IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~

-第2章 前編-

 

(1)

――五十年戦争終結から二年後 ベオルブ邸――



「今日もいい天気!」


 ザルバッグの執務室を掃除していたティータは、外の清々しい空気を感じ、窓を大きく開け空を見た。


「ディリータ兄さんも同じような空を見ているのかしら……元気にしているかな」


 たまに手紙は届くものの一向に戻らない兄のことを思う。兄ディリータからの手紙には教会の任務で、今はゼルテニアのほうにいると書いていた。
 詳しい場所が分からないので返事を出すことはできないが、「私は元気よ」とティータは空に向かって目を閉じようとした。


「……あら?」


 そんな時、ふとベオルブ邸の門からチョコボに乗った二人の騎士の姿がやってくるのが見えた。
 誰だろうと一瞬思ったが、すぐに今日ここに来客があるとアルマから聞いていたことを思い出した。


「ということは、あの後ろにいる人がアルマの……?」


 ティータは窓からそっと、邸宅に向かって進む騎士達のうち若い男性を見て「素敵そうな人ね」と微笑んだ。





「お久しぶりでございますバルバネス卿。病に伏せられたと風の噂で伺った際は心配しておりましたが、快調のご様子で何よりです」
「こちらこそ便りも出さず申し訳ないな。神殿騎士団長、ヴォルマルフ殿」


 応接室にて、バルバネスとヴォルマルフ――五十年戦争を支えた英雄達が、机を挟んで座る。
 そしてその横には、互いの実子、アルマとイズルードがいた。
 二人とも世間話をする親の横で静かに座っていたが、時々視線をあわせては、緊張した表情をとり、話が進むのをじっと待っていた。


「それにしても、かのベオルブ家が我がティンジェル家に縁談を持ちかけてくるとは……光栄ではありますが、驚きを隠せませんな」
「ははは。私も同じだ。まだアルマを嫁に出すのは早いと思っていたが、当主が是非にと提案するのでな。だが、貴公の子息であれば安心だ。この年齢で騎士の称号を得る才覚。素晴らしいことだ」
「イズルードと申します。まだ騎士としては未熟な身ではありますが、このような話をいただき光栄の極みです」
「そう固くならなくともよい。私はアルマの父ではあるが、一線を退いた身だ」
「いえ……かの天騎士殿にお会いできるなど、それだけで……」
「まあ良い。それより君も娘が気になろう。……アルマ」


 バルバネスに呼ばれ、アルマは立ち上がりテーブルを回って、イズルードの前でドレスの裾をつまみ静かにお辞儀をした。


「……アルマと申します。父から縁談の話を聞き、どんな方かと待ちわびておりました」
「は、初めまして……イズルードです。アルマ嬢。以後お見知りおきを……」


 イズルードは慌てて立ち上がり、アルマの前で跪いた。
 そして差し出されたアルマの手を取り、その顔を見上げた。


「えっと……その……」
「そんなに固くならないでくださいませイズルード様。こちらまで緊張してしまいますわ」
「すまないなアルマ殿。イズルードは年齢の近い女性は姉しか知らないのだ」
「ち、父上……!」
「そうか。だがアルマも似たようなものだ。まだ修道院から家に戻って日が浅い……まあ、いずれにしても我々がいてはイズルード殿もアルマも互いに話すこともままならないだろう。このような堅苦しい場ではなく、外で少し話をしてみてはどうだ?」
「は、はい……その父上」
「私もバルバネス殿と同意見だ。お前のこんな姿を見ていたら、私も場をわきまえず頬の一発でも叩いてやりたくなる」
「……で、では行きましょうか。アルマ嬢」
「ええ」


 よそよそしく応接室からイズルードとアルマが出て行ったのを見送り、バルバネスは「初々しいな」と言って笑った。


「申し訳ない限りです。厳しく教育したつもりなのですが、なにぶん剣の腕前も気性も姉のほうが強いもので、令嬢の扱いを分かりかねているのでしょう」
「頼もしい娘さんをお持ちなのだな。そちらもラムザの嫁に欲しいくらいだ」
「ラムザ? 確か三番目の子でしたか」
「ああ。ラムザには少し年上で気の強い女性のほうが似合うと私は思っているのだが……どうかね?」
「それは……娘が望むのであれば構いませんが、父としてはそれなりの実力を持った男を所望したいですな」


 ヴォルマルフの言葉に、バルバネスは「同感だ」と言って笑った。


「それにしても……本当にご快調のようで何よりです。今この世が一応の平穏を保てているのは、貴方という存在も大きいでしょうから」
「そうなのかもしれんな……そうだヴォルマルフ殿、少し昔話をしても良いか?」
「何か?」
「病床にあった頃のことだ。私は死んでも良いと思ったことがあった。私が死ぬことで子供たちが未来を作れるのであればと……」
「……"ことがあった"と言いますと?」
「やはり私も人の子だ。やはり死にたくないと強く願うようになった。寂しいではないか……子供たちが未来を創る姿を見ることなく、戦争の終わりを待つことなく死ぬなど」
「願った……神に?」
「神殿騎士団長らしい回答だ。だが願った相手は神ではない……私はその時、取引をした。生きたいと頼んだのだ」
「そう……なのですね。バルバネス殿……」
「どうかしたか?」


 そう言って言葉を詰まらせたヴォルマルフに、バルバネスはそう尋ねた後相手の言葉を待った。
 少し間を置いて、ヴォルマルフは続けた。


「これは誰にも話していなかったのですが……実は私も、貴方と時を同じくして、死に瀕しておりました」
「……それは初耳だな」
「戦争が終ろうとする頃に病が流行したことはバルバネス殿も記憶に新しいでしょう。しかし私の妻と私は、揃って流行り病とは違う病魔に侵され、先に妻は先立ちました」
「言われてみれば確かにその頃、貴公とは会った記憶がないな……私が床に臥せっていたからだと思っていたが」
「私は神に祈りました。私も近いうちに死ぬのだろうと実感した時、祈るしかもう手段はなかった。妻は言ったのです。子供たちを幸福にしてくれと。でも私は死ぬ。死ぬ者がどうやって生きる者を幸せにすればいいのか。どうすれば、子供たちに明るい未来を与えることができるのか……祈りながら、神にそう問いかけ続けました」
「答えは得たのか?」


 彼は今ここに生きた状態でいる。ヴォルマルフは昔から自分に厳しい男だったから、何かしらの答えを得たのだろう――バルバネスはそう感じたが、あえて問いかけた。
 自分が床に臥せ、死にたくないと息子に乞うたことを思い出したのかもしれない。自分が命乞いをしても死を受け入れなかったその頃、ヴォルマルフが自らの死に何を思ったのか、バルバネスは知りたかった。


「病の中にいる間ずっと何者かが私に言っていたような気がします。我と契約し、死を超越して共に生きようと。私は答えました。私が死ねば子供たちは悲しむかもしれないが、私が人をやめて生きることを選べば子供たちは命をかけてでも私を止めようとするだろう。だから私はその契約を交わせない、と」
「まるで悪魔の囁きだな……貴公は神ではなく悪魔に祈りをささげていたと言うのか?」
「それは分かりません。しかし実際はこの通り。気が付けば快方に向かっており、私に囁きかけた声も聞こえなくなっていました。もしかしたらあれは、私の弱い心が見せた幻だったのかもしれませんな」
「なるほど……貴公は死を受け入れることで生を受け、私は死から逃れようとしたことで生き永らえたのか。面白い話だ」
「……イズルードをどうかよろしくお願いします。騎士としては未熟者ですが、私にとっては妻の忘れ形見であり、大事な息子なのです」


 ヴォルマルフはそう言って深く頭を下げた。
 
「何を言うかヴォルマルフ殿。嫁入りするのはアルマの方だぞ。それに貴公の話を聞いて思ったよ。貴公がそれ程大事にする子息の嫁になれるのなら、アルマはきっと幸せになれるだろうな」
「あとは本人達が前向きになってくれれば良いのですが……私自身、政略結婚ではなく本気で見初めた女性と婚約したので、実を言うと家の都合で強制的に結ばせるのはどうも」
「うむ、そうだな。それにこれからの時代、その方が良かろう」


