この声、届け

 

(1)shadow

「インターセプター、お前は行け」


 主を失い崩れていく塔で、俺はずっと付き添ってくれた相棒に告げた。
 当然のように相棒は抗議する。
 こいつはずっとそうだった。こんなにも死神に付きまとわれている俺から離れようとしない。死神が俺の背後にいるのなら、隣にいるのはいつもこいつだった。


「……そうだな。だったらこれをお前に」


 俺は手袋を外し、中にはめていた指輪を取った。
 指輪はかつて愛した女性と誓いを立てた時に一緒に作ったものだった。彼女が死んだ時に自分は死神に付きまとわれていて彼女はその犠牲になったのだ――そう思った時に俺は全てを捨てて逃げ出そうとした。そうでなければ、死ねなかった俺の代わりにあの子が死んでしまうと思ったからだ。あの子は、俺と彼女の間にできた子供だった。


――……イド、行ってしまうのか?


 普段は着ぐるみを着てふざけているような老人が、深刻な顔をして俺を呼び止めた。俺は振り向くことなく、「娘を頼む」と一言だけ老人に言った。
 なんと無責任な親だろうか。妻を殺しておいて、娘を血のつながりもない老人に託すなど。
 なんと最低な人間だろうか。唯一の親友を裏切り、それでも死ねずにこうして生きているのは。
 なんと身勝手な男だろうか。俺は最後まで自分の罪を告白することもできずに甘えてきたのに、死んだ後もこうして指輪を外せず彼女のことを忘れられないとは。


 そうだ。一度だけ指輪を外して未練を捨てようと思った時があった。
 成り行きで村に戻ってきてしまった時のことだ。
 いつも通りに覆面をつけて極力しゃべらないようにしており、しかも"魔法"の存在を隠そうと必死だったのもあって村の人間は俺の正体に気付くことはなかった。
 村人の代表格として出てきた老人は、あの時と変わらず元気だった。少し老けたが、それでも下手な若者よりもずっと元気だ。
 そして老人を「おじいちゃん」と呼んだ幼い娘は、俺のことを"客人の一人"として奇妙そうな視線を向けた。そしてその視線はすぐに俺の隣にいる相棒に向けられた。


――可愛い犬。この子、名前はなんていうの? インターセプター? いい名前だね、リルムと遊ぼうよ。


 俺以外の誰にも懐こうとしない相棒が、俺の許可もなく彼女と共に階段を上がって行った。あの時俺も気付くべきだったのかもしれないが、正体に気付かれぬようと用心しすぎたせいで気付くことができなかった。
 だがその夜、娘は不幸にも大きな火事に巻き込まれた。俺がいつもの悪夢から覚めた時には、共に村に来た仲間も、相棒の姿もなかった。
 そして現場へ向かった時に俺はついにこの娘が誰であるのか気付いた。必死で炎から娘を守ろうとする相棒を見て分かった。何故忘れていたのだろうか。彼女と共につけた、娘の名を。
 俺は娘に手を伸ばした。あの時はまだ立つこともできなかったのに、今は大人の女性と大差ないくらいに大きくなっていた。


――パパ、ママ……


 娘が言った。気を失っており寝言に近い言葉だったが、俺の腕の中で娘は確かにそう言った。そしてよく見れば彼女の首元には、俺が手袋の下につけていたものと同じ指輪が、ネックレスとして輝いていた。


 だからその翌朝、俺は誰にも気づかれないように指輪を外し、家の中に隠した。あの後誰でも殺す"アサシン"となった自分はあの娘の親であってはならないのだと、このまま情に流されれば彼女と同じ運命を娘に与えてしまうのだと、そう自分に言い聞かせた。
 指輪を失った自分はもう、この村に関係のない人間であり、娘や老人に気付かれてしまう前に死に場所を探してしまおう――あの日から俺は、自分の死を求めるようになっていた。


