大切な仲間

 

「はぁ!?」


 ドーターの宿で、ムスタディオの声が響いた。


「もう一回言ってくれないかラムザ。今のはオレの聞き間違い……だよな!?」
「ここから先は僕だけで行くから、ムスタディオとアグリアスさんは帰るべきところに帰るべき……」
「はあああああ!?」


 ラムザが最後まで言うのを遮る形で、ムスタディオがさらに大きい声を出した。


「なんでだよ!」
「……」
「もしかして教会のエラソーなヤツが言ってた異端者だのなんだのっていうのを気にしてるのか!? いいだろ、あいつ追い返してやったし!」
「それが問題なんだよ」
「どういうことだ?」
「それは……」
「分からないのか、ムスタディオ」


 言いづらそうにしているラムザを見て、ずっと黙っていたアグリアスが口を開いた。


「我々は異端者宣告を受けた上で、教会に従わなかった。つまりそれは、我々が異端者であると認めた形となるのだ」
「なんで? 否定しただろ?」
「お前は平民出身だから分からないかもしれないが、この国で教会の権力は絶対的だ……逆らった時点でお尋ね者にされてもおかしくない。そしてラムザの兄であるベオルブ家当主ダイスダーグ卿、北天騎士団団長ザルバッグ殿は、ルザリアでラムザを見放している……つまり彼らがラムザをかばわぬ限り、ラムザとそれに同行する我々は教会に逆らう異端者ということなのだ」
「わ、悪いのは教会だろ? アグリアスさんだって見ただろ、ドラクロワ枢機卿がバケモノになって、この前だってウィーグラフとかいう神殿騎士も……」
「僕も最初は教会が組織ぐるみでやっているものだと思っていた……」
「ああ。だが、おそらく教会の一部の人間しか知らない……」
「つまり?」
「我々がいくら弁明しても、聖石がバケモノを呼ぶなど誰も信じないということだ。そうなれば残るのは、我々がドラクロワ枢機卿を殺害したという事実のみ」
「つまり俺達は教会のお偉いさんを殺した殺人犯ってことになってるのか?」
「それだけじゃない……イズルードの言葉を真に受けるなら、僕達は聖石を持っていることで、ルカヴィを知る者にとってだけでなく、知らない者にとっても障害物なんだ。ルカヴィと教会が共通して追える敵……それが僕達なのさ」
「しかも先ほどの異国風の魔道士は「リオファネス城に来い」と言っていた。リオファネス城と言えば王家の分家であるバリンテン大公の居城……教会のバックに大公がついているのか、それとも第三者であるのかは分からないが、どちらにせよ我々は王家をも敵に回している可能性が高い」
「バリンテン大公の思惑は分からないけど、アルマが連れて行かれたのは事実だろう。アルマがザルバッグ兄さんのところから離れていることは、世間的には知られていないはずだしね」
「……まあ、そのへんのことはなんとなく分かったけど。それで、なんでラムザは俺達に帰れとか言ってるんだ?」


 話を戻したムスタディオに、ラムザは顔を伏せた。
 アグリアスも今度はフォローを入れずにムスタディオと同じくラムザを見たまま黙り、沈黙が流れた。



「今まで会った教会関係者の言動を見るに、今のところ異端者宣告をされているのは僕だけだと思う」


 沈黙を破ったのは、ラムザだった。
 ムスタディオとアグリアスは、ラムザの言葉に拳を握ったり、唇を噛んだりしていたが、ラムザの次の言葉を待った。
 そしてその視線を感じつつ、ラムザは意を決したように視線を上げて、二人の方を見た。


「今なら狙われるのは僕だけだ。だから、リオファネスへは僕だけで行く」
「ラムザ……」



 再度、沈黙が流れる。が、すぐにムスタディオがおどけたように笑って、ラムザの肩をたたいた。


「ははは、なーに言ってるんだ。オレとお前は親友、だろ? そんな気を使うなって。それに」
「……嫌なんだ」
「?」
「僕のせいで、大事な人を失うのはもう嫌なんだ! だから親友だと思うなら、ゴーグに帰って今まで通り生活してくれないか!」


