魂が行き着く道の果て

 

 

――……ルマ、アルマ……

 私を呼ぶのは誰?

 私はどこにいるの?


――目を覚まして、アルマ

 聞き覚えのある声に促されて、私はゆっくり目を開けた。



「ここは……?」

 真っ暗で何もないところに、一本の道が目の前に伸びていた。
 その道の向こうに小さな光がある。

――進んで、アルマ

「誰?」

――分からないの? 私よ

「もしかして、ティータなの?」

 辺りを見回してみたが、ティータどころか、人の気配がまったくない。
 当然だ。ティータはあの時死んだと、ザルバッグ兄さんから聞いたのだから。
 そう分かっていたのに、聞こえたティータの声が、私の耳や心に絡みつくように、再び私の名を呼んだ。
 そして道の先に進むよう、促された。

「分かったわ」

 ここにいても何もないし、行ける場所は目の前の道しかない。
 私は、おそるおそる暗い道を進み始めた。



――兄さん! ディリータ兄さん!!!
――……構わん、やれ!

 ザルバッグ兄さんの指令で、ラムザ兄さんやディリータと一緒にいた金髪の男の子がボウガンの矢を放った。
 その矢が、盗賊に捕われていたティータの身体を貫き、そしてティータは雪の積もる橋に倒れた。

 ディリータがティータを抱きかかえ、泣き叫ぶ。
 そして、ラムザ兄さんが何かを叫んだ時、ディリータとティータのいる場所が爆発した。


――ティー……タ……

 炎の中でなお、動かないティータの名前を呼ぶディリータ。
 ディリータの手がティータに届いた時、足元が崩れた。
 落ちた時、ディリータの上にティータが倒れ、そしてその上から燃えるガレキが降ってきた……。


「……! な、なに……今の……」

 まるで目の前でその出来事が起きたかのように鮮明に、何かが映った。
 目の前には相変わらず何もないのに、今映ったもの――ティータの最期――が目に焼き付いたのだ。

「アルマ。私ね、すごく痛かったの」
「!」

 後ろから声がしたので振り返ると、そこにいたのはティータだった。
 あの時の姿形のままのティータは、私が大人になったせいなのか、少し幼く見えた。
 
「苦しくて、熱かった……そして悲しかった。ザルバッグ兄様もダイスダーグ兄様も、本当のお兄様のように思ってたのに。それにもっとディリータ兄さんと一緒にいたかった。アルマとだって」
「ティータ……」
「アルマ、進んで。私だけじゃない……あなたに何かを伝えたい人はたくさんいるの」
「……ティータは行かないの?」
「私はあの光のところで待っているわ」

 そう言ってティータの姿が消えた。
 私は道の先にある光に視線を移し、そしてさらに道を進んだ。




――貴様は何者だ? 父とどういう関係なんだ!

(……今度は誰?)

 私ではない誰かの記憶を、誰かが私に見せている。そんなこと、現実ではありえないことなのに、私は「きっとそうなのだろう」と理解していた。
 今度はティータの記憶ではなく、城の応接室で、熟練そうな騎士に向かって剣を構える男の人の姿だった。

(イズルード……?)

 オーボンヌ修道院でラムザ兄さんと同行していた私を攫った、兄さんと同じくらいの年頃の神殿騎士。
 だが、私が気が付いた時には全く違う事態になっていた。
 神殿騎士ではない別の軍(リオファネス城の兵士だと後で分かったけど)によって、私ごとイズルードは拘束されてしまったのだ。
 リオファネス城に送られる途中で、イズルードは何度も私に謝罪した。こんなつもりではなかった、と。
 城に着いてからは別々になったが、再び出会ったのはこの応接間だった。誰かと戦って傷つき、イズルードは私と話した後、そのまま息を引き取った。

(この人がイズルードを? あ、そうだわこの人は確か)

――死ね! 化物め!!!!

 イズルードと対峙している騎士のことを思い出したところで、イズルードがそいつに向かって剣を振りかざした。

――殺すつもりはなかったが……そこまで死にたいのなら容赦なく殺らせてもらうぞ!

