五十年戦争末期、聖地ミュロンド。某所にて――


「五年間でいい。私を人間のまま生かせ。その後は貴様の好きにするがいい」


――五年など我々にとっては戯れ程度の時間。しかし何故?
「私は約束したのだ。あの二人を立派に育てると……だから私が望む奇跡は永遠の命ではない。人間のままあと少しだけ、生きること。貴様と同化して、半分人間をやめては意味がないのだ」


――良いだろう。だが、その間に我を何とかしようなどとは考えるな……その際は容赦しない。
「分かっている……さあ、私と契約を。統制者よ」



――我はお前を五年間、あらゆる死から守ることを約束しよう。
  その代わり、時が来れば我はお前から全てを奪い、お前に成りかわる……そうこれは契約だ。



 それから数年の時が流れた。

 

 



正直、物よりもお前達の気持ちが嬉しくて、辛い


 




「ねえ、イズルード。ちょっといいかしら」
「なに?姉上」


 朝のお祈りを終え、私はイズルードの肩を指でつついた。
 振り返るイズルードに、私はそっと顔を近づけた。


「もうすぐ父さんの誕生日よね」
「うん」
「二人で何かプレゼントしない?」


 私は、礼拝堂の隅で神殿騎士団の団員と難しい顔で話しこんでいる父・ヴォルマルフの方を見て、でも聞こえないよう小声で提案した。


「いいけど、何をあげるの?」
「それの相談をしているんじゃない……とにかくここだと父さんにバレてしまうから、先に稽古場へ行きましょう」
「分かった」


 私は、イズルードを引き連れて礼拝堂をこっそり抜け出し、稽古場へと向かった。



「ねえ、父さんってどういうものが喜ぶと思う?」
「……わからない」
「やっぱりそうよね……」


 稽古場で、私達は毎朝剣の練習をしている。今日は父もミュロンドにいるので、直々の稽古の予定だ。
 なので父に内緒で話をするなら、父が来るまでに終わらせてしまったほうがいい。
 しかし、二人そろってよいアイデアが思い浮かばないのだ。


 私は今一度、自分の父親のことをよく思い出してみた。何をプレゼントされたら喜ぶだろうか、と。
 まず思い浮かんだのは、剣術を教えている時の厳格な父親だった。
 口癖は「私を殺すつもりで本気で習え」「こんなことでは自分の命も守れんぞ」――最初は怖かったけれど、教わる私達以上に本気で教えてくれる父は、私達の憧れであり目標だ。
 次に思い浮かんだのは、他の神殿騎士団員と話している時の、団長としての父。
 今日も難しい顔をして話していたが、一体何の話をしていたのだろう。まだ後方支援程度しかしていない私にとっては、知らない父の姿だ。
 ただ分かるのは、決して安全な仕事ではないということだ。何度も服を血まみれにして戻ってくる姿を見てきたし、戻らなかった団員もいる。
 そして最後に思い浮かんだのは、そんな任務に出かける時の父の姿。
 長い遠征に行く時は、必ず私達にそのことを話してくれた。「自分がいない間も稽古は怠るな」と厳格な顔で言った後、必ず最後には「必ず生きて戻るから心配するな」とまっすぐ私達を見て、微笑んでいた。
 知る限りで、最も父が穏やかな顔をしている時だ。


「父上ってプレゼントしても喜んでくれないんじゃないかなあ」
「……えっ?」


 しばらく考えにふけっていたが、イズルードがそうつぶやいたことで現実に引き戻された。


「どうしてそう思うの?」
「だって父上なら、そんなことしている暇があったら技の一つでも覚えたらどうだ、って怒りそう」
「そ、そうね……」


 イズルードの言葉に同意しそうになったが、すぐに首を横に振った。


「駄目よ、私があげたいの。父さんに感謝の気持ちを伝えたいの。イズルードだって、父さんのこと好きでしょう?」
「当然だよ。俺もいつか、父上のような騎士になりたい」
「だから、私達の気持ちを少しでも形にして父さんに贈りたいのよ。母さんが死んでからの父さん、少し働きすぎだもの……」
「……うん」


 そうしていると、稽古場に父がおりてきた。


「じゃ、じゃあそういうことで……続きは終わってからね」
「わかった」
「絶対に父さんに話してはダメよ」
「うん」
「何を喋っているんだ? そんな暇があったら、剣の手入れなり準備運動なりしないか」
「ご、ごめんなさい父さん……」
「ねえ父上」
「……何だ」
「えっと……父上って、何かほしいものはありますか?」
「ちょっ……」


