IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~

-番外編3 ネルベスカ神殿-

 

「ハイ ワタシハ トテモ ツヨイ デス!」
「ほんと?」
「よしラムザ、試してみよう!」
「じゃ、じゃあ……ムスタディオをやっつけろ♪」
「あのなーっ!」
「なーんて冗談……え? わー! フェニックスの尾ーっ!」

 畏国の南の果てとも言えるゴーグでそんなやり取りが行われていた頃。ラムザの知らない北の果てでも事件は起こっていた。


――ネルベスカ神殿――


「なんか……すごいところに来ちゃったなあ」

 観光に来ていたルッソは、魔法で明かりをともしながら薄暗い周囲を見渡した。
 島に大きな神殿跡があると聞いたルッソは、好奇心から漁師に頼み込んで船を借りて上陸したまでは良かったのだが、神殿跡にあった祭壇に仕掛けに気づいてしまったことが不幸の始まりだった。
 仕掛けを解き好奇心に押されるように奥へ進むうちに道に迷ってしまい、出口へ行こうと思ったらさらに迷ったのか、気が付いたら日の光も届かないような深いところに立っていたのだ。
 とりあえず道が分からないなりに明るいところに向かって引き返そう――ルッソがそう思った矢先に、視界にドラゴンの頭が入った。

「うわぁ! ……って、なあんだ石像かぁ」

 明かりを向けてみれば三つの頭を持ったドラゴンの石像がそこにあった。まるで生きているかのような迫力だったが、ルッソは安堵からため息をついた。

――ピピ……兄弟ノ目覚メヲ確認。システムスタンバイ
「え? なに? 誰かいるの!?」

 ルッソは声のした方に明かりを向けた。そこにあったのは、巨大な鉄の塊だった。鉄の塊には赤い宝石がはめ込まれている。恐る恐る近づこうとしたルッソだったが、いきなり宝石が輝き始め、そして鉄の塊から手足が生え、そして頭が生えて、目と思われる場所が赤く光った。

「なーんか、いやな予感……!」
「侵入者! 侵入者!」

 思わず数歩後ずさりすると、先程見たドラゴンの石像にぶつかった。
 ふと視線を移すと――そのドラゴンの石像の目が動き、ぎょろりとルッソを睨みつけた。

「いやあああああああ!」

 ルッソは自分でも驚くくらいの情けない叫び声をあげ、脱兎のごとくその場から逃げ出すのだった。



――フィナス河――


「話せば分かる。別にオレ達はハンターでもなければナワバリを荒らしに来たわけでもないんだ。このドラゴンだって敵じゃない」

 ラムザとゴルランドで別れた後もドラゴンと姿を変えられてしまった恋人であるレーゼと共に聖石キャンサーを求めて旅を続けていたベイオウーフは、絶体絶命の危機を迎えていた。
 深い河で知られるこのフィナス河で水の苦手なレーゼのためにできるだけ浅い場所を探していたのだが、運悪くチョコボ達のナワバリに入ってしまったらしく、こうして囲まれていた。
 チョコボは人の言葉を理解しモンスターの中では友好的だとされるが、ここのチョコボは厳しい環境に適応してなのか、人間を敵視する傾向にある上に好戦的だ。現にベイオウーフの言葉など聞く耳も持たない感じで、赤チョコボを筆頭に明らかに殺気立っている。

「レーゼ……いざという時はオレが食い止めるから、君だけでも……」
「グルルルル……」

 ベイオウーフの言葉に、レーゼは静かに頭をベイオウーフの身体に寄せた。喋れない彼女ではあったが、その気持ちはベイオウーフにも痛いほど伝わった。

「そうだな……もう離れないって約束したんだったな。だが……」

 じわりじわりと迫る赤チョコボに、ベイオウーフはレーゼの前で剣を構えたまま歯を食いしばった。レーゼもまた、身体に力を込めて戦う意思を見せる。

「大気満たす力震え、我が腕をして閃光とならん! 無双稲妻突き!」

 斜面の上から鋭い声と共にベイオウーフに最も近い赤チョコボの目の前に剣技と思われる稲妻が大地に降った。
 見上げると、そこにいたのはチョコボに騎乗した騎士の姿だった。騎士はそのままチョコボで急な斜面を駆け下り、そしてベイオウーフ達の前で飛び降り再度赤チョコボに牽制のための剣技を繰り出した。