 相手の男の懐が輝き、そしてそいつは見たことのない怪物へと姿を変えた。
 そして、一瞬にしてイズルードの身体を押さえつけ、これでもかというくらいにイズルードの身体を傷つけた。

 何も見えなくなる。
 手足も動かない。痛い。なのに剣を探そうという気持ちだけが痛む身体を支配する。
 イズルードの感覚、なのだろうか。
 こんなに痛くて怖くて悲しいのに、イズルードは必死で剣を探しながら呟いた。

――父……上……

「ひ、ひどい……」
「アルマ……」
「あなたを殺したのは、あなたのお父さんだったのね」
「俺は誰も救えなかった。父上も、俺自身も、君の事も……」
「あなたのせいじゃ……」
「先へ進んでくれ。君はここで立ち止まるべき人間じゃない」

 ティータと同じように、イズルードの姿が消えた。

「……この先に何があるの?」

 私のその問いかけには、誰も答えなかった。
 私は自然と、先へ進んでいった。




――何故だ兄上! 何故、父上を殺した!
――何のことだ!? 知らん、私は知らんぞ!

 今度見えたのは、私も良く知ってる場所。私の住んでいた、ベオルブ家の屋敷。
 ザルバッグ兄さんが、ダイスダーグ兄さんに対して激高し、剣を向けていた。
 そこにやって来たラムザ兄さん。そしてダイスダーグ兄さんが呼んだ衛兵達。
 私の知っている人達が、剣を向けあい、殺しあおうとしていた。

(やめて……!)

 私の言葉なんて届かない。なぜなら、これもきっと、誰かの記憶、過ぎてしまったことだから。
 そうしているうちにダイスダーグ兄さんが倒れた。

――お前達さえ邪魔をしなければ……イヴァリースはベオルブ家のものになっていたのだぞ……愚か者……め

 ダイスダーグ兄さんの懐が光り、その光はやがて、イズルードを殺したお父さんと同じく、ダイスダーグ兄さんを怪物へと変えた。

――冥土の土産に教えてやろう。そうだ、バルバネスを殺したのは私だ。私が殺したのだ……ククッどんな剣の達人でも毒には勝てなかったという事だ

 怪物がそう言って、ラムザ兄さんに向かって暗い光を放った。
 しかし、ラムザ兄さんの前にザルバッグ兄さんが立ちふさがり、そこで私が見えていた景色が黒くなった。

(なんなの、この嫌な感じ……)

 いきなり、立っているか、座っているかも分からなくなった。
 何も見えないのに、何も聞こえないのに、何かが私の耳元で囁いて、脅して、笑っている気がする。
 手足がどこにあるかもわからない。なのに身体中が痛い……。

「助けて、助けて……私を……殺して……」
「そうじゃないアルマ。これは俺の記憶であり、俺の感情。お前のものじゃない」
「……! ザルバッグ兄さん……?」

 我に返ると、そこは元々いた道の上だった。そして目の前に、ザルバッグ兄さんがいた。

「ザルバッグ兄さん。兄さんは、こんな想いをして死んだの……!?」
「……」
「ダイスダーグ兄さんも死んだのね。そしてお父様は……」
「俺の記憶を見たのなら分かるだろう。騎士の名門だったベオルブ家は、もう終わりなんだ……」
「私は何もできないの? みんなこんな悲しい気持ちで死んだのに、私は何も知らずに泣くことしかできないの?」
「アルマ、お前は本当に優しい子だな……大丈夫。お前には力がある。あの光のもとへ行きなさい」

 ザルバッグ兄さんの姿が消えて、その先にある光が自然と視界に入った。
 道の遠くに見えていたその光は、いつの間にか私の目の前にあった。


「私を呼んだのはあなたなの?」

 私は光に向かってそう尋ねた。すると、光から先程消えた、ティータ、イズルード、ザルバッグ兄さんが再び姿を見せた。

「アルマ、こんな辛いものを見せてごめんね。でも、知って欲しかったの……私達がどんな気持ちで死んだのか」
「……ティータ」
「俺達だけじゃない。畏国では、多くの者が絶望の中で血を流した。大切な人に裏切られ、自分の弱さを憎み、世界を恨んだ……」
「アルマ。お前にはそうした死者の魂を救う力がある……どうか、我々を救ってはくれないか?」
「ザルバッグ兄さん。それってどういう……」
「祈って、アルマ。あなたには、こうやって流れて来た血と絶望を、救う力があるのよ」
「何を言っているの?」

