――機工都市ゴーグ ブナンザ邸――
「親父、これは?」
ムスタディオは、部屋の真ん中にある大きな機械を見上げながら尋ねた。
「第83坑道から見つけたものを組み立てたんだが、うーん……」
ベスロディオいわく、保存状態が良くこれはいけると意気揚々と組み立てたまでは良かったが、何に使うものなのか、何をどうすればいいのかさっぱり分からず、完成してからずっと頭を悩ませているそうだ。
「お前何か知らないのか?」
「データアリマセン」
「見た目は天球儀っぽいよなぁ……」
「言われてみれば確かに……うーん……」
「上の方も見てみようぜ」
ムスタディオはそう言って、労働八号の上に乗り、近づくよう命令した。
そして目の前まで行ったところで、急に労働八号の身体にはめこまれた聖石――アクエリアスが輝いた。
「おっ!?」
「聖石に反応したぞ!」
「あ、親父! ここにマーク書いてあるぞ!」
労働八号の上で背伸びをして覗き込んだところに星座の印があることにムスタディオは気付いた。
蟹座の印だった。そして運のいいことに、ムスタディオはその聖石に心当たりがあった。
「親父! キャンサーだ! ベイオウーフさんを呼んでくれ!!」
「わ、分かった! すぐにライオネルに使いを出そう!」
そして約一週間後――
「へーえ、これが動くのか?」
「やってみなければ分からないけど……まさかまた変形して襲ってくるとかないよな?」
天球儀?を見上げながら目を輝かせているベイオウーフから、ムスタディオは労働八号に視線を移しながら答えた。
「データアリマセン」
「分かってるって。ほら、動かすから手伝えよ」
再度ムスタディオは労働八号の上に乗り、ベイオウーフから預かったキャンサーを天球儀にはめこんだ。
すると天球儀が突然動きだし、徐々に輝きを増していく。
「おおっ!」
「きた、きたー!」
そして轟音と共に光の強さが最大を迎え目を閉じたが、静まってから再び目を開けると、そこには見知らぬ若者の姿があった。
「ここは……オレは一体? 流れに……とても大きな流れに飲み込まれて……それから……?」
若者は、自分の姿や周りを見渡しながら、とても混乱している様子だった。
ムスタディオ達もまさか人が現れるなど思ってもおらず、戸惑いを隠せない。
「これはおそらく……転送機というものだろう。古文書で見たことがある」
「転送機……データ照合。次元ヲコエテ異世界ヲ旅スルコトガデキルト 言ワレテイマス」
「えっ……じゃあここの彼は別世界の人ってことか!?」
ベスロディオと労働八号の説明に、ベイオウーフが若者を指して尋ねた。
「おそらく……その証拠に、あんな服見たことがないぞ」
ベスロディオの言う通り、若者の服装は貴族でも平民でもまず見かけない――ーを通り越して、どのように作られているのかもよく分からないような変わったつくりのものだった。
背中に大きな剣をかけているので剣士のように見えるが、その剣もベイオウーフが持っているものとは全く異なる奇抜なものだった。
ムスタディオは恐る恐る尋ねた。
「な、なあ……お前はどっから来たんだ? 名前は?」
「どこから……分からない。オレは……思い出した。オレの名はクラウド……そう、クラウドだ」
「クラウドか。いきなり来て驚いたんだろ。とりあえずゆっくり話でもしないか? オレの名前はムスタディオだ。よろし……」
「興味ないね」
「……は?」
クラウドと名乗った若者は、今までの混乱していた様子とは一変して、にこやかに近づいたムスタディオに冷たく言い放った。
「あんたの名前なんて興味ないね。オレに必要なのは、戦場だ」
「なんだよ、いけすかないヤツだな!」
さすがのムスタディオもムっとした表情で答えた。しかしクラウドはムスタディオの方を見ることもなく、天井を見ながらぶつぶつと独り言を始めた。
「そう、そうだ……オレは戦士……ソルジャーだ。そうだ、ソルジャーだ」