 ラムザがムスタディオの手をはねのけて、叫んだ。


「お前……ッ!」
「……叩いたりしてごめん。気持ちは嬉しいんだ。だから……ごめん!」
「ラムザ!」


 そのままラムザは、制止する声も聞かずに部屋から出て行ってしまった。



「……ばっかやろう!」


 ムスタディオが机を叩いて叫んだ。


「そんなことできるわけないだろ……! なんで頼ってくれねーんだよちくしょう!」
「ラムザ……」
「アグリアスさんもなんで黙ってたんだよ……このままじゃアイツ、一人で行っちまうよ」
「すまない。ラムザに何と言えば良いのか……かける言葉が見つからなかった」
「……なあアグリアスさん。オレの代わりに、ラムザのこと引きとめてくれないか?」
「私が、か?」
「オレじゃダメだ。頭に血が上って、感情論になっちまう。それじゃアイツを苦しめるだけだ」
「ムスタディオ……分かった。私で何とかできるかは分からないが」
「……悪い」


 頭を下げるムスタディオに、アグリアスは「謝る必要はないよ」と答えた。




 一方ラムザはというと、宿から飛び出したものの行きたい場所があるはずもなく、情報収集がてら酒場に来ていた。


(何をしているんだろう……僕は)


「……ということで、この仕事は大成功だったと言える」
「ま、あたしのおかげよね!」
「はぁ!? オレだろ常識的に考えて」
「なによ!」
「なんだよ!」
「……ま、まあアンタも頑張ったと思うわよ。今日のところは引き分けね、打ち上げしましょ」
「い、いいぜ……また一緒に仕事してくれよ」


 酒場の一角で、ギルドの仲間同士と思われる楽しげな会話が聞こえてきた。
 その会話を聞きながら、ラムザはカウンターに座っていつも通りミルクを注文した。


「そういえばさ、この前オーボンヌ修道院の院長が殺害されたらしいわよ」
「マジか! あんなところ、戦争関係ないだろうにな」
「噂によると、聖石の強盗だったんだって。ほら、ライオネル城の襲撃事件も……」


(……僕のことが世間に知られるのも時間の問題か)



――ラムザ兄さん、私も行く! ね、いいでしょ?


 オーボンヌまでなら、と思って連れてきた妹は、神殿騎士団によって連れて行かれ、その後の過程は分からないが、今はリオファネス城のバリンテン大公に捕われているようだ。


(僕のせいでアルマは……そしてムスタディオやアグリアスさんもこのままでは巻き込まれてしまう)


 それならいっそのこと、このまま喧嘩別れをして一人でリオファネス城へと向かったほうがいい。とラムザは改めて思った。


――オレも一緒に行くぜ。だってお前とオレは親友……だろ?


――今更疑うものか! 私はラムザ、お前を信じる!


 二人の声がラムザの頭の中によみがえった。二人の、大切な仲間――


「駄目だ駄目だ! 大切だからこそ、これ以上巻き込んじゃ駄目なんだ……!」
「ラムザ、探したぞ」
「……!」


 呼ばれたので振り向くと、目の前にはラムザが悩んでいることのかた割れであるアグリアスの姿があった。


「アグリアス……さん」
「私も少し飲みたい気になった。隣、座ってもいいか?」
「は、はい」
「マスター、私にも一杯……ミルク以外で」


 すぐにアグリアスの前にグラスが置かれ、アグリアスはそれをゆっくりと口に流した。


「一度お前とは酒を交わしてみたいと思っていた」
「あの……」
「もっとも、お前はその様子だと飲めないようだが」
「……」
「妹君のことなら案ずるな。貴公が要求に従う限りは、バリンテン大公とてベオルブ家の令嬢を粗末に扱うことなどしない筈」
「でも……」
「……我々も連れて行け、ラムザ」


 アグリアスがまっすぐラムザを見て言った。だが、ラムザはアグリアスに視線を向けないまま答えた。


「それはできません……」
「これ以上我々を巻き込みたくないから、か? 妹君のように」
「ちょっとだけなら、とアルマの同行を許したのは僕です。あの時もっと強く断っていれば、アルマはザルバッグ兄さんの保護下にあり、教会が何か言ってもこんなことにはならなかった……」
「そうだな。それは貴公の責任だ」
「……」
「だが、それは我々を連れていかないという理由にはならない」
「僕と同行すれば、確実にアグリアスさん達も追われる立場になります。そうすれば……オヴェリア様の元に戻ることはできなくなります。ムスタディオだって……」
「ラムザ。お前はあくまで自分だけで責任を背負おうというのだな……」
「僕も二人のことは大切な人だと思ってる。だからこそ、二人の身になにかあったら」
「誤解するなラムザ。私はお前に守られる存在じゃない」
「……!」
「オヴェリア様の元へ行くなら、ライオネル城での事が済めばすぐに駆けつけていた。何故それをしなかったと思う?」


