「聖石……もしかしたら、私、見たことがあるかもしれない……」
「本当か!? どこで!?」


 兄さんの言葉に、私は昔の記憶を遡る。


 そうだ、あれはずっと昔……ベオルブ家に戻る前のこと……

 


少女と聖天使

 

 

「雨の日は暇ね」
 あの日は雨が降っていた。前の日も、その前の日も、雨が続いていた。
 外で遊ぶことが出来ないわ……と、窓から外を見ながら、ため息をつく私に、オヴェリア様は少し呆れたように笑ったっけ。


「アルマって本当に外で遊ぶのが好きなのね」
「だって、お日様って気持ちいいでしょう?」
「ええ、そうね……。でも私はお祈りも好きよ。読書も」
「まあ……私も嫌いじゃないけど……」


 でもやっぱり外で遊びたいわ、と続けた。


「そういえばシモン先生は?」
「シモン先生なら、書斎にこもりっきりよ。難しい本を解読しているそうね」
「ふーん……あ、じゃあオヴェリア様、提案があるんだけど」
「何?」


 外をずっと見ていたが、ぱっと頭の中にいい案が思いついて、オヴェリア様のほうへ身体ごと振り返った。


「ちょっと地下へ行ってみましょうよ」
「地下の書庫へ行くの?」
「ええ。私達、地下2階までしか行ったことないけど、下に続く階段があったじゃない? ずっと気になっていたの」
「……駄目よ」


 ちょっと困ったように、オヴェリア様が制止した。


「だって、勝手に地下の書庫へ行ってはいけないって……シモン先生が」
「本を傷つけなければ怒られないわよ」
「そう……かしら?」
「大丈夫よ」


 だから行きましょう、とオヴェリア様の手を取った。
 実を言うと、一人で行くのはちょっと怖い。


(あそこの本、すっごく大きいのもあるものね。あけたら悪魔が出てきたりして……って、それはないか)


 まあ、悪魔が出てくるのは冗談としても迷子になりたくないし、オヴェリア様が一緒なら、私が無茶をしたら止めてくれるだろう。


「ね、行きましょう」
「……分かったわ。一緒に行きましょう」


 私に根負けして、オヴェリア様が苦笑しながらうなずいた。私は「決まりね」と手を叩いた。


「でも、夕方までにはここへ戻らないと。シモン先生が心配されるわ」
「そうね。行ける所まで……ね!」


 私はもう一度オヴェリア様の手を取って、地下へ続く階段に足を踏み出した。





「うわー……ちょっとカビ臭いわ。でも凄い!」
「上よりもさらに古い本があるのね……どんな本なのかしら?」


 地下3階。
 初めて来る場所に、私は心を躍らせた。
 オヴェリア様もまた、積み上げられた本に興味津々の様子だ。
 好奇心で近くにある本をそっと手に取って、開けてみる。


「やっぱり読めない……」
「古代文字のようね。シモン先生も解読するのが大変だって言っていたわ」


 シモン先生はここの本が大好きだと言っていた。
 私じゃこんな読めない文章の本なんて1時間も読み続けられないけど、シモン先生はこの修道院なら100年だって篭れるんだって。
 でも、この本がとても大切なもので、シモン先生のような熱心な人にとっては宝物なんだと言うのは分かる気がする。



「アルマ、そろそろ戻りましょう。まだ階段はあるようだけど……これ以上は危ないわ」


 オヴェリア様の言葉に、私はちょっとだけ後ろ髪を引かれたが、確かにここでも十分本棚自体が古そうだし、これ以上下に行くのはシモン先生の許可を取らないといけない気がしたのでうなずいた。


「分かったわ。戻りましょう……え?」
「? どうしたの?」


 少し離れたところで何かの気配を感じた。オヴェリア様は何も気づかなかったようだけど。


「今そこで何か光らなかった?」
「え……本当?」
「なにかしら……」
「あ、アルマ……」


 危ないわよというオヴェリア様の声よりも、好奇心の方が勝った。
 気配のしたほうへ、自然と足が動く。


 本棚の影に小さな箱を見つけ、私はその箱をそっと開けた。




   ――見ツケタ……――



「!? え、何? 何?」


 強い輝きと一緒に声がしたような気がして、私はオヴェリア様の方を向いた。
 しかしオヴェリア様はきょとんとした顔をしている。


「どうしたの? 何か怖いものでも入っていたの?」
「ねえ、今何か言わなかった? あとこれ、光ったよね?」
「言ってないけど……それに私からは何も見えないわ。何が入っているの?」


 おかしいわね、と、私はもう一度箱の中に視線を戻した。
 中には、淡く輝くクリスタルが入っていた。


「綺麗な石……」
「紋章が刻まれているわ……これは処女宮?」


 オヴェリア様の言うとおり、クリスタルには処女宮の星座を表す紋章がくっきり浮かび上がっていた。


 不思議な石だ……と思った。同時に何故か心が惹かれる気がした。
 ぼーっとそのクリスタルの光を見つめていると、何か不思議な気持ちになれるような……


「アルマ? ねえ、アルマ?」
「……あっ……え、うん」
「大丈夫?」
「え、ええ……」


 オヴェリア様の言葉に、私の意識は現実に引き戻された。
 なんだろう、今の感覚。


「そろそろ戻らないと……」
「え、うん。これ……どうしよう?」
「ここに戻したほうがいいんじゃないかしら。勝手に持ち出すのは良くないわ……そんなにこれが気になるの?」


 確かに無許可でここへ来ている以上、勝手に上まで持っていくのはやめたほうがいいかもしれない。
 私は、箱をそっと閉じ、元にあった場所に箱を戻した。


「シモン先生に聞けば分かるかもしれないわよ」
「え!? そんなことしたらここへ行ったこと、シモン先生にバレちゃうじゃない!」
「きっとお見通しよ。シモン先生のことだから」


 くすっと笑うオヴェリア様に、私はがっくり肩を落とした。


「……またお説教されるわ」
「付き合うわよ」
「私が誘ったのよ?」
「ここまで付いてきたのは私自身の判断でしょう?」


 行きとは逆に、オヴェリア様が私の手を取った。


「でも早く戻らないと、お説教も長くなってしまうわ」
「はーい……」


 私はオヴェリア様に手を引かれて、階段を登っていった。
 不思議なことに、もう先ほどの石のことはそこまで気にならなくなっていた。




「あれはゾディアックストーンと言って、聖アジョラが世界を救うために使ったとされる聖なる石ですよ」


 翌日シモン先生から、そう説明された。
 もちろんたっぷりとお説教をされた後で……




   ――お前ハ 私 私ハ お前…… イツカ お前ハ 我ガ元ヘ 戻っテクル ――









「私も連れて行くって約束して、兄さん!」
「……オーボンヌまでだからな! 終わったらちゃんとザルバッグ兄さんのところに戻るんだぞ!」



 もちろん兄さんと一緒にいたいから同行しようって思ったのだけど……


 同時に心の中に引っかかるものが、私を呼んでいるような……そんな気がした。

 

 

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あとがき

FFT小説をpixivに投稿しはじめた最初の小説。変な妄想や捏造で固まる前に書いたので、一番本編に忠実かもしれないです。アルマが生まれ育った修道院にアルテマが宿るヴァルゴがあったのはきっと偶然じゃない、と思って書きました。5年以上経って読み返してみたら結構オヴェリア様がお転婆というかお茶目さんな感じがする。

2011年10月1日 pixiv投稿

 

 

 

 

 

 

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