 だが運命は俺を中々死なせてはくれなかった。
 帝国を裏切っても、世界が崩壊しても、俺は死ななかった。ついに死ねると思えば世界が崩壊する前に付き合いのあった仲間が俺を助けて、気が付けばまたあのサマサの村にいた。
 目を覚ました俺の前にいたのは、家の中に捨てた指輪を咥えた相棒の姿だった。相棒は「まだ生きて娘を守れ」と言っているような気がした。俺は再び指輪を手に取り、村を後にした。


 それから色々あって、世界を崩壊させた諸悪の根源を倒し、壊れそうな塔から脱出する中で、俺はふと足を止めた。
 何故自分は今まで死ぬことができなかったのだろうか。
 何故指輪は再び自分の元に戻ったのだろうか。


――ねえクライドさん。貴方が何をしたのか私は知らないけれど、もう自分を許してあげてもいいんじゃないかしら? 貴方が誰であっても、私は貴方の事を愛しているのよ。


 そんな声が聞こえた気がした。娘が生まれた頃にも彼女は同じことを言っていた。俺も「愛している」と答えたが、その直後に彼女は突然の病気によってこの世を去ってしまった。


「インターセプター。頼む、俺の代わりに娘を守ってやって欲しい」


 相棒は俺から指輪を受け取り、そして静かに去って行った。
 
「有難う……」


 崩壊していく塔は、この世の悪を全て洗い流すように、終わるのは世界の終焉であると告げるように、静かに崩れ去っていく。
 この塔と共に死ぬことができれば、俺は今まで犯してきた罪を許して、彼女の元へ旅立つことができるのだろうか。


「ビリー……すまなかった。ようやくお前を殺してやることができそうだ」


 親友は確かにあの時殺せなかったことへの呪詛を叫んでいた。俺はあの日からずっと親友の呪詛を夢の中で聞いてきた。早くお前も死ねと、裏切ったことを許せないと――だから俺は誰でも殺してきた。そうすればいつか心の中の親友もちゃんと殺してやることができると思っていた。


 俺の名はシャドウ。シャドウは影。俺の影――親友であり相棒だったビリー。
 あの日俺に「殺してくれ」と哀願し、殺せなかった俺に今もなお縋りつく影。
 殺し屋シャドウの半分は俺であり、半分は影であるビリーだった。


「あの時も今も。お前だけを殺すなんてできるわけがなかったんだ。……死ぬなら一緒に死のうぜ、ビリー」


 瓦礫の奥には大地が見える。瓦礫と共に世界の崩壊が終焉し、大地は再び生命を取り戻すだろう――俺は瓦礫の山から身を投げた。


 俺の名はクライド。シャドウ――影と共に俺は死ぬ。俺は彼女を愛していた。だから一つだけ願いたい。娘を幸せにして欲しい。
 こんな無責任で最低で身勝手な男の事などに縛られず、自由に生きて欲しい。




――この声届かなくても、願いよ大地に還れ――

 

(2)Stragus Magus

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 あの男の正体。それに気づいたのは、孫娘が火事に巻き込まれた後に家の中で指輪を見つけた時だった。
 相棒だと言って連れていた犬には見覚えがあったが、似ているだけかもしれないとも思った。それだけあの男がここに戻ってくるなど、考えもしなかった。


 娘を頼むとそれだけを言って出て行ったあの無責任な男の背中は、どこか影を感じた。あの男を愛した女性の両親は既に他界しており、彼女の家族は大型の犬一匹だけだった。その犬は男の後を追い、家には物心がつかないどころか、立つことも話すこともできない幼子だけが残されていた。
 いかに男が無責任であっても、過去に何をやっていたとしても、この子供には何の罪もない。ワシは幼子を抱きあげ、自分の家へと連れて行った。その日からこの娘はワシが最も大切にする孫娘になった。


