IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~

-プロローグ-

 

 

(1)

――五十年戦争末期 ベオルブ家にて――



 その日のベオルブ邸は、とても静かだった。
 それもそのはずで、いつもであれば使用人が働き騎士達が出入りするのだが、今廊下を歩いているのは天騎士バルバネスの長子であるダイスダーグ一人なのだ。
 ダイスダーグは病床にある父バルバネスに呼び出され、静かすぎる廊下に〝人払いがされている〟ことを察し、眉間に皺を寄せた。


(まさか……勘付いたのか?)


 薬の知識を持つダイスダーグは「父の事は息子である自分が」と、北天騎士団団長という名誉をザルバッグに譲り、ラーグ公の側近兼軍師として後方に徹するだけでなく、自ら薬を調合し、父の様子を毎日みていた。
 その薬には、モスフングスというキノコを粉状にしたものを微量含ませていた。このキノコには毒があり、微量であれば即死することはないが、体調を崩し、徐々に死に迫っていくという。本人はまさか毒を煽っているなど気づかず、風邪が長引いているという自覚症状のもと、死んでいく――その期間は個人差はあるが約一年。ダイスダーグはそんな静かな殺意を、早半年は持ち続けていた。
 この計略を知るのは、自分のほかにはラーグ公しかいなかった。まさかあの男が裏切ったのか、とも思ったが、あの男は頭も悪く武力もない家柄だけの男――意のままにならない天騎士というカリスマは目の上のたんこぶのようなもので、親友であり自分のために策略を巡らせる自分がベオルブ家の家督を継ぐことを望んでいる。あの男が今更天騎士に、自分の狂気を明かす理由などなかった。


 そうこうしているうちに、ダイスダーグはバルバネスの自室へとたどり着いていた。考えを巡らせても答えなどでない――ダイスダーグは自分の動揺を知られまいと一息ついて、扉をあけた。


「……父上、お体の具合はいかがですか?」
「悪くない。多忙なところ、すまないな」
「何をおっしゃいます。父を看るのは、息子の大事な務めでありましょう。ところで、このような人払いをされてまで、何用で」
「ダイスダーグよ……」


 父はそこで言葉を詰まらせ、そして目を伏せた。その様子はどこか悲しそうだとダイスダーグは感じたが、バルバネスはダイスダーグに視線を合わせ、言葉をつづけた。


「私ももう引退時かと思ってな……家督をお前に譲ろうと思うのだ」
「……この時期に、ですか?」
「この時期だからこそだ。私が病床にあることを鴎国に気付かれないよう、お前が良く立ち回っていることは知っている。そのおかげでこの戦争もようやく終わることも」
「……」
「戦争が終われば、時代は新しい波に乗って作っていかねばならぬ。そしてそれを作るのは、私のように生涯を戦争に捧げた老人ではなく、お前達のような若者だと思っている」


 バルバネスの突然の言葉に、ダイスダーグはどう言葉を返せばいいのか迷っていた。
 その様子にバルバネスは「そう疑わずとも良い」と静かに笑った。


「未来について考えたのだ。お前がベオルブ家を引き、それをザルバッグやラムザが支える。アルマもいずれは嫁へ行き、我が子達が幸せに生きる……そんな未来を」
「平和な未来ですな……事実上敗戦することになる畏国で、そのような平和な未来を築き、その中でベオルブ家は繁栄できるものでしょうか」
「私は生涯、王家に仕え忠義を尽くしてきた。しかし、真に仕えるべきは王家ではない。民なのだ。お前の頭脳と、ザルバッグやラムザの人柄であれば、きっとベオルブ家は誰よりも平和を愛し、さらに繁栄することができるだろう。それがきっと民のためになる。そんな未来を考えると……私はこのまま死を受け入れるだけが美徳なのかと疑問に感じたのだ」


 バルバネスのこの言葉に、ダイスダーグは眉間に皺を寄せた。
 まるで自分が死ぬように誰かが仕組んでいる、と言わんばかりの言い方だった。


「父上、まさか……」
「それ以上言うなダイスダーグ……人払いはしているが、決して言ってはならぬ」
「……父上」
「私はお前達が自らの正義と幸福に向かって進むのであれば、その未来に口出しするつもりはない。だが、私もその未来をこの目で見たいのだ……見苦しい命乞いをしても」
「ふっ……ふふふ……」


