IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~

-番外編2 ミルウーダ・フォルズ-

 

――ランベリー領 某所――



 骸騎士団の一員でありウィーグラフの妹でもあるミルウーダは、ランベリー領のとある農村へと来ていた。
 グレパドス教の布教活動……というのは名目上のことで、五十年戦争後、彼らは各地の農村へ赴いては、貧しい子供達に文字を教えて回っていた。
 元々傭兵部隊のような彼らが何故そんなことをしているのかと言うと、それはウィーグラフの理想によるものだった。


――民衆はもっと学ぶ機会を得なければならない。民衆が学び知識をつければ、民衆を従える貴族達もまた賢くならねばならないのだから。


 ウィーグラフはミルウーダ達にそう言い聞かせてきた。中には「そんなことより一揆を行うべきだ」と考える者もいたしミルウーダもその気持ちが分からなくもなかったが、それでも兄の理想に従ってみたいという気持ちもあった。
 兄は誰よりも学び誰よりも鍛錬し、その結果貴族達に認められたのだから、兄の理想は蜂起するより時間はかかっても、きっと良い結果になるだろうと思った。


「ミルウーダ、ここも貧しそうだが他よりも少し活気があるな。そう思わないか?」


 共に来た騎士ゴラグロスの言葉に、ミルウーダは辺りを見回した。
 戦争終結の直前まで鴎国によって落とされていたランベリー城の傘下にある農村は、土地も人も戦争の爪痕が大きかったと聞いていた。
 実際、一部の民家が倒壊したまま残っているなど、この農村もまた、戦争の影響を感じるものだった。
 しかし、暮らしている人々は慌ただしく動いており、その表情はゴラグロスの言うように活気的だ。


「教会の話によると、領主自らが各地で民衆をねぎらい、仕事の少ない騎士団の人員を復興に割いているそうよ」
「ウィーグラフを騎士と正式に認めた件といい、貴族も物分かりがよくなったのかな」
「……どうかしら。兄さんはとにかく、貴族が私達全員に優しくなったなんて思えないけど」
「あらこんにちわ。あなたが教会の人?」


 村の入口で話していると、村の住民と思われる女性が声をかけて来た。ミルウーダは「こんにちわ」と返した。


「教会の人間というのは建前です。私達は布教ではなく、子供たちやあなたたちに、文字の読み書きを教えてまわっているのよ」
「文字ねえ。作物を作るのにそんなの必要かしら?」
「文字が読めれば、貴族のお触れも理解できますし、本を読むのはとても楽しい事よ。冒険書とか」
「そうなの? ああ、宿はないから滞在中はあそこの小屋を使ってくださいな。粗末な場所な上、騎士団の方と同宿ですけど」
「騎士団の人間が来ているのか」
「ええ。モンスター退治に……なんだけど……」
「どうしたの?」


 女性の話によると、二週間ほど前に村で唯一のチョコボ車を引いていた村人がパンサーの群れに襲われ絶体絶命の危機にあったのだが、その時に大きなチョコボによって救われたのだという。そしてそのチョコボを討伐するために、騎士団から一人の兵士が派遣されたそうだ。


「どういうこと? 人を助けたのだからいいチョコボなんでしょう?」
「そのチョコボっていうのが妙なのよねえ。夜になったら物凄い声を出して畑だろうが森だろうがお構いなしに駆け回るの。おかげでせっかくの畑も台無し。なのに全然姿は見えないし、白く輝いたとか変な噂も流れるし」
「ちょっと意味が分からないわ」
「でしょう? でも本当のことなのよ。しかもその兵士っていうのが……」


 ミルウーダの疑問をよそに、女性は兵士の話題に変え苦笑した。女性曰く、その兵士がまだ子供で実力も不足しており、かれこれ一人で一週間ほど村に滞在したまま毎日チョコボと格闘しているらしい。


「いい子ではあるのよ。昼は私達の仕事にも興味を持って手伝ってくれるし、パンサーならボウガンでさっくり狩ってくれるし。でもあのトリックスターには勝てる気がしないわ」
「トリックスター?」
「私達の間ではそういう名前になってるの。人を助けたのに農村は荒らす、声はするのになかなか姿が見えない、見えてもすぐに逃げてしまう、なのに毎日やってくる。本当にどうしたらいいのか」
「確かにそりゃあトリックスターってやつだな」