 バルバネスとヴォルマルフは窓の外を見て、穏やかに笑った。





「イズルード様。ここなら他の誰の邪魔にもなりませんわ」


 中庭の噴水の近くに腰かけ、アルマはイズルードに微笑みかけた。


「あ……ありがとうございます。ええとアルマ嬢。この度は」
「ああもうダメ! 限界だわ!!」
「……え?」


 おしとやかに微笑んでいたアルマが突然そう叫び、大きく伸びをした。


「アルマ……嬢?」
「縁談話だからおしとやかにしなさいってお兄様に言われていたけどもう無理よ。大体これから一緒になる人を相手にネコを被るなんて、相手にとって失礼だわ。貴方もそう思わない?」
「……」


 ふくれた顔をしてからそう言って満面の笑顔で同意を求めるアルマに、イズルードはしばらく状況を呑み込めずぽかんとしていた。
 今まで相当おしとやかな振りをしていたのだろう。不満げな様子はベオルブ家令嬢の名にふさわしいものではなかったが、本来の彼女は今の姿なのだろう、イズルードはそう思った。何より、今の彼女のほうが魅力的だと感じた。


「ふふっ……だからバルバネス様は早々に俺達だけを外に出したんだな」
「ダイスダーグ兄さんは女心にも恋愛にも疎すぎるわ。婚約もザルバッグ兄さんのことばっかすすめて、自分は結婚する気もないのよ」


 イズルードの記憶ではかなり年齢に差があったと思われるが、まるで年の近い兄のことを言っているかのようなアルマの言い方に、イズルードは再び吹き出してしまうのを抑えた。


「では改めてアルマ嬢……」
「アルマでいいわ」
「……アルマ。俺の名はイズルード。神殿騎士団長ヴォルマルフ・ティンジェルの長男だ。改めてよろしく頼むよ。俺のことも呼び捨てでいい」
「分かったわ。よろしくねイズルード」
「……やっぱりかわいい」


 微笑むアルマに、イズルードは気恥ずかしそうに目をそらした。そして少しして「やっぱり言おう」と何かを決心したようにつぶやいた。


「どうしたの?」
「正直に言っていいかな……先ほど一目見たときから、君とは運命的なものを感じているんだ。結婚を前提に、つきあってほしい」
「えっ……」
「いきなり結婚してほしいと言うことはできないけど、互いに前向きになれるよう努力する。聖アジョラに誓うよ」
「ず、随分と積極的なのね」


 対談した時の第一印象は「ラムザに似ていて大人しそう」といった感じだったのだが、彼もまた猫を被っていたのだろうか。大胆な告白をされて、今度はアルマが戸惑いの表情を見せた。


「そんなことをいきなり言って大丈夫? 私と貴方は初対面なのよ? それに運命だなんて分からないわ」
「そうだな。そうかもしれない……でもわかるんだ」
「何を?」
「君がとても幸福と笑顔の似合う女性だって」
「あら……」


 驚くほどストレートな物言いに、さすがのアルマも赤面して頬に手を当てた。


「それに父上は言っていた。幸せにしたいと心から思える女性を選びなさいと。君の家の事情は分からないが、父は本来、政略結婚など望まない。姉が騎士の道を選んだことも容認するくらいだからな」
「寛大なお父様を尊敬しているのね」
「確かに俺自身も今はただ、婚約という言葉に浮かれて、君の姿に一目ぼれしているだけかもしれない。でも君のことをもっと知りたい……それは本当だ」


 結婚という言葉に浮足立っているように見えて、ちゃんと家の事情や自分のことなど、すべて冷静に捉えたうえで正直な言葉をぶつけるイズルードに、アルマもまた、「彼のことをもっと知りたい」と胸が熱くなるのを感じた。


「うん、わかったわ。おつきあいしましょう」
「本当かい?」
「私は私の結婚が家の道具になることを当たり前だと思っているけど、まさかこんなにドキドキする人だなんて思わなかったわ」
「駆け引きは苦手なんだ……」
「そういうところも結構好きよ。政略結婚だなんて思わずに、貴方のお父様の言うように、素敵な恋愛がしたいわね」
「ありがとうアルマ……」


 二人の出会いを祝福するかのように、風が静かに二人を包み込んだ。


 

(2)

――同時刻 グローグの丘――


「逃がさないぜ! 神に背けし剣の極意……その目で見るがいい! 闇の剣!」
「これで1500ギルだぜ!」
「……ラムザ、そっちは終わったか!?」
「ああ終わったよ」


 剣をおさめ、ラムザは声がした方に身体を向けた。
 まさか妹に縁談話があるとは知らず、ラムザはいち傭兵として、仕事の依頼を果たしていた。
 戦争がなくなったこの時世、傭兵が騎士団で雇われることはほとんどなく、ラムザは知り合った傭兵と共に各地を転々として酒場の掲示板による依頼をこなす日々を送っていた。
 今ここにいるのも、近くの都市ヤードーで「モンスターが通り道に発生し困っている」という行商人の依頼を見たからである。



「ガフガリオンもラッドも怪我はないか?」
「俺達の心配とは、腕も自信もを上げたもンだな」


 ラムザの言葉に、先輩の傭兵――ガフガリオンは肩をすくめた。
 ガフガリオンは五十年戦争の間も長く傭兵をしており、暗黒剣を操る実力と任務のために手段を選ばない冷酷さで、各騎士団にも名の通った男だった。
 北天騎士団の小さな任務で知り合い、どういうわけかガフガリオンはラムザを気に入り、今はほとんどの仕事をガフガリオンと共にうけている。


「そんなつもりで言ったんじゃ……」
「本当のことだろ。最初はパンサーすらまともに一人じゃ戦えなかったンだからな」
「あの頃に比べたらラムザも強くなったよなぁ」
「ラッド。お前はもっと頑張ったほうがいいぜ。この時代に傭兵なンざ、実力がないと誰も雇ってくれないからな」


 一年以上やって分かったのは、ガフガリオンの言うように傭兵という仕事の多くは、争いやトラブルに関連するものだった。
 戦争の頃は引く手あまたで、骸騎士団のように農村にいた平民達すら武器をとって立ち上がっていたが、今は違う。
 騎士団の兵士すら仕事が減って日々生活を変えざるを得ない状態で、その場限りの傭兵の出番はかなり少ない。
 それだけ争いは減って、平和になったのだ。
 だが、平和になって良かったと感じるラムザとは違い、ガフガリオン達にとっては危機的な状況であるようだ。


「さあヤードーに戻るぞ」


 久しぶりの気前のいい依頼だからな、と嬉しそうなガフガリオン達を追うように、ラムザも足を進めた。






――城塞都市ヤードー――



「これが約束の1500ギルだ」
「ありがとうございます。行商、頑張ってくださいね」
「ああ、ありがとさん」


 酒場で報酬を受け取ったラムザは、テーブルで待つガフガリオン達のもとに戻り、ガフガリオンに700ギル、ラッドに400ギルを渡した。


「これで二か月は安泰だな! 久々に親孝行もできそうだ」
「確かラッドは田舎に帰るんだっけ」


 他の依頼も含めて手に入れたギルを嬉しそうに数えるラッドに、ラムザは尋ねた。


「ああ。親父とおふくろ、きょうだいが腹を空かせて待ってるからな。今回は少し長めに帰るつもりだ」
「そうか……寂しくなるね」
「ラムザには感謝してるよ。アンタと会ってからいい任務に恵まれたし、何よりもガフガリオンさんと組めたんだからな」


 ラッドは「ありがとう」と言って、ラムザと握手を交わした。


「ガフガリオンさんもありがとうございます。また一緒に仕事してください」
「縁があったらな」


 ガフガリオンとも握手し、そしてラッドは嬉しそうに酒場から去っていった。


「僕の分は彼に渡してもよかったんだけど……」
「傭兵の分け前は、リーダーが多めにとって、残りは等分と相場は決まってる」
「ルールを崩すのは争いの元になる……分かってはいるよ」
「今のお前はベオルブ家の三男坊じゃない。一般的な傭兵だろラムザ・ルグリアさんよ? それにあいつの言う通り、一般的な平民にとって400ギルは十分な金だ」