 バルバネスは自分の殺意も計略も全て気付いている――そうダイスダーグは確信した。
 きっとこれ以上はモスフングスの毒を盛り続けることは不可能だろう。そして、今この行為をやめれば、バルバネスの体調はきっと元に戻ることも確かだった。


「私の負け、ですな。父上……いかように罰していただいて構いませぬ」
「何の事だ?」


 ダイスダーグの言葉に、バルバネスは穏やかに笑ってそう言った。自分が殺されかけたというのに非難の言葉ひとつもかけない父に、ダイスダーグは自分の殺意と野望が静かに消えていくのを感じた。


「いいでしょう、仰せのままに。必ずや畏国に平和を与え、ベオルブ家を繁栄させましょう」




 そして数か月後、五十年も続いた長い戦争は終わりを告げた。

 


(2)

――魔法都市ガリランド 近辺の森にて――


 五十年戦争の敗北は、貴族平民問わず、多くの者の職と目標をなくす結果となり、今まで他国に向いていた怒りは、畏国内部へと向けられるようになった。王家への忠誠も失われ、治安は悪くなり、野盗なども後を絶たない。
 しかし、それでも多くの人々が希望を捨てないのは、ある権力ある貴族の発言だった。
 その貴族は言った――こんな時だからこそ全ての国民にしかるべき報酬を。
 当然自分の富を失うことを恐れ知らないふりをする貴族も多くいたが、中にはその言葉に共感し、今後の身の振る舞いを考える貴族もいた。
 その中の一人――エルムドア侯爵は、ガリオンヌ領主ラーグ公とその片腕ダイスダーグ卿との会談のため、目立たない程度の護衛と共に、ガリランドの近くまで来ていた。


「……やはりここも荒んでいるな」


 もうすぐガリランドに着くというところで一行は野盗に襲撃されたが、こちらは自分自身も含めて手練れの者が多く、対して野盗側は飢えに苦しむ数人のみ。手こずることもなく、野盗を鎮圧したエルムドアは、刀を鞘に戻しながらそうつぶやいた。


「貴様らが……貴様らのような貴族ばかり裕福な目にあいやがって! 俺達だって人間だ! 何故、オレ達だけが」
「何言ってやがるッ!」


 鎮圧された野盗と自分の配下の争う声が聞こえたのでそちらの方を向くと、少しでも経験になればと連れて来た配下の者でも特に若い新兵が、拘束された野盗の身体を蹴りながら荒い言葉を吐いていた。


「お前達平民は所詮家畜! 貴族に従っていればいいんだ!」
「なんだとこのガキ……」


 エルムドアはその様子に息を吐き、そして周りの近衛兵に視線を移すと、彼らは特にそれを止めるでもなく、本人たちに聞こえないように何かを話しているようだった。そしてその新兵の出自を思い出し、きっと彼らはこの新兵にとって悪い話をしているのだろうと感じた。


「よさないか。私はそのような振る舞いをさせるために君の同行を許したのではない」


 エルムドアは小競り合いを続ける新兵と野盗に近づき、野盗に殴りかかろうとする新兵の腕をつかみ、ひと睨みした。


「こ、侯爵様……」
「相手はもう戦う術をなくし拘束されている。これ以上の行為は控えなさい」
「しかし……!」
「配下の者が失礼をした。私はランベリー領主、エルムドア。これ以上の危害を君達に加える意思はない……君達に戦意がないと分かれば拘束もやめよう」


 エルムドアは新兵に自分の刀を渡し、その場で膝をつき、拘束されている野盗に視線を合わせてそう言った。その際に特徴的な黒いマントが泥に汚れたが、気にする素ぶりはなかった。
 その様子に、新兵はもちろんのこと、野盗も、新兵の悪口を囁いていた近衛兵達も動揺を隠せなかった。


「侯爵様! こんな野盗や新兵などのために……おやめください!」
「お前達もお前達だ。誇りある貴族を自称するのなら、血気にはやる若者を止めるくらいのことをしてくれねば」
「……」
「オレ達は誇りなど持てる余裕なんてない……日々の暮らしにも困る有様なんだ。子供だって養えない」
「子供がいるなら、君も人としての誇りを忘れてはならない。自ら家畜に身を落としてはいけない」
「じゃあどうすれば……」
「少し待っていてはくれないか。君に金品を渡せば君は救われるかもしれない。だが、それでは全ての者を救うことは出来ない。君の子供たちが将来暮らしやすい国になるよう、我々も努力すると約束しよう」
「そんなの口約束に過ぎない」
「……この者達の拘束を解いてやれ」


