クレメリは告らせたい

 

 聖ミュロンド寺院――ここは、聖アジョラを教祖とする宗教の本拠地。そこに属する神殿騎士団は、戦いを志す僧侶たちにとって、いわば花形である。
 その中で幹部と呼ばれる者はさらにひと握り。彼らはエリート中のエリートとして、教会内はもちろんのこと、他の騎士団でも一目置かれる存在として君臨する。
 その中で、特に若い僧侶や信徒たちの注目を集めている若い騎士が凡人であるはずがない――

「メリアドール様、今日もかっこいいわぁ! 私、あんな素敵な女性になってみたい!」

 彼女は、メリアドール・ティンジェル。神殿騎士団を束ねる団長、ヴォルマルフの長女として生を受けた、正真正銘の教会産令嬢である。その血筋の優秀さを語るかのごとく、剣に槍に弓にと達者な武芸の使い手でありディバインナイトの称号を得た紛れもない才女なのだ。
 そして賞賛と憧れの目は、その隣を歩く男にも向けられていた。クレティアン・ドロワ――彼は貴族の出でガリランドのアカデミーの首席として将来を約束されるも、その立場を捨て、戦士が主である神殿騎士団に入隊。騎士団の華とも言える剣術の才に恵まれたメリアドールとは対照的に、模範的な信仰心と魔道の腕だけで参謀に抜擢された、天才魔道士である。

「今日もお似合いでいらっしゃいますわ。もしかしておふたりは交際されているのかしら……?」

 そんな声が囁かれるのを、ふたりは気にすることなく通り過ぎ、そして幹部用の会議室へと向かっていった。

「なんだか、噂されているみたいね。私たちが交際しているとか」
「そういう年頃なのだろう。聞き流せばいい」

 ガリランド産の紅茶をいれ、貴族がそうするように机に向かい合ってお茶を楽しむ。まるで交際しているようだ――だが、先ほどの若い声を思い出しながら、クレティアンは心の中で笑った。

(私とメリアドールが付き合っているだと? くだらない色恋話に花を咲かせるなど、これだから凡人どもは……まあ)
(メリアドールがどうしても付き合ってくれというなら、考えてやらんでもないがな!)

 メリアドールが私に気があるのは確か。早く完璧なお嬢様の仮面を剥がし、赤面しながら哀願してくるがいい――クレティアンは、そんな黒い妄想に耽っているなど、第三者には思えないような気品にあふれた仕草で、ティーカップを手に取った。
 そしてクレティアンの前でも、あくまで心の中で笑っている人間がいた。

(まったく下世話な信徒もいるものね。この私を誰だと思っているの? 神殿騎士団を束ねるティンジェル家の人間よ……まあ)
(彼にギリのギリギリ可能性があるのは確かだけど……彼がどうしても付き合いたいと言うなら、まあ時間の問題かしら)

 クレティアンが私に気があるのは間違いないのだし。跪いて家も故郷も捧げるつもりなら、考えてあげてもいいわね――メリアドールもまた、そんな高飛車なことを考えているなど、第三者には思えないような落ち着いた仕草で、ティーカップを手にしていた。

「くくっ……くくく……」
「うふふふふふ……」

 などとやっているうちに、数年が過ぎた。
 そしてその間……特に何もなかった。

「ごきげんよう。今日はイズルードとゴーグへ出かけるの。機工士たちは信仰心こそ薄いけれど、とてもいいものを作るそうじゃない? 弟の喜ぶ顔が見られるのは、姉としてもとても喜ばしいことだわ」
「そうか。私はローファルとガリランドへ行く予定だ。やはりあそこは魔法の総本山、いつ行っても多くのものを学ぶことができる。魔法の心得のあるローファルとなら、実りのある一日を過ごせるというものだ」
「……」
「……」

 この間に二人の思考は「付き合ってやってもいいから、いかに相手に告白させるか」というものにシフトしていた。
 これは、恋愛頭脳戦――互いの尊厳をかけた魂の決闘である。決して、告白するのが恥ずかしいとか、断られたらどうしよう、などと思っているわけではない……。

 


~クレティアンはフェニ尾を渡したい~


 ある日のこと。
 突然だが、二人――クレティアンとメリアドールの前には、ハイポーションとエーテル、そしてフェニックスの尾が置かれていた。

「ハイポーションはお前にやろう」
「じゃあエーテルはあなたに」

 そして――

「遠慮しなくていいのよ。魔道士は狙われやすくすぐに倒れてしまうのが戦場の常。いくらあっても足りないでしょう?」
「お前こそ遠慮するなよ。ベヒーモスのごとく猛進するのなら、危険はつきものだろう。保険は多い方がいいぞ」

 隣りあった椅子から立ち、ふたりはフェニックスの尾をめぐる、というより押し付けあう争いをはじめ――かれこれ三十分が経っていた。

(何故こうなった……貴族たるもの、男が女を守る、いわばレディファーストが世の基本。なのに、なぜ断るんだプライドの高い女め!)

