IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~ The After

 

その5 -ダイスダーグとラーグ家-

 

前提。
 ダイスダーグがバルバネスを殺すことをやめた結果、畏国が平和になったシリーズ。聖石は存在するが暴れない平和な世界。

あらすじ
 畏国が平和になって数年後、ルーヴェリアはオリナスと共にイグーロスに束の間の帰郷をして、ダイスダーグと話をする。
 ルザリアではオヴェリアがルーヴェリアと共にオリナスの後見人となっている設定(2章中編)です。
 ダイスダーグは本編終了後なのでとても綺麗なダイスダーグです。

 

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「もうこんなに大きくなったのか」
「ええ。この通り、順調に育っているわ」

 目の前の水辺に興味があるのか、それを鏡のように覗き込んで手を伸ばすオリナスに、ルーヴェリアは優しく微笑んだ。

「貴女も随分と母が板につきましたな」
「あなたやオヴェリアさんのおかげよ。政治に気を張らなくていい時間が作れて、こうしてオリナスと直接触れることができる……もしも私が政治を執り続けなければならない状況が続いていれば、このような時間はなかったでしょうね」
「私は何もしていませんが」
「謙遜を。少なくとも、あの兄が今日も楽に生きているのはあなたのおかげではなくて?」
「辛辣な妹君だ……」

 そうは答えておいたが、ルーヴェリアの含みのある言い方にダイスダーグも否定する気にはなれなかった。自分がルーヴェリアや王家の平穏に貢献したかは分からない部分もあるが、戦争ではなく平和の中でガリオンヌの威厳が保たれているのは、ベオルブの力によるものが大きい。
 ラムザが教会やゼルテニアの信頼を得て、その糸を引いたのが当主の自分である――事実とは少し異なるが、世間の印象はおおかたこんなものだ。ベオルブのおかげでラーグ公本人は大したことをしないまま、自分の血筋を次期国王に平穏に継ぐことに成功したのだ。
 もっとも、ラーグ公の妹であるルーヴェリア本人は、亡き国王の妃とは言え、余所者が政治に口を出すなどと元老院から受ける圧力に日々耐える羽目になり、オリナスを守り続けなければならないのだから、表情には出さないがそれなりの心労もあるだろうことは確かだ。

「兄があなたのような男であれば、畏国はまた別の形になっていてのかしら」
「私が彼の立場であれば、あなたを最大限に利用し、この世を勝ち取ろうとしたでしょうな」
「何故そうしなかったの?」

 ルーヴェリアはオリナスからダイスダーグに視線を移して尋ねた。

「あなたなら、兄を利用してそのようにできたでしょう?」
「王妃殿下はそれをお望みで?」
「まさか。ゴルターナ公が反発するのは目に見えて、内乱にでもなれば私たちはただの飾り物。オヴェリアさんと会うこともないまま敵対して、私たちは生かさず殺さず、幽閉でもされていたでしょうね。こうやってオリナスの笑顔も見ることなく過ごすなど、望む母なんているはずがないわ」
「ならば何故、私を唆すのです?」
「あなたが気変わりしてくれて、感謝していると言っているのよ」
「……」

 ダイスダーグが答えを出しかねていると、ルーヴェリアは「図星だったかしら」と少し意地悪く笑った。

「……いいのよ、話さなくて」
「兄君から何か聞いたのか?」
「いいえ、なにも。たとえ兄からあなたの悪い話を聞いたとしても、それはできる者への嫉妬でしかないわ」
「そうですか……」
「ねえ、ダイスダーグ」

 改めて名前を呼ばれ、ダイスダーグは「なんでしょう」とルーヴェリアの方を向いて尋ねた。ダイスダーグと目を合わすルーヴェリアは、威厳に満ちた王妃ではなく、気が強く聡明な、親友の妹の顔をしていた。

「この前、オヴェリアさんとお茶をしたの。いえ、初めてのことではないのよ。彼女とは、彼女があなたたち諸侯にオリナスの即位と自分が後見人となることを約束してから、何度も共にプライベートを過ごしたわ」
「なにか言われたので?」
「それは……いえ、私は最初彼女を遠ざけようとぞんざいな扱いをしたのに、彼女は権力を得ても私やオリナスにとって悪い話など、決してしなかったわ」

 最初何かを言い淀んだ様子だったが、ルーヴェリアは優しい表情で、再びダイスダーグの名を呼んで、言葉を続けた。

「私は彼女のことが好きなのよ。妹がいたら、あんな感じだったのかしら。だから約束して。私たちを争わせ、オリナスを戦争に巻き込んだりしないと」
「分かりました。私ひとりでは到底約束はできませぬが、私もできる限りのことを致しましょう」
「ありがとう。その言葉、先代国王……オムドリアも喜んでくれることでしょう。あの人、平和な時代を知ることなくこの世を去ってしまったから……」
「あなたは王を愛されていたのか?」
「いいえ。愛する時間もなかった……」

