禁断のハッピーエンド

 

 

「ラムザ兄さん。新年あけましておめでとう」

 隣にいるアルマに目を向けると、そこにあるのは昔と変わらない笑顔だった。
 この日、僕はアルマと共に丘の上で日の出を見ていた。
 暗闇に包まれていた一帯は日の光によってゆっくりと明るくなり、丘の下に見える僕達の新しい家にもやわらかな光が差し込んだ。

「おめでとうアルマ」
「嬉しい。こうしてまた兄さんと新しい年を祝えるのね」

 アルマは昇っていく太陽を見ながら、口元で手を合わせた。少し潤んだ瞳が、彼女が心から嬉しいと思っていることを告げていた。



 死都ミュロンドで"ルカヴィ"と名乗る存在との決着をつけた僕達は、大きな光に包まれ、気が付いたら地上の小高い丘に立っていた。
 近くには"バルバネス・ベオルブ"と書かれた大きな墓があり、アルマは「きっとお父様が私達を導いてくださったのね」と墓に手を合わせていた。
 そして共に戦った仲間達は、それぞれの行くべき場所を求めて別れることとなった。
 目的を果たした以上、異端者である僕達は固まっていればいるほど目立ってしまう――帰る場所が今もある人はほとんどいなかったが、それでもみんなは自分と仲間達のために、それぞれの場所へと旅立っていった。

「兄さん、私達も行こう」
「アルマ……」

 人懐こい笑顔で、アルマは僕の手を握った。僕は俯いた。ベオルブ家は兄弟同士の争いによって誰もいない場所となり、僕は今でも最大級の異端者として追われる立場だ。
 しかしアルマは何の疑惑もかけられていない。家はもうないも同然だが、アルマは一人でも貴族の子女として、誰かの家で養子にでもなれれば――そう思っていたが、アルマはそんな僕の考えを見通していた。

「兄さん、一人でどこか行くなんて考えてないわよね」
「……それは」
「もう離れ離れなんてイヤ。ここで別れたら、もう二度と会えなくなるって分かるもの」
「アルマは異端者じゃない。ダイスダーグ兄さんもザルバッグ兄さんもいないけど、アルマひとりでも立派にベオルブ家の名を残せるさ」
「そんな箱だけの家を継げっていうの! ベオルブ家の名を残せる人がここにいるのに!」
「僕は異端者だぞ」
「家なんて関係ないわ。大切なのは……どう生きるかってことよ。そうでしょ?」

 アルマの手に力がこもる。僕はその手を振り払うことが出来なかった。

「……分かったよ。一緒に行こう」
「うん。兄さんとなら、どこへだって行くわ」



 そうして僕はアルマと共に、僕達を知らない場所――畏国の外へと向かった。いくつかの町や集落を経てたどり着いたのは山奥の中にある小さな村だった。
 山々に囲まれたその土地は、真ん中に川が流れており、自活するだけならばその村の中ですべてをまかなえるような場所だった。そこに住む人々は遠い昔に大きな戦争で敗れた一派の子孫がほとんどで、何十キロもある険しい道を超えなければならない隣村へ行くこともない、いわゆる"忘れられた村"だった。彼らは獅子戦争どころか五十年戦争のことも、畏国の存在すらも知らなかったが、それでも若い僕達二人がここに住むことを受け入れてくれる、優しい人たちだった。

「ここに若い人が移り住むなんて滅多にないことだからねえ。新鮮だよ」
「ラムザ君はとても戦い慣れてるからとても助かるよ」
「アルマさんも畑仕事を一生懸命手伝ってくれるわね。ほら、今日は野菜スープの作り方を教えてあげるわね」
「ところで二人は子供を作るつもりはないの? こんなに仲むつまじいのに」
「兄妹と言っているが本当は駆け落ちなんだろ? ここなら誰にも遠慮することはない。なんならずっとここにいてもいいんだ」

 ただ一つ問題があるとすれば、こんな感じで僕とアルマは"恋人同士""夫婦"であると思われていることだろうか。もちろん僕はそのたびに"兄妹"であると否定していたが、何故かそれだけは誰も信じてくれなかった。

 いや、理由は分かっている。
 僕が否定するその後ろで、アルマが顔を赤らめて、まんざらでもないといった表情で微笑んでいるのを、僕はずっと見ないようにしていただけだ。




「兄さん。いろいろあったけど……私ね、ラムザ兄さんとこうして一緒に日の出が見られるようになって嬉しいの」

 そう言って隣にいるアルマは、僕の肩に顔を寄せた。
 幸せのその中にいると言わんばかりの柔らかい声色が愛おしく感じ、僕はアルマの背に手を回そうとしたが、あと少しで触れるところでその手を止めた。

