IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~

-第2章 後編-

 

(1)

 

――機工都市ゴーグ――



 ラムザとガフガリオンは、ゴルランドで出会った神殿騎士バルクの頼みを聞き、ベスロディオの元を訪ねていた。
 言われた通りに第57坑道へ行くと、そこにあったのは大きな鉄球だった。大人数の男達の手で運び出されたそれが、今ラムザの目の前にある。


「へえーこれまたすっごいモンが出てきたな! で、なんだろうねこの鉄のタマは」


 ムスタディオが目を輝かせながら首を傾げた。


「あの坑道はバルクが所有していた場所だった……まさかこんなものを掘り起こしていたとは。だがどうイジればいいのかさっぱり分からんな」
「バルクはこの聖石と同じマークが描かれていると言っていたけど……」


 ラムザが聖石アクエリアスを取り出して近づいてみると、突然聖石が輝いた。


「うわ!」
「聖石が反応してるぞ! はめてみようぜ!」
「ぼ、僕が……!?」
「早く! 早く!」


 ムスタディオに急かされて鉄球に描かれた紋章の近くの窪みに聖石をはめてみると、その形は一致しており、そして鉄球に光が走った。
 そして鉄球から四肢と頭が飛び出し、人型に変形した。


「おおおおお!?」
「これは……文献で見たことがあるぞ。ロボットというやつだ」


 しかしベスロディオが呼んだロボットと言われる物体は、変形したきり動く気配がない。


「……やっぱりダメなのか?」
「なンだよ、期待させやがって!」


 ムスタディオとガフガリオンが近づこうとした時、ロボットの目が光りだした。


「システムセットアップカンリョウ! カクブイジョウナシ! ゴシュジンサマ、ゴメイレイハナンデスカ?」
「うわッ! しゃべった!」


 ムスタディオが驚きの声を上げるのをよそに、ロボットはただ驚いて立ち尽くしているラムザに顔を向けた。


「ゴシュジンサマ、ゴメイレイヲドウゾ!」
「な、なあなあラムザ……何か命令を与えてみろよ」
「えっ……!?」


 ムスタディオの言葉に、ラムザは我に返り目を丸くさせた。そしてもう一度ロボットに視線を動かしてから、再びムスタディオ達の方を向いた。
 どこからどう見ても戸惑っているラムザに、ガフガリオンは喉を鳴らしながら追い打ちをかけた。


「ラムザ。コイツは聖石をはめこンだお前のことをゴシュジンサマと認識しているようだ」
「で、でも……僕が命令するの!? 怖いよーっ!」
「クリカエシマス、ゴメイレイヲドウゾ!」
「ええ……じゃ、じゃあ……お、おどれっ!!」
「あのなーっ!」


 戸惑いながらラムザが下した間抜けな命令に、ムスタディオは転びそうになるのをこらえて叫んだ。
 しかし、ロボットはラムザの言われた通りに、その場で踊り始めた。


「お、踊ってるよコイツ……」
「す、すごい……本当に僕の言う事を聞いてくれるのか」
「よかったなぁラムザ。手下ができたぞ。強そうだし、良かったじゃないか」
「ハイ ワタシハ トテモ ツヨイ デス!」
「ほんと?」
「よしラムザ、試してみよう!」
「じゃ、じゃあ……ムスタディオをやっつけろ♪」
「あのなーっ!」
「なーんて冗談……え?」


 ラムザがロボットに視線を移すと、ロボットはムスタディオに腕を向け、強烈な一撃をムスタディオに与えていた。


「あ……」
「おースゲエな……」
「わーっ! フェニックスの尾ーっ! フェニックスの尾はどこだーっ!」


 床に突っ伏したまま動かないムスタディオの様子に、ラムザは慌ててアイテム袋をあさるのだった。




「ったく……死ぬかと思ったぜ!」
「ご、ごめんムスタディオ……その、冗談で……」
「冗談で殺されそうになったオレって可哀想だなぁ!」
「うう……ごめん」
「で、どうするんだコイツ。本当にラムザ、お前の手下にするのか?」


 ガフガリオンの質問に、ラムザは腕を組んだ。


「さすがにちょっと……目立つし……」
「だったらオレにくれよ。これだけパワーがあるなら、オレ達の採掘にすっげえ役立ちそうだ」
「分かったよ。じゃあ……えっと。君の新しいご主人様はこっちのムスタディオだよ。分かるかい?」
「ピピ……リョウカイイタシマシタ。ムスタディオサマガ ゴシュジンサマ デスネ。ヨロシクオネガイシマス」
「やったーっ! よろしく頼むぜ、労働八号!」


 ムスタディオは嬉しそうにロボットに抱き付いた。


「ろ、労働八号?」
「今名付けた! いい感じだろ?」
「なンで八号なンだ?」
「なんとなく?」
「リョウカイシマシタ ワタシノナマエハ ロウドウハチゴウ デス」
「ほーら、本人もいいって言ってるんだし、いいんだよ」


 ムスタディオは再び労働八号と名付けたロボットに抱き付き、「よろしくな!」と目を輝かせた。

 


 

(2)




 労働八号が起動して数週間が経った。
 ラムザとガフガリオンは機工士達の手伝いや争いごとの仲介など、ゴーグやウォージリスを拠点に色々な依頼をこなしていた。
 そんなある日の事、ラムザ達に教会の僧侶が近づき、一枚の手紙を渡した。


「僕に?」
「はい。ラムザ・ベオルブ様に渡すよう仰せつかっております」


 僧侶はそれだけを言って立ち去ってしまった。
 今傭兵の身であるラムザはルグリアの姓を名乗っており、依頼の上ではベオルブの名を一切口に出していない。


(ということは、僕の事を直接知る人間から……?)


 慎重に手紙を開けると、そこにはラムザもよく知る人物の名が書かれてあった。


「誰からだ」
「神殿騎士団……ウィーグラフ・フォルズ」
「ナンだって!?」


 ガフガリオンは驚いた様子で声を裏返した。ラムザはウィーグラフからの伝文を読み上げた。


「ええと……頼みごとがある。前に会ったゴーグの教会で待つ、か」
「お前あのウィーグラフと知り合いなのか?」
「知り合いって程ではないけど……会ったことならあるよ」


 ラムザは思い出していた。ウィーグラフと会ったのは、まだ自分が傭兵の道を進む前の時だ。兄ダイスダーグからの命でラムザはゴーグでウィーグラフと会った。その時のラムザは世間のことなど何も知らず、ウィーグラフの思想や剣技に圧倒されるばかりだったが、そんな未熟な自分しか知らないウィーグラフが一体何の用事だろうか――ラムザは疑問に思ったが、手紙をしまい、ガフガリオンに言った。