 アグリアスの問いかけに、ラムザはゆっくりと首を横に振った。


「ライオネル城の一件を見て、この事は、オヴェリア様の元へ行くことよりも果たさねばならない事だと思った。そしてオーボンヌでは神殿騎士が同じバケモノへと姿を変えるのを目の当たりにした……お前と同じように」
「……」
「お前と行くことが、あのバケモノからオヴェリア様を……畏国を守るための一番の近道だと思っている。妹君は何も知らず、ただお前が好きでついてきた……だから彼女を守れなかったことはお前の責任だ。だが、私は違う。お前がお前の正義に従うように、私もまた、私の正義に従ってお前と行くと言っているのだ」
「アグリアスさん……」
「それともお前は、私の正義を否定してまで、一人で行きたいのか?」
「それは……」
「先ほどの"連れて行け"という言葉、訂正させて欲しい」


 アグリアスは静かに席を立ち、そしてラムザの方をまっすぐに向いて右手を差し出した。


「……私と共に来てくれないか、ラムザ?」
「アグリアス、さん……」
「私の剣を、私の正義を、お前に預けさせてくれ。……頼む」


 ラムザがアグリアスの顔と右手を交互に見て、そしてゆっくりと自分の右手をアグリアスの手に重ねた。


「ありがとう……」
「これで晴れて仲間、だな」
「いいんですね、本当に」
「何度も言わせるな、恥ずかしくなる」
「……お願いします。僕と一緒に、来てください」
「ちょっと待ったあああああ!」
『!!』


 固い握手を交わす二人の間を引き裂くような大声が客席の一角から聞こえてきた。
 ラムザとアグリアスだけでなく、酒場にいる全員がそこに目を向けると、ムスタディオがズカズカとラムザ達のほうに近づいてきた。


「む、ムスタディオ……?」
「お前いつからそこに」
「アグリアスさんの前にグラスが置かれたあたりでこっそり忍び込んだんだ!」
「……気がつかなかった」
「二人ともオレのこと忘れてないか?」
「……ま、まさか。忘れてないよ?」
「あ、当たり前じゃないか……」


 視線を泳がせながら答える二人に、ムスタディオは「いやその反応で分かったよ」と肩を落とした。


「ってそんなことを言いに来たんじゃないんだ。アグリアスさんに頼んだけど、やっぱ気になってさ……あ、あのさラムザ」
「う、うん……」
「オレ、ついカッとなって……悪かったよ」
「僕の方こそ……」
「オレだってアグリアスさんと同じだ。別に親友だから一緒に行くってだけじゃない。オレと親父はお前に助けてもらったし、聖石の話を持ってきたのはオレ達だ……だからあんなことが起きちまった以上、オレも最後まで見届けたいんだ」
「いいの? 君には家族だっているし、ゴーグは王家とも教会とも無関係だ。今帰れば普通に暮らすこともできるはずだ」
「それは親友としてできない……お前がオレを巻き込みたくない以上に、オレはお前を一人にしたくないんだ。お前がどれだけ否定しても」
「ムスタディオ……」
「だからさ……」


 ムスタディオは右手の拳を、ラムザとアグリアスの前に突き出した。


「三人で握手はできないから代わりにこれで。ラムザもアグリアスさんも、オレの仲間になってくれ」
「……ふっ、いいだろう」
「うん」


 ムスタディオと同じく、ラムザとアグリアスも右手の拳を突き出し、三人の拳が重なった。


「……ありがとう。これからもよろしく」
「三人でラムザの妹君を助け、畏国の脅威と戦うぞ」
「行こうぜ、リオファネス城!」


 
 三人は宿に戻り、翌日リオファネス城へと旅立っていった。


(アルマ、すぐに助ける……僕は大丈夫。だって僕には……)


 ラムザが振り返ろうとすると、横からムスタディオがラムザに話しかけてきて、他愛もない会話を持ちかけ、それを見てアグリアスがボコを引きながら微笑んでいた。


(僕には、仲間がいるから。だからきっと、助けに行ける)



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あとがき

ラムザに剣を預けるアグリアスさんを書きたいと思った結果、ムスタディオも加えて3人でリオファネス城を目指す話になった。ラムザの仲間はたくさんいるけど、やっぱりキュクレインを目の当たりにしたムスタディオとアグリアスさんは特別感あるな、と思う。多くの裏切りにあって「自分のベオルブ家としての務め」と「ラムザとしての正義」の間で戦うラムザに、「私はお前を信じる!」と断言したアグリアスさんと、「お前は親友だ」と言ってくれるムスタディオの存在は、異端者となった後でも一番の支えになってたらいいな。もちろんオーランが「君には多くの仲間がいる」というセリフや、ラファの「あなたは目の前の悪を許せない人」といった他の信頼もあるだろうけど。

 

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