IF FFT ~もしも獅子戦争がなかったら~ The After

 

その4 -オーランとバルマウフラ-

 

前提。
 ダイスダーグがバルバネスを殺すことをやめた結果、畏国が平和になったシリーズ。聖石は存在するが暴れない平和な世界。

あらすじ
 天体望遠鏡たるものを手に入れたオーランは、早速ゲルミナス山岳で天体観測を行っていた。そこで、旅の魔道士を名乗るバルマウフラと出会い、話をする。
 このシリーズでのバルマウフラは、教会が雇っているハンター(密猟者)という設定です(番外編3にて)。
 ゲルミナス山岳が平和な理由は、番外編6にて。

 

 この日、オーランはチョコボに乗ってゲルミナス山岳の頂を目指していた。日が昇る前の闇深い空の下、事前にファイアの魔法をこめておいたトーチによって足元と目の前がぼんやりと明るく照らされる。
 最近までは山賊達が通行人を襲うなど危険の多い山岳地帯だったが、今は至って平和で、野生のモンスターや虫の鳴き声が聞こえてくる程度だ。
 噂によるとここを縄張りにしていた山賊は銃を扱う謎の異端者とそれを追う異端審問官の争いに巻き込まれた結果、逃げられた異端者の代わりにと教会に取り締まられたらしい。その後もここはゼルテニア、ランベリーの交易路として整備され、新しい不法者も近づかなくなっていた。

「……ふぅ」

 オーランは山頂で一息ついて、チョコボから降りて荷物を下ろした。そして空を見上げて、満足げに目を細めた。
 この周囲では最も高くにあり遮るもののない星空が、オーランを包み込むように瞬いている。
 小さい星、大きく明るい星、青い星、赤い星――これらの光の元がどこにあるのか、どのようにして輝いているのかは大崩壊時代より前でも解明されていないとされているが、その頃から星の巡りが人の運命を指し示していると信じられており、それを研究するのが占星術士だった。
 少年時代は戦争の真っ只中で、剣も魔法もさして得意ではなかったオーランだったが、いずれは軍師となるよう戦術知識を学び続けていた。
 だが、戦場で亡くなった実父も、その後養父となってくれたオルランドゥ卿も、オーランが争いごとを好まず学者としての才能があることを理解してくれたおかげで、軍師としての教育の傍ら、占星術士としての研鑽も取り上げられることなく、戦争が終わった今はこうしてひとり星の下で思う存分静かな星空を楽しむことができるようになった。
 そんな偉大で寛大な父達に感謝しながら、オーランはチョコボから最後の荷物を丁寧に下ろした。布の包みをあけ、特に破損がないことを確認してほっと息を吐いた。
 望遠鏡――調べた本によるとそう名付けられた筒は、先日ゴーグの機工士によって再現されたもので、その時代の占星術士達が愛用していたものらしい。ゴーグと船で交易しているランベリー領に入ったものだが、この前オルランドゥの元に「前に命を助けられた恩もある。ぜひ占星術士であるご子息に」とエルムドア侯爵から届けられた。
 なんでも遠くに小さく見える星がこの筒を通すことで大きく見えるということで、早速ゼルテニアで試したい気持ちを抑えて、最高のロケーションであるこの場所で使おうと思い、今に至る。
 オーランは胸の高まりを感じながら、事前に覚えておいた組み立て方に沿って望遠鏡を設置した。

「ええと……確かこれをこうやって……」

 望遠鏡の先を自分の太陽星座でもある巨蟹の星々に向けようとしたが、肉眼でも分かりにくい星の多い星座であるため、望遠鏡を覗いても暗闇しか見ることができない。

「こっちなら……?」

 巨蟹の隣にある獅子の星々に視線を向けると、シンボルである特に明るい星、獅子の心臓が目にとまる。その星を肉眼でよく見てから、望遠鏡を慎重にその星に向けた。
 何度も覗いては少しずつ動かしてみて、そしてようやく、望遠鏡の中に小さな光が入り込んだ。

「おおお! やった!!!」

 山頂で誰もいないにも関わらず、思わず叫んでガッツポーズが出たオーランは、再び望遠鏡を覗いて再度「すごい!」と叫んだ。
 決断する力やリーダーシップを司る力強い星座――そんな獅子の星座に相応しい力強さのある明るい星に感激し、オーランは何度も何度も望遠鏡を覗いた。

「……!」

 そんな時、ふと背後に人の気配を感じ取り、オーランはビクリと背筋を震わせた。夢中になりすぎて今まで気づかなかったが、まさかずっと様子を見られていたのだろうか――基本的な護身術は学んでいるとは言え、武器と言えば辞書しか手持ちもなく、万が一複数だったら星天停止を用いても運が悪ければ分が悪いと、オーランは恐る恐る気配のする方へ振り向いた。

