誕生日を祝おう

 

――人馬十四日、ミュロンドにて

「これが次の任務に買っておきたいアイテムの一覧だ。ローファルに渡しておいてくれ」
「エーテルなら私の元に余分があるな……夕方に持って行ってやろう」
「おはよう、ちょっといいか?」

 朝、礼拝を終えたあと、バルクと話をしていたクレティアンに、そう言って声をかけたのはイズルードだった。

「何か用か?」
「ここではちょっと……」
「なんだ?」

 心当たりがなく眉を寄せたクレティアンだったが、空気を呼んだバルクが「行ってやれよ」と代わりに答えた。

「オレには関係ない話なんだろう? こっちは話はついた。夕方にお前のところに行くから頼んだぜ」

 バルクと別れたクレティアンは、イズルードと共に近くの小部屋へと向かった。

「いきなり呼び止めてすまない……で、用件なんだけど」

 丁寧に扉を閉めたイズルードが、先に部屋に入ったクレティアンの方を真剣な表情で見た。

「随分と慎重だな。悩みごとでもあるのか?」
「まあ……そうとも言える」
「珍しいな。私に相談事なんて」

 クレティアンの記憶では、イズルードがクレティアンに相談を持ち掛けることなんて滅多にない話だ。
 もともと勉学が苦手で魔法の才能はからっきしのイズルードにとって、生粋の魔道士であるクレティアンはあまり接点がない。神殿騎士団の幹部の中では年若く、話をすればそれなりに話も合うが、イズルードにとって相談相手とは、姉であるメリアドールか、父ヴォルマルフの補佐役で剣士でもあるローファルだとクレティアンは思っていた。

「メリアドールなら朝一緒にいただろう。あいつには言えないことなのか?」
「言えない……姉さんのことだから」
「メリアドールについての相談?」
「いや、クレティアンなら女心が分かりそうというか……姉さんとも仲いいし……」
「別に仲良くなんてないぞ」

 メリアドールの顔を思い浮かべながら、クレティアンは即答した。確かに年齢も近く話しやすい相手ではあるが、脳筋で気が強く、お転婆がそのまま剣を持って歩いているような女――というのがクレティアンのメリアドール評で、美人だとは思うが女性として捉えたことは一度もないとクレティアンは思った。

「変な誤解をしては困る。ヴォルマルフ様にまで目をつけられては、メリアドールに殴られる上にヴォルマルフ様と……ローファルすら敵に回してしまうじゃないか」
「え? 何の話?」
「……」

 イズルードが目を丸くして首を傾けたのを見て、クレティアンは言葉を詰まらせた。どうやらイズルードは、"そういうつもり"で仲が良いと表現したわけではないらしい。
 だから子供は嫌なんだ――と心の中で毒づきながら、軽く咳払いした。

「……な、なんでもない。それで? メリアドールの何を知りたいんだ」
「もうすぐ磨羯の月だろう? 姉さんの誕生日なんだ」
「ああ、そういえばそうだったな……」

 そこまで聞いて、イズルードの"相談"の中身がどういうものかおおよそ察したクレティアンだったが、イズルードの次の発言は、予想の斜め上を行くものだった。

「でもプレゼントが"剣"しか思いつかなくて……」
「……剣」
「でも姉さん、最近香水とか持ってるし、女の子っぽいもののほうがいいのかなぁとか……去年もなんか微妙な反応をされたし」
「……」

 まるで初恋の女性に何を贈ればいいのか悩む思春期の少年のように大真面目な様子で語るイズルードと、そんな実の弟が悩み抜いた結果、誕生日プレゼントに剣を贈られる姉の姿を想像すると、どこかちぐはぐだ。
 真剣なイズルードに対して微妙な反応をするメリアドールの顔まで想像したところで、そのシュールさにクレティアンの中で少しずつ笑いがこみ上げてきた。

「ほら、クレティアンなら部下に女の人たくさんいるだろう? なにかいい提案がないかなぁって……」
「ふふっ……」
「なんで笑うんだよ!」
「すまない……でも……く、くく……」

 自分でも何がそこまで面白いのか説明できなかったが、どうやら自分の中の"ツボ"に入ってしまったようだ。抑えようとすればするほど目の前で可愛く怒っているイズルードの姿が可笑しくて、失礼だと思いつつもクレティアンは腹を抱えた。

「ふふ……それで? 去年も剣を贈ったのか」
「いや……まだ騎士じゃなくて小遣いがほとんどなかったから、剣を研ぐ布を……」
「布……ふっ……はは、あははは」

 なんて可愛いようで絶妙なものを贈るのだろう――ついに笑いが抑えきれず、クレティアンは笑い声をあげた。目の前のイズルードは"解せない"という顔をしているが、それがまたクレティアンにとっては面白く感じた。
 それを見て、イズルードはさすがに面白くないという表情で、「帰る」と呟いた。

