中のローファルは人間やめててヴォルマルフよりも悪魔になってる謎の青フードだったんだけど、この作品のローファルはとても人間的で優しくいい大人で尊かった……ので、ぜひ原作をご覧ください。

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