「あ!」

 運悪く、ずっと足元で光らせていた炎のトーチの魔力が尽きて周囲が闇に閉ざされた。月の見えない日をわざわざ選んだため、こちらからは相手の姿が見えず、逆に相手は暗闇でも自分のおおよその位置を理解していると推測でき、しかし逃げようにも暗すぎて万が一望遠鏡を壊してしまうのは嫌だ――戦場ならとっくに殺されている、いやすでに今殺されかかっているという恐怖がオーランの中に渦巻く。

「あの……強盗されても僕は特に何も持ってないから」
「違うわよ」
「……え?」

 想定外の落ち着いた女性の声に、オーランはつい間の抜けた声を出した。そして「今明かりをつけるわ」と女性の声とともに、正面が淡い炎に照らされた。

「外が騒がしいから賊だと思ったら……あなたこんなところで何をしているの?」

 長い金髪を後ろでまとめた若い女性が、少し呆れた様子で尋ねてきた。出で立ちや手元の安定した炎の明かりから、魔道士のようだと推測できた。

「き、君こそこんなところになんで」
「ええ、ちょっとここのモンスターを狩りにね。それで?」
「ああ……僕はオーラン。星空を観察しに来たんだ」
「星?」
「占星術士なんだ」
「へぇ……はじめて会ったわ。私はバルマウフラ。各地で旅をしながらモンスター狩りをしているの」
「君のような女性が?」
「あら。女がハンターをやっていてはおかしい?」
「そういうわけじゃないけど……」

 どう見ても自分よりも若く、魔法の扱い方だけでなく身なりも話し方もどこか教養を感じる彼女が、こんなところでモンスター狩りに精を出して野宿までしていたのかと思うとどこか違和感がある。

「どこかの国の諜報員……とかじゃないよね」
「どうかしら。あなたをそのまま誘拐したりして」
「冗談だろ……」
「ふふっ」

 正体不明の自分を楽しんでいるようなバルマウフラと名乗った女性に、オーランは何故か安心感を覚えた。そしてオーランの警戒心が解かれたのを感じ取ったのか、バルマウフラも口元を和らげてオーランの顔を覗き込むように言った。

「オーラン。私少し占星術に興味があるわ。そのトーチに魔力を注いであげるから、代わりに話を聞かせてよ」
「助かるよ。僕もさすがにファイアくらいは使えるけど、あいにく剣も魔法も得意じゃなくてね」

 オーランは苦笑しながらトーチを渡す。バルマウフラは慣れた手つきでトーチに向かって魔法を唱えた。
 少しして、ゆっくりとトーチの炎の灯りで周囲が照らされる。庶民にはあまり出回っていないトーチの扱い、トーチに宿る柔らかく安定した魔力、占星術士と聞いて「興味がある」と首を傾げる様子がないことから、やはり彼女はただ者ではないと思ったが、敵意は一切感じない。
 風が弱く吹き、それによってバルマウフラの長い金の髪が星のように煌めいた。オーランは不思議な雰囲気に惹かれるように微笑んだ。

「ありがとう。じゃあ、お礼にもならないけど君もこれを見てみるかい?」
「これは?」
「望遠鏡だよ。先の星が大きく見えるんだ」
「本当? それはぜひ見てみたいわ」

 オーランがまず望遠鏡をのぞき、まだ星の光が筒の中にあることを確認した。それを見て「よし」と顔をほころばせて、バルマウフラに譲る。バルマウフラもオーランの仕草に倣って、望遠鏡を覗き込んだ。

「わぁ……!」
「獅子の心臓と言われている一番明るい星さ」
「すごい。肉眼で見るよりも明るく見えるのね!」

 バルマウフラは驚きと感動が入り交じった声色で望遠鏡から顔を離してオーランに感想を伝えた。今までクールでミステリアスな雰囲気を纏っていたが、今の表情は年相応で可愛らしい、とオーランは感じた。

「私、獅子の月の生まれなのよ」
「それは奇遇だな」

 嬉しそうに言うバルマウフラに、オーランは心の中で「なるほど」と呟いた。
 獅子の心臓と呼ばれるこの青い星は、他の「よく目立つ」とされる星よりわずかに暗く見えるが、それでもしし座の中心で柔らかく存在を主張しており、どこか力強い。それが星のようにミステリアスで、だがここではない街中でも一際目立つ力強い美しさを持った彼女に似ているような気がした。

「オーラン」

 そんな彼女に名前を呼ばれて、オーランはびくりと身体をはね上げた。決して嫌悪感や恐怖ではなく、何かを期待させるような――思わず綻びそうな表情を隠しながらオーランは「なんだい?」とバルマウフラに尋ねた。

「占星術って、星の巡りで人の運命を考察する学問なのよね」
「ああ……よく知っているな」
「興味があるって言ったでしょう。これでも私、魔女になるのが子供の頃からの夢だったの」
「へえ、それで魔道士に?」
「そんなところ。今は私に魔法を教えてくれた師匠を叩き落としてみたいなっていうのがささやかな夢よ」
「……へえ」
「あ、今怖い女だって引いたでしょう」
「いや……」
「大丈夫。私の師は澄んだ目をした私よりも怖い男なの。だからそんな遠いあの人と同じ目線に立ってみたいのよ」
「なるほど。君はその師に憧れているんだな……でもそのあとは?」

