少年に死の天使の祝福あれ

 

 雪が舞う小さな砦。そこは少年にとって、故郷から遠い遠い場所だった。
 少年に明確な殺意と剣の刃が振り下ろされる。少年は断末魔を上げるまもなく雪の上に倒れた。
 それから数日後、共に遠い地に来ていた少年の主であった男の元に少年の遺体は運ばれた。
 男は少年の死を悼み、せめて両親のもとへ帰らせてやりたいと、その遺体を故郷へと持ち帰った。
 故郷へ戻ったあと男は、少年があれからどうなったのかを人づてに聞いた。
 少年の母は、少年の遺体に縋り付き、泣き叫びながらこう言ったそうだ。

 "あなたが死んだらもうこの家はおしまいだわ"

 それを聞いた男は少年が故郷に帰ることは彼の幸せだったのか、ただそれは自分のエゴだったのかと心の中で嘆いたが、めまいぐるしく変わる時代は男の嘆きすら流していった。そして次第に男は少年のことを忘れていく。

 男が少年のことを思い出したのは、男が戦場で人としての死を迎えた後だった。

-----------------

Side:A

 男――エルムドアによって転生したアルガスは、虚ろな目でランベリーの地下墓地にいた。
 思い出すのは、銀世界。真っ白な雪の中に流れる自分の赤い血。死の恐怖。
 目の前の銀の髪の男から伸ばされた雪のように白い手に、あの恐怖を思い出す。
 本当は嬉しいはずなのに、とアルガスは心の一番奥で思った。叶わない初恋のような憧れの対象だった男の手の感触は今でも鮮明に覚えている。低い体温が触れた自分の手から伝わったが、どこか安心感を覚えるような冷たさだった。
 それなのに、今触れているその手から伝わる冷たさは恐怖そのもののように感じた。

 かつての恋心と、今の恐怖心が身体の中に渦巻いていく。しかしアルガスの身体は動かなかった。自分の手を重ねることも、逃げ出すことも叶わない。憧れも恐怖も手足の感覚に伝わらないまま、ただアルガスは人形のように、男の手を無表情で見つめていた。
 そんな中で、ふと目が合った。
 男はどこか寂しそうな表情をしていた。とても心が痛むのに、何故自分は何もできないのだろう――そんなアルガスの感情を伝えるかのように、涙だけが頬を伝った。
 アルガスに男が何かを囁いて、そして優しく口付けられる。その口付けは甘いようでとても冷たく、死の恐怖が絡みつく。やがて男の唇はアルガスの首元に這い、そして歯が立てられた。
 流れていく血にアルガスはもう、痛みも恐怖も感じなかった。

(ああ、そうだ。オレは死んだんだった)

 アルガスは自分がもう生きていないのだと気づき、そして同時に、男が何者であるかも理解した。
 自分は男――死の天使の支配を受け、隷属を求めるひとりの死者なのだと、虚ろな目のまま笑った。

-----------------

Side:E

 エルムドアがこの少年を選んだのは、転生してすぐに赴いたリオファネス城の屋上から見えた小さな砦に、その姿を思い出したからだった。
 まだ何も知らない人間だった頃、自分の迂闊さ故に殺してしまった少年は、活気に溢れていてそれでもどこか危うい必死さもある、熱い瞳を持っていた。少しだけ触れた手は子供だからなのか瞳と同じくとても熱かった――と今になって感じる。
 あの熱い少年ならば、この自分の冷たくなってしまった心にも届くのかもしれない。そう思ってランベリーの墓地で聖石をかざし、少年の姿を想いながら祈る。
 聖石の輝きとともに現れた少年――アルガスは、あの時と変わらない子供のままの姿をしていた。エルムドアが手を伸ばすと、その身体が小さく震える。
 しかし少年は動かない。心に残るほど熱かったはずの少年の肌はあの時とは違って無機質で、温かさも冷たさも感じない。それでも目が合った少年が愛おしくて微笑むと、何故か少年の頬から涙が伝った。

「寂しがらなくていい。私が全ての恐怖から君を守るよ」

 エルムドアはそっと少年の唇に自分の唇を重ねる。頬と同じく体温を感じず、ただ死の匂いだけが少年の唇から伝わった。それなのに自分の身体は熱に浮かされるように震え、エルムドアは少年の頬と同じく土気色をした首元に口付けてそのまま歯を立てた。
 口に広がる血の味は今まで口にしたどんなワインよりも甘美だった。まるで酔いしれるかのように、エルムドアは濡れた声で囁いた。

「だから共に"楽園"へ堕ちよう、アルガス」

 奈落の先の楽園で"死の天使の眷属"となってしまった少年はただ虚ろな瞳で笑う。
 熱さを取り戻さない少年も、そんな少年に身体を熱くさせる自分も、もう人間には戻れない――エルムドアは少年を優しく抱きしめながら目を閉じ、再び少年の首から流れる死者の血を啜った。

-----------------

 城主であった男の死と共に"無人の廃墟"となった城の地下で、人ならざる者となった男は抱きしめた少年の人としての心を奪い、それは自身をさらに深い絶望へと堕としていく――そう理解しているにも関わらず、求める程に消えていく少年が名残惜しくて、男はさらに少年を求めるのだった。
 そして聖石はそんな二人を祝福するように、淡く輝き続けていた。

inserted by FC2 system

戻る


あとがき

ザルエラは侯爵様を乗っ取るのではなく自分の手元に堕としているイメージを勝手に持っているので、エルムドアの感情でデスナイト君に転生したアルガスを愛そうとするメリバみたいな話が書きたかったです。アルガスの感情については、ジーグデン砦で死んだ日から少年のままずっと変わらない(のでラムザに昔と同じ卑屈さで粘着する)イメージです。

 2018年8月29日 pixiv投稿

 

 

 

inserted by FC2 system