 そして火事の後、黒い覆面を付けた寡黙な男は、共に村へ来た男女に別れを告げて村から出て行った。
 ワシは男女と共に西の山へ向かうことに決め、昔冒険の際に愛用していた着ぐるみなどをクローゼットから出そうとしたところ、その指輪が奥の方で寂しく光っているのを見つけた。
 この指輪は、あの日に孫娘が持っていたものであり、そして娘の両親が婚約の際に作ったものだと知っていた。
 拾った時は単に孫娘が遊んでいて落としたのだろうと思い拾っただけだったが、西の山でワシ達を尾行していた孫娘の首には、確かにその指輪はかけられていた。


 拾った指輪は孫娘の持っている母の形見ではない。
 指輪に刻まれた名前。
 あの日娘を頼むと言って去っていった男と、火事の後に仲間と別れた男の背格好と、連れていた大型の犬。
 あの犬はとても孫娘に懐いており、火事の時も必死に孫娘を守ろうとしていた。


 疑いはすぐに確信となったが、それでもワシはあの男――シャドウにそれをぶつけることはできなかった。
 あの男が名乗り出る素振りはなく、孫娘はもちろん気付くはずがない。シャドウは自分の事を"暗殺者"と名乗っていた。孫娘がそれを知れば、傷つくかもしれない。そう思ったワシは、一度拾った指輪を家の奥に戻し、孫娘と共に飛空艇に乗った。


 そして魔大陸での闘いを終え、世界が崩壊する時。
 ワシは自分の老い先短い命など消えてもいいから孫娘――リルムだけは助けて欲しいと手を伸ばそうとした。だが壊れていく飛空艇で遠くにいたリルムにその手は届かない。代わりにワシは、シャドウがワシと同じようにリルムに向かって手を伸ばしているのを見た。


 あれから世界が崩壊し、ワシはリルムが死んでしまったのだと思い、全てがどうでもよくなった。あの男が父親かどうかも、本人がいないのであれば探求しても意味のない事だ。山に囲まれたこの地にいる人間以外に生きている者がいるかも分からない絶望の世界で、何を糧に生きればいいのか。


――このクソジジー! しっかりせんかー!!!!


 ワシの中で孫娘の叫び声が聞こえた。ワシは立ち止まり、顔を上げる。すると目の前には死んだと思っていたリルムの姿があった。


――もう何やってるのおじいちゃん。リルムが死ぬわけないでしょ!


 そう言って笑っているリルムの奥に、あの男――シャドウもいた。一瞬視線があったが、すぐに逸らされてしまった。ワシはリルムやシャドウに気付かれないタイミングで、シャドウに向かって深く頭を下げた。
 


――ひとつだけ、お願いがある。一度でいい……お前の顔を見せてはくれないか。


 仲間も揃い、いよいよ瓦礫の塔でケフカを倒しに行こうとする前日の夜、ワシは誰にも気づかれぬようシャドウに二人だけで飲もうと声をかけた。シャドウはそれに応じてくれた。


――もしおまえがそうだったとしても、ワシはおまえに残ってくれという無理な相談を持ちかける気はない。ただ、リルムのためにも、知っておきたいだけなんじゃ……


 今はまだ元気ではあるが、自分の老い先が短い事くらいは分かっていた。
 だからいつか自分がこの世からいなくなった時に、リルムに父の事をどう告げればいいのか、それを確認したかった。別に話すつもりはない。それでもリルムは父に愛されていたのか、それとも本当に"捨て子"だったのか、それだけをただ知りたかった。
 そしてシャドウは手袋を取る。左手の薬指にフィットした指輪が光り、そして誰の前でも外したことのない覆面をとった。
 思っていた通りの結果に、ワシは笑顔でワインボトルを持ち、空のままだったシャドウのグラスにワインを注いだ。


――ありがとう……シャドウ。さあ、飲むゾイ。




 それからケフカを倒し、世界は再び緑を取り戻そうとしていた。
 帰りの飛空艇にシャドウの姿はなかった。代わりにインターセプターが指輪を咥えて飛空艇に戻り、ワシにその指輪を渡した。ワシは全てを理解し、喜ぶ皆に気付かれないように静かに泣いた。
 なんと最期まで無責任な男なのだろうかと責めたい気持ちと、人を殺めることで自分を殺してきたにも関わらず仲間を守り必死に生きようとうする不器用さを嘆きたい気持ちと、そしてそんな自分を責め続けて娘を巻き込みたくないと背を向けてきた優しさを労いたい気持ち。多くの想いをこのまま墓場まで持っていかなければならないのだと、ワシは渡された指輪を握りしめた。




