IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~

-第1章 前編-

 

 

(1)

 深い深い洞窟の奥で、男は暗闇の中で何かを見ていた。


 並行世界――同じ時間軸の中で、決して交わることのない、同じようで違うたくさんの世界。
 しかし時代に映る世界は、たった一つだ。ひとりひとりの小さな選択が、世界を少しずつ変えていく。
 現に今も、死ぬはずだったあの男が"自分の死を受け入れなかった"ことで、国一つが大きく変わろうとしている。


 だが……


――世界がいかに変わろうと、いかなる並行世界の中にいようと、そこにある因果律は変わらない……避けられぬ運命は存在する。


 時代の中で運命的に巡り合う出会い。
 それはどんな並行世界にあっても、その出会いが起こす未来の変化こそあれ、出会いそのものは変わらないのだ。

 

 たとえそれが、別の形であったとしても。

 


 

(2)

――オーボンヌ修道院――



「アグリアス」
「……こちらに。どうなさいましたか、オヴェリア様」


 礼拝堂で静かに祈りを捧げていたオヴェリアは、背後に控えていたアグリアスの方にゆっくり振り向いた。
 オヴェリアはアグリアスの質問に答えず黙っていたが、その瞳が不安に揺れているのを、ずっと付き添ってきたアグリアスはすぐに気づいた。


「大丈夫です。我々が命に代えても、道中お守りいたします」
「違うの……そうじゃないわ」
「?」
「不安なのは、そのあと。私は王都へ行って本当に大丈夫なのかしら」
「それは……」


 オヴェリアの本当の不安も仕方のないことだった。
 彼女は生まれてすぐに修道院に入り、ずっとここで生活してきたのだ。行ったこともないルザリアの城、会ったこともない家族――本当に迎えてくれるのは彼女にとって愛すべき家族なのか、そこに味方はいるのか、不安は山のようにあるだろう。


「長い戦争が終わって、畏国は平和の道へ向かおうとしていると言うのは聞いているわ。でも、私がルザリアへ行くことで、その平和が崩れたりはしないかしら……」
「オヴェリア様は本来いるべき場所へ戻るだけのことです」
「そうかもしれない。でも不安なの。私、私がずっとここにいることで畏国が平和なままでいられるなら、ひっそりここにいてもいいの。私が王女として帰ることで、今ルザリアにいる王子やそのお母様が不幸になったりしないかしら」
「その点は大丈夫かと。オヴェリア様をルザリアへお招きしたのは、ルーヴェリア王妃の兄君でいらっしゃるラーグ公。オヴェリア様のことを疎ましく思うのであれば、そもそもこのような話にはならないはずです」
「……そうね」
「それに、私達がついております。ルザリアへ行かれた後も、我々近衛騎士団が……いえ、私アグリアス・オークスが、貴女をお守りします。道中も北天騎士団の勝手になどさせません」
「オヴェリア様、間もなく護衛の方が到着されるお時間です……そろそろご準備を」


 礼拝堂の扉をあけたのは、ここの院長であるシモンだった。


「ええ、分かったわ。シモン先生……長らくお世話になりました」
「勿体ないお言葉です。貴女の未来に、幸福あらんことを」





「……緊張するね、ディリータ」
「それは当然のことだ。なんたって畏国のプリンセスだからな……とは言えラムザ、表向きだけでも堂々としておけ。隊長はお前なんだからな」
「頼むぜ、ラムザ隊長」
「アルガスまで……分かってるよ」


 そう言ってラムザは大きく深呼吸した。しかしいくら落ち着かせようとしても、心臓の音が身体に響くようだった。
 兄であり北天騎士団の軍師でもあるダイスダーグから事情は聞いたし理解もできたが、初任務にしては責務があまりにも重大だ。


「お待たせ申しました。私はシモン。ここの院長でございます」
「……は、はじめまして、ラムザ・ベオルブです。ええと……」
「おいラムザ……」
「だって……」
「貴方がベオルブ家のラムザ殿でいらっしゃいますか。アルマ様からよくお話をおうかがいしていましたよ」
「アルマが?」
「ええ。年の近い兄君であるあなたに早く会いたいと……安心しました。アルマ様が思い描いたように、優しい目をしておられる。オヴェリア様も貴方になら心を開いてくださるかもしれない」
「あの、シモン殿。その王女様はどちらに? あ、私はラムザの従者でディリータと申します」
「ディリータ。従者なんて僕は……違うんですシモン先生。ディリータは僕とは親友で……」
「おいラムザ。そんな事言ってる状況じゃないだろ」
「アルガスも仮にも隊長にそんな口の利き方をしたら駄目だって」
「か、仮って……いやそんなことより、二人ともシモン先生の前だぞ」
「王女は奥の部屋で控えている。こんな子供達を寄こすとは、我々も随分と舐められたものだな」


 ラムザ達がああだこうだと言いあっていると、階段の奥からよく通る女性の声がした。
 ラムザがその声の方を向くと、年上だがまだ若い女騎士が腕を組んでこちらを見ていた。