「でもウィーグラフは信頼できる相手だ。会いに行くよ」




 そしてラムザは、ゴーグの教会へと足を運んだ。入口で自分の名を告げると、少しして奥からウィーグラフが姿を現した。


「お久しぶりです、ウィーグラフ」
「久しいなラムザ。ここまで呼び立ててすまなかった……ふっ、噂には聞いているがなかなかの活躍ぶりだそうだな」


 ウィーグラフは口元を綻ばせた。ラムザは一体どんな噂をされているのだろうかと疑問に感じたが、すぐにウィーグラフが神殿騎士団の身であることを思い出し、メリアドールか、炭鉱で対峙したローファルが自分の話をしたのだろうと納得した。


「ところで僕に頼みたいことって……」
「それは……場所を変えよう。明朝ゴーグの集会所で待っていてくれないか?」


 ウィーグラフは、教会内の僧侶を見渡しながらラムザに小声でそう告げた。どうやら教会内では話しにくい、個人的な頼みのようだ。ラムザもまた深く詮索することはせず、小さな声で「分かりました」と答えた。




 そして翌日の朝。
 
「! ベイオウーフさん!?」
「やあラムザ。こんなところで再会するとは、君は想像以上の人脈を持っているようだ」
「ど、どういうことだ。なんでベイオウーフさんとウィーグラフが一緒に?」


 ラムザは驚きを隠せず、ウィーグラフに尋ねた。
 当然だ。ベイオウーフは教会に〝異端者〟として追われており、ウィーグラフは教会に所属する騎士なのだ。こうして肩を並べるはずのない二人が、特に敵対する様子もなく尋ねてくる時点で驚くしかない。


「話せば長くなるのだが……ゴルランドで君と別れた後、ウィーグラフとはベルベニアの沖にあるネルベスカ神殿で出会ったんだ」
「ネルベスカ神殿で?」


 ベイオウーフはここに至るまでの事情をラムザに説明した。
 それによると、ネルベスカ神殿での怪現象の噂を聞いたベイオウーフはそれが聖石の力によるものなのではないかと考え、彼の恋人レーゼ――呪いによってドラゴンに姿を変えてしまった女性――と共にネルベスカ神殿に行くことにした。そこでちょうど教会でも同じく聖石を求めてウィーグラフが神殿に赴いており、出会ったという。
 ベイオウーフが異端者であることはウィーグラフも知っていたが、バート商会の一件で元々ライオネルの教会に疑惑を抱いており、またベイオウーフらを悪人とは感じなかったウィーグラフはベイオウーフの話を信じ、共に神殿の奥へと行き、そして色々あったが聖石キャンサーを手に入れたそうだ。
 そして聖石の力によってレーゼは元の人間の女性に戻り、こうした聖石の奇跡を目の当たりにしたウィーグラフは、ベイオウーフにかけられた容疑を晴らすべく、共にライオネルへ行くよう二人を説得した。


「それで……レーゼさんは?」
「連れ去られてしまったんだ……」
「えっ!?」
「私の所為だ」


 今度はウィーグラフがラムザに話した。ベイオウーフ達と共にライオネルまで行くまでは良かったのだが、領地に入ったところでベイオウーフに代わってライオネルの騎士団長となったアーレスという騎士が待ち構えていた。。
 ウィーグラフは教会所属の騎士であり、元骸騎士団の頭領として有名だったのもあり、彼が異端者を連れてライオネルへ向かっていたのは筒抜けだったようだ。
 二人が目を離した一瞬の隙に、アーレスはレーゼを連れ去った上で二人の前に現れた。


「あいつはオレとレーゼの味方だった……あの時も、オレが捕まらないよう逃してくれたのはあいつだ……だがあいつは変わってしまっていた。オレがいなくなったことで団長の座に着き、そしてオレを捕えればさらに報奨があると……!」
「アーレスと言う男は私に言ったのだ。異端者を連れてくるとは、流石は骸騎士団の英雄だとな。私は剣を抜けなかった。あの時彼に剣を向ける事は、教会に逆らい異端者に加勢すると言ったも同然。そうなれば私と共に教会へ降りた同志達はどうなるのかと」


 そしてアーレスはベイオウーフに言った。「ブレモンダが欲しているのはレーゼだが、自分の目的はベイオウーフを殺すこと」「レーゼを助けたければライオネル城へ来い」と。


「そんなことが……」
「ああ。だが私は今度こそライオネルの教会を糾弾しようと考えている。あの時は躊躇したが、きっとミルウーダ達は私が動かなかった事を責めるだろう……そしてそう決意した時、ラムザ、君がゴーグにいるらしいという話を聞きつけたのだ」
「僕が?」
「ここにいる労働八号と言ったか。私はこれに似た者とネルベスカ神殿で出会った。バート商会の件と言い、聖石には人智を超えた力が宿っているように思う……そしてライオネルを治めるドラクロワ枢機卿はその秘めた力を知っているようだが、聖石を保有するゾディアックブレイブには一切知らされていない。もしかしたら教会の上層部は良からぬことを考えているのではないか……そこで我々以外で聖石の力を目の当たりにした人間で信頼できる者として、君の力を借りたいと思った」
「ウィーグラフ……」
「無茶な話を持ち掛けていることは分かっている。だが、メリアドールと共にバリンテン大公を言い負かしたその実力と正義感を、私に貸してはくれないだろうか」
「……分かりました。協力します」


 ウィーグラフの言う協力とは、一歩間違えばベイオウーフと同じく〝異端者〟として扱われる可能性があることは、ラムザも理解できた。
 だが、それでもラムザは真っ直ぐウィーグラフ達を見て答えた。ゴルランドで聖石を求めていたシノーグと名乗った悪魔のようなモンスターや、何が何でも聖石を手に入れようとする教会の方針。ラムザもまた、ウィーグラフと同じく教会の思惑や聖石の真の力を知りたいと考えていた。


「い、いいのかラムザ。もちろん君が協力してくれるのは嬉しい……だが君はかのベオルブ家の人間なんだろう? オレのような異端者と行動すれば」
「ベイオウーフさん。ベオルブ家には民に仕え、正義のために生きよという家訓があります。それに僕は確かにベオルブ家の者ですが、今は一介の傭兵ラムザ・ルグリアです。ご心配なく」
「……ラムザ」
「ダメに決まってンだろうが!」


 突然集会所の扉が開けられ、飛び込んできたのはガフガリオンだった。後ろにはムスタディオらの姿もあり、どうやら今までの会話を外で聞いていた様子だった。


「ガフガリオン」
「面倒事ってレベルじゃねえ! 教会領であるライオネルで教会に逆らうなど、頭イカれてンのか!」
「もちろん貴方には迷惑をかけるつもりはない。これは僕個人の選択だ」
「リオファネスの時のように手を引けってか……」


