前提。
ダイスダーグがバルバネスを殺すことをやめた結果、畏国が平和になったシリーズ。聖石は存在するが暴れない平和な世界。
あらすじ
ハシュマリムが自分と共に歩んでいるとディープダンジョンで知ったヴォルマルフ(3章前編)。その際に世話になったドラクロワの元をメリアドールと訪ねたが、思いもよらない事件に巻き込まれることになった。
「なんなのよコイツ! しぶといわねッ!」
目の前で"触手"を切り払いながら叫ぶ娘に、私は声を上げた。
「年頃の娘がそのような荒い言葉遣いをするものじゃないぞ!」
「父さんッ! そんなこと言ってる場合!」
娘――メリアドールの言葉に、「それもそうか」と私は舌打ちした。
永遠の闇、ディープダンジョンへと繋がる灯台で。目の前にいるのは巨大なモルボル、私と娘と共に戦っているのは、畏国では見かけない、いかつい姿をした"悪魔"――何故こんな異様な状態になったのかというと、それは少し遡る。
――ライオネル城――
「部下が行方不明?」
私と娘は、ライオネルの城主、ドラクロワ枢機卿のもとを訪ねていた。
少し前に私がアルマとともに行方不明となった時、娘メリアドールと部下クレティアンはラムザと共に枢機卿のもとを訪ね、それによってディープダンジョンの灯台に行くことが出来たと後日クレティアンから聞き、礼をせねばと考えていた。
だがその時、「礼はいりませんよ」と言いながら振られたのが、この「行方不明になった部下を探して欲しい」ということだった。
枢機卿いわく、灯台の調査のためにその部下を向かわせたらしい。
「我々としては構いませんが、ここは本部の管轄外。本部の騎士団長が代わりに解決しては、あなたの直属の騎士団の顔を潰してしまうやもしれません」
「あなた達はご存知でしょう……あそこは普通の場所ではない。ベイオウーフ達の実力は信用に値しますが、"事情"をよく知るあなた方のほうが適任でしょう?」
あなた達が来なければ私自ら行っていたところだ、と続けたドラクロワは、「どうですか?」と私の言葉を促した。
「そのように言われては断りようもありません。行くぞ、メリアドール」
「承知しました、団長」
――バグロス海の灯台――
「まさかまた来ることになるとはな……二度と来たくなかったが」
見覚えのある灯台の扉を見て、私は息を吐いた。
扉自体の鍵は壊れており――もっとも壊したのは私なのだが――代わりに魔力で編まれた鎖と錠がかけられた跡がある。しかしそれも何者かによって開けられているが、それはおそらく枢機卿の配下のものだろうと思った。
「いいじゃない、父さん。もうすべて解決したことよ」
「そうだが……」
「それに滅多にないことじゃない。父娘水入らずで任務につけるなんて」
まるで冒険に出たばかりの子供のように微笑むメリアドールを見て、私は再度息を吐きながら扉をあけた。
しかし――
「……なんの騒ぎだこれは」
「さ、さあ……」
扉を開けてすぐに目の前に飛び込んだのは、通常の倍くらいの大きさのモルボルが、見たことのない"悪魔"の姿をしたモンスターを一方的に殴っている図だった。
悪魔のほうが我々に気付き、鳴き声を上げた。
「助けてくれと言っているな」
「分かるの?」
「恐らくだが……」
私は懐から聖石レオを取り、淡く光るそれを見せた。
「なるほど。ハシュマリムの魂が住んでいる父さんを見て、仲間だと思っているのね。でもあいにくさま、私達の目的は枢機卿の部下を探し出すこと……どこにいるのかしら」
「いや、助けよう」
「え? 本気?」
「あのモルボル、尋常じゃないほど狂暴そうだ……どう見てもアレには分が悪いし、その後はどちらにしてもこちらに向かってくるぞ」
モルボルと言えばツィゴリス湿原など鬱蒼とした場所に生息し、元々雑食で何でも溶解して食べる凶悪な種族ではあるが、目の前にいる大きなモルボルは、それに輪をかけて荒れている様子だった。どういう訳かは分からないが、恐らくここに迷い込み、飢えてそうなっているのだろう――とメリアドールに伝える。
「つまり、その変なモンスターを助けることで味方を増やし、できるだけ有利な状況で戦おうってわけね」
「それにモルボルは種によっては捕食したモンスターを同種に変えるとも言われているからな」
「それは絶対に嫌!」
今までにない強い口調と共に、メリアドールは勢いよく剣を抜いた。
「いいわ! ラムザじゃないけど目の前で助けを求める相手に手を差し伸べないなんて、神殿騎士の名が廃るものね!」
やる気と殺気がみなぎる娘を見ながら、私も剣を抜き、逃げる悪魔と追うモルボルの間に入った。