 まだ野盗達は納得している様子ではなかったが、エルムドアは立ち上がり、近衛兵達に命じた。
 野盗らは解放されたが、戦う意思は感じられなかった。


「……先を急ごう。我々は、彼らのような人間を救わなければならない」


 立ち尽くしている新兵から刀を取り、そのまま近くに待機させているチョコボ車に向かって歩き出した。
 追随する近衛兵達だったが、一人だけその場から動くのに時間を要した者がいた。野盗に絡んでいた若い新兵である。


(……オレはなんてことをしたんだ)


 それは野盗に暴行したことではない。ランベリーの領主である侯爵に膝までつかせ、自分の行いの尻拭いをさせたことに対して、である。
 新兵――アルガスは、騎士見習いでありながら、今回の訪問に是が非でもと志願し、特別に同行を許されていた。
 侯爵は自分の行いを「血気にはやる若者のしたこと」と言っていたが、近衛兵達の冷たい視線を思い出し、自分の行いを後悔した。


(いや、侯爵様だってきっと、オレのことを内心で"卑怯者の血が流れる男"だと思ったに違いない……)


 とは言え、まさか侯爵が野盗ごときに対等に接するなど、思わなかった。
 だが同時に、納得こそしなかったが戦意を失い今も侯爵の一行をただ見つめている野盗の様子に、場を納め先を急ぐために、自分よりも侯爵のほうが正しかったのだと感じた。


(またあの近衛兵らに嫌な顔されるかもしれないけど……次の休憩地で侯爵様に謝らないとな)


 アルガスは一行の最後尾で、一人うつむきながらそう決意した。


(3)

 ――魔法都市ガリランド 王立士官アカデミーにて――


「骸騎士団のウィーグラフの話を知っているか?」
「ああ。王宮から直に呼び出され、正式に名誉ある騎士の称号を得たとか」
「なんでも神殿騎士団の幹部として声がかかっているらしいわね」


 将来それぞれの騎士団を支えようと考える若者達。


「今の話、どう思う? ディリータ」


 廊下でそんな噂話をしているのを聞き、ベオルブ家末弟――ラムザは横を歩く親友ディリータに尋ねた。


「平民出身であるウィーグラフが正当に評価されたことは民衆にとっても喜ばしいことなのかもしれないが……そうすることで、民衆一人一人に報酬を与えられないことを誤魔化しているようにも思えるな」
「やっぱりそうだよね……でも、これでみんなの心がおさまるなら」
「どうだろうな」


 ディリータは、顎に手を当てて「それは一時的なものに過ぎない」と続けた。


「大丈夫さ。戦争は終わったんだ。みんながそれぞれ真面目に働けば、きっといい世の中になる」
「畏国の全員がお前みたいなヤツだったらそうだろうが……今後の不景気を予測して富を抱える貴族、戦争の需要が減って職をなくした兵士や鍛冶屋、戦争という大義名分をなくしたまま搾取される平民……問題は山積みさ」
「……」


 ディリータの言葉に、ラムザは自分の発言が浅はかなものだったと痛感した。


「まあそう気を落とすなって。一週間後エルムドア侯爵がイグーロス城を訪問される。ガリオンヌ領主ラーグ公と、お前の兄貴ダイスダーグ卿との会談らしい。こうした大きな問題は、トップが解決すべきことだろう……だからオレ達にはオレ達のできることをしないとな」
「僕達にできることってなんなんだろう」
「今は与えられた目の前の任務と、アカデミーの授業をこなしていくこと……っていうのが優等生なんだろうけど」
「?」
「俺達もイグーロス城に戻ってみないかって言ってるんだ。会談を直に聞くことはできないだろうが、近くにいれば何か見つかるかもしれないぞ」


 ディリータの言葉にラムザは一瞬迷ったが、少しして「行こう」と目を輝かせながらうなずいた。


「ザルバッグ兄さんに頼めば、侯爵やラーグ公とも話ができるかもしれない……行ってみよう」
「そうこなくっちゃな」


 じゃあ早速申請書を出しに行くぞ、とディリータはラムザの手を引いた。








「兄さーん!」


 ベオルブ邸に帰るなり、明るい声がラムザを呼んだ。遠くを見ると、妹のアルマが元気よく手を振っている。


「アルマ! 元気にしていたか?」
「うん。ラムザ兄さん達こそ、突然帰ってくるって言うからなにかあったんじゃないかってティータが心配してたのよ」
「ティータ!」
「ディリータ兄さん。お久しぶりです」


