進もう、俺らしい未来に



 俺は何をしているんだろう。

 スコール達が魔女アルティミシアを倒したことで、SeeDと魔女の激しい戦いが終わりを告げた。
 それと同時に俺もまた、魔女の騎士としての宿命から解放された。いや、解放されたというよりも、"魔女の騎士"ではなくただの"サイファー・アルマシー"として放り出されたと言った方が正しい気がする。
 今の俺はSeeDでも魔女の騎士でもなければ、ガーデンの生徒ですらなくなった。ガーデンは事実上俺を追放……いや、あっちが追放しなかったとしても、あそこに俺の居場所はないから戻れない。あそこの連中は皆俺のことを"戦犯"だと思っているし、それは俺も認める事実だ。何事もなかったかのように戻って前の生活に戻ることも、白い目で見られながらも誠意を尽くすこともできるはずがなかった。
 そして、魔女が死んだ後、魔女の騎士になったと思ってガーデンを飛び出した後の俺のもとには何も残されていなかった。あそこには仲間も戻れる家も何もない。まるで今まで夢の中にいたかのように何も手元に残っていない。

 その結果が今だ。俺はどうするでもなく、バラム市街で俺は海を見つめていた。

「……クソッ!」

 もっと図太ければ。もっと素直なら。こんなことにはなっていなかったのに――俺は足元の石を拾って、海に勢いよく投げた。
 投げた石はわずかなしぶきとともに海面に落ちたが、すぐにそんなことなどなかったかのように波打ち、その穏やかさが戻る。それが妙にカンに触った。

「……畜生」

 俺は一体何をしたいんだろう。何ができるんだろう。

「いけないんだー。海に石を投げたら、小さなプランクトンに迷惑なんだよ?」
「あぁ!?」

 突然背後から煽られ、俺は不機嫌をそのまま声と顔に出して振り返った。ああ、こういうのが俺の悪いところだ気を付けないと――と思ったが、睨みつけた先にいる男の顔を見て、とりあえず反省するのをやめた。

「あ、アーヴァイン・キニアス……?」
「久しぶりー。相変わらずだねえ」
「なんでお前……」

 こんなところにいるんだ――と尋ねようとしたが、ここはバラム市街。バラムガーデンから近く、当たり前に人が往来する町だ。アーヴァインがここにいるのも別におかしいことじゃない。どちらかと言えば、町の人間に恨まれているだろう俺のほうが、こんなところにいるのがおかしい。

「あー……スコールには言うなよ」
「何を?」
「俺がここにいることに決まってるだろ」
「いいけどなんで?」

 きょとんとした顔で本当に俺の考えていることが分かりませんという様子のアーヴァインに、俺は再び自分が不機嫌になろうとしているのを必死で抑えようとした。
 昔からそうだ。アーヴァインは何を考えているのかさっぱり分からない。煽ればすぐ泣くゼルとか、偉そうに説教してくるキスティスのほうが余程分かりやすくていい。
 今だって、俺に対して「ただ知り合いがいたから声をかけました」という様子で、その表情の奥で俺のことをどう思っているのか、全く分からなかった。

「察しろよ! だってカッコ悪いだろ! あんなことして、最高にダサいやられ方した挙句に! こんなところで腐ってるのを幼馴染に見られるとかよ!」
「……そういうもの? 僕は別に君を笑うつもりなんてないんだけど」
「じゃあなんで声をかけた! 放っておいてくれ!」
「幼馴染を見かけたら声くらいかけるよ。察してよね~」
「……っ……」

 絶妙にブーメランを投げてくるアーヴァインに、ついに根負けした俺は、そのまま海の方を向いてアーヴァインから視線を反らした。
 海は俺が一人で荒れているのを別に気にしている様子もなく、ただ静かに波の音だけを立てていた。それを見て俺は、小さく息をついた。

「……なあアーヴァイン」
「何?」
「俺って何をしているんだろうな」

 俺の突然の問いかけに、後にいるアーヴァインは特に何かを言う様子がない。俺もまた、アーヴァインの方を向かないまま続けた。

「俺は魔女の騎士に憧れていたんだ。夢だった。今だってそれは後悔してない。だが……俺はもっと輝かしい未来が待っていると、そう思ってた」
「うんうん」
「償わなきゃいけないのは分かってるんだ。俺はそれだけのことをした。今お前に声をかけてもらえてることが奇跡なくらいだ……本当は分かってるんだ」
「……うん」
「でもどう償えばいい? 謝って済むことじゃないのは俺がバカでも分かる。こんな感じでふとスコール達に会っちまった時に、俺はどんな顔するのがいいんだ? どうすればいいんだ?」
「うーん……」
「答えろよ! お前モテるんだろ!?」

 俺は感情的に再びアーヴァインに向き直った。
 なんで俺はこんなことを偶然会ったアーヴァインに話しているのか――と思ったが、アーヴァインだからこそ話しているような気もした。
 こいつは幼馴染とは言っても、深くつるんだわけでもケンカしたわけでもなく、良くも悪くも地味なヤツだった。分からないというより、根本的にアーヴァインという男を俺は知らない。あの頃の印象は、よくセルフィと遊んでいたことくらいだ。セルフィも俺を見ても普通に声をかけてきそうだが、別に何の感情もなくとも異性であるセルフィに、自分のダサい姿を曝け出すのはやはり抵抗がある。
 だが、実はよく知らなくても昔一緒に過ごした相手であるという認識は強くある。しかも同性で、かつ俺とマイナスの思い出が少ないアーヴァインだからこそ、俺は今弱音を吐くことができるのかもしれない。
 そしてアーヴァインはと言うと、指を口元に持っていき少し考えている様子だったが、すぐに口元を綻ばせ、今まで通りの表情で俺の方を向いててその口を開いた。
 