 女性の説明に、ゴラグロスが同意した。


「それにしても姿を現さないチョコボ相手に一人で戦ってるわけ? その兵士」
「応援を呼べないのか聞いたら、意地になっちゃったのか一人でやるって言い張るのよね」
「それなら安心しろ!」


 女性の背後から声がしたのでそちらに視線を向けると、一人の少年が自信ありげな表情で近寄って来た。
 右手にボウガンを持っており、村人と比べて良い身なりも含めて、彼がその兵士であるとミルウーダは察した。


「オレだって伊達に一週間もここにいるわけじゃない。毎日ヤツが通る道に罠をしかけてやった。動きさえ封じれば、あとはこれで……ってお前ら誰だ?」


 得意げに女性に語っていた少年は、ミルウーダ達の姿にようやく気付いたのか訝し気な表情で尋ねた。


「教会の者よ。私はミルウーダ・フォルズ。こちらはゴラグロスよ」
「君がランベリー騎士団から派遣された兵士か? よかったら俺達も力を貸そう」
「オレはアルガス。フォルズって確か、骸騎士団の……だよな?」
「良くご存じね。ウィーグラフ・フォルズは私の兄よ。私達は骸騎士団として、農村の人達に対し啓蒙活動を行っているわ」
「……力なんて借りる必要はない。オレ一人で十分だ」


 アルガスと名乗った少年はミルウーダの説明を聞いて少し迷う様子はあったが、はっきりとそう断った。


「何故? 人手は多いに越したことはないでしょう」
「オレにはオレの事情があるんだよ。ていうかお前らは教会のお仕事で来ただけなんだろ? だったら自分の任務を果たせばいい」
「一週間もここの人に世話になっておいてよく言えたものね」


 どういう事情かは分からないが態度の悪いアルガスに、ミルウーダははっきりとそう告げた。
 悪い子ではないと村人は言っていたが、"骸騎士団"と知ってから明らかに態度が変わったのは確かだ。そういう貴族は多くいた。ただの平民だったにもかかわらず、教会の犬として堂々としているのが気に食わないと直接暴言を吐く者もいた。
 きっとこの少年もそうなのだろうと思うと、自然と自分の態度も悪くなる。そしてミルウーダの言葉に、アルガスは「何だと!?」とミルウーダをにらみつけた。


「まあまあまあまあ。村の入口でいきなり口論は良くないぞミルウーダ。ウィーグラフも言ってるじゃないか、相手の言葉にも耳を傾けろって」
「アルガス君もおさえて。とりあえずここで立ち話というのもアレですから、とりあえず中で……お茶もありませんけど」




 ゴラグロスと村の女性になだめられて小屋の中に場所を変えたミルウーダは、とりあえずアルガスから事情を聞くことにした。
 ちなみに村の女性はというと、仕事があるのでと足早に立ち去ってしまった。ゴラグロスは少し寂しそうにしていたが、ミルウーダがにらみつけると、大きくため息をついてアルガスに尋ねた。


「村の方も言っていたが、君は一人でトリックスターとやらを狩ることに執念を抱いているようだ。それは何故なんだ?」
「おおかた手柄を独り占めしたいんでしょう。子供の考えることだわ」
「なんだと……!」
「だからケンカするなって! ミルウーダも子供相手にみっともないぞ」
「ああ……悪かったわ。でも一人で戦うメリットなんて、他にあって?」
「アンタらみたいに成功して上にのし上がってきた平民には分からないだろうが、貴族っていうのは平民以上に身分にとらわれた愚かな奴らばっかなんだ」
「は? 何を言って……」
「オレの家は没落した貴族の家系だ。オレには家を再興させる義務がある」


