友の翼、彼女の愛




 世界が崩壊し散り散りになった俺の仲間達は、生きたまま再び集まり、世界を壊したケフカを倒して地上に平和を取り戻そうと結束した。
 そんなある日、コーリンゲンの近くの山が"デスゲイズ"と呼ばれる古のバケモノに破壊され、それによってコーリンゲンの近くまで土砂が崩れ落ちてきたという話を聞いた。
 「デスゲイズを倒そう」と仲間の誰かが提案した。これ以上被害を大きくするわけにはいかない――その意見は全員一致の賛成だったが、いかんせんデスゲイズは空を飛び回っており、倒すためにはファルコン号の協力が必要だった。

「セッツァー、あれのスピードは尋常じゃない。いけるか?」

 そう尋ねたのはエドガーだった。デスゲイズ自体は今まで空で何度か目撃しており交戦も重ねていたが、いつもあのバケモノは自分の不利を知ると大空の彼方へ高速で逃げてしまうのだ。
 つまりエドガーは、俺とファルコンに、デスゲイズを追い続けることが可能かと言っている。だが俺は即答した。

「おいおい、ファルコンは世界最速の船だぜ? 本気を出せば、あんなバケモノに負けるはずがないだろう?」



「まだ起きていたのね」
「まぁな」

 その日の晩、俺たちはファルコンの整備のため、フィガロの近くに停泊した。エドガー率いる機械王国の技師たちの手伝いもあり、順調な整備が行われている。
 そんな中、甲板にいた俺に話しかけたのはティナだった。

「本番の時に空を飛べるお前はオフェンスの要なんだ。今のうちに寝ておきな」
「セッツァー。少しだけいい?」
「なんだ?」
「私、飛空艇にはじめて乗って星空を見た時にね……空を飛ぶって気持ちがいいんだってはじめて感じたの」

 少しの間、俺とティナは話をした。
 ティナが初めて飛空艇――ブラックジャックに乗ったのは、彼女がゾゾで自我を取り戻した直後のことだった。人と幻獣のハーフで、魔石の力を使わなくても生まれながらに魔導の力を持つ少女――自分の力を知った時に彼女はその力をコントロールすることができず、空を暴走したと言う。その時「自分は人間じゃないんだ」と、とても悲しい気持ちだったような気がする、とティナは話した。

「でも自分のことを知ってあなたの船に乗った時、みんなも空を飛べるんだ、私だけじゃないんだって。そして夜になって星空を見た時、私よりももっと高いところで星が飛んでいるんだって思った」

 ティナが空に向かって手を伸ばす。世界崩壊によって塵が舞い、それによって未だ空は赤く夜も星が輝くことはない。だが、ティナのその手の先には、その頃見た星空があるんだろうと感じた。
 そして同時に思い出したのは、「世界で誰よりも早く星を見る女になるのよ」と言い残して消えた、かつての友の姿だった。

「お前を見ていると昔のことを思い出すぜ。お前と一緒で、ロマンチックな女だった」
「ファルコンの持ち主だった……ダリルさん?」
「そうだ。そういえばお前には話したことがあったな。あいつは俺の青春だった」
「聞きたいな」

 ティナに促され、俺はダリルとの思い出を語った。

――空は自由だ。青くて限界を知らない。私はこのファルコンで、空の果てにある星を掴むのよ。

 アンタも来る?――そんな彼女の言葉が、かつての俺を空へと駆り立てた。元々賭け事が好きだった俺は、造った船を"ブラックジャック"と名付け、幾らかの娯楽道具を設置した空飛ぶカジノ船にした。ダリルは「こんな重いポーカー台を置いたら、スピードが落ちるよ」と笑っていたが、そこは俺のこだわりだったので聞かなかった。
 ファルコンは速かった。まるで空の一部になるように、今日もダリルは空を飛ぶ。俺はそんなダリルを追うように、ブラックジャックを飛ばした。

――今日こそスピードの限界に挑むわ! 私は誰よりも早く星空を見る女になるんだから!

 いつもの場所で落ち合おう――そんな俺の声に、ダリルは笑顔だけを向けて空の向こうへと飛んでいった。その日の彼女はいつになく輝いているような気がした。
 そして彼女は戻らなかった。しばらくして墜落して壊れたファルコン号を発見したが、彼女の遺体はついに見つからなかった。

「俺はファルコンを修理し、地の下に埋めた。そしてブラックジャックをさらに娯楽用に改装して、俺は空を漂うようになった。あの時俺の青春は終わり、空への情熱も消えたのさ……だが、そんな時に出会ったのがお前たちだったわけだ」
「どうしてファルコンを直してから埋めたの?」
「あいつが、ダリルが戻ってくるんじゃないかって期待したのかもな。もしくはファルコンを埋めてあいつの元に届けることで、ダリルを弔おうと思ったのか……結局あいつの許可なく使っちまってるんだけどな」