そこまで言って、急にクラウドは目を見開かせ、そして頭を抱えて苦しみだした。
「お、おいどうしたんだ?」
「うっ……何だこの感じは……指先がチリチリする。熱い、目の奥が熱い……やめろ、やめてくれ……フィロス……」
「なんだよ、アブナイやつだな」
「でもすごく苦しそうだぞ……大丈夫かい?」
今度はベイオウーフがクラウドに近づき手を差し伸べたが、クラウドは頭を抱えていた手をはなし、何かを思い出したかのように立ち上がった。
「行かなければ……そうだ、あの場所へ行かなければ……!」
そしてクラウドはベイオウーフの手を見ることもなく、外へと走って行ってしまった。
「な、なんだったんだアイツは?」
「いや、そんなことより追わなくていいのか? 彼が本当に別世界の人間だとすれば、戻してやらないと」
「……だよなぁ。で、戻る手段はあるのか?」
ムスタディオがベスロディオにそう尋ねると、ベスロディオは再び首をひねった。
「うーんもしかしたら他の聖石の力を使えば……調べてみよう。お前はさっきの彼を連れ戻してきてくれ」
「ったくしょうがないなぁ」
正直面倒ではあるが見過ごすわけにもいかず、ムスタディオはベイオウーフを連れてクラウドを追うことにした。
――翌日 貿易都市ウォージリス――
「ええー! 船に乗ったぁ!?」
クラウドの行方を追うのは難しくなかった。
奇妙とも言える服装に、特徴的な髪形、おかしな言動――目撃情報は多く、ムスタディオ達はクラウドを追ってウォージリスまでたどり着いていた。
しかしあの良く分からない言動に似合わない行動力の持ち主らしいクラウド本人には追いつくことができず、ついにここで彼が船に乗って去ってしまったことを聞いた。
「どうしよう。放っておくわけにもいかないよな」
「さすがにオレは独断で行くわけには……」
「じゃあ、オレだけで行きますよ」
ムスタディオが息を吐いて言った。
「すまない。代わりといってはなんだが、船の代金はオレが出そう。旅賃も含めてな」
「なんかすみません……ベイオウーフさんが悪いわけじゃないのに」
「いいさ。君にも世話になったからね」
「まさかこんな形でライオネルの外へ行くことになるとはなー」
ムスタディオは船を不安げに見あげて、「大丈夫かな」と再び息を吐いた。
――それから二週間後 貿易都市ザーギドス――
「ねえお兄さん、お花はいかが?」
ゼラモニアや鴎国との交易の拠点であるザーギドスは、五十年戦争によって鴎国との国交を断絶したためにぎわいをなくし、行き交う人も極端に少なくなっていた。
そのスラム街で、花を売っている女性がいた。彼女は生まれも育ちもこの場所で、家には病気の母がおり、母を養うために町の外で野花を摘んでは、数少ない通行人に花を売って回っていた。
しかし世の中はまだ花などに興味を示すほど穏やかではなく、花を売り始めて一時間程して、ようやく一人の男が彼女の前で立ち止まった。
使い込まれた刀を下げた、フードを深く被った黒いローブの男。男と分かったのは背の高さと、フードから覗いた端正な顔立ちからだった。
「たったの1ギルよ」
「ふたついただこうか」
「え、本当!? ありがとう!」
花売りの女性は、今日はじめての客に対し、嬉しそうに花を差し出した。
「この花でいい?」
「いい花だ……20ギルで買おう」
「え、それは悪いわ……えっとじゃあ、少しサービスするわね」
多めにギルを渡した男に、花売りの女性は籠を置いてその場に屈み、花のツルでいくつかの花をまとめ、ふたつの小さな花束を作り男に渡した。
「うん、これで20ギルの価値があるかしら?」
「十分だ。有難うお嬢さん」
そう言って花束を持った男はその場を去って行った。
「いい人そうだったけど……きっとあの場所へ行くのよね」
でも素敵な人だったわね、と花売りは見えなくなるまで男の姿を見送った。