 アルガスの事情というのをざっとまとめると、平民ほどでないにせよ貧しい貴族家庭で育ったアルガスは、貴族のくせにと妬む平民と、没落したことを馬鹿にする貴族の間に立たされ、身分の差というものに潰されそうな、それはもう涙ぐましい日々を送って来たそうだ。
 しかしそんな彼にもチャンスがあり、とある任務で下っ端として志願したところ領主であるエルムドア侯爵に目をつけてもらい、ベオルブ家の子供と一緒に様々な任務を成功させてきたらしい。
 その後ランベリーに戻り侯爵から直々に言葉と報酬ももらえたが、成功した彼を待っていたのは、貴族たちの僻みだったそうだ。具体的には、帰ってきてからというものロクな任務も与えられず、来るのは農村の手伝いばかり。そんな彼にとって、このトリックスターの出現は、待ちに待った出世のチャンスだそうだ。


「別に農家の手伝い自体はキライじゃない。オレはあいつらと違って、平民だからと見下すのはやめたんだ。でもあいつらのいいようにコキ使われるのはごめんだぜ」
「そう。あなたの身の上はよくわかった。そして悪い人間ではないってこともね。でもそれならなおさら、私達と手を組むべきじゃない?」
「……」
「別に私達はここで名を上げるつもりはないけど、村が荒らされては子供に読み書きを教えている場合じゃない。つまりトリックスターをなんとかする理由はこちらにもある。そしてあなたは任務を完了して、良い報告をしたい。利害は一致しているはずよ」
「オレの話を聞いて分からなかったか? 平民の、しかも女の手を借りて任務を成功させてなんて知れたら、バカにされるのがオチなんだよ」
「……何それ。結局私達のこと平民だって見下してるんじゃない。というか、女だからっていうのはあなたの身の上話に関係ないわよね」


 ミルウーダの言葉に、ゴラグロスは「あーあ」と小さく言葉を漏らした。
 
「女だからってナメられるのは、平民だと差別される以上に嫌いよ。あなたのような子供くらい、軽くあしらえると思うけれど」
「そうそう。ミルウーダは本当に強いぞ。なんたってこの前腕相撲でギュスタヴをコテンパンにしたからな」
「……あなたどさくさに紛れて何を言っているのかしらね?」
「いやなんでも」
「ああもう! うるっさいな!!!」


 軽口をたたくゴラグロスの胸ぐらを掴んだミルウーダに、アルガスはついに苛立ちを爆発させた。


「とにかく俺は! あいつらの応援を呼ぶのも、お前らの手を借りるのも嫌だって言ってるんだ! いいだろそれで!」
「良くない!」


 キレたアルガスに、ミルウーダはきっぱりと言い、そしてアルガスを指さして続けた。


「たかが一匹のチョコボに一週間も苦戦しているような子供が偉そうに言うな! あなたのそのワガママのせいでここの人達は長く苦しんでいるのも分からないの!?」
「……っ……今来たばかりの女の分際で! っていうかあいつはマジで速いんだ! オレとこのボウガンの狙いは悪くない!」
「だから手伝うって言ってるのよこのクソガキ!」
「……クソッ! 分かったよ!」


 口論はついにミルウーダに軍配が上がったようだ。アルガスは舌打ちした。
 
「散々偉そうなことを言いやがって、オレはもう知らないからな! オレがアンタらを守れなくても、貴族の風上にもおけないとか恨むんじゃねえぞ!!!」


 アルガスが言うに、農村へ手伝いに行く兵士達にエルムドア侯爵は「民を守るのは貴族の役目である」といつも言っていたそうだ。


「そんなこと言うわけないじゃない。っていうか……もしかしてあなた、本音は私達を巻き込みたくないとか?」
「教会から正式に派遣されてきたアンタらに何かあったら、バカにされる程度じゃ済まないからな……」
「可愛いところもあるのね。でも安心なさい。先程そこのゴラグロスが言ったように、私はそんなか弱い女じゃない。役に立ってあげるわよアルガス君」
「だから子供扱いはやめろって!」


 再び噛みつこうとするアルガスにミルウーダは小さく吹き出し、そしてアルガスは気恥ずかしそうに顔を背けた。


「ったく……ホント女騎士っていうのはどいつもこいつも気が強くて嫌になるぜ」
「はは。まあ、協力するということでまとまったことだし、改めて君の張った罠の事とかも含めて、作戦会議といこうじゃないか」