「クエ!」

 チョコボがベイオウーフとレーゼに近づき、羽ばたきを始める。今までの道中で疲弊した身体が回復するのをベイオウーフは感じた。

「クエー! クエクエ! クエエッ!」

 羽ばたきをやめた騎士のチョコボが、相手のチョコボの群れに向かって何かを訴えている。どうやら説得しているようだったが、その間も飼い主の騎士は剣を構えたまま鋭い視線を向けている。
 そして相手の群れのうちの一匹が攻撃を与えようと構えたのを見て、騎士は容赦なくその一匹に剣技を直撃させた。

「そう言う事だ! 仲間を殺されたくなければ早々に立ち去るがいい!」
「クエッ!」

 凄んだ騎士の迫力に、チョコボ達はゆっくりと踵を返してそのまま去っていった。


「よくやったなボコ。偉いぞ」
「あ、ありがとう……助かったよ」

 モンスターの気配が消えレーゼにも怪我がないことを確認したベイオウーフが、チョコボを労っている騎士に声をかけた。
 ベイオウーフは騎士の着ている制服に見覚えがあった。ミュロンドの神殿騎士団の幹部――その強さにも納得したが、同時に自分の異端者という身分から、騎士に剣を向けられる可能性も考え背筋に緊張を走らせた。

「礼には及ばない。困っている人間を助けることは当然のことだ。ところでそのドラゴンは? 貴公はそのドラゴンを守っていたように見えたが」
「あ、ああ。彼女は敵ではない。大切な友人なんだ」
「……この先に渡渉できる場所がある。そこならば水が苦手なドラゴンでも渡れるかもしれない」
「本当かい? 助かるよ……じゃあ行こうレーゼ」
「待て」

 早々に立ち去ろうとしたところで、騎士に呼び止められる。ベイオウーフは鞘に納めた自分の剣に一瞬目を落としてから振り返った。

「そんなに警戒しなくてもいい。貴公は元ライオネルの騎士団長だったベイオウーフではないか?」
「……有名人は辛いな。だったら異端者と言うことも知っているだろう? できれば恩を仇で返したくはないが、オレにはオレなりの目的がある。彼女を救うまで捕まるわけにはいかないんだ」

 レーゼを守るべく、ベイオウーフは彼女の前に立ち剣の鞘に手をかけた。だが、騎士の方はと言うと武器を構える素振りを見せようとしない。

「だからそう警戒しなくてもいいと言っている。私の名はウィーグラフ。確かに神殿騎士団に所属しているが、教会の犬ではないつもりだ」
「ウィーグラフ……骸騎士団の? なるほど、君も有名人だったか」
「兎に角だ。先程から頑なにそのドラゴンを守ろうとする姿勢……私もモンスターを一人の仲間として見る目を持っているつもりだが、私とは違うように見える。異端者となったのも訳があるのではないか?」
「……」

 真っ直ぐなウィーグラフの視線と言葉に観念したベイオウーフは「信じてくれないかもしれないが」と前置きをした上で自分とレーゼの身の上を簡単に説明した。

「ネルベスカ神殿に眠ると言う鉄の守護者は星座が描かれた石を所有しているという噂がある……オレはレーゼを救うために聖石キャンサーを探しているんだ」
「聖石で人を救う?」
「ああ。君も神殿騎士団にいるのなら聖アジョラの伝説はよく知っているだろう? その武勇伝の中には、聖石キャンサーによって竜にかけられた呪いが解かれたというものがある。もちろんおとぎ話だが……ゴルランドで聖石を見た時に、誇張表現こそあれ真実でもあるんじゃないかと思った」
「聖石なら私も所有しているが……」

