「ハッピーバースデー」が届きますように


 

 その日ヴォルマルフは若干不機嫌だった。
 いい知らせと悪い知らせ――獅子戦争開戦の報とキュクレインが敗れたという報が同時にヴォルマルフの元へ届いたのだ。
 前者はその種をまき続けた結果によるもので計画通りなのだが、後者についてはあまりにも計算外だった。
 枢機卿の中でも次期教皇に最も近いと噂されているドラクロワと契約したキュクレインをこのタイミングで失うことは、かなりの大打撃だった。この戦争に乗じて相応しい肉体と思われる数人に聖石を近づけさせるよう仕向けてはいるが、キュクレインは唯一の、共に目覚め暗躍を進めてきた同志だ。枢機卿という高い立場も、教会内のどこかにあるだろう死都への入口の情報を探るには都合がよかった。
 やはりまずは聖天使の復活に欠かせない聖石ヴァルゴを手中におさめることが先決か――そんなことを考えていると、不意にドアを叩く音がし、入室を許可する間もなく雑に扉が開いた。

「ようヴォルマルフ。相変わらずシケたツラしてるな」

 面倒なタイミングで執務室に来たのは意外な人物だった。

「何用だ、バルク」

 神殿騎士団に所属しているとは言え信仰の欠片もなく、ただ自分が支配する側であればそれでいいと公言しているこの男が、特に任務を与えているわけでもないのにまともな用事で来たことは記憶にない。
 大抵はくだらない世間話をして帰っていくだけなのだが、どうやらこの男はヴォルマルフ・ティンジェルを気に入っているらしい。というより、信仰深く「清く正しく美しく」を実践する他の僧侶や騎士団連中が気に入らないそうだ。

「今日誕生日だろ」

 そう言ってバルクは、持っていた袋をいきなり投げつけてきた。反射的に受け取ると、中には何やら硬いものが入っている。

「……なんだ?」
「つまらねー人生送ったような顔してる団長に、優しい部下からのプレゼントってやつだ」
「毒か何かか?」
「んなわけあるか。オレだってこんな白昼堂々、神殿騎士団長をミュロンドのど真ん中で暗殺なんて頼まれてもゴメンだぜ」

 とりあえず開けてみろよ、と続けたバルクに、ヴォルマルフは息をついてから袋を開け、中を取り出してみた。

「……なんだこれは? クリスタルか?」

 強い想いを持ったまま戦場で散った者は時に魂がクリスタルと化し、仲間に自らの力を託すという。それに酷似してはいるが、それにしては随分と小さく、ヴォルマルフは怪訝な顔でバルクに尋ねた。

「そんな顔するなよ。これは簡単に言うと蓄音機ってやつさ」
「蓄音機?」
「音を蓄えて、別の場所で再生するんだ。凄いだろ?」

 蓄音機などヴォルマルフ自身の知識にはなかったが、聖石レオに宿るハシュマリムはその存在を見知っていた。大崩壊により文明が滅びる前、"飛空艇"と呼ばれる空を飛ぶ船が当たり前のように存在していた頃のものらしく、当時は一般庶民にも広く使われていたそうだ。元機工士であるバルクは、こうしたかつての文明の利器を発掘・研究している。発掘こそゴーグを出た時からやらなくなったとは言え、魔法銃をはじめとする研究は本人の趣味も相まって続けていた。

「……で、何を蓄えたんだ?」
「それはオレがいなくなってから一人で聞くんだな。それより聞いてくれ。この蓄音機のすごいところはだな……」

 バルク当人は、蓄えた中身よりもこの蓄音機そのものを自慢したいらしい。聞いてもいないのに、目を輝かせて構造や入手の経緯、完成までの努力について話し始める。魔法を研究しているクレティアンもそうだが、専門家と言うのは機会があればここぞとばかりに自分の知識を語りたがるようだ。まあ、この二人が似ているだけかもしれないが――そんなことを考えながら肝心の内容を聞き流していると、ようやく言いたいことを言い終えたのか、バルクの声が止まった。

「まあそういうことで。その気になれば何度でも再生できるから、落ち込んだ時にでも使ってみな。誕生日って気持ちになれるぜ」

 語って満足しましたという表情で、バルクは「じゃあな」と部屋から出て行ってしまった。

「……使い方を聞くのを忘れたな。まあいいか」

 そうだ。こんな玩具に構っている暇などない。キュクレインが倒されようと、いや、倒されたキュクレインに報いるためにも、必ずや聖天使をこの世に復活させなければならないのだ――ヴォルマルフは貰ったばかりのクリスタルを床へと投げた。
 カツン、と音を立てて床に転がったクリスタルだったが、同時に淡く輝き、そしてクリスタルから小さいがはっきりとした声が聞こえてきた。

――父さん、誕生日おめでとう。最近話す機会もないわね……これが大人になるということかしら。でも……今はそれどころじゃないのは分かっているけれど。今は祝わせて。

――父上、誕生日おめでとうございます。この畏国が変われば、昔のように一緒に食事する日も戻るのでしょうか。俺も父上のように、畏国を変えられるような立派な騎士を目指します。

「……そういう事か」

 聞こえてきたのは、ヴォルマルフの二人の子供――メリアドールとイズルードの、ヴォルマルフを祝う肉声だった。
 そう言えばずっとミュロンドをあけてライオネルに行っていたのもあって、しばらく顔も見ていない。だが、それでも子供達は父であるヴォルマルフを慕っているのは、モノに蓄えられた声だけでも伝わる気がした。

 だが――

(確かに私がヴォルマルフなら喜んでいただろうな……)

 喜ぶヴォルマルフ――自分自身の顔が、まるで他人のように感じ、苦笑した。
 ヴォルマルフがかつて聖石と契約してから、次第にその魂はヴォルマルフのものではなく、聖天使を求める魂、ハシュマリムのものへと変わっていった。今ではヴォルマルフとしての記憶はあるものの、子供達の声を聞いても心から喜べる気にならなかった。自分の知るヴォルマルフ・ティンジェルは、もっと子供の為に心を尽くせるだけの模範たる父親だったはずなのに。

(やはり人間は愚かだ。父が父でないことにも気付かずに慕い続ける子供達も、そんな子供達がいるにも関わらず父であることを捨てて私に魂を食われてしまったヴォルマルフも……愚かすぎる)

 声と共に光を失った蓄音機を拾い上げる。おそらく同じように衝撃を与えれば、何度でもその声は再生されるのだろう。
 ヴォルマルフは机の引き出しのひとつを開け、クリスタルを袋にしまい、引き出しの奥へと置いた。

(ヴォルマルフよ、これはお前の思い出だ。私は二度とここを開けないと誓おう)

 音が出ないよう、そっと引き出しを閉めた。

 

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あとがき

ヴォルマルフの誕生日についてハシュマリムに考えさせることが夏の儀式みたいになっている……ような気がしますが、バルク書きたかったので今年も書きました。本編中でもこんなひとときがあればいいし、バルクもなんだかんだで機工士らしい文明オタクな一面があればいいなと思います。

2018年7月23日 pixiv投稿

 

 

 

 

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