 ファルコンをおさめて墓石に「ダリル、ここに眠る」と刻んだ時、俺はダリルがまるでまだファルコンの上に立っているような気がして、尋ねた。

――結局お前は見れたのか? 空の果てを。

 その答えは返ってくるはずもなかったが、俺の心の中でダリルが「アンタも来る?」と笑ったような気がした。だが俺はその言葉を聞かなかったかのように踵を返し、そのままファルコン号と別れを告げた。

「……あいつ、怒ってるかな。勝手にファルコン使いやがってって」
「逆じゃないの? 喜んでるよ、また空を飛べたって」

 ティナはダリルのことを知らないはずなのに、まるでダリルがそう言っているのを聞いたかのように純粋な目で言った。そして続けた。

「ファルコンってとても綺麗な船ね。ダリルさんの翼……彼女の愛が詰まっているんだわ」
「ダリルの翼?」
「そうでしょ? 私、ブラックジャックに乗った時に思ったもの。ブラックジャックはセッツァーの翼なんだって。私は魔導の翼で飛んでいて、セッツァーは船の翼で飛んでいる。だから私も人でいいんだって。そしてこのファルコンはダリルさんの翼。青くて星が輝く空を誰よりも愛した人……会ってみたかった」
「あいつ、お前を見たら飛びつくぜ。私のファルコンとあなた、どちらが速いか勝負しましょう、ってさ」

 その言葉にティナが笑い、俺もつられるように笑った。ひととおり笑い終わった頃に、風が甲板を吹き抜ける。崩壊した世界の、塵が混じった、冷たくて痛い風だ。

「明日は絶対に勝つわ。ダリルさんが愛した空を守らないと……おやすみなさい、セッツァー」
「ああ、おやすみ」

 ティナが甲板から降りていくのを見送り、再び一人になった俺はファルコンを見上げた。

「ダリルの翼、ダリルの愛か……勝手かもしれないが、少しだけ俺と一緒にあいつらに付き合ってやってくれ。ファルコン、そして」

 ダリルよ――俺は「絶対にデスゲイズに勝ってみせる」と誓いながら、友の名を呼んだ。




 そして翌日、ファルコンは飛び立った。
 速さを求めるため、戦いに行くメンバー以外はフィガロに残し、操舵する俺と、俺に何かあった時でも戻れるよう最も機械に強いエドガー、単独でも空で戦えるティナ、投擲武器を得意とするロックの四人だけが乗っている。

「おいロック。お前、船酔いするんじゃないぞ」
「大丈夫だって。俺は海には弱いが、空なら平気だ……多分」

 そう言いながらウイングエッジを構えるロックに呆れていると、ティナが心配そうにロックに「無理しないで」と近づいた。

「……今ならまだ他の人に変われるんじゃ」
「安心してくれ、ティナ! 俺はお前を」
「守ってくれるのよね」
「そうそう! 任せろって!」

 調子よくおどけるロックに、ティナが微笑んだ。世界が崩壊してから子供を守る使命と愛に目覚めたティナは、昔よりもかなり強くなった気がした。そういうところも含めてダリルとは意気投合しそうだ――そんなことを思っていると、エドガーが俺の肩を叩いた。

「セッツァー。作戦通り、君は操舵に専念してくれ。本当なら私もレディを守りたいところだが、今日は君とファルコンに攻撃が飛ばないよう護衛するよ」
「ああ、あてにしているぜ」
「今日は随分素直じゃないか」
「ファルコンを起こさせてこんなところまで俺を連れてきたのはお前ら兄弟とセリスだ。責任とって守れよ」

 言いながら、コーリンゲンでエドガーたちと再会した時を思い出した。世界が崩壊した後、ブラックジャックを失ったオレはすっかり意気消沈していた。見上げた空は塵が舞い、オレと同じく淀んでいる。昼はそんな赤い空が大地を圧迫し、夜は星の光が届かない深い闇となっていた。ファルコンがあれば仲間を探すことが出来る――そう頭で理解してコーリンゲンまで行くことはできたが、墓に沸いていたモンスターは強く、心が折れた。そして完全に諦めていた頃に来たのがエドガーたちだった。
 セリスは俺に対して激高し、もう一度立って欲しいと、説得した。その目は俺と同じく絶望と希望の間に揺れていて、それでも希望に縋ろうとしていた。
 それを見て、俺は自分自身の希望――ファルコンを甦らせようと再び決意し、仲間達の協力もあって墓の奥まで進むことができた。そしてファルコンは再び空へと飛んだ。

