主君に尽くす女達

 

「セリア姉様……あいつらが来たわ。早くやってしまいましょう」
「落ち着くのよレディ。確実にやらなければならないんだから」

 今にも柱の陰から身を乗り出しそうな妹分のレディを戒めながらも、私は手にした小刀を強く握りしめた。
 想いは彼女と同じだった。

――今すぐにでも「あいつら」を殺したい!

 だが、相手は元々このランベリー城の大臣と兵士。
 大臣の方は初老で私達でも何とかなりそうな相手ではあるが、周りにいる兵士3人は、ランベリーでも名を挙げた男たちだ。
 戦闘訓練を受けたわけじゃない私達が正面から戦って勝てるはずがない。


「宝物庫の入口は侯爵の部屋のどこかに隠されているはずだ。あそこには代々伝わる名刀『正宗』がある……野盗どもに荒らされる前に何としても手に入れるんだ! 良いな!」
「……はっ!」

「……! やっぱりあの男、エルムドア様の財宝を狙っていたのね!?」
「そう。しかもあいつらはエルムドア様亡き後、自分の保身のためにランベリーをゴルターナ公に売りとばした領民の敵。殺して当然よ」
「しかも噂じゃ、エルムドア様は味方陣営に謀殺されたって……この手際の良さ、あながち間違いではないかもね」
「ええ。罠は部屋に仕掛けてある……引っかかった時があいつらの終わりの時よ」


 獅子戦争が激化し、ある日ここの城主であったエルムドア侯爵は戦場で無念のまま亡くなってしまった。
 それからというもの、無防備に背中を見せて兵士に怒鳴り散らしているこの大臣は、ゴルターナ軍での自身の厚待遇と引き換えに、ランベリーの全領地をゴルターナ軍に明け渡したのだ。
 当然ランベリー騎士団は解散し、ほとんどの兵隊がゼルテニアへと行くことになった。
 豊穣なランベリーの農業地帯の食糧もゼルテニアへ運ばれ、領民の生活はさらに苦しいものとなった。

 ランベリーの象徴であったこの城は今無人となっており、近々ゼルテニアにいる大貴族がここを占拠するらしい。

 つまりこの大臣は、その貴族がここに来る前に、隠されているエルムドア家の財宝を盗み取ろうとしているのだ。



 そうこうしているうちに、奴らはエルムドア様の部屋に足を踏み入れた。
 私達は背後からそっとその様子を見守る。
 気配を消すなんて芸当はできないが、あいつらはまさか私達がここにずっといたことなんて知らない。
 城に入る時は誰かに見られていないか警戒していたようだが、今はまさか背後から殺気を飛ばされていることなんて思ってもいないようだ。


「よし、探し出せ!」
「はっ…… ……!!!」

 兵士どもが部屋にズカズカと入り込んだとき、奴らの足に透明のロープが引っかかり、同時に正面に仕掛けていたボウガンの矢がそのうちの一人の甲冑を貫いた。

「……何事だ! ……ぐあっ!」

 そのタイミングを見計らって、レディが部屋の前の廊下に仕込んでいた罠を発動させ、ドア付近の天井からナイフの雨を降らせた。
 ナイフは大臣の肩に突き刺さった。

「今よ! レディ!!!」
「ええ姉様!」

 私達は廊下から勢いよく飛び出し、持っていた小刀を最も近くにいた兵士に同時に突き立てた。
 兵士は悲鳴をあげる間もなく、その場に倒れこんだ。

「……き、貴様ら……侯爵の飼い猫どもか……!?」
「エルムドア様とランベリーの仇! 討たせてもらうわ!」
「お、お前たち!!!」

 血に染まった小刀を構える私達と驚く大臣の間に、動ける残りの兵士が立ちはだかった。

「貴様らいつから……この罠も貴様らの仕業だな?」
「私達はこの城を去っていなかったのよ。あなたのような盗人が現れるんじゃないかと思ってね!」
「娼婦ごときが生意気なことを……貴様らに勝ち目があると思っているのか!」

 互いに緊張が走る。
 大臣の言うことは最もだった。いくら一人手負わせたとは言え、私達の勝機は薄い。
 けれど、やらなければならない……例え刺し違えてでも。少なくともこの大臣だけは。

「死になさいっ!!!」
「ま、待ってレディ……」

 最初に痺れを切らしたのはレディだった。
 小刀を脇に構え、真っ直ぐ大臣に向かって走り出す。

 しかし、完全に臨戦態勢に入っていた兵士によって小刀が払われ、かわされたレディの身体が他の兵士に羽交い絞めにされてしまった。

「所詮はただの女……貴様らなぞにワシが殺されるわけがなかろう」

 血がにじみ出る肩を押さえながらも余裕の表情を見せる大臣の横で、レディの首元にナイフが宛がわれた。

「ね、姉様逃げて……私なんかに構わないで……」
「レディを放して! 首謀者は私よ。殺すなら私を殺しなさい……!」
「宝物庫の場所を知っていれば助けてやっても良いぞ? この部屋に出入りして侯爵と懇意にしていたのだろう?」
「そんな事をエルムドア様が話すワケがないでしょう!?」
「……そうか」

