IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~

-第3章 後編-

 

(1)

――ゼルテニア 城門前――

 ゼルテニアに来てくれ――ミュロンドでディリータに告げられたラムザは、ひとりゼルテニアまで来ていた。
 ディリータがゼルテニアにいることは、兄ダイスダーグにも話をしていない。ただゼルテニアに行きたいということだけを伝えたのだが、ダイスダーグは自分の意図をある程度見透かしていたようだとラムザは感じた。

――好きにしろ……と言いたいが、誰かと会うつもりなのだろう? ゼルテニアならまずはオルランドゥ伯を訪ねるといい。ベオルブの末弟だと分かれば、喜んで会ってくれるだろう――

 そう言ったダイスダーグに書状を渡され、城門前で名を名乗り門番に渡した。少しして、城の中から一人の壮年の男が姿を現した。

「君がラムザだな? 大きくなったものだ!」

 その男はラムザを見るや笑顔で近づき、ラムザの手を取った。

「貴方がオルランドゥ伯爵……ですね。私をご存じなのですか?」
「一目で分かったよ。だが覚えていないのも無理はない。会ったのは……そう、君がまだ三~四歳ぐらいだったかな? 私の剣を持とうとして危うく怪我をしそうになったんだ。バルバネスに叱られてわんわん泣いていたっけ」

 廊下に豪快な笑い声を響かせたオルランドゥに、ラムザは思わず顔を赤らめた。全く覚えていないのだが、それでも自分の話をしているのだろうと思うと恥ずかしいのは当然だ。

「……あ、あの伯爵」
「うむ。ダイスダーグ殿からの書状は受け取っている。ちょうど我々も君に会いたいと思っていた……これも運命かもしれないな」

 ここでは積もる話もできまい、と、オルランドゥは今晩自分の邸宅へ来るようラムザに勧めた。ラムザは「分かりました」と答えた。

「それにしても君は若い頃のバルバネスに良く似ているな。廊下で君の姿を見た時は驚いたよ」

 ははは、と再び笑いながらオルランドゥはラムザの肩に手を置いた。歴戦の騎士らしい大きな手は、元気だった頃の父バルバネスと同じような安心感を覚えるような気がした。


――夕方 オルランドゥ邸――

「やあ、ラムザ。久しぶりだな」
「き、君は……オーランじゃないか!」

 応接間で待っていると、オルランドゥと共に来たのは見知った人物だった。ゴルランドで偶然会った男――オーランは、驚くラムザをよそに、昼にオルランドゥが同じことをしたように自ら手を取り、微笑んだ。

「知らなかったのか? オーランは私の養子なのだよ」
「そ、そうなんですか……?」
「驚くことはないだろう。あの時言ったじゃないか、僕はゼルテニアにいるって。それに君がベオルブの人間だったなんて、驚いたのはこっちの方さ」
「そうだけど……」
「あの時は本当に助けられたよ。あの後義父上に話したら、盗賊ごときに後れを取るなどとこっぴどく怒られたよ……はは」

 改めて有難う、と笑いながら付け加えたオーランに、ラムザは「当然のことをしただけだよ」と返した。

「まあ、そういう事だ。ダイスダーグ殿の書状には、我が弟の助けになってもらいたいとだけ書いてあったが、バルバネスの息子というだけでなく我が息子の恩人ともなれば、どんな用件だろうと協力を惜しまないつもりだ。滞在中はここを好きに出入りしてくれて構わんよ」
「有難うございます」
「それで、君はこのゼルテニアに何の用事で来たんだい?」

 オーランに問いかけられ、ラムザは素直に、ディリータ・ハイラルという男を探していると答えた。

「ハイラル……確か教会から出向で来た男だ。グリムス男爵のところに仕えている」
「そうです。彼にゼルテニアへ来るよう言われました」
「なるほど、分かった。男爵殿には私から使いを出そう。ああ、あとラムザ」
「はい」
「実はだな。この前ランベリーからエルムドア侯爵が会談にゼルテニアまで来ていたので君の話をしたのだ。会ったことがあるのだろう?」
「ええ、少しだけですけど……僕の話、ですか?」
「その時侯爵殿の護衛に来ていた兵のひとりが、えらく君に会いたがっていたのだ。アルガス……と言っていたか」

 オルランドゥが出した名前に、ラムザはこれもひとつの縁かもしれないと思った。アルガスは、自分がまだ見習いだった頃、ディリータと共に畏国を歩き回ったことがある。その時にあった様々な出来事は、今自分がこうしているきっかけになっていた。

「アルガスは友達です。元気そうでよかった……」
「侯爵殿も君にはもう一度会いたいと言っておられた……君は畏国の東側に初めて来たと言うのに、人気者だな」
「そ、そんなこと……」
「そういうところもバルバネスとよく似ている。血は争えんな」

 ははは、とオルランドゥの上機嫌な声が応接間に響いた。


「へえ。君はなかなか面白い星のもとに生まれているんだな」

 その夜、客間に通されたラムザのもとにオーランが来て、「占わせて欲しい」と言われ、オーランは年季の入った辞書を見ながら感嘆の声をあげた。

「そうなのかい?」
「うん。この星が……ああ、まあ、この辺の専門的な話は説明しても分からないかもしれないけど、占星術の中で君の星のめぐり合わせはとても特別なんだ」