 ガフガリオンはそう言って口元を強く結んだ。ラムザは知らないのだ。ガフガリオンがラムザを守るためにダイスダーグに雇われているということを。だが、あの時のようにダイスダーグに助けを呼びに行くにはライオネルは遠く、そしてダイスダーグの力を以ってしても上手くいく筋道がない。
 畏国では教会の力は身分や領地を超えて及ぶものであり、教会を敵に回せば畏国のどこでも生きることは難しい――それはラムザだけなく、その周りの人間にも及ぶことだろう。
 だが、ラムザはそんなガフガリオンの気持ちに気付くことなく、ただ純粋な目でガフガリオンを見つめていた。その目は出会った頃と同じく澄んでいるが、出会った時よりもずっと強い意志を持ったものだった。


「……ああもう勝手にしやがれ! オレは行かねぇからな! 異端者になるのはゴメンだぜ!」


 ガフガリオンはそう言ってラムザの元から走り去ってしまった。


「ごめんガフガリオン……」
「あ、ラムザ。その……オレも一緒に戦うからさ、気を落とすなよ」
「だ、ダメだよムスタディオ!」


 今度はムスタディオの提案にラムザが慌てた。


「今までの話を聞いていたんだろう? 異端者になったら、君はここで機工士ができなくなってしまう……」
「そうだぞ。気持ちはありがたいが、相手はライオネルの正規兵。民間人の君ではかえって足手まといだ」
「そんなことない! 労働八号も強いし!」
「ハイ ワタシハ トテモ ツヨイデス」
「ムスタディオ」


 食い下がるムスタディオの肩にラムザは手を置いた。


「ラムザ……本当に駄目なのか? オレに出来る事なんてないのか?」
「そうじゃないよ。僕にとって君は身分なんて関係ない友達さ」
「だったら」
「一緒に行くのはダメだ。労働八号は目立つし、君が銃を構えればゴーグの全員に危害が出てしまう。それに、何も武器を構えることだけが戦いじゃない」


 ラムザの言葉に、ムスタディオは深く息をついた。そして笑顔で言った。


「分かったよ……じゃあ、準備はここで整えて行ってくれ。ラムザとウィーグラフさんは、オレだけじゃなくて機工士全員の恩人だからな」
「……ありがとう、ムスタディオ」
「その代わり冗談でも死ぬとか許さないからな!」
「うん」


 ラムザはそう答えて微笑んだ。

 


 

(3)




 それから数日後。
 機工士らが得た情報によるとこの半月ほどは領主であるドラクロワ枢機卿がミュロンドへ赴いているため今ライオネル城で最も権力を持っているのがブレモンダであり、それゆえにブレモンダはウィーグラフにも強く出ていられるのだろうと推測できた。
 ゴーグでムスタディオ達に見送られながら出発したラムザ達は、ついにライオネル城の城門前へとたどり着いた。


「ここがライオネル城……おかしいな、見張りの兵がいない」
「確かに妙だ……だが、我々が今日ここに来るなど奴らが知っているはずは」
「レーゼ……」
「よう、待っていたぜベイオウーフ」
「お、お前は……!」


 城門が開き、中から一人の騎士が出てきた。異国風の鎧を身に着けており、ベイオウーフの隣でラムザやウィーグラフが剣に手をかけたにもかかわらず、剣を鞘に納めたままその騎士はベイオウーフの正面で足を止めた。


「アーレス……」
「入りやすいように門も開けてやったぜ。気に食わないか? ま、あとはこのオレを倒して先に進むんだな。もっとも、その前に死ぬのはあんたのほうだがな」
「お前は知っているだろう! 全てはブレモンダの陰謀だ。お前と戦う意味などない!」


 そこをどいてくれ、と続けたベイオウーフだったが、アーレスは笑ったまま左手で剣を抜き、構えた。


「向こうもそろそろ効き始める頃だ……さあ、おっぱじめようぜ!」
「アーレス殿! 今は枢機卿猊下も不在。このような時に城門で騒ぎを起こすつもりか!?」
「おっと……ジャマはさせないぜウィーグラフさんよ。あんたは強いからさすがにベイオウーフと組まれては分が悪い。ベイオウーフを殺すまでは黙っていてもらうぜ」
「そういうことだ。てめえとラムザの相手はこのオレだ」
「! この声は……!」


 背後から聞き覚えのある声を聞き、ラムザは振り返った。するとそこには、複数の傭兵と思われる人間を引き連れたガフガリオンの姿があった。


「な、何故……ガフガリオン……」
「まあこれも傭兵の仕事ってヤツだ。悪く思うなよ。ついでに教えてやろう。ベイオウーフがウィーグラフやお前と一緒にこの日に来ることを教えたのもこのオレだ。だからこうして準備もできたってワケさ」


 喉を鳴らしたガフガリオンに、ラムザは勢いよく剣を引き抜いた。


「……ガフガリオン!」
「いいぜ、かかって来いラムザ!」
「くっ……私やラムザの事を知った上で戦うと言うのか。正気じゃないぞ」
「イカれたバカはお前らの方だ。異端者に加勢して、反逆者の汚名と一緒にここで死ぬンだな!」


 ガフガリオンの言葉を聞き、ウィーグラフもチョコボに騎乗して剣を抜いた。




「神に背けし剣の極意……その目で見るがいい! 闇の剣!」
「くっ……」
「ラムザ! ……ボコ、頼むぞ!」


 ガフガリオンの剣技がラムザに直撃したのを見て、ウィーグラフがチョコボから飛び降り、そしてチョコボがラムザに駆け寄り羽ばたいた。
 白魔法ケアルと同じ光がラムザの身体を癒す。


「ご、ごめんウィーグラフ……」
「我々は仲間だ、謝る必要はない。だがラムザよ、その男との関係を私は知らぬが相手は本気だ! 本気でお前を殺そうとしている!」


 ウィーグラフの言うように、ラムザは最初こそ感情的に剣を抜いたが、その後ガフガリオンに剣を向けることができずにいた。傭兵の道を選んでから、ラムザの傍にはガフガリオンがいた。剣の技も、戦い方も、すべてガフガリオンに教わった――いわば師とも言える存在。それが急に敵として現れたからと、すぐに敵として認識することがラムザにはできなかった。
 そしてガフガリオンが引き連れていた他の傭兵達はと言うと、ウィーグラフとラムザの敵ではなく、分が悪いと気付き既にこの場から逃げ出している。残った相手はガフガリオンだけとなっていた。