「……っ……やはりこのモルボル、かなり強いな」
叩きつけてきた触手を剣で受け止め、モルボルにあるまじき力に歯を食いしばる。
「今だわ! 強甲破点突き!」
その間にメリアドールがモルボルの背後に回り込み、剣技を繰り出す。直撃したことで、モルボルが高い雄たけびをあげた。
「ふふっ……攻撃力はとにかく、防御は大したことなさそう。もう一回……!」
再度技を当てようとメリアドールが剣を引くが、同時にモルボルが一気に振り向き、大きな口をメリアドールに向けて開けた。
「……!」
「!!!」
モルボルの代表技"臭い息"の直撃を受けそうになったメリアドールの前にビブロスが素早く飛び出し、両手を出してそれを打ち消す。
「あ、有難う……」
「……大丈夫か、メリアドール!」
「は、はい……なんとか……でもコイツ、なんかおかしい……」
メリアドールを庇う形でビブロスと共にモルボルの前に立ち再度見据えると、モルボルは耳をふさぎたくなるような雄たけびと共に先程の数倍にも膨れ上がった。
口から大量の粘液を出しながら、まるで発狂したように触手をあたりに打ち付け始めた。
そして今に至る。
こちらへの殺意ではなくただ暴れまわるような形で触手を所構わず打ち付ける巨大モルボルの攻撃を剣で払いながら、三対一であるにもかかわらず完全に防戦一方だ。
「これではラチがあかん……おいそこの悪魔!」
「……!」
「この聖石の配下なら私を勝たせるために協力しろ! 何ができる?」
私の問いに、悪魔の思念が聖石を通して伝わる。私は「よし」と口の端を上げた。
「この前ここで小僧相手に負かされたばかり……そう何度も同じ場所で負けてたまるかッ!」
「と、父さん?」
私は触手を払うのをやめ、モルボルに突撃する。それによって触手の一本が身体を打ち付けた。
「くっ……ビブロス!」
エナジール――背後で私に守られる形で動いていたビブロスが手をかざすことで、私の受けたダメージがビブロスに移った。それによってビブロスは膝をついたが、その間に私はモルボルの懐にたどり着く。
「神殿騎士団長をナメるな!」
ビブロスによって回復されている間に溜めた渾身の一撃を、懐からモルボルに向かって斬り上げた。
「氷天の砕け落ち、嵐と共に葬り去る……滅びの呼び声を聞け! 咬撃氷狼破ッ!」
「さ、さすがね……父さん、いえ……団長」
「お前が未熟なんだ」
「すみません……」
その後の猛攻撃によって完全に残骸となった巨大モルボルを見て、私は「こんなものだ」と剣をおさめた。
「ケガはないか?」
「ええ……それにしても、なんだったの」
「モルボルのほうは分からんが……」
共にモルボルと戦ったビブロスが、おずおずとした様子で近づいて来る。
「ドラクロワ枢機卿が言っていたのはお前だな」
私の問いに、ビブロスは首を縦に振った。
「え、どういうこと……?」
「それは……ライオネルに戻ってからにしよう」
「どうやって連れて行くの」
「こうすればいい」
私が聖石を前に出すと、ビブロスが手を伸ばし聖石に触れる。すると光と共に、ビブロスは聖石の中へと吸い込まれた。
「……本当に不思議だわ」
「全くだ……」
目を丸くさせた娘に、私は他人事のように答えた。
――再び、ライオネル城――
「ご苦労様です、ヴォルマルフ殿にメリアドール殿」
先程と同じようにドラクロワが笑顔で迎えたが、その近くに貴族の婦人が待っており、私の姿を見るや駆け寄り、強引に手を取って涙を浮かべた。
「あなたが私のキャロットちゃんを供養してくださった騎士の方ザマスね?」
「……貴女は?」
「私、キャロットちゃんのご主人様ザマス」
この貴婦人――ザーマス婦人の話によると、先程灯台で我々が倒した狂暴なモルボルは"キャロット"と名付けられた、彼女の"ペット"だったそうだ。本来は大人しく臆病な性格だったのだが、突然逃げ出し、風の噂でキャロットらしきモルボルが狂暴に暴れていると聞きつけ、先日枢機卿のもとに駆け付けたそうだ。
「ペット……あれが?」
「恐らく先祖返りというものでしょう」
にわかに信じがたいザーマス婦人の話に、ドラクロワ枢機卿が補足する形で口を開いた。
「モルボルは太古から姿の変わらない原生的なモンスターであると聞きます。そのキャロットとやらは、ザーマスさんには悪いですが、人間に飼われるストレスにより、原生の本能に目覚めたのでしょう」
「ううっ……可哀想な私のキャロットちゃん。でも私、反省したザマス……騎士様のような方に供養されたのならキャロットちゃんも少しは浮かばれるザマス。感謝するザマス」
「は、はあ……」