 ゼルテニアでは軍師と諜報員を兼ねているらしいオーランだったが、話を聞くと、彼は本来占星術の専門家として勉学に励んでいるそうだ。
 あまり縁のない学問だったが、彼の「星のめぐりあわせやその意味を知ることで、人の運命を垣間見ることが出来る。それは人のあるべき時を止め、悪用することもできるし、逆に良い方向へ人々を導くことが出来るんだ」という力説はラムザも同意するところが多く、気が付いたら積極的に彼の話に耳を傾けていた。

「オーラン。君も畏国を平和にするために奔走しているんだね」
「ああ。やり方は違うが、僕と君は仲間だ。まあ、君は僕の及ばないところまで手を伸ばすことができるようだけど……」
「そんなことも分かるのかい?」
「やっぱりそうか。君は誰にも言えないような大きな出来事に遭遇し、すでに解決している……違うかい?」
「そ、それは……」
「君が話さないなら構わない。僕は君を詮索したくて話しているんじゃない。ただ、君がこれからどんなに深い事情に首を突っ込んだとしても、必ず味方はいる……そう言いたかっただけだ」

 僕もその一人になりたいだけだよ、とオーランは付け加えて笑った。

「オーラン、ありがとう」
「でもいつか話したい時が来たら、ぜひ君の話を聞きたいな。僕達が昔の歴史を学んで今を生きるように、もしかしたら遠い未来に、君の体験が役に立つ日が来るかもしれない」
「遠い未来か……考えておくよ」
「ディリータって男は君の味方なのか?」
「分からない……でも、ディリータは僕の親友だ」
「そうか」

 オーランはこれ以上何も尋ねることなく、「滞在中困ったことがあったら言ってくれ」とだけ伝えて部屋を出た。

「見た感じゼルテニアも平和そうに見えるけど……ディリータ……」

 親友が何の目的で自分をここまで呼んだのか分からなかったが、ディリータは自分とは違うところで何か大きなことをしようとしている――ミュロンドで会った時にそう予感していた。
 自分は彼の力になることができるのだろうか。親友の顔を思い出しながら、ラムザはあてがわれた部屋のベッドに倒れこんだ。


 

(2)

 それから数日後、ラムザはオーランと共にゼルテニアの町はずれにある小さな教会に行くことになった。オルランドゥがグリムス男爵を通して話をつけたところ、ディリータ本人がこの場所を指定したらしい。
 教会の周りは静まりかえっており、人の気配を感じない。

「僕はここで待とう。こんな場所を指定したということは、あまり人に聞かれたくない話かもしれない」
「ありがとう」
「君がピンチになったら助けに入る……まあ、そうならないことを祈るよ」

 入口にオーランを残して、ラムザは教会の扉を開けた。
 正面に聖アジョラの像が立っている。その下に、見覚えのある後ろ姿が見えた。

「来たか、ラムザ」
「……ディリータ」
「人払いはしている。約束通りオレが言いたいこと、お前がオレに持っているだろう疑問、全部腹を割って話すよ……と言いたいが、実はここにもう一人来ているんだ」
「……久しぶりだな、ラムザ」
「アグリアスさん」

 普段はここに僧侶達が利用しているのだろう小部屋の扉から出てきたのは、オヴェリア王女の護衛を務めているアグリアスだった。

「どうしてアグリアスさんが……?」
「それは……」
「オレから話そう」

 アグリアスに代わって、ディリータが話を切り出した。

「まず、オレが今何をしているかだ。オレはお前と別れた後に教会からゼルテニアに出向された。ゴルターナ公に仕えるグリムス男爵はオレを実の子のように可愛がってくれたし恩も感じている……だがオレが教会から命じられているのは、ゴルターナ公を探ること。オレは教会の諜報員なんだ」
「それは分かるけど……」
「そしてオレは、個人的にオヴェリア王女と繋がり、裏で彼女の政治の手助けをしている。ラーグ公とゴルターナ公が、五十年戦争後期から病弱だったオムドリア王の後釜を狙うべく策略を練ってきたにも関わらず、今表だっていがみ合わないのは、オヴェリアがオリナス王子の後見人となり王子の成人までは自分とルーヴェリア王妃が、成人後は王子を正当な国王として畏国を治めると諸侯に宣言したからだ」
「もしかして、それをディリータが?」
「そうだ。オレがオヴェリアに提案した。そうすれば両獅子は表だって戦争を起こさない、と」

 聞きたいことはたくさんあったが、ラムザはただ、ディリータが言葉を続けるのを待っていた。

「オレ一番警戒していたのはお前の兄、ダイスダーグだった。こんなことを言ったらお前は怒るかもしれないが、あの人はラーグ公を利用し、自分が畏国の支配者になろうと考えていたようだ」
「……それは」

 そうかもしれない、とラムザは心の中で付け加えた。ミュロンドでの一件や、父であるバルバネスを殺害しようとしたこと、あの時のダイスダーグからは嘘を感じなかった。

「でも僕は今の兄さんを信じている」
「そう言うと思ったよ」

 ディリータは笑いながら息をつき、今度は黙ったままのアグリアスに視線を移した。

「で、なんでアグリアスさんがオレと一緒にいるかってことだよな。まあ、簡単に言うとオレがオヴェリアの背後にいることを知られてしまったからだ。説得しても中々納得してくれなくてさ」
「当然だ!」