「ガフガリオンやめてくれ! ここで僕達が争う理由なんてないよ!」
「争う理由だと? そンなの、お前はウィーグラフに加担し、オレはアーレスに雇われた。プロの傭兵としてそれ以上の理由があるか!」
「ガフガリオンとやら! 貴様は金さえもらえれば誰にでも剣を向けるのか! 誰の犬にでもなるなど、人間としての誇りがないのか!」
「それが傭兵ってもンだ! そんな役に立たないもンはとっくの昔に捨てた!」
「ならば私がラムザに代わって貴様を成敗してくれよう……北斗骨砕打!」
「ちぃっ……」


 ウィーグラフの剣技にガフガリオンは一瞬怯んだが、すぐに鬼気迫る表情で突撃し何度も剣を振った。
 
「骸騎士団のウィーグラフ! オレは貴様のような男が一番嫌いなンだよ! 才覚に恵まれた貴様の剣と言葉が多くの平民に夢と希望を与えたことは確かだ! だが貴様は分かってンのか! 貴様の夢にしがみついたヤツらのほとんどが、貴様のように高潔でも傑物でもないということを! 貴様の存在に夢見ながら何人が犠牲になった? これからどれだけの犠牲が出る? 貴様というカリスマが消えた時、残った奴らはどうなる? 考えたことがあるのか!」


 激しく打ち合いながら、ガフガリオンはウィーグラフに吠える。だが、長年の経験があるとは言え体力のピークをとうに超えた老兵であるガフガリオンがウィーフラフに正面から勝てるはずなどなく、次第にウィーグラフが押し返す形となっていた。


「だとしても、何も考えないのでは何も変わらない! 今は確かに何も考えずに私について来る者もいるだろう。だが、私が投じた一石は小さな波紋しか起こせなかったとしても、それは次第に大きな波となると私は信じている!」
「それが気に食わないンだこの高尚野郎が! ラムザをとンでもないことに巻き込みやがって!」
「ガフガリオン……」


 ついにガフガリオンの剣が力任せにウィーグラフによって払われる。払われた剣はラムザの目の前に落ちた。


「勝負あったな……確かに私にはラムザを頼り巻き込んだ責任がある。だからこそ、私は全力でラムザを守る。貴様には分からないのかもしれないが、仲間とはそういうものだ」
「ま、待ってくれウィーグラフ!」


 ウィーグラフがガフガリオンを介錯しようとした時、ラムザは二人の間に割って入った。


「甘いぜラムザ! 戦場で敵に情けをかけるっていうのはな」
「相手に対する最大の侮辱……ガフガリオンにはそう教わったよ」
「だったら!」
「ウィーグラフ。貴方に僕を巻き込んだ責任があると言うなら、ガフガリオンがこうして妨害しているのは僕の責任だ。僕にやらせてほしい」
「……いいだろう」


 ウィーグラフは剣を下ろして数歩後退し、城門近くで一騎打ちを続けているベイオウーフ達に視線を移した。


「剣を引けアーレス! お前とは戦いたくない!」
「遠慮はいらねぇ本気で来な! あんたを殺すのがオレの契約! あんたの首にかかっているとんでもない額の賞金、そしてブレモンダ様からもらえる報酬! 考えただけでよだれが出そうだぜ!」
「金に目がくらんだなんてどうしてしまったんだ! お前はそんな男ではなかったはずだ!」
「ははっあんたこそどうした! ライオネル一番と噂された剣の腕はそんなものか! レーゼの尻を追い回して腕が鈍ったのか? はっはっはっ!」
「……! オレが心から信頼したあの誇り高き騎士はどこへ行った? 教えてくれ!」
「残念だが、そいつなら死んだ!」


 ラムザがガフガリオンに剣を向けられずにいたのと同じように、ベイオウーフの剣には迷いが見て取れた。今までの話やここでの話を聞いている限り、どうやら二人は〝親友〟と言える間柄だったようだ。
 そう確信した時、ウィーグラフはあることに思い至った。


(まさかあの男……ということはこの戦いは……?)


 現れたのがアーレスとガフガリオンの二人だけであること。
 これだけ激しく争っているにも関わらず、敵の増援がないどころか妙に城内が静かなこと。
 ガフガリオンが何故ラムザの敵となっているのか。アーレスは何故ここまでベイオウーフを煽るのか。何故城門を開けたのか。
 確信はないが、ウィーグラフは自分の今の考えが正しければ、全てに説明がつくことに気付き、再びラムザの方を見た。


「どうしたラムザ。見ての通りオレにはもう戦う力なンて残ってないぜ。それともなンだ? お前は瀕死の敵一人殺す覚悟もなく、こンなところまで来たのか?」
「……ガフガリオン」
「確かにな、お前は多くの人間に信頼される才能がある。ダイスダーグはお前のそンな才能を買って、お前を成長させ、守るためにオレを雇った」
「! 兄さんが?」


 ラムザはガフガリオンの言葉に目を見開いた。ガフガリオンがラムザと行動を共にする理由はただの縁ではなく、全てダイスダーグの仕組んだことだったのだ。
 ガフガリオンはラムザに対して話を続けた。自分がダイスダーグに雇われてラムザと行動を共にしていたこと。リオファネス城での一件も決して偶然ではなく、裏でダイスダーグが手を回した結果だったこと。
 ラムザはそれを黙って聞くことしか出来なかった。


「ラムザ。ずっと共にいて分かった……お前に戦いなンて向いてない。お前はもっと平和な世界で生きるべきだ。今からでも遅くない。異端者となる前に、ベオルブ家に戻るんだ」
「そんな、こと……」
「オレのことなら捨てておけ。その信頼される才能は、戦いの中じゃ役立たずだ。オレは、そンな信頼ごっこの末に死ンだヤツを山ほど見てきた……お前が戦いに向いていないように、オレは戦場以外を知らない。未来が戦場を選ばないのなら、オレはここで死ぬべきだ」
「……分かった。でも、僕は逃げない。貴方を殺してでも、僕は自分の正義を貫いてみせる」


 ラムザはそう言って、ガフガリオンに目がけて剣を掲げた。


「ラムザ待つんだ! この戦いは……」


 ウィーグラフが制止しようとしたがそれより早くラムザの剣は振り下ろされた。



「……ッ……ラムザ?」
「ガフガリオン。さっき貴方は、敵を殺す覚悟もないのかと言ったな。僕は貴方を殺さない覚悟を決めた。生き恥を晒させる侮辱と言われようと、貴方には生きてもらう」


 ラムザの振り下ろされた剣は、ガフガリオンの身体を掠めただけでそのまま地面に落ちた。ラムザは視線をまっすぐガフガリオンに合わせる。


「お前……」
「僕は信じるよ。今こうして僕とウィーグラフが共闘しているように、いつか身分なんて関係なく、誰でも共に手を取り合える日が来ることを。僕達の想いが、畏国に大きな波をもたらす日を。だから僕は貴方を超えて未来に進む」
「は、はは……ははははは!」