 ガフガリオンとは知りあってかなり経つ上に剣の手ほどきも受けており、ラムザはガフガリオンに「自分がベオルブ家の出身である」ことを明かしていた。
 その時ガフガリオンは特に驚いた様子もなく「どうりで基本的な型ができているわけだ」と納得したようだったが、同時に、他の人間には出自のことは話さないほうがいいとも言われた。
 必要なければすぐに切られる傭兵の中には貴族を好まない者も多い、というのが理由だった。
 「実力がないやつは僻みっぽくなるもンだ」とガフガリオンは笑っており、それだけ彼は自分の実力に自信があるのだろうとラムザはその時感じていた。


「僕達はこれからどうする?」
「決まってンだろ。これからも依頼を受けては仕事するだけだ。依頼はお前が決めていい。ラッドも言っていたが、お前がうける仕事はどういうわけかアタリが多いからな」
「そうは言っても……」


 ラムザは酒場の掲示板に視線を移したが、特にこれといって魅かれる依頼はない。


「だったらこことはオサラバだな。ま、今日はとりあえず宿とって休もうぜ。明日のことは明日考えりゃいい」





 宿に向かって歩いていると、遠くがなにやら騒がしいことに気付いた。


「ンだぁ? ケンカか?」
「行ってみよう」
「お、おいラムザ!」


 ガフガリオンの制止を聞かず、ラムザは声のした方へ走った。


「兄さん話を聞いてよ! 一緒に逃げよう! 私たちはあいつの人殺しの道具じゃないのよ!」
「お前こそ一緒に来るんだ! 戦争で親を失ったオレ達兄妹が生きてこれたのは誰のおかげだ! その恩を仇で返すつもりか! 今ならまだ少しの咎めで済む、オレも一緒に謝る!」
「兄さんだってわかっているんでしょう? 私があいつに何をされたのか……知っているクセにッ!」
「それ以上言うな! オレはお前を……」
「それに聞いて兄さん。目を覚まして。私は聞いてしまったのよ。戦火に乗じて村を焼き払ったのは……」


 ラムザがそこへ向かうと、見慣れない服装に褐色の肌を持った男女が激しく口論していた。
 男のほうの背後には数人別の男達が控えており、少女が彼らに追われている様子だった。アルマより年下にも見える、あどけない少女だった。


「助けてッ!」
「!」


 少女がラムザに気付き、そう叫んだ。ラムザは少女の悲痛な叫び声に反射的に剣を抜いた。


「誰だお前は。見慣れないヤツだな。勝手に割り込まないでもらえないか?」
「通りすがりの傭兵だ。事情は分からないが女の子一人に男が数人、普通の状況じゃないだろう!」
「こっちの事情だ。それにラファはオレの妹だぞ!」
「妹!? 妹を殺そうというのか!?」


 ラファと呼ばれた少女に目をやると、ラファはラムザの後ろに隠れて兄だという男をにらみつけた。


「マラーク兄さんお願い、私の話を聞いてよ!」
「話は城に帰ってからだ!」
「城に帰ったら殺される!!! ……お願い、私をここから逃がして!」
「分かったよ。こっちだ」


 ラムザはラファの手をとって、来た道を走り逃げ出した。


「おいラファ!! ……クソッ」
「マラーク。ラファはさっきから何を言っているんだ? 彼女はオレ達を裏切ったのか?」
「そんなわけがあるか! さっさと追うぞ! いいか、ラファのことはオレが始末をつける! お前たちは一緒にいるあの男を捕えればいい!」
「しかし大公殿下にはどう説明するつもりだ」
「うるさい! いいか、ラファのことを大公殿下に一言でも喋ってみろ! 二度とその口で息を吸えないようにしてやるッ!」
「そ、そんなに怒るなって……とにかく追えばいいんだな!」


 逃げ出したラムザとラファを追って、マラークとその仲間も走り出した。




 必死に手を取り合って走るラムザとラファに、街を歩く人々は騒然とするが、追ってくる男たちに気付いてただならぬ事情を感じ、誰もが道をよけて見て見ぬふりをするしかなかった。
 
「しつこいな! ……大丈夫?」
「うん、私こそ巻き込んでごめんね……」
「話はあいつらを撒いてからにしよう……うわっ」


 急に何もない空間が歪み、弾けるような音がした。


「兄さん、こんなところで術を……!? 気を付けて、兄さんは本気だわ!」
「術……今のは黒魔法? でもなんか違ったような……」


 追っ手は何かしらの戦闘訓練を受けているようだった。
 ラムザと共に逃げているラファについても、年齢の割に身のこなしが軽く、現にこれだけ走っても足をもつれさせるような気配はない。
 加えて先ほどラファが言っていた"術"。
 これはただの兄妹喧嘩ではない――ラムザはそう予感した。だが、だからといって今更ラファを見捨てられるわけもなく、どこか隠れる場所はないだろうかと走りながら周辺を見た。


「こっちよ。こっちに逃げて!」
「……!?」


 突然教会の前から呼びかけられ、ラムザはそちらの方を見た。そしてその角で、緑色のローブを着た女性がラムザのあいている手を強引につかんだ。


「いいから早く!」
「き、君は……?」
「急いで。追われているんでしょう?」


 ラファの方を見ると、少し不安そうな目で見られ、ラムザは少し迷ったが意を決して「わかった」と女性に言い、教会の中へ駆け込んだ。
 そして少しして、追っていた兄マラークがローブの女性の前で立ち止まった。


「オレと同じような服装の女の子を見なかったか?」
「ええ見たわ。あっちの路地裏の方へ行ったけれど……」
「そうか……」


 マラークは仲間たちに指示をだし、路地裏へと行かせた。そして教会を見上げた後、女性に視線を戻した。


「隠すとタメにならないぞ」
「何のことかしらね。疑うなら見てみる?」
「いや。教会と正面から争う趣味はないんでね……今はやめておこう」
「それがいいわ」


 立ち去ったマラークを見送り、女性も教会の中へと戻った。




「行ったわよ。安心して、扉にカギもかけておいたから」
「……ありがとうございます」


 礼を言ったラファはさすがに疲れた様子で、安心したのかその場に座り込んだ。


「大丈夫かいラファ?」
「ええ……あなたもありがとう」


 微笑んだラファは疲れているが特に怪我をした様子はなく、ラムザは一息ついて、教会に逃がしてくれた女性のほうを見た。


「助かったよ。ええと君は……?」
「私はメリアドール。教会の神殿騎士よ」


 メリアドールと名乗った女性は、年はラムザより少し上くらいに見えたが腰に大きな騎士剣を携えており、神殿騎士団の中でも位の高い人間だと分かる出で立ちをしていた。
 しかしここは小さな教会。そんな位の高い騎士がそうそう来る場所ではない。ラムザは疑問をぶつけた。


「神殿騎士がどうしてこんなところに……?」
「ある調査をするため、リオファネス城に行くところなのよ。そしたらちょうどよく、あなたたちが現れたってこと」
「ちょうどいい?」
「あら、あなたは何も知らないの? そちらのお嬢さんはリオファネス城の兵士でしょう?」
「……!」


 メリアドールの言葉に、ラファの顔がさっと青ざめた。


「そ、それは……」
「ラファ。事情を話してくれないか? できることは協力するよ」
「……ダメ。これ以上あなたたちを巻き込むわけにはいかないわ」
「カミュジャ……あなたはそこの一員ではなくて?」
「な、なぜそれを知っているの……?」
「脅かすつもりで言ったのではないわ。私の調査っていうのは、そのカミュジャのことなのよ」
「ま、待ってくれ。話についていけないんだけど」


 メリアドールとラファの会話に、ラムザが割って入った。


「聞かない方がいいわ。さっきも言ったでしょう。巻き込めないよ……」
「もう十分巻き込まれているさ」
「ごめんなさい……」
「そういえばまだ名乗ってもいなかったね。僕はラムザ。君を助けたいんだ。兄さんとだって、争っていたけど本当は仲がいいんだろう?」


