私の部下の方が絶対に可愛い!

 

 

――ランベリー城 城内――

 事のきっかけは、エルムドアの些細な発言からだった。

――前々から思っていたのだが、君は部下を頼ることを知らないのか? ロクにいないのなら君もデーモンか何かを召喚すればよかろう。

 エルムドアにとっては一人で畏国を駆け回るヴォルマルフを案じただけだったのだが、ヴォルマルフにとっては地雷のようなものだったらしい。ヴォルマルフは急に机を叩きながら勢いよく立ち上がった。

「貴様ローファルらのことを無能だと言っているのか? 私の優秀な部下達を無能扱いするつもりか?」

 無能とは一言も言っていないにも関わらず、血の海にするぞ、と突然キレられて驚いているエルムドアに対して続けた。

「いいか。ローファルは今アドラメレクのために相応しい肉体を探しているところ……あと一週間もあれば面白いものが見られるだろう。ベオルブ家の崩壊に、あの憎き小僧の絶望する顔が目に浮かぶわ!」
「……そうか」
「そうか、ではない! 私よりもずっと交渉に長け、剛剣技だけでなく全魔法にも精通した優秀な副団長! それを貴様は無能扱いするのか? ただ侍っているだけの女どもよりずっと使える男だぞ!」
「それは聞き捨てならないな」

 ヴォルマルフの勢いに押されてかけていたエルムドアだったが、最後の言葉を聞いて眉間に皺を寄せ、不快感をあらわにした。

「確実に殺し、誘惑し、動きを止める術を持つセリアとレディをただの女と一緒にしないでもらおうか。男ならばボス耐性でもない限り、その多彩な暗殺術から装備品で逃れきる事はできないのだぞ。全魔法と言う名の陰陽術しか使えん男と一緒にしないでくれ」
「ふっ……貴様は全魔法の真髄を知らぬようだ。さすがは刀魂放気と言う名の劣化引き出すしか使えぬ男だな」
「メンテナンスに弱いただの剛剣しか技のない君には言われたくないがな」
「確かにローファルは陰陽術しか扱わんが、白黒時空召喚を操るスペシャリスト別にがいるのだ! ローファルと合わせればまさに全魔法ッ! 見た目も攻撃手段も焼き増ししたような貴様の女どもとは違うのだよ!」
「焼き増し……だと?」

 椅子に腰かけたまま冷静に対応していたエルムドアが、立ち上がり声を荒げた。

「私の可愛いハニーことセリアとレディの見分けもつかんのか! 君の目は節穴か!」
「いきなり他人の暴言を使うな! どっちもアルテマデーモンだろう! 貴様の脳こそ墓の下で溶けたのか! バケモノを女二人に化けさせるなど悪趣味な!」
「それこそ暴言でございましょう! 少年(デスナイト)もいるだろう、よく見たまえ!」
「もっと悪趣味だよ! それにあんな暗黒剣かじったばかりのガキなど、私の第三の部下には遠く及ばんな!」
「ああ、あの魔法銃の強さが自分の強さだと勘違いしている三下みたいな男のことか」
「それは認めるが、暴言が過ぎるぞ!」
「認めるのか……いや、私も君の発する空気に飲まれたようだ。言い過ぎた」

 すまない、と座りなおしたエルムドアを見て、ヴォルマルフは一息ついてから置かれたワインを口にした。上等な味が、ややヒートアップした心をおさめるのを感じた。

「とにかくだ。貴様の部下よりも私の部下のほうが圧倒的に優秀だ。なにせ貴様は一度死んだその肉体ごとバケモノと死人を魔改造して遊んでいるだけではないか。元の人としての立場を利用し畏国を混乱に陥れ、戦争を操る私の部下達のほうがずっと仕事をしているぞ」
「まあ、確かに私も目覚めたばかりで君ほどは動いていない自覚もあるが……」
「そうだろう? ならばもっと敬え」
「今貴様はこの肉体を貶したな……?」