 ラムザの言葉に、ガフガリオンは笑った。それは乾いているようで、どこか満足そうな笑い声だった。


「オレの完敗だラムザ。だがな、オレはお前達が生まれる前から戦場で生きてきた。今更お前と共に行くことはできない。そして……」


 ガフガリオンは未だ決着をつけられずにいるベイオウーフとアーレスに手を伸ばし、叫んだ。


「ベイオウーフ! アーレスを殺せ! そいつはお前との戦いで死ぬ事を望ンでいる!」
「……!」


 ガフガリオンの叫びに、ベイオウーフはアーレスの顔を見た。
 ほぼ互角であった剣の打ち合いだったが、アーレスの表情は青白く、ベイオウーフに比べて明らかに体力を消耗している様子だった。


「ガフガリオン……それは言わない約束……ぐっ……はっ……」
「アーレス!」


 アーレスが血を吐いたことで、剣を打ち合う音が途切れた。


「やるじゃないか。だが、まだだ。まだ終わっちゃいない……」
「アーレス! おまえは十分戦った。もうやめろ!」
「やはりそうか。アーレス殿……貴公の望みはベイオウーフの首ではなく」
「外野は黙ってろ! 死ねえ、ベイオウーフ!」
「!」


 アーレスはそう叫び、剣を構えたまま立ち尽くしていたベイオウーフに向かって剣を掲げ突撃した。
 反射的にベイオウーフはアーレスの剣を払い、そしてそのままアーレスの身体に剣先が流れ、血飛沫が舞った。


「……アーレス、何故」
「どうやらこれまでのようだな……さすがだぜ隊長。本気でやっても、敵わなかった」


 再び吐血したアーレスがその場に倒れこむ。ベイオウーフは倒れたアーレスの身体を支えた。


「そいつは……不治の病に侵されていた。あとひと月の命だったそうだ」


 ベイオウーフにそう告げたのは、ガフガリオンだった。


「なんだと……それは本当なのか!」
「病魔にむしばまれて死ぬなんて……オレはまっぴらだ……死ぬなら戦いの中で……死にたかった。そんな時だった……あんたが戻って来たのは。これは神様がくれた最後のチャンスだって……思った」


 時折血を吐きながらもアーレスはベイオウーフにそう告げた。その顔は、ベイオウーフの良く知る優しい〝親友〟アーレスそのものだった。


「アーレスさん。貴方は、ベイオウーフさんに討たれるためにこんなことを? じゃあレーゼさんは……」
「そうさベイオウーフ。早く行けよ……行って、レーゼを助けろ……あんたを待ってるハズだ。二人で……自由に……」
「この……馬鹿野郎!」


 ベイオウーフは涙を流しながら叫んだ。アーレスを支える腕に力が入る。その様子に、アーレスは微笑み、目を閉じた。


「……オレはもう……満足だ……あばよ……ベイオウーフ……隊長……」
「アーレス!!!」


 そのままアーレスはが目を開けることはなかった。ベイオウーフは涙を堪えることなく、その遺体を抱きしめた。


「ベイオウーフ。親友を失ったところ申し訳ないが、中へ進もう……恐らく彼は、自分がこうなることを見越してお前のために何かを仕掛けたようだ」
「ご名答だ」


 ベイオウーフの肩に手をかけたウィーグラフに、城門近くの壁に座りこんだままのガフガリオンが言った。


「食事と共に全員に配られる飲み物に睡眠薬を仕込ンだ。飲ンでないのは、レーゼを拘束しているブレモンダの一派だけだろうぜ」
「ガフガリオン……もしかして貴方も……」
「負け犬に余計な詮索してるンじゃねえよ。早く行け。その男の死を無駄にするな!」
「……わかった。行きましょう、ベイオウーフさん」
「ああ……」


 ベイオウーフは立ち上がり、遺体となったアーレスを見て目を閉じ、そして意を決して城の中に向かって走った。


「ボコ、お前はここに残れ。決してこの男を死なせるな」
「クエ!」


 ウィーグラフとラムザもまた、チョコボをガフガリオンの横に残してベイオウーフに続いた。


「……どこまでも嫌な野郎だぜ。なンて言ったら、お前は怒るか」


 ガフガリオンは、隣で羽ばたきを始めるチョコボに話しかけた後に、アーレスの遺体に視線を移した。


「良かったなぁお前。望み通り、最高の相手と戦って死ねて……ダイスダーグからの報酬を棄てて手伝った甲斐があったってもンだ。羨ましいぜ」


 ガフガリオンはそう言って空を見上げた。

 


 

(4)




「ひっ、ひいっ~……ベ、ベベベ……ベイオウーフ……!」


 ライオネル城の奥にある一室にブレモンダの姿はあった。
 ブレモンダは直属の配下から「ベイオウーフが正門を突破したこと」「ほとんどの兵が睡眠薬により昏睡していること」を知らされ、こうして本当にベイオウーフに剣を向けられ、目を白黒させた。


「ブレモンダッ! さあ レーゼを返してもらうぞ!」
「もも……ものども、あいつらを殺せ!」


 ブレモンダは部屋にいる数人の配下に命じた。一生遊んで暮らせる褒美を与える――そう言われた配下たちは、互いの顔を見合わせた。


「どうする? 確かにブレモンダ様はお金持ちだけど」
「でもベイオウーフ様と一緒にいるのって、骸騎士団のウィーグラフよ。アーレス様ですら勝てないのに、私達が勝てるわけないわ」
「それにウィーグラフって教会の人になったんでしょ? 下手をしたらレーゼ様を誘拐したブレモンダ様の方が異端者ってことに……」
「嫌だ。私達、異端者になりたくない!」


 配下たちは互いの顔を見ながらうなずき、そして一目散に逃げだした。
 ベイオウーフだけでなくラムザとウィーグラフも、逃げていく女僧侶達を追うでもなく、ブレモンダを真っ直ぐ見続けていた。


「お、おい……貴様らぁ! ひ、ひぃっ……やめろ、く、来るな……わ、私は司祭だぞ! 貴様らも異端者に出来るんだぞ……!」
「そんな脅しに僕達は屈しない!」
「そういうことだ。ブレモンダ殿、そちらこそ大人しくレーゼ殿を解放すれば、上層部に報告するのは勘弁してやろう!」
「す、枢機卿猊下に私の事を話すつもりか……? そ、そんなことを猊下が信じるはずが……ひ、ひえええっ……」