 そうだ。色々なことがありすぎたんだ。
 僕は息を飲んで、今感じた欲望に近い気持ちを胸の中に押し返した。

 色々な出来事は、僕達をただの仲のいい兄妹の関係を壊してしまった。
 最初は、ルザリアでアルマと再会し同行を拒めなかったために、僕の戦いにアルマを巻き込んでしまったことだ。
 オーボンヌで神殿騎士イズルードに攫われたあと、アルマが捕えられた先はリオファネス城だった。後で分かった話だが、ミュロンドに帰る前にイズルードがリオファネスの兵士に捕えられ、アルマは巻き込まれる形となった。
 僕はアルマを助けるためにリオファネス城へ行ったが、そこはルカヴィによって屈した地獄だった。そしてその中でアルマは神殿騎士ヴォルマルフ――イズルードの父にしてルカヴィと契約した黒幕――によって連れ去られたと言う。
 アルマと次に会ったのは、かつてアジョラが生きていた頃にこの世から消えたと言う死都の果てだった。アルマはルカヴィが信仰する"聖天使"の器であると、ヴォルマルフと契約していたルカヴィが言っていた。ゆえに、アルマは彼らに危害を与えられることはなく、聖都ミュロンドの一室に軟禁されてはいたが、扱いそのものは客人と同様に丁重だったそうだ。

「思い出すわ。ミュロンドで過ごしていた時、毎日窓から日が昇るのを見ていたこと。あの人たちは私が過ごしやすいように接してくれていたけど、一番大事なものはくれなかったわ。兄さんに会いたいって、ずっと空に向かって願っていたのに」

 僕と同じく、アルマもその時のことを思い出していたようだ。
 僕もアルマと同じだ。戦争を止めることも、ヴォルマルフ達を止めることも使命を感じてはいたが、その奥にいるのはいつもアルマの無事を願う心だった。
 どんな時でも、最後に頭に浮かぶのはガリオンヌで僕が帰った時に元気に手を振って「おかえりなさい」と迎えるアルマの姿だった。

「ねえラムザ兄さん」
「な、何?」
「……背、伸びたね」
「そ、そう?」
「うん。顔つきも大人っぽくなったわ。家に飾ってあった昔のお父様の肖像画に似ている」
「アルマも……」

 そこまで言って僕は言葉を飲み込んだ。
 離れ離れになっていた月日によって僕が大人になったように、アルマもまた、ガリオンヌで迎えてくれた頃と大きく変わっていた。
 そこにいるのは、僕の知っている子供っぽい妹ではなく、一人の大人の女性だ。
 均整の取れたしなやかな身体から伸びる手足はすらりとしており、大きく愛嬌のある瞳は昔よりもずっと色気を感じる。
 風が吹くとドレスと共に、柔らかく長い金の髪が空になびき日の光を浴びて輝くのを、まるでスロウの魔法がかかったかのようにゆっくりと見えた。

 それでも変わらないのは、アルマの笑顔が僕にとってとても心地よいことだ。
 年の離れた兄達のことを当時の僕は尊敬こそしていたが、どこか遠い存在のようにも見えた。ひとつしか年の違わない妹は僕にとって一番の家族であり、親しく、守りたい存在だった。
 アルマのことを守りたい――これは僕にとって、昔から変わらない真実だ。

「兄さん。あの場所で聖天使アルテマが言っていたこと……アルテマを倒したのは兄さんの先祖だっていう話、覚えている?」
「え? ああ、そういえばそんなことを言ってたっけ……」
「それが本当だとしたら、私と兄さんに同じ血が流れているのは運命だと思うの」
「運命……?」
「あんな場所までアジョラを追った人だもの。きっと、アジョラにとって大切な人、もしくはアジョラを大切に思っていた人……そしてアジョラかその人かは分からないけれど、生まれ変わって一緒に幸せになることを望んだんだわ」
「アルマ……」
「だから兄さん。私達は幸せになりましょう。それがきっと、アジョラにとっても、聖石と契約してしまった人たちにとっても、ティータやザルバッグ兄さんのように犠牲になった人たちにとっても、救いになると私は信じてる」
「アルマ……」

 僕はアルマを抱きしめるように、その背中に手を回した。
 肩に手を置いて、少しだけ力をこめる。

「兄さん」

 僕の方を見たアルマの瞳が、愛おしそうに潤んでいるのは僕の気のせいじゃない。
 分かっている。アルマは僕を、兄ではなく一人の男として愛おしく思っていることを。
 だからこそ僕は否定したくて、アルマは妹だとずっと言い聞かせてきた。

 でも本当は――

「運命でも偶然でもいいよ」
「……兄さん?」
「僕はアルマと一緒に生きたい。例え僕がいない方がアルマにとっての幸せでも、僕の幸せにはアルマが必要だ……」

 僕の言葉に、アルマは顔を赤らめて微笑んだ。きっと僕も同じ表情をしているのだろう。
 この想いが許されないものだったとしても。
 僕の隣で最愛の人――アルマが笑ってくれている。
 今だけはその幸せに甘えたくて、僕はアルマの肩を強く抱き寄せ、やわらかな日差しを浴びながら眼下にある新しい生活の地を見下ろした。

 

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あとがき

なんか突然ラムアルが書きたくなって書いた。アルマ「私兄さんと一緒がいい!」ラムザ「仕方ないなぁ」という感じに見えて、本当はラムザがアルマを必要としているんだと思う。

アジョラとアジョラを止めた人の関係についてもそのうち形にしたいなぁと思うんだけど、あんな場所まで止めに来た人だから、ゲルモニークでもそれ以外の人でも、ラムザとアルマのように、大切な関係だったんじゃないかなと思ってる。

2018年1月1日 サイト投稿

 

 

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