 アルマの横で、ティータがドレスの裾を両手で持ってお辞儀をした。


「おっと……しばらく見ないうちに随分とレディになったものだな。貴族学校は楽しくやってるか?」
「え、ええもちろん……」


 みなさんとても良くして下さいますので、と微笑むティータの横で、アルマは少し悲しげに目を伏せた。


「アルマ?」
「ラムザ。学校を休んでの帰省とは、感心しないぞ」


 唯一ラムザはアルマの様子に気付いたが、アルマやティータと共にラムザ達を迎えに来たベオルブ家次男――ザルバッグの声に、ラムザはびくりと肩を震わせた。


「ざ、ザルバッグ兄さん……そのごめんなさい……」
「ディリータも」
「申し訳ございません。自分がラムザを誘いました」
「違いますザルバッグ兄さん! これは僕の意思で……」
「分かっている。お前達も兄上達の会談が気になるのだろう?」


 父上も笑って許していたぞ、とザルバッグは笑ってラムザ達に告げた。
 しかし会談が終わるまでは城内は立入禁止であるらしく、ザルバッグは「とりあえず中へ入って父上にも挨拶しておけ」とラムザ達に言った。





「侯爵はもうこちらに来ているのですか?」
「ああ。ほら、そこの通りに兵隊達がいるだろう? あれはランベリーの近衛兵だ」


 ザルバッグの言葉にベオルブ邸の応接室から外を見ると、北天騎士団のものではない制服の兵隊が、外で待機しながら談笑していた。


「城内にももちろん数名侯爵側の兵も入れているが、末端の兵まで入れるわけにはいかないからな」
「……あ」


 ラムザはふと、その中にいる自分と年の近そうな金髪の少年が目に留まった。


「どうしたラムザ」
「いえ……僕と同じくらいの騎士もいるんだなと」


 ラムザがそう言って、ディリータは同じように窓の外を覗き込んだ。


「あの金髪の?」
「うん」
「……新兵って感じだな。他の兵と話している様子もないし。気になるのか?」
「いや、特に何がってわけじゃないけど」
「おお、ラムザよ。久しいな」
「父上!」


 ラムザ達が待機している応接室に、父バルバネスが入って来た。


「少し見ないうちに、良い面構えとなった。ディリータも、学業優秀であると学園長が目を丸くしていたぞ」
「ありがとうございます。全て親父さ……バルバネス様のご尽力のおかげです」
「ははは。私はもう隠居し何の身分も持たぬ身。今まで通り接してくれ」
「父上も、すっかりお体の具合が良くなったようで……」
「当然だとも。自慢の息子たちが畏国のため日々戦っているのだ。病床に臥せっている場合ではなかろう」
「戦う? 治安を乱す野盗とか……ですか?」
「それも間違いではない。だが、今行われているのは平和を築くための戦い……剣をとるのではなく、言葉と心で今、ダイスダーグは戦っておる」
「言葉と心……?」
「ラムザ、お前は自分に何ができるのか、悩んだことがあるのではないか?」


 バルバネスの言葉に、ラムザは目を見開いた。


「図星という感じだな……だがそれでいい」
「父上、僕達は……」
「大いに悩みなさい。そして自らの正義に従って生きるのだ……それがベオルブ家の家訓だ」
「はい、父上」
「ラムザを頼むぞディリータ」
「もちろんです、親父さん」
「そろそろ会談が終わる時間だ」


 ずっと部屋の隅で待機していたザルバッグが、ラムザ達にそう告げた。


「行きたいんだろう? 俺と一緒ならスムーズに入れるぞ」
「ザルバッグ兄さん……ありがとうございます」
「自分も同行したいのですが」


 ディリータの言葉に、ザルバッグは一瞬父バルバネスの方を見たが、バルバネスはただにこやかにその様子を見ていた。
 きっと「自分で決めろ」と言っているのだろう。そう感じ取ったザルバッグは、少しだけ考え「分かった」とディリータに告げた。
 
「ありがとうございます!」
「兄上に怒られたら責任は取ってもらうぞ」


 そのままザルバッグに促され、ディリータとラムザは応接室を出ようとしたが、ラムザは扉の近くで自分の袖が誰かに引かれたことに気付いた。
 振り向くと、そこにはアルマがいた。