「ちょうど良い機嫌取りができたな」
ふたつの花束を見て、黒いローブの男――エルムドアは満足げに笑った。
ランベリーの領主である侯爵がなぜここにいるのかというと、そもそもの用事はゼルテニアのオルランドゥ伯の元へ行くためだった。オルランドゥ伯とはこのザーギドスで落ち合う予定であり、今頃ゼルテニアへ向かう門で待っていることだろう。
ゼルテニアのゴルターナ公と交易を進めているのは、もちろん地理的に近い場所であることもあるが、オルランドゥ伯への恩を感じてこそのものでもあった。昔鴎国の侵略によってランベリーを追われ両親を失った時、ゼルテニアに匿われたエルムドアにとって、最も親身になってくれたオルランドゥは兄や父のような存在であり、そして刀の師でもあった。
そんなオルランドゥから、「一度ゼルテニアに来てほしい」との文が届き、親衛隊のセリアとレディのみを連れて非公式でゼルテニアに訪問することとなったのだ。
ということなのだが――
「……ここか」
エルムドアはスラム街の奥にある階段を降り、その先にある市場に足を踏み入れた。
「ここにあるのはなんとヒュドラの血だ! 飲めばどんな病気も治ること間違いなし! さあ買った買った!」
市場では、モンスターの毛皮や血が並べられた店、場にそぐわないような高価な置物が並べられた店などが点在しており、エルムドアはさらにフードを目深く被りながら、ガラの悪い男とすれ違う。店に並べられた品の中には鴎国にある小国の紋が描かれた装備品も置かれていた。エルムドアはこの場所が何をする場所か知っていた。ここは表には出せない闇取引の品を売買する市場だ。
畏国と鴎国の国交が断絶してからは鴎国産のものを取り扱えば逆賊とされ、捕らえられるようになった。しかしそれでは生きることができないと感じた商人の一部は、こうして盗品や密猟された物を扱うこの闇市場で、こっそり畏国に入り商売を続けているのだ。
エルムドアが立ち止った店も同じで、目の前には鴎国で作られた刀が並んでいる。刀と言えば畏国でも作られてはいるが職人は少なく、鴎国には優秀な刀鍛冶も多い――当然領主としてこうした店は取り締まるべきであり、中には異端者とも思える者もいるが今日はそれを取り締まりにきたのではない。鴎国の刀を見たいがために、エルムドアはザーギドスで親衛隊をまき、単身で忍んでここまで来たのだ。
当然親衛隊――セリアとレディは機嫌を悪くするだろうが、道中いい機嫌取りの品も手に入り、エルムドアは場にそぐわない花束を足元に置き、目についた刀に手を伸ばした。
「アンタお目が高いな……手に取っていいぜ」
店主の男はいわゆる盗人や密猟者のような出で立ちではなく、鍛えられた腕や真剣に刀を見つめる眼光から、刀鍛冶だと判断できた。
鞘を抜くとそこには美しく研ぎ澄まされた刀身があり、ランベリー城に安置している家宝――正宗にも匹敵するものだと感じた。
「良い刀だ……これにする」
「他には目もくれないか……確かにこの刀はオレの傑作品だ。ゆえに簡単には譲れねえ」
「これの対価は?」
「手を見せてみな」
「手?」
「ああ。手は刀をどう扱って来たか、嘘をつかない。オレは傑作品をただのコレクターに譲る趣味はないんでね」
刀鍛冶の言葉に従い、エルムドアははめていたグローブを外し、右手を差し出した。
その手を取って、刀鍛冶は眉をひそめた。
「アンタ……一見綺麗な手に見えたが、とんでもない手練れだな。血の臭いがする……一体どれだけの人間をその手で殺めた」
「……分かるのか?」
「言っただろう。手は嘘をつかないってな……だがちょっと前まで畏国も鴎国も戦場だらけだ。それを咎めるつもりはない。むしろ嬉しいくらいだ」
刀鍛冶はエルムドアから手を放し、そしてニヤリと笑ってエルムドアが差している刀を指さした。
「対価はアンタが今持っているその村正だ。どうだ?」