 反論しようとしたブレモンダだったが、ラムザとウィーグラフが剣を抜いたのを見て、頭を抱えた。


「ブレモンダ、いいかげんにレーゼはあきらめろ! どう頑張ったところで、レーゼがお前を愛することはない!」
「そ、そんなことはない! レ、レーゼは騙されているんだ。おっ……おまえさえいなければレーゼは私のすばらしさに気付く……わわわ、私には、な、何でもできる。ほ……欲しい物は何でも買ってやれる。お、お前のように……何も不自由はさせずに」
「オレがいなくなっても同じことだッ! お前のような人間にレーゼは心を開かない!」


 ベイオウーフが一歩前に出ると、ブレモンダは後退して壁に背を当てた。


「おまえの考える愛は、所詮相手を所有すること……そんなのは愛なんかじゃない! レーゼはおまえの呪いから命がけでオレを守ってくれた。立場が逆ならオレもそうするさ。相手を心から思いやる気持ち。それが人を愛するということだ」
「う、うるさい異端者め……!」
「こ、こんな奴の為にアーレスさんは……」


 怯えながらも投降する気配のないブレモンダに、ラムザは憤りを覚え、拳を強く握った。
 そんなラムザの肩に、ウィーグラフが手を置く。


「哀れな男だ。好きになった女性の気持ちも察してやれぬとは……だからこそアーレス殿やガフガリオン殿も、このような手段を用いて我々を行かせたのだろう」
「……この人を殺してレーゼさんを取り返すのは簡単だ。でも、それではベイオウーフさんの疑惑が晴れない。どうすれば」
「オレは構わない。異端者として追われる生活を続けても、レーゼが隣にいる。それだけでオレは幸せさ。レーゼも……それでいいと言ってくれた」


 今ここに残っているのはブレモンダのみ。あとの兵は逃げたか眠っているかという状態で、今ここでブレモンダを成敗したとして、ベイオウーフはとにかく、ラムザやウィーグラフが関わった事を話す人間はいない。だが、それではベイオウーフは無実の罪を着せられたまま、レーゼと共に一生逃亡生活を余儀なくされるに違いない。


「よし。では神殿騎士たる私の独断でブレモンダを捕える。でなければアーレス殿も浮かばれん。ラムザ、お前にはベオルブの名を持つ者として証人になってもらう……だが教会がブレモンダを庇えば我々が裁かれるかもしれん。巻き込むが構わないな?」
「もちろん」
「き、貴様ら……ううう……かくなる上は!」


 ブレモンダは畏国の言葉ではない呪文を唱え始めた。するとブレモンダの周りに光が集まり、そしてその姿を消した。
 ブレモンダの代わりにそこにいたのは、真っ黒なドラゴンだった。


「!」
「このドラゴンは……まさかレーゼさんに使った呪いを自分自身に!?」
「グオオオオオオオオオ!」


 ドラゴンとなったブレモンダが咆哮をあげ、狭い室内であるにも関わらず尻尾をベイオウーフめがけて振った。


「うっ……」


 剣で受け止めようとしたが、ベイオウーフの身体はそのまま吹き飛ばされ壁に打ち付けられた。
 同時に机の上にあった燭台やアジョラの像もなぎ倒され、床に破片が散る。


「ブレモンダ! そこまでしてレーゼが欲しいのか! こんなバケモノになってまで……!」
「グアアアアアアア!」


 ドラゴンはベイオウーフの言葉に戸惑うことも反論することもなく、ただ室内で暴れ始めた。


「我を失っている……のか」
「同じだ。レーゼがドラゴンに姿を変えた時もレーゼは暴走し、そして飛び去って行った……ゴルランドで再会した時はオレの事を分かるようだったが……」
「と、とにかくこのままじゃ! このドラゴンを止めないと!」
「オレの奥の手を使う……少しヤツの気を逸らしてくれないか?」
「オオオオオ!」


 暴走を加速させていくブレモンダがブレスをベイオウーフに吐き出そうとしたが、ラムザはそこに落ちた燭台を投げた。


「こっちだ!」


 ブレモンダの注意がラムザに向き、ブレスがラムザ目がけて吐き出された。


「させん! 大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き!」


 ウィーグラフの聖剣技がブレスをかき消す。


「あ、ありがとうウィーグラフ」
「うむ……ベイオウーフ!」
「ああお待たせ! オレの、レーゼの、そして亡き友アーレスの痛み……思い知るがいい! 魔法剣ショック!!!」


 ベイオウーフの渾身の魔法剣がブレモンダの身体を包み込み、そしてブレモンダは城の外までも響くような咆哮をあげて倒れた。


「グァァァァァ……わ、私のもの……レーゼは……私のもの」
「レーゼは……誰のものでもない!」
「べ、ベイオウーフ……も、戻して……戻してくれ」


 ベイオウーフの一撃を受けて正気に戻ったのか、ドラゴンの姿のままブレモンダは情けない声でベイオウーフに縋り付いた。ウィーグラフはあからさまに不快感を示し言った。


「なんと勝手な男だ。愛する者を二度も奪い、異端者の烙印を押し、ここまでの事をしておいてその相手に縋るとは」
「とは言え、このまま放置するわけにもいかないさ」


 ベイオウーフは持っているキャンサーを取り出しブレモンダに向けてみたが、キャンサーは反応を示さない。
 続いてラムザやウィーグラフも手持ちの聖石を出したが、反応はなかった。


「悪いがブレモンダ。レーゼはこのキャンサーの輝きで元に戻ったが、オレもそれ以上を知らないんだ」
「そ、そそそ……そんな……では私は……このまま? い、嫌だ……嫌だ!」
「そう言われても……」
「おやおや。これは何の騒ぎですかな?」


 部屋の入口から落ち着いた声が聞こえ、部屋の中にいる全員がその方向を見た。
 いたのは、外出していたこのライオネルの城主、ドラクロワ枢機卿だった。


「これはベイオウーフ。生きていたのですね」
「枢機卿……猊下」
「猊下あああああああ!」


 ベイオウーフ達を横切って、ドラゴンのままのブレモンダはドラクロワに縋り付いた。


「この声は……ブレモンダ、なのか?」
「猊下、お、おおおお願いします! 私は異端者ベイオウーフによってこんな姿に……なにとぞ、何卒お助けを……!」
「なっ……貴様!」


 自分でやったにも関わらずなおもベイオウーフに罪を擦り付けようとするブレモンダにウィーグラフが声を上げようとするが、それをドラクロワは手で制した。


「話は後にいたしましょうウィーグラフ殿。可哀想なブレモンダ……私が貴方に然るべき救いを差し上げましょう」


 そう言ってドラクロワは懐から聖石スコーピオを出し、そして静かに目を閉じ念じた。


「わが主よ……かの者に慈悲を」


 ドラクロワの声と共に、スコーピオが強い光をたたえる。そしてその光はブレモンダの身体を包み込み、そして光が消え、ブレモンダは元の人間の姿に戻っていた。
 ラムザもウィーグラフも聖石が何かの力を持っていることを目の当たりにはしていたが、当たり前のように行われたその行為に、言葉を失っていた。