 私はティータに問いかけたが、その答えはもう、自分の中で湧き出ていた。

(私は聖天使に選ばれた者……すべての血と絶望を集め、それを力に変えられる唯一無二の存在……)



――我が主よ、まだ……まだ目覚めぬのか……? ……血塗られた聖天使よ、我が命を……復活の贄に捧げようぞ!



 断末魔が聞こえた。
 それと同時に、目の前の光が強く輝いた。


「さあ、聖天使と契約して。そして祈って……すべての魂と絶望を抱きしめて。それがあなたの血肉となり、力となる」

 ティータが手を差し出した。
 彼女がティータではないのは分かっていた。でも、ティータがそう望んでいる、そんな気がした。
 ティータだけじゃない。イズルードも、ザルバッグ兄さんも。


 この手をとれば、もしかしたら私は私でなくなるのかもしれない。
 でも構わない。
 私が祈ることでティータ達の魂が救われるなら。
 これから死ぬ人達も、絶望から解放されるなら。

 私はティータの手を取ろうと、手を伸ばした。





――アルマよ、目を覚ませ! そっちへ行ってはいけない!



(え……!?)


 ティータでも聖天使でもない誰かが、私の手を取り、光から遠ざけるように私を抱きしめ、そう叫んだ。



「お、とうさま……?」

 見上げると、私を抱きしめていたのは父・バルバネスだった。
 
「どうして邪魔をするの? アルマは聖天使なのよ。私達の魂を救い転生させる、神々の最高傑作……アルマが目覚めれば、私だけじゃなくて貴方も救えるわ」
「ティータ……いや、ティータの姿を騙った幻よ。アルマは聖天使ではない。私の娘だ」
「お父様」
「アルマよ、よく聞きなさい。そしてよく考えるのだ。お前の知るティータは、ザルバッグは、あの青年は、世界を恨みお前に負担をかけさせるような人間だったか?」
「……」

 私は黙って首を横に振った。
 そうだ。目の前にいるティータ達はまやかしだ。本人たちはこんなことを願う人たちじゃない……。

 そんな私に、父は優しく微笑み、私の頭を撫でた。

「アルマ。確かにお前がさっき見たものは現実だ。だが、そこにある想いは、絶望だけじゃない。希望もあったはずだ」
「……お父様も? お父様は、ダイスダーグ兄さんが毒を盛っていたと分かっていても、前向きでいられるの? ダイスダーグ兄さんを恨まないの?」
「ああ。それよりも、私は子供たちが、明るい未来を築いてくれることを望んでいたよ……結果的にこんなことになってしまったが。だが、ラムザはまだ諦めていないだろう?」
「……ラムザ兄さんが?」
「お前を救うために、もうお前の目の前まで来ている。お前の行くべきところは、死者のところではない。生者であるラムザのところだ。世界中が希望を失うまで、お前も諦めてはいけない」
「……うん」
「死んだ者のために悲しむことはいいことだ。だが、死者の魂にとらわれるな。お前はアジョラや、聖天使のようになってはいけない」
「お父様、ありがとう……」

 私は父から身体を離し、そして私を見つめるティータ達に言った。

「ごめんね。私、ティータ達のところへ行けないよ。ラムザ兄さんのところに行かなきゃ」
「……わかってるわ、アルマ」
「え?」
「アルマが目を覚ましてくれたおかげで、私も正気に戻ったみたい」

 そう言ってティータが笑った。

「アルマ。私誰も恨んでないわ。だって、そうじゃないとディリータ兄さんを私の恨みで一生縛ることになってしまうもの」
「ティータのことは俺に任せてくれ。今だから分かる、ティータは俺よりもずっとベオルブ家の一員だった……罪滅ぼしのつもりではないが、せめてラムザとお前だけは幸せになってほしい」
「……ザルバッグ兄さん」
「君にこんなに迷惑をかけたのに、気にかけてくれてありがとう。君のおかげで、絶望ではなく希望をもって死ぬことが出来た……本当に有難う」
「イズルード……」
「さあアルマ。はやく行け、まっすぐラムザのところへ!」
「……はい、お父様!」