「どうしたんだアルマ?」
「ティータのことなんだけど……実はね、学校でいじめられているの。身分が違うって……でもディリータには話さないでって……」
「そう、なんだ」
「ティータは友達よ。それに誰よりも熱心に練習していて、家でも最近はザルバッグ兄さんから難しい本も借りているくらい頭がいいの。なのにあんな……身分なんて関係ないのに」
「アルマ。ティータを守ってあげてくれ」
「うん。ラムザ兄さんも、ディリータと仲良くしてね」
「もちろんだよアルマ。じゃあ、行ってくる」


 そのままアルマに見送られて、ラムザもザルバッグの後についてイグーロス城へと向かった。




「アカデミーからは成績良好、品行方正とのお墨付きを得ている。兄として嬉しく思うぞ」


 イグーロス城にザルバッグと共に入城したラムザ達だったが、ちょうど会談も終わったようで、入口付近には先程見かけたランベリーの近衛兵の姿もあった。日も落ち始めているので、恐らく今晩宿泊してから帰るのだろう。ラムザは先ほど見かけた金髪の少年を探してみたが、歩きながら見た限りでは見つけることが出来なかった。


 そして案内されるまま、ダイスダーグ卿の執務室に足を運ぶ。
 ダイスダーグは兄である以上に、今はベオルブ家の当主であり、ガリオンヌの重鎮であるため、ラムザとディリータはダイスダーグ卿の前で膝をつき、騎士としての敬意を示した。


「突然の訪問、大変申し訳ございません……」
「いや、実に良いタイミングで戻ってきてくれた」
 
 ダイスダーグ卿の言葉に、ラムザは顔をあげた。


「どういうことでしょうか?」
「実はお前にベオルブ家の者として、重要な任務に就いてもらいたいと思っているのだ」
「重要な任務?」
「うむ。ガリオンヌの代表として、オーボンヌ修道院にいらっしゃるオヴェリア王女をルザリアまで警護してもらいたい」
「お、オヴェリア王女!? 何故そのような大役を?」


 ダイスダーグの言葉に驚きの言葉を発したのは、ディリータだった。


「オヴェリア王女と言えば、オリナス王子と共にオムドリア王の後継者として列する畏国のプリンセス……正規兵ではなく我々を抜擢するのは」
「さすがアカデミーいちの秀才ぶりだな、ディリータよ」
「……す、過ぎたことを。申し訳ございません」
「褒めているのだ。ディリータよ、お前も知っているように、オムドリア王は病床の身。その後継者はラーグ公の妹君でもあるルーヴェリア王妃の息子オリナス王子と、今は亡き妾の子と噂されるオヴェリア王女――いずれも後見人が必要な状態だ。その後見人の候補として、ラーグ公とゼルテニアのゴルターナ公が互いににらみ合っている。ラムザもそれは分かるな?」
「も、もちろんです……しかしそれと今の任務にはどんな関係が?」
「後継者争いを避けるため、オヴェリア姫王女は長く修道院にいた。だが、そのままではゴルターナ公はいずれ彼女に目を付け接触し、彼女を後継者と主張し、その後見人の座を狙おうとするだろう」


 確かにオリナス王子はラーグ公にとっても親族にあたるため、彼が王となれば当然後見人はラーグ公となるだろう。
 そしてラーグ家とゴルターナ家は、"両獅子"と呼ばれるように、畏国の二強として、戦中から互いに一番の座を争っている。


「私はラーグ公の親友であり側近ではあるが、この両獅子を争わせてはならぬと考えている。彼らが争えば、また畏国は血で血を洗う戦争となるだろう。それを防ぐためには、彼女は修道院ではなく、オムドリア王がご生存のうちにルザリアへ戻り、オリナス王子とも顔を合わせてもらいたいのだ」
「つまり今のうちにオヴェリア王女の存在を世間に知らせ、ラーグ公とゴルターナ公が対立しにくいようにすると?」
「うむ」
「……侯爵との会談もそのために?」
「それは別件だが……いや、侯爵から提案はあった。我々の要求を呑む代償として、オヴェリア王女の警護に自分の配下の者を一人お前の下につけたいと言ってきた。明朝、侯爵が自らお前達に依頼されるそうだ」
「しかし、そのような大役を本当に我々が受けてよろしいのですか?」
「何、警護自体は専属の近衛騎士団がいる。お前達は北天騎士団がオヴェリア王女に危害を加えないことを彼女らに意思表示するために同行してもらいたいのだ。とは言え、正規兵では南天騎士団を刺激する可能性もある……それに王女にとっても、年の近いお前達の方が熟練した騎士よりも良い話し相手となるだろう」
「そしてゴルターナ陣営に近い侯爵側の人間が一人そこに就くことで、南天騎士団への礼節にもなる……」
「なるほど……」
「そういうことだ……受けてくれるな、ラムザ?」
「はい。喜んで、その任に就かせていただきます」
「……ラムザよ、私はお前に期待しているのだ。私は畏国を平和なものとするために、この人生を捧げると誓った。それには戦場を知らぬ、お前の力が必要なのだ」
「ダイスダーグ兄さん……」
「先程も言ったように、警護自体は熟練した騎士が王女についている。彼女達から学ぶことも多いだろうが、決して無理はするな」
「はい」
「ディリータもラムザの補佐としての同行してくれ。兄馬鹿と言われるかもしれないが、お前の知っての通りラムザは世間知らずで兄として心配なのだ」
「貴重な任務、謹んでお請けいたします」