 ウィーグラフは自身が持つ聖石アリエスをレーゼの前に掲げた。だが聖石には特に反応はない。

「以前ある人間に言われたことがある……聖石は人の心をうつし、世界を変える力があると。私はこの石の奇跡を目の当たりにはしていないが、本当のことなのか?」
「それはオレにも分からない……ただ、オレはレーゼのためならどんな話にだって乗りたいんだ」
「分かった。ならば私も協力しよう」
「え!?」

 当たり前のように言ったウィーグラフに、ベイオウーフは思わず聞き返した。

「君は表向きとは言え神殿騎士だろう? 異端者に、しかもこんな確証のない話に乗ると言うのかい?」
「ドラゴンを連れた訳ありの男がどうやって神殿のある小島へ行く? モンスターを乗せるにはそれなりの船が必要のはずだ」
「たしかにそうだが……」
「私ならボコを連れて行くという名目もあるし聖石があるとなれば神殿騎士である私が行く理由もある。それに……」
「それに?」
「個人的にも聖石の力というものに興味がある……それで良いか?」
 ベイオウーフはウィーグラフの顔をただ驚きながら見た。どう見ても自分を騙そうとしているわけでもなく、そして本当に聖石に興味があるだけなら自分達はただの厄介者だ。ウィーグラフ程の実力者であれば一人で行けばいいのだから――だが、ウィーグラフの目を見て、ふとゴルランドで出会った青年、ラムザのことを思い出した。
 ラムザがベオルブ家の人間でありながらも傭兵と身分を偽っていたのには理由があるのだろうが、相手が訳ありだと分かっていても手を差し伸べるのをやめず、正義を語ろうとする真っ直ぐな目をしていた。ウィーグラフの目は、ラムザと同じ輝きを持っている――ベイオウーフは安堵して言った。

「きっと嫌だと言っても首を突っ込んでくれるんだろう? だったらその言葉に甘えるよ」



――ゼルテニアの酒場――


「本当だよ! 本当にいたんだって!」

 ただ船を調達するだけなら教会に申し入れるのが最良だが、異端者として追われているベイオウーフのことを思えばそうするわけにもいかず、他の方法を求めてウィーグラフは街の外でベイオウーフと一度別れ、酒場に訪れていた。
 酒場に着いたウィーグラフの目に最初に留まったのは、カウンターで店主や他の冒険者に何かを訴えている少年の姿だった。酒場に来るには少し早くも見える年齢の少年は、両手を大きく拡げて続けた。

「宝石が光ったと思ったらこーんな大きな鉄の玉から手足と頭が生えてきてしゃべったら、近くにいた三つの頭を持ったドラゴンの石像が動き出して」
「ははは。君、夢でも見ていたんじゃないのか?」
「そうそう。それにお前みたいなガキがネルベスカ神殿に一人で行ってた時点で怪しいもんな」
「えー! こう見えてもオレ結構強いんだよ!?」

 店主や冒険者たちの笑い声に囲まれて不満そうな少年だったが、そこに一人の長い髪をまとめた女性が近づいた。

「あら、私は信じるわよ」
「ホント!?」
「やめとけよ姉ちゃん。こんなガキの話」
「だったら聞かなければいいだけでしょう? 私が彼を信じるかどうかは関係ないわ。さあ、夢もロマンもない男達なんて放っておいて、あっちで話を聞かせて。ミルクくらい奢ってあげるわ」
「うん!」

 少年の腕を取った女性は、入口に立ったままのウィーグラフの前まで来て立ち止まった。

「何だ?」
「あなたもこの子の話に興味あるんでしょう? そんな顔をしていたわ」
「いや、私はただ」
「私はバルマウフラ。旅の魔道士よ。一緒にこの子の話を聞きましょう」

 ウィーグラフの言葉をさえぎって強引に名乗ったバルマウフラは、にこっと口の端を上げて微笑んだ。


「ええと……オレの名前はルッソ。こう見えてもモブハンターだよ」

 ルッソと名乗った少年は、ネルベスカ神殿で起きた一部始終をウィーグラフとバルマウフラに話した。何故彼が少年でありながらハンターをしているのかと言うと本人もよく分かっていないようだったが、身寄りがなく、旅の記録をつけながらモンスターを退治してその日暮らしをしているそうだ。

