注意! リアルに死ぬ描写、死亡描写、吸血描写、男性がバケモノに犯される描写があるのでR-18苦手な方はご注意ください。

 

―― 大いなる父の祝福を受け、汝の肉体は大地へ戻らん。願わくは、聖アジョラの御加護により彼の魂を至福の地へ導きたまえ。ファーラム――


 戦場で倒れた彼の遺体は丁重に故郷へと還され、その後彼が信仰した神の名のもと、多くの人に見守られる本葬が行われた。
 元々色白かった彼の肌はまるで人形のように冷たく、しかし生前華やかだった彼のために棺には生花が敷き詰められていた。そしてこの葬儀のために腕のいい仕立屋によって、生前に本人が見ていれば喜んでいたであろう、彼の趣味にあう衣装を作られ着せられた。
 そして棺が閉じられ、多くの人に惜しまれたまま彼の遺体は土の下へと運ばれた。先祖代々住んだとされる"白亜"の名に相応しい城を一望できる丘の上だった。
 日中は弔問客が絶えず、貴族も平民も、彼の魂が神のもとへ導かれるよう祈った。
 やがて日が落ちるとともに、人の影が少しずつ消える。
 ようやく誰もいなくなったそんな時、ひとりの男がこの墓地へと足を運んだ。墓石に刻まれた名前を確認する。


――メスドラーマ・エルムドア ここに眠る――


 彼の為に作られた豪華な墓石に影が差し、男は暗い笑みを浮かべた。


 その後この男が丘をおりる姿を誰も見ることはなかった。家にも戻らず、彼は"失踪"という形で歴史から名を消すことになる。
 男が最期に見たものは、紫色の輝きと、羽の生えた悪魔の影、そして"殺したはず"の銀の髪の男の笑顔だった。

 

Abyssの血に誓え

 

 声が、聞こえた。


 私が習慣のように祈りを捧げてきた教会で聞く司祭の言葉。私自身もその言葉を、司祭に代わり発したことがあった。


 その言葉を聞いて分かった。
 私は死んだのだと。


 司祭の言葉と共に、人々の悲しみや嘆きが伝わってくる。
 私は当然言葉を返すことなどできない。だが、彼らは私を愛しているのだろうと言う事は分かった。
 だから私は、祈りの言葉に身を任せ、そのまま死を受け入れようとしていた。
 ポエスカス湖の亡霊たちのように自分の死を受け入れられずに人の血肉を求めて人ならざるモンスターになることも、洞窟の奥に潜むバンパイアのように本来の寿命のために血を求めたがゆえに自分の寿命を忘却した身体になることも、人としての誇りを捨てて生存本能に身を任せるだけの醜い存在になるのは嫌だった。


 神は言っていた。
 死は誰にでも起きる必然。だからこそ神は人を愛し、人もまた人を愛し、その御霊を救うであろう――と。
 それに私は戦場の中で死んだ。内乱という本意ではない戦場ではあったが、戦場の中で戦い抜いた結果の死はひとりの武人としての誉れであり、それが領民を守るためのものであったのならば領主としての名誉であると思った。


 そしてこうして多くの者に愛され、神の言葉と共に逝けるのならば私の人生は幸せであったはずだ。



――本当に貴公はそれで幸福だったのか?――


 意識の奥から声がしたような気がした。
 その声に私はゆっくり目を開ける。辺りは黒くて、白くて、光の中にいるようにも思えて、どこまでも続く闇の中にいるようにも感じられた。
 自分が立っているのか座っているのかもわからない。今自分がどんな服を着ているのかも、そもそも本当に目を開けたのかも。身体の感覚がなかった。
 それでも私は、「誰だ?」と声に向かって語りかけた。その声は自分の鼓膜をゆらすことはなかったが、声の主は私の目の前に現れた。
 異形の者。
 知っている限りのモンスター、神話上の生き物。どれにもあてはまらない、醜くもどこか美しいような、不思議な存在だった。
 私はそれを"悪魔"だと感じた。