 話してはいけないといった傍でストレートな質問をするイズルードに、内心焦った。
 対する父はというと……


「お前たちが一人前の騎士になることが私の望みだ。それでいいか?」


 と、こちらもとてもストレートな回答をした。
 その辺は似てると思いながら、父が自分達の意図に気付いていないことに安堵した。


「よし、分かったら稽古を始めるぞ……と言いたいのだが」
「?」
「急な任務がきたのでな。夕方に発つ。準備を急がねばならん。悪いが稽古は自分達でやってくれ」
「どんな任務? ……危ないこと?」
「ドーターの教会に、異教徒が立てこもっているらしい。仲間が人質になっている……救い出さねば」
「……父さん」
「心配するな」


 私の頭に、父は優しく手を置いた。


「必ず生きて戻る。イズルードのことは任せたぞ」
「……はい」
「父上、俺だってもう……!」
「メリアドールのことはお前が守るんだ、分かったな」
「はい!」


 イズルードの笑顔に父は微笑み、そして稽古場を後にした。


「……イズルード、父さんが今日出発するまでに何とかするわよ」
「え!? 何も決まってないのに!?」
「なんとかするの!」
「わ、分かったよ……でもとりあえず稽古しようよ。ね?」





「まったく姉上は……機嫌が悪いと手加減しないんだから……」
「聞こえてるわよ」


 イズルードも成長期に入って身長も伸び剣も上達していたが、稽古で打ち合いをやればいつも私が勝っていた。
 別に機嫌が悪かったわけではないのだが、剣には早く稽古を終わらせたい気持ちが出てしまったらしい。
 弟にそれを見透かされたことにため息をついた私に、イズルードは「まあいいか」と言ってから私の顔を覗き込んで尋ねた。


「……ねえ姉上。なんでそこまで父さんの誕生日にこだわるの?」
「不安なの……父さんがいつか戻ってこない日がくるんじゃないかって」
「?」
「あなたは覚えていないかもしれないけど、母さんが死んだ時、父さんに言ったの。私達のこと、よろしくねって……その時から父さんは、危険な任務にも積極的に行くようになったわ」
「……姉上」


 こんな暗い話をするつもりはなかったのに、一度出た不安な気持ちが隠せなかった。
 そしてイズルードが同じく不安そうな表情になるのにも気づかず、続けた。


「だから不安なの。父さんはもしかしたら、死に急いでいるんじゃないかって……そう思うだけで怖いのよ」
「父上が死ぬ……? 俺もそれは嫌だ……」
「ええ。でも、私達はまだ父さんを守れるだけの力がない。だから守れる日が来るまで、死なないで欲しいの」
「それでプレゼントを?」
「直接話したって、父さん聞いてくれないもの。でも少しでもいいから形になるものなら、と思って」


 直接話したところで、父は「心配するな」の一点張りだろう。
 まだ神殿騎士団に入ってすらいない幼いイズルードも、ようやく私の意図が分かったようだ。
 そして少し考えた後、手をポンと叩いて言った。
 
「じゃ、じゃあ手紙とか……どうかな?」
「手紙かぁ……いいアイデアね」
「でもやっぱり、手紙だけじゃ変だよね……」
「そうね。やっぱり何か……でも夕方までに買えるものなんて……」


 ここでようやく最大の壁にぶつかった。
 夕方までに何とかしようと思えば、当然やることも買うものも限られる。
 ミュロンドにあるのは、ポーションなどの道具屋と、聖書などの道具、筆記具など日用品、あとは戦闘用の装備品類だ。



「とりあえずお店行ってみようよ。そうしたら何か閃くかもしれないし」
「え?」


 イズルードの行き当たりばったりな発言にため息をつきかけたが、いきなり「今日プレゼントを贈る」と決めた自分こそ大概だろう。
 むしろ、それにも関わらずしっかり付き合ってくれるいい弟だ。
 何よりも、母が死んで、父が過剰に誰かを守るために必死になるのを見て、せめてイズルードだけは私が守ろうと思い騎士の道を歩んだ。
 イズルードがいなければ、きっと今頃、ひとりでただ不安な日を過ごしている女になっていたに違いない。


「……姉上?」
「え? あ、ああそうね。どうせ行かなければならないし、行きましょう」


 


 そして店の中で、私達は並べられている品を見て、時に手に取って値札を見て戻して……を繰り返していた。
 そうしていると、後ろから男の声がした。


「ようメリアドールお嬢様にイズルードお坊ちゃん。お買い物か?」
「その言い方やめてください、って言ってますよね……バルクさん」


 振り返ると、見た目も言動も全てがガラの悪い神殿騎士こと、バルクが立っていた。
 彼は元反貴族のテロリストで、最近になって神殿騎士団に入団した男だ。剣ではなく銃を扱う機工士で、入団して日は浅いが、父とはよく危険な任務に赴いている。
 私もあまり好きなタイプではないが、イズルードに至っては彼の事が相当苦手なようで、今も私の後ろに隠れるようにして視線を反らしている。


