とある忠臣の物語

 

 今のこの世は汚れていて、誰かが変革しなければならないと教えられてきた私にとって、教会の言葉は真実だった。
 神に仕え、この世のために奉仕する駒となることが私の使命であると信じていた。




 私に魔法を教えてくれた、優秀な魔道士が言った。


  親愛なる君へ、誇り高い任務を与えよう。
  彼――ディリータ・ハイラルは我らが神のため、この国の王となる。それを補佐してくれ。
  だがもしも彼が我らを裏切るのであれば、この刃で彼を暗殺し……そして証拠隠滅のために自害して欲しい。
君は選ばれたのだ、誇りを持ちなさい。
君に神の加護があらんことを――



 教会の騎士団で幹部を務める天才と呼ばれた魔道士が、一振りのナイフを私に差し出した。ナイフには毒が塗ってあった。
 この人はこんなに冷たい目をしていただろうか……でも私は差し出されたナイフを受け取った。







「気がついたかい?」
「……ここは」


 私の視界が最初に捕らえたのは、粗末なつくりの天井。
 そして、横を見ると、見覚えのある顔があった。


「オーラン? 私は……っ……」
「まだ傷が癒えてない。……すまない、ポーションが不足しているんだ。もう少しここで休まないと」


 起き上がろうとする私を、彼はゆっくりと手を伸ばして制止した。


 まだ頭の中がモヤモヤする。


(ああ、あれは夢……違う、夢じゃない)


 痛みを感じた脇腹に視線を落とすと、服にべっとりと血がついている。
 何故こうなったのか、記憶を手繰り寄せる。




 そうだ、彼は――ディリータは、教会を裏切って自分が王になると言った。
 だから私は、教会から受け取ったナイフを抜いて、ディリータを殺そうとして……
 



 記憶を手繰り寄せているうちに、私の意識もはっきりとしてきた。
 今いるこの場所はゼルテニア城にある自室でもなければ、牢屋でもない……粗末な小屋のようだった。


「ここはどこなの?」
「ゼルテニアの外れにある農村さ。とは言え、生きている人は誰もいなかったけどね。ここにも女性と子供の亡骸があった……恐らく主人が徴兵されてそのまま餓え死にしたんだろう、可哀想に……」
「その女性と子供は? ……追い出したの?」
「丁重に葬ったよ。他の小屋などにいた亡骸も含めてね……」
「……そう」


 良く見れば、オーランも手傷を負ったままだった。
 さらに話を聞くと、私を背負って、命からがらゼルテニアから逃げてきたらしい。




 ディリータを殺そうとしたけど、殺せなかった。
 ……何故?
 
 思い出すのは、彼の熱い瞳。野心を持った目。



 私はそれに惹かれていた? いつから? 分からない。



 そしてディリータは「こっちから行くぞ」と私に近づいた。
 私のナイフを構えた震える手を掴まれて、ナイフはあっさりと地面に落ちた。


 ディリータが剣を抜いて、私にそれを振り下ろした。
 私は殺される――と確信して、悲鳴をあげた。


 そこで私の意識は途絶えた。




「あの後どうなったの? 命からがら逃げ出してきたって、どういうこと? ディリータは私達を殺そうとしなかったの?」
「……今ここで君も僕も生きている。それが真実さ」
「何故……」
「君を刺した後、一言『行け』と僕に言ったよ。僕は君を連れて城の外へ逃げた。追っ手は来なかった……彼の真意は分からない」
「ディリータ……」


 私の瞳から、涙があふれた。
 教会から神に仕える駒として教育を受け続けてきた私にとって、自分の涙は新鮮なものだった。


 涙だけじゃない。
 人に惹かれることも、殺したくないと思うことも、殺されたくないと思うことも――いつの間にか、私は教会の駒ではなくなっていた。


 彼と出会って、知らず知らずのうちに彼に感化されて、私自身も変わっていたんだ。



「オーラン、これからあなたはどうするの?」
「生きるしかないさ。死ぬのは簡単だが、生きているうちは生きようとするのが人間の義務だよ」
「……何のために?」
「必死で戦って生きている人間に失礼だろう? 親父もラムザも、ディリータも……必死さ。今もこれからも。だから僕も必死で生きる」
「……私も行く」
「教会には戻らないのかい? ご両親だっているんだろう?」
「あそこに帰ったって始末されるだけ。両親にはゼルテニアに行く時に別れを告げたわ」


 オーランの質問に、ミュロンドにいる両親のことを思い出す。
 私が教会の命でゼルテニアに行くことを、両親はとても喜んでくれていた。
 両親も敬虔なグレパドス教の信者だった。
 だから死ぬかもしれないから今別れを、と告げたら、神のご加護がありますようにと、師と同じ言葉だったが、涙を流して見送ってくれた。



 今戻ったら、私だけでなく両親も教会に始末されるかもしれない……だから戻らないし戻れない。
 でも、生きたい……ディリータは私を殺さなかった理由は分からないが、私はこれからも人間として生きていたい。


「……分かった、一緒に行こう。ただし、お互いの傷が癒えてからだな」
「そうね……」




(ディリータ、さようなら……ありがとう)


 冷たい行動とは裏腹に、熱い瞳を持っていた人。
 彼はきっとこれからも生き続けるだろう。例え多くの物を失っても。


 だから私も生きる。どんなに辛い人生でも必死でしがみ付く……私はオーランの差し出した手を取り、新しい人生を歩む決意をした。




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あとがき

バルマウフラとオーランって、なんでくっついのたんだろう? と言いたくなるカップリングのひとつだけど、互いにインテリ系だし、ディリータの本当の顔を知っている者同士、パートナーとして手を取り合って暮らしていけそうな感じはあるなと思う。デュライ白書を世に出した後オーラン死んじゃうけど、バルマウフラならそれでも子供を育てて、後のアラズラムさんに繋げてくれそうな気がする。

一応最初にバルマウフラにナイフを渡したはクレティアン、のつもりで書いてるけど、きっと若い魔道士同士、接点はあると思う。でもクレティアンはすでに思想が聖天使に傾倒しているので、ナイフを受け取るバルマウフラに「もっともお前の信じる神は存在しないがな」という冷たい視線を送ってると思う。

 

 

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