 小屋の中で作戦会議をして夜を待ち、そしていつもトリックスターが現れる畑の近くにある民家の裏に身を潜めた。



「罠をしかけたのはあのへん?」
「ああ。ここの地主の許可を貰って、二日かけて落とし穴を掘った。上の偽装もカンペキだろ?」
「でもそのトリックスターは見えないんだろ? 落とし穴なんてひっかかるのか?」
「一週間追い続けて分かったが、あいつが見えないのは、別に透明になってるわけじゃない。ちゃんと理由があるんだ」
「というと?」


 ゴラグロスの問いにアルガスが答えようとしたが、それを遮るかのように風を切り裂くような甲高い叫び声が辺り一面に響いた。


「な、何!?」
「目をふさげ! 早く!」


 アルガスがそう叫んで反射的に目を閉じると、目を塞いでいても分かるほど周囲が一瞬、強く輝いた。
 光がおさまるのを待って目をあけると、アルガスが仕掛けた落とし穴の方から鳴き声がした。


「やったかかった!」


 アルガスがボウガンを構えて穴に近づくのを追って穴の下を見ると、そこにいたのは真っ白なチョコボの姿だった。


「そうか、光と声で私達の感覚をマヒさせていたのね……」


 つまりこういうことだ。トリックスターは甲高い声と白い身体から発する光によって、相手の感覚を一瞬くらませ、そこに自身の速さも相まって、消えて見えるだけだったのだ。


「でも待って。チョコボが発光するなんて聞いたことないわよ」
「それより今のうちに……!」
「クェー!!!!」


 穴に向かって矢を放ったアルガスだったが、それよりも早くトリックスター、改め白いチョコボは羽ばたきをし、光の玉を自身の前に作りだした。
 光の玉は矢を弾き穴の上、アルガスの頭上まで昇った。


「危ない!」


 光の玉――チョコメテオがアルガスに落ちそうになったが、ミルウーダがアルガスに飛びついたことで間一髪で避けることができた。


「大丈夫!?」
「あ、ああ……って……」


 起き上がっているうちに白チョコボは落とし穴から自力で脱出しており、バサバサと羽ばたきながらアルガスの方をじっと睨みつけていた。


「あそこから出るとかマジかよ……自信作だったんだぜ……?」
「そんなこと言ってる場合じゃないんじゃないか。あいつ明らかに怒ってるぞ」
「逃げる気はなさそうね。だったら好都合じゃない」


 臨戦態勢の白チョコボに、ミルウーダは一番前に立って剣を構えた。


「た、確かにな……一週間の戦いについにケリをつける時がきたようだぜ」
「あら怖いの? だったら逃げてもいいのよ」
「何言ってやがる。オレは誇り高い貴族。敵に背中を見せることも、たかが平民の女に負けるわけにもいかないぜ。アンタこそ逃げてもいいんだけどな」
「ふっ……私は誇り高きウィーグラフの妹よ。この程度の相手に、尻尾を巻いて逃げるはずがないわ」
「俺はちょっと逃げたいが……まあ逃がしてくれそうにも見えないしな」


 三人は武器を構え、そして白チョコボも再び光の玉を作ろうと構えた。
 緊張した空気が流れる。


「いくわよ!」


 ミルウーダがまず突撃して、チョコボに斬りかかる。
 当然のようにチョコボはそれを避け光の玉を打ち出すが、避けたことで勢いが落ち、それをゴラグロスが剣で弾いた。


「今よアルガス!」


 アルガスはボウガンを構え、矢を放った。
 狙いには自信がある。このボウガンはただのボウガンではなく、ゴーグで知り合った機工士の友人が狙いが良くなるよう改造したものだ。
 戻ってからは剣も練習したが、ボウガンの扱いも一層に磨きをかけた。
 トリックスターには散々逃げられたが、今回はミルウーダ達が協力してくれたおかげで十分にスキもできている。
 これは当たった――アルガスはそう確信した。