「残念だ……死んだら君のような悪魔が迎えに来るのか」
「面白いことを言う。私を見て恐怖しないのか」
「命乞いでもすればいいのか? 死んでなお命乞いをするほど私は愚かではない」
「自分の死に思うところはないと?」


 悪魔が尋ね、私の髪に触れた。その言葉と行為に、私の身体がわずかに反応する。


「私を喚んだのは貴公のこの世への嘆きと己が人生の不幸による絶望であるぞ」
「……嘆きと絶望」


 悪魔の顔を見ると、まるで鏡のように自分の表情が見て取れた。見開いた目が揺れ、冷や汗が伝う。私は悪魔の言葉に心当たりがある。悪魔がここへ訪れるまで否定しようとしていた、真実と自分の心。


「思い出せ。自らの死の原因を。貴公は何故死んだ。死ぬ前に何を見た。何を思った」




 そうだ。
 あの時、フス平原で私はチョコボに乗って戦場にいた。劣勢の状態――私は敵となった北天騎士団の兵に囲まれ、それでも死ぬまいと刀を握りしめていた。
 なんとか活路を開き、その場を退却しようとする。
 目の前には自軍の旗が見えた。


 その時矢が視界に飛び込んできた。その矢の直撃を受け、私は乗っていたチョコボから落ちた。


――大丈夫ですか、侯爵様ッ!――


 すぐ近くにいた自軍は、長く信頼してきた側近のものだった。矢には毒が塗られているのか、身体がしびれたように動かない。
 だが、受けた場所は肩。このまま自軍に戻り治療を受ければ、多少の療養は要しても命に別状はないはず――だった。


 しかし私は、その時我が目を疑った。目の前の側近が、自分の前で剣を抜いたからだ。
 あれほど執拗に私を殺そうとした北天騎士団の軍勢の足音は聞こえない。
 その剣の矛先は――私に致命傷を与えるべくおろされた。


「な、何故……こんなこと……」


 身体が急に冷える。地面に自分の血が流れ、その血が私から体温を奪っていく。意識が遠のこうとしていた。


「悪く思わないでくださいね。本当は教会から"教会の騎士でもある貴方を醜い戦場から離脱させて欲しい"と依頼を受けたのですが……同時にゴルターナ公からランベリー軍を完全に南天騎士団に引き渡すよう侯爵様を説得すれば後に大臣の座を与えるとも言われましてね」


 この男は何を言っているのか。私は男に対して手を伸ばした。


「分かります? ここで貴方が"運悪く流れ矢で死ねば"どっちの面目も保たれるってことですよ」


 男は私の前で屈み、伸ばした私の手を掴んで暗い笑みを浮かべ、その歪んだ笑顔のまま、まくし立てた。


「別に侯爵様に恨みはないんですよ」


「でも、人間離れしたその容姿も、利用されているのも知らずにお綺麗な信仰や騎士道にかまけて私の裏切りにも気づかない心のなさも……ずっと嫌いでした」


「ああ、せめてもの償いじゃないですけど、葬式はあなたの趣味にあうよう派手にしてさしあげますね。死にゆくあなたのためなら、豪華な衣装も喜んで用意してあげられそうだ」


 ざまあみろ――最後にそう言い放った男は私から手を放して立ち上がり、血と泥にまみれて伏せる私に背を向けた。


――誰か! 誰か来てくれ! 侯爵様がッ!――


 そして今この惨状を見たばかりと言わんばかりに自軍へと助けを求めた。





「……あ……私、は……」
「思い出したようだな……辛い事を思い出させてしまったようだ」


 すまない、と悪魔が優しく囁き、髪を梳いてからその手で頬を撫でた。


「貴公の望みはつまらぬ命乞いではない。だから私は喚ばれた。さあどうする。あの男を殺して欲しいか? それとももっと別の欲望があるか?」


 悪魔の言葉に私は一度息を飲んだ。
 あの男を殺せば私の心は晴れるのか――そうではない。私がこの悪魔を呼ぶほどに強く絶望したのは、その男に対する恨みや憎しみからではない。
 ではやはり蘇って今までと同じく生きたいのか――それも違う。あの男が言っていたように、私の存在はただの"象徴"だったのだ。私の身分に多くの者が跪き、武人としての実力を尊敬され、敬虔さを評価された。だがそれらは、あの男が言っていたように、ただの綺麗ごとだ。
 誰も私の内面など見ようともしないし、私はそれゆえに誰の内面も知ろうとしなかった。