「かなり使い込んだ刀だ。手入れはしているが……」
「だからこそだ。刀には鍛冶屋の魂だけじゃない。使った人間や斬られた人間の魂も入っていく……使えば使う程味が出るというものだ。アンタほどの剣豪が戦争で使い抜いたその村正なら、オレが鍛えなおせば相当な高価がつくぜ」
「……いいだろう」
そう言って、エルムドアは村正を腰から外し、店主の刀鍛冶にそれを渡した。
「じゃあ、オレの刀はアンタのものだ。可愛がってやってくれ」
「感謝する」
「さっきも言ったように刀は使った人間によって変わるものだ。別にこれで人を斬ってくれと言っているんじゃない。オレの刀を完成させるのはアンタ自身……いい刀にしてくれ」
「……約束しよう」
刀鍛冶からもらったばかりの刀を腰に差しなおし、そして足元の花束を拾い、エルムドアは店を後にした。
市場の他の店には目もくれずそのまま階段を上りスラム街に戻ったエルムドアは、いい刀を手に入れたという満足感とは別に、刀鍛冶の言葉が未だに引っ掛かっているように感じていた。
「血の臭いか……」
グローブを外し、自分の手を見てみる。見た目が血で汚れているわけでも本当に血の臭いがするわけでもないが、確かに刀鍛冶の言うように、戦中は多くの人間をこの手にかけてきた。
しかし戦争が終わり平和に向かって畏国が歩む未来が見えてからは、戦いに出るのをやめ、領主として自分がおさめるランベリー領の民のために生きてきたし、聖職者の一員として民衆のために祈る日々を欠かさなかった。
とは言え、やはり自分が戦場や血を求めているのかもしれない――と感じることはある。民を守りたいという大義を掲げながらも、戦場に出ることも嫌いではなかった。そして現に今、オルランドゥとの待ち合わせを破り、信頼している親衛隊を撒いてまで、裏取引されている刀を買いに来ている。平和を望んでおきながら、この刀を一体何のために使おうというのだろうか。
(どんなに綺麗に生きようとしても、私の本性は……)
そんなことを思いかけた時、そう遠くない場所から女性の悲鳴が聞こえ、エルムドアは顔をあげた。
――数刻前 スラム街にて――
「ねえ、お花はいらない?」
花売りは、ふらふらと歩く若者――クラウドに対してそう呼びかけた。
その声にクラウドは立ち止まり、そして花売りの顔をみて目を見開かせた。
「……! ば、馬鹿な……いやそんなはずは……」
「ど、どうしたの? 私、誰かに似てるの?」
まじまじと見つめてくるクラウドの様子に、花売りは戸惑っていたが、その様子を見てクラウドは首を横に振った。
「いや、なんでもない……」
そしてクラウドは花を買うこともなく、その場を去ってしまった。
「なによもう…… ……!?」
頬を膨らませた花売りの背後から、数人のガラの悪い男が近づき、そして花売りを取り囲んだ。
「ようエアリス探したぜぇ? 今日もオフクロさんのために花売りかい? ご苦労なこったぜ」
「お願い、あと10日……ううん1週間でいいから待って」
そう言って怯えた顔で数歩下がったエアリスと呼ばれた花売りだったが、男のうちの一人に腕を掴まれてしまった。花籠がその場に落ち、足元に花が散らばった。
「や、やめて!」
「ふざけるな! 期限はとっくに過ぎてるんだ! 貸した30000ギル、耳をそろえて返してもらおうか!」
「は、離して……それに私そんなに借りてない……」
「うるせえ! ってよく見たらアンタ結構イイ女じゃねえか。こりゃ、花を売るより春でも売ってたほうがいいんじゃねえのか? ヒヒヒ……」
「良かったら俺達が客を紹介してやるぜぇ……?」
「嫌……」
抵抗しようにも男達に取り囲まれている上に手を掴まれており、どうしようもない。
それにこのまま逃げれたとしても、男達が病気の母に何をするか分かったものではない。
(どうして、どうしてこんな目にあわなきゃいけないの?)
