俺は、目の前で起こった出来事を、すぐに現実のものと理解できなかった。
――戦おうというのか?いいだろう……貴様に聖石の力を見せてやる!
父がそう言い放ち、懐から父が所有する聖石「レオ」を取り出す。
それは強く輝き……そして……
「……何のつもりだ?」
血の匂いが充満した応接室。
俺は近くで倒れているリオファネス城の兵士が使っていた剣を取り、目の前のモノに対して構えた。
「お前は味方に……父に剣を向けるのか?」
「父だと? 貴様が父上のわけがないだろう!」
「何を言っている……見ただろう? 私が聖石の力でこの姿になるところを」
「……き、貴様こそ何を言う! 父が貴様のような悪魔だと信じる者などいるものか!」
目の前にいるのは、父ではなかった。
いや、先ほどまで父の姿をしていた……はずだ。
というのも、聖石が輝いたあと父の姿は消えて、そこにいたのは獅子のような姿の、見たことのない悪魔だったのだ。
そしてその悪魔は、一瞬にしてこの応接間にいる兵を次々と惨殺したのだ。
「貴様がどういう存在か知らないが、父上の姿を騙るとは! 神聖なる神殿騎士団長に成りすました罪は重いぞ! 恥を知れ!」
「騙るだと? お前はヴォルマルフが、聖石を奪われ姿を辱められた上で子息の前に立つような愚かな男だと思うのか!?」
「……! そ、それは……」
「貴様こそ恥を知れ……この愚か者め!」
化物の言葉に、俺は反射的に身体をすくめた。
恐ろしかったのではない……本能的に「父に怒られた」と感じたのだ。
そして悟った。
この化物は、俺の知っている父・ヴォルマルフそのものだったということを……。
「父上……?」
「やっと理解したか。……さあ、剣を収めろ。私はお前を殺すつもりなどない。そして共に畏国を変革しよう。この神の力で」
父が、化物の姿から、俺の良く知っている父上の姿に戻った。
そして優しく微笑んで、剣を構えたままの俺に手を差し伸べた。
「……父上」
「いい子だ、イズルード」
一歩歩み寄った父に、俺は素早く剣撃を与えた。
「……ッ……貴様ッ!」
「父は……戦いの最中に無防備な姿を晒すなと教えてくれた! 剣を構えた相手に手を差し伸べるなど、騎士道に反した行為をする人じゃない!」
「ふっ………ふはは……ははははは!」
手から血を流していると言うのに、そいつはそれに構うこともなく、声を上げて笑った。
「そうだったな! ヴォルマルフはあくまで表面的にはもっと手厳しい男だったな……!」
そして笑った表情のまま俺に向き直った。
「良かったなヴォルマルフ。貴様の息子も十分に成長したようだぞ?」
「……! 貴様は、何者だ? 父とどういう関係なんだ!」
今までとは反してまるで父を「他人」のように言うそいつに、俺は剣を構えたまま叫んだ。
いつの間にか塞がっている手の傷が、そいつがやはり人間でないことを物語っていた。
「私は正真正銘ヴォルマルフだよ。ただし、聖石と契約して、自らの願いを叶えるため、その身と心は全てルカヴィに捧げてしまったがな!」
「ルカヴィだと!? で、ではラムザの言っていたことは……」
「そうだ、ヤツは知りすぎた。我が同胞を殺め、聖石も所有している……見つけ次第殺してやる!」
「父が契約して悪魔になったと言うのか? 父がそんなことを……」
「するわけがない? そう言いたいのか?」
そう言って、そいつは剣を抜いた。
「お前はヴォルマルフが何故あそこまで必死にお前たちを鍛えたのか、考えたことがあるか?」
「そ、そんなの……ティンジェル家は代々神に仕える騎士の家系として……」
「やはり人間は愚かだ……親の心すら理解できんとは」
「貴様に父の何が分かる!?」
同情するような表情で俺を見るそいつに、俺は剣を振りかざした。
しかし、そいつはまるで父がそうするのと同じように、俺の剣を軽く受け流した。
「分かるさ。私はヴォルマルフの身も心も頂いたのだ……お前たち子息への深い愛情も、その中で得た葛藤も、全て理解している」
「嘘をつくなッ!」
「だから殺したくないのだ。お前を殺したらヴォルマルフが可哀想じゃないか……それに私のやり方なら、この世界は変わる」
「ここまで酷い方法で人を殺めた貴様が世界を救うと!?」
「そうだ。愚かな人間の憎しみや争いは消え、我が聖天使がこの世界に君臨する混沌の世界となるのだから!」
「世界を滅ぼすつもりかッ! そんなこと、許すわけにはいかない!」