 アグリアスが食って掛かるようにディリータにはっきりと告げた。

「貴公はラムザの親友であり恩人だが、それとこれでは話が別だ。貴公はオヴェリア様を利用し、この国を自分の思うままにしようとしているのではないか……そう疑うのは当たり前のことだろう」
「……な? ずっとこんな感じだ」
「も、もしかして僕にアグリアスさんを説得しろと言っているのか?」
「ラムザ……確かにお前本人であれば、この件、信じたかもしれない。だが私はオヴェリア様が誰かに利用され、悲しむ顔を見たくないのだ。今のディリータ殿に他意がなかったとしても、いつ心変わりするかも分からない。その時に私はどうすればいいのだ?」
「アグリアスさん……」

 その声も顔も、アグリアスが心の底からオヴェリアを想って悩み抜いたのは、ラムザにも十分伝わった。一方ディリータはと言うと、特に口を挟もうとする様子もなく、目を伏せて状況を見守っている。
 そのディリータの姿に、ラムザは見覚えがあった。

「……アグリアスさん、あなたの不安に思う気持ちは分かります。それが身分違いだっていうのも。でも今のディリータが本気でオヴェリア様のために動こうとしているのは本当です。僕が保証します」

 それは、ディリータ達がベオルブの屋敷に来て、間もない頃だった。
 父バルバネスの目が届いている時は何も言わないベオルブの使用人たちも、裏では平民の子供であると、二人の事を当然のように迫害していた。特に大人しかったティータは若い使用人の女性達の恰好の標的だったようで、彼女を陥れようとするのを自分とディリータの二人で見てしまったことがあった。
 ラムザは当然、止めようとした。だが、表に出ようとする自分の手をディリータは、無言で目を伏せたまま引いた。あの時ディリータは言ったのだ、「オレ達が身分違いなのは事実だ。お前が前に出れば事が収まるかもしれないが、それだとああいう人間はさらに汚いことをする。悪いがお前もここじゃまだナメられてる……オレはティータを守りたいんだ」と。
 そして二人で考えた。どうすれば表沙汰にしないままティータを守ることが出来るのか。

(結局あの時は、偶然通りがかったザルバッグ兄さんが気づいて、止めてくれたんだっけ)

 あの時は自分にもディリータにも力がなかった。でも、ディリータは真剣で冷静で、今のディリータはあの時と同じ顔をしているような気がした。そして昔とは違い、ミュロンドで異端審問会をおさめたような頭脳と行動力が備わっていることも。

「……まったく、ラムザは相変わらずお人よしだな」

 ラムザの言葉を受けたアグリアスが苦笑した。

「私とて本気で信用ならなかったらここには来ることもなかっただろう。ただ、ディリータがラムザをゼルテニアに呼んだと聞いて、お前ならどうするのか、お前に一目会いたいと思ったのだ……悪かった、試すようなことをして」
「アグリアスさんは僕のこと、評価しすぎですよ……」
「そうかもしれないな」

 そう言って優しく微笑んだアグリアスだったが、すぐに険しい顔でディリータに向き直り、腰に下げた剣を抜きその先をディリータに向けた。

「そういう事だ、ディリータ殿……ラムザに免じて、私も今の貴公を信用しよう」
「……ああ」
「だが、もしもその計算高さと剣をオヴェリア様に向けるなら、その時は例え罪人となろうと、私は地獄の果てまで貴公を殺しに行く」
「……心得ました」
「オヴェリア様を救ってくれ……確かに貴公の思っている通り、今のオヴェリア様を狙う者は多いんだ」

 剣を納めたアグリアスが少し寂しそうな表情で微笑んだ。そしてラムザは再びディリータに話を切り出した。

「それで……僕をここに呼んだのは事情を伝えるためなのか? それとも僕に何かできることがあるのか?」
「お前に本当に頼みたいのは……ゴルターナ公の説得だ」
「ゴルターナ公? 何故?」
「北天騎士団を持つラーグ公、南天騎士団を持つゴルターナ公。この両陣営が今の畏国を治めるキーパーソンなのは分かるな?」

 ディリータの問いに、ラムザは首を縦に振った。

「二人は表面上こそオヴェリアに逆らわずに協力の体制だ。だが、スキがあれば必ずオヴェリアやオリナスを利用し、畏国王の座を狙おうとするだろう」
「……うん」
「ラーグ公についてはもう脅威じゃないと考えている。ラーグ公はお前の兄貴、ダイスダーグに頼りきりだからな……ダイスダーグ卿にその気がないなら、ラーグ公が先に動くのは悪手だ。他の脅威は教会とバリンテン大公だったが、それはお前達が潰してくれた」
「君はゴルターナ公を探っていたと言っていたな……何かあったのか?」
「単刀直入に言おう。ゴルターナ公は、戦争をしようとしている」

 ゴルターナ公が戦争の準備をしている――ディリータいわく、その情報は確かなものらしい。
 元々ゴルターナ公は、オヴェリア王女が自分の血筋の者だと主張して彼女の王位継承を掲げ自分が摂政になろうとしたようだ。しかし、オリナスを王としてオヴェリアが摂政につきルーヴェリア王妃とともに政治を取るとオヴェリアが宣言したことで、政治力のある彼女に摂政は不要であると諸侯は感じただろう。ディリータはそう説明した。
 それはオリナスをオヴェリアに奪われた形になったラーグ公にも言えることだが、先程ディリータが言ったようにそちらはダイスダーグが抑えており、ラムザはその兄を信じている。ザルバッグもある程度の事情を知り、その上で共に歩もうとしている――だからラーグ公が迂闊に軍を動かせないのは確かだとラムザは思った。