「じゃあ君は幸せになるべきだよ」
「……は?」

 予想だにしていなかった返答に、俺は眉間に皺を寄せた。
 何を言っているんだこいつは。俺はどう償えばいいのか聞いているのに、なんで俺に幸せになれと唐突に言うのか。理解できない。
 だが、アーヴァインは理解していない俺に対して言葉を続けた。

「だってさ、スケールをちゃんと考えなよ。この世界に何人の人間が暮らしてる? 君のこと戦犯だと思ってるガーデンの人間だけでも何人いるんだろう。償いって結構骨の折れることだけど、君が全員に償いができるほど、余裕があるように見えないなー」
「そ、それは……」
「だからまずは自分くらい幸せにしてみれば? 自分を幸せにできないヤツが世界に償うなんて大層なこと言っても、誰も聞かないと思うんだよね」

 答えろと言ったのは俺だが、相変わらずの怒っているのか憐れんでいるのか分からない優しい顔のまま答えるアーヴァインに、俺は言葉を詰まらせた。突拍子もない返答だと思ったが、完全に正論だった。確かに俺にはまったく余裕なんてない。
 だがこのまま言われっぱなしなのも癪で、俺は何とか言葉を絞り出した。

「俺の中の地味キャラの分際で偉そうに……」
「残念だけど君の言うように僕は君よりモテるんだよねー。それに僕は自分が幸せだと思ってるから」
「ナルシストかよ!」

 ようやく分かりやすく笑って答えるアーヴァインに、俺は食いつくように突っ込んだ。本当に読めない男だが、先程までとは違い、俺はただの幼馴染としてアーヴァインと話していることが自分でも感じた。

「いいよーそれで。結婚式のブーケトスみたいにさ、人間誰でも、他人の幸せにとりあえずあやかっておきたいんだよ。それで自分も幸せになったような気がするなら、それでいいじゃないか」
「お前らしい地味な幸せだな」
「そう? 最高に華やかだよ? だって僕が幸せなおかげで、みんながニコニコしてくれるんだ。それで僕もさらに幸せになれる。最高じゃないか」

 そう言うアーヴァインは、本当に心から幸せそうだ。自分でも分かるくらいに鬱屈している俺でも、うっかり苦笑してしまうような笑顔だった。

「あ、ようやく笑ってくれた」
「うるせえ。お前のお花畑っぷりに呆れただけだ!」
「別に僕はそれでもいいけど。とりあえず君が幸せで笑顔なら、風神と雷神は喜んでくれるんじゃない? 二人に対する一番の償いだよ」
「そう……かな」
「連絡くらいしてあげれば? 心配してたよ、君の事」

 アーヴァインの言葉に、ずっとつるんできた二人の事を思い出す。そう言えばあれからあいつらとも疎遠になっている。俺がどんどんダメになっていっても付いてきてくれて、そして最後は本気で俺のために怒ってくれて。
 まだこんな俺でもまた友達になってくれるんだろうか――少し自信がなかったが、それでも俺は少なくともあいつらには本気で謝らなければならないような気がした。だから小さく「わかったよ」と答えた。

「悪いな。たまたま声かけてくれただけなのに、こんなシリアスな話」
「そうだよ。サイファーらしくない。次に会う時は今まで通り、もっと前向きなバカでいて欲しいなぁ」
「てめえ……!」
「あ、そろそろ待ち合わせの時間だ!」

 俺が殴りかかろうとしたところで、アーヴァインは何かを思い出したかのように時計を見て、浮かれた声で続けた。

「ごめんねえ。セフィがどうしても、世界スプラッタ絵画展を見たいって言うからさー」

 俺が何を思おうと、アーヴァインはマイペースだ。俺とは違って、完全に平和な日常の人間に戻っている。俺は小さく息を吐いた。

「巷じゃそんな物騒な展示やってんのかよ……」
「そうそう。君が思っているよりも、世界もポジティブなんだ。じゃあねー」

 そのままアーヴァインは、学校帰りに友達と別れるような雰囲気で、手を振って駅の方へと消えていった。



「……あいつ、地味キャラのくせにいい事言うじゃないか」

 アーヴァインを見送って、俺は誰に言うでもなく呟き、海を見た。
 後ろの波の音は変わらず穏やかな音を立てているが、先程とは違い、それが妙に癒されるというか、先程のような苛立ちを感じる音ではなくなっていた。
 そして少しだけ分かったような気がする。アーヴァイン・キニアス、という男の事を。

「俺も負けてらんねえな!」

 相変わらず俺には行く場所も、行きたい場所もない。
 だが、まずは風神と雷神に謝って、それからどこでもいいから一歩踏み出してみよう。人生に迷っても笑っていられるくらいに、例え見苦しくても俺らしく生きて幸せになってやる。
 そしていつか、俺は新しい自分の夢を見つけて、叶えてみせる。

「お前今日から骨のあるヤツリストに入れておくからなッ! 覚えてやがれ!」

 もう姿も見えないアーヴァインに向かって、俺は叫んだ。

 

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あとがき

Twitterのフォロワーさんに半ば押し付けるつもりで書いたサイファーとアーヴァインです。FF8はサイファーが一番好きです。大人になってから見ると、FF8って青春の塊だなぁと思います。イデアの「お前の中の少年は行けと命じている、お前の中の青年は退けと命じている」っていうセリフが印象的です。サイファーもまだ若いし、ED後は風神雷神と一緒に楽しく過ごしながら色々やり直して欲しいと思いながら書きました。

 

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