「貴女は……?」
「あちらはアグリアス様。近衛騎士団、王女護衛の隊長殿でございます」


 シモンがラムザに紹介している間に、アグリアスは階段をおり、ラムザに近づいた。


「貴公がベオルブ家の三男、ラムザ殿か」
「は、はい」
「私はアグリアス。ルザリアまでの短い間ではあるが、世話になる」


 そう言って、アグリアスはラムザの前に右手を差し出した。ラムザもゆっくりとアグリアスの手を取った。


「よろしくお願いします」
「……何の警戒心もなく私の手を取るとはな」
「えっ……」
「まあいい。確かにシモン殿の言うように、少なくとも悪い人間ではなさそうだ。安心しろ、道中のモンスター程度であれば問題ない。お前達は王女に同行したという実績だけを持ちかえれば良いのだから」


 ラムザと握手を交わしたまま、アグリアスははっきりとそう告げた。





「なんなんだよ、あのアグリアスって女騎士」


 その後「オヴェリア様の準備が整い次第出発する。それまでお前達はそこで待機していてくれ」とアグリアスに告げられ、修道院の入口付近で待つことになったのだが、アルガスが心底面白くなさそうな表情で吐き捨てた。


「完全にオレ達のこと、子供扱いしてやがる」
「それは仕方ないさ。僕達があの人にも見られていることにも気づかず、言い合いをしてしまったんだから」
「いかにも騎士って感じの人だったからな。王女護衛ということもあって、オレ達のことを警戒してのことだろう」
「ラムザもよく、あんな失礼な事を言った上に警戒心むき出しな態度の女と握手できたもんだな」
「そんな言い方良くないよ。僕達の方が誠意を見せないと」
「さすが名家のご子息。心が広いねえ……」
「それがラムザのいいところさ。なあ、ラムザ」
「……来たようだ」


 ラムザの言葉に、ディリータとアルガスも背筋を正した。
 アグリアスにエスコートされて出て来た少女と言える女性は、ゆっくりとドレスの両端を掴み、優雅にお辞儀をした。


「オヴェリア・アトカーシャと申します。どうぞよしなに」
「ラムザ・ベオルブです」
「……」
「どうしたディリータ」


 まるで狐につままれたような表情でオヴェリアを見つめるディリータに、アルガスが小声で尋ねた。


「……え? ああ、いやなんでも……」
「?」


 ここに来る道中でアルガスも、ディリータは平民出身でありながら天騎士バルバネスに拾われ、ラムザと同じような教育を受けたということを聞いていた。
 平民であるにもかかわらず冷静で頭の回転が良く、ラムザとは対等――いや、それどことかこの二人の舵取り役はディリータの方にあるようだ。アルガスはそう感じていた。
 そんなディリータが、ラムザではなく、オヴェリアだけを見つめているのは少し意外だと思った。
 いかにも「一目ぼれしました」という顔をしている。


(身分をわきまえろよ。お前みたいな平民が、王女に惚れるなんてあり得ない話だぜ)


 そう思い、アルガスは無言でディリータの脇腹を肘で弱めにつついた。ディリータはそれで我に返ったようにアルガスを見て、そして口を開いた。


「我々はラムザの従者でございます。道中ご不便がありましたら、なんなりと」


 いつも通りの優等生発言と共に膝をつくディリータに、アルガスは内心あきれつつも合わせて膝をついた。

 


 

(3)

 「今日はここで宿をとる」


 王都に近い町まで何事もなくたどり着いた一行は、ここで最後の宿をとることになった。
 
「今日はどちらに?」
「この町の有力な貴族が部屋を提供すると約束がある。道中のように普通の宿ではないから、君達も今日は安心して寝られるだろう。ラムザは私と一緒に来てくれ」


 まずアグリアスとラムザがオヴェリアを連れて、大きな屋敷の門をくぐった。
 そして少ししてラムザが戻り、外で待機していたディリータ達を招き入れる。
 一行は応接室に通された。部屋を入った正面に大きな肖像画が飾り付けてあった。


「この人は確か……」
「フォボハム領主であり、王家の親族であられる、ゲルカラニス・バリンテン大公だ。ここの家主は幾代も大公の一族に仕えている……王家にとっても信頼できる家来の一人ということだ」
「……そう、ですか」
「武器王という異名のとおり、五十年戦争でも大公殿の軍事力は欠かせないものだったらしいぜ。ケチでもつけようもんなら、お前程度の首なんて一瞬で飛ぶだろうな」
「そんなつもりはないさ」


 そう言いつつも肖像画を見つめ少し眉間に皺を寄せるディリータにアルガスは少しの苛立ちを感じたが、言葉をつづける前に家主を名乗る男が応接室へやって来たので言葉を飲み込んだ。