 ダイスダーグ卿との謁見も終わり、「執務があるから先に戻ってくれ」とザルバッグとも別れたラムザ達は、ベオルブ邸への帰路についていた。


「それにしても驚いたな、ラムザ」
「ああ。まさかこんな大役が初任務になるなんて……」
「しかしこれはチャンスかもしれないぞ」
「チャンス?」
「ああ。この任務を上手くこなせば、きっとオレ達のやりたいこと、やるべきことも見えてくる……そんな気がするんだ」


 そう言っているディリータの目は輝いていた。ディリータは平民出身ではあるが、決して卑屈にはならず、自分の傍で多くを学び常に前を向いている。ラムザはそんなディリータを親友として信頼を寄せる一方で、少し羨ましくも感じていた。


(僕もディリータに負けないように頑張らないと……)


 ディリータを見ていると、自分も頑張れるような気がした。自分も人をこうして導き惹きつけることのできる人間になりたい――そう思うラムザだった。





 そして翌朝――


「君がベオルブ家の三男、ラムザ・ベオルブかね?」
「はい。お初にお目にかかります。ラムザと申します……エルムドア侯爵」


 イグーロス城ではなくベオルブ邸の応接室にて、訪れたエルムドア侯爵にラムザは一礼した。


「わざわざこちらまで御足労いただき、恐れ入ります」
「そう固くならなくても良い。戦中はベオルブ家のおかげで、我がランベリーは鴎国から奪還することができた。私もこの場所に訪問できて光栄に思うよ……まあそれは良いとして、本題に入ろうか」
「兄からおおよそのことは伺っております」
「そうか。私の配下の者を君に貸したいと思っている。実力はあるのだが、なにぶん若気が盛んでね……年の離れた騎士団にいるよりも、年の近い君達といたほうが彼にとっても良いと感じたのだ。……入りたまえ」


 エルムドア侯爵が扉の外に向かって声をかけると、少しして一人の少年が入ってきた。金髪の少年――ラムザはその姿に見覚えがあった。


「あ、君はあの時の……」
「知り合いか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「アルガス・サダルファスと申します。ラムザ殿」
「アルガス……ええと、ラムザです。よろしく」


 アルガスと呼ばれた少年にラムザは手を差し出し、握手をした。


「アルガス。昨日話した通りだ。この名誉ある任務を彼と共にこなし、騎士として恥ずかしくない人間に成長することを願っている」
「……かしこまりました、侯爵様」


 アルガスは侯爵の前に跪き、「必ずやご期待にこたえます」と続けた。


「そういう事だラムザ殿。アルガスを宜しく頼むよ」
「はい」
「なるほどいい目をしている。確かに君ならばダイスダーグ殿の言うように新しい未来を創れるかもしれないな」
「え?」
「こちらの話だ。しかし君とはいずれゆっくりと話をしてみたいものだ……何かの用事で近くに来ることがあれば、ランベリー城も気軽に訪問してくれ」
「ありがとうございます。その際はぜひ、お世話になります」


 そう言って、ラムザはアルガスと共に、応接室を後にした。




「改めて、僕はラムザ。よろしく……で、こっちはディリータ。僕達と一緒にオーボンヌへ行く」
「よろしく」
「はい、よろしくお願いしますラムザ殿にディリータ殿」
「呼び捨てでいいよ。僕はまだ君とは違って騎士団の人間ですらないんだ」
「じゃ、じゃあ……ラムザ。応接室にいた時から気になってたんだが、オレとは初対面、だよな?」