悪い事なんてしたことはない。借金を抱えた今だって、男達が言ったように身体を売ったり取引が禁止された薬や物品をやり取りするようなことにも手を出さず、地道に花を売ってギルを稼ごうとした。
昔母がおとぎ話をしてくれた。貧しかった娘が白チョコボに乗った王子様に見初められる話――なのに現実はなんて残酷なのだろう。花売りは絶体絶命の状況に、目をつぶった。
「その手を放せ!!!」
その声に花売りは目を開け、声のした方を見た。すると先程自分の顔を見るだけ見て立ち去った変わった服装の男――クラウドが必死の形相で男達をにらみつけていた。
「なんだぁてめえ。ヘンテコな格好しやがって!」
「聞こえなかったのか。その汚い手を放せと言ったんだ!」
「……んだとぉ?」
クラウドは花売りの手を掴んでいる男を突き飛ばし、そして二人の間に入り、花売りを庇う形で手を伸ばした。
「今のうちに逃げるんだ……!」
「……あ……ありがとう」
一瞬クラウドのことを心配した花売りだったが、男達に襲われる恐怖が勝り、そのまま叫び声をあげて一目散に逃げた。
それにより男達はクラウドを一斉ににらみつけた。
「てめえ、ナメたマネしやがって! ぶっ殺してやる!」
「オレとやるのか? ソルジャーと呼ばれたこのオレと……」
クラウドは背中に手を回し剣を取ろうとする……が、剣は背中にはなかった。
ふと、道中の山岳地帯の山頂に剣を刺してきたことを思い出す。何故そんなことをしたのか――覚えていなかったが、確かにそんなことをした。そして同時に、クラウドは再び頭痛に襲われた。
「うっ……頭が……やめろ! オレは人形なんかじゃないッ! ソルジャーだ! ソルジャーなんだーッ!」
「な、なんだコイツ……!?」
「アブねえクスリでもやってんのか?」
「うわああああああ!」
クラウドの異常な様子にさすがに戸惑いを見せたゴロツキ達だったが、いきなりクラウドが殴りかかってきたので、それを避けて再びクラウドに対して敵意を向けた。
「気味の悪いヤツだな! マジでぶっ殺してやる!」
そう言ってそのうちの一人がクラウドを殴り飛ばし、それによって飛ばされたクラウドは壁に背中を打ち付けた。
「くっ……うう……」
「口先だけで全然強くないぜコイツ。へへ……変な服着てるし、身ぐるみはがしてさっさと殺っちまうか!」
別の男がナイフを構え、その場で動かず頭を抱えたままのクラウドに斬りかかろうと歩み寄った。
「そこまでにしろ」
背後から低いがよく通る男の声が聞こえ、ゴロツキの一人が舌打ちして振り返った。
「今度はなん……ぐっ……」
振り向いたと同時にみぞおちに刀の鞘を深く突かれ、そのまま一人が倒れた。
その様子に、クラウドを殺そうとしていた他の男達もクラウドではなくその男を見た。
「どう見ても勝負は君達にある。これ以上の殺生は不要ではないかね?」
「次から次へとめんどくせぇ日だな……てめえもコイツみたいになりてえのか? あぁ!?」
「引くつもりはないか……生憎今の私は少し暴れたい気分だ。この刀の錆になってもらうことになるが、いいのか?」
「刀とは随分高尚な趣味だな……こんな変なヤツよりよっぽど金になりそうだ!」
「ああ、仲間のカタキを討たせてもらおうじゃねえか!」
「そうか……では私のストレス発散に付き合ってもらおう」
男――エルムドアは持っていた花束を後ろに置き、被っていた黒いローブのフードを外した。
そして特徴的な銀の髪をかき上げ、買ったばかりの刀を抜きながら口の端をあげた。
そして数分後――
「うっ……」
「こ、こいつ……強ぇ……」
「他愛もないな。これ以上は君達の命の保証をしかねるが、まだやるかね?」
そう言って不敵に微笑むエルムドアに、ゴロツキ達は背筋を凍らせて立ち上がった。
「ひっ……バケモノ! そ、そうだ銀の髪とかこいつ絶対人間じゃねえ! 逃げるぞ!」
「お助けー!」
すでに気を失っている仲間を背負い、ゴロツキ達は一目散に逃げていった。
「バケモノ呼ばわりとは無礼な」
エルムドアは振り向くこともなく逃げていくゴロツキを刀を鞘に戻しながら見送り、息を吐いた。
そして壁にもたれかかって身体を震わせたままの男――クラウドを見て、近づく。
「……奴らならもう心配ない。大丈夫か?」
「すまない……」
そう言って、クラウドは顔を上げる。そしてエルムドアの姿を見て目を見開かせ、先程よりもいっそうに身体を震わせた。
「……あ、ああ……ッ……」
「どうした?」
「……フィロス……セフィロスッ!」
クラウドはそう叫び、急に立ち上がりエルムドアにつかみかかった。
「!?」
「殺す……よくもエアリスを……ニブルヘイムのみんなを……返せ、返せーッ!」
その勢いでクラウドはエルムドアを押し倒す形になり、両手をエルムドアの首にかけた。
「っ……」
エルムドアはというと、まさか助けたはずの男に襲われるとは思わず、意識を刀に向けたが完全に相手の身体に阻まれて抜けそうにない。
しかもローブが踏まれているので足もろくに動かせず、自分の首を絞めてくる相手の腕に手をかける程度の抵抗しかできずにいた。
何とか目を開けるも、相手はまるで親の仇でも見るかのような血走った目で一心不乱に何かを叫びながら自分の首を絞めており、覚えはないが本気で自分を殺そうとしているのを悟るだけだった。
(こんなところで……私は殺されるのか?)