「感謝している。俺の力だけじゃ、ファルコンを飛ばすことはできなかった……なんだかんだで仲間もみんな生きていたからな。生きていればいいことがあるもんだ」
「そうだな。でもこうやって生きてケフカに抗っているのは君自身。彼女や俺達は手を引いただけだ」
「ふっ……みんなこんな世界でも壮大で馬鹿げた夢に賭けちまってるんだ。今更俺だけが降りられるわけがないだろ?」
「同感だ。だからみんなこうして生きている……みんなの夢をひとつにすれば、俺達は絶対に負けないよ」
「……来た!」

 エドガーと会話していると、ロックの声と指が空の向こうを差した。デスゲイズ――その巨体を見て、俺は舵を切り替えて追いかける。

「飛ばすぞ!」

 スピードをあげ、デスゲイズに追いつく。ティナとロックが攻撃に入ると、デスゲイズはこちらを敵視し、反撃に出た。風の刃がファルコンのプロペラに当たろうとしたが、その前にエドガーがオートボウガンを刃に当てて軌道を反らした。

「おっと……ファルコンを傷つけるのはやめてくれるかな?」
「攻撃はこっちに任せろ!」
「ブリザガ!」

 激しく空を飛び回りながら、少しずつ攻めていく。そしてデスゲイズはいつもと同じく逃げようと背を向けた。

「させるか……みんな掴まれ!」

 俺はデスゲイズをまっすぐ追いかけた。今まで振りほどかれていたが、フィガロの技師たちが整備してくれたのもあって今日のファルコンは違った。かつてのブラックジャックの最高速度を超え、風に乗っていく、。
 だが、デスゲイズはそれでも逃げることをあきらめない。目の前の積乱雲の中に飛び込んだ。

「……あいつ!」
「セッツァー! この積乱雲の向こうは世界の屋根って言われる山岳地帯だ! ぶつかる!!」
「分かってる!」
――ファルコン、アンタならこの乱気流にも乗ることが出来る! 私が行きたいのはその先だ!

 積乱雲の目の前で舵を切ろうとしたところで、どこからともなくダリルの声がしたような気がした。頭の中に浮かんだダリルは俺が今握っているファルコンの舵を強く握り、積乱雲に向かってスピードをあげた。

――高い山と積乱雲が合わさり、激しい上昇気流を生み出す。こんな危険なことには乗らないことが大正解……でもそれは、大きなミステイクよ!
(これは……まさかファルコンの記憶か?)

 俺は切ろうとした舵を握りしめ、エドガーたちに向かって叫んだ。

「悪いが一緒に賭けに乗ってもらうぜ! 振り落とされるな!」
「行くつもりか!?」
「自称トレジャーハンターがつべこべ言うんじゃねぇよ!」
「仕方ないな……ティナ!」
「うん! シェル!!!」

 ティナが魔導の力を解放し、トランス状態になる。放った魔法は目の前の嵐からファルコンを守り、そしてファルコンは気流に乗って高度を上げていった。

「……デスゲイズ! ロック、良い作戦を思いついたぞ、付き合ってくれ!」
「え、それマジで言って……いや、こうなりゃヤケクソだ! 思い切り飛ばせ、セッツァー!」

 同じく気流で上昇していたデスゲイズが上にいるのを見つけたエドガーとロックは、攻撃に転じた。俺は言われた通りに速度を上げ、少しずつデスゲイズに近づいていく。エドガーとロックが、回転のこぎりとウイングエッジの刃をデスゲイズに向けた。

「……なるほど、そういうことか。ティナ、しっかり捕まってろ!」

 俺はふたりの意図に気付き、ティナが甲板にしがみついたのを見てファルコンを限界まで飛ばした。
 速度計のメーターが振りきれ、激しく揺れる。

「あと少しの辛抱だ! 頼む!」
――そう、あと少し!
「行け!!!!」
――行け!!!!

 ファルコン――俺とファルコンが記憶するダリルの声が重なり、同時にデスゲイズを抜き去った。その際にエドガーとロックが構えた刃がデスゲイズの巨体を下から上へと切り裂いた。嵐の中でデスゲイズが断末魔をあげ、そして――

「……!」

 デスゲイズの口から魔石が飛び出した。それを掴むと、同時に積乱雲の嵐を抜けた。

「ここは……」

 そこは先程までの嵐の音が嘘のような、静かな世界だった。
 雲が海のように広がり、目の前に"世界の屋根"と呼ばれる山々の頂が雲の上で島のように浮かんで見える。

「星だわ……!」

 ティナの言葉で空を見上げてみると、空には世界が崩壊する前にあったような星が広がっていた。しかも、地上で見るよりもずっとその星々は近くに見えるような気がして、思わず手が伸びた。
 同じように星に手をかざしたティナが、「すごい」と呟いた。

「綺麗……まるで世界が崩壊する前に戻ったみたい」
「風も大地が避ける音もない世界……そうか! 俺達今、粉塵よりも上にいるんだ! すげー!」

 ロックが