 そう言ってオリナスを見るルーヴェリアの表情は、どこか寂しそうだった。アトカーシャ家とラーグ家とで結ばれる、誰もが認める政略結婚ではあったが、結婚直後に身ごもったオリナスが生まれてすぐに亡くなった夫を悼む気持ちはあるのだろうとダイスダーグは思った。
 それによって彼女が悪女であると周囲に後ろ指をさされたことも知っている。オリナスを政治の道具にしたくないのは、母として、妻として、当然の感情なのかもしれない――ダイスダーグはそんなことを考えながら、静かにオリナスに近づいた。

「良い遊びを教えて差し上げましょう。今度オヴェリア殿下にも教えてあげるといい」

 ダイスダーグは近くの丈夫な葉を一枚、指でちぎってオリナスの前で屈んだ。
 きょとんとしつつも興味津々の様子のオリナスを見て、ダイスダーグは少し笑ってから葉を口元にあてて吹いた。
 高い音が笛のように響き、オリナスの顔が分かりやすく輝く。

「草笛です。私も父に昔、教えてもらいました」

 ダイスダーグはもう一度立ち上がって少し小さめの葉をちぎり、オリナスに渡した。

「そう、こうやって……強く吹いてごらんなさい」

 オリナスが目を強く閉じてありったけの力で吹くと、鈍い音が葉の周りで鳴った。

「なかなかいい筋をされている。練習すれば、もっといい音が鳴りましょう」
「懐かしい遊びね。私も小さい頃、あなたに教えてもらったわね」

 ルーヴェリアがオリナスの横に歩み寄り、ダイスダーグの傍にある木の葉をなでながら「そういえば」と続けた。

「オヴェリアさんも草笛を知っていたわ。寂しい時は、これを吹いて教えてくれた人たちを思い出すのですって」
「それは偶然ですな。教えたのはアルマか、ラムザか、もしくは……ああ、私はそろそろ行かねば」

 太陽が真上ダイスダーグはイグーロス城の上層階、ラーグ公の部屋に視線を向けながらルーヴェリアに告げた。

「時にルーヴェリア殿。私はこれから、あなたの兄君と言い争うかもしれません」
「なにかあったの?」
「いえ。あなたと話していたら、彼に対する積年の思いを、そろそろ告げたい気になりましてな」
「あら、いいのではなくて?」

 内容は話さなかったものの、ダイスダーグの意図することがルーヴェリアには分かったのだろう。にこやかに、だが少し意地悪く微笑んだ。

「もしも兄があなたを切ろうものなら、私が兄に言って差し上げるわ。兄上は、ダイスダーグがいなくて何ができますの、と」
「それは心強い。では、私はこれで」

 ダイスダーグが別れを告げて、そのまま城内へと消えていく。その後ろ姿を見送りながら、ルーヴェリアはオリナスの頭をそっと撫でた。
 オリナスは、教えてもらったばかりの草笛をなんとかうまく鳴らそうと、手にした葉を口元にあてて、何度も息を吹きかけている。

「この子の見る未来が、草笛の音で心を繋ぐことのできるような、平和な世でありますように……」

 私もオヴェリアさんに負けてはいられないわ――そう呟いて、ルーヴェリアは草笛を練習し続けるオリナスを見て微笑んだ。


「遅くなり申し訳ございません」
「よい。お前にどうしても会いたいと言ったのはルーヴェリアのほうだ。すまぬな、我儘に付き合わせて」
「構いませぬ。いかに世が平和でも、ルザリアでは心安らぐ時など僅かでございましょう。帰郷された時くらいは甘やかすくらいが丁度いい……」

 ラーグ公が、テーブルの上に置いていたワインをすすめる。五十年戦争時代より前に造られた、ランベリー産の高級なものだそうだ。「いただきましょう」とダイスダーグが答えると、ラーグ公が部屋に待機していた従者に声をかけ、すぐに従者によってグラスにワインが注がれる。
 そして従者が部屋から下がるのを音で感じ取ってから、ふたりでグラスを傾けた。
 口の中に芳醇な香りと深い味わいが広がり、確かにこれは良いものだとダイスダーグが心の中で満足していると、ふとラーグ公がダイスダーグの名を呼び、現実に引き戻されたダイスダーグは顔を上げた。

「なんですかな?」
「いや、特に理由があってのことでもないのだが」

 少し言い淀んだラーグ公に、ダイスダーグはわずかに顔をしかめたが、ラーグ公は特にそれを言及することなく続けた。

「実はな、私はずっとお前のことを畏れていたのだ」
「唐突ですな……何か気に障るようなことでも?」
「いや、そうではない」

 まさかラーグ公の方からこういう話を切り出してくるとは思わず、だがあくまで冷静に答えたダイスダーグだったが、ラーグ公は首を横に振って言葉を続けた。

「お前は優秀な男だ。文武に優れ、世相を見る力がある……だから私はお前を重用したが、同時に、いつか取って代わられるのではないかと思っていた」
「さて、どうでしょう」
「はぐらかさなくても良い。悪いが、先程のルーヴェリアとお前の会話、従者に命じて盗み聞きさせ、伝えてもらったのだ」
「……なるほど」