「待ってくれ。ゴルターナ公だって、オルランドゥ伯が軍を動かすつもりにならなければ……」
「まあな。だが、あの人はダイスダーグとは違う……いざとなれば主君のために、自らの正義を曲げてでも忠義を尽くそうとする人だ」
「そんな……ことは……」
「バルバネスの親父さんもそうだったろ。生粋の騎士っていうのは、忠誠と家の名誉が一番大事なのさ。で、ゴルターナ公が動けば、当然それを阻止しようとラーグ公も公然と軍を出す。そうすればどうなる?」
「獅子戦争……」

 ラムザはディリータとの会話で、少し前にディープダンジョンでサーペンタリウスに見せられた幻を思い出した。
 あの幻の中で、ラーグ公とゴルターナ公はそれぞれオリナスとオヴェリアの王位を主張し、畏国は大きな内乱"獅子戦争"の戦火に包まれた。
 その中で教会とハシュマリムが暗躍することで戦場はさらに泥沼となり、ディリータはオヴェリアを利用し畏国王になった――もうハシュマリムと教会が関与することはないはずだ、とラムザは思ったが、それでもゴルターナ公とラーグ公が正面から争う体制になれば、自らの主君を守るためにオルランドゥ伯も軍を出すかもしれない。そうなればダイスダーグは阻止しようとするかもしれないが、表向きではザルバッグを出兵させなければならないだろう。

「そんなことさせない……僕は約束したんだ。そんな未来にはさせないって」
「ラムザ?」
「……ごめん、なんでもないよ。でも協力する。僕がベオルブの人間としてゴルターナ公に会えばいいんだな」
「すまない……オレじゃ直接会うのも難しいからな。お前の家柄を利用しているのは分かっているんだが」
「ディリータだって大事なベオルブのひとりだよ。僕がどこまでやれるか分からないけど……」
「さすがのゴルターナ公も、ベオルブの三男坊をその場で斬り捨てるような真似はしないさ。そんなことしたら戦争じゃなくてただの反乱になる」
「一人で大丈夫か、ラムザ」

 今までディリータとラムザの話を見守っていたアグリアスが、少し不安そうに尋ねた。

「本当なら護衛に名乗りたいところだが……王家の近衛兵がベオルブと共に押し入っては、相手を煽るだけ……すまない」
「大丈夫ですよ、アグリアスさん。良い報告ができるよう頑張ります」

 そう言ってラムザは微笑んだ。


 

(3)

――ゼルテニア城――

「ラムザ、待たせてすまないね。もう少しだけかかりそうだ」

 客間に通されたラムザ達だったが、その日緊急に会議が行われているとのことで、様子を見に来たオーランがそう告げた。

「突然ゴルターナ公との面会を申し出たのは僕だから……気にしないでくれ。ところで何の会議を?」
「ゼルテニアの諸侯や城の大臣の招集だよ。きっとあまりいい話じゃない」

 ゼルテニアの筆頭大臣であるグルワンヌ卿、街の有力貴族であるボルビナ男爵やブランシュ子爵、そして騎士団長のオルランドゥ伯――ゼルテニアの政治や経済、軍の中心人物が集まる会議は、オーランいわく既に半日もかかっているらしく、その内容は軍師のひとりであるオーランも良く分からないとのことだった。

「ところで君はゴルターナ公に何の用で? あと、昨日聞きそびれたが一緒に出てきた女騎士はルザリアの近衛兵だろう? どういうことだ?」
「同じ国でもゼルテニアはガリオンヌから遠いからね。伯やオーランにも世話になっているし、会っておきたいかなって。あと、アグリアスさんは僕の友人だよ。ディリータとも知人だ」
「なんで近衛兵がゼルテニアに?」
「彼女もゴルターナ公に謁見してみたかったそうだ。断っちゃったけどね……」

 ラムザの答えに、オーランは納得したのか穏やかに微笑んだ。

「昨日ラムザを待っていたら、美人と共に教会から出てきたからびっくりしたよ」
「なっ……誤解だ!」
「ふふっ……ごめんごめん。分かってるよ」

 君は真面目だな、とオーランがにこやかに答えたがふと廊下から足音と話し声がして、二人は扉に視線を向けた。

「行ってくるよ。もう少し待っていてくれ」
「ありがとう」

 オーランが立ち上がり、客間を出る。少ししてオーランと共にオルランドゥ伯が客間に入り、共に応接間に行く旨を伝えた。

「ゴルターナ閣下も君に会いたがっておられた。長く待たせてすまなかったな」
「いえ……ありがとうございます」

 そして客間でオーランとは一度別れ、オルランドゥ伯の後についてラムザは応接室へと入った。

「ほう、君がバルバネス殿の三男坊か」
「ラムザと申します……突然の来訪、誠に申し訳ございません」

 ゴルターナ公の前で膝を立てて頭を下げたが、すぐにゴルターナ公から「座りなさい」とソファを勧められ、ラムザは静かに立ち上がり、入口に控えていたオルランドゥと共に椅子に腰かけた。