「オヴェリア王女様、ご機嫌麗しゅう。狭い場所ではございますが、今晩はどうぞ旅のお疲れをお取りください」
「ええ、お言葉に甘えさせていただきますわ」
「お連れの方々も部屋を用意させていただいております故、どうぞごゆっくりと」


 



 その晩、オヴェリアには個室が与えられ、他にアグリアス達近衛騎士団の部屋、ラムザ達の部屋が用意された。





 食後、それぞれが用意された部屋へ向かおうとしたところ、ラムザはディリータに呼び止められた。


「どうしたんだい?」
「なあラムザ……気のせいならいいんだが、すごく嫌な予感がするんだ」
「嫌な予感? そういえば君はここに来てからずっと、落ち着かない様子だな」
「何て言うか……警備兵達も妙にオレ達のことを意識している」
「王女を泊めるんだ。落ち着かないのも当然じゃ」
「うーんそうじゃなくて……」


 廊下を歩きながらそんな会話をしていると、ふと応接室の前で部屋の中から声がしたことに気付いた。
 ディリータがまず扉に近づき聞き耳を立てようとし、ラムザは当然それを止めようとしたが、逆にそれをディリータに制止された上で近づくよう促され、ラムザは諦めたように息をついて扉に近づいた。


 耳を澄ませてみると、家主の男の他、数人の男達の声が聞こえた。


――王女のベッドには予めスリプル草の粉を撒いている。あとは手はず通りに……いいな?
――大丈夫ですか? 護衛についているのは近衛騎士団。特にあのアグリアスという女は手練れであると伺っておりますが。
――安心しろ。全員のベッドも同じように仕込んだのだ。深夜全員が寝静まったら王女だけを連れ去り、館に火を……



「……聞いたか。ラムザ」
「うん……どうやら本気のようだ。なんてことを」


 聞き耳を立てていたラムザ達は、扉から少し離れた場所に移動し、周囲を警戒しながら顔を近づけて話した。


「どうする?」
「アルガスやアグリアスさん達に伝えないと……オヴェリア様にも」
「分かった。じゃあオレはアルガスに伝えてくる。ラムザはアグリアス殿のところに」
「僕達が計画を知ったことに気付かれたら何をするか分からない。オヴェリア様の安全を確保するまでは慎重にいこう」
「もちろんだ」


 互いに顔を見合わせ頷き、それぞれ別方向に立ち去った。




 ラムザは静かにアグリアス達のいる扉を叩き、少ししてアグリアスが扉を開け、ひとまず安堵の息をついた。


「良かった……まだ起きてて」
「アリシアとラヴィアンは先に床についたが、何か用か?」


 夜に女の部屋に立ち入るとは感心しないな、と言ったアグリアスに、ラムザは慌てて部屋の中に入り、扉を閉め、ベッドの方へ向かった。


「お、おい貴様……」
「そうじゃないアグリアスさん……! 実は」


 ラムザは先ほど聞いた家主達の話を、アグリアスに説明した。


「何だと……あ、アリシア、ラヴィアン! 起きろ……!」


 アグリアスはベッドで寝たままの二人を軽くゆすったが、二人とも起きる気配がない。
 それどころか、自分自身にもゆっくりと眠気が襲ってくるのを感じ、アグリアスはラムザの言葉に偽りがないことを確信し、眠気をこらえるために頭を抱えながらベッドから離れた。


「しっかりしてくださいアグリアスさん!」
「わ、分かっている……それよりラムザ、オヴェリア様の元へ急がねば」



 しかしオヴェリアの部屋へたどり着きノックしても反応がなく、強引に扉を破ったが、部屋には誰もいなかった。
 窓が開いており、カーテンが外の風に触れて靡いている。


「……遅かった、のか?」
「まだ全員が寝るには早いはず。まさか僕達に知られたことに気付いたのか?」
「オヴェリア様! オヴェリア様ー!」


 アグリアスがオヴェリアの名を何度も叫ぶが、反応はない。
 そして少しして、騒ぎにかけつけたのだろう、警備兵たちと共に家主が部屋へ来た。


「馬鹿なこれは一体……!」
「貴様ッ! オヴェリア様をどこへ連れ去った!?」
「な、何を言う……私はまだ……」


 そう言いかけて、家主は慌てて口を噤んだ。


「貴方が誰かとオヴェリア様を連れ去り、家を焼くと話しているのを聞きました。その様子だと、本当のようですね」
「……うぅ」
「命が惜しければオヴェリア様の居場所を教えるのだな!」