 バルマウフラが今語ったことは、長期的な夢と言うよりも、夢のためにあるすぐ近くの目標のように感じた。しかし彼女は目先の目標で満足するような人間には見えない。きっと彼女の師だという男と同じ目線に立った時、彼女は本当の夢に向かって歩んでいくのだろう――バルマウフラの頭上にある星々を感じながら、オーランは尋ねた。
そしてバルマウフラは首を横に振って苦笑した。

「ノープランよ。だから占星術ではどうなってるのかなって」
「君は占星術がただの占いじゃなく学問だって理解しているみたいだから言うけど。確かに占星術で個人の宿命や巡り合わせの相性は見ることができるけど、それでも何になるべきか、どう生きるべきかはその時代や君自身の夢によっていくらでも変わるものだ」
「ええ」
「この世は今、少しずつ平和になろうとしている……その中でバルマウフラ、君はどう生きたいんだい?」
「あなたはどうなの?オーラン」
「僕はこの平和のために戦ってくれている人の支えになりたい。そしてそれを後世に伝えたい」

 こうして星空を見上げる平和な世があるのは、実父や養父など、数年前までの長い戦争の中で戦い抜いた多くの人々の努力の賜物だ。そして荒れようとする畏国をまとめるため、各地で今も誰かが奮闘している。この前ゼルテニアを訪れたラムザは、自分には想像もつかないような戦いを切り抜け、噂によると今もガリオンヌに定着することなく、畏国中を旅しては目の前の困っている人を救っているらしい。
 そしてラムザに会ってオーランは思った。戦うことが苦手な自分にできることは、父のように平和のために戦いの歴史に身を投じた人がいることを後世に伝え、ラムザのように今も戦っている人を忘れないことなのではないかと。
 そうオーランはバルマウフラに語り、ひとしきり話したところでバルマウフラは優しく微笑んだ。

「素敵な夢」
「ありがとう……それで」
「私は……そうね、やっぱり魔女になりたいかな」
「魔女って言えば古くから信仰の敵と言われている……何も知らない子供が憧れるなら分かるけど、魔道士じゃなくて魔女がいいのかい?」

 魔道士の師を持っていると先ほど言っており、自身も高位の魔道士と思われるバルマウフラがあえて魔女と言うのには何か理由があるのかと思い、オーランは尋ねた。
 そんなオーランの意図を汲んだのか、バルマウフラは口に弧を描いて答えた。

「魔法って万能だと思うの。私はあの人のようにひとつのものに純真に仕える綺麗な魔道士にはなれない。でも、誰かのために少しだけ。そっと魔法をかけて背中を押す、そんな魔女が私の理想よ」
「それなら君の星の巡りは順調だ。上に輝く獅子の心臓が、君の道しるべになってくれる」
「……もう一度見ていい?」

 そう言って、バルマウフラは再び望遠鏡を覗き込んだ。まるで自分の未来を見つめるように、その目に星の輝きを焼き付けるように見えた。
 そして望遠鏡から顔を離したバルマウフラと、少しの間占星術の話をした。彼女を導く星、守る星、それがどう昇ってどこに向かっていくのか――時折星空を見上げながら語り合う。
 その中でオーランは彼女が今ハンターをしているのは本意ではないにせよ彼女の信じる未来に繋げるためなのだろうと感じ、気がついたら空は少しずつ明るくなり、満天の星空も次第に白い朝日の中に溶け込むように消えていった。

「ありがとう、オーラン。私そろそろ行くわ」
「僕もゼルテニアに戻るよ」
「じゃあ逆方向ね……」

 少し残念そうに目を伏せて、バルマウフラは自分の荷物を背負った。そしてランベリー方面へ向かう道に進み、下山口の前で振り返った。

「オーラン……あなたが見る星の巡りだと、私達はまた会うことができるの?」
「もちろんさ。その時も満天の星の下で……また会おう、バルマウフラ」

 オーランの言葉に、バルマウフラが優しく微笑みを返す。静かな星のようで、朝日のような希望を感じる笑顔だった。
 そんなバルマウフラの後ろ姿が見えなくなるまでその姿を見送ったオーランは、チョコボに荷物を積んだあとに跨り、彼女が向かった道とは逆方向にあるゼルテニアへの下山口へと進んだ。

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あとがき

 本編が書き終わる頃、「オーランとバルマウフラが出会ってない」というのが心残りだったので、出会わせることにしました。バルマウフラは夜空の似合うインテリ女子だと思うので、平和だったらふたりで天体観測デートして欲しいです。

2019年6月3日 サイト投稿

 

 

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