「成程。オルランドゥの言う通り、本当に若き日のバルバネス殿にそっくりだ」
「父をご存じなのですか?」
「当然ではないか。バルバネス殿は共に五十年戦争を戦い抜いた戦友のようなもの。わしは直接戦場には出なかったが、彼の事はよく知っている……それで、わしに何の用かね?」
「用事というか……せっかくゼルテニアに来たので一度お会いしたいと」
「そうか。ならばわしから君に少し話をしても良いかね?」
「え、ええ……」
「風の噂で、君はバリンテン大公の王位継承権を放棄させ、ライオネルのいざこざを解決し、その上で教会からの信頼も勝ち取り、ベオルブの長男の疑惑を晴らしたと聞くが」
「ど、どうしてそこまで」

 共に関わった教会の人間なら知っているかもしれないが、まさか遠いゼルテニアで自分が噂になっているとは思わず、ラムザは驚きを隠せず問いかけた。それに対し、ゴルターナ公は愉快そうに笑った。

「ははは。老いたとは言えわしも畏国の最前線で戦い続けた軍の指揮官。情報網を侮ってはいかんよ。その様子だと事実のようだな?」
「いえ……それは僕の力というよりも、共にいた仲間や、兄がいたからで……僕は偶然居合わせただけです」
「仲間か。ではそんな君に問おう……若くしてそれだけの経験をした君は、今と未来の畏国をどう見るかね?」
「……!」

 ゴルターナ公は戦争の準備をしている――ディリータの言っていたことが事実なのか、どう話を引き出そうか悩んでいたラムザだったが、思わぬゴルターナ公の質問に顔を上げた。

「どういう意味ですか?」
「他意はない。先程大臣や諸侯と会議をしていたのだが、残念なことに老人ばかり。だから若く、ゼルテニアの外に住む君の意見を聞いてみたいと思っただけだ」
「僕は……前の戦争をほとんど知りません。だから綺麗ごとで甘いのかもしれませんけど、それでも僕は、誰とも争わない未来があるならそこに向かって進みたいです」
「……ほう?」
「だって……誰かが犠牲になれば、必ず悲しむ人がいるでしょう? それでは争いは終わらない……」
「成程。確かにそれは戦争を知らない若者ならではの答えだ……興味深いよ」

 その上で、ゴルターナ公はラムザに穏やかな口調のまま語った。
 五十年戦争は、元々鴎国の侵略から始まり、それを防衛するための戦いだったと。
 国を守るために落とされた戦火だったが、次第に畏国も鴎国側に攻め入るようになり、奪い合う戦争に発展した。死んだ者に報いるため、自分の家族を守るため――それは国の、軍の、個人の大義であったと。

「だがそれでもこの広い畏国がまとまっていられたのは、鴎国という"外敵"の存在と、強い"王家"あったからこそ。今はどうだ。共通の敵を失い、あまり王家を悪く言うものではないかもしれないが、王家に力がないことは若い君でも分かるだろう?」
「でも、ルーヴェリア王妃とオヴェリア王女が手を取り合えば……」
「王女は分からんが、王妃にとって自分の独裁の邪魔になるような王女は疎ましい存在であろう……それが現実だ」
「そうかもしれませんけど……そのために貴方達がいるのでは?」
「君は本当に若いな。わしがラーグ公と今更仲良く政治ができると思うのかね? 恐らくラーグ公もそう思っておいでだろうな」

 今までのゴルターナ公の言葉に嘘は感じず、何故かは分からないが、素直に心情を語っていることはラムザも感じていた。ディリータの言い分だともっと野心的で狡猾な人間かと思ったが、実際会ってみてその印象は変わっていた。だが、だからこそゴルターナ公が今の王家もラーグ公も信用できないというのも伝わってくる。ラムザは俯き、どう答えるべきか言葉を詰まらせた。

「閣下、だからこそ我々から同盟の約束をと意見申し上げたのです! 同じ考えであるなら、向こうも歩み寄るかもしれませぬ!」

 ラムザの代わりに発言したのは、隣に座るオルランドゥだった。どうやら先程の会議でも同じ話題をしていたようだ。

「しつこいぞ、オルランドゥ! それでは我々が戦わずして負けるようなもの。元々今のルザリアは王妃が優勢なのだ……ラーグ公から提案があれば受け入れるが、我々から提案することは悪手だと言ったであろう!」
「ではこの膠着状態を続けると? それではいずれ民が混乱してしまいますぞ!」
「それは分かっておる……分かっているが……! ……ああ、すまないな。客人の前で失礼をした」
「……すまんラムザ。まあ、そう言う事だ。大人の世界は大変だろう?」
「え? いえ……」

 一瞬言い争いのようになったゴルターナ公とオルランドゥだったが、ラムザの姿を見て再び表情を緩めた。
 だが、その様子をみて、ラムザはふと感じた。ディリータは「ゴルターナ公は戦争をしようとしている」と話しており、恐らくそれも一つの案として浮かんではいるのだろうが、その引き金を引くべきかゴルターナ公自身も迷っているのではないかと。
 だからラムザは、再び話を切り出した。