 アルガスはおそらく、自分を知っているような素ぶりを見せたことについて疑問を持っているのだろう。ラムザはそう思い、答えた。


「ごめん。実は昨日、ベオルブ邸から君の姿を見ていたんだ。年も近いのに騎士団にいるんだなぁって」
「そういう事か。いや、オレも騎士じゃない。見習いだよ」
「見たところ侯爵はあえて少数の近衛兵のみで来たように感じたが?」
「志願したんだ……雑用でもなんでもするってさ。そうでもないと、オレなんかじゃ侯爵の近くに行けるチャンスすらないからな」


 アルガスは簡単に自分の出自の話をした。元々はベオルブ家のように有名な騎士の家系であったこと。しかし五十年戦争中、自分の祖父にあたる人物が戦場で一人逃亡したと噂されたことで、騎士としての名が落ち、そのまま家ごと没落してしまったこと。だからなんとかして名を挙げて家を再興させたいということ。


「実際ラッキーだよ。侯爵様から直々に任務をもらって、しかもベオルブ家の人間とも関わることができたんだからな……いや、最初言われた時は島流しにでもあったのかと思ったけど」
「オーバーな言い方だな。出向なんて騎士団内でもよくある話だろう」


 ディリータの言葉に、アルガスは「実はここに来る前にちょっとあったんだ」と話した。


「侯爵様もきっとオレの振る舞いに、やはり卑怯者の家系だと軽蔑されたのかと……いや、内心ではそう思っているのかもしれない。だが、オレの家系を知るランベリーの近衛兵達に囲まれているよりも、オレのことを知らないここにいたほうが功を立てるチャンスなのは間違いない」


 しかも話によれば畏国の王女の護衛なんて大役じゃないか、とアルガスは息を吐いた。


「護衛っていっても、僕達はほとんど同行するだけだけどね……」
「まあチャンスなのは確かだろう。ところでラムザ、エルムドア侯爵に会ったんだろう? どんな方だったんだ?」


 表向きはラムザの従者に過ぎないディリータは応接室に呼ばれるわけにもいかず、ラムザ達が来るまでずっとベオルブ邸の庭で待っていたが、やはり気になるのだろう。


「侯爵様は人格者だよ。オレはそれをこの短い間でも痛感させ続けられた」


 ラムザではなく、アルガスがディリータの問いに答えた。「何かあったのかい?」とラムザはアルガスに尋ねた。
 アルガスは、ガリオンヌに着く前に起きた野盗とのいざこざを話した。


「どんなに家が没落しても、貴族である限り平民よりはずっと身分がある。平民は自分たちの家畜のようなものだ。オレはそう母親から叩きこまれてきた……でも、侯爵様は平民どころか野盗に対して"人間"として対等に接し、最後は武力ではなく、言葉で野盗を鎮圧した」


 オレは間違ってるのか? とアルガスは拳を握った。


「だから侯爵はあんなことを……」
「だったらアルガスもオレ達と一緒だな。オレ達も自分にできることは何なのか、行くべき道はどこなのか、そう悩んでいた矢先に任務を与えられたんだ」
「そうなのか?」
「本当だよ。僕はまだ兄さん達のように何の力もないから君の家を再興させることはできないけど……一緒に歩くことくらいはできる。だからよろしく、アルガス」
「ああ、よろしく」


 アルガスはラムザとディリータと、再度握手を交わした。

 

 

 


(4)

「本当に王女の護衛は正規兵でなくて良かったのか? いや、決して貴公の弟君に期待していないわけではないが」


 一方その頃イグーロス城にて、ダイスダーグはラーグ公と会談をしていた。
 ラーグ公のその反応は至極当たり前のもので、ダイスダーグも当然予見していたことだった。


「心配なさる気持ちも分かります。ですが、この任は正規兵よりも、何も知らぬラムザこそ適任です。侯爵殿からもちょうど良い人材をいただきましたからな」
「その件についてもだ。戦中我々北天騎士団はランベリーの奪還の最前線に立った……にも関わらず、その報酬ではなく、あのような……」
「目先の利益にとらわれてはなりませぬ」


 ラーグ公の言葉を遮るように、ダイスダーグはそう断言した。
 エルムドア侯爵との会談でこちらが要求したのは、交易の確保と保証、そしてそのために"民衆と直接接する"努力を行うことだった。
 侯爵もこちらの要求は意外なものだったようで、「何故そのようなことを?」と率直な疑問を述べていた。