 この状況に、クレティアンは頑固として受け取ろうとしないメリアドールに対して苛立ちをピークにさせていた。
 だが、その一方でメリアドールもまた、クレティアンに対してこう思っていた。

(どうしてこんなことに……騎士たるもの、か弱い魔道士を守る、いわば戦術の基礎。なのに、どうして断るのよプライドの高い男ね!)

 そして、そんな地獄の空間を机を挟んで死んだ目で見守っている男がひとりいた。

「……仲良く狩りにでも行ってふたりで使えばいいのでは」
「ローファル!」

 何を言っても焼け石に水だと静観していたが、つい心の声を漏らしてしまったローファルの名を、クレティアンが呼んだ。

「そんなことをしたら、私が敵に狙われても助けてもらえず、戦闘不能にさせられてフェニックスの尾を押し付けられてしまうではないか!」
「クレティアン……」
「いや、ちょっと待て……」

 お前はプライドが高いのか低いのかどちらなのだ、と言いかけたローファルだったが、その前にクレティアンが自ら遮った。
 クレティアンの脳内に、今のやり取りに対するメリアドールの追撃が再生される。

――戦場で生き残る自信がないのね? 確かにあなた、ミュロンド内での仕事がほとんどだものね……斬られて倒れるのが怖いなんて、ふふっ……まあまあ――

 お可愛いこと――脳内メリアドールがくすりと笑った。

「それだけはノーだ!」
「ところでローファル」

 クレティアンが妄想の中のメリアドールを振り切ったところに、現実のメリアドールが、ローファルに話しかけた。

「戦場といえば、今度の任務にはあなたが同行してくれるのよね」

 現実に戻ったクレティアンがローファルに視線を移すが、ローファルはいつも通りの無表情――だが少しだけ柔らかい声で「そうですね」た答えた。

「ヴォルマルフ様から、あなたを支えるようにと仰せつかっておりますので」
「そう。頼りにしているわ。私だけではまだ経験が少ないものね……ついでに剛剣の訓練にも付き合ってくれないかしら」
「任務中に手の空く時間もあるでしょう。今回は部下も引き連れていませんし、その時で良けれ……ば……?」
「どうしたの?」

 後半言い淀んでメリアドールからわずかに視線を逸らしたローファルに、メリアドールは不思議そうに首を傾けた。

「私、何かおかしいこと言ったかしら?」
「いえ……」

 どうやらクレティアンの隣にいるメリアドールはまったく気づいていないようだ。正面のローファルに刺さる、今にもダークホーリーを放ちそうな、怨念がかった視線に。

(メリアドールとふたりで任務に行くだと? なんとおぞましい……)
(親友だと思っていたが……団長に寄生する陰険フード、人間の皮を被った悪魔の下僕、信仰ばかりに人生を捧げた○○野郎……こういう無自覚な男が畏国の既婚率を下げるのだ。私はお前を絶対に許しはしない……)
(さようなら、ローファル……絶 交 だ)

 もちろんここまで具体的には伝わるはずもないのだが、クレティアンの「メリアドールから離れろ」という無言の訴えを寒気と共に感じ、ローファルは立ち上がった。

「少し死にたく、いや、少し用事を思い出したので失礼します……」
「え? ええ、いってらっしゃい……」

 唯一何も察していないメリアドールに見送られ、ローファルは静かに部屋から去っていった。

「邪魔者も消えたところで、続きをしようか、メリアドールよ」
「もういいわよ。こんなことで争っても解決なんてしないわ……」

 急にしおらしい表情で微笑んだメリアドールに、クレティアンはぐっと自分の胸が締め付けられるのを感じた。

「メリアドール……」
「私はいいから、このフェニックスの尾、あなたが持って行って。ローファルと行けなくて寂しいのでしょう? せめてものお詫びよ」
「そうか……」

 それならば、とクレティアンはフェニックスの尾を受け取ろうとしたが、メリアドールの手が離れようとするあたりで、気づいてしまった。これは優しさという皮を被った、巧妙な作戦であると。

「馬鹿め! 誰がそんなにトラップに引っかかる!」
「駄目か……」
「なんでこれがローファルの代用品みたいになってるんだ、失礼な奴め! お前が持って行ってローファルに使えばいいだろう!」
「彼がそんな油断をすると思うの! あなたこそ失礼よ!」