「僕は以前、オヴェリア王女に会ったことがあります。ルザリアへ行く前の話ですが……彼女はいつも、修道院で祈っていたそうです。この世の全ての人が、少しずつ優しくなれますように、って……」
「……」
「王女があの時のままか変わってしまったのかは分かりませんが、僕は彼女の祈りを信じてみたいってあの時思いました。だから閣下が歩み寄れば、ラーグ公も歩み寄ることができるかもしれない……それではダメなんですか?」
「ラーグ公を信じろと言うのかね?」
「僕はラーグ公のことを直接知りませんが、僕の父や兄は、歩み寄ってくれると思います。そう、信じてます。だから……」
「君本人が家族と主君を信じるのは自由だ……だがな、ラムザ殿。わしはどうすれば良い? 戦いで国を防衛してきたことしか知らぬまま年老いたわし達は、戦いでしか語る手段を持っておらぬ」

 そう切り出したゴルターナ公は、ラムザに対して訴えを続けた。

「上手くラーグ公と話をつけたとして、その後はどうだ? どうやってゼルテニアを復興させ、南天騎士団の権威を保てば良い? わしにはもう、ランベリー侯のように外に出て民に声をかける程若くもなければ、教会のように広く関係者を撒けるほど平等でもない。バリンテン大公のように何もせぬとも威厳が変わらぬほどの強固な身分でもない。長く続いたこのゴルターナ家とゼルテニアを、わしの代で没落させるわけにはいかんのだ。それは君のような若者でも、ベオルブ家にいれば分かるだろう?」
「閣下……」

 隣のオルランドゥが固く目を閉じ、拳を握る。痛いほど伝わる本音に、ラムザもゴルターナ公から視線を外せなかった。
 だが、ラムザは一度大きく息を吐くことで自分を落ち着かせ、その上で答えた。

「お願いします、ゴルターナ閣下……僕達を、未来を信じてくれませんか?」
「未来を……?」
「僕が戦争をほとんど知らず平和に向かって進んでいるのは、閣下達が畏国を平和にするため、身を削って戦ってくれたからでしょう? 閣下達が掴んだ平和を、僕は壊したくない……」
「わし達が平和を掴んだ?」
「今貴方の元にいる人たちだって、貴方という威厳があったから協力できていたはずです。だからもうちょっとだけ、でも今度は掴んだ平和のために、力を貸していただけないでしょうか」

 お願いします、とラムザは再度訴えた。
 ゴルターナ公もオルランドゥも何も答えず押し黙り、部屋に沈黙が流れる。
 少しして、沈黙を破ったのはゴルターナ公の笑い声だった。

「……?」
「いやいや、まったく。君は本当に若き日のバルバネス殿と瓜二つだな……このような話をするつもりなど毛頭なかったのだが。君のその目を見ていると、若い頃にバルバネス殿に相談した時を思い出し、つい情けないところを見せてしまったな」
「父さんの?」
「ああ」

 ゴルターナ公が言うに、北天騎士団と南天騎士団は五十年戦争が始まる前からライバル関係にあったそうで、中々協力できなかったところ、バルバネスがゴルターナ公の元に押し入り「平和のために力を貸してくれ」と訴えたそうだ。

「しかしそれがもう孫に近い年齢差になってしまうとは。年は取りたくないものだ……なあ、オルランドゥ」
「……閣下」
「いいだろう、ラムザ殿。君の願う未来、わしも信じて協力しよう。ラーグ公とは気が合わずどうも好きになれないが、よく考えればあれもまだわしより二十程も若かったな。大人としてわしの方から歩み寄ってやろうではないか」
「本当……ですか?」
「どうした、信じてはくれぬのか?」

 気さくな表情で問いかけるゴルターナ公に、ラムザは押されながらも微笑んだ。

「いえ……ありがとうございます。父も喜びます」
「バルバネス殿か……本来ならばわしの方から見舞いに行きたいところだが、わしも年だ。養生せよと、宜しく伝えてくれ」

 どうやら父バルバネスの病状が思わしくないことは、ゴルターナ公たちの耳にも届いていたらしい。だからこそ、バルバネスを失ったことでラーグ公が動くことを恐れていたのかもしれない――そうラムザは思いながら、丁寧にあいさつを述べて応接室を後にした。


「……なあ、シドよ」

 残された部屋でゴルターナ公は共に残ったオルランドゥに静かに切り出した。

「やはり戦争は良いものではないな……仕方なかったとは言え、長く戦場を味わったせいで、わしにはもう開戦前の平和だった頃など思い出せんよ」
「ならばラムザ達が作り上げた世の中で、平和の味を知るしかありませんな……ダクスマルダ様」
「そう言えばその頃お前はそう呼んでいたな。懐かしい呼び方だ……」

 そう言ってゴルターナ公は静かに笑った。


(4)

――ゼルテニアの教会――

「さすがだな、ラムザ」
「……違うよ、ゴルターナ公が自ら選んでくれたんだ」

 昨日のことをディリータとアグリアスに話し、感嘆したディリータに対してラムザは苦笑した。

「お前の誠実さは人を素直にさせる……それは才能だよ、ラムザ」
「そうでしょうか……」
「私がお前を信頼しているのはそういうところだ。だからもっと自信を持て」

 謙遜するラムザに、アグリアスは嬉しそうにラムザの肩に手を置いた。

「ラムザに約束したゴルターナ公の言葉を信じるなら、恐らく今後はゴルターナ公とラーグ公が、共にオリナス王子の王位継承とオヴェリアの摂政、そしてルーヴェリア王妃との共同政治を支持するだろう……あとはオレの仕事だ」
「本当に君はやるのか? オヴェリア王女の影になって、畏国を変えるために……」
「畏国を変えるのはついでだが、お前が頑張ってくれたんだ。オレだってやってやるさ」