さすがに怒りに任せて斬り刻んだなどとは言えないが、ザーマス婦人はモルボルを殺した私については特に怒る様子もなく続けた。
「ぜひお礼させて欲しいザマス。いくらくらい差し上げれば?」
「いえ……我々は神殿騎士団、教会の者です。礼品を受け取るわけには。ぜひその分を恵まれない方に施し下さい」
「ああ、何と素晴らしい紳士ザマス! 分かったザマス、私、これからは恵まれないペット達を救うために活動するザマス!」
そう言って、なんとも特徴的な貴婦人は満足した様子で立ち去って行った。
「……さて、本題に入りましょうか、ヴォルマルフ殿」
「そう、ですね……」
かなりあの貴婦人にペースを乱されたが、ドラクロワ枢機卿の言葉に、私は懐の聖石を取り出した。
「貴方が言っていた"部下"というのは、この聖石の眷属ですね?」
「ご名答です。さすがはハシュマリムに選ばれた者だ」
「……どういうこと? どうして枢機卿がハシュマリムを知って……まさか」
「あの時ラムザと共にいた貴女なら察してくださいますね」
「貴方も父さんと同じ……」
メリアドールの言葉に、ドラクロワ枢機卿は静かに頷き、そして赤く輝く聖石を司祭台へと置いた。
「不浄王キュクレイン。それが貴方の本当の名だ……」
「そう。でも私は貴方と少し違うのです、ヴォルマルフ殿。あれは数年前。私はゼラモニアの古城で、このスコーピオを拾い上げ、キュクレインの声を聞いた。そして私はその声に応じ、魂を完全に同化した存在……貴方は中にハシュマリムという別の人格があるが、私はドラクロワであり、キュクレインでもある」
「そうですか」
「先程ライオネルに来た時はハシュマリムの気配を感じませんでしたが、いつから貴方はお気づきに?」
「ビブロスを見た時……あの時ハシュマリムが聖石を通して色々教えてくれました」
「ヴォルマルフ殿。貴方はこれからも、ハシュマリムと共に歩むことができますか?」
ドラクロワの問いに、私は首を横に振り「分からない」と答えた。
「ですがハシュマリムは私と共に人間の天寿を全うし、聖天使を迎えに行くと言っている……私はそれを信じることしかできません」
「有難う……ああ、このことですが」
「勿論誰にも話しません。メリアドールもお転婆ではありますが、口の堅い、賢い娘ですから」
私の返答に、ドラクロワは安心した様子で微笑んだ。
「……ほんと、驚きよね。モルボルをペットにするなんて、悪趣味にもほどがあるわ」
「だからそういう言い方は……まあ、あの場で黙っていたのは誉めてやろう」
「だって……口を開いたら、笑っちゃいそうで……あの変わった口調の奥様に、父さんったら完全に押されちゃって……ふ、ふふっ……」
帰路につきながら、ライオネルから離れたあたりでメリアドールが話を切り出し、開放感も手伝って最後は笑い始めるメリアドールに、私は咳払いした。
「ああ、ごめんなさい。でも父さんだって相当よ。聖石に宿る悪魔を飼ってるのだから」
「ペット扱いするな。ハシュマリムが泣くぞ」
「ちょっと不安だったのよ。灯台でまたハシュマリムが父さんを乗っ取るんじゃないかって」
メリアドールの言うように、あの時ハシュマリムは特に何も言わず必要な知識だけを私に与えてくれたが、その気になれば最初に灯台へ来た時のように私の身体を乗っ取り、意のままにすることもできるはずだ。だが、彼はもうそのようなことをしなくていいのだということも、前に灯台の奥の闇で知ったことだった。
「でも父さんがモルボルに突撃した時は、この人私の知ってる父さんだわって思ったわ」
「そうなのか?」
「ええ。私が父さんの立場だったら、同じようにしようとするもの……まだ私は未熟だけれどね」
微笑むメリアドールを見て、私は町の方を指して提案した。
「よし、ミュロンドに帰る前にたまには食事をしていくか。父娘水入らずでな」
「え、本当? だったらツィゴリス産のモルボル料理が食べたいわ」
「……正気か? そのたくましすぎる性格、叩きなおして一人前のレディにせねばならんな……」
「そんなの無理よ。だって私、父さんの娘なのよ」
なんでもない会話をしながら、こんな日もたまには悪くない、と私は楽しそうな娘を見ながら表情を緩めた。
あとがき
ギャグなのかシリアスなのかよくわからない……ですが、ビブロスの出番作りたかったのと、儲け話ではライオネルの「私のキャロットちゃん」が印象深いなっていうので、ヴォルマルフに解決してもらいました。個人的に聖石関係ない本来のヴォルマルフは、基本大人しいけどひっそり負けず嫌いな性格(イズルードも同じ)で、気の強い女性に押されながらも愛しちゃうタイプ。
2018年11月7日 サイト投稿