忠誠の魂に、断罪を

 

「ヴォルマルフめ……どこへ行ったんだ」


 聖地ミュロンドで対峙したもののゲルモニーク聖典を奪ったまま逃げ去った私の父――正確には私の父"だった"――ヴォルマルフの一味を、手分けして探すこととなった。
 私は元々教会の神殿騎士だったので、ひとり、関係者でなければ立入が難しい場所を行くことにした。
 逃げたとは言えそのうちの一人は手負いであり、ミュロンドの外へ行くように見せかけて潜伏している可能性もある。
 私がまず来たのは、教会で勤める者が住まう場所だった。


――姉上。オレは今からオーボンヌへ行くんだ。院長のシモン殿は王女から賜った聖石を隠匿していると噂がある。異端者などの手に渡る前に我々の手元に置き守らねば。
――頑張ってらっしゃい。この時世、何があるか分からない……油断しては駄目よ。
――分かっているよ。姉上は心配性だな。


 この廊下で話をしたのが、イズルードとの最後の思い出だった。
 イズルードはそのまま生きてここへ帰ることはなく、今、外の墓地にある母の墓のすぐ隣で眠っている。
 私は廊下を通り、ティンジェル家のためにあてられた部屋へと向かった。
 神殿騎士団長ヴォルマルフ――教会の中でも名誉ある称号を持つ父とその家族である私達にあてられた部屋は執務室とは別に存在し、神殿騎士団の幹部であっても滅多に訪れない静かな場所だった。
 部屋に入ると、私がラムザを追ってベルベニアへ向かった時と変わらない場所で埃だけを増やした家具や調度品が、あれから一切の生活がここで行われていないことを物語っていた。
 父はイズルードが亡くなるよりも前から外に出たままここへ戻ることは滅多になくなっており、ここで一家団欒があったことも遠い昔のようだ。
 今思えば、母が死に、少ししてから父は少し変わってしまったような気がした。きっとその時には、もう父は父でなくなっていたのだろう。


「母さん……」


 母が愛用していた鏡の前に立ち、母の形見であるシャンタージュを懐から出して見つめた。


「私、どうすればいいの。イズルードを殺し父さんの名を騙るあいつを倒して……その先に何があるの? 父さんはいつから父さんでなくなったの? どうして私達は気付かなかったの……」


 シャンタージュを握りしめて、問いかける。母もイズルードも父もこの場にいないのは分かっているのに、それでも言葉に出さずにはいられなかった。


「ならばこのミュロンドに残ることを勧めましょう」
「……!」


 背後から低く静かなのによく通る声が聞こえ、私は驚き振り返った。


「ローファル……!」


 そこにいたのは、神殿騎士団副団長にして父の姿を騙る存在の一味である、ローファルだった。
 私は咄嗟に右手を腰に下げた剣の柄にかけ、尋ねた。


「ここに何の用?」
「あなたがここへ向かうのが見えたので」
「……聖典は」
「ここに」


 ローファルは自分の制服の胸元を指した。


「ここで一戦交えて奪いますか?」


 挑発的に口の端を吊り上げたローファルに、私は寒気を感じながらも「いいえ」と答えた。


「ここを私や貴方の血で汚す趣味はないわ……」
「奇遇ですね。私も同感ですよ、メリアドール嬢」
「ローファル。貴方、ドーターで見たクレティアンと同じ目をしている。貴方もすべてを知った上であいつに協力しているのね……」
「ええ」
「どうして? あれは父ではないわ。あいつは父の魂を奪い、イズルードを殺した悪魔でしょう?」
「……」
「クレティアンはとにかく……貴方は昔から父への忠誠心で動いていたように思う。貴方は悔しくないの? それとも貴方も父と同じく別の誰かが成り代わっているの?」
「……」
「答えてッ!」


 私を見つめたまま口を開こうとしないローファルに、私は声を荒げて詰め寄った。
 互いに剣を抜けばすぐに相手を斬ることができるだろう距離まで近づくと、ローファルは観念したように小さく息を吐いた。


「今も昔も、私が忠誠を誓っているのはヴォルマルフ様ただ一人」
「……え?」
「もちろん人智を超えた力と知を持つ大いなる存在に傾倒し、偽りの信仰を捨て真実の神を求める心があるのも事実。だが、私にとって従うべきはヴォルマルフ様のみ」
「意味が分からない……」


 私は首を横に降って一歩後ずさった。静かに語ったローファルは父と同じくどこか遠くの存在に見えるのに、同時に懐かしさ――昔と変わらず父に従う姿――も見えた。それがかえって恐ろしい。私の知るローファルがすでに故人で、今ここにいるのはバケモノが成り代わっている別者であればいいのにと思う程に。
 でも、そんな私をよそに、ローファルは表情を変えることなく続けた。


「分からない方がいい。父として、子に己が苦悩を知られたくないのは当然の性。昔も今も、ヴォルマルフ様はあなたがたの前でご自身の絶望や悲憤を見せることを望まないでしょう」
「……貴方は」


 何を求めているの? ――尋ねようとしたが、何故かその言葉が自分の口から出ることはなかった。今もローファルの瞳には、強い自らの意志が宿っているように感じた。ドーターで会った時のクレティアンもそうだった。彼らは例え全てに否定されても、自分の目的を果たそうとする――きっと私がこれ以上何を説得しても、彼らの心には届かない。


「……もういいわ。これ以上は何を話しても平行線にしかならない」
「そう。もう我々が交わったところで、何一つ変わることはない……メリアドール、ラムザと行動するのをやめこのミュロンドに残りなさい。亡きヴォルマルフ様も、せめてあなただけでも人並みの幸せを手に入れて欲しいと、望まれているはずだ」
「嫌よ」


