悪魔との契約 -Side E-

 

 遠くから、声が聞こえた。

 ああ、なんということだ!

 何故、こんなことに!

 私の名を呼びながら、多くの人が泣いていた。添えられる花、手を合わせる人々、ファーラムという祈りの言葉――それを見て、改めて感じた。


 私は死んだのだ、と。



 だが私は、不思議と悲しくなかった。元々戦場に立つ一人の武人として、死ぬのは怖くないと思っていた。
 死は誰にでも起きる必然、死があるから人は愛される――現に私はこれだけ多くの人が泣いてくれている。
 愛されて死ねるなら、幸福に違いない。


――本当に貴公はそれで幸福だったのか?
「……誰だ?」

 背後から声がしたので振り返る。
 すると、そこにいたのは、黒い羽を持った骸骨のような異形の者だった。

「残念だ……死んだら君のような悪魔が迎えに来るのか。まあ仕方がないか、私も多くの者を手にかけてしまった……」
――ほう、随分と落ち着いているな? 普通ならばもっと驚き、命乞いをしているところだが?
「……命乞い?」

 悪魔の言葉に、私は口の端を吊り上げた。

「死者が命乞いをするなど滑稽な話だな。死んで誇りを失うほど、私は愚かではないよ」
――随分とプライドが高いのだな
「そうではない。今更命乞いをしたところで、私は彼らの前に立つことはできぬ。そんな私が見えないところで愚か者になってしまえば、彼らの心を無駄にする……私を愛してくれた彼らに申し訳がない」
――愛してくれた、だと? ふっ……ははははは……面白いことを言う!

 馬鹿にしたように突然笑い出した悪魔に、私は無言で睨み返した。
 しかしそんな私の気を知ってか知らずか、悪魔は言葉を続けた。

――そなたは本当に愛されていた、と思っているのか? だとすれば命乞い以上に滑稽な話だ
「……何が言いたい」
――ひとつ教えてやろう。私はそなたに呼ばれてそなたの精神の世界に来たのだ。そなたの愁いが私を深い眠りから呼び覚ましてくれた……
「愁い、だと? 何の話だ。領民は私を愛してくれた、だから領主たる私は民を守るために戦った。それがこの世の仕組みだよ」
――表向きはそうだ。しかしそなたは心の中で感じている。「私は愛されていない」と

 悪魔のささやくような声に、私は自分の心が少しだけ揺らいだような気がした。
 しかし、私はその動揺を隠す意も込めて、「何のことか分からない」と笑って返してやった。

――あくまで認めぬか。ならばこれを見るがいい


 悪魔の言葉と同時に、私の見る景色が私自身の墓前から、建物の中へ変わった。
 よく知っている場所――我が居城であるランベリー城の応接室。そこに居るのは……よく見知った大臣と近衛兵長、そしてゴルターナ軍の手の者数人。

 話し声がした。今後のランベリー領、及び騎士団について話しているようだった。

(……聞きたくない……)

 私は視線を逸らし耳を塞いだが、目の前の光景と声は私の意識に直接入ってきた。

 ランベリーの重鎮達は、南天騎士団の完全な傘下へと入ることを望んでいた。
 つまり、領土・領民は全てゴルターナ公の所有となる、ということだ。

(民を放棄するなど貴公らは何を考えているのだ……我々が一度でも放棄すれば、誰が民を守るのだ!)

 しかし私の声は、彼らに届くことはなかった。
 なぜなら私は……この世にもういないのだから。


「もう、やめてくれ」
――そう、そなたはただの”偶像”だ。勇猛果敢に民を守り、貴族の長として優雅に立ち振る舞う……ただそれだけの人間だ
「大臣らは私を利用していただけ……」
――さよう。そなたが死ねば、新たに取り入る場所を見つけるだけ。誰もそなたの意思を継ぐことはない。城が無人の廃墟と化すのも時間の問題だな
「ゴルターナ公も私が死んだことで得をした……」
――それだけではない。そなたを死に至らしめた矢は、本当に流れ矢であったのか……当事者たるそなたは存じているはずだ
「味方陣営側から……毒が塗ってあった。的確に狙いを定めた矢、来ない援軍、私は」
――……暗殺されたのだ、そなたは

 私の言葉に重ねるように、悪魔が言った。

 本当は死ぬずっと前から感じていたこと――私は誰にも愛されていない――という事実。
 遠くから賞賛と羨望の声が聞こえても、近くにいる者は私をただ、利用するのみ……。

「それでも私は、領主として、騎士として、強く在らねばならなかった……守ることが私の務め、そうだろう?」
――だがそれももうなくなる。そなたが守ろうとしたものは、もう現世には残されていないのだ
「そして私の空虚な心が、君のような悪魔を呼ぶのか。……神にすら見放されたのだな、私は」

 人にも神にも愛されていない……私にはもう何も残っていないのかと、私は天を仰いだ。
 そこにあるのは広い空でも城の天井でもなく、ただの空間……どこまでも続くようでそこには何もない。

「死んだのちも私は……? 嫌だ……永遠に一人でいるなど……」
――大丈夫。そなたは一人じゃない……私がいる

 悪魔の声に、私は視線を移した。

「君は私をあざ笑いに来たのだろう? この哀れな偶像を……」
――私はそなたが欲しい
「……欲しい、だと?」

 私の問いかけに短く「そうだ」と答えた悪魔が手を伸ばし、私の頬に触れた。
 視線が合う。見れば見るほど異形の姿をしているのに、恐れを抱くどころか不思議と安心感があった。


――そなたは美しい。容姿はもちろん、心も。気高いようで繊細、孤独と愁いを帯びた瞳を持つ者……見れば見るほど私の物にしたい
「……私をどうするつもりだ」

 悪魔の瞳が妖しく輝き、そして悪魔は答えた。

――言っただろう? 欲しいと。私と融合し、死の淵から蘇ろう……永遠に
「今更蘇って何を……。いや、分かる……君の目的。君の名前はザルエラ……私が君を呼んだ」


 不思議な感覚だった。
 まるで昔から知っていたように、この悪魔の成そうとすることが、全て分かる。
 恐ろしい目的……ランベリーどころか国の全てが、いや隣の国もずっと遠くの異国も、全てが滅びるかもしれない程に。
 なのに私は、それを止めようと思わなかった。何故なら……

「君は私だ。私を愛する……唯一の存在」
――そう。私はそなたを永遠に愛することができる。寵愛されよ、美しき貴公子……そなたの願いを言うがいい。さすれば、我々は永遠に一体となれる



 これは悪魔のまやかしで私は騙されている――と言うことは分かっていた。そして願いを言えば、私は私でなくなるだろう、ということも。
 だが、私は頬に触れる悪魔の手に自分の手を重ねて答えた。



「私と共に……永遠に傍にいてくれ」

 

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あとがき

FFT小説をたくさん書くぞ!と思った頃に書いた。この頃にはヴォルマルフ編も作ろうと思ってた。

微妙に耽美な感じになったし捏造ハンパないけど結構気に入ってます。流れ矢という事故ではなくて、きっと誰かに殺されてそう。北天騎士団にとって敵なだけじゃなくて、ゴルターナ公としても身分が高く民衆に慕われている領主は邪魔だからどさくさに紛れて亡き者にして領土まるっといただいたほうがきっと得だし、教会でも地位はあるけど教皇のシナリオ的に死んでもらいたいリストに入ってたろうし、ヴォルマルフ陣営からもルカヴィの器として狙われる人生。転生後はその強さと源氏盗めないせいでネタにされてるけど、設定考えたら結構可哀想な人だと思う。

 

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