相手の顔に全くの覚えはないが、先程の刀鍛冶に言われたように、戦中多くの人間を殺してきた。相手に直接恨みなどなかったが、それが国のため、民衆のためだと信じて自分の手を血に染めてきた。
だからこそ今は戦いたいという本心を抑えて、平和のための治世に励み、戦中よりもいっそうに敬虔に祈りを捧げてきた。
それなのに、いつの間にか恨みを買い、そして覚えもないままに殺されるのか。
(嫌だ……死にたくない……だ、誰か……)
助けを呼ぼうにも、そもそも護衛を撒いて、落ち合う剣の師を欺いたのも自分自身だ。
これは因果応報。助けなど来ない――そう悟ったのと同時に身体から力が抜け、せめてもの抵抗として相手の腕を掴んでいた手が滑り落ちる。
「……は我なれば…… …天停止!」
ふと意識の遠くから詠唱の声が聞こえ、そして自分の首に体重を乗せていた手が少し軽くなった気がした。
「うっ……」
「メスドラーマ様ッ!」
聞き覚えのある声がしたので薄く目を開けたのと同時に、自分を押し倒していた男の身体が剥がされ宙を舞った。
ずっと絞められていた首元が解放され、空気が一気に身体の中に入る。
「あ……がはっ……は……」
「ご無事か侯爵様!」
咳きこんだエルムドアを抱き起こしながら、クラウドを投げ飛ばした男は声で呼びかけた。
息を整えながら男を見ると、そこには町の門で待っていたはずのオルランドゥが安堵と焦りが混じった表情を浮かべていた。
「良かった……意識はありますか?」
「シド……?」
「ええ。もう大丈夫です」
「オルランドゥ卿、何故ここに? 助かったのか……私は?」
ようやく呼吸も整い精神的にも落ち着いてきたエルムドアは、オルランドゥに補助されながらゆっくり起き上がった。
見るとオルランドゥだけでなく、その義理の息子であるオーランが、時が止まったように動かないクラウドの前に立っていた。
どうやらオーランの占星術によって相手は固まっているようだ。
「侯爵様、一体何があったのですか!?」
「そこの青年が町の賊に襲われていた。助けたはずだったのだが……良く分からない」
「義父上、どうしましょう?」
「事情は分からぬが、侯爵を手にかけようとしたのは事実……普通ならば死罪に値するが……」
「待って! この人を殺さないで!」
オルランドゥの言葉を女性の声が遮った。エルムドアはその女性に見覚えがあった。刀を買う前に花を売っていた女性だ。
「私が助けてって言ったのはこの人のことよ!」
「何だと?」
「どういうことだオルランドゥ卿」
状況が呑み込めないエルムドアだったが、オルランドゥが簡単に説明した言葉によると、中々待ち合わせ場所に来ないどころか親衛隊の女に「侯爵様とはぐれてしまった」と泣きつかれて町を探し回っていたところ、その花売りの女性に人が襲われているからと助けを求められ、そして来てみたらエルムドアが襲われていた、ということらしい。
「この人は私を助けるために……悪い人じゃないわ。お願い、殺さないで」
「侯爵様、何があったのですか?」
逆に質問を返され、エルムドアは「女の悲鳴が聞こえたのでそこへ行ったら青年が賊に襲われて苦しそうにしていたので助けたまでは良かったが、急に青年が錯乱して襲い掛かって来た」という旨をオルランドゥに説明した。
「成程。話は一応つながったが……」
「……あ……」
そうしているうちにオーランの術が解け、クラウドは意識を取り戻し辺りを見回した。
「オレは一体何を……? 何をしていたんだ?」
「よかった! あなた無事なのね!?」
「……君は。よかった、君も無事だったんだな」
花売りの女性が男に駆け寄り、そして男も安心した様子で微笑んだ。