 ラムザの言葉に、ラファが涙ぐんだ。今まで我慢していたのだろう。そのまま大粒の涙が床に落ちた。


「私と兄さんは……畏国から少し離れた小さな村から来たの」


 ラファはゆっくりと、自分の話をはじめた。
 二人は畏国の人間ではなく、真言と裏真言と呼ばれる秘術を伝える山奥の村で生まれた。
 戦争の世でも外界と接することのない村だったが、静かで良い故郷だったという。しかし、ある日その小さな平穏は崩れ去った。
 ある夜に村が突然焼き払われ、生き残ったのはマラークとラファの二人だけだったという。
 死臭の中を歩き回り、このまま飢えて死ぬのだろうというところを、通りがかったバリンテン大公によって命を拾われたそうだ。


「あの時私は、神様ってこういう人のことを言うんだって思った。私達は大公殿下によって、リオファネス城で保護されたの。そこには私たちと同じように、戦争で両親を失った子供たちもたくさんいたわ」


 その話はラムザも知っていることだった。
 バリンテン大公は無類の子供好きで、身寄りのない戦災孤児をひろい、食事と寝床だけでなく、教育の機会を与えていたというのは貴族の間でも有名な話だ。


「でもね……私たちがうけていたのは、ただの文字の読み書きだけではなかった」
「というと?」
「殺人術よ。私たちは正規兵とは違い、戦場ではなく普通の場所で人を殺すための訓練を受けていたの」
「そんな……」
「それがカミュジャ……暗殺組織。やはりバリンテン大公と繋がっていたのね」


 驚くラムザの横で、メリアドールがつぶやいた。


「じゃあ逃げていた時の術っていうのも……?」
「あれは暗殺術ではないわ。あの術は、私たちの村で伝えられていた秘術のほうよ」


 畏国で伝えられている魔法とは違う系統とは違う作法で繰り出される術であり、先ほどラムザに襲い掛かったのはマラークの"裏真言"と呼ばれる術だそうだ。
 そしてラファは、裏真言と対をなす"真言"の使い手らしい。


「一子相伝の秘術でね。魔法とは違って研究して学べば誰でも使えるものじゃないの。バリンテン大公は……この術が欲しかった。でも村の長だった私たちの父は断った」
「まさか君たちの村を焼いたのは……」
「聞いてしまったのよ。術を手に入れられないと悟った大公は村を焼き、そしてたまたま生き残った何も知らない私たちを見つけたことを」
「……ひどい」
「でも大公殿下に拾われていなければ死んでいたのは事実。だから大公の口から真実を聞くまで、私もそんなこと夢にも思わなかった。父のように慕っていたの。兄さんは真実を知らない……だからまだ大公殿下のことを……」
「ラファ、お願いがあるの」


 言葉を震わせるラファをメリアドールはまっすぐ見つめた。


「私と一緒にリオファネス城に行ってくれないかしら」
「えっ……?」
「な、何を言っているんだメリアドール! ラファの話を聞いていただろう!?」


 どう考えても城から命からがら抜け出してきた様子のラファを思い、ラムザはメリアドールに詰め寄った。


「聞いていたわ。ラファ、あなたはリオファネス城には戻りたくないし戻れない。でも兄を助けたい。そういうことよね」
「……はい。大公は私が真実を知ってしまったことに気付いているわ。戻ったら確実に殺される……兄さんも」
「でも私が大公の立場なら、あなたを秘密裏に処分して、兄には適当な犯人を告げて復讐させ、そのまま裏真言だけでも保持しようと考えるわ」
「それは……」
「私は大公の"疑惑"を調査しに来たの。以前教会が大公が大勢抱えている戦災孤児たちの一部を引き取ろうと話を持ちかけたことがあったの。でも大公は断った。まさか孤児のすべてが暗殺者になるわけじゃないでしょうけど、リオファネス城には孤児出身の兵隊がいない。子供はいるのに大人の姿がない……もう一部はとっくに大人になっているはずなのに」
「ええ……半分以上の子供は15歳になったら孤児院の外へと出て行くの。その後誰にもあったことがないけど……」
「あなたの年齢から察するに、戦闘訓練はもっと前から受けていたんでしょう?」
「はい……」
「待ってくれ。それじゃあまさか大公は……」
「秘密裏に育てた暗殺者になれなかった身寄りのない子供を、そのままその辺に解き放つと思って?」
「そんな……!」


 メリアドールの言葉に、ラファは言葉を失った。ショックなのは当然だ。同じ場所で兄弟のように育った友人が別れたあと、本当にこの世から消えてしまったなんて思えるはずがない。


「お願いラファ、私と一緒に来て。あなたは大公に突きつける証言者になれる。私はあなたやお兄さん、お友達のような子供を増やしたくないの」
「……」


 メリアドールの誘いに、ラファは答えを決めかねている様子だった。
 そしてラファが、ちらっとラムザを見た。ラムザは「助けて」という無言の訴えを感じた。


「……ラファが行くなら僕も行く。構わないかい、メリアドール」
「いいの? 上手くいかなければあなたも危ないわよ。別にあなたは大公ともこの子とも因縁なんてないんでしょう?」
「でも、困っている人間を見捨てるなんてできない……ラファが行くなら、僕を傭兵として雇ってくれ」
「ラムザ……だったかしら。あなたはフリーの傭兵なの?」
「そんなところだよ」
「……わかった。私行きます、メリアドールさん」


 ラムザとメリアドールの会話に割って入るように、ラファが立ち上がってそう言った。


「大丈夫、ラファ?」
「うん……怖いけど、兄さんを助けるためには、それしか方法がないわ」
「よく言ってくれたわねラファ。安心して。聖アジョラに誓って、あなたの身は私が守るわ」
「僕もだよ。一緒にお兄さんを助けに行こう」
「ありがとうラムザ……メリアドールさんもお願いします」
「私も一人では少し心細いし、かといって部下と行くと攻め込むようで相手に警戒されるから悩んでいたのよ。ラムザ、あなたへの報酬は私が出すわ」
「報酬の話は後でいい。ただちょっと待ってくれないかな。仲間と来ているんだけど、たぶん今頃僕のことを探しているはずだ。話だけつけてきてもいいかい?」



 メリアドールとラファを教会に残し、ラムザは宿へと走った。
 そして宿に着くと、案の定ガフガリオンが呆れた表情で待っていた。


「ご、ごめんガフガリオン……」
「お前どこに行ってたンだ。探したぞ。ドンパチやってるのかと思ったらいなくなりやがって」
「いろいろあって……」
「どうせお前のことだ。めんどくさいことに首突っ込ンでたンだろ?」
「……あのガフガリオン。そのことなんだけど」


 ラムザは、今までの経緯を簡潔にガフガリオンに説明した。


「ということで僕はリオファネス城に行くつもりだ」
「……お前、何言ってンだ」


 ラムザの説明を黙って聞いていたガフガリオンだったが、ラムザが話し終えると眉間に皺を寄せて言った。


「お前どンだけ面倒な話に付き合ってンだ! っていうかバリンテン大公の居城に乗り込むつもりか? それがどういうことか分かってねえとは言わせンぞ!」
「別に攻め込むんじゃなくて話をつけるだけだよ。それにメリアドールは教会から正式に派遣された騎士だ。僕が乗り込むというわけじゃ……」
「お前の性格上、それで済むワケがねえって言ってるンだ! そのラファって娘がどういう娘か知らないが、お前明らかにその娘に入れ込ンでるだろ。相手が教会の騎士ごと娘を消そうとしたらお前どうする? 相手は大公、その気になればできることだ。命が惜しければやめておけ」
「そう言うと思ったよ……分かっている。だからガフガリオン、ここで一度別れよう」
「そうだな、それしかない。生きてたらイグーロスの酒場で合流だ」
「ありがとう」


 話をつけたラムザは教会へ戻るべく走った。


「こっちの身になれっての……仕方ねえなぁ」


 ラムザの姿が見えなくなるまで見送った後、ガフガリオンはそう言って頭を掻いた。







「えっと……どういうこと?」


 教会へ戻ると、剣を二本持ったメリアドールからそのうちの一本を差し出され、ラムザは困惑し尋ねた。
 剣には刃がなく、おそらく僧侶の練習用の剣なのだろうと分かった。
 ちなみにラファは、よほど疲れていたのか奥の仮眠室で休んでいるとのことだ。