「……私は」
「私は貴公が欲しい」


 私が望みを言う前に、悪魔が私の頬を撫でながら囁いた。
 顔と思われる場所は暗闇のようになっており笑っているのか怒っているのか表情からは掴むことができなかったが、その声は私の心を揺らし、私は悪魔の顔から視線を外せずにいた。


「そう、貴公は美しい。容姿はもちろん、心も。気高いようで繊細、孤高と孤独を帯びた瞳を持つ者……見れば見るほど私の物にしたい」
「私をどうするつもりだ? お前も私を利用するのか」
「利用ではない。契約だ」
「契約……」


 契約、という言葉と同時に、悪魔の手から様々な知識が頭の中に吸収された。
 悪魔の名は、ザルエラ。昔この世界を創ったとされる神々が作りだした、この世を統べるための異形の存在であると。
 私が信仰してきたものは、教会が権力を維持すべく作りだした幻であることも――忠誠、信仰、愛。すべて偽り。


「私に寵愛されよ、美しき貴公子よ」


 悪魔のもう片方の手が私の背に回り、私は悪魔に引き寄せられた。
 顔が触れそうなところまで近づき、そしてそのまま口づけが交わされた。


「……っ……はぁっ……」


 唇と共に、脳が焼けるように熱くなる。目を覚ました時、身体の感覚すらないようにも感じたはずなのに、いつの間にか感覚が戻った――というよりも、研ぎ澄まされたように全身が敏感になっているようだった。
 自身が漏らした色の含んだ声に、私はふと「誰かが見ているのでは」と声を抑えようとした。だが、相変わらず周りの景色など存在せず、というよりも、すでに私を抱く悪魔の姿しか視界に入らなくなっていた。
 シーフが使うような誘惑とは違う。そのような低俗なものではない。私の心を、脳を、魂を、身体ごと奪っていくような、どこか人智を超えた行為だった。
 そして顔が離れ、息を吐いた私に、ザルエラは囁いた。


「偽りの生と信仰を捨て、私と共に新たな生のもと、己が欲望により全ての死者を跪かせよ」
「私は、人を辞めるのか……?」


 私の問いに答える代わりに、頬に触れていた悪魔の手が首筋を撫でる。鋭い爪が鎖骨に触れた。
 ただ触れられただけなのに、今まで感じたことのないほどに快感だった。


「っ……」
「安心せよ。ゾンビやバンパイアのような低俗なものではない。私が与える肉体は、もっと高位の存在だ。貴公にはその才覚がある」
「……どうすればいい」
「私は貴公の魂を永遠に寵愛する。代わりに貴公は私にその身体を委ねよ。私と同一の存在となり、貴公の肉体が真になくなるその日まで、共に楽しもう」


 これは悪魔のまやかしであり、この言葉を受け入れれば私は私でなくなる――理性ではそう分かっていたが、私は首筋を撫でるザルエラの手に自分の手を重ねて答えた。


「分かった……私と共に。永遠に傍にいてくれ」


 悪魔の顔に再び私自身の表情がうつる。恍惚としており、その目は魔性の色を帯びているように見えた。
 そしてその言葉に満足したのか、ザルエラが笑ったような気がした。
 背に回されていた手が背筋を撫でながら下に降り、腰のところで止まる。
 そしてその手はゆっくりと、私の身体を貫いた。


