最初はただ、"利用してやろう"としか思っていなかった。
貴族の中の貴族である王家の娘。利用する者の頂点にあるこの娘を利用して、オレは自分の道を進んでいく。そう思っていた。
なのに何時からだろう。何故だろう。
彼女が利用されずに済むような世界を作ってやりたいと。そのためなら自分の道を捧げるのも惜しくはないと。
そう思ったのは……
「こんなところにいたのか、探したぞ」
あの日、彼女はゼルテニアの教会の跡地で泣いていた。
そこでオレは、彼女と少しだけ話をした。
出会ったのはもっと前。オーボンヌで他ならぬオレ自身が、彼女を連れ去った。
俺がそうしなければ、彼女は北天騎士団によって暗殺される予定だった。
だが、助けてあげようとかそういうつもりではなく、彼女を生かして南天騎士団に保護させることが目的だった。そして王女というカードを手に入れた南天騎士団と、王子というカードを持つ北天騎士団で戦争が起きる――そういう算段だ。
あの時ラムザとも偶然再会した。運命は残酷だと思ったが、ラムザはオレに「また会えて嬉しい」と言ってくれた。
オレはこんなに変わってしまってきっと聞きたいことも多くあっただろうに、それについて何も言わず、ラムザは昔のままの笑顔でそう言ったのだ。
そんなラムザなら信じてもいい――そう思ってオレは一旦、彼女をラムザに預けた。
オレは最低だ。
あの時ラムザから無理やりにでも彼女を奪ってしまえば、ラムザは昔のままでいられたかもしれないのに。
あの時オレはラムザを騙した。確かに利用した。
嘘は言っていない。でも、大事な事――ラムザ達が頼るであろうドラクロワ枢機卿こそが黒幕である、と伝えなかった。
結果的にドラクロワ枢機卿はラムザに殺されたらしいが、オヴェリアは枢機卿の思惑通り、南天騎士団のもとに送り届けられた。オレの手によって。
オヴェリアを連れて来たオレを、ゴルターナ公は馬鹿みたいに信用した。
俺はこのままこの男を利用してやろうと思った。
だが、彼女のことは……
「もう嫌……私の所為でたくさんの人が死んでいく……私は王女ですらないのに、価値なんてないのに……」
オヴェリアは胸の内を、オレに語った。
その辺についてはオレもよく知らないのだが、どうやら彼女は"王女"ではなく、王家の世継ぎ争いのために王女として連れてこられた娘だったらしい。
彼女は王女ではない――この話を聞いた時、オレは彼女に自分を重ねていた。
平民でありながらベオルブ家に拾われ、偽りの貴族として育てられたオレ。偽りの王女として修道院に軟禁されていた彼女。
似ているな、と思った。
だから、オレは彼女をオレ自身と一緒に救ってやろうと、思うようになった。そのために彼女を利用することには変わりないのだが。
「お前はオレと同じだ。いつも誰かに利用され続ける……努力すれば報われる? そんなの嘘だ! 多くの人間は何も知らずに、大きな流れの中で自分の役割を演じているだけ。でもオレはそんなのまっぴらゴメンだ。オレは利用されない、利用する立場に回ってやる! オレを利用してきた奴らにそれ相応の償いをさせてやる!」
「……貴方は何をしようというの?」
「オレを信用しろ、オヴェリア」
オレは彼女に言った。
「おまえに相応しい王国をオレがつくってやる! おまえの人生が光り輝くものになるよう、オレが導いてやろう! だから……」
彼女の肩に手を置いた時、オレを見る彼女の顔に、ひとりの少女の顔が重なった。
その時オレは、オヴェリアのことをオレではなく、その少女に重ねていたんだ、と気づいた。その少女はオレにとって、最も大切な存在……だった。
「だから……そんな風に泣くのはよせ」
「信じていいの……?」
あいつは、オレの前では決して涙を見せなかった。だが、一人でこうして人目のつかない場所で泣いていたのもオレは知っていた。
ティータ――大切な妹。救えなかった。救いたかった。この世でたった一人のオレと血のつながった、オレと同じ存在。かけがえのない存在だった。
そんなティータの顔がオヴェリアに重なった。
オヴェリアを救えば、それがティータの救いにもなるような気がした。
「オレはお前を裏切ったりしない。死んだ妹……ティータに誓おう」
「妹……?」
「……ああ。神でも自分でもなく、彼女に誓う。だからもう泣くな」
オヴェリアがオレにしがみつくようにして、そして声を上げて泣いた。
オレはきっとティータにもそうしていただろう……そう思いながら、彼女を抱きしめた。
最初はただ、利用するつもりだった。
それがいつの間にかオレ自身と重なり同情するようになり、そしていつしかティータと重なり「救ってやりたい」と思うようになった。
「異端者と呼ばれる人間が教会に来るとはな。いい度胸だ」