「あなたの人柄は信用できると思ったけど、あなたの実力を知らなかったことに気づいたのよ。雇うと言ってからで悪いけれど」
「つまり僕の腕を試したいってことか」
「そうよ。あなただって私の実力、知りたいでしょう?」


 自信ありげにほほ笑むメリアドール。もともと一人で大公のもとへ行こうとしていたのだから、教会内でもそれなりの地位にあり、実力にも自信があるのだろうとラムザは思った。
 だとすれば確かに、どこの人間かもわからない男を護衛につけるはずがない。メリアドールはラムザがベオルブ家の人間だと知らず、あくまで通りすがりの傭兵"ラムザ・ルグリア"として見ているのだ。


「わかった。でも互いにポーションで回復できる範囲だ」
「当然」


 二人は剣を構え、そしてそのまま互いの出方をうかがうべく硬直する。


「あなたから来る気はなさそうね。じゃあ私から行かせてもらうわ」


 メリアドールは剣を後ろに引き、そして剣にエネルギーを集中させた。


「我に合間見えし不幸を呪うがいい……星よ降れ! 星天爆撃打!」
「……!」


 メリアドールが剣を振り下ろすと、ラムザの頭上に隕石のようなものが落ちた。
 とっさに剣を頭の上に構えたおかげで直撃は免れたが、剣から頭に強い衝撃が伝わった。これがもし実剣で手加減もされていないものだったら、兜ごと大きなダメージが身体に与えられていただろう。


「剣技が使えるのか。聖剣技とも暗黒剣とも違うようだけど」
「これは教会に伝わる剛剣技……装備品ごと身体にダメージを与える技よ。さあ、これをどう攻略する?」


 そう言ってメリアドールは再び剣を後ろに引く。
 ラムザは椅子の近くへ走り、メリアドールが剣を振ったのと同時に椅子の近くに屈んだ。それによって、落ちてきた隕石が椅子にあたり、ダメージを免れる。
 予想通り、この技は身に着けているものと身体そのものにダメージを与えるもので、身体から離れたものを破壊することはないようだ。
 ラムザはメリアドールの技をよけつつ、教会内を動き回った。


「どうしたの、逃げてばかりでは勝てないわよ? それとも私の技に怖気づいたのかしら!」


 これで何度目になるのか、メリアドールが構える。
 そして彼女が剣を振ろうとした瞬間に、ラムザはメリアドールめがけて走った。


「! はやいッ……?」
「えいっ!」


 一気にメリアドールの懐へ飛び込んだラムザは、自分の剣でメリアドールの剣を払った。
 そのままメリアドールの手から離れた剣は、遠くに音を立てて落ちた。


「僕がただ逃げ回っているだけだと思った?」
「っ……なんて、あなたも甘いわね!」
「え!?」


 ラムザが剣を持つ手の力を抜いたと同時に、メリアドールは口元に笑みを浮かべてラムザの腕をつかみ、捻りあげた。


「痛っ!」
「まだ私は参ったなんて言ってなくてよ。どう? ギブアップ?」
「いたいいたい! ギブアップだ!」
「私の勝ちね」


 満足そうな表情で、メリアドールが手を放した。ラムザはまだ痛む手を振りながら、ため息をついた。


「負けず嫌いだなぁ……」
「あら。完全に相手を負かしていないのに油断したあなたが悪いのよ。でも……そうじゃなかったら私が負けていたわ」
「正面からやって勝てる相手じゃないと思ったからね。逃げながらずっとスピードをためていたんだよ」
「変わった技を持っているのね……いいわ、あなたの実力を認めます。休んだら一緒にリオファネス城にいきましょう。あてにしているわ、ラムザ」
「こちらこそ。よろしくメリアドール」

 


 

(3)





――数日後 リオファネス城――



「ここがリオファネス城か……」
「私もここに来るのは初めてだけど、噂通りの堅牢なつくりね」
「あの……」


 城を見上げる二人に、ラファが小声で話しかけた。
 服装も肌色も特徴があり目立つ彼女にはヤードーを出る際にメリアドールが白魔道士のローブを渡し、フードを深めに被らせた。
 おかげで今でも兵士達はまさかラファが戻ってきたなど思わず、城門前でラムザ達と一緒に、門が開くのを待っている。


「大丈夫よ、あなたのことは私達が守る。あなたもお兄さんを見かけても、時が来るまでおとなしくしていてね」
「はい。でもなんか嫌な予感がする……」


 マラークはラムザの顔を知っている。もしかしなくても、ラムザがそのまま城へ行けば変装した魔道士がラファであることにも気づかれるのでは――ここへ来る前にメリアドールに説明したが、彼女は「そちらのほうが都合がいい」と自信たっぷりに言っていた。
 彼女曰く、フェイントをかけたところで大公は話をかわすだろうから、ラムザがいたほうが揺さぶりをかけるのにも都合がいいとのことだ。
 そして、そうこうしているうちに城へ向かう橋が重い音を立てて降りてきた。


「私は神殿騎士メリアドール・ティンジェル。団長ヴォルマルフ・ティンジェルの命を受け、大公殿下にお目通しいただきたく存じます」
「話は聞いております。応接室にて、大公殿下がお待ちでございます」


 案内の兵に促され、メリアドールを先頭に城の中へと足を踏み入れた。





「ようこそ我が城へ。若い貴方がたの好みに合うかは分かりませんが、中々にいい城でしょう?」
「ええ。要塞という名にふさわしいつくりですわね」


 案内された応接室で、机を挟んでバリンテン大公とメリアドールが互いに愛想笑いを浮かべていた。
 ラムザとラファはメリアドールの横で、その会話をただじっと聞いている。
 応接室には自分たちを取り囲むかのように兵士が待機しており、相手が警戒していることがうかがえた。


「先日は団長殿が直々においでになったが、今日は随分と美しいお嬢様がいらっしゃいましたな」
「ヴォルマルフは私の父でございます。しかし生憎父は別件がございまして、代わりに私が参上した次第です」
「なるほど。用件をうかがいましょう」
「父が先日来て話したと思いますが、あなたが引き取っている孤児の件です。恵まれない子供たちに救済を与える殿下の活動を、我々は支援したいと心より思っております」
「その話はお断りしたはずですが。それに孤児院で育った子供たちもこのフォボハムに愛着を持っていることでしょう。わざわざミュロンドへ連れていくなどできましょうか」
「ええ、選択をするのは当人です。ですが真に子供たちの未来を想うなら、選択の余地を与えてもよろしいのでは? 私達は強制的に子供たちを引き取るとは申しておりません……ところで殿下」


 メリアドールは、まっすぐバリンテン大公を見つめ、続けた。


「暗殺組織カミュジャはご存知ですか?」
「……ええ。詳細は知りませんが、この近辺で活動している義賊と聞きます。実際戦時中は彼らの戦力をあてにしていたこともありましたな」
「そうですか。噂によると、彼らは特殊な訓練をうけており、若い者はまだ15にも満たないとか」
「何が言いたいのですかな?」
「回りくどいことで申し訳ございませんでした。では単刀直入にお尋ねしますね」


 メリアドールは、ラムザ達を横目で見た。ラファはラムザの手を強く握り不安そうな様子ではあったが、それでも気丈にゆっくりとうなずいた。


「先日教会で保護いたしました。大公殿下はこの子に見覚えがありますね?」


 メリアドールの言葉と同時にラファは静かにフードを外し、大公を見据えた。
 一方大公はというと、予想していたのか眉一つ動かす気配がない。しかしメリアドールは強気の姿勢で続けた。


「この子が証明しています。彼女はあなたに拾われ孤児院で育ちながら、特殊な訓練をうけ、暗殺術をしこまれたと」
「……」
「孤児院の実態は、あなたがカミュジャという名の私設組織を作るための養成所……違いますか?」
「ふふっ……やはりそういうことか」