「……クレティアンに話したオレが馬鹿だった」
「まあ、待つんだ」

 クレティアンはイズルードの肩に手を置いて、自分の方に振り向かせた。

「馬鹿にするなよ、イズルード。この私に相談したからには、お子様のお前では考えつかないような気の利いたプレゼントを提案してやろうじゃないか」
「子供扱い……!」
「違うのか?」
「オレだってもう給金を頂いている騎士だ! それに、背だってもうクレティアンより高いだろ!」

 確かに出会ったばかりの頃は姉の影に隠れるような気弱な子供でメリアドールよりも小さいくらいだったが、いつの間にか成長期を迎えて背丈も伸び、見た目だけなら十分に大人の男だ。
 だが、そう言いながら手で背を比べる仕草をするイズルードは、まさに子供扱いされたくない子供そのものだ。

「……では大人なイズルードよ、話を戻すぞ。おそらくメリアドールのことだ、可愛いお前が何を贈ろうと喜びはするだろうが……」
「そうかな」
「最も大切なのはモノではなく言葉だ。剣では姉に戦えと言っているようなもの。お前は彼女に何を求めるのか……それが答えになる」
「オレが姉さんに求めるもの……」

 イズルードはそう言って顎に手を置いた。
 彼が想像している以上に、メリアドールはイズルードのことを気にかけ、愛しているとクレティアンは思っているが、誕生日プレゼントのために純真に悩んでいる姿は、確かに可愛いような気がした。

(メリアドールも少しは見習って可愛くなれば……いや、それは私の接し方ゆえか)

 イズルードの可愛さを思うと、顔を合わせれば可愛くない態度を取るのは自分のほうなのかもしれないが――

(まあ、無理だな)

 改める気もないと心の中で開き直り、クレティアンはイズルードに意地悪く笑った。

「私は今年も言葉を添えて本を贈ろうと思っているが、脳筋のお前にそれはハードルが高いな。いいところに連れて行ってやろう」


 そして少しして、ふたりはミュロンドの港にある、来訪する信者のための商店街に来ていた。
 クレティアンがある建物の前で止まり、イズルードは看板を見て眉をひそめた。

「焼き菓子屋……?」
「さあ、入るぞ」
「待って!」

 そのまま店に進もうとしたクレティアンの腕を、イズルードが強引に引いた。

「なんだ?」
「いや、だってここ男の入るところじゃ……」
「メリアドールに渡すのだから妥当じゃないか。それともお前の中では、あれは女にカウントされないのか?」
「いや、そういうわけじゃなくて……恥ずかしいというか」
「そういう男はモテないぞ」
「お、オレだって神に仕える身だぞ。別にモテたいわけじゃ……あぁ、ちょっと!」

 うじうじと御託を並べるイズルードを見かねて、クレティアンは強引に片手を引いて店の中に入った。


「あっ……」
「……うわ」

 店の中に入るや、イズルードが驚いた顔で先客を指した。その指の先にいる相手も、イズルードの声に振り向いた後、会いたくなかったと言わんばかりに顔をしかめた。

「なんでバルクがここにいるんだ。まさか……先回りか!」
「するわけないだろ! っていうかお前らも野郎二人でお買い物かよ」

 見当違いなイズルードの言葉にツッコミを入れたバルクに、クレティアンが答えた。

「イズルードを大人にするためだ」
「はい?」
「いや……こちらの話だ」
「ああ、そう」

 そう言って、バルクは眺めていた棚に背を向けた。

「買うんじゃなかったのか?」

 尋ねたクレティアンに、バルクは「そんなわけないだろ」と視線を逸らした。

「誰がこんな可愛いもの買うか。アイテム調達ついでの暇つぶしに立ち寄っただけだよ」
「……ああ、そういえば今日」
「で、そっちのお坊ちゃんは恋人でもできたのか?」
「こ、恋人って……」

 クレティアンの言葉を遮る形でバルクがイズルードに視線を戻した。明らかにからかうような態度だったが、"恋人"という言葉に反応するイズルードを見て、クレティアンが代わりに答えた。

「今のところ姉しか女性を知らないようだ」
「それは……まあ、頑張れよ」
「どういう意味だよ!」

 どこか暖かい表情で肩に手を置かれたイズルードが反論したが、バルクはそれ以上なにか言うこともなく、手ぶらのまま店から出て行ってしまった。

「みんなして人を子供扱いして……!」
「それだけお前が可愛いと言うことだ。さあ、こっちもさっさと決めよう。ローファルには……このあたりがいいか」
「なんでいきなりローファルのものを選んでるんだよ……」
「あれで意外と喜ぶぞ」
「いや、そうじゃなくて」
「ちょうど私もローファルへの贈り物を考えていたところだったんだ。そこにお前が相談に来たから、ついでにこちらも下見しようというわけだ」
「それで、オレの姉さんのぶんは……」
「それくらい自分で選ぶんだな。先程言っただろう、大事なのはモノではなく言葉だと」