「リルムよ……死ぬ前に、話しておきたいことがあるんじゃ」


 それから五年少々経ったサマサ村で、ワシは自分の人生の終わりを予感し、リルムと二人だけで話していた。
 村にリルムと帰って少しして、インターセプターは息を引き取っていた。老犬だったから仕方のないことだった。弱っていくインターセプターをリルムは健気に付き添い介抱したが、ある日の朝インターセプターは姿を消し、その日の夕方にリルムの母の墓の前で眠るように死んでいるのを発見した。
 その後リルムは何かを決意したように村を出てジドールのアウザーのもと、多くの絵を描くようになった。村とジドールを往復しながら描いていく絵は、魔導の力こそ失ってもなお、多くの者の心を震わせた。
 リルムは日に日に成長して美しい女性になっていく。それに安心したのか、ワシは逆に体調を壊し、ついに天に召される日を予感するようになった。


「……なあに、おじいちゃん」
「お前の父のことじゃ……」
「……お父さん?」
「お前の母が死んだあと、お前が物心つく前にお前を残して村を出て行ったと話しただろう?」
「……うん」
「あの時ワシは思ったんじゃ。なんと勝手で無責任なのだろうと……じゃが、今になって思う。あの男は……お前のことを愛していたのだと」
「どうして……そう思うの?」
「ずっとあの男は怯えているようだった。自分は呪われているのだと、自分が妻を殺したのだと。きっとお前を巻き込みたくなかったんじゃろうな……結果的にワシにお前を押し付けたのは事実じゃ。だが、ワシはそれでも嬉しかった。お前と言う孫娘を得られたこと、傍に愛する者がいること。それは幸せ以外の何物でもない。お前の父もきっと、お前を抱きしめたかったに違いない……だからリルムよ。ワシがいなくなっても、幸せになって欲しいゾイ……」
「わかってるよ。リルムは大丈夫。だからおじいちゃんは安心していいんだよ」


 自分でもわかるくらいに弱々しい声と共に伸ばした手をリルムは取って、微笑んだ。



 それから数日後、ワシはリルムやかつての仲間達に看取られながら、この世を去った。
 あの男と約束したように、ワシはあの男の正体をこのまま墓場まで持っていくことが出来た。


――クライドよ。お前も本当は娘を抱きしめたかったのだろう? だがお前はそれでも娘の前から去ることを選んだのじゃな。寂しかったろう……だからワシが今から行って、お前の娘が輝いていることを話してやるゾイ。




――この声、大地に届いて天へと舞い上がれ――

 


(3)Relm Arrowny

 私を育ててくれた祖父が死んで、一か月が経った。
 遺品は周りが驚くくらいに整理されていた。私はそれらを見て「おじいちゃんらしいな」と思って笑った。


 祖父は私と血のつながりはなかった。そもそも祖父は独り身で、それを楽しむように冒険をしてはモンスターを研究する、村でも有名な変わり者だった。
 それでも私にとっては唯一の家族がこの祖父だった。物心ついた時から祖父が一緒にいて、私は両親がいないことなんて村の同年代から「お前は捨て子だ!」と笑われるまでおかしいと思った事すらなかった。
 捨て子だと笑われても、「お前の父は犯罪者だった」と本当の事か分からないような陰口をたたかれても、私は強気に言い返してやった。そのうち悪口を言われることはなくなり、村でも有名なお転婆に成長していた。
 それでも大人に近づけは近づくほど、両親のいない自分に違和感を覚えるようになった。サマサで生まれ育った母は、私を生んですぐに病気でなくなったらしく、それを苦にした私の父は村から去ったと言う。父はサマサでは珍しい"よそ者"の冒険者だった。


