「聖天使よ……まだ、まだ目覚めぬのか……?」

 自分に近い魂を持つ騎士の身体を依代に、獅子はこの国に多くの火種をまき戦争をつくりだし、そしてその傍らで自分の仲間と聖天使にふさわしい肉体を探し出した。
 しかしその暗躍に気付いた青年とその仲間の手によって、その命は着々と追い込まれていった。
 青年は聖天使に相応しい肉体を持つ少女の兄であるらしく、それを救うべくここまで来たのである。

 この青年にも、自分と同じように譲れないものがあるのだろう。
 そう思いながらも、自分にも譲れないものがあるのだと思い直し、そしてこの状況をどうすればいいのか考えた。


 そして獅子は聖天使に忠誠を誓った、あの時を思い出した。

 

 

 

愛に全てを捧げよ




 人間には理解できないほどはるか昔。
 神々はこの世を治めるために、"異形者"を創りだした。

 神々は彼らにそれぞれの役割を与え、そして獅子の形をした異形者に命じた。

 "この世を統制せよ"


 獅子は考えた。どうすればこの世を統制できるのか、ということを。
 異形者の中でも強い行動力と意志力を持った彼を神々は"統制者"と呼んだ。
 だからきっと神々は獅子に、「お前がこの世を統制する存在だ」と命じたのだろう。獅子はそう思った。

 だが、獅子はこの世を見て思ったのだ。

 穢れきった世を治めるには、この力では不十分だと。


――この世を統制できるだけの存在を探し出すことこそが我が使命。そのためならこの命全てを捧げても構わない。

 

 獅子は自らの足で世界をまわった。
 まわればまわるほど、世界は穢れきっていることを痛感する。
 そして自分と共に創られた他の異形者達の異変も、感じていた。
 
 ある者はこの世の不浄を取り除くように命じられ、自らの身に不浄を取り込み浄化することでその使命を全うしようとしていた。
 だが美しかったその身体は、徐々に陰りを見せていた。

――苦しい。この世はあまりにも不浄だ……我が身体が不浄そのものになるのも時間の問題かもしれぬ。そうすれば神は私を見捨てるのだろうか。

 異形者は獅子に尋ねた。
 獅子は答えた。

――兄弟よ。例え神が見捨てても、私は貴公を見捨てない。互いにどのような姿形になろうと、どんなに時が経とうと、共にその時の使命を果たそうぞ。
――ああ有難う。貴公の夢が果たせた時は、必ずやこの身を迎えてくれ。貴公の旅に、どうか幸運あらんことを。




 それからしばらくして、その幸運は訪れた。
 獅子は旅の果てに、神々の聖域――クリスタルグランデ――へと足を踏み入れていた。
 その最深部にたどり着いた時。

 獅子は目の前の存在に心を奪われた。

 目の前にはふたつの存在があった。
 片方は、赤い服に身を包み、黄金の羽の生えた人間の女性のような存在。神々いわく"最高傑作"として全ての存在を天界へ導き転生させる者。
 もう片方は、死神のような機械的な見た目の漆黒の羽を持つ存在。世界の全てを闇に包む者。

 聖天使と堕天使の存在は聞いたことがあった。
 "究極"の名を持ち、強大すぎる力ゆえに神々が有事の際を除く時はクリスタルグランデに幽閉していた存在。
 ふたつの存在は互いに干渉せず同じ空間で過ごしていたが、獅子がこの場に足を踏み入れたのと同時に、互いの存在を認識し、接触したのだ。

 聖天使と堕天使が対峙し、それらはひかれあうように互いに手を伸ばした。
 そしてそれは、獅子の目の前でひとつの存在となった。


――美しい……これこそが我が求め続けていた存在。

 目の前にいるのは、ふたつの天使が融合した、黄金の羽を持った機械の天使だった。


 融合した天使は獅子の存在に気付き、そして静かに近づき、尋ねた。

――オマエは誰? 私に何か用か。
――我が名はハシュマリム。神々にこの世を統制せよと命じられた哀れな異形者。
――統制者よ。オマエに尋ねよう。この世は本当に神の手におさめられるものなのか?
――永く世界を渡って来た。だが神がこの世を支配すればするほどに、この世は穢れていく……
――そう。神は間違っている。いいえ、それどころかこの世に神など必要ないわ。
――必要ない? 我が望みは、貴方に神としてこの世を統制してもらうことなのだ。そう言われては。
――私は神ではない。


 機械の天使は、縋る獅子にそう告げた。


――私は聖天使であり堕天使。神々に代わりこの世に降り立ち、全ての魂を管理する者。天界でただ地上を見ているだけで、この世の穢れを知ろうともしない者共と一緒にしないで。
――それは失礼を……
――いいのよ。それよりもオマエは、神々の使命を果たすために、神々ではなく私を選ぼうと言うの?