 ヴォルマルフは、この会議室の空気が凍りつくのを肌で感じ、自分としては大したことのない発言が相手の地雷を踏んだことに気付いた。
 エルムドアの声は今までにない程冷静なようで、その目が笑っていない。エルムドア瞳と共に、懐の聖石が魔の色に輝いていた。

「この肉体こそ我が最愛のもの。いわば我がパートナー。私はそのパートナーが寂しくないように可愛い部下を作り出したのだ。それをただ遊んでいるだけだと貴様は言うのか……」
「……それは悪かったな"ザルエラ"。謝ろう」
「分かればいい」

 言葉と共に聖石の光がゆっくりとおさまるのを見て、ヴォルマルフは息を吐いた。昔からそうだ。ザルエラは基本的に協力的で温厚だが、キレたらとても怖いのだ。

「私は一体何を……ああそうだ、確か私の可愛いハニー達と君が侍らしている男ども、どちらが優秀かを争っていたのだったな」
「微妙に気持ち悪い言い方をするな!」
「違うのか?」
「違うに決まっているだろう! こっちは可愛い子供達がいるのだッ! 一緒にするな!」
「子供達か……やはり君は変わっているな」
「何だと?」
「いつまで君はヴォルマルフでいるつもりだ。もう肉体以外は全てハシュマリムなのだろう? 部下の事と言い、君にとってヴォルマルフの生活はそんなに大事なものなのか」
「それは"どちら"として聞いている?」

 先程は大事な肉体の意識ごと飛ばして出てきたザルエラだったが、今それを尋ねている男からは先程のような異様な空気を感じない。ザルエラの様子から察するに、どうやらザルエラはエルムドアの魂を乗っ取るというよりも、肉体に住み着いている状態に近いらしい。そしてそのヴォルマルフの推測が当たっているかのように、エルムドアは微笑とともに答えた。

「両方だな。ザルエラも疑問に感じているようだ」
「最初はまだヴォルマルフとして生きるための手段だったのだがな。クセになってしまったようだ」
「クセ?」
「独り身の貴様には分からんだろうが、可愛い息子に娘。優秀な部下。ヴォルマルフは多くのものを持っていながら私と契約した。ヴォルマルフの持つものと立場、これらを利用し私は聖天使を探し求めながら畏国を駆け回ったが……いつしか私はヴォルマルフであると本気で思い込むようになっていたのかもしれんな」

 ヴォルマルフの独白をエルムドアは黙って聞いていた。肉体はザルエラの力で人の領域を外れてしまったようだが、人の情のようなものは多少残っているらしい。

「息子は手違いで殺してしまったが、ヴォルマルフには悪いことをしたと思っているよ」
「君にとってもヴォルマルフは最愛のパートナーなのだな」
「だから気持ち悪い言い方をするな! 貴様のような玩具扱いとは違うと言っているんだ! ああ、侯爵殿のほうにはその自覚などないのだったな!」

 またしても突然キレ始めたヴォルマルフに、エルムドアの中のザルエラも怒りを通り越して呆れはじめていた。

(この短気さは、ヴォルマルフが更年期だからか? それともルカヴィにも更年期があるのかね?)
(性質だ。すまぬな、ハシュマリムは昔から気が短いのだ)
(そうか……それにしてもハニー達の帰りが遅いな)

「大体貴様は昔からそうだ! 聖天使をそっちのけで人間の女を抱えて遊ぶなど異形者の風上にも置けぬリア充脳め! こっちがどれだけ苦労したと思っているのだ! 貴様のような金持ちには分からんだろうが、ルカヴィ業に加えた団長業と父親業の両立は大変なんだぞッ! お小遣いの節約のために賞金の値切りに、老害ども(教皇)の機嫌取りまでして、本当に大変だったんだからな! ようやく貴様とベリアスも目覚めたと思ったら、貴様は女を侍らせて遊ぶし、ベリアスはラムザに入れ込んでうっかり倒されるし、不良のアドラメレクでもいいから起こさなければ戦力不足なんだよ! イズルードもうっかり殺して、もう癒しがローファルと我が娘しかいない! フードが足りないッ! 早く帰って癒されたい……ッ!」