 アグリアスがそう言って剣を抜いたが、開き直ったのか家主は口元に笑みを浮かべた。


「何がおかしい!」
「王女を連れ去ったのは我々ではない。ここで私を殺めたとして君達に何の得がある? 王女は行方不明のまま、そしてバリンテン大公の重鎮を殺めた罪だけが残るだろう。天下の近衛騎士団殿が推測だけでそのような愚行を犯すのかね?」
「減らず口を……その口ぶりだと、王女を連れ去ろうとしたことは明確。これは王家への反逆となるぞ!」
「どうだろうな? 世間に公表もされておらぬ王女が死んだなど誰が真に受ける? それどころか、大公が王位につけば、反逆罪となるのは君達の方だよ……」
「そうか……貴方の目的は、極秘に来訪した王女を王女を知る者と共に闇に葬り、王家と血縁関係にある大公を病床にいる現国王の後継として擁立することか」
「そうとも。私は家を焼かれその責任も負うが、それだけ後に得るものがあるということだ。そしてラムザと言ったな? 王女の護衛にはラーグ公直轄のベオルブ家がいる。王女の事を世間に公表しようものなら、王女を極秘に連れ出し死なせた責任は、当然ベオルブ家……ひいてはラーグ公にあると言っているようなもの。ラーグ公が失脚すれば、その妹が生んだ王子など誰も王の器として認めないだろう。となれば、現国王の直系でなくとも、血筋からして大公の名が挙がるのは間違いない事」
「下衆な! このようなことが許されるとでも思うのかッ!」
「アグリアス殿。貴女は少々勘違いしておられるようだ。確かに計略を知られたことは計算外だったが、貴女がいかに強かろうと、貴女一人でここの兵を全て相手できるとでも?」
「……」
「ラムザベオルブよ、よく考えたまえ。要は君達が世間に何も公表しなければただ一人の少女が死んだだけで終わるのだ。我々に楯突き騒ぎを起こせば、王女をトラブルに巻き込んだ責任をベオルブ家が負うことになるだろうな。だが、ここで何もしなければ、そもそも極秘で行われていた君の任務自体がなかったこととなり、君は何の責任を負う必要はない……」
「王女やアグリアスさんを見捨てろと……?」
「ラムザ……」


 心なしか不安な表情で見るアグリアスと目が合い、そして多くの警備兵に囲まれた家主に視線を移すと、家主は不敵に笑い、言葉をつづけた。


「そうだ。君は家の名前に傷をつけるつもりか? それに考えてみたまえ。王女の存在を世間に知らせるメリットがベオルブ家にあるかね? 君の兄上や父上が仕えるラーグ公が擁立したいだろう、オリナス王子にとって王女は邪魔者なのだ。王女が死んだ後のことは王子と大公で考えればいい……王女が途中で死ぬ事は、ラーグ公にとってもむしろ望ましいことだ」
「ダイスダーグ兄さんは、王女を連れ出し闇に葬るために僕を利用したと……?」


 ラムザはこの状況をどうするべきか考えつつ、家主の言葉に心が揺らぎかけたのを感じた。
 まだ何の経験もない自分はまだ、兄や父の目的や行動など何一つ知らない。ただ、名誉ある初陣だと思ったし、アグリアスという優秀な騎士もいるから安全に終われると楽観視もしていた。なのにまさかこんな状況で判断を迫られることになろうとは。


(どうすればいい……でも僕は……)


「こんなの正義であるはずがない……こんなこと僕は認めない!」


 ラムザはそう言って、剣を抜きアグリアスと同じく、警備兵たちに向かって剣の先を向けた。


「馬鹿な事を! 子供とは言え貴様とて貴族の一員、自分がしようとしていることが分かっているのか!」
「誰が王位につくとか、誰が権力を得るとかそんなの分からない……でも貴方のしようとしていることは間違っている! 王女だって一人の人間なんだ、そんな政治的な争いのために死んでいいわけがないッ!」
「いいのかラムザ? この男の言う通り、私に加勢すれば」
「兄さんや父上だって……いや、周りが何と言っても、僕は僕の正義に従って、貴方を許さない!」
「ははは、子供がいきり立ったところで何ができる! ここで貴様らを殺し、そしてあとでゆっくり王女を探せばいいだけのこと……お前達、やってしまえ!」


 家主の言葉に、警備兵たちが一斉に剣を抜いた。
 一触即発の空気が部屋に流れる。


「アグリアスさんごめんなさい……僕が加勢しても勝てるかどうか」
「ふっ……これだけの啖呵を切ったのだ。こうなればお前のためにも、この勝負勝たねばなるまい」
「アグリアスさん……そうですね、勝たないと」


 とは言え、数も状況も圧倒的に不利なことには変わらないわけで、ただの正面突破では勝てるはずがないことも確かだ。


(なにか……何か策はないのか……せめて町の外にいる本隊に伝えられれば)



「なんだ、何の騒ぎだ!?」
「……!」


 しかし家主のさらに後ろ側から、アルガスが一人、驚いた様子で駆けつけて来たことで状況は一変した。
 ラムザはアルガスの姿を見るや、とっさに叫んだ。


「アルガス! 早く屋敷の外へ!!! 近くで待機している本隊を呼んでくれ!」
「……はぁ!?」
「いいから!! ここは危険だ!」
「……ああ分かったよ! あとで説明しろよな!!!」