「そうさ、僕には時間がない……単刀直入に聞くよディリータ。きみをゴルターナ軍に送り込んだ教会の狙いはなんなんだ?」
ゼルテニアの町はずれの教会で、オレはラムザと再会し、教会の野望のすべてを彼に語った。
ラムザもいつしか、オレの知っているただの"甘ちゃんな世間知らず"ではなくなっていた。
オレの知らない何かと戦い、異端者の烙印まで押され、それでも自分の理想と正義のために戦っている。
きっと教会が血眼になって求めラムザが守ろうとしている聖石に何かあるのだろう、とは思った。
教皇は確かに聖石を利用して民意を集めようとはしているが、最も大事なのは戦争の首謀者を暗殺し戦争の仲介者になることであって、ゾディアックブレイブなどただの飾り。そのために、教会はとにかく、ラムザが全ての身分を捨ててまで必死になるなどありえない。
だが、オレはラムザが何をしているのか聞かなかった。
聞けばオレの目的を果たせなくなる、そんな気がしたからだ。
「だが、方法は違ってもオレ達が目指しているのは同じのようだ。だからおまえはオレの敵じゃない。目指しているものが一致している限りは」
「……僕と一緒に行こう、ディリータ」
ラムザがそう言った。ラムザのまっすぐな視線は、こんなオレを未だに"親友"として見ている。
なんという"甘ちゃん"なのだろう。ラムザも変わった――そう思っていたが前言撤回だと思った。
こんなに変わってしまうくらいの流れの中にいるのに、ラムザはまったく変わっていない。世間を敵に回しても、その信念は変わらない。
だからオレは、ラムザの誘いを断った。
ラムザがそうであるように、オレもまた、すべてを敵に回しても貫きたい信念がある……。
「それはできない……オレには彼女が必要だ」
「彼女……? きみは自分の野心のためにオヴェリア様を利用しているのか?」
「よくわからない。ただ……」
ラムザの質問に、オレは首を横に振った。
「彼女のためならこの命、失っても惜しくない……」
こんなことを人に言うつもりはなかった。オヴェリア本人にも、自分自身にだって。
だが、ラムザのまっすぐな瞳がオレを正直にさせたのかもしれない。
「その言葉を信じるよ、ディリータ」
昔に戻ったようだった。オレはラムザにだけは嘘をつけなかった。南天騎士団も教会も利用するために嘘で塗り固められたオレですら、ラムザは正直にさせた。
その後邪魔は入ったが、オレは氷山の一角に過ぎないのだろうがラムザの成そうとしていることを聞き、ラムザと別れた。
「……死ぬなよ、ディリータ」
「そっちこそ」
それが結果的に、最後に見たラムザの姿となった。
ラムザはオレと違い正直で純粋だが、それでもオレにきっと何かを隠していた。
戦争を終わらせ教会の不正を暴くこと以上の何かを……今思えば、何も言わなかったのはオレのためだったのかもしれない。
「行かせていいの?」
「あいつの行動も計算のうちさ」
ラムザが去り、オレもまたいつものオレに戻った。そう、オレは最低の人間だ。自分の道のために嘘で固めて、なにもかもを利用する最低の男だ。
「親友ですら利用するのね、あなたは」
「うるさい! おまえにオレの何が分かる!」
なのになぜだろう。オレと行動を共にする女、バルマウフラの言葉にオレはついカっとなった。
(違う、俺はラムザを利用しているんじゃない! ラムザとオヴェリアだけは違うんだ……!)
オレの中で、昔のオレがそう叫んでいた。
それから時は経ち、オレはとうとう自分の野望を達成させた。
畏国を平定し、オレはオヴェリアの国を作り上げた。
オヴェリアと結婚し、オレは平民出身の"英雄王"となった。
そしてあれだけ戦禍に包まれた畏国は、オヴェリアの望み通りに、平和の道へと歩み始めていた。
「やっぱりここにいたんだな。みんな探していたぞ」
ゼルテニアの教会の跡地。
オレはその日、花束を持ってオヴェリアのもとへ来ていた。
あの時、彼女にティータの魂を見たあの時と同じ。彼女は一人でいたいときは必ずここに来ていた。
だから彼女の姿がないと臣下が騒いでいた時今日もここにいるのだろうと、オレはそう思って、花束を用意してから訪れたのだ。
ようやく平和になり、互いの願いを叶えた。
だからオレは今まで彼女に言えなかったことを、言おうと思っていた。
だが、オヴェリアはオレに背を向けたまま、遠い空を見つめているようだった。
「ほら、今日はおまえの誕生日だろ?」
オレは花束を、背を向けたままのオヴェリアに差し出した。
ゆっくりと彼女が振り向く。花束が大きすぎて、その表情が良く見えなかった。
「だからこの花束を……」
だが、花束はオヴェリアの手に渡ることなく、そしてオレの手からも零れ落ちた。
花束が地に落ちるのと同時に、オレは腹に鋭い痛みを覚えた。
視線をおとすとそこには、ナイフを握ってオレの腹を刺す、オヴェリアの姿があった。