「待ちなさい」


 しかしふと空から女の声がして、アルガスの矢は女が持つナイフによって弾かれてしまった。


「……はあっ!?」
「な、何!?」


 一人の女がアルガスの前に降りると同時に、別の女が白チョコボの近くにナイフを突き立てた。


「秘技・影縫い!」


 女が何やら呪文のようなものを唱えると、白チョコボの動きがピタリと止まった。


「え、何? 何が起きたというの?」
「さあ……」
「お、お前ら何者だ!」


 アルガスが叫ぶと、女二人がゆっくり立ち上がり、今まで白チョコボと戦っていた三人に向かって微笑んだ。
 踊り子のような衣装をしている普通の女に見えたが、スキのない佇まいに先程の技――普通の女であるわけがなく、ミルウーダとアルガスは武器を構えた。


「私達は敵じゃないわ。だってボウヤはランベリーの兵士……アルガス君だったわよね?」
「……なんだお前ら。何故オレを知っている」
「知っているわよ。私達はエルムドア侯爵様に直接仕える親衛隊というやつよ」
「まあ、親衛隊っていっても最近はボディガードくらいしか仕事もないんだけどね」
「その親衛隊が何故ここに……侯爵に仕えているということは援軍? なのに何故邪魔をするの」


 アルガスと同じく事態を把握できず、ミルウーダは剣を構えたまま尋ねた。
 
「巻き込んじゃってごめんなさいねえ骸騎士団の子猫ちゃん。実はこの白チョコボ、こちらの手違いで逃がしちゃった子なのよ」
「こ、子猫……っ!?」


 年の頃は大きく違わないはずなのに余裕の表情で微笑む女に、ミルウーダは言葉を失った。


「待ってくれ。そこのアルガス君は一週間もコイツと戦ってたんだろう? それが実は侯爵のものだったと? 意味が分からないぞ」
「正確にはこちらの所有物ではないわ。ゲルミナス山岳の山賊が、エルムドア様に媚びを売るために献上しようと捕えたものなのよ」


 女が説明するところによると、この白チョコボは本来ゲルミナス山岳の奥地でしか生息できない神聖なチョコボであり、それに目を付けた山賊たちが捕えてランベリーまで連れてきてしまったそうだ。
 山賊たちはゼルテニアとランベリーの道中にあたるゲルミナス山岳を拠点としており、交易のため歩く商人を襲っては通行料を強引にとっていた。当然ゼルテニアのゴルターナ公もランベリーのエルムドア候もそれには頭を抱えており、戦争が終わり内部に目を向けることができたことで対処するようになり、山賊たちは規模を縮小せざるを得なくなった。そして今回、山賊はこのチョコボを侯爵に献上することで、許しを得ようとしたのだろう。


「でも信心深いエルムドア様がそんな山賊を許すはずがない。逆に山賊たちを捕えこの白チョコボを山に帰そうとしたんだけど、山奥から城の中にいきなり連れてこられてパニックになったのでしょうね。城からものすごい速さで逃げちゃって、私達はそれをずっと探していたのよ」
「あなたたちも知っての通り、この子とてもクセがあるから……でもようやく捕獲できたわ。あとは私達が責任をもって山に帰すわね」
「ま、待ちなさいよ! ここの農村の人達は畑を荒らされて困っていたのよ。それをただの手違いですって!? バカにするんじゃないわよ!」
「そうだそうだ! ずっと戦ってたオレもバカみたいじゃないか!」
「どうします? セリアお姉さま」


 女のうちの一人が困った様子でもう片方の女に尋ねた。


「どうするって言われても、使用人にすぎない私達にはどうしようもないわね」
「なんて無責任! 確かに悪いのは山賊よ。でも逃がしたのはあなたたちのせいでしょう? 村の人に謝罪の言葉もないというの!?」
「だから私達が謝ったところで何もならないでしょう。それは後日エルムドア様がなさることよ」
「本当に侯爵は責任を感じているのか? 騎士団ではなく、君達のような女性が動くなど……」
「お兄さん、あなたは勘違いをしているわ。村の人に責任を感じアルガス君にも申し訳ないと思ったからこそ私達が来たのよ。もちろん今まで探していたというのもあるけど、チョコボ一匹に騎士団が総出をあげて戦ったら無意味に畑が踏み荒らされてしまうでしょう?」


