ある父と息子の会話

 



 ――五十年戦争末期、ベオルブ邸にて。



「父上、お身体の調子はいかがですか?」
 病により床に臥せっているベオルブ家当主・バルバネスの部屋に、一人の男が静かに入ってきた。
「ダイスダーグか……」
 ダイスダーグ。彼はバルバネスの長男で、北天騎士団の軍師を務めている。
 ダイスダーグは両手に薬と水差しが置かれた盆を持ち、ゆっくりとベッドに足を運ぶ。
「調子が優れない様子でしたので、薬の配合を変えてみました。少しは快方に向かえばいいと思うのですが……」
 少しだけバルバネスに視線を向け、盆をベッドの脇にあるサイドテーブルに置いた。

「では、私はこれにて……」
「……ダイスダーグよ。少し構わないか?」
 そのまま立ち去ろうと踵を返そうとするダイスダーグに、バルバネスはそう言ってゆっくりと起き上った。
「なんでしょう」
「何故、そこまでするのだ?」
「……。……何故、と言いますと?」
 バルバネスの問いかけに、ダイスダーグは一瞬言葉を詰まらせたが、表情を変えずに問い返した。
「メイドに聞いた話では、薬の調合から全てお前がやっているそうではないか。騎士団の軍師としての職務を全うするだけでも大変であろうに……」
「父を介抱するのは、子の勤めでありましょう。それに……」

 サイドテーブルの横にある椅子に腰かけ、ダイスダーグはバルバネスを真っ直ぐ見つめて続けた。
「父上に何かあっては、この国のすべての損失になりましょう? 早く完治して頂かねばと思うと、薬師に任せてばかりではいられますまい」
「……隠さなくともよい」
 バルバネスはダイスダーグから少し視線を逸らした。
 

「我が身のことだ、分かるさ……。私はもう長くはない」
 今日はたまたま調子がいいだけだ、と続け、バルバネスは再びダイスダーグに視線を向けた。
 バルバネスの言葉に、ダイスダーグは少し眉をひそめた。
「そしてお前は、それを周囲に極力知られぬよう自ら看護を行っている」
 はっきりと言うバルバネスに、ダイスダーグは軽く息を吐いた。
「……申し訳ございませぬ。私の腕が至らぬばかりに」

 目を伏せて謝罪の言葉を述べたダイスダーグに、バルバネスは軽く首を横に振った。
「何、私は十分生きたよ。私はお前たちが、自らの信じる道を進めるのならばそれでいい」
「父上……」
「ザルバッグは、うまくやっているか?」

 話題は、ダイスダーグの弟で、北天騎士団の団長を務めるザルバッグの事になった。
 ダイスダーグは、部屋に入って初めて笑顔を見せた。
「勿論。兵もザルバッグには絶大な信頼を持っておりますよ。やはりカリスマ性では、私よりもザルバッグの方が勝っている」
「そうか。それは喜ばしいことだ。無理はしないよう、くれぐれも伝えてくれ」
 誇らしげな様子のダイスダーグに、バルバネスもまた、笑顔でそう答え、続けた。
「しかしお前もまだ若いし武術の腕であればザルバッグにも劣るまい。前線から退きラーグ公の補佐に回るより、まだまだ戦果を上げたかったのではないか?」
「父上はそんな私を、臆病者と一喝されますか?」
「いや、逆だ……私にはお前が進んで軍の嫌われ役を買っているように見える」
 
 バルバネスは再び真顔に戻り、ダイスダーグに問いかけた。
「辛くはないのか、と父として心配なのだ」
「どの世界にも、嫌われ役は必要でしょう……私が時に周囲から嫌われることで、ザルバッグがそれ以上の戦果を上げてくれるのならばそれでいいと思っております」
 父の言葉に、ダイスダーグははっきりとそう告げた。
 それを見て、バルバネスは何か悟ったように、天井を仰いだ。
「……そうか」

 どこか悲しげな様子のバルバネスを見て、ダイスダーグは「そろそろお疲れでしょう」と椅子から立ち上がり、バルバネスの顔を覗き込むように少しだけ屈んだ。
「弟と言えば、ラムザも順調に学業をこなしておりますよ」
 ザルバッグよりもさらに下の、バルバネスが最も可愛がっていた息子の名に、バルバネスは再び視線をダイスダーグに向けた。
「ラムザはまだ幼いですが、人に好かれる天武の才を感じる……将来ベオルブ家の象徴となるのは、案外ラムザかもしれませぬ」

 ラムザの将来を描くダイスダーグに、バルバネスはダイスダーグを真っ直ぐ見つめて言った、
「ダイスダーグよ、これからもザルバッグやラムザを頼む……アルマもな」
「……神に誓って」
「お前ならば、きっとザルバッグらも、民も国も、支えていくことができるだろう……」
「勿体ないお言葉です、父上」


「だがダイスダーグよ。最後に、もう一つ問うてもいいか?」
「……何でしょう」
「お前の描いている将来に、お前自身の正義と幸福はあるのか?」


 バルバネスの問いかけに、ダイスダーグは笑顔で答えた。

「ザルバッグやラムザがベオルブ家を発展させてくれる。それが私の正義であり幸福ですよ……父上」




「お疲れでしょう。服薬し、ゆっくりお休みくださいませ」


 そう言って、ダイスダーグは部屋から静かに立ち去った。




「ダイスダーグ……私はお前達を信じよう。聖アジョラよ、我が子供たちの未来に幸福を与えんことを」


 

 

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あとがき

父親に殺意を抱くダイスダーグと、そんな息子の行動に薄々感付きながらもあえて受け入れるバルバネス。1章はじまってすぐの回想で、家族に看取られて平和な未来を思い描きながら死んだバルバネスは幸福に死んだはずなのに、それを根本的にひっくり返すFFTのストーリーは本当に辛いと思う。兄弟仲良く幸せに→家の中で殺し合い、これで長かった戦争も終わる→内紛がはじまり両軍共倒れ、ディリータは生涯仕える味方になるだろう→敵ではないけどラムザの元を離れて自分の野望に走る、というちゃぶ台返しっぷり……

ダイスダーグの最後のセリフは、孝行息子のフリをして「早く死んでください」という悪意をこめてるつもり。清濁織り交ぜる政治を行うダイスダーグからすれば、常に正しく、常にまっすぐに、なバルバネスは本当に邪魔だったというか、憎かったんじゃないだろうか。長い間毒を盛り続けて殺すなんて、よほどの悪意と憎しみがないとできないと思う。

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