その様子は先ほどの錯乱した感じはなく、一番近くにいたオーランがゆっくり話しかけた。
「変わった服装をしているね。名前は? どこから来たんだ?」
「オレの名はクラウド……ソルジャーだ。あとは……覚えていないんだ」
「記憶喪失か?」
「分からない……だが少し思い出した。オレのいるべき場所はここじゃない。帰らなければ……待っている人がいるんだ……」
「故郷に帰りたいのね?」
「そうだ……さっきはすまなかった。君にとても似ている人がいるんだ。とても大事な人だった……」
「そうなの。でもありがとう助けてくれて。これはほんのお礼よ」
そう言って、花売りはクラウドに一輪の花を差し出した。花を受け取ったクラウドは、座り込んだままのエルムドアの前まで歩いて目を伏せた。
「すまない人違いだ……目が違う。アイツの目はもっと冷たい魔晄の色をしている……」
「魔晄?」
「いや……分からないならそれでいい。本当にすまなかった」
「……」
クラウドからは一切の殺意を感じなくなっていたが、まだ残る首元の違和感に先程の凶行を思い出し、エルムドアはどう答えるべきか困惑していた。
「あークラウド! クラウドいたーッ!!!」
遠くから、クラウドの名を呼ぶ声がし、その場にいた全員がそちらの方を向いた。
「ムスタディオ?」
「あれ、オレの名前ちゃんと覚えてたのか? ……って、そんなことよりすっげえ探したんだぞ! 途中爆裂団とか言うヘンなのに絡まれそうになるしさぁ!」
「そうか。大変だったな」
「他人事!? ……ま、いいや。とりあえずゴーグに帰ろう、な?」
「オレは帰ることができるのか? ここじゃない、約束の地へ」
「や、約束の地ぃ? えーっと……多分親父が今頃なんとかしてくれてるよ!」
「そうか……ならばゴーグへ行こう」
クラウドの言葉に、「もういきなり逃げるのなしだからなー」とムスタディオはクラウドの背中を叩いた。
「あ、もしかしてコイツが迷惑かけたりしました? だとしたらすみません。コイツ、ちょっとヘンだけど悪いヤツじゃないんです」
「あ、ああ……侯爵様、それで宜しいので?」
「良く分からないが……彼がそこの花売りを助けようとしたのは事実のようだ。私の事は事故だと思って許すしかあるまい……」
「よし! じゃあゴーグに帰るぞクラウド! あ、ついでにランベリーにさ、アルガスって友達がいるんだ。あいつ探してうまいもの奢ってもらおうぜ!」
「ついでに剣を回収しなければ……頂上に隠してきたんだ。あれがないとオレは……思い出したんだ。あれはすごく大切な物だ」
「お前何やってるんだよ! でも、だったらなおさらアルガスを探して手伝わせなきゃな」
「……わかった。そうしよう」
何の事情も知らないムスタディオに押されるように、クラウドはそのままその場から去っていった。
「……えっと、あなたもありがとう。さっき花束を買ってくれた人、でしょう?」
「あ、ああ……」
しばらく時が止まったかのように沈黙が流れたが、それをなんとかするかのように花売りの女性がエルムドアに声をかけ、そして道端に置かれた花束を拾い上げた。
「よかった、花束も無事みたい。でもちょっと乱れちゃったみたいだから、直しておくわね……はいどうぞ」
花束を整え、花売りはエルムドアに再び花束を渡した。
「誰かにプレゼントするんでしょう? 喜んでくれるといいわね」
「そうだな……怒られそうだが」
「そんなことないわよ。だってこれだけ綺麗な花だもの。じゃあね」
そう言って、花売りもスラム街の中に消えていった。
「では、我々もゼルテニアに向かいましょう」
