「おまえ、その装備で行くつもりか?」

 ミュロンドから船を出し、そろそろドーターへ着こうとする頃にクレティアンに近づき声をかけてきたのは、バルクだった。

「何もおかしくないだろう」

 クレティアンは、装備を確認するように自分の衣服に目を落としながら答える。
 持っていたローブの中でもここぞと言う時にのみ使う光のローブに、魔力を高める閃光魔帽――ケチをつけられるようなところなど何ひとつない。
 だが、バルクは「そうじゃなくて」と光のローブを指して言った。

「ドーターとミュロンドで手酷くやられたばかりだろう。そんな目立つ装備じゃ、また狙われるぜ」
「そうは言ってもな……」

 今更言われてもミュロンドに戻るわけにもいかず、異端者らが追ってくる可能性が高く、ドーターで悠長に装備を揃える時間もない。だが、バルクは息を吐いて、クレティアンの目の前で自ら来ていた黒装束を脱いだ。

「これを使いな。こっちのほうが僅かでも防御力もあるし、何よりもこんなお綺麗なローブよりも目立たなくていい」
「それでは、貴様はどうするんだ」
「オレはそのローブでいい。遠距離から狙撃するんだ、別に多少目についても殺られる前に殺れるからな」
「……どういう風の吹き回しだ」

 クレティアンが思うに、自分とバルクの仲は何ひとついいところがない。星座の相性が悪いゆえに回復や補助も効果が少ないし、何よりも教会に籍を置く人間とは思えない、信仰心のかけらもない利己的な男――というのがクレティアンにとってのバルクで、そんな利己的な男がこうやって装備を替えようなどと提案してくるのは、意外どころではなかった。

「おまえのことは嫌いだが、おまえが敵に狙われて死んだら、あいつらが困るだろう?」

 バルクは、少し離れたところにいるヴォルマルフとローファルを視線で指して言った。クレティアンもそちらを見ると、ローファルと目が合った。

(確かに、ヴォルマルフ様やローファルの足をこれ以上引くわけにはいかない……)

 そしてもう一度、渡された黒装束に視線を落とす。ローブのように魔法力を高める力はないが、それでも自分の実力であれば、ダークホーリーやアレイズであっても十分に放つことができるし、生存力を上げる意味では、バルクの言っていることは正しい――そう結論付け、クレティアンはローブを脱いで代わりに黒装束を羽織った。

「少し大きい……あと、油の臭いがする」

 服についた臭いは、間際まで持っている銃の整備でもしていたゆえだろう。肩が余って落ちていることに体格差を感じて、同じ男としては少し釈然としないが、布にローブと同じくらいのゆとりがあって、動きやすい気がした。手の甲まで落ちる袖を折りながらバルクのほうを見ると、そちらも今まで自分が着ていたローブをまとい、腕を動かして確認している。もともとゆったりしたローブだったため、自分よりも体格のいいバルクでも問題ないようだ。

「それくらい我慢しろよ。オレも白い色っていうのは落ち着かないが……まあ、慣れればいいしな」
「……バルク」

 考えれば、自分が黒装束のほうがいいと考えたとは言え、魔法を扱わないバルクがローブを着る理由などひとつもない。貴族とテロリスト、魔道士と銃使い――顔を合わせれば互いに嫌な顔をしてきたのに、自分の生存力を上げるために装備を交換することを提案したバルクに、礼を言うべきかとクレティアンは顔を上げた。

「……なんだよ」
「なんでもない……」
「ああ、そう」

 結局言葉にならないまま、バルクは「じゃあな」と立ち去ってしまった。
 取り残されたクレティアンは、もう一度黒装束に身を包んだ自分自身に視線を落とした。バルクが白い色が落ち着かないと言ったように、クレティアンにとっても、黒い色はあまり馴染みがなく、油の臭いもあわせてやはり落ち着かない。

「……絶対綺麗なまま返品しよう」

 クレティアンはひとり、そう誓った。


 そして――


「何をしているのかと思ってはいたが……何故、貴様がクレティアンのローブを着ているのだ?」
「それはアイツのために……ってそんな顔で睨むんじゃねえよ! 誰があんなクソ魔道士……だから、誤解だ、誤解!」

 状況をよく知らないローファルに疑いと嫉妬の視線を向けられ、バルクもまた、絶対綺麗なままローブを返そうと心に誓うのだった。

 

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あとがき

死都でクレティアンが黒装束、バルクが光のローブを装備していて、「逆じゃないの?」と思ったら話がひとつ出来上がったので書きました。あとでTwitterのフォロワーさんから「彼ローブ」と言われて、言われてみればそうだ……と私の心の中のローファルが嫉妬。バルクは自己中なようで、仲間には割とお節介だといいなぁと思ってます。

2029年5月23日 twitter投稿

 

 

 

 

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