神に仕える騎士として、そして畏国に住む一人として、男は日々戦い抜いた。
彼は神学者の家系に生まれ育ち自身も神学者として名を馳せていたが、剣・弓・魔法――あらゆる武芸に通じ、そして勇敢さを併せ持つ騎士としても名高い男だった。
民は彼を称えた。
彼には戦いの神がついている、と。
しかしある日、鴎国の異教徒に彼の妻子が捕えられ、彼女達を盾に異教徒が降伏を彼に迫った時、彼の人生は一変することとなった。
彼が戦いのため拠点としていた砦をあけたその隙に、鴎国の異教徒たちは砦を占拠した。
残っていた僅かな兵は殺され、女子供が拘束されたが、彼の妻は「自分こそが隊の長の妻であり、人質として唯一価値のある人間だ」と名乗り上げたため、彼の部下達の家族は皆、砦から追い出された。
本来ならば彼と彼女の子もそれで助かる予定だったが、追い出されるときに「母様!」と叫んだ幼い子を、異教徒たちは見逃さなかった。
「父様!!!」
「あなたお願い! 私はいいから……この子だけは助けて!」
彼の妻は、異教徒の刃が自らに向けられている上でなお、彼と自分の子の命を乞うた。
異教徒たちは彼女を背後から殴りつけ、そしてさらに強い口調で彼に降伏を迫る。
彼の部下達はただ、隊長である彼の判断を待った。
「本当に他の女子供は全て助かったのだな?」
「は、はい……見張りをしていた兵は全て殺されたようですが……」
「……そうか」
彼は目を閉じ、静かに息を吐いた。
そしてゆっくり目を開け、異教徒に気づかれないよう小さな声で、しかしはっきりと、部下に命じた。
――砦に火を放ちなさい。我々は異端者には屈しない――
これは異教徒も誤算だった。
まさか拠点も人質も捨て、自分らを殲滅することのみを優先するとは、思いもしなかったのだ。
彼は率先して毒の矢を砦に向け、そして力強く放った。
その矢はまず、自らの子の胸を貫き、子は何が起きたかも分からないうちに即死した。
それはきっと彼の、子に対するせめてもの優しさだったのだろう。
この後の惨劇を見ることなく、逝けたのだから。
しかし子を殺された彼の妻は、動かなくなった子を見て動揺し、そして叫んだ。
「なんてことを! どうして……あぁッ……」
叫び終わる前に、夫であったはずの彼の放った矢が足を掠め、倒れた。
砦に立てこもっていた異教徒たちが動揺している間に、彼の部下らが砦に火を投げ込んだ。
砦の火薬の場所を熟知している彼らにとって、砦を火の海に包むことは容易な事だった。
瞬く間に火は、異教徒たちの退路をなくし、そして火の海の中で叫ぶ声が段々と小さくなっていった。
その叫び声の中には、彼の妻のものもあった。
彼女は絶命した子を抱え、自分と自分の子の血に染まった上で火に炙られたドレスを纏い、そして火の中にとらわれながら、彼を呪うかのように血の涙を流し叫んだ。
――悪魔よ!!! 貴方は神に憑りつかれた悪魔だわッ!!!!!