「お、おおお……や、やった! やったぞ!」
「さて、元に戻ったところでブレモンダよ。外にいた貴方の配下の兵から大方の事は聞きました。この騒ぎの発端は貴方のようですね」
「ち、ちちち違います! ベイオウーフがこの城に攻め込んで、アーレスを殺し、そして私に呪いを」
「言い訳はよしなさい。この呪術は司祭以上の能力を持った者でなければ教わらぬ言葉によって為されるもの。前はベイオウーフが消息を絶ったために追及することができなかったが、今度は逃れられると思わないことだ」
「げ、猊下……違う! 私は、私は悪くない!」
「貴方を異端審問にかけます。言い訳ならばそこでなさい」


 ドラクロワの言葉と同時に、ドラクロワの護衛の兵隊達がブレモンダを拘束する。抵抗を見せるブレモンダではあったが、兵隊達はブレモンダを部屋の外へと連れて行った。
 そして騒ぎの中心だったブレモンダがいなくなったことで、ようやくドラクロワはベイオウーフ達に視線を移した。


「ベイオウーフ。貴方も一緒に来てもらいますよ……よろしいですね」
「分かりました。ですが猊下……その前にレーゼを」
「いいでしょう、行きなさい。彼女と共にこの部屋に戻って来てもらいましょう。その間に私は彼らと話をつけなければ」


 ドラクロワに厳しい視線を向けるラムザとウィーグラフに対し微笑みながら、ドラクロワは言った。ベイオウーフはレーゼを探すため、部屋の外へと飛び出した。


「さて、ウィーグラフ殿に……ベオルブ家のラムザ殿。この度は不肖な司祭が貴方がたにもご迷惑をかけたようだ。長としてその非礼を詫びましょう」
「それならいい。我々が聞きたいのは」
「これのことですか?」


 ドラクロワは自身が持つスコーピオを前に出した。


「ドラクロワ枢機卿。僕はある場所で聖石を求めようとする未知のモンスターに会いました。そして古代の遺物の動力源にもなったのも見た……この石は、ただの神器ではないようですが、一体何なのですか?」
「ラムザ殿も見たのですね。この石が奇跡を起こすところを」
「猊下は前に私に言った。この石はただの神器ではなく、人の心をうつし、世の中を変えるだけの力があると。しかし我々ゾディアックブレイブはそれを知らずに聖石を持たされている……猊下は、いや教会の上層部はこの石の秘密を我々に隠しているのか?」
「……」


 畳みかけるようなウィーグラフの様子に、ドラクロワは静かに息を吐いた。


「貴方がたの言うように、この聖石はただのクリスタルではありません。神話ではなく真実として、この石は何度もこの世を変えてきた歴史がある……ですが私が話せるのはここまでだ。いや、むしろこれ以上の事は知らない方が貴方がたの為と言えるでしょう」
「はぐらかすのか!」
「ウィーグラフ殿。貴方も教会に来て分かったでしょう。貴族社会も教会も多くの事を隠していると。しかしそれは決して、ただの隠蔽ではない。隠し立てすることで、世を平穏に保っていることもある」
「……ルードヴッヒの件と言い、貴方はこの聖石の力で良からぬことを起こそうとしているのではないのか?」
「疑う気持ちも分かります。が、教会はとにかく、私自身にそのつもりはない……とは言えそれで貴方がたは納得しないでしょうね。困ったものだ」


 笑いながら再び息を吐いたドラクロワだったが、そうしているうちにベイオウーフが部屋に戻ってきた。その後ろには、ラムザにとっては初めて見る女性の姿があった。


「ベイオウーフさん! この人は……」


 ベイオウーフは無言で頷き、ラムザの言葉を肯定した。


「ラムザさん。初めまして……ではないけれど、ゴルランドではありがとう。おかげでベイオウーフともこうして会うことが出来ましたわ」
「いえ……」
「さて、どうしますかウィーグラフ殿。まだこの話を続けますか?」
「いや……ベイオウーフもレーゼも疲労している。今日のところはこれで納得することにしよう……だが」
「ええ。私が本当に良からぬことを始めた時は、容赦なく私を殺しに来なさい」
「その言葉……忘れないでいただこう」
「ウィーグラフ、ラムザ有難う。君達のおかげだ……」
「いいんです。僕はただ、困っている人を放っておけないだけです」
「そう言う事だ。私の方こそ、かえって貴公を面倒に巻き込んでしまったな」
「そんなことないさ」


 ベイオウーフはそう言って白い歯を見せ、そして枢機卿の前に跪いた。


「猊下。勝手に逃亡し、こうして騒ぎを起こしたこと……お詫びします。こうしてレーゼを取り戻した以上、私はもう何も望みません。いかように罰していただいても構いません」
「顔を上げなさい。疑惑を疑惑のままにしておいた私に、貴方を罰する権利などありません。ですがブレモンダの件を裁くためにも、貴方にはこのライオネルに戻ってきて頂きたい」
「……猊下」
「実はですね。ミュロンドにアーレスから手紙が来たのです。自分が病に侵されていること、ベイオウーフと戦って死のうと思っていること、ベイオウーフが異端者となったのは全てブレモンダが糸を引いていたこと……全て書かれていました。だからこうして戻ってきたのです」
「……あいつ、そんなことまで」
「ベイオウーフ。アーレスの代わりに、戻って来て下さいますね?」
「……有難うございます」


 ドラクロワの言葉に、ベイオウーフは再び頭を下げた。


「そう言う事だウィーグラフ、ラムザ。オレ達はここに残るよ……本当に感謝の言葉が尽きない。今は何も返すことができないが、この恩は忘れないよ」
「ええ。レーゼさんとお幸せに」


 ベイオウーフはラムザ、ウィーグラフとそれぞれ固く握手を交わした。
 そして部屋を出ようとしたところで、ドラクロワはラムザを呼び止めた。


「ラムザ殿。ルードヴィッヒの件だけでなく、貴方はどうやら聖石と離せない縁があるようですね……隠し事を続ける代わりではありませんが、もしも聖石や未知なる存在の事で行き詰った時は、私の元を尋ねなさい。出来る限りの協力を約束いたしましょう」
「……ありがとうございます。そのお言葉を、僕は信じます」