 目の前に並べられた焼き菓子を眺めながら、クレティアンは言った。
 確かに剣のように形には残らないが、これも作り手の技巧と情熱がこめられた作品であり、もらった者が喜ぶ姿は想像に難くない。

「こういった消耗されるものほど、添えた言葉が思い出となって大きな価値に代わるものだ。手紙を添えるのはどうだ? 絶対に喜ぶぞ」
「手紙かぁ……あ、これとか姉さん好きそうだな」
「いらっしゃいませ、お兄さんがた。プレゼントですか?」

 煮詰めた果実の乗った焼き菓子に視線を移したイズルードに、店員の若い女性が声をかけた。

「いえ……今日は下見というか。少し先なんですけど」
「これならしばらくは取り扱いありますよ。人気のお菓子ですので……恋人ですか?」
「ち、違います! 姉です!」

 女性店員に大して必死で否定するイズルードに対して、店員は優しい笑顔で手を前で合わせた。

「あら。素敵な弟さんをお持ちで、お姉さんが羨ましいですわね」
「ど、どうも……」
「あの、よろしいですか」

 話が終わったのを見計らって、クレティアンが店員に話しかけた。そして、先程ローファルにと見ていたものとは違う焼き菓子を指した。

「今日はこれをひとつ。自分用なので、包装布の飾り付けは結構です」
「かしこまりました」

 店員が焼き菓子を取って、包装用の綺麗な布に包むのを見ながら、イズルードはクレティアンを腕で突いた。

「なんだ?」
「クレティアン……実は自分が食べたくてついでにオレを誘ったのか?」
「そういうわけじゃない。単に、見ていたら少し欲しくなっただけだ」
「ふーん……」
「お待たせいたしました。どうぞ」

 包まれた商品を受け取り、クレティアンは丁寧に頭を下げた。

「ありがとう。あなたに今日も神のご加護がありますように」
「ファーラム。ありがとうございます」

 そして店から出て教会に戻り、イズルードは「ありがとう」とクレティアンに告げた。

「まだ日にちもあるし、添える言葉も含めてオレなりに考えてみるよ……手紙とか苦手だけど。とにかく今日は付き合ってくれてありがとう」

 再度礼を述べたイズルードとその場で別れ、クレティアンはそのまま倉庫へと向かった。
 いくつかエーテルを出して、朝に約束したように、バルクの部屋へと向かう。

「もう子守りは済んだのか」
「そう言ってやるな。可愛いじゃないか。エーテル、これくらいでいいか?」
「助かるぜ」
「あと、これはおまけだ」

 アイテムを確認しているバルクに、クレティアンは先ほど購入した焼き菓子が包まれた布をバルクに差し出した。

「……は?」
「今日は貴様の誕生日だったな。買おうとしていたんだろう?」
「……どういう風の吹き回しだ?」
「自分用に買いに行くなど、可哀想すぎてその……そう、同情のようなものだ」
「……」

 まじまじと差し出されたものとクレティアンの顔を見るバルクに、気まずくなったクレティアンがわずかに視線を落とした。

「いらないなら別に構わないぞ」
「いや、オレあてならもらってやるよ……まあ、ありがとう」

 珍しく素直に礼を添えて受け取ったバルクに、クレティアンは背を向けて言った。

「私ではなくイズルードに感謝しろ。あいつがいなければ、貴様のために買おうとなど思わなかった」

 そもそも店に行った動機もイズルードを連れていくためではあったが、イズルードの可愛さに当てられて絆されていたことと、バルクを見て今日が誕生日であることに気づいてしまったことが運の尽きだ――だが、完全に背を向けていたせいで、クレティアンは気づかなかった。
 バルクが布をあけて焼き菓子を一口分手に取り、もう片方の手でクレティアンの肩を叩いたことに。

「なんだ?……んぐっ」

 バルクの手で焼き菓子が口に運ばれ、反射的に抵抗しようとしたがそのまま口を指で塞がれてあえなくそれを飲み込んだ。

「……な、なにをするんだ!」
「何って、お返しってやつ? さすがにお前の誕生日まで覚えてられないからな」

 そう言って、バルクも机の上に置いた焼き菓子を手に取って今度は自分の口に運んだ。

「ああ、確かにいけるな。お前もそう思うだろ?」
「食べさせるなら普通にやればいいだろう! そんな遊びに使うなら残りは返せ!」
「嫌だね。もらったからにはこれはオレのもんだぜ」
「子供みたいな理屈を……!」
「いやぁ、やっぱりお前にまともなプレゼントされるの気持ち悪いからさ。これくらいがいいもんだぜ、なあ」
「貴様……」

 その後、騒がしいことを気にしたローファルが止めに入り、買ってきたばかりの菓子は男三人で食べることになったのだった。

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あとがき

作中の背景考えたらこんな平和なわけないんですが、平和な神殿騎士団書きたくて書きました。イズルードはみんなの弟。

2019年12月6日 pixiv投稿

 

 

 

 

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