「うむ……オーラン。先に行ってセリア殿に侯爵様が無事だった旨、伝えてくれないか。私は侯爵様と後から行こう」
「かしこまりました、義父上。では町の入口にて」
「頼んだぞ……して、侯爵様」
先に町の中心部に向かうオーランを見送りながら、オルランドゥは横にいるエルムドアをに鋭い視線を向けた。
「……な、何か?」
「その様子ですと私が何を言おうとしているか、分かっていらっしゃるようですな?」
「……う」
「その服装にセリア殿達の様子から察しましたが……何を遊んでいらっしゃるのですかな?」
言葉遣いこそ丁寧だが、目が笑っていない。その様子にエルムドアは覚えがあった。
自分がまだ未熟な少年だった頃、刀の師として優しくも厳しく接していたあの時の顔に似ている――エルムドアはそう思った。そしてエルムドアが思った通りに、オルランドゥは怒鳴った。
「大体侯爵様! 貴方は確かに剣の腕前はいいが、昔から油断と隙が多すぎると申し上げているでしょう! このようなお遊びは大概になさい!」
「わ……私はもう子供では」
「子供のようなことをなさっておいて何を言いますか! あと少しで殺されるところだったのですぞ!」
オルランドゥの怒声に、エルムドアは言葉を詰まらせ、そして視線をそらし小声で「すまなかった」と伝えた。
その様子にオルランドゥはため息をついて、エルムドアの両肩に手を置いて強引に自分の方へ向かせて言った。
「良いですかメスドラーマ様。貴方はこんなところで死んではならないのです。貴方はまだ、多くの人を救わねばならないはずでしょう」
「救う、か」
オルランドゥの言葉に、エルムドアは自嘲した。
「私に救えるのか? 第三者から見れば、私など綺麗事を並べて多くの者を殺め、血と戦いに飢えた本性を持つバケモノのような存在だろう」
「そんなことはない!」
オルランドゥは、自虐の言葉を口にするエルムドアの手を取って続けた。
「例え今貴方の手が血で汚れていようとも、貴方の手はこれから多くの人を救う手だ! そして戦いに飢える本性が抑えられぬとおっしゃるなら私がいつでも相手になりましょう!」
「シド……」
「……頼りなさい。私は貴方の師ですぞ。弟子を育てるのは師の役割でしょう? メスドラーマ様」
「そう……だな。試すような事を言ってすまなかった。ところでシド」
「セリア殿らへの謝罪はお一人でなさいませ」
即答したオルランドゥに、エルムドアは「厳しいな」と眉をひそめた。そして静かに立ち上がり、髪をかき上げた後再びフードを被り、オルランドゥに言った。
「迷惑をかけたなオルランドゥ卿。行かなければ……多くの者を救える明日へ。聖アジョラの子、いや……一人の人間として」
「ええ。そうすればきっと、侯爵様もこんな格好をせずとも自由に遊びに行ける日が来ましょう」
「……それまでは我慢か。仕方がないな」
エルムドアは買ったばかりの刀の柄に触れる。刀鍛冶は言っていた。刀で人を斬って欲しいのではなく完成させて欲しいと。そして、刀を完成させるのは使い手の魂であると。
刀鍛冶本人の望みは分からないが、エルムドアはこの刀を人を救う刀として完成させたい――心の中でそう誓った。
あとがき
せっかく平和な畏国を作る話を作っているので、そんな世界線でもクラウドさん大暴れさせたいなという気持ちと、エルムドア侯爵の刀の師匠がオルランドゥ伯で、そのため侯爵はオルランドゥを父のように慕っている(そのためゲーム本編でも南天騎士団についた)という勝手な妄想を作品にしたいと思った結果、混ざってこういうことに。ムスタの出番が微妙に少なくなったので、アルガスを巻き込んだムスタディオ&クラウドの珍道中(vs爆裂団)もそのうち書きたいかもしれない。