 ディリータがそう言いながら片手を前に曲げ、強く拳を握る。それは昔からディリータが何かを決意した時にやるクセだった。

「こんなことを言ったらアグリアスさんが怒るかもしれないが……オヴェリアを最初に見た時、オレは運命のようなものを感じた」
「運命?」
「オレは彼女を笑顔にしたい。例えどんなに頑張っても覆せないようなものがオレの前に立ち塞がったとしても……ってな」

 ラムザは再び、サーペンタリウスが見せた別の未来を思い出した。ディリータはあの未来の中で、オヴェリア王女をはじめとした多くのものに取り入り利用し、最後は畏国王の座を勝ち取ったが――

(ディリータが感じた運命はあの幻のことなのかも……でも、あれはもう僕達の進む未来じゃない……)

 オヴェリア王女の影として生きる――それは並大抵の努力ではない。それを本格的に成し遂げるなら、もうディリータは遠いところへ行くしかないことは、ラムザも理解できた。ただ運命に振り回されているだけなら、親友として止めるべきなのではと感じ、ラムザはディリータに問いかけた。

「もうベオルブに戻る気はないのか……?」
「そうなるな……グリムス男爵のことも、これ以上はオレに何かあった時に巻き込みたくない。上手く行方をくらますつもりだ」
「ティータはどうするんだ? ずっと君の帰りを待っているんだぞ」
「……」

 ティータの名前を出されたディリータは目を閉じ少しの間黙り、そして天井を仰いだ。

「オレは最低の兄貴だな。オレの選択はティータを泣かせることになるかもしれないのに……それでもオレはこの道を選んでしまった……」
「君は……オヴェリア様を愛しているのか?」
「……さあな。オレにもわからん……ただ」

――彼女のためならこの命、失っても惜しくない――

 ディリータの声が静かに、だがはっきりと教会内に響いた。

「……おかしいだろ? たかが平民の男が、一国の王女相手にさ」
「そんなことないよ」

 天井からラムザに視線を移し自嘲したディリータに、ラムザは首を振りながら微笑んだ。

「僕は君を信じるよ、ディリータ。ティータのことは、僕達に任せて」
「すまない……いや、ありがとう」

 ラムザにつられるように、だが少し切なそうに、ディリータは微笑みを返した。


 教会から出るといつの間にか日が落ちており、見上げた空は夕焼けに包まれていた。

「きれいな夕日だな。ティータも同じ夕日を見ているんだろうか……」
「本当にこれでお別れなのか、ディリータ」
「そうだな……オレは今までのディリータ・ハイラルを捨てるが、今日からオレは平民でも貴族でもない、ただの人間になるんだ」
「ただの人間……か」
「お前はどうするんだ、ラムザ」
「僕は」

 ディリータに問われ、ラムザは夕焼けを見上げながら答えた。

「僕は変わらないよ。何があっても、どんな未来の中でも、僕はラムザ・ベオルブだ」

 夕焼けから再びディリータに視線を戻したラムザは、ディリータに向かって手を差し出した。

「同じ空の下にいる限り、僕は君の親友だよ」
「ラムザ……」
「ただの人間同士、何かあったら気軽に頼って欲しい」

 ラムザの手を少しの間見つめるだけだったディリータだったが、「お前には負けるよ」と苦笑してラムザの手を取った。

「じゃあな、ラムザ」
「うん」

 ラムザから手を離したディリータは、そのまま背を向け、振り向くことなく教会から去っていった。

「行かせてよかったのか、ラムザ」
「ディリータが選んだ道ですから」

 二人を見守っていたアグリアスの声に、ラムザは苦笑した。

「私はいいんだ。オヴェリア様がディリータを望むなら、私はそれを見守りたいと思っている……」
「ごめんなさい。気苦労、させてしまいますよね」
「お前が謝ることじゃないよ……騎士としては、主君を取られたようで少し寂しいが、な」

 穏やかに笑ったアグリアスと共に、ラムザはその姿が見えなくなるまで、ディリータの背中を目で追い続けた。


(5)

――数週間後 ベオルブ家――

「お父様、お兄様がた。本当にお世話になりました」

 玄関先でドレスの裾を両手で摘み、アルマは目の前にいるベオルブの兄達に深々とお辞儀する。その横にはイズルードとヴォルマルフがおり、アルマに合わせて頭を下げた。
 全員とこの場にいない、自室で床に伏せるバルバネスに代わり、ダイスダーグがイズルードと握手を交わした。

「イズルード殿。アルマのこと、頼んだぞ」
「承知いたしました。我がティンジェル家の誇りにかけて、必ずアルマを幸せにします」

 この日、アルマはティンジェル家に嫁ぐため、ベオルブ家を出ようとしていた。
 ダイスダーグ達が穏やかな表情でアルマを見送る中、ラムザは少し複雑な気持ちだった。この場にメリアドールがいれば「兄の嫉妬?」と笑われるかもしれないが、やはり一番仲の良かった妹が遠い場所へ行ってしまうと思うと、駄目だと分かっていても表情に出ていた。

