今日までの私達に、さよなら

 

――貿易都市ドーター――

「悪いわね、来てもらって」
「構わないさ。無事で何よりだ」

 先日、ミュロンドにいたクレティアのもとにメリアドールから便りが届いた。
 そこには異端者一味とベルベニアで遭遇したことと、実力及ばず敗北したこと、負傷者の治療と異端者の動きを探る目的でドーターに滞在していること、補給と部下の回収のため来てほしいということが書かれていた。
 教会へ行くとメリアドールの部下の一人が待っており、奥の小さな部屋に通される。中に入り扉を閉めると、少ししてメリアドールが話を切り出した。

「不甲斐ないわ……油断したつもりなんてなかったのに、勝てなかった」
「異端者ラムザはあのウィーグラフを破ったのだから仕方ないさ。それに、その中で犠牲者を出さずに逃げのびたのだ。将としてお前はよくやった」
「いいえ、これは私個人の戦いだった。それで部下を危険に晒した時点で、私は迂闊者よ……」

 目を伏せてそう言うメリアドールの表情は浮かない。いつもはどちらかと言えば勝気で明るい性格の彼女だが、多くの現実を前にしたのだから当然だろう。

「剣はこれで良かったか?」

 クレティアンはメリアドールに、美しい装飾の大剣を差し出した。セイブザクイーン――メリアドールがディバインナイトの称号を賜った際に騎士団長であり彼女の父でもあるヴォルマルフから与えられた剣だ。

「あなた、私の部屋にあがったの?」
「ローファルから許可はもらったし、剣以外には触れていない」
「なんでローファルに……」
「ヴォルマルフ様は忙しくずっと不在だからな」
「そうだったわ。ありがとう、この剣でいい……いえ、この剣こそ今の私には相応しいわ」

 そう言ってメリアドールは剣を受け取った。
 同じ剣をローファルも持っているが、実際に手にしてみると杖と比較できないような重さがある騎士剣は、大柄なローファルに対して女性であるメリアドールには手に余るように見える。だが、剣を腰に下げる仕草は手馴れていて美しく、このセイブザクイーンは間違いなく彼女のものなのだとクレティアンは感じた。

「次こそは必ずイズルードの仇を討つわ」
「異端者一行の場所は分かるのか?」
「ベスラ要塞の付近に現れたあと、ゼルテニアを経由してランベリーに向かっているそうよ。そう言えばバルクは無事? 彼も異端者にやられたと聞いたけれど」
「あちらはかなりの惨事だったようだが、生きてはいる。お前の知る通り、しぶとい男だ」
「そう。良かった」

 本当はバルクもあの場で死に瀕しこちら側の人間になっているのをクレティアンは知っていたが、それは伏せた。嘘はついていないから罪悪感は特に感じなかったが、メリアドールがそれで納得したことに少しだけ安心した。

「お前も今からランベリーへ行くのか?」
「ラムザの目的は分からないけれど、混乱するベスラ要塞を抜けることで目立つことを避けたのでしょうね。でも、おかげさまでチョコボを走らせれば先回りができるわ」

 確かに教会の幹部であるメリアドールなら、今の情勢でも問題なくベスラ要塞を通過することができるだろう。だが、彼女の行こうとしている場所は――

「メリアドール、引くなら今のうちだ。仇討ちなんて自己満足のために自ら危険に飛び込む必要など」
「珍しいわね……心配してくれているの?」

 メリアドールが意外そうに目を丸めた。クレティアンは知っている。ランベリー城に異端者が向かう理由も、そこにヴォルマルフがいることも、彼女が知らない事実がそこにあることも――だがそれを言うことはできず、クレティアンはメリアドールの目を見つめた。大きく形のいい凛とした瞳だが、どこか不安そうにも見えた。

「ヴォルマルフ様も、お前がイズルードの仇を討つために危険に飛び込むことを望まないだろう」
「父が? そうかしら……最近の父なら、私が何をしても無関心なんじゃなくて?」
「何故そう思う?」
「イズルードの葬儀にも墓参りにも来ない父が、今更私の心配なんてするわけがないわ……」
「……すまない」
「謝らないで。あなたが悪いのではない……でも昔の父は、あんな感じじゃなかったのに。いつから変わってしまったのかしら」

 メリアドールがヴォルマルフの事情――聖石と契約して彼女らの父ではなく神の使徒となってしまったこと――を知っているはずはないが、最近のヴォルマルフは自身の暗躍ぶりを忍ばなくなっていた。大詰めに近い状態だから仕方ないのだが、身近なメリアドールとしてはさすがにどこか勘付くものはあるようだ。
 そう言うメリアドールの瞳がさらに揺れるのを感じたが、クレティアンはただ一言だけを返した。

「……人は誰しも変わるものだ」
「そうね……人の道はそれの繰り返し。私も昔の私のままじゃない。でもあなたは変わらないわね」
「そうか?」
「ええ。あなたのその綺麗で柔らかいのにどこか冷たい目……会った時から全く変わらない。恐ろしいくらい」
「冷たい、か……それは悪かったな」

 クレティアンが彼女と会ったのは、自分が神殿騎士団に入団してすぐのことだった。
 まだ子供のメリアドールだったが、騎士である父に憧れて幼い頃から剣を学び、天才的なセンスと卓越した運動神経で、その頃から一目置かれる少女だった。
 だが大人に混ざって剣を学ぶ彼女はどこか寂しげで、同じくソーサラーの称号を賜り魔道士ながらも鳴り物入りで騎士団に入ったクレティアンは、彼女に似たようなものを感じ、話しかけた。
 あの頃からメリアドールには「信仰深く冷たい男」「嫌な男」と言われてはいたが、その言葉には妙な親しみを感じ、何故か嫌な気持ちにはならなかった――クレティアンがそんな昔のことを思い出し苦笑すると、メリアドールはクレティアンから目を逸らすように不安な瞳を伏せて答えた。