「お、オヴェリア……?」
「そうやってみんなを利用して……!」
オヴェリアが俺を見上げる。あの時以上に涙に濡れた、そして見たこともないくらいに激しい感情を宿した表情だった。
「信じて、いたのに……」
赤い花束の上にオレの血がナイフをつたって落ちていた。
それだけ状況を分かっているのに、オレはただ固まっていた。何故、オレは刺されているのか。何故、彼女はこんな顔をしているのか。
どういうことなのだろうか。
だが、次のオヴェリアが言った言葉に、オレはすべてを理解した。
「ラムザのように、いつか私も見殺しにするのね……!」
救ってやりたかった、彼女の事を。ティータに代わって。
だがそれ以上に愛していた。ティータという存在を超えて。
なのに……信じてもらえなかった。
オヴェリアのナイフは、ラムザと行動を共にするアグリアスという女騎士から「私が戻るまではこれで自分の身を守って欲しい」とオヴェリアに贈られたものだった。
彼女はこうも言っていた。「オヴェリア様を悲しませるようなことがあれば貴様を殺しに行く」と。彼女もまた、使命を超えてオヴェリアのことを愛していたのだろう。
ナイフを握るオヴェリアの向こうに、その女騎士と、ラムザの姿が見えた。
オヴェリアがナイフで刺したように、ラムザもオレを呪うというのか……。
そう思った時、オレは頭の中が真っ白になった。
オレの中にいる別のオレが刺さったナイフを引き抜き、オヴェリアを払いのけ、そして――
「……!」
オレはオヴェリアの左胸を突き刺した。
落ちた花束が散らした花びらの上に彼女が倒れ、そしてオレの血の上に彼女の血が流れた。
冷静さを取り戻した時には、オヴェリアは目の前で倒れたまま動かず、力を失ったオレの手からはナイフが音を立てて落ちた。
「ラムザ、おまえは何を手にいれた?」
オレは空に向かって、ここにいない親友、ラムザにそう問いかけた。
王になってからラムザの消息を探してみたこともあったが、ラムザは文字通り消息を絶ってしまった。
噂によると、内紛で教皇を刺殺したとされる神殿騎士団長ヴォルマルフを追い、ドーター付近で共に姿を消したという。まるで神隠しにあったように。
「オヴェリア……」
オヴェリアはまだかろうじて息があった。だが、このまま彼女は目覚めることはなかった。
オレは彼女を抱き上げ、そして抱き上げたままその身体に縋り付いた。
(ああ、こんなことが前にも……)
オレの後ろで、ティータが悲しそうな顔でオレの名を呼び、消えたような気がした。
その日からオレはまた、利用されるものとなった。
誰に、ではない。世界のすべてに、利用される存在となった。
救えなかったティータやラムザ。オレ自身が奪ってしまったオヴェリアの命を無駄にしないために、オレは"英雄王"として一生を捧げることとなった。
歴史に刻まれるオレの名前は利用する者として、きっと輝かしいものなのになるのだろう。
なのにオレ自身は、輝かしさの裏で、一生この孤独さと後悔に縛られ、誰よりも利用される者として生きなければならない。
味方なんて誰もいない。
(ラムザ、おまえは何を手に入れた? ちゃんと生きてるんだろうな?)
(オヴェリア、愛していたんだ。信じてくれないのかもしれないが……オレはおまえを愛していた)
「オレは……ここにいるぞ」
王座にひとり座るオレに、ラムザもオヴェリアも答えてくれなかった。
あとがき
ディリオヴェ。FFTをはじめてクリアした時はストーリーの半分理解してなかったような気もするけど、この結末は衝撃的だった。何回かプレイして、ディリータはラムザに一度もウソをついていない(隠し事はしていたけど、ラムザもディリータにルカヴィのことは話してない)ことに気付き、オヴェリアのためなら命も惜しくないという言葉にもきっと嘘はなかったんだろうなと思った。利用していたっていうのも事実だけど、それ以上に愛していて、なのにオヴェリアには前者しか伝わっていなくて、そしてオヴェリアもディリータのことを愛していたから、叩き落とされた感じであの結末に……悲しい。でも最初からディリータはティータに誓っているあたり、オヴェリア個人を愛していたかはわからないけど、少なくともティータの代わりとして守ろうという気持ちはあったんだろうな。オヴェリアはティータのことを知らないから気づけないけど。
あと最後にディリータがオヴェリアを刺しかえした件について、なんとなく「ラムザを利用している」っていう言葉がディリータにとっての地雷だったのかなとも思ってる。バルマウフラにそういわれた時もめちゃくちゃ激高してたし、その地雷とも言うべき言葉と、オヴェリアに信じてもらえなかったという一種の裏切りにあい、頭の中が真っ白になったんじゃないかなと思う。