「あんたこそ、俺の方が一応後輩なんだ。普通にバルク、でいいんだけどな……あと敬語もいらねえ。好きじゃない」
「じゃあバルク……あなたもドーターへ行くの?」
「まあな。その買い出しだ。あんたらの親父のためにポーション投げてやるのも仕事なもんでね」


 あの団長、団長のくせにやたら突っ込むからサポートも大変なんだぜ、と続けた。


「やっぱり父さん、戦場でも無茶しているのね……」
「ああ。ガキのいる父親のすることじゃねえな。何回ついに死んだと思ったことか……そんなに神に身をささげるっていうのは大事なことか? 俺には分からないな」
「……」
「まあ怒るなよ。それで? その感じじゃあ団長のおつかいではないみたいだな。何か探し物か?」


 平然と信仰をバカにしている。いつ話しても、神殿騎士団の風上にも置けない男だ。
 だが、ミュロンドの外での父の姿を知っている貴重な人間だし、父に対する考え方では少しだけだが共通するものを持っているようだ。
 私は素直に、「誕生日プレゼントを探している」と伝えた。


「誕生日ねえ……生き急ぎのおっさんには似合わないが、悪くはないな」
「遠征に持っていけるものがいいのだけど……」
「お前らバカか」
「な、なんですって……!?」
「言っとくけどな。実用的なアクセサリは、命知らずでも流石に団長だ。あんたらの小遣いで買える程度のもんじゃ、かえってあいつの死期を早めるだけだと思うぜ」
「え? ええ……」
「消耗品も同様。大事な娘と息子からもらったものを、使うタイプじゃない。荷物の無駄だ。あのおっさん意外とケチだしな」
「……」
「な、なんだよ」
「ご、ごめんなさい……思ったよりマトモな意見だと思って……」
「俺達より父上のこと知ってるんじゃ……」


 ずっと黙っていたイズルードも、バルクの言葉遣いは汚いが的確な内容のアドバイスに驚いたようだ。
 だが、バルクは「失礼なやつらだな……」と呟いた後言った。


「俺が知ってるのは命知らずの神殿騎士団長だけだ。あんたらの知ってるヴォルマルフ父さんはそれだけじゃないんだろ? だったら知らない団長を気遣うより、素直にガキらしいもん父親にプレゼントしとけ」
「え、は、はい……」
「実はな。昔、一緒に反貴族活動をやろうと思ってた親友がいたんだ。だが、あいつは断った……ガキがいるから巻き込めないってな。あいつも奥さん亡くした片親で、ガキは今生きてるならあんたらと同じくらいのチビだった」
「……そう、だったの」
「俺にはそんなのいないが、親にとってガキは理想や命よりも大事な宝なんだろうな。ヴォルマルフだってそうだろう……片親なら、なおさらだ」
「バルク……」
「なんて、どうでもいいか。安心しな。俺だってなんだかんだ、奴のそういうところは嫌いじゃない。できるだけサポートしてやるよ」
「有難う……」
「……ありがとう」


 イズルードも私の後ろで頭を下げた。それを見て、バルクは「じゃあな」と言ってポーションなどがある消耗品のコーナーへ向かっていった。


「姉上……バルクって、割といい人だったんだね」
「そうね。それに……彼のおかげで閃いたわ。プレゼント」


 そして私達は、日用品のコーナーへと向かっていった。
 



 それから夕方。
 なんとか間に合い、父が部屋で装備品を身に着け確認しているところを捕まえた。


「父さん、行く前に受け取ってほしいものがあるの」
「なんだ?」


 メリアドールの言葉と同時に、イズルードが箱を父に差し出した。


「父上、少し早いけど誕生日おめでとう!」
「誕生日……ああ、そういえばそうだったか」
「受け取ってください!」


 箱を開けると、中には一枚のハンカチと、手紙が入っていた。


「これを私に?」
「ほとんど姉上がお金出したんだけど、俺もお小遣い出したよ」
「あ、ああ……」
「ごめんなさい、その……本当はアクセサリとか買いたかったんだけど、お金が足りなくて……」
「……箱から出しても、いいか?」


 しばらく父は箱と私達を交互に眺めながら、珍しく目を丸くさせていたが、意を決したようにそうつぶやき、そして箱からハンカチを取り出し、広げた。


「……何故これを?」
「姉上が、ハンカチを人に贈るのは無事を祈るという意味があると言っていました」


 イズルードの言葉に、私はコクコクと頷いた。


「そうか。手紙は船の上で読ませてもらう。構わないな?」
「あ、はい……あの父さん……」
「ん?」
「私達、必ず強くなるから……だからそれまで、それ以降も死なないで」
「あ、姉上……泣かないで」
「……え?」