 バリンテンは、今までの愛想笑いとは違う、余裕さえ感じさせる表情で口の端をつりあげた。


「マラークから聞いていたよ。そこの少年がラファを連れ出したと。君たちの姿を見てそういうことだと分かっていたことだ」
「……」
「ワナだという可能性はあなたも十分に承知していたでしょう、メリアドール殿。もう腹の探り合いはやめて、あなたの手の内を見せていただきましょうかな」
「私を捕えるか殺すかすれば、証拠が消せるとでも? 父には私に何かあれば、この話は黒であると教皇の名のもと王家に談判するよう話をつけています。そしてラファから聞いたあなたの罪深い行為も、すでにミュロンドに自分宛で伝文を送っている……追い詰められているのはあなたの方よ」
「ははは、これは随分としたたかな。証人たるラファも一緒に消してしまえば、誰がその話を信じるというのだ?」
「!」


 バリンテンの言葉に、ラファが勢いよく立ち上がった。


「信じるわ! 私をここで殺してみろ! この城の兵士達は私のことを知っている。ならばここにいる全員が証人となるはずだ!」
「なるほどそうきたか。ヴォルマルフ殿の娘となればもっと聡明かと思っていたが、やはり若いな」
「何をするつもり?」


 バリンテンはゆっくり立ち上がり、そして親衛隊の一人に何かを話している。そして、その親衛隊から渡された剣をテーブルの上に投げた。


「ラファよ、チャンスをやろう。この剣を取りなさい。彼女たちにその刃を向けるのならばすべてを許そう。もちろんこれで私に刃向っても構わんよ」
「ラファ、これは大公の仕掛けた罠だ」
「……そこの小僧は黙っていてもらおうか。命がおしいのならな」


 バリンテンは自分の懐から銃をだし、銃口をラムザに向けた。


「やめて! ラムザは悪くない!」
 
 ラファは剣をとって立ち上がり、バリンテンの前で構えた。


「殺そうというのかこの私を?」
「それだけのことをしたのはお前だ! ……返してよ! 村のみんなを、私のお父さんお母さんを!」
「ラファ、落ち着きなさい! 大公はあなたを煽ることで正当防衛に見せかけてあなたを殺そうとしているわ!」
「ごめんなさいメリアドールさん……ラムザも。ずっとこらえていたけどやっぱりダメ。この男を見ると私は……」


 ラファの構えていた剣が小刻みに揺れる。
 彼女の目に涙がたまっていることにラムザは気付いた。


「怖いのか? そうだろう……思い出すだけで怖いだろう。だが安心しろ。怖いのは今だけ。次第にそれは恐怖ではなく快感となるだろう……」
「!!! 殺してやるーッ!」
「待て!!!!」


 ラファの叫びにかぶさるように、男の声がした。
 そちらに視線を移すと、親衛隊を強引にかきわけて入るマラークの姿があった。
 マラークは二人の間に立って、両腕を開いた。


「やめろラファ! ……大公殿下、その話は、ラファの話は本当なのですか」
「マラーク。貴様までわしを裏切ろうというのか。なんと恩知らずな兄妹なのだ!」
「……本当なのですね。貴方がオレ達の村を……そしてラファを」


 バリンテン大公の激昂を肯定ととらえたマラークは、そう言ってラファに近づき、そして剣に触れた。
 ラファはゆっくりとその剣をおろした。


「ラファ、殺してはだめだ。例えその話が真実だとしても、オレ達はこの人を殺せないだけの恩をすでに受けてしまっている」
「兄さん。コイツを許せっていうの?」
「マラーク、だったね。聞いてくれ。ラファは君を助けに来たんだよ。裏切ったわけじゃない」
「分かっている……ヤードーでは悪いことをしたな」


 すまなかった、と続けたマラークに、ラムザは静かに立ち上がり二人の元へ歩み寄った。
 途中でバリンテンが「動くなと言ったはずだ!」と銃を構向けていたが、構うことなくラファの横で立ち止まった。


「ラファ。君だって本当は大公を殺したくないはずだ」
「ラムザ……あなたは何も知らないじゃない。なんでそんなことが分かるの」
「君が泣いているから」
「あ……」


 言われて初めて自分が泣いていることに気付いたのか、ラファは空いているほうの手で自分の目元をぬぐった。
 そんなラファに、ラムザは続けた。


「ラファ。大公を殺しても村の人達は戻ってこない。そして君はこの人のことを父のように慕っていたと言っていた。きっと今でも、そう信じたいと心のどこかで思っているんじゃないのか? だとしたら……大公を殺して悲しいのは君だよ」
「……ッ……ううっ」


 ラファの手から剣が落ち、そして彼女はその場で静かに泣き崩れた。
 そんなラファを、マラークが優しく抱き寄せた。


「ごめんなラファ。お前が大公に酷いことをされていたのを知っていたのに、オレは見て見ぬふりを……本当にごめん」
「うっ……ううっ……」
「つまらん茶番だったな」


 マラークとラファを見て、バリンテンがつぶやいた。
 その言葉に、ずっと座って事の端末を見守っていたメリアドールが立ち上がった。


「あなた……この二人のあなたへの想いを聞いて、それを茶番だと言い捨てるというの!? この子たちは親の仇であっても、あなたを父として慕う心を失ってない。なのにあなたは父としてこの子達に愛を返そうと思わないの!?」
「メリアドール嬢。きっとそなたも父であるヴォルマルフ殿を慕っているのだろうな。だが父親側から見れば子供など家の道具にすぎん。良い教育を与え、良い成果をあげさせ、家の名誉を保つための道具なのだよ」
「私の父はそのような人じゃない!」
「話を戻そうかメリアドール嬢。君の言うように私が孤児院の子供を暗殺者として育てているとしよう。だが見たまえ。暗殺者としてでも拾ってやらねば、その子供たちは死んでいたはずだ。命を拾った者として、その子供たちの将来を自由にする権利はあるはずではないのか?」
「馬鹿を言うな!」


 バリンテンの言葉に、今度はラムザが叫び割って入った。


「慕ってくれる子供たちの幸福を願えず自分の道具にするだけなんて、そんなの親じゃない! 王女の件と言い、あなたには人の命を尊く思う心がないのか!?」
「王女……だと?」


 ラムザの叫びに、バリンテンが眉間に皺を寄せた。


「小僧貴様……何を知って……」


 バリンテンが明らかな動揺を見せたと同じく、突然応接間に位の高そうな男が入ってきた。おそらくこの城の大臣だろう。


「た、大変です大公殿下!」
「何だ! 取り込み中だぞ!」
「ベオルブ家のダイスダーグ卿から……こ、このような伝文が……」
「ベオルブ家だと?」


 バリンテンは大臣から手紙を受け取り、そしてどうするべきか戸惑っていた周りの兵士達に目くばせした。
 兵士達は手紙を読み始める大公にメリアドール達が危害を加えないよう、腰に下げた剣に手を置いた。
 ラムザ達もまた、ここで戦うのは多勢に無勢であり、動きを止める。緊迫した状況の中で、最初に言葉を発したのはバリンテン大公だった。


「……まさか……何ということだ」


 そうつぶやいたバリンテンは、ラムザとメリアドールの方を見た。


「縁談話が結ばれようとしていることは噂に聞いていたが……まさか既に両家でここへ殴り込みにくるだけの強固な関係になっていたとは」
「……え?」
「小僧、貴様がまさかベオルブ家の者とはな。計算外だよ……」


 手紙を握りつぶしたバリンテンは、静かにそう告げてラムザをにらみつけた。


「王女の件で関わったベオルブ家の子息と言うのも貴様だな?」
「……手紙には何を?」
「何? 貴様は知らんのか。だとすればこれは傑作だ。何も知らぬ弟をけしかけ、このわしを直に潰そうとするとは……貴様の兄は恐ろしい策士よ」
「ダイスダーグ兄さんが……?」
「……お前達、客人を外へお連れしろ。マラークとラファもだ」


 バリンテンの言葉に、兵士達が「は!」と一斉に答え、そして応接室の扉が開かれた。


「ま、待ちなさい! 私達の話はまだ……」
「メリアドール殿、君の父上に伝えておくがいい。カミュジャは解散、そして孤児引き取りの件について後日改めて話をつけたいとな……」
「……突然どうしたというの?」
「さすがの大公という立場でも、教会と畏国の平和維持の英雄、その両方に攻めたてられるわけにはいかぬということだ」
「そうですか。団長には良い報告をさせていただきます」
「ラムザ。先にラファを連れて言ってくれないか? オレは少し話がしたい」