――リルムよ。この指輪はお前の母さんの形見じゃ。お前の父がいつか帰った時に気付いてもらえるよう、この指輪を持っておきなさい。


 祖父はまだ小さく指輪があわない私のために、指輪をネックレスにして私にプレゼントしてくれた。その時は意味が分からなかったけれど、綺麗な指輪だったから私は毎日指輪を首から下げて暮らしていた。
 今思えば、この指輪はいつも私を守ってくれたような気がする。何か大きくて恐ろしいものが私を襲おうとした時、見たことのない女性が私の前に立って両手を広げ庇おうとしているような気がしていた。


――すごいな。これ本当にリルムが描いたのかい?


 ラクシュミの絵を見て、仲間の色男が感嘆していた。ラクシュミは私をいつも守ってくれる女性をモチーフに描いたものだった。他の仲間達も同じように「すごい」と褒めてくれていた。そんな中、ふと私は黒い覆面をした男が何も言わずに絵を誰よりも真剣に見ていることに気付いた。
 暗殺者だと自称している変な男。それくらいにしか思っていなかったが、どうやら芸術を理解する趣味の良さはあるらしい。そういえば犬の趣味も自分に近い。インターセプターはこの男の愛犬らしいが、私にもとてもよくなついていた。
 そして同時に祖父もまた、ラクシュミの絵を少し驚いた様子で見ていた。「凄いでしょ」と自慢げに言った私に、祖父は答えた――この絵の女性はお前の母さんにそっくりだ――懐かしいと言いながらラクシュミの絵を食い入るように見つめていた。



――リルムよ、死ぬ前に話しておきたいことがあるんじゃ。お前の父のことじゃ。


 祖父は世界が救われて五年ほど経って床に臥すようになって、そんなある日に二人だけで話をした。
 祖父は言っていた。私を捨てた父は、私を愛していたと。まるで父のことを知っているかのように。
 でも私はあえてそれを祖父に聞こうとはしなかった。祖父が私を育てて幸せだと言ってくれたからだ。私にとって祖父は血のつながりなんてなくても、本当の祖父以上の家族だった。だから私は答えた。


――リルムは大丈夫。だからおじいちゃんは安心していいんだよ。





「おやレディ。今日は何の用かな?」


 遺品の整理も一段落ついて、私はフィガロ城に来ていた。いい年して未だに独身貴族を楽しんでいる色男城主――エドガーが迎えてくれて、私は「なんとなく」と答えた。
 別にエドガーに用があるわけではなかったけれど、遺品を整理した時に祖父の引き出しの中から、自分が首から下げている指輪と同じデザインの指輪が出てきたときに、エドガーが双子の弟の筋肉男――マッシュとの思い出なのだと両表のコインを見せてくれたことをふと思い出したのだ。


――十年くらい離れていたんだけどね、このコインを見ているといつも一緒にいるような気がするんだ。会えなくても繋がっているんだって、このコインにはずっと守られていたような気がするよ。


 指輪は同じデザインだったけれど、私が持っているものよりも一回り以上大きく、これが結婚指輪ならきっと私の父のものなのだろうと思った。
 私は昔からお転婆で家の中は祖父よりも詳しいくらいにあちこち開けていたから、この指輪が旅をする前から家にあったとは思えない。やはり祖父は旅の途中で私の父に会っていたのだろう、そう確信していた――いや、そんな推理をしなくても、私は父がある時まで生きていたことを知っていた。


「ねえ、色男。砂漠って、太陽に一番近い場所にあるんでしょう?」
「ああ。世界で一番、太陽に愛されている場所だよ」
「じゃあここで一番高い場所に連れて行ってよ」


 エドガーは私を城の展望台に連れて行ってくれた。この日は雲一つなく、太陽がまるで私を見つめているように輝いている。


「エドガー」
「何だい?」
「今からちょっと大きい声出すけど……聞かなかったことにしてもらってもいい?」


 エドガーは色男でどんな女も口説くほど口達者だが、根は義理堅く紳士的な男だ。だからエドガーが「わかったよ」と言って展望台の入口まで離れてくれたのを見て、私は太陽に向かって叫んだ。