やがて砦の火がおさまり、彼は鴎国の異教徒たち全ての死亡を確認した後、教会へと戻った。
犠牲となった人間は、十名程度の兵士と、彼の妻子のみ。
彼の妻の最期の言葉を聞いていた部下達だったが、彼と彼女のおかげで家族を救われた彼らは、隊の長である彼を責めることなどしなかった。
それどころか、教会を含め、いかなる時も異教徒に屈しない彼を称えた。
彼には聖アジョラの加護がついている、と。
その後の彼は司教の地位に就いたが、自らの志願もあり、異端審問官として戦いの場に立ち続けた。
彼は騎士としておう国と戦い続ける一方で、"異端者"をその武芸の腕と毅然なる意志を以って、容赦なく裁き、その命を狩った。
それから時は経ち、戦争もやがて終わる頃。
彼は異端審問官として、異端者が潜んでいるというゼラモニアの古城へ単独で足を運んでいた。
教会として栄えある"枢機卿"として選ばれた彼が何故単独でそこへ向かったのか、彼自身にも分からなかったが、何故か彼は部下を連れずにそこへ赴いた。
彼が奥へ進むと、異端者一味は城の一部屋で、赤く輝くクリスタルを祭壇に掲げ祈りをささげていた。
彼が訪れると異端者たちは一瞬の動揺を見せたが、祭壇のクリスタルが一際輝くのを見て、安堵した表情で彼に言った。
――お待ちしておりました。貴方が来る日を、このスコーピオの主と共に。
しかし彼は剣を抜いた。
剣を抜き、特に抵抗もしない異端者一味を全て殺した。
「これはゾディアックストーン……?」
ミュロンドにもいくつかある、"神聖なる石"。
世界が混乱に陥る時十二人の勇者達がこの石をもって戦ったという――かつての聖アジョラとその使徒らも用いていたという"神器"だ。
「異端者などに祀られるとは……汚らわしい」
彼がゾディアックストーンを手に取った時、赤く輝いていたその石がより一層に輝いた。
――不浄王キュクレイン。
彼は元々、この世の不浄を浄化するために、神が遣わしたという。
彼はあらゆる不浄をその身に取り込むことで、この世を浄化しようとした。
しかし、神が想像する以上にこの世は不浄に溢れていた。
取り込みすぎた不浄は彼を変えてしまった。
浄化の象徴であったその身体は、この世の不浄そのものとなり、そして彼は"不浄王"と呼ばれるようになった。
彼は汚れきった自らの身体に嘆き神に「元に戻してほしい」と嘆願したが、今まで彼が取り込んできた不浄が再び世に放たれるのを恐れた神はそれを拒んだ。
行く当てもなくなった彼だったが、堕天使アルテマと接触したことで神へ反逆することを企てた聖天使アルテマに誘われ、共にゾディアックストーンにその身を宿すこととなった。
以来、彼は聖天使の忠実なるしもべとして、聖天使と共に何度も蘇り、この世に不浄をまき散らす悪魔・ルカヴィとなったという――
「なんと可哀想な……。いえ、違いますね……彼はまるで」
そう言いながら彼はスコーピオに写された自分を見て、自嘲的に笑った。
全く無抵抗だった異端者を問答無用に斬ったために、返り血で汚れた剣と衣服。
それだけではない。
今まで何人の者を殺害してきたのか。
彼は異端審問官として、教会が決めた"不浄なるもの"を裁いてきたに過ぎない。
その前だって、彼は畏国のために、異教徒を、鴎国の異人を、倒してきただけだ。
それを民や教会が称えたのであれば、彼のやって来たことは決して"汚れたこと"ではないはずだ。
なのに、何故彼は自分の姿を見て、こんなにも"自分は汚れている"と思うのか。
――悪魔よ!!! 貴方は神に憑りつかれた悪魔だわッ!!!!!
かなり昔のことのはずなのに、彼の妻の残したこの"呪いの言葉"が、まるで今、紡がれたように彼の心の中に響いた。
同時に彼は悟った。
何故自分が異端審問官として異端者を裁いてきたのか。
何故自分が教会や民に称えられ続けたのか。
そして何故今日、単身でこのゼラモニアの古城へ来て、自らの境遇と似た不浄王キュクレインの魂が宿る、ゾディアックストーンを手にしているのか。
「ふ、ふふふふふ……まさに貴女の言う通りですね。あの時から、私は貴女の"呪いの言葉"を核として、汚れていったのだ……殺した人間の持つ不浄の数だけ!」
彼はそこに誰もいないというのに、狂ったように笑い続けた。
そしてしばらく笑った後、彼は輝きの消えないスコーピオを掲げて叫んだ。
「聖天使よ! この汚れきった世を治めることが出来るのは貴方のみ――この"不浄王"が、必ずや仲間を探し出し、そして貴方の身を復活させてみせましょうぞ!」
それから彼――アルフォンス・ドラクロワは、教会の幹部の中の幹部"枢機卿"として、ライオネル領を治めることとなった。
一方で、"不浄王キュクレイン"として、教皇の思惑とは別に、聖石を、仲間を探し求めた。
新たな仲間や眷属達はそんな彼を称えた。
彼は聖天使アルテマに選ばれたのだ、と。
あとがき
侯爵やヴォルマルフ様のを書いた時点で、枢機卿も……とは思ってたけど、3年以上経ってようやく捏造設定浮かんできたので書きました。
FF12のキュクレインの設定が「この世の不浄を消すために生み出されたが、不浄すぎる世の中によって蝕まれ、不浄王となった」という可哀想な設定で、結果的にドラクロワ枢機卿も異端審問官としてバッサバサ裁いているうちに異端(ルカヴィ契約)に走った感じに。結果的に一番暗くて辛い話になった……ごめん枢機卿。