「君は先程神殿で宝石が光って、それから怪現象が起きたと話していたな。それには星座の印が刻まれていなかったか?」
「星座? うーん……暗かったしよく分からなかったかな」
「これに似ていなかったか?」

 ウィーグラフは自身が持つ聖石――アリエスをルッソに見せた。

「うん、言われてみれば似てた気がする」
「そうか……それで君はどうやってあの島へ?」
「漁師のおじさんからボートを借りたんだ」
「ボートか……それでは私一人が行くだけで精一杯か」

 ベイオウーフはとにかく、ドラゴンの姿をしているレーゼを連れて行くには大型の船が必要だ。
 そもそもこの酒場に来たのも船の手配が主な理由であり、ウィーグラフはどうしたものかと口元に手を当てたが、それはすぐに解決することとなった。

「船なら私が出すわよ。あなたのチョコボだって余裕で乗れるわ」
「何だと?」

 余裕の笑みを浮かべるバルマウフラに、さすがのウィーグラフも目を丸くした。

「個人の船か?」
「それは答える必要がある?」
「いや……話したくないのならばいいが」
「ごめんなさい。実はあなたがドラゴンを連れた男と一緒に町の近くまで来たのを見ていたのよ」

 バルマウフラは、ウィーグラフがネルベスカ神殿を目指していることも立ち聞きしていたらしい。だが、なぜ彼女が突然声をかけたきたのか納得がいき、ウィーグラフは息を吐いた。

「君はただの旅人ではなさそうだが……こちらとしても願ってもない提案だ。ひとまず乗っておこう」
「話が早くて助かるわ。安心して。あなたみたいな有名人をどうにかする趣味も実力もないから」
「私の事も知っていたか……いや、知っているからこそ話しかけたと言う事だな」
「そういうこと。互いにこれ以上の詮索はなしということにしましょう、ウィーグラフさん」
「承知した」

 ウィーグラフはウインクして手を差し出したバルマウフラの手を取った。
 
「ネルベスカ神殿に行くの?」

 二人の会話を黙って見守っていたルッソが、間に入るように尋ねた。

「ああ。私は教会の騎士として聖石を求めている。だがそれ以上に、君のような冒険者が迷い込んで危険な目に遭うことを見過ごすわけにもいかないんだよ」
「ウィーグラフさんってかっこいいね。ああ、そうだ。僕はもうあそこへ行くのは勘弁なんだけど、特別にこれを見せてあげるよ」

 そう言ってルッソは、旅の記録として持ち歩いている革の手帳をウィーグラフに見せた。中には神殿の詳細も記されており、ウィーグラフは「凄いな」と正直な感想を述べた。

「よく分からないけど僕は冒険する運命にあるみたいなんだ。だからいつか故郷に帰った時に、この手帳を使ってみんなに冒険の事を伝えたいんだ」
「いい夢だ。叶うといいな」
「ありがとう。ウィーグラフさんも気を付けてね」



 酒場でルッソと別れたウィーグラフは、バルマウフラを連れて町の外でベイオウーフと合流した。手短に挨拶を済ませて、一目の少ないところでバルマウフラが所有しているという船に乗り込みネルベスカ神殿へと向かう。

「願ってもないことではあるが、レーゼやボコまで乗せてまだ余裕がある船を持っているなんて、彼女は何者なんだ?」
「旅の魔道士と名乗っているがそれは偽りだろう。だが訳ありなのはこちらも同じだ」

 ウィーグラフの言葉に、ベイオウーフは「そうだな」と短く同意した。船は彼女が握っているとは言え、戦力的にはこちらの方が明らかに大きく、揉め事になれば困るのは彼女の方だ。もちろん彼女が裏切らない限りベイオウーフが彼女に危害を加える理由もなく、利害が一致していれば味方のはずだ――ベイオウーフはそう納得した。