「くっ……」
「痛いか?」


 痛くて当然だ。まるで刺すように、いきなり身体を腕で貫かれたのだから――そう思ったが、何故か痛みを感じなかった。
 あるのは悪魔に血を持っていかれるという少しの恐怖と、それすらも奪い去るような激しい快楽だった。熱い波のように押し寄せる快楽が、さらに私の脳を溶かしていく。


「あぁ、熱い……無理……だ」
「いい顔をしている……人としてのプライド。着飾った容姿。貴公の持つそれらは非常に美しい」


 ザルエラの手が中でうごめく。臓器を直接つかまれたような感覚に、私は恐れながらもそれすら快感に思い、息を吐きだした。


「だが今はもっと欲望に素直であれ。私は貴公を見限らぬ」
「んっ……あ……はっ」


 もう相手にうつる自分の顔を見なくても分かる。貴族として、聖職者として、騎士として、男として、絶対に他人に見せてはいけないような、愛欲に溺れた顔をしているに違いない。
 崩壊していく。何もかも。幼いころから叩きこまれた貴族としての誇りも、陰で"人ではない"と言われた容姿を"美しい"と言わせるまで鍛え上げた自信も、この世が少しでも平等になるよう祈り続けてきた信仰も、そのために戦ってきた努力も。この悪魔の前に必要なものではない。
 そして身体に蓄積されていく熱を解放したいという、私の人としての最後の欲が私の身体を支配する。私は、ザルエラの肩に身体をゆだねるようにして口付けた。ゆっくり舌を這わせて相手の反応をうかがう。


「……良い。私もまた貴公のもの。貴公の欲望のままに私を求めよ」


 ザルエラは私が何をしようとしているのか分かっているようだ。
 私は、舌を這わせたその場所に歯を立てた。
 血の味がする。冷たくも熱い悪魔の血が、心が、さらに私の中へと入っていく。私の血と悪魔の血が、私の中で混ざり合う――自分の知っているような私ではなくなっていく。
 わずかに残る理性は未だにそう告げていたが、私は理性よりもザルエラの言葉のままにザルエラを求め、悪魔の生き血を啜った。
 そしてザルエラもまた、理性を捨てて貪欲に愛欲を求める私をさらに寵愛するように、私の肉体と魂を犯し続けるのだった。





「ここは……」


 墓の前に突如現れた銀髪の男は、眼下に広がる光景を見てそこが自分の知る場所であることを理解した。
 人の気配はなく、のぼった月の光が白亜の城を美しく静かに照らしている。
 そして振り返り、足元に真新しい、自分の名前が刻まれた墓石を見る。墓石の端に、わずかながらまだ黒く変色していない、真新しい血がついていた――彼はそれを、そっと手で拭った。


「君は私を嫌いだったと言っていたが、私は君の事、嫌いではなかったよ。今も……君のおかげで偽りの信仰と愛から解放されたのだ、むしろ感謝している」


 血の付いた指を口元へともっていき、味わうようにゆっくりと舐め取る。甘美な血の味は身体を熱くさせ、彼は自分がこの世のものではないと悟り、そして微笑んだ。月すら凍るような美しい笑み――そこに、この血の主が彼に向けたような暗く人を貶めるような歪みは一切ない。


「この服の趣味も悪くない。ありがとう」


 魔を帯びた瞳で貴公子は低く甘い声でもうこの世にいない血の主に告げ、月の下に輝く自らの居城へと戻るべく仕立てられたばかりの真紅のマントを翻して墓石を後にした。

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あとがき

セルフリメイクしたらなんか耽美がこじれて18禁になりました……吸血プレイって素敵。爵様、人間やめてとても楽しそうに見えるので、聖石と契約するまでの人生は華やかでありながらもどこか寂しい人生だったんじゃないかなと思って書きました。ハシュマリムはヴォルマルフになりきって頑張ってるイメージですが、ザルエラはエルムドアを寵愛しているイメージです。エルムドアが望むならセリアレディもダテレポもメンテナンスも与えます。

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