「褒めているのよ。あなたはこんなことになっても、自分の信仰を疑うなんてしないでしょう?」
「お前は疑うのか? 自分の信仰を」
「父が戻らなくなって、イズルードもいなくなった私達の家……あそこで過ごしていたら、疑いたくもなるわよ。畏国の平和のために祈り戦っていたはずなのに、この世も私達もどんどん望まない方向に変わっていく……」
「それでも我らの神は、決して我々を見放さない。果てしない不浄から解放し、我々をお救いになる日がくるはず。ヴォルマルフ様はそのために身を削いでおられるのだ」
「あなたは父が何をしているのか知っているの?」
「それは……」

 メリアドールの問いに答えられるはずもなく、クレティアンは言い淀んだ。それを見てメリアドールは答えられないということだけを察したのか、「答えなくていいわ」と答えた。

「ごめんなさい。これは私達の問題……あなたを巻き込むなんて」
「メリアドール、ひとつだけ」

 クレティアンはメリアドールの両肩に自分の手を置いた。
 普段鎧を着込んで大きな剣を扱う彼女は強く頼らしく見えるが、こうして近くで素の彼女に触れてみると自分が少し見下ろす形になる。触れた肩も女性らしく華奢で、いかに強くてもやはり女性なのだとクレティアンは感じた。

「な、なに……?」
「例えお前の信仰が揺らいでいるとしても、ただひたすらに自分の正義を成そうとするお前を、神は深い愛と共に見守ってくださるだろう」
「クレティアン……」
「だが、過去の復讐にとらわれるな。それはイズルードも望まない。きっと、ヴォルマルフ様も」
「……あなたは?」

 メリアドールが上目遣いで見上げる。その瞳は女性的な深みに満ちていて、何かを期待しているようにも感じた。
 クレティアンは目を半分閉じるように細めてそっと顔を近づけ、メリアドールの視界を奪う。そして鼻先が触れそうなところで、彼女にしか聞こえないくらいの声で囁いた。

「親愛なるメリアドール。私はこの地獄のような現実の中で、信仰ではなく剣をその手に取るお前を、神に代わって祝福しよう……」
「……」
「お前のその手で、いつか愛を取ることのできる日が訪れますように」

 そう言って顔を離すと、メリアドールがわずかに瞳を濡らしたまま、「最悪だわ」と呟いた。

「そのまま奪ってくれれば、あなたの望み通り剣を捨て、その優しい腕の中に堕ち愛を取ることもできたでしょうに。間近で見たあなたの瞳に私は映っていなかったわ……」
「奪われたいなど、お前自身が望んでいないからだ」
「……そう、そうよ。私はミュロンドを出た時に、その死を乗り越えるまで戻らないとイズルードに誓った。だからミュロンドに戻らず、あなたに便りを出した……それにしても酷すぎるわ」
「私にお前の正義を止めるだけの権利も甲斐性もあるものか」
「本当に嫌な男。あなたはその綺麗な顔と声で、いつも私を認めるだけ。なのにあなた自身は恐ろしいくらいに変わらない……」
「分かりにくいな。褒め言葉なのか貶しているのか、どっちなんだ」
「両方よ……でもローファルではなくあなたを頼って正解だわ。これで吹っ切れた気持ちで異端者を追う事ができる……ローファルなら、何が何でも私をミュロンドに帰したでしょう」

 メリアドールの目は先程よりも強い決意と意志が宿っており、クレティアンはメリアドールから手を離した。

「来てくれてありがとう。私が異端者を追うのは、復讐ではなく自分のため。私はイズルードの死を乗り越え新しい私となり、彼の分も生き抜かねばならない」
「そうか……それならば見守ろう。我らが神の愛と共に」
「そして隣人と共に……」

 そう言ったメリアドールが、両手で包み込むようにクレティアンの手を取る。そして手の甲を上に向けさせ、前に差し出させた。

「どうした?」
「さっきはよくも乙女心を弄んでくれたわね。これは意趣返しよ」

 微笑んだメリアドールが、まるで騎士が貴婦人にそうするように少し屈んでクレティアンの手の甲に触れる程度に口付けた。
 一瞬のことだったがそれゆえに何を言えばいいのか、思考が止まる。そんなクレティアンを見て、メリアドールが少し勝ち誇ったような表情で笑った。

「ふふっ、あなたでもそういう顔をするのね。実はね、あなたのこと昔好きだったの。恋をしていた、もう戻れない過去の私。だから……さよなら」

 そう言ってメリアドールは微笑んだままクレティアンから手を離し、踵を返して部屋から出て行った。
 彼女はもう、何も知らないまま異端者を討ちミュロンドに戻ったとしても、ランベリーで全てを知り今までの信仰と父への信頼が崩壊したとしても、自分の元に戻り縋ることはないのだろうとクレティアンは感じた。
 彼女はあの優美な女性の手で愛の代わりに剣を取り、騎士として戦うことを決めたのだ。

 そして予感する。
 メリアドールは全てを知った時、自分達に味方をしない――イズルードがそうであったように。

「私の愛は、常に我らが神と共に。さよなら、メリアドール……」

 クレティアンはひとり、先程メリアドールに触れられた自分の手の甲にそっと口付け、部屋を去ったメリアドールには届かない声で呟いた。

 

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あとがき

獅子戦争で「たとえあなたが相手でも」っていうメリアドールの言葉から、ふたりは付き合っているかはとにかく親しい間柄だったに違いない!と思ってます。そして出会い頭に剛剣とダークホーリーを与える容赦のなさ……

2019年1月20日 pixiv投稿

 

 

 

 

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