「見て、あれがネルベスカ神殿よ」

 操舵していたバルマウフラの呼びかけに、二人は彼女が指した先を見た。小さな島ではあるが、遠目で見ても分かる大きな柱があり、そこに間違いなくかつての建造物があると分かった。
 そして船はすぐに島へとたどり着き、目立たない場所に停泊した船から降りる。昔は信仰を集めていたであろう名残はあるが今は静かな小島だ。そこにルッソの言っていたような鉄の巨人や三つの首を持つ竜の姿どころか、モンスターの気配すら感じられなかった。
 何事もなく神殿跡地へとたどり着き、ルッソの言っていた祭壇を見つける。

「ここに隠し階段があったと言っていたが……」

 ベイオウーフが辺りを見回してみるが、階段のようなものは見受けられない。

「いえ、見て。この祭壇、下に隙間があるわ」

 バルマウフラが祭壇の下で屈み、魔法で明かりを灯すと、ルッソが言っていたように階段と思われるものが見えた。

「女子供ならギリギリ通れそう。行ってみようかしら」
「一人で行くつもりか。君も話を聞いていただろう。危険だ」
「あら、心配してくれるの? 紳士ね」
「!」

 レーゼが急に何かを見つけたように背筋を伸ばし、そして階段に半分身体を入れようとしていたバルマウフラのマントを咥えて引いた。

「な、何?」
「グルルルル」
「何かいる……そう言いたいの?」

 バルマウフラが身を起こし、そして全員が緊張した表情で祭壇を見る。すると突然、ウィーグラフの持つ聖石が白く輝いた。

「何だ!?」
「みんな離れろ! 何かいるッ!」

 ベイオウーフの叫び声と同時に足元から何かが響く音がしたので、全員が祭壇から後退する。音は次第に近づき、そして轟音と共に祭壇が破壊された。そして階段から、手足の生えた大きな鉄の巨人が現れた。

「警告! 警告! 警告! 民間人ノ立入ハ禁止サレテイマス! 30ビョウ以内ニ ココカラ 立チ去ッテクダサイ!! コレハ 予行練習デハアリマセン! 30……29……28……」
「これがあの少年の言っていた鉄の塊か!?」
「ゾディアクストーンハッケン! ジェノサイドモード発動! 研究員ハ 速ヤカニ シェルターヘ 避難シテクダサイ!!」

 ウィーグラフの方を見て目を光らせた鉄の巨人は、腕を真っ直ぐ伸ばし、ウィーグラフに向けて光線を発した。

「くっ!」

 元々警戒していたウィーグラフは光線を剣で受けたが、予想以上に重い一撃に弾き飛ばされる。

「クエエ!」
「だ、大丈夫だ……だがなんだこれは」
「魔法とも違う……いえ、それどころか」

 バルマウフラが黒魔法サンダーを唱え相手に与えるが、効かないどころか鉄の巨人は何も感じていない様子だ。

「やっぱり。魔力以前に生命を感じない。これは〝機械〟というやつじゃないかしら?」
「機械? 機工士が発掘しているという文明遺産か?」
「この神殿が使われていた頃は文明も栄えていたと言われているわ。その時のものが復元もなくまだ使えるというのは驚きだけど」
「お、おい……また何か出てきたぞ」

 ベイオウーフが指した祭壇のあった場所から、三つの頭を持つドラゴンと、大きな鳥のモンスターが現れた。

「あの子が見た竜の石像はヒュドラだったのね……」

 バルマウフラがそう言ってため息をついた。心なしか落胆している様子にウィーグラフは違和感を覚えたが、当然それどころではない。ウィーグラフはボコに騎乗した。

「バルマウフラ、ベイオウーフ。鉄巨人に魔法が効かないとなれば我々が引き受けるしかない。ヤツもどういう訳か聖石を持つ私を狙おうとしているようだ……お前達は他のモンスターを頼む」
「了解よ。そっちは頼んだわ」
「任せた。レーゼ、オレの傍から離れるな」
「ガルル!」
「よし……行くぞボコ!」
「クエッ!」