 ヴォルマルフとハシュマリムをこじらせはじめたキレ芸を流しながら心の中でザルエラと会話をしていたエルムドアだったが、突然帰り支度を始めたのを見て安堵した。
 しかし、同時に会議室内にセリアとレディが姿を現したことで視線がそちらに向き、ヴォルマルフも扉の前で帰ろうとする足を止めた。

「お取込み中に失礼します、エルムドア様」
「怪我をしているではないか……何があったのだ、ハニー達よ」
「……は、ハニー?」
「ああいや、こちらの話だ」

 咳払いしたエルムドアに、セリアも気を取り直して要件を告げた。

「ラムザが現れました」
「城内におびき寄せましたがいかがいたしましょうか」
「来たか、ラムザめ……リオファネスでの借りを返してもらおうか」
「もう来ているッ!」
「……!」

 会議室の外から声がしたのと同時に、勢いよく扉が開いた。

「アルマはどこだ!」
「貴様がラムザか」

 開口一番に妹の名を出したラムザに、すぐ前にいたヴォルマルフが声をかけた。

「会うのは初めてだったな。本来ならばディナーにでも招待してやりたいのだが、あいにく多忙でね……許してほしい」
「神殿騎士……貴様がヴォルマルフか!」
「そうだとも」

 剣の鞘に手をかけたラムザに、ヴォルマルフは挑発的に笑った。

「妹を返して欲しくば、ゲルモニーク聖典と聖石を渡してもらおう。こっちは忙しい身でね、手短に済ましたい」
「ふざけるな! 貴様の父親だの団長だの生活の悩みなんて僕にはどうでもいい! アルマを返せッ!」
「貴様途中から先程の我が心の叫びを聞いていたな!? この無礼者が!」
「でかい声で丸聞こえなんだよこの誘拐魔! 僕にはアルマが必要なんだ! アルマッ!! マイフェイバリット妹! コネクティブアルマァァァァッ!」
「貴様のようなシスコンに我が聖天使を奪われてなるものか! マイフェイバリット聖天使よ、ワインよりも濃く溶岩よりも熱い血を捧げようぞ! コネクティブレオオオオオッ!」

 ヴォルマルフの叫び声と共に、聖石が輝いた。

「あの……エルムドア様」
「私達どうすれば……」
「……ハシュマリムの熱血ぶりにも困ったものだ。リオファネスでの借りは返したかったが、ここにいては折角の美しい肉体に傷がついてしまう。行こう、ハニー達」

 アルマ=聖天使をめぐって激しく争い始めたラムザとヴォルマルフを見て、エルムドアはセリアとレディを連れて会議室を後にした。



「……城内が騒がしいわ。無人の廃墟のはずなのに」

 一方そのころ、メリアドールはランベリー城の城門前にいた。
 異端者ラムザは間違いなくここに向かっていた。城内へ続く扉は開いている――中にいるのだろうか、とメリアドールは息を飲んだ。

「待っていてイズ……マイフェイバリット弟。あなたの無念は必ず果たす」

 中で何かをこじらせたバケモノ達が争っているとは露知らず、メリアドールは城の中へと足を踏み入れた。  

 

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あとがき

  FFT21周年記念、ノリと勢いで書きました。ハシュマリムとザルエラは宿主大好きって設定です。全体的に弄りとキャラクター崩壊がひどくてすみません。ギャグ次元だと、ヴォルマルフとラムザはキレキャラで、エルムドア侯爵とメリアドールは天然系のイメージ(ツッコミ不在)。

2018年6月20日 サイト掲載

 

 

 

 

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