 そう言ったのと同時に、大臣が手を挙げ、羽交い絞めにされていたレディの喉にナイフが刺さった。

「レディ!!! ……がっ……」

 喉から血しぶきをあげて崩れ落ちるレディに駆け寄ろうと小刀を下しかけた瞬間に、私もまた他の兵士の剣に突き刺された。

「ぐっ……」
「現場を見られた以上、貴様らには死んでもらわねばならんからな。それに侯爵殿も喜ばれよう、慰め用の女が後を追って死んでくれたのだからな」
「エルムドア様を……侮辱するな……」
「悔しいか? 恨むなら力のない自分と、そんな貴様らに復讐などという心を植え付けた侯爵殿を恨むのだな!」
「……っ」

 大臣を刺殺してやりたい気持ちであふれかえったが、そんな気持ちとは裏腹に私の膝もまた床に崩れた。

「れ、でぃ……エルムドア……さま……」

 剣が抜かれ揺らぐ景色の中で、動かなくなったレディと部屋を漁りはじめる大臣らが見えた。

「娼婦の分際で逆らうからいかんのだ。罰として、このまま苦しみながら地獄へ落ち…… ……!?」

 倒れる直前に、冷徹な笑みを浮かべる大臣の顔がさっと青ざめた。
 同時に、供の兵士達の断末魔の叫びが部屋に響いた。

「……な、なぜ……」
「貴様が好き勝手にやるのでな。……大人しく死ぬのをやめた」
「馬鹿な……」
「地獄に落ちるのは君達だ」

 聞き覚えのある低い声。
 思わず振り返りたくなるが、私の身体は床に突っ伏したまま動かなかった。
 でも、大臣が怯えたような声を上げながら死んでいったのは理解できた。
 大臣を殺したのが誰かも……

 そして、うつ伏せになっていた体が、ゆっくりと抱き上げられ、仰向けになる。
 そのおかげで、それをしたのが最愛の主であることを、確実にすることができた。


「エル……ア様……どうして……?」

 見間違うはずのない銀色の髪、赤い瞳。エルムドア侯爵その人だった。
 でもエルムドア様は死んだはず……これは夢なんだろうか。

「間に合わなかったか……可哀想に。ゆっくり休みなさい、セリア」

 優しく口づけを落とされ、私はその声に従うように瞼を閉じた。

 その口づけは、夢のように心地よい一方で、夢とは思えないくらいに冷たかった。



――セリア、聞こえるか?

 どこからともなく声がする。ここがどこかは分からない。
 明るいのか暗いのか、何色なのか、全く分からない場所。
 でも、この声が誰のものであるか知っている……私の主、エルムドア様の声だ。

――君達の身体は残念ではあるが力尽きた。だがまだ魂は生きている。だから私の声が聞こえるはずだ……

 主の姿を探すが見つからない。でも、私はゆっくりとその声に頷いた。

――私は神に魂を捧げ、代わりに永遠の寵愛を授かった。だが、君達に死んでもらっては私も寂しい。君達にも新しい身体を授けよう。

 ふと、私の目の前に悪魔の姿をかたどった像が現れた。
 その像は感じたこともないような気を放っているような気がした。
 これが主の言う「神」なのだろうか。

――この像に触れなさい。そうすれば、君達の魂は像に宿る神の使いの身体と融合し、再びこの世に生命を得ることができる。

 主は私達を蘇らせようとしているのだろうか。
 嬉しさからすぐにでも像に触れたくなったが、死ぬ前に大臣に言われた「たかが娼婦」という言葉を思い出し、伸ばしかけた手を引っこめた。

――君達は無力ではない。君達の私を想う心は、新たな身体に力を授けることができるだろう。私は君達が愛しいのだよ……

 私達の心を見透かすような声に、私は涙が出るほどうれしい気持ちになった。
 主は、私達の事をただの慰め者ではなく、一人の女として見てくれていたのか。

――私を一人にしないでくれ……頼む。

 愛してくれる人に頼まれて、断るなんてできるわけがない。
 私は今度はためらうことなく像に手を伸ばした。




「……ベリアスがやられ、ハシュマリムは去ったか」

 ランベリーとは地理的に王都から見て逆方向にある要塞のような城の屋上で、主がつぶやいた。

「極力目立つ行為は避けたかったが仕方がない。我々が聖石を奪い返す……あの異国風の男が持っているはずだ」



「行くぞ、セリア、レディ……」
 刀を抜いた主を見て、私達も小刀を両手に構えた。
 もう私達はただの娼婦などではない。主に永遠に仕え、その敵を闇に葬る暗殺者……

「仰せのままに。エルムドア様」

 

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あとがき

セリアとレディについて、元々デーモンだったのが人間に化けているのか、元人間でデーモンと融合したのか意見が分かれるところだけど、後者じゃないと物語作れなかったので後者で考えてみた。屋上で登場した瞬間から「ああこいつら人間じゃないわ」という雰囲気まとってて、侯爵とあわせて好き。

ところであまり中世ヨーロッパの文化とか知らないんだけど、結婚もしてない(それどころか侯爵の死後すぐに城が無人の廃墟になっているので、侯爵は天涯孤独だったんだと思う)大貴族の領主が美女二人囲ってる状態っていいんだろうか。

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