 何故かローファルのプライドもかけられているが、再びフェニックスの尾が、ふたりの手の間で右往左往する。

「大体だ、部下が倒れても私にはアレイズがあるのだからこんなもの不要だ!」
「あなたと違って、私は部下を倒れさせるようなマネはしなくてよ!」
「そうじゃない! アレイズなんて、お前の部下では使えないだろう! 最前線にいるお前が万に一つ倒れたらどうする? カウントが減っていくお前を助けるには、これが必要だと言ってるんだよ!」
「……!」

 メリアドールのフェニックスの尾を押す力が弱くなり、クレティアンは正面のメリアドールの顔を覗き込んだ。顔を赤らめて反論に詰まっている――それを見て、クレティアンも言葉を詰まらせることになった。

「……あ、いやそれは……その、深い意味はなく……」
「クレティアン……」
「な、なんだ?」
「私のこと、心配してくれていたのよね。悪かったわ……」

 先ほどのわざとらしいしおらしさとは違い、わずかに頬を染めて微笑んだメリアドールは、「ごめんなさい」と言って続けた。

「私がフェニックスの尾を持ちます。だって、蘇生役のあなたが倒れたら……私、回復してあげる手段がないものね」
「……!」

 メリアドールは、正真正銘の令嬢でプライド自体は高いが、自分の非を認めたらすぐに折れることのできる素直な人間だった。あれだけ押し付けようとしていたにも関わらず、しおらしくフェニックスの尾を受け取ろうとするメリアドールに、クレティアンも急激に押し付けようとする気持ちが晴れていく。

(そうだよな。意地を張りあい続けたが、やはり告白は男の務めだよな……)

 ついそんなことを考えてしまう。そしてクレティアンもまた、プライドは高いが、一度思い込めば案外素直な男なのである。

(そうと決めれば、私も吟遊詩人として、ここは美しく情熱的に)

 今ならこの長く不毛な勝負に決着をつけられる気がする――クレティアンは、今日で最も優しい声でメリアドールの名を呼び、いったんメリアドールにフェニックスの尾を預けてその両肩に手を置いた。神殿騎士団の女性の中では長身で鍛えられているが、こうして触れてみると自分よりもわずかに低く、女性らしい華奢な肩をしている……ような気がした。

「えっ……?」
「メリアドール、私は……」
「おいおい、まだやってるのかよ」

 お前のことが、と言おうとしたクレティアンを遮る形で、気だるい声が部屋の中に入ってきた。咄嗟にクレティアンはメリアドールの肩から手を離し、入口を見ると、バルクがため息をついて二人の前に寄ってきた。

「ずっと外まで聞こえてたぜ。おまえらのくだらない争い声」
「……」
「ってことで、おまえらがいらないなら、これはオレが貰っとくわ」

 そう言って、バルクの手がメリアドールの持っていたフェニックスの尾に伸び、当たり前のように取り上げた。

「これで一件落着。オレもちょうどフェニックスの尾を切らしてて困ってたんだよな」
「そ、そう……なの?」
「じゃあ、仲良くしろよな」

 そう言って、バルクはフェニックスの尾を持ってそのまま部屋から出て行ってしまった。

「あの……クレティアン」
「……」
「ええと、安心して。今度の任務にはシャンタージュを持っていくから……それならローファルにも迷惑をかけないで済むから……いいでしょう?」
「そうだな……」
「じゃ、じゃあ私も準備があるから」

 逃げるように去っていくメリアドールを、クレティアンは無言で見送り、そして――

「元気を出せ、クレティアン。我らの神は、お前の一途さを理解してくれよう……」
「うぐっ……すまない、ローファル……」

 戻ってきたローファルが、放心していたクレティアンの肩に手を置いて慰める。先ほど思いきり呪詛を吐いたことを申し訳なく思いながら、クレティアンはローファルに縋りついて答えた。

「お前のことを誤解していた。お前はちゃんと人間だぞ……自信を持て」
「今までなんだと思っていたのだ」

 本日の勝負、クレティアンの敗け。
 これは、ふたりの知略とプライドをかけた、高度な恋愛頭脳戦……である。

 

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あとがき

かぐや様は告らせたい、を見ていて、クレメリもこんな風にイチャイチャしてたらかわいいのにと思って書きました。メリア様はかぐや様ほどかわいくないので、気が付いたらクレティアンがひとりで頑張ってる話に……

2020年2月24日 pixiv投稿

 

 

 

 

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