「侯爵殿にも話したように、今必要なのは民衆の心なのです。戦争は多くの命や財産を失う一方で、畏国への愛国心によって民衆の心をまとめていた。その戦争は終わり、王家への不満は民衆だけでなく、貴族にも及んでいる……このままではいずれ民衆は反旗を翻し、そしてそれに乗じて黒獅子ゴルターナ公も王家の後見人の座を狙い、貴方に危害を与えかねませぬ」
「それで我々が勝利し、畏国を支配すればいいのではないのか」
「これ以上国の財産や命を失うことは、畏国の国力に関わることでありましょう。我々がこの時世で最終的に覇権をとるためにまず大事なのは、畏国を豊かにし、民の心を豊かにすることです。そして多くの味方をつけること」
「本当に侯爵は我々の味方となりえるのか?」
「だから予め試させていただいたのです。侯爵殿が、我々の計画に加担しうる人材であるかを」
「……何だと?」
「ガリランドの近辺で、侯爵の一行は野盗の襲撃にあったことはご存じですな?」
「もちろん。ガリオンヌにも治安の悪化の波が及んでいると憂いている」
「ふふ……そんな絶妙のタイミングで簡単に倒せる程度の野盗が、自らの思想を語るとお思いですかな?」
「まさか……」
「全てこちらが仕組んだこと。当然侯爵の一行によって殺害される可能性もあったでしょうが、然るべき報酬を提示し、了承した元骸騎士団の男に、侯爵の一行を襲わせたのです。その様子は全て、別に用意した草によってこちらに」


 ダイスダーグは微笑を浮かべ、「侯爵殿の連れていた新兵の行いは予想外でしたがおかげで予想以上の結果を得られましたよ」と続けた。
 ラーグ公はダイスダーグの言葉に、ただ言葉を失っていた。


「侯爵殿は文武両道に優れ、その容姿からも民衆の人気も高い。そんな男が、自ら農村に赴きねぎらいの言葉をかければ、多少貧しくとも民衆は納得することでしょう。ランベリーは人が動けば豊かな土が農作物を育てる肥沃な地帯。先に交易路を確保しておくことは、我がガリオンヌにも大きなアドバンテージとなる。そして侯爵殿はザルバッグと同じく、良くも悪くも人格者であれと教育された純粋なお人よしだ。現に私に仕組まれた事など考えもせず我々と会談し、後に我々を裏切る心が出来たとしても、すでに確保された交易を捨て民衆を裏切ることなどできない筈」
「……ダイスダーグ。お前という男は」


 静かに、かつ一気にそう述べたダイスダーグに対し、ラーグ公は乾いた笑いを浮かべながらようやくの思いで言った。


「やはり敵に回すと恐ろしい男だ。天騎士を葬ることを中断した時は怖気ついたのかと思ったが」
「その話はもうしないよう、念を押したはずですが」
「……そうだった。すまない我が友よ」
「私は昔からの親友である貴方に不利益を与えるつもりなど一切ありませぬ。ラムザを起用したことに疑問を感じる気持ちは分かりますが、どうかこのダイスダーグを信じていただきたい」
「よかろう。お前に任せる」
「有難き幸せにございます」


 ダイスダーグは一礼し、そして自分の計略の第一段階がようやく形になったことに対し、心の内で笑った。




――全ては予想通り。それどころか運も味方にあるようだ。そう、全てはベオルブ家の繁栄の為に――






~To be next story~

 

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あとがき

FFTを色々考察して、大体ダイスダーグとヴォルマルフが悪いという結論にいたり、「だったらダイスダーグがバルバネスを殺すことができず、ルカヴィが覚醒しなかったら平和なFFTが生まれるんじゃないのか」という妄想に発展してできたもの。ダイスダーグがきれいな長兄だったらバルバネス死んでないし、バルバネス死んでなければオルランドゥ伯ももっと開戦に慎重になり、ラーグ公はダイスダーグの入れ知恵がなければもっと何もできないと思うので、畏国はかなり変わると思う。

あと冒頭であっさり流しているウィーグラフと骸騎士団については、彼らの主張を一部認め、ウィーグラフに名誉を与えたことで骸旅団として蜂起するきっかけを与えることなく、ウィーグラフは教会の幹部として最初から自らの理想を叶える方向に……ということになってます。もちろん後に登場予定。

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