 そう言われてダイスダーグも何故ラーグ公がこのタイミングでこの話を切り出したのかは察したが、盗み聞きさせたということは、少なからず自分はこの男に疑われていたのだろうと思うと、気づかなかった自分を迂闊に感じた。

「悪く思うな。確かに私は、妹の立場とお前の力を借りねば、何も出来ぬ男なのかもしれん。だからお前がバルバネス殿を手にかけようとしているのを知り、安心したものだ」
「安心?」
「ようやくお前の弱味を握ることができると……だがお前はバルバネス殿への殺意を納め、畏国に和平をもたらそうとした。そしてエルムドア候、バリンテン大公、教会……果てにはあのゴルターナ公とも話をつけて、本当に不安定だった畏国を安定の道に進ませてしまった。私は何もしていないのに、畏国にベオルブありと広まり世が変わっていく……内心怖かったよ」
「ふっ……ふふ……」
「何が可笑しい?」
「いや……まさかあなたがそのようなことで思い悩んでおられたとは」

 ダイスダーグは、目の前のグラスの中を飲み干してから、ラーグ公に向き直った。

「ですが閣下、それは私も同じこと。閣下のおっしゃった和平の道は、確かに私も多少関りはしましたが、ほとんどが私の想定を超えるところで行われたことだった」
「お前の下の弟君……彼はお前の命で動いていたのではないのか?」
「まさか。ラムザは一体何をして、あんなにも多くの者の信頼を取ったのか……兄である私にもさっぱりだ」

 そう答えながら、ダイスダーグはラムザのことを思い出す。
 自分が少なからず関わった話はいくつかありそれ以外のことも本人から多少話は聞いたが、特に教会との件はあまり多くを話そうとしなかった。それでも家に戻る度に大人の顔になっていく弟は、相手に信頼されるだけの修羅場を抜けてきただろうことはなんとなく想像でき、話したくないならそれでもいいと思う自分もいた。

「優秀な弟妹を持つと兄は大変ですよ……」
「お前はそれで良いのか? お前も弟君のように、自由の身となり自ら畏国を変えたいと思っているのではないか?」
「私にそのような度胸などありませぬ。あればとっくに、閣下の私への依存とも取れる信頼を利用し、言葉通りに寝首をかいている……私もあなたのこと、昔から好きではなかったので」

 世間的には、ラーグ公と自分は幼なじみであり、親友と思われている。
 だが、ある時からその言葉に違和感を覚えるようになった。個人としては平凡な男だったこの男が、ただの家臣以上に自分に頼るようになったのはいつだったか――もはや思い出すこともできなかったが、何故自分はこのような男につき従わねばならないのかと思ったものだ。
 そして同時に、英雄と呼ばれる力を持ちながら、王家という権力にひれ伏している父が醜く見えた。
 だが、今は――

「友人であれば従ってくれると思い込み、自分は何もせずに相手に依存する。それを恨めしく思ったこともありました。だが、この歳にもなれば、友情など幻想でしかありますまい」
「ならば何故、今もなお私に従う?」
「王家に愚直に仕える時代も終わり、戦争と政治で相手を蹴落とす時代も来なかった。武官としてあなたの友情を利用する必要はもうないが、私にはまだ、文官としてあなたの代わりに政治を執り、平和の世でもガリオンヌにベオルブありと言われるためにやるべき事かある」
「そうか……ならば存分に私の名を利用すればいい。確かに私はお前やラムザらと違い凡庸な男だ。しかし、私もラーグ家の当主として、威厳を保ち続ける必要があるのだ。友人ではなく、ベオルブの男として、今後も仕えて欲しい……」
「もちろんですとも、ベストラルダ閣下」

 そう答えたダイスダーグの空になったグラスに、ラーグ公は自らの手でワインを注いだ。そして自分のグラスも同じようにワインで満たし、互いに向かい合って静かにワインを掲げた。

(結局この男すら許してしまうとは。いつの間にか私も、すっかりと甘い男になってしまったものだ……)

 この男も、凡庸な才であってもガリオンヌを治める使命を与えられ、そのために彼なりの苦労や努力をしたのかもしれない。
 窓の外から、柔らかい風と共に、高い草笛の音が部屋の中に届く。それを聞きながら、ダイスダーグは「まあいいか」と、心の中で穏やかに笑った。


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あとがき

 本編ではルーヴェリア王妃とオリナス王子については存在だけの扱いだったのですが、キャラ捏造でもいいから出したいと思って書きました。ルーヴェリア王妃は気が強く、兄より賢い美人ってイメージです。

2020年1月22日 サイト投稿

 

 

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