 私は手を伸ばし、ラムザ兄さんの名を呼んだ。


「助けて、兄さん。ラムザ兄さん……!」


――うっ……ぐ……


 光が歪んだ。同時に別の光が差し込み、その向こうにラムザ兄さんの姿が見えた。


「ラムザ兄さん!」


 私の身体が宙に浮き、ゆっくりラムザ兄さんに近づいていく。

 あと、少し。


 そんな時、ティータ達とは違う映像が私の中に映し出された。


――私は穢れていった、殺していった者が持つ不浄の数だけ……この不浄を治められるのは聖天使たる貴方だけ!
――我が子の成長を見守るまで私は死ねない……神よ、どうか私に奇跡を
――死にたくない……ミルウーダと同志たちの仇を討つまで、死ぬわけにはいかないのだ!
――私は誰にも愛されない邪魔者だったのか……誰か私の傍に。私を愛してくれ
――力を持つ者が持たざる者を支配するのは、持つ者の責任……何故誰も分かってくれないのだ……!


(これは……ルカヴィと契約した人たちの記憶?)

 絶望に支配され、一筋の奇跡を願った可哀想な人達。
 彼らは聖天使の僕と契約し、望んだ奇跡が歪んでいくのにも気づかず魂を捧げ、その結果世界にさらなる絶望を落としていった。

――オマエは彼らの想いや希望を踏みにじるの? オマエのために、身も心も捧げたのに!
 
 背後から声がした。きっとあの光だ。私を聖天使にするために、ティータ達の記憶を見せ、まやかしを見せたあの光。
 一瞬振り返ろうとしたが……

(駄目……! 私はこの人たちのようにならない! 振り返らない、まっすぐラムザ兄さんの所へ!!!)

 差し込む光が私を包み、目の前が真っ白になった。





「うっ……」
「アルマ!!!」

 気が付くと、そこにいたのは、父でも、ティータ達でもなく、ラムザ兄さんだった。

「アルマ、大丈夫か!!」
「私は大丈夫……それより……」

 私は近くに立っている、私によく似た者に視線を移した。
 きっと彼が光の正体だ。もしかしたら、彼――聖アジョラも、私と同じように、大切な人を死と絶望から救うために自分の魂を犠牲にしてしまったのかもしれない。
 彼に憑りついた、聖天使アルテマも……

「……アジョラをなんとかしないと。可哀想な人……貴方だってもう、とっくに死んだ人なのよ。死んだ人は戻らない。だから私達は精一杯生きる、そうでしょう?」
「アルマ?」
「兄さん。私、この世界が大好き。イヴァリースのことが大好きよ」
「……僕もだよ、アルマ」
「だから生きよう、兄さん。みんなの死を無駄になんてしない! あんなヤツの生贄になんて、させないわ!」
「ああ!」

 私は立ち上がり、アジョラに憑りついた聖天使アルテマまっすぐ見据えた。
 力がわいてくる。今までの私になかった力。

 もしかしたらこれが聖天使の力なのかもしれないが、私には、この力が父やティータ達がくれた力のように感じた。



(ティータ、イズルード、ザルバッグ兄さん、お父様……みんなありがとう。みんなの分も私生きるわ……!)

 

 

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あとがき

なんかもう、自分の妄想した設定を盛り込みすぎた感あるアルマとアルテマの話。アルマは自分を誘拐した男や、通りすがりの兵士にすら優しく強く手を差し伸べられる子なので、きっとアジョラももともとはそういう人だったんじゃないかなと思ってる。ゲルモニーク聖典では野心的な革命家だったと言われてるけど、世の中を良くするために革命を起こそうとして、なのに多くの裏切りや絶望のなかでアルテマと融合して、それが滅んだ後も魂が悪霊みたいに彷徨った、みたいな。

あと、死者のために悲しむことはいいけれど死んだ人は戻らないとか、ちょっとFF12のテーマも意識した。

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