 今度は私がローファルの言葉を拒絶した。
 ローファルの冷静な瞳が、一瞬揺らぐのが見えた。


「それだけは絶対に嫌」
「何故? あの方を倒しても、あなたの父は戻らない。死んだイズルードの無念も晴れない。あなたに残るのは"異端者に加担した者"という汚名だけ……それをあなたの家族が望むと思うのですか?」


 ローファルの今までの言葉で、私は確信した。先程寺院で対峙したあの存在は間違いなく私の知る父ではないが、それでもやはり"ヴォルマルフ・ティンジェル"その人だと言う事を。そして目の前にいる男は、私が知っている"ローファル・ウォドリング"のままである事を。
 だからローファルは従っているのだ。大いなる存在に傾倒しながらも、その奥に自分が従うべき唯一の者が見えているから。例え私にはあれがバケモノにしか見えなくても、彼にとっては違うのだと、そう思った。
 だから私は、数歩引き下がりローファルから距離を取ってから、ローファルの目を真っ直ぐ睨みつけた。


「ローファル。この場は互いになかったことにしましょう。でも次に会った時は容赦しない……そしてこの部屋から出て行って。ここは教会の敷地とは言え、我がティンジェル家の領域。貴方が立ち入っていい場所ではないわ」
「つまりあなたはラムザと共に我々を止めると」
「そうよ。貴方達にいかなる正義があろうと、貴方達の信仰こそが真実だったとしても。あいつは我が父ヴォルマルフを奪い、弟イズルードを殺したティンジェル家の仇。そして貴方達はその一味よ」


 ローファルは表情ひとつ変えずに、私に目を合わせるだけだった。
 私は続けた。


「もう一度言う、この部屋から立ち去りなさい。誰よりも……私達以上に父を理解していながら、今もあいつの隣にいる貴方を私は絶対に許さない」
「……そうか」
「あいつやクレティアンにも伝えなさい。次に会った時が貴方達の死ぬ時よ。私はラムザと共に、貴方達のすべてを終わらせる」


 私が言い終わっても私を見つめたままローファルは微動もしなかったが、少しして、何も言わずに踵を返し、部屋の入口まで歩いてそこで足を止めた。


「……オーボンヌ」
「……!」
「我々はそこで目的を果たす。その先が例え地獄だったとしても、弟の仇を討ちすべてを清算する覚悟があるのなら、ラムザと共に来るがいい」
「ちょっと……」


 引き留めようとしたが、私が手を伸ばす前にローファルは部屋から出て行ってしまった。


「……ローファル、貴方の望みはどこにあるの?」


 時空魔法でも使ったのか、もう近くにローファルの気配は感じなかった。
 私は再び、シャンタージュを持ったままの左手に力をこめた。


「母さん……ごめんなさい」


 私は強く目を閉じた。もう涙も流れなかった。
 分かっている。ここで母に何を告げても、復讐を遂げても、死んだ家族の気持ちは変わらない。イズルードの無念も晴れることはない。
 そして私が今行こうとする場所は、泣くことも許されない本当の地獄だ。


「許して。私……多分父さんを殺すことになる」


 それでも行かなくては――私は、シャンタージュを握りしめたまま部屋を立ち去った。






「さあ…先へ進むがいい……貴様の妹が……待っているぞ……」


 オーボンヌでの戦いに敗れたローファルは、聖典を開き、"デジョン"と呼ばれる魔法で私達ごと死都ミュロンドへと飛んだ。
 入口を壊し、壁にもたれて座っていたローファルはそこで眠るように目を閉じ頭を落とした。


「アルマ……!」


 ラムザが建物の外へと向かい、共に来た仲間達がそれについていく。
 私も行かなければ――そう思った時に、ふとローファルに視線が移った。


「ローファル……どうして」


 どうして私達をここへ導いたの? ――尋ねようと思ったが、開きかけた口はすぐに閉ざされ、私は小さく息を吐いた。


 "大いなる存在"と表現した父と一体となった者であれば自分達など足元にも及ばないと思ったのか。
 自らがそれの贄となるためなのか。
 この先にいるだろう、彼にとって唯一の友に一目会いたいと思ったのか。
 会いたいのは、"大いなる存在"の中にいると信じている、私も知っている本当の父なのか。


 それとも、心のどこかで父と共に"大いなる存在"に屈してしまった自分に代わって、私達が父を止めてくれることを望んでいたのか。


 きっとこの男は例え意識があったとしても、いつものように何も語ろうとしないのだろう。
 眠るように目を閉じたまま動かないローファルの表情からは、今も感情を読み取れない。


 だから私はローファルに、断罪の言葉を口にした。


「ローファル、やっぱり貴方は間違っている。だって……私も父も貴方も、誰も幸せな顔をしていないもの」


 私は外にローファルでも父でもない、彼らと同じく聖天使という存在に傾倒した者の気配を感じながら、静かに手元の剣を握りしめ、先に外へと向かったラムザ達の後を追った。


戻る


あとがき

ローファルがあまりにもミステリアスなので、メリアドール視点で、何故ローファルがヴォルマルフに従い、そしてあの場でデジョンを唱えたのかという話を書きました。ローファル&メリアドールの誕生日記念(おめでとうになってないけど)

父親もかつての仲間達も断罪しなきゃいけないメリアドール視点だと、ローファルがヴォルマルフに対して忠実であるほど彼は許されるべきじゃないと思う。

inserted by FC2 system