 ラファは憔悴しきっている様子で、うなだれたままマラークからラムザの腕に引き渡された。
 ラムザは優しく「歩ける?」と聞くとラファは小さくうなずき、そしてメリアドールと一緒に応接室を出た。


「大公殿下……オレ達は」
「マラークよ。ラファの話はすべて真実。わしはお前達の村に伝わる秘術をこの世から消すため、あの日村に火を放った。そして生き残ったお前達を見たときは、しめたものだと思ったよ……」
「大公殿下……」


 何か言いたそうなマラークに、バリンテンは背を向けて言った。


「ラファはもうわしの顔など見たくもなかろうよ。共にさっさとこのフォボハムから消えてしまえ」
「……大公殿下。育ててくださった御恩は忘れません。きっと、親の仇としての恨み以上に……。もう二度と会うことはないでしょう」
「ふん……」


 マラークはそのまま静かに退室した。最後にもう一度振り向いてみたが、バリンテンと目が合うことはなかった。




「こんなにも早く教会と手を組んでいたとは……ダイスダーグめ!」


 大臣と数人の兵のみが残った応接室で、バリンテンは握りしめていた手紙を床に投げ捨てた。








「まさかあなたがベオルブ家の人間だったなんてね。驚いたわ……ふふっ」


 リオファネス城の城下町にある教会の中で、メリアドールは改めてラムザにそう言って笑った。


「どうして教えてくれなかったのよ」
「僕は今家を出ている状態だ。だから通りすがりの傭兵っていうのは本当だよ。君だって……まさか神殿騎士団長の娘とは思わなかった」
「そういえば私も素性を明かしていなかったわね。それにしてもふふふっ……あの大公の顔と言ったら……誤解しちゃって。あははっ」
「そ、そうだ。縁談が何とかって……どういうことなんだ?」
「あらもしかしてあなた知らないの? それは傑作だわ!」


 ついにお腹を抱えて大笑いするメリアドールに、ラムザは戸惑うしかなかった。


「ごめんなさいね面白くてつい。そうねラムザ、帰れるなら一度家に帰ることをおすすめするわ。分かるはずよ、あなたの家と私の家が今どうなっているかがね」
「あ、ああ……」
「ラムザ、メリアドール殿。本当にありがとう……お前達はオレ達の恩人だ。そしてヤードーでは本当にすまなかった」


 ラムザ達のもとへ、マラークがラファと共に歩み寄った。あのあとしばらくラファは泣き続けていたが、ようやく落ち着いてきたようだ。


「いいのよ。こちらとしても、あなたたちのおかげで使命を果たすことができたわ」
「ラファ、良かったね。お兄さんと自由になれて」
「うん」
「これから君達はどうするんだ?」
「一度メリアドール殿と一緒にミュロンドへ行くつもりだ。行くアテもないからな。それで落ち着いたら、一度故郷へ戻ろうと思っている」
「そっか……」


 ラファの話によると、故郷は二人をのぞいて全滅しており、焼け落ちたというあの日の爪痕はまだそのまま残されていることは想像に難くなかった。
 戻ってもきっと辛いものを見ることになるだろう、ラムザはそう思い目を伏せた。


「そんな顔をしないでよラムザ。みんなの弔いに行くだけよ。せっかく畏国の言葉を覚えたんだもの。終わったら兄さんと旅行したいねって話してるの」
「旅行?」
「オレ達は畏国はフォボハム領しか知らないからな。本や噂話じゃなくて、自分の目で色んなものが見たいんだ」
「だからねラムザ……あ、そうだメリアドールさん。ちょっといい?」


 ラムザに何か言いたげな様子だったラファだが、急にメリアドールに顔を向けて、その手を引っ張った。
 男二人から離れたところまで来て、ラファは「聞きたいことがある」とメリアドールに顔を近づけた。


「大公殿下が言っていたことってホントなの?」
「えっ……あああの話? 誤解よ。あれは私達のことではないし、私自身にもその気はなくてよ」
「じゃあ…………していい?」
「ふふっ……お好きにどうぞ」


 話を終えたメリアドールは楽しそうな表情で、そしてラファは顔を赤らめながらも笑顔で、ラムザのところに戻って来た。


「ラムザ」
「?」
「あの時、兄さんと争っていたあの時ね……ラムザを見て……この人なら助けてくれるって思ったの。でもそれ以上に嬉しかった。私が大公殿下を殺そうとした時に、必死で止めてくれて……ありがとう」
「剣をおろしたのは君自身だよ。僕は君が人を殺すような子じゃないって思っただけだ」
「戻ったら……また会ってくれる?」
「もちろん。ガリオンヌ領なら僕が案内してあげるよ」
「……うれしい」


 そしてラファは、ラムザの胸元に飛び込んだ。そして顔をあげて、満面の笑顔で戸惑ってラファを見下ろすラムザの顔を見た。


「ありがとうラムザ!」


 そう言って、ラファはラムザに抱きつき、頬に口づけをした。


「ラファ!?」
「あらまあ」


 驚くマラークとどこか嬉しそうなメリアドールをよそに、ラムザは一瞬状況が呑み込めず固まっていた。そしてラファが離れたことで我に返り、顔を赤らめた。


「え、ええっ! ちょ、ちょっとその……ラファ……?」
「えへへっ」
「あらあらラムザまで照れちゃって。可愛いじゃない」
「……ラファ、そ、そうか……お前ラムザが……」


 動揺していたマラークは、首を横に振って、そしてラムザの肩に手を置いた。


「……ラファを幸せにしてやってくれ。頼む」
「ちょ、ちょっとマラーク!」
「もうやめてよ兄さん! そういうつもりじゃないってば!」


 ラファがラムザに詰め寄るマラークを引き剥がしながら言った。その顔はまだ赤らんでいる。


「ふふっモテる男はつらいわねえラムザ。まあとにかく安心なさいな。二人のことは私が責任をもってミュロンドまで送るから……ふふっ、本当にあなたって面白い男ね。気に入ったわ」
「笑いすぎだよメリアドール……」
「メリアドール様! チョコボ車の準備が整いました!」


 そうこうしているうちに教会からメリアドールの迎えが来たようで、外にチョコボ車が待機していた。
 「すぐに行くわ」と僧侶に告げたメリアドールは、ラムザに向き直り、右手を差し出した。
 ラムザはメリアドールの手を取った。
 
「じゃあ行くわね」
「また会えると嬉しいよ」
「今度は完勝させてもらうから、覚悟なさい」
「本当に負けず嫌いだな……でも僕も今度は負けないよ」
「いい意気込みだわ。ありがとう」


 メリアドールが教会の外へ向かうのを見て、マラークとラファが再びラムザに話しかけた。


「じゃあな。ミュロンドに着いたら便りを出すよ」
「本当にありがとうラムザ! ありがとう!」
「ああ、二人とも元気で」


 ラムザはチョコボ車に三人が乗り、そして去っていくのを手を振って見送った。


「さあ、僕も帰らないと……色々聞かなければならないことがある」


 バリンテン大公に送った兄ダイスダーグの手紙の内容は何なのか。しかもこの良すぎるタイミングも腑に落ちない。
 そしてメリアドールも笑って話していた、ベオルブ家とティンジェル家の関係とは……?