 イズルードにそう言われて、初めて自分が泣いていることに気付いた。
 だが、泣き止もうにも涙が止まらない。


「ご、ごめんなさい……そんなつもりじゃ……」
「……メリアドール」


 目をこすっている私の頭を、朝と同じように父はそっと手を置いて撫でた。そして言った。


「いいか? 私の方が先に生まれたのだから、私はお前達よりもきっと先に死ぬことになるだろう。それは神が定めた運命だ」
「……父さん。だから父さんはいつも死ぬ覚悟で戦えるの? 神が定めた運命だから怖くないの?」
「……」
「母さんが死んだあと、一度過労で倒れたでしょう? あの時思ったの……父さんも死ぬんじゃないかって。それから先も、血まみれになって帰ってくる父さんを見るたびに、怖くて、怖くて……!」
「姉上……」


 泣き止むどころか最後は涙声になっている私に、イズルードも移ったように涙ぐんでいた。
 姉としてしっかりしなければならないのに、それを父に見せて安心させてあげたいのに、情けない話だ。


「大丈夫、大丈夫だメリアドール……イズルードも」


 そんな情けない私と、私のせいで今にも泣きだしそうなイズルードを、父は優しく抱き寄せた。


「私は死なない。お前達が一人前になるまで死なないと、私は母さんと神に誓ったのだ……だから必ず生きて戻る」
「……うん」
「父上……! 俺も父上と一緒に戦えるように、姉上を守れるように、頑張ります」
「ならもう泣くんじゃない。騎士を目指すなら決して人に涙を見せるな……自分の弱いところを見せては、誰も守れない」


 父が身体を離すと、先にイズルードが目をゴシゴシとこすって、「はい!」と元気よく返事をした。
 それに続いて、私も「はい」と答えて、これ以上泣かないように唇をかみしめた。


「よし、それでいい。大丈夫。このハンカチを持っていれば、無事に帰るしかないだろう?」
「父さん、私強くなるわ。父さんをいつか、守れるくらいに」
「俺だって! 姉上のことは任せてください!」
「その時が楽しみだな……有難う。いい誕生日プレゼントになった。……では、行ってくる」


 そう言って、父はハンカチを懐に収め、剣をとって部屋から出ていった。


「行ってらっしゃい、父さん」
「いってらっしゃい!」


 そんな父を笑顔で見送ったあと、私はイズルードの方を向いて言った。


「イズルード。明日からの稽古、厳しくするから覚悟しなさいね」
「えっ……わ、分かった! 俺だって手加減しないから!」
「あら、言うじゃない?」
「……うっ……い、一方的に殴るのはやめて欲しいけど……」
「有難うイズルード」
「姉上?」
「私、もう泣かないわ。二人で父さんを守れるような騎士になりましょう」
「うん!」


 父が命がけで私達のために戦ってくれているのなら、私達は父のために強くなろう。
 私達はそう誓いながら、父の無事をハンカチにこめて、祈った。











 ドーターへ向かう船の上で、ヴォルマルフはもらったばかりのハンカチにたまに視線を移しながら、子供たちの直筆の手紙に目を通していた。


「なあ、団長。ガキどもからの誕生日プレゼントの余韻にひたってるところ悪いが……」
「……! 何故貴様が知っている」
「あ……いやまあ、買ってるとこ偶然見ただけだ」
「そうか。で、何用だ」
「結局あいつらハンカチ選んだんだな。でもそれって……普通戦場に行く恋人に渡すもんだろ? アンタ、娘にちゃんとそれ言ったのか?」
「……いや」
「言ってないのかよ……まあいいか。そんなことより、今回くらいは最前線で特攻しないで後方で指揮してくれや。その状況でアンタが死んだら、さすがの俺も夢見が悪いぜ」
「……そうだな。そうしよう」
「珍しく素直だな。ま、頼むぜ団長」


 そう言ってすぐに立ち去ったバルクを見送ったあと、ヴォルマルフはハンカチを握りしめながら「すまない」と誰にも聞こえないほどの小声で懺悔した。


「すまない。私はもう……お前達の願いを叶えることはできないのだ。ただ、強く成長したお前達が幸福になることを望む……」


 ヴォルマルフの服に収められている聖石-レオ-が、彼の願いを聞き届けるかのように小さく輝いた。

 

 

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あとがき

ヴォルマルフ贔屓が高じて、誕生日記念小説を全力で書いていた。メリアドール15歳くらいの設定。バルクも初めて書いたんだけど、ちょっとツンデレみたいなキャラクターになって、自分で「このバルクいいな」と自萌えしてた。

ほのぼのっぽく見せかけたシリアスオチで、本当に誕生日記念でいいんだろうか……と思う一方、メリアドールやイズルードに慕われている父親ヴォルマルフを書きたかったので満足している。

 

 

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