 ウィーグラフがボコに乗ったまま突撃し、ヒュドラとコカトリスもウィーグラフに注意が向いたが、欠かさずバルマウフラとベイオウーフが牽制する。

「魔法剣ドンアク!」
「ドラゴンの弱点は氷だったわね。行け、ブリザラ!」
「処理! 処理! 聖石ヲ持ツ者ヲ 処理シマス」

 ベイオウーフとバルマウフラによってヒュドラの動きが鈍ったが、すぐに鉄巨人の腕から再び光線が飛ぶ。
 相手の攻撃にひるんでいる時に、上空のコカトリスがバルマウフラめがけて急降下してきた。

「しまった!」
「!!」

 レーゼが尾を振り上げ、間一髪のところでコカトリスを払う。だが、コカトリスはすぐに上空へ戻り、こちらをけん制するように旋回を始めた。
 コカトリスのくちばしは相手を石化する魔力を持つと言われており、そして上空ゆえにこちらの攻撃がまともに届きそうにない。

「コカトリスに目を向ければ下の鉄巨人やヒュドラにやられる……厄介だな」
「私に任せて。こういう時のためにいい魔法があるわ」

 自信たっぷりに微笑んだバルマウフラが魔法を唱え始め、それをサポートするためにレーゼとベイオウーフは脇を固めた。

「魔空の時に生まれた黒き羊よ、現世の光を包め……グラビガ!」

 バルマウフラが両手を掲げると、コカトリス達の周辺に黒い渦が巻き始める。それによってコカトリスの滑空が止まり、やがて魔法によって与えられる重力に耐え切れなくなったのか地面に落ちた。

「今よ!」

 バルマウフラの声に、ベイオウーフとレーゼが動き、コカトリスにとどめを刺した。

「君はすごいな……こんな高位な魔法に自分のアレンジを加えるなんて」

 本来グラビガと言えば空間に重力を発生させて、それによって相手の肉体を圧縮し体力を削る空間の魔法だ。
 彼女はその重力波を拡げることで、威力は下がるが飛行移動している相手の動きを封じたのだ。若い魔道士が使うには高位すぎる魔法の使い方に、ベイオウーフは素直に感嘆した。

「グラビガは私の魔法の師匠による直伝……アレンジを加えたのは、その師匠をいつか叩き落とすためのとっておきよ」

 バルマウフラはウインクと共に、次の魔法を唱え始めた。

「ヒュドラももう虫の息。ボスはあなたに任せるわね」

 バルマウフラの魔力がウィーグラフを包む。同時にウィーグラフは、自分の周りの時間の流れが変わったことを感じた。

「ヘイストか……いい魔法だ!」

 ウィーグラフはボコに乗ったまま鉄の巨人に真っ直ぐ突撃した。確かに相手には一切の魔法は通じないが、こちらにかけた補助魔法の効果を打ち消すことはない。

「正面から来るぞ!」

 ボコがウィーグラフの指示で鉄の巨人の光線をかわし、そして同時に霧の向こうにいる鉄の巨人にウィーグラフは全力をこめた聖剣技を繰り出した。

「天の願いを胸に刻んで……! 心頭滅却! 聖光爆裂破ッ!」

 渾身の一撃が周囲のガレキごと鉄の巨人を吹き飛ばし、そして鉄の巨人が目をチカチカと点滅させながら身体を起こした。

「まだ立つか……!」
「警告! 警告! 警告! 自爆モード! 30……29……システムエラー発生!」
「! 止まれボコ!」

 近づこうとしたウィーグラフが慌ててボコを制止し、その直後に鉄の巨人が轟音と共に砕け散った。
 粉塵の中で赤い光だけが残り、そして静かになったその場所に光は落ちた。
 ウィーグラフはボコから降り、慎重に光の元を拾った。

「……聖石だ。これで動いていたのか?」

 ウィーグラフが拾ったクリスタルには自身が持つアリエスと同じように星座が刻まれている。そして間違いなくこれがベイオウーフの求めていたものだと確信し、剣を納めベイオウーフ達を呼んだ。



「貴公の言っていた〝救う〟とはそういう事……だったのか?」
「ああ。聖石キャンサー……これならレーゼを元に戻せるはずだ」

 静けさを取り戻した神殿跡でベイオウーフから「レーゼは元々人間の姿で呪いによってドラゴンになった」「呪いをかけたのはライオネルのブレモンダと言う司祭である」「そしてブレモンダは罪をベイオウーフに着せ異端者の烙印を押した」「聖石の力で元に戻るらしい」と聞いて、さすがのウィーグラフも驚きを隠せなかった。