「まだまだ知らないことが多いなぁ……」


 チョコボ車が視界から消えるのを見て、ラムザはそんな独り言をこぼした。

 


 

(4)

――イグーロス城 ベオルブ邸――



「えええええっ!? アルマが結婚!!!!?」
「もう。驚きすぎよラムザ兄さん」


 メリアドールに言われた通り家に帰ったラムザは、事情を聞いてひっくり返る勢いで驚き叫んだ。


「お、驚くに決まってるよ。だってまだアルマは16歳。貴族院を出たばかりじゃないか!」
「ラムザ兄さんだって16でアカデミーを卒業した直後に家を出たじゃない」
「そ、それは……そうだけど。それで相手の……神殿騎士団長の息子っていうのは……」
「イズルードのこと? とても素敵な人だったわ……ああ早くお会いしたい」
「アルマったら、お見合いのあとからずっと、イズルード様の話ばかりしているの。これが恋というものなのかしら」


 アルマだけでなく、一緒にいるティータまでうっとりと両手を組んでいる様子に、ラムザは「これは夢なんかじゃない」とさらに戸惑うしかなかった。


「本気なんだ。本気でアルマは結婚するつもりか? そ、そうか……大公はあの時僕が結婚すると……そう勘違いしたのか」


 出会った時は団長の娘であることを話さなかったメリアドールだったが、確かに大公と話していた時にそう言っていた。
 つまりアルマの婚約者であるイズルードというのはメリアドールの兄弟であり、「ベオルブ家とティンジェル家で縁談話が進んでいる」という大公の言葉も間違いではなかったのだ。


「メリアドール……それであんなに笑っていたのか。他人事じゃないのに!」
「? 兄さん、メリアドールって誰?」
「君が恋しているイズルードの姉妹だよ」
「そういえばお姉さまがいるって言っていたわ。……へえ、ラムザ兄さんもそのメリアドールさんとお付き合いしているの?」
「違う! それは誤解だ!!」


 彼女は状況を楽しんでいただけであり、その気はなさそうだった。
 ラファが自分にキスする前に何か話していたし――とあの時のことを思い出し、自分でも分かるくらいに顔がほてった。


「あら? でもラムザ様、少し顔が赤いですよ?」
「ち、違うって! それはメリアドールじゃなくて……!」
「なになに? 兄さんったら他にも何かあったの? 聞かせて聞かせて!」


 本当は兄ダイスダーグにも色々聞きたいことがあったのだが、アルマとティータに完全に捕まったラムザは、結局その日中、解放されることはなかった。








「ったく……いいねえ若者は。まさかそのすぐ下で、兄貴が陰謀巡らせているとは思わずによ」


 ラムザ達が騒いでいる部屋の真下にあたるダイスダーグの執務室で、ガフガリオンは呆れた声を出し、そしてダイスダーグに向き直った。


「報酬は弾ンでくれるンだろうな?」
「もちろんだ。偶然も重なり、面白いほどにすべてが上手くいった……」
「まさかラムザも、俺があの後イグーロスまでチョコボを飛ばしてアンタに事情を説明したなんて思ってないだろうな。いや、それ以前に……俺が"教育係"として雇われているということすら気づいてないか」


 一年前、腕がいいとは言え戦後で仕事も激減していたガフガリオンに、ダイスダーグはある依頼を申し込んだ。
 その依頼というのは、"ラムザがベオルブ家の者として正義を貫けるよう、傭兵としての技術を指導し、いざという時は守って欲しい"というものだった。
 長期的な契約であり、ラムザが傭兵として受けた仕事とは別に報酬がもらえるのでガフガリオンにとっても良い話であり、ガフガリオンはその依頼を受け続けていた。
 そして今回、リオファネス城のバリンテン大公のもとへ神殿騎士と共に殴り込みに行くという話を聞いて、さすがに自分では守りきれないかもしれないと思ったガフガリオンは、ダイスダーグの元へ急いだ。
 事情を説明すると、ダイスダーグは「いい機会だ」と何やら策を思いついたようで、騎士団の伝令を使い大至急で大公あての手紙を届けさせたのだった。



「なあ、その手紙にはなんて書いたンだ?」
「まだ正式には公表されていないが、オムドリア王は危篤状態にあり、いつ亡くなってもおかしくない状況。我が主君であるラーグ公はルーヴェリア殿の生んだオリナス王子を、ゼルテニアのゴルターナ公は親族にあたるというオヴェリア王女を、自らが王家の縁戚であることを理由にそれぞれ擁立しようとしている……それは傭兵である貴様も知っているな?」
「まあな。兵士の間でも有名な話だ」
「しかしどちらも年齢性別により王の器とは言い難い……そこで王家の分家であるゲルカラニス・バリンテン大公殿下が、五十年戦争でも活躍した自分こそ王の器であると主張するのも当たり前の事。いや、本人がそうでなくとも、大公を擁立しようとする者は多いだろうな」
「それを潰すような内容ってことか」
「ああ。手紙にはこう書いてやったよ……"貴公が今教会から突き付けられた疑惑、そして王女の一件。これを公にされたくなければ、王の死後開かれるであろう有力者会議にて、王位継承権を自ら破棄せよ。追伸。万が一我が弟に危害があれば、貴公は教会と北天騎士団、このふたつを敵に回すこととなるだろう"」
「……アンタ、教会が大公に何を交渉していたのか知っていたのか? 俺はそこまで聞いてなかったぜ」
「知るわけがないだろう」


 ガフガリオンの問いに、ダイスダーグはそう言い捨てた。そう、ダイスダーグにとって教会が何をしようとしていたのかなど、どうでもいいことだった。
 ラムザと教会の関係者が共にリオファネス城で何かを交渉しようとしている。
 ならばそれをきっかけに、大公を脅せばいい。ただそれだけだった。


 もちろん良い偶然も多くあった。
 まずは、リオファネス城でラムザと行動を共にしていた神殿騎士がヴォルマルフの息女であったこと。
 ベオルブ家とティンジェル家で縁談を結ぼうとしているというのは公然の秘密のようになっており、それを知っていた大公は、目の前にいるラムザと息女がすでに密な関係にあると、そう捉えた可能性が高い。そのおかげで、自分の手紙の信憑性はさらに増したと言えるだろう。
 そしてもう一つは、ラムザが一年前の王女暗殺未遂の事件にかかわっていたこと。当時大公は自分の関りを完全に否定していたが、あの時と同じ人間が自分の計略の障害となったのであれば、当然恐ろしく感じるだろう。何もかも筒抜けであると。


「っていうか、アンタ饒舌にオレのような平民に自分の陰謀を話していいのか?」
「ふっ……ガフガリオン殿。貴様は多くの事を知っている。当然相応の報酬は今後も渡す。貴様が根からの傭兵であるからこそ、信用しているのだよ」
「……命が惜しければ金はやるから働けってことか。まあいい。俺はアンタのような人間も嫌いじゃないぜ。ラムザのこともな」
「それは好都合。今後も我が弟を頼むぞ」


 口の端を吊り上げたダイスダーグに、ガフガリオンは「了解」と言いながら、まだ騒がしい二階を見上げた。


「……ホント、何も知らないっていうのは平和なもンだ」


 ラムザとこのベオルブ邸内で鉢合わせするのは避けたい。ガフガリオンはダイスダーグから手早く報酬を貰い、そして部屋を後にした。






――翌日――


「また行ってしまうのね。ラムザ兄さん」
「ああ。まだ僕は多くの事を知らなければならない……そんな気がするんだ」
「分かったわ。気を付けてね」


 アルマに見送られ、ラムザは再び家を出た。そして入口の門で、ガフガリオンが腕を組んで立っていた。


「ガフガリオン!?」
「ようラムザ。生きていて何よりだぜ。じゃあ、無事合流したし行くとするか」
「また組んでくれるのか?」
「言っただろ。お前といるとアタリの依頼が多いってな。さすがにリオファネスの件のようなことは今後一切お断りだが、またよろしく頼むぜ相棒」


 ガフガリオンの言葉に、ラムザは口元を緩めた。


「うん、こちらこそ。ガフガリオン」


 まだ見たことのない場所。まだ知らないこと。
 ラムザはそれを求め、ガフガリオンと共にベオルブ邸を後にした。


 そんなラムザの出発を、応接室の窓の影からダイスダーグは静かに見守った。


「……ラムザ。やはり時代はお前を選んでいるようだ。お前の正義が畏国を変えるというなら……私はそれを信じよう」


 そのためにはまだまだ、やらなければならないことがある。
 ダイスダーグは弟の成長を見届けながら、次の行動のための策略をひとり、巡らせていた。

 

 

~To be next story~

 

戻る

 


あとがき

ラファとマラークは本編で一番救われたキャラクターだと思ったので、この世界線でも同じようにラムザに救われて欲しいと思う。公式じゃないのにイズアルにする理由は私の中では一応あるけど、苦手な方ごめんなさい。バリンテン大公にもちょっとだけ優しい展開にしたのは、こいつが死んだら後味悪いというか、ずっと父親同然に慕ってきたラファとマラークが可哀想だと思ったので。

inserted by FC2 system