 機械の天使の言葉に、獅子ははじめて、自分のしようとしている事に気付いた。


――この世を統制するためには、我が身体を生み出した神々など要らぬ。他にも多くの異形者が苦しんでいる……神々を滅ぼし、自然に歴史を任せ、それを統制するのが我が真の望み。"究極"の名を持つ聖天使よ。どうか我が主となって欲しい。

 獅子はこの日、聖天使に永遠の忠誠を誓った。






 クリスタルグランデに封じられた聖天使をこの世に降臨させるためには今と同じく、多くの血が必要だった。
 沢山の血が流れこの世が混沌に堕ちきった時に、血塗られた聖天使の封印は解かれ、この世に降りると言う。
 そしてその時が、神々を滅ぼし聖天使がこの世の頂点に君臨する時であると、聖天使とそう計画した。


 そう、あの時も追い込まれていた。聖天使が降臨する前に、その命が尽きようとしていたからだ。


 あの時はすぐ後ろに崖があった。崖の下にあるのは地獄の業火だった。
 だから獅子は自分の死を予期したのと同時に、その身を崖に投げた。


 その断末魔と流れた血に呼応するように、獅子は最期に黄金の羽を見た。

 ならば今も。
 アジョラの死後に流れた血が足りないというのなら……


「聖天使よ……! 我が命を、魂を、復活の贄に捧げようぞ……!」



 獅子は躊躇することなく、自らの腕を身体に突き刺した。一気に引き抜くと、そこには大量の自分の血があった。



――ああ、これで今度も……


 ふと獅子は薄れゆく意識の中で、青年の一味の中にいる、自分の依代となった騎士の娘に視線を移した。
 娘はまさか相手が自害するとは思わなかったのだろう。青年たちと一緒に、ただ立ち尽くしてその光景を見ていた。
 何故ここで娘の事が気になったのか。獅子はきっと、騎士――ヴォルマルフの魂がそうさせたのだと思った。
 騎士が子を想う気持ちは、自分が聖天使に捧げた心に似ていた。
 自分が何度でも聖天使のために命を捧げるように、騎士もまた、子の為にその魂を獅子に捧げたのだから。


――ヴォルマルフ、我が相棒よ。貴様はきっと息子に会いたいだろう……そして私を恨んでいることだろう。だが一つ頼まれて欲しい……共に死んでくれ。


 獅子の言葉に、騎士がどう答えたのか、それとも答えるだけの意思も残っていなかったのか。
 共に聖天使の贄となったのか、息子の元へと旅立ったのか。
 それは分からなかったが、聖天使の依代となるだろう娘の身体の上に置いたヴァルゴが鈍く輝くのを見ながら、獅子は聖石レオの光の中へ消えていった。
 

 

 

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あとがき

FF12のハシュマリムのハントカタログの項目で、聖天使を降臨させるために自ら崖から飛び降りて地獄の業火に焼かれたと書いてあって、FFTのハシュマリムも聖天使のためにダイナミック自害してたなと思って萌えた。ハシュマリムは「血が足りないから」聖天使が目覚めないと言っていたけど、なんとなくハシュマリムの気合いが聖天使を起こしたというか、聖天使を召喚するために必要なのは単純な血の量ではなく、召喚者であるハシュマリムの贄としての血だったんじゃないかなとも思う。

私の小説だと基本的にハシュマリムはヴォルマルフの理解者ってことになってるけど、イズルードやメリアドールが父親が父親でなくなったことに気付かなかったくらいに、ハシュマリムはヴォルマルフとしての振る舞いをしていたんじゃないかという妄想から生まれてます。

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