「怖いかもしれないが大丈夫だ。何かあれば必ずオレが助けるから」

 ベイオウーフは優しくレーゼに微笑み、鉄の巨人から落ちた聖石キャンサーを渡した。
 レーゼは神殿の物陰へと進んでいく。そしてその姿が消えて少しして、光が神殿内を包み込んだ。

「どう……なったの?」
「レーゼ!」

 物陰から現れたのは、美しい人間の女性だった。彼女の手には聖石が握られており、ゆっくりとした足取りでベイオウーフに近づいた。

「レーゼ……きみなのかい?」
「ベイオウーフ……」

 女性の目から涙がこぼれる。ベイオウーフは女性に駆け寄り、強く抱きしめた。

「ベイオウーフ。こうして貴方とまた会えるなんて」
「レーゼ……! 愛しいレーゼ!」

 互いに名を呼びあい、ただひたすらに抱擁する姿に、ウィーグラフは安堵の表情を浮かべた。




「本当に有難う。感謝するよ……」
「ああ」

 あの後バルマウフラの船でゼルテニアに戻り、改めて感謝の言葉を告げるベイオウーフに、ウィーグラフも笑顔で答えた。レーゼは疲れている様子ではあったが、ベイオウーフと手を握り合っている様子はとても幸せそうだ、とウィーグラフは思った。

「それで、これから貴公はどうするつもりなのだ?」
「そうだな……どこかの国に亡命するか、もしくはこのままひっそりと暮らすか。構わないさ。レーゼと一緒ならオレは幸せだよ」

 ベイオウーフには教会から多額の賞金がかけられている。例え畏国を離れようと二人は一生〝異端者〟の汚名と共に逃亡を続けることになるのは明らかだった。だからこそウィーグラフは一つの提案をした。

「ベイオウーフ。私と共にライオネルへ戻らないか?」
「ライオネルに?」
「ああ。貴公の話が真実であることはこうして目の当たりにした。ブレモンダと言う司祭の蛮行をドラクロワ枢機卿に談判すべきだ。もちろん貴公とレーゼ殿の身は私がこの身をもって守ると約束する」
「それはダメだ。いくら君でもリスクが高すぎる」
「ええ……ブレモンダは自分の保身の為なら手段を選ばない男です。貴方だけじゃなく貴方の大切な人にも迷わず危害を与えるかもしれません」

 ベイオウーフの言葉にレーゼが同意する。しかしウィーグラフも引かなかった。

「すまない……半分は私のエゴでもあるのだ。あの鉄の巨人は聖石の力で動いていた。レーゼ殿を人間の姿に戻すこともできた。だが私は教会から、ただの象徴としてしか聖石を与えられていない……不安なのだ。私は教会の思惑に知らぬうちに加担しているのではないか、と」
「確かに……ゴルランドでは見たことのないモンスターが聖石を求めてレーゼに襲い掛かっていた。君の仲間も」
「私の仲間? 神殿騎士もゴルランドで聖石を?」
「ああ。でもそっちは手助けしてくれた青年のおかげで話はついたけどね」
「そうか。それで……」
「君にオレを連れて行きたい理由があるなら、喜んで受けるよ。レーゼもそれでいいかい?」
「ええ。ベイオウーフの疑いが晴れてライオネルで再び暮らせるなら、願ってもない幸せだわ」
「有難うベイオウーフ」
「やめてくれよ。礼を言いたいのはこっちの方だ」

 そう言ってベイオウーフはウィーグラフの手を取った。

「君に会えたこと、神に感謝するよ。だが迷惑をかけるようならすぐにこの手を払って欲しい。君にも大切な人はたくさんいるはずだ。逆に君を大切に思う人の為にも、オレ達のために人生をかけるようなことはしないでくれ」
「……心に留めておこう」
「話はついたようね。じゃあ私はここでお別れにするわ」