「バッカヤロー!!!!」


 私は見ていた。
 飛空艇でインターセプターが祖父に何かでなく、その指輪を渡していたことを。
 その指輪を握りしめて、とても悲しそうな顔をしていたことを。


「クソジジイのバカヤロウ! リルムが何も知らないと思っていたの!? 何も気づいていないと思ってたの!? 最期くらいホントのこと言えよこのバカジジイ!!!」


 私は知っていた。
 インターセプターがサマサの村の事を熟知していたことを。


「インターセプターのバカヤロウ! 私アンタにお母さんのお墓の場所教えたことなんてない! なんで看取らせてくれなかったの! なんでひとりでお母さんのところにいくんだよこのバカ犬……!」


 私は感じていた。
 あの男の冷たいように見える視線が、手が、どこか懐かしくて、本当は温かかったことを。


「バカヤロウ……! なんで勝手に死んだんだよ! 愛しているならそう言えよ! この……このバカ親父!!」


 私の目から涙があふれて止まらなかった。


「パパって……一度くらい言わせてくれても良かったじゃん! みんなして私の幸せを勝手に願って! 勝手に満足して死んで! 私を置いていきやがって……! この、バカ! バカ! バカッ……!」


 首から下げている指輪は二つ。
 ひとつは母の形見として私がずっと持っていたもの。
 もうひとつは祖父が死ぬまで隠していた顔も知らない私の父親のもの。
 それを繋げている鎖は、祖父が用意してくれたもの。
 私は首飾りにしていた指輪を握りしめて声がかれるまで叫び続けた。




「……もういいのかい?」
「うん。ありがとう」


 エドガーは私が叫び終わって泣き崩れて、そして泣き止むまで、声をかけることなくずっとそこに立ってくれていた。
 いつの間にか砂漠は夕焼けに包まれていた。


「ねえエドガー。アンタさ……お父さんを亡くしてマッシュが出て行ったのを見て、寂しいって思ったこと、本当になかったの?」
「そんなの……寂しかったに決まっているさ。ああマッシュがいてくれれば、マッシュが戻って来てくれたら……何度も思ったよ」
「そんな時どうしたの?」
「前にも言っただろう? このコインを見ているといつも一緒にいるような気がするんだ。会えなくても繋がっているんだって」


 そう言ってエドガーは両表のコインを懐から出し、慈しむような表情でコインを沈もうとする太陽にかざした。


「君のその指輪の持ち主も、きっと君の傍にいるんだろうね」
「……そうだね」


 私はもう一度太陽を見た。
 沈もうとしている太陽。それでも明日になればまた昇り、砂漠を、私達を明るく照らしてくれる太陽。
 私は痛む喉をかばうことなく、もう一度だけ太陽に向かって叫んだ。


「見てろよこのバカヤロウ共! お前らに願われなくても……! 私は絶対……ッ 絶対に幸せになってやるんだから! ずっとそこから眺めていてよね!!!」


 もうみんなこの世にはいないけれど。
 私の母のようにどこかで私を守ってくれているのならば。



――この声、天まで届け――


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あとがき

どちらもメインキャラなのに、何も語られてないけど状況証拠で二人が親子だと分かる、っていうのが様々な妄想を掻き立てられる。シャドウだけじゃなくてストラゴスも年だし、インターセプターもリルムが生まれる前からいたのならかなり老犬だし、リルム辛いよね……でも、みんな多分リルムが幸せで笑顔なら人生悔いなしで逝くんだろうなと思いながら書いた。

シャドウについては、「なにEDで勝手に死んでるのこいつ」と思ったし今でも全体的に身勝手で中二病で父親としては最低すぎる男だと思ってるけど、その最低さも含めてやっぱり好きなキャラクターです。

 

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