 ラムザの返答にドラクロワは微笑み、そしてベイオウーフ達と共にその後ろ姿を見送った。



「あ、あれ? ガフガリオンは……」
「ボコの姿もないな……おい、ボコ! 戻ったぞ!」
「おーいラムザ!」
「! ムスタディオ!」


 城から出てガフガリオン達の姿がないことに気付き辺りを見回していると、ムスタディオがウィーグラフのチョコボと共に森の中から姿を出しラムザを呼んだ。


「な、何でここに!?」
「へへー実はこっそりついて来ちゃったんだ! いざとなったら狙撃で助けようかなと思ってたんだけど、全然そんな必要はなかったな!」
「……もう、危ないことするなぁ」
「ああそうだ。ガフガリオンっておっさんなら、オレ達が保護して先にゴーグに向かってるぜ」


 あのまま城門前にいれば、ガフガリオンが不審者としてドラクロワに拘束されていたかもしれないと思うと、ムスタディオがこうして付いてきたのは幸いだった。ラムザは素直に礼を述べた。


「いいってことさ。だってオレ達は親友だろ?」


 帰ろうぜ。そう言ってムスタディオは満面の笑みをラムザに向けた。




 あれからラムザ達はゴーグへと戻り、そこでウィーグラフと別れた。


――何故だろうな、お前とであれば解決できるような気がしたのだ。しかし間違いではなかったようだ……強くなったのだなラムザ。また会おう。


 ウィーグラフはそうラムザに告げ、チョコボと共に去っていった。
 そして――


「本当に行ってしまうのか、ガフガリオン」


 貿易都市ウォージリスの港で、ラムザはガフガリオンに尋ねた。
 ゴーグで少しの間療養した後、ガフガリオンはラムザと別れ、ゼルテニアにある貿易都市ザーギドスを経由して、畏国の外――ゼラモニアへ行くことを話した。


「ああ。この畏国じゃ傭兵なンぞクソ役に立たンからな。それに半分茶番だったとは言え、オレはお前に剣を向け、そして完敗した。これは契約違反だ。あのダイスダーグを敵に回しちゃあ、この畏国にはいられンよ」
「そんなの……僕が兄さんに」
「何度も言わせるンじゃねえよ。お前が平和の道を求めるように、戦いの中で生きる事を望むヤツもいるンだよ。お前はベオルブ家に戻って平和のために戦うンだろう? 老兵の心配なンぞしてる場合か」
「……分かったよ」


 ラムザは静かに、ガフガリオンの前に右手を差し出した。


「僕は貴方を超えて先へ進む……でもガフガリオン、貴方の事を僕は一生忘れない」
「……オレもだ、ラムザ」


 ガフガリオンはラムザの右手を取って答えた。
 そして同時に、出港を告げる音が響き、ガフガリオンは踵を返して船に乗り込んだ。


「あばよラムザ! 面倒事は程々にな!」


 ガフガリオンは船の上から身を乗り出して叫んだ。
 ラムザは大きく手を振ってガフガリオンに答えた。


「さよなら! さよならガフガリオン……!」


 船が水平線の向こうに消えるまで、ラムザは手を振り続け、師であり仲間であったガフガリオンをいつまでも見送った。


(5)





――聖都ミュロンド――



「何をしているんだイズルード」


 夜も更ける時間に机に向かって一生懸命に文字を書いているイズルードを見て、クレティアンは尋ねた。


「アルマに手紙を書いているんだ。あまり公然と会うことはできないからさ……文通することにしたんだよ」
「文通か……ところでここの字間違っているぞ」
「えっ」
「……愛をしたためるならもっと丁寧に書け。紙が泣く」
「ああもう! 姉上やローファルと同じ事を言うな!」


 イズルードは紙を丸めながら抗議した。クレティアンの知るところでなかったが、どうやらメリアドールやローファルも同じようにイズルードの手紙に駄目出しをしたらしい。


「悪かったな。だがそれだけ皆、お前達の縁談を応援しているということだ。おかげでヴォルマルフ様の機嫌もいいし、助かるよ……くくっ」
「だったら笑うな!」


 クレティアンは喉を鳴らしながらイズルードから離れ、そしてヴォルマルフの執務室に向かった。団長の息子である若い騎士がもうすぐ幸せな結婚をする――ヴォルマルフだけでなく、神殿騎士団全員が、彼の縁談を喜んでいた。
 実姉であるメリアドールに至っては、イズルードがアルマと出会った頃にアルマの兄でありベオルブ家の三男ラムザと会ったらしく、そのラムザと共闘してフォボハムのバリンテン大公を言い負かしたことを、何かにつけて嬉しそうに語っている。自分がティンジェル家とベオルブ家の関係をより強固なものにしたのだと。


(まあ、そちらの方はヴォルマルフ様の望むところではないようだが……)


 騎士の道を進んだ実娘を誇りに思っている父としては、メリアドールがそのままベオルブ家に嫁いでしまうのではないかと気が気でないのかもしれない――と言うのは副団長であるローファルの推測だが、あながち間違いではないとも思った。
 だが、畏国は確実に平和へと向かっている。クレティアンは実感していた。


――クソッ! 教皇め……!


 ヴォルマルフの執務室の前でそんな声が聞こえ、クレティアンは足を止めた。気付かれぬよう微かに扉を開けると、中でヴォルマルフは最近の機嫌がいい団長とは思えないほど焦りと怒りを感じる表情で、一枚の紙を丸めて投げ捨てた。
 そしてヴォルマルフはそのまま執務室から出ようと扉に近づく。クレティアンは慌てて近くに隠れた。


(何があったんだ……?)


 ヴォルマルフだけでなく他に誰もいないことを確認したクレティアンは、静かに執務室の中へと入る。
 先程ヴォルマルフが投げ捨てた紙を広げ、クレティアンは顔を青くした。


「これは教皇からの勅書ではないか。……! 何故……こんなことが」


 その書かれた中身を見て、クレティアンは何故ヴォルマルフがあんなにも荒れていたのか悟った。同時に自分が見てはいけないものを見てしまったことに焦りを感じ、そのまま紙を机の上に置いて時魔法で部屋を立ち去った。


――父、聖アジョラから神殿騎士団長ヴォルマルフに告ぐ。この度の名誉ある縁談を続け、そして貴公の任務を果たせ。畏国に災いをもたらす諸悪の根源『ダイスダーグ・ベオルブを殺害せよ』――


 教会の人間として最も誉れ高いと言われる教皇の勅書には、そう書かれていた。

 

 

~To be next story~

 

戻る

 


あとがき

「さよならガフガリオン」はラムザが成長した証としてこの物語でも取り入れたかったけどガフガリオンには死んでほしくなかったので、平和な世界ならガフガリオンはそうするんじゃないかなと思ってこの展開に。アーレスとブレモンダも出したかったので、これのために獅子戦争ダウンロードしてプレイした。ウィーグラフとラムザが手を取り合う展開もようやく書けたし、3章以降はヴォルマルフが物語に大きく絡む予定。

inserted by FC2 system