 まだ言いたいことは山ほどあったが女親衛隊二人は取付く島も与えない様子で、妖しく微笑みながら白チョコボをゆっくりと撫でた。


「そういうことだから、影縫いがきいているうちにこの子をゲルミナス山岳まで送ってあげないと」
「レディ、影縫いは私が維持をするわ。あなたは運ぶ方をお願いね」
「了解よお姉さま」


 そう言って片方がレビテトの魔法をかけると、ゆっくりと白チョコボが浮き上がった。
 そして去り際に振り返った。


「ボウヤ、この子がずっと留まっていたのはあなたが必死に足止めしてくれたおかげかもね。この子もボウヤに負けたくなかったんじゃないかしら?」
「エルムドア様にはいい報告をしておくわ。そうそう、さっき話した山賊の件は、他言しないようお願いね」
「じゃあね」


 そう言って、まるで忍者のような素早さで村の外の森へと消えていった。





「解決したけど……なんか釈然としないわね」
「ああ……オレの一週間はマジでなんだったんだ」
「まあまあ二人とも。悔しい気持ちは分かるがとりあえずこれで村も安心だし任務もこなせる。いいことじゃないか、な?」


 ゴラグロスの言葉に、ミルウーダとアルガスは同時にため息をついた。


「なんていうか……悪かったな。こっちの事情に巻き込んじまった」
「あなたが悪いわけじゃない。知らなかったのは分かっているわ」
「あとアンタ強いな。平民には負けたくなかったんだけど、逆に助けられた。……ありがとう」
「あなたも狙いは悪くなかったわよ。罠はちっぽけだったけどね」
「……前言撤回。アンタ強いがやっぱ生意気だ。今度会った時は絶対に負けない」
「ふっ……次はあなたを助けた上でお姫様抱っこしてあげるわ」


 そう言って、ミルウーダとアルガスは顔を見合わせ笑った。


「じゃ、オレは城に戻るよ」
「え?」


 朝まで待たないのか、と尋ねたミルウーダに、アルガスは「だって恥ずかしいだろ?」と答えた。


「一週間も滞在して成果をあげれず、しかも原因が身内だなんてバカみたいじゃないか。それより早いところ帰って報告したほうが、村を荒らした責任をとれそうだしな」
「分かったわ。でも落ち着いたら顔を出しておきなさい。村の人達はあなたには感謝しているはずよ」
「……そうかなぁ」
「ああ。一人で村のために必死で戦ったんだ。例え成果をあげられなかったとしても、君を責める人間なんているわけがないだろう」
「民を守るのは貴族の役目。守ってやったと感謝を押し付けるのは最低だけど、守られて心から感謝する民から逃げるのはもっと最低よ」
「……わかったよ。村の人にはよろしく言ってくれ」


 ミルウーダの言葉に、アルガスは笑顔でそう答えた。


「お前らも頑張れよ」
「ええ。あなたもね……また会いましょう」
「ああ」


 固い握手を交わしたあと、ミルウーダはアルガスが村から去っていくのを見送った。
 そして彼の姿が消えたあと、ゆっくりと踵を返した。


「さあ私達もひと眠りしたら、忙しくなるわね。アイツがそのままにした落とし穴も戻さないと。あーあ本当にバカバカしい一日だったわ」
「そんなこと言って、結構楽しそうに見えたけどな」
「……腕相撲でコテンパンにするわよ」


 恥ずかしそうににらみつけるミルウーダに、ゴラグロスは「素直じゃないな」と苦笑した。


「兄さんの理想が叶ったら……こんなバカみたいな日を普通におくれるようになるのかもね」
「……そうだな」


 もうアルガスの姿はとっくに見えなくなったが、身分の差を超えてなんでもない日を共に送った彼のことを思い、ミルウーダは口元に笑みを作って小屋へと戻っていった。


 

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あとがき

アルガスは本編できれいなアルガスになったけど、それでもミルウーダとは揉めてたら面白いなぁと思ってこんな話に。ギュスタヴは元没落貴族で骸騎士団に左遷された感じだけど、ゴラグロスはウィーグラフやミルウーダと旧知の仲で、性格的には良くも悪くも一般人だと思ってる。セリア&レディは、アルテマデーモンが本体だと出しようがないし、かと言ってただの町娘でもアレなので、侯爵様が私的に侍らしている親衛隊兼愛人と言うことで。

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