「ラムザ兄さん、別に私は遠くに行くわけじゃないのよ。ミュロンドにもいつでも遊びに来てね」
「オレからも。ラムザ、君とは一度ゆっくり話をしてみたいよ」
「そう言うことだ。お前には結局助けられたまま。勝負で負かされたことも含め、たっぷりと礼をさせてもらいたいものだ」
「……そうですね」

 ラムザがイズルードやヴォルマルフとそんな話をしている横で、今までザルバッグの後ろに隠れていたティータの手を引いたアルマが、ティータを抱きしめた。

「ティータ。私のぶんも、家のことお願いね」
「アルマも元気でね」

 あの後ザルバッグと婚約したグリムス男爵の娘を通して、ディリータがゼルテニアを去ったことを聞いた。そのことはティータにも伝わり、先程ヴォルマルフにそれとなくディリータの行方を聞いてみたが、神殿騎士団を束ねるヴォルマルフも知らないと答えた。
 それでもティータは取り乱すことなくアルマを見送り、今は笑顔で「がんばって」とアルマに言った。

 そしてイズルード達に連れられ、アルマはベオルブから去っていった。

「ラムザ、お前も行くのだったな」
「……はい」

 アルマの姿が見えなくなるまで見送ったあとで、ダイスダーグがラムザに問いかけた。

 ラムザは数日前に再びベオルブ家を出たいとダイスダーグ達に告げていた。
 ラムザはゼルテニアから戻ってから考えていた。自分にできること、やりたいこと、どう生きるか――考えた結果、ラムザは以前ディリータと別れた時にそうしたように、家を出奔し、自分の足で畏国を歩きたいと思ったのだ。

「すみません、兄さん……」
「本当にしばらく戻らないつもりなのか?」
「ラムザ様までいなくなるなんて、少し寂しくなりますね」
「ザルバッグ、ティータ。これもラムザの選んだ道だ」

 心配そうなザルバッグ達に対しダイスダーグが首を横に振って制した。そしてラムザに向き直り、ラムザの肩に片手を置いた。

「今度はベオルブの名を使え。どちらにせよ、お前は畏国の有名人だ」
「兄さん……」
「父上には昨日別れを告げたのだったな……」
「はい」

 自室にいるバルバネスには、昨日ここを去ること、勝手なことをして申し訳ないということを話していた。ラムザの決意を聞いたバルバネスは残念がるどころか嬉しそうに「頑張って来いよ」とラムザに答えていた。

「行ってきます」

 ラムザは笑顔で兄達にそう告げ、一人ベオルブ家の門から外へと向かっていった。


――マンダリア平原――

「いい天気だな……ディリータもどこかでこの空を見ているのかな、なんてね」

 空を見上げると、青空に雲が流れ、目の前の草原は穏やかに風に揺れている。
 そんな中、一枚の葉が目に留まり、ラムザはそれを静かに摘み、口元にあてて強く吹いた。草笛の音が草原に響く。

「そう言えば昔、ディリータとよくこうしていたっけ……」

 草笛は小さい頃、父バルバネスがラムザとディリータに教えてくれた遊びだった。
 子供の頃、アカデミーにいた頃、よくこうして手近な葉を摘んでは草笛を奏でていたことを思い出す。同時に、あれから大分経ち色んな出来事があったな、とラムザはしみじみと感じた。

 最初はとても小さなことだった。戦争が終わったばかりの畏国で自分たちは何ができるのか――そのきっかけを掴むために、授業を抜け出してイグーロス城へ戻ったのがはじまりだ。
 あの頃はガリオンヌの限られたものしか知らず、外の世界があることすら考えたこともなかったのに、今は畏国で出会ったたくさんの人が、どこで何をしているだろうと、脳裏に次々と浮かび上がる。思い出すみんなの顔は、とても輝いているような気がした。

 ラムザはもう一度草笛を吹き、そして吹き終えた葉を天へと放った。
 葉は風に乗って舞い上がり、光の中へと消えていく。まだ見ぬ未来に、あの光の先には何があるのだろうか――そんなことを思い、ラムザは目を細めながら胸を高鳴らせ、大きく息を吸い込んだ。
 身体の中に入る風はとても暖かく、ラムザはゆっくりと息を吐き、草原にある道の先を見た。

「次はどこへ行こうか」

 草笛を吹いた葉が遠くに消えていくのを見送りながら、ラムザはそこに未来があると信じて、草原の中を歩んで行った。

 

~To be EPILOGUE~

 

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あとがき

ようやく後編が書けました。ラムザには本当に苦労に苦労を重ねさせて申し訳ない気持ちしかないのですが、なんとかディリータといい決別ができて、ラムザを笑顔で旅立たせることができました。
ゴルターナ公についてはここを書くまであまり考えていなくて、バリンテン大公と似たような失脚ルートで最初考えていたのですが、考えているうちに戦争しか自分を表現する方法のなかった人で、FFT本編だとそれゆえに疑心暗鬼が加速して親友(シド)すら信じられなくなったのかなと思ったので手心を加えましたが、戦争ないシリーズの後半らしい終わり方ができて良かったです。

2018年11月11日 pixiv投稿

 

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