俺は高く飛び上がり、天井を蹴って勢いをつけ、そのままそいつに剣を構えたまま飛び込んだ。
「死ね! 化物めッ!!!!!」
しかし、そいつは避ける動作を見せず、俺を鋭く睨みつけた。
父の厳しい顔とは似ても似つかない、魔性を感じる悪魔の表情――それと同時に俺は、剣ごと聖石の光にはじき飛ばされた。
「……ッ」
「あれほど殺したくないと言っているのに、聞き分けのない……。そんなに死にたいなら、容赦なく殺らせてもらうぞ!」
そして再び、父の姿から、獅子のような悪魔の姿へと変貌した。
「あっ……ぐ……」
金属が床に落ちる音が部屋に響いた。
俺が剣を落としたのか、それとも誰かが部屋に来たのか……何故か理解できなかった。
ただ、戦わなくては、という感覚だけが頭の中を支配していた。
いつの間にか部屋の灯りが消えたのだろうか? 目の前の景色すら、相手の顔すら頭の中に入ってこない。
「愚か者とは言えさすがはヴォルマルフの息子だな。まだ戦うつもりか? もう貴様に勝機などない……」
「うっ……」
首元が何かに圧迫されて、身体が宙を浮いた。
「これが最後だ。今お前を支配する絶望の心を解き放ち、我と共に世界を変えよう」
頭の中に直接入り込むように、その言葉がはっきりと聞こえた。
俺は首元を圧迫する何かに両手を添えて、心の中で叫んだ。
――誰が貴様の軍門に降るものか!!!
「……残念だ」
首元が一層に圧迫され、意識がどこか遠くへ飛んでいくような感覚に襲われた。
そして、身体が解放されたのと同時に、全身が何かに打ち付けられた。
先ほどまであれだけ全身「痛い」と感じていたのに、何故か今はもう痛くなかった。
「父……上……」
倒さなければ世界が滅んでしまう。
倒さなければ姉上も……いやそれともすでに姉上さえも父上のように?
違う……姉上は最後に見た時も俺の身を案じてくれた。だから早く帰って真実を伝え、守らなければ。
あいつを倒さないと……父上を文字通り変えてしまったあいつを……
剣を……誰か俺に剣を……
「しっかりして」
暗い室内に、聞いたことのある声が聞こえてきた。
ラムザの妹……よかった生きていたのか。しかし同時に思った。彼女を守らねば……と。
ラムザの言っていた事は正しかったのだ。俺のせいで巻き込んでしまった彼女を、あいつに殺させるわけにはいかない。
剣を取ろうとしたが、腕が思うように動かない。
そして、半ば感覚を失ったはずの腕が、温かいものに包まれた。
「もう大丈夫よ。戦わなくてもいいわ、安心して……もうあなたが戦う必要はないのよ……」
彼女は、あいつの死体を大広間で見た。ラムザが倒してくれた。……そう告げた。
――良かった。これで姉上は殺されない。あとは聖石さえ何とかすればきっと……
俺は自分が持っている聖石「パイシーズ」を彼女に託した。
聖石が光るのと同時に父が変貌したのをこの目で見た。今ここにある聖石もまた、呪われているのかもしれない。
きっとラムザは聖石が悪魔の力であることを知っているはずだ。彼ならこれを闇に葬ってくれるに違いない……そう願って彼女に聖石を渡した。
「必ず兄さんに渡すわ。だから大丈夫よ……」
彼女のその言葉と同時に、一気に身体の力が抜けていくのがわかった。
でもそれは何故か心地よかった。世界も姉上もここにいるラムザの妹ももう大丈夫なんだ、と思うと、安心した。
――父上、貴方の苦悩を知らないまま先立たせてしまった自分をお許しください……
「疲れた……眠い。少し……眠るよ」
俺が次に目覚めた時、世界が、皆が平和でありますように……。
あとがき
メリアドール、ヴォルマルフは書いたので今度はイズルードを……というティンジェル一家シリーズで書いたもの。イズアル案もあったけど、当時ヴォルマルフ様推しが加速していたので父と戦う話になった。ヴォルマルフが反旗をひるがえしたメリアドールに「バケモノ」と言われたことをめちゃくちゃ怒ってたので、きっとイズルードも同じようにハシュマリムに挑み、そしてバケモノ呼びして地雷を踏んだんだろうなと思う。
という冗談は置いといて、ヴォルマルフは自分のエゴでハシュマリムと契約したけど、ハシュマリムに剣を向けるように子供達を育てたのもまたヴォルマルフであると思うと、イズルードがこんなことになったのは本当に悲しい。ハシュマリムも逆らいさえしなければ父親として接し続けてたんだろうけど。