 アルガスは踵を返し、逃げるように走り去った。


「しまった……! 奴を負え!」
「させないわ!」
「よくも私達を騙したわね!」


 アルガスを追おうと警備兵の一部を家主がけしかけようとしたが、その間に眠らされていたアリシアとラヴィアンが立ちはだかった。


「アリシア! ラヴィアン!」
「申し訳ございませんアグリアス様……!」
「さすがにこんな大騒動、ずっと寝ていられるわけないじゃない!」


 今までとは違い、数こそ差はあるものの逆に相手を挟み込む状態になったことで、確かな希望を感じた。


「アグリアスさん、あとはアルガスが戻るまで時間さえ稼げれば」
「ああ。敵を倒さなくとも良い! オヴェリア様はきっと無事だと信じ、誰一人この場から逃すな!」
「了解!」
「女だからってナメない方がいいわよ!」
「……ラムザ、お前はオヴェリア様を一人の人間として尊重してくれたのだな」
「え?」
「オヴェリア様はずっと自分が王女であることを悩んでおられた。お前の言葉を聞けば、オヴェリア様も救われるだろう……だから必ずこの場を切り抜けねばな」
「……はい」

 


 

(4)

 その頃アルガスはというと、ラムザに言われた通り屋敷から飛び出し、そのまま全速力で本隊を呼びに行った。
 息を整える間もなく本隊が待機する場所までたどり着き、アルガスのただならぬ状態に、本隊はすぐに屋敷の方へと向かっていった。


「……ったく、大人しそうな顔して人使い荒い奴だぜ」


 さすがに往復分全速力で走るわけにもいかず、本隊から少し遅れて、用意してもらったチョコボに乗りながらアルガスはひとり愚痴をこぼした。


(でもまあ、どう見ても異常事態だったもんな……やっぱあの平民野郎が気にしていたように、何か裏でもあったのか)


 よく思い返してみれば、部屋に入ってベッドに腰かけてすぐに眠気が襲ってきた記憶がある。
 あの後どれだけ寝ていたのか分からないが、起きた時には部屋の外がだいぶ騒がしくなっており、騒ぎの中心へ向かったらラムザとアグリアスが警備兵に囲まれていた。状況を理解する前にラムザに走れと言われ、身体が動いた。


「そういやあいつ……ディリータの姿がなかったな。って、あんな奴気にする必要もないか)


 それよりもよく分からないがこんな大騒動を起こして本隊まで巻き込んで、自分は大丈夫なのだろうか。
 いくらラムザがベオルブ家の子息とは言え、本人にはまだ何の権力もないのだ。まさかこれで侯爵から怒られたりしないだろうか。
 そんなことを考えつつも、アルガスは不思議と達成感を感じていた。
 自分が必死で走ったことで、ラムザやアグリアスが助かるのなら――



 アルガスの乗ったチョコボが屋敷へ着いた頃には事態が収束しており、拘束された屋敷の主と兵隊たちが、北天騎士団に連れ出されていた。
 その向こうにラムザの姿を見つけ、ひとまずラムザの方へ向かおうとしたが、北天騎士団の兵に「護送の手伝いをしてほしい」と言われたので従った。
 どうやら騎士団本隊もラムザも誰かを探している様子だ。


「誰を探しているんです?」
「王女の姿が見つからないらしい……だがここの主も知らないくらいだ、遠くへ行っている様子でもないだろう」


 尋ねられた騎士の男はすでに状況を把握していたらしく、アルガスがラムザに命令される前の経緯も含めて、ざっと説明してくれた。


「そういうことで護送の人員が足りないのだ。君も走り回った後で疲れていると思うが、悪いな」
「了解いたしました」


 事態が早く収束できたのは君のおかげだ、と感謝を付け加えた騎士の男に、アルガスは不思議な達成感が確かなものであると、確信した。

 


 

(5)

 ラムザやアグリアスが屋敷の人間争っていた頃。


 実はディリータは、ラムザに言ったようにアルガスのところに向かわず、オヴェリアの部屋へと向かっていた。


「……誰? あ、貴方は……」
「驚かして申し訳ござません。オヴェリア様……失礼を承知でお願いがあります。何も聞かずに私と共に来ていただけますか」
「……え?」


 突然の言葉に、オヴェリアは目を丸くした。それも当然だろう。護衛の末端でしかない男が、自分を連れ出そうとしているのだから。


「何かあったのですか? アグリアスは」
「後になれば分かります」
「……分かったわ」


 曖昧な言葉に戸惑いを隠せない表情だったが、オヴェリアはゆっくりと首を縦に振った。
 そしてディリータが差し出した手を取った。


 ディリータは窓を開け、目の前が林になっていることを確認したあとまず自分が先に出て辺りを見回し、そしてオヴェリアに窓から外へ出るよう促した。
 1階であるとは言え少し高さがあり、当然修道院暮らししか知らないオヴェリアは躊躇している様子だった。


「大丈夫。私が受け止めます」
「え、ええ……」


 恐る恐る飛び降りたオヴェリアを、ディリータは抱き留めた。


「怖かったですか?」
「少しだけ」
「もう少し辛抱してください。敷地外までは行きませんが……少し身を隠せる場所まで」


 そして敷地内の林の中を進み、腰を掛けられそうな木の株を見つけた。
 昼間であればここはちょっとした憩いの場なのだろう。だが夜となり屋敷から少し離れたここは薄暗い。
 ディリータは木の株にオヴェリアを座らせた。


 その時だった。屋敷のほうから人の争う声が聞こえたのは。



「な、何……どうしたの?」
「静かに! 見つかったらマズい……!」


 ディリータは立ち上がろうとするオヴェリアの肩を押さえ、囁いた。


「……」


 ただ自分を探しているにしては騒がしく、時々剣が激しくぶつかりあう音がする。
 驚きと不安を隠せない様子だが、今の状況――自分が狙われていることは察したのだろう。じっと耐えるようにオヴェリアはその場を動こうとしなかった。


「大丈夫……大丈夫だから…」


 ディリータの言葉にも何も答えず少し震えている彼女は、王女ではなく一人のか弱い女の子に見えた。
 怖いと言って自分に縋り付きでもすれば、少しは気がまぎれるというのに、そうしようとしない。
 その姿に、ふと自分の妹――ティータのことを思い出した。


 ティータは、自分と同じ血を持った、この世で大切な妹だ。
 両親を失ってバルバネスに拾われベオルブ家でラムザ達と同じように大切に育てられたが、それでも肉親はティータだけだと思っていた。ラムザやアルマは気にしていないようだが、周りの目は別だ。「何故平民の子が」という視線にさらされ続け、ティータもまた、貴族学校で孤立していることを知っていた。だがオレにはあくまで明るく振る舞い、そしてオレもアルマ達も見ていないと思うような場所で何かを耐えるように、ただ震えていた――オヴェリアの姿が、そんな妹と重なった。


 だが、彼女は王女だ。身分で言えば、貴族の中の最上位――いや、最上位だからこそ、今ある不安も心の内もすべて、誰かに話すことなどできないのだろう。


(オレにもっと力があれば……ティータも彼女も、救うことができるんだろうか)


 いくらティータと少し重ねているとは言え、何故こんなにも胸が締め付けられるのだろうか。何故、こんなに彼女を救いたいと思うのだろうか。
 しかし答えは見つからず、そうしているうちに屋敷は大勢の人間が屋敷に入ろうとしているのが見えた。


「あれは北天騎士団のマント……別動隊を呼んだのか」
「……アグリアス達は無事かしら」
「こっちが敗北していれば、今頃王女様を探しに屋敷の人間が大勢出ている頃でしょう」


 実際に兵隊が屋敷に入ってから、屋敷の中は徐々に静まりはじめていた。
 もう安全だろう――そう確信したディリータは、オヴェリアに屋敷へ戻ろうと提案した。
 しかし……


「……もう嫌」


 オヴェリアは絞りだすようにそう言って、ディリータの手を引いた。


「……オヴェリア様?」
「……」
「さすがにアグリアス殿達も心配しているはず。それに何かあったとしても私が」
「王女になんて、生まれてこなければ良かった……」


 オヴェリアがディリータの言葉を遮って告げたその言葉に、ディリータは心の中に強い衝撃が走ったような気がした。
 何とかしたいという衝動が強くなる。何ができるかもわからないのに――しかしオヴェリアはディリータの内心の激情に気付くことなく、言葉をつづけた。


「さすがの私だって分かるわ……何故自分が狙われたのか。この屋敷の人は大公殿下の配下なのでしょう? 王家の人にとって、私は厄介者なのよ」
「そんなこと……」
「事実よ。私が王家に戻れば、大公殿下だけではなく、弟王子やその周りの方々も困るでしょう。そうなればまた同じようなことが起きる……嫌なの、私の所為でたくさんのひとが傷つくのは。アグリアスだって、私なんていないほうがきっと……」
「じゃあ、オレと一緒に逃げるか?」
「……え?」
「あっ……」


 オヴェリアと視線が合って一瞬気まずさと自分の言った事の大きさを感じたディリータだったが、同時に、ここまできては後には引けないと思い、続けた。


「オレはお前が王女でも、王女でなくても構わない。お前の行きたい場所、生きたい人生で……一人じゃ無理なら、オレが守るよ」
「そんな……貴方にだって、行きたい場所や人生があるでしょう? 私のために貴方の人生まで変えられないわ」
「……でも、漠然と騎士になるよりも、一人の女性を守って生きる人生の方が、きっといい」


 ディリータはそう言いながらも、内心は自分が何故そんなことを言っているのかという疑問でいっぱいだった。
 何故彼女に今そこまで入れ込んでいるのだろうか。確かに一目見て「可愛い」と思ったし、ティータの事も考えたが、それだけだ。
 相手は畏国の王女なのに、何故平民出身の見習い騎士でしかない自分が、こんな大胆な発言をしているのだろうか。
 だが、それでもオヴェリアの、自分をまっすぐ見つめるうるんだ瞳を見ていると、激しい気持ちが体の内から湧き上がってきた。


「信じて……いいの?」
「今のオレじゃ何もできないけど……強くなるよ。お前が本当に逃げたくなった時に、一緒に逃げ切れるくらいに。約束する。だから……生まれてこなければよかったなんて言うな」
「……ディリータ」
「さあ戻ろう。今の状況から逃げるな」


 ディリータは部屋から連れ出した時と同じようにオヴェリアに手を差し出した。
 今度は、オヴェリアは微笑んでその手を取り、屋敷へと向かった。



「お、オヴェリア様!」


 林から抜けると、きっとオヴェリアを探していたのだろう。アグリアスがオヴェリアの姿を見て、心から安心した表情で駆け寄った。


「よかったオヴェリア様……どこもお怪我は」
「大丈夫よ、アグリアス。心配をかけてごめんなさい……」
「ディリータ、君がオヴェリア様を?」
「あ、ああ……すまない」
「貴様……王女を独断で連れ去ろうなど……」
「いいえ。彼は私を案じ、傍にいてくださっただけですわ。責められるべきことは何も」


 アグリアスがディリータに詰め寄ろうとしたが、オヴェリアはそれを静かに制した。


「オヴェリア様……いきなりお姿を消されては困ります。どれほど心配したことか……」
「……そうね。でも、敵を騙すには味方からとも言いますもの」
「はっ!?」


 オヴェリアの言葉に、アグリアスは目を丸くした。自分の知る限りオヴェリアはこんなことを言う人間ではなかっただけに、笑顔でそう言われて、どう答えればいいのか、困惑を隠せなかった。


「……ふふ、冗談よ」
「じょ、冗談……?」
「アグリアス。私、自信がなかったの……王都へ行っても何もできない、味方もいないって」
「オヴェリア様そんなことは」
「そうね。アグリアスもいるし……それに」


 オヴェリアは一瞬ディリータと視線をあわせて、そして近くにある木の下まで歩き、その葉を一枚ちぎった。


「昔、友達に教えてもらったの。さみしい時にはこれを吹くんだって。そうしたら、遠くにいる想い人に気持ちが届くかもって……」
「友達? ベオルブ家令嬢の……」
「アルマが?」
「……アルマは今早く会いたいお兄様へ、そして未来に会えるだろう愛する人へ。そう言っていたわ」


 オヴェリアは、葉を口にあてて草笛を吹こうとした。だが、上手く鳴らせず、「アルマのようにはいかないわね」とつぶやいた。


「こうするんだ」


 ディリータが同じ木の葉を一枚とって、横で草笛を吹いた。その音は高く天に届き、あたりに響いた。


「貴様王女に向かって……」
「大丈夫よアグリアス。ええと……こう?」


 今度はオヴェリアの草笛からも、きれいな音が響いた。
 それを見たラムザは、二枚葉をとって、そのうちの一枚をアグリアスに渡した。


「アグリアスさんも、どうぞ」
「わ、私?」
「これをこう持って……」
「ああ……」
「こうやって世界中の人が、草笛を吹けるような世の中になればいいのに。平民も貴族も、王女も関係なく、戦争なんて起こらない世界になりますように……」
「僕は、できると思っています」


 ラムザがそう言いながら草笛から手を放すと、その葉は静かに天に舞い、風に乗った。


「そんなことを言ったらみんなは笑うのかもしれないけど……例え子供が描いた理想だと言われても、みんながそれを信じればきっと」
「そうだな。そんな世界になればいい。私もその未来を信じるよ」
「アグリアスさん……」
「私も信じるわ。そのために私は王都へ行く」


 オヴェリアもラムザにならって、草笛を天に向かって離した。


「私の所為で争いが起きるんじゃないかってずっと不安だったけど……こうやって同じことを思ってくれる人がどこかにいると信じていれば、強くいられるような気がするの。私が争いをなくせるよう頑張らなければならないのね」
「ご立派ですオヴェリア様。私アグリアスは、どんなことがあっても、オヴェリア様の味方です」
「頼りにしているわアグリアス。そして……ね」


 オヴェリアが一瞬だけディリータのほうを見て微笑んだ。





 その後一行は無事にルザリアに到着し、北天騎士団と共に先導していたアルガスと合流した。
 アルガスは「オレだけのけ者みたいになったぜ」と多少の愚痴をこぼしていたが、その分報酬をはずんでもらったらしく、上機嫌な様子だった。


「有難うラムザ。貴公のおかげで、犠牲者なくルザリアにたどり着くことができた」
「いえ、こちらこそアグリアスさんから、騎士として多くの事を学ぶことが出来ました」
「私は今後も王女護衛の任に就くが……ラムザ、最初はお前の事を子供だと侮っていたが、お前の誠実な正義に感銘を受けた。今後お前に必要があれば、私は個人的にでもお前に手を貸すだろう」


 そう言って、アグリアスは笑顔で右手を差し出した。
 ラムザはその手を、同じく笑顔で、強く取った。


「また、会いましょう。アグリアスさん。そしてオヴェリア様も……」
「ええ。アルマにもよろしく伝えて……あと」


 オヴェリアはディリータの前に立ち、そして小さなブローチををディリータに差し出した。


「これは私が王家の証として持たされていたもの。これを貴方に」
「……オレに?」
「いざという時は迎えにきてくれると……信じさせて」
「分かったよ。その時まで預かっておく」


 ディリータがブローチを受け取る様子を、ラムザ達はあっけにとられたような表情で見守るしかなかった。


「ど、どういう事ディリータ」
「き、貴様……ああ、あの……オヴェリア様……」
「さあ、行きましょう。アグリアス」


 戸惑うアグリアスだったが、オヴェリアはそれをフォローすることなく城に向かって歩き出した。


「お、お待ちくださいオヴェリア様! ら、ラムザすまない……また会おう」
「は、はい……」


 そのままアグリアスは配下の騎士と共に、オヴェリアの後を追って城の中に姿を消した。




「おおい、どういうことだディリータ! なんでテメーが王女様に向かってタメ口きいてるんだ! オレがいない間に何があったっていうんだ、ラムザ!」


 今まで黙っていたアルガスが、しびれをきらしたかのようにラムザに食いついた。


「ぼ、僕だって知りたいよ……」
「あ、ああ……それは色々と……」


 しどろもどろなディリータに、アルガスはさらに眉間に皺を寄せた。


「……クソ、なんでお前みたいな平民のほうが……いやでもこれはオレの手柄にもなってるわけで……ああもう! 後で説明しろよ!」


 アルガスにああだこうだと言われながら、ディリータは不思議な感覚をずっと抱いていた。


(なんでオレ……あんなにオヴェリアに入れ込んだんだろう。いや、でも……この気持ちに偽りはない、そんな気がする……)


 理由ははっきりとしないが、今の自分の想いは間違いではない。そう確信したディリータは、「強くなろう」と心に決めた。



(6)





「ラムザ。話はすでに聞いている。良い初陣であったようだな」


 ルザリアに先に入っていた本隊に報告に行ったラムザ達は、笑顔で迎えてくれたザルバッグを見て、任務を成功させたのだという実感を改めて持った。


「兄上も言っておられた。ラムザならば、王女やその親衛隊とも密になり、必ずやベオルブ家の名誉となるであろうと」
「ザルバッグ兄さん。やはりこの護衛の任は、王家と北天騎士団を繋げるために……?」
「ラムザ。この時世だ。我々の行うすべてのことには政治的な意味があるのだ。我々は兄上や父上を信じ、自らの役割を務めるのみ」
「……はい」
「まあ、いずれお前もそれを理解することができるだろう。数日後にガリオンヌへ戻るが、それまではゆっくりと旅の疲れをとるといい」
「ありがとうございます」


 ラムザは目の前の兄に深く頭を下げ、その場をあとにした。
 


(あくまで僕はベオルブ家の一員なんだな……)


 ザルバッグの言葉を思い出しながら、ラムザは空を見上げた。
 今回はたまたまうまくいったし、相手が王女を狙っていたとはいえ、屋敷の主に発言したことが万が一大公に知られれば、本当にベオルブ家に迷惑をかけていたかもしれない。


(僕の知らないところで国は動いている……僕はその中で何をすればいいんだろう)


 気が付いたらラムザは、教会の中に足を踏み入れていた。
 兄ザルバッグほど敬虔ではないが、悩みがあるときはよく教会で考え事をしていた。今回もなんとなくそうしようと思って入っただけなのだが、先客がいたようで、扉の前で騎士風の壮年の男とすれ違った。


「あ……今入っても大丈夫ですか?」


 何故そう聞いたかと言うと、騎士の服装を見て、教会関係者――教会が抱える騎士団の人間だと分かったからだ。


「問題ない。神は生きる全ての者に平等だ」
「ありがとうございます」
「祈ることは無意味ではない……例えそれが望み通りの結果にならなかったとしても」
「……え?」
「すまない。独り言だ」


 そう言って、男はラムザの前から立ち去った。ラムザは初めて会ったはずの男に一瞬不思議な感覚をおぼえたが、特に何か声をかけるでもなく、教会の中へと入っていった。



「あれがベオルブ家の者か……」


 騎士の男がラムザの後ろ姿を見ながらそうつぶやいたことに、ラムザが気づくことはなかった。

 




~To be next story~

 

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あとがき

オヴェリア様にとっての幸せってなんなんだろうなと悩みながら書いたけど、彼女には本編みたいなEDを与えたくなくて、ティータが死なないルートでもディリータとめぐり合わせたいと思った。冒頭の人と最後の人は今後の伏線(のつもり)。アリシアとラヴィアンは特にどっちがどっちというのを深く考えてないです。ニコイチみたいな。

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