 ベイオウーフとレーゼが抱き合っている間に先に船を用意すると言って姿を消したバルマウフラだったが、船には行きになかった大きな革袋が置かれており、ウィーグラフは船を見上げてからバルマウフラに視線を戻した。

「ところで君は密猟者だったんだな。ただの娘ではないと思っていたが、まさかあの間にヒュドラを狩っていたとは驚きだ」
「ええ。騙してごめんなさいね」

 そう言いながらもバルマウフラは満足そうな表情で続けた。

「本当はセッティエムソンと取引できるハイドラが目的だったんだけど……ヒュドラでも十分な収穫だわ。あら、密猟者は許せない?」
「いやそうではない。納得しただけだ」

 モンスターを載せられるような大きな船を一人で乗り回していたのも、危険な目にあっても顔色一つ変えずに対処していたことも、彼女が誰かに雇われたハンターであれば納得のいくものだった。そしてウィーグラフは彼女の雇い主についても心当たりがあった。

「それに君の知識の量や魔法の腕、品格はただの密猟者とは思えん。そして君の言う魔法の師は……」

 剣に流派が存在するように、魔法も誰かから本格的に師事すれば使い方や作法が似てくるものだ。そして彼女は言っていた。いつか自分の師を直接超えるために空中にいる相手を落とす魔法のアレンジを加えたのだと。

「さすが……英雄は目の付け所がいいわね。でも詮索はしないって約束よ」
「そうだったな。君の正体が私の予想通りなら、私も君に詮索されては困ることになる」
「あなたが教会の広告塔になっているように、その広告を支えるための裏方だって必要よ。畏国はまだそういう時代だわ」
「そうだな。だが君のような若い娘がその犠牲にならずに済む未来を私は創りたいと思っている」
「……有難う。ああ、もちろん私もあなたが異端者と同行していることは口外しないと約束するわ。だから私のことも、今はあなたの心の中に隠してもらえないかしら」
「分かった……無茶はするなよ」
「あなたもね」

 バルマウフラはウィーグラフに笑顔で答え、そしてそのまま再び船を出した。行先はおそらく密猟された物を取り扱う場所――貿易都市ザーギドスだろう。

「ウィーグラフ」
「どうした?」

 バルマウフラの姿が消えた後に、ベイオウーフがウィーグラフに再び話しかけた。

「さっきゴルランドで出会った青年の話をしただろう? 彼は君にとても似ていた。レーゼに再び会うまではこの運命を呪ったこともあったが、こんな真っ直ぐな目をした人間に二度も助けてもらえるなんて、オレはツイてるのかもしれないな」
「そんなに良い青年だったのか?」
「ああ。剣の腕はまだ完成されていないが、彼はきっとこの畏国を変えて行く人間になる」
「それは素晴らしいな。差し支えなければ名前を聞かせてもらえないか?」
「君になら彼も許してくれるだろう。名前は――」

 ラムザ・ベオルブ――その名にウィーグラフは心当たりがあった。以前ゴーグで会った、ベオルブ家の末弟。特に実績もない子供で実力もさほど感じなかったが、ウィーグラフに理想を尋ねるその目は真っ直ぐでとても輝いていた。
 そして彼の活躍もまた、同じ神殿騎士を務めるメリアドールが、フォボハムのバリンテン大公を言い負かしたと話していたことも思い出した。

(あの時も将来性は感じたが……さらに成長を遂げたか。私も再び会いたいものだな)

 ウィーグラフは口元を綻ばせ、そしてベイオウーフ達と共にライオネルへの道を歩み始めた。

 

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あとがき

ラムザにゴルランド→ゼルテニア→ネルベスカ神殿→ゴーグと移動をさせると大変な長旅になってしまうので、代わりにウィーグラフさんに主人公役をやってもらいました。味方グラフさん大暴れさせたかったし、バルマウフラも出せたので満足です。バルマウフラの師匠は飛行移動が得意な某ソーサラーという設定ですが、バルマウフラは黒魔法時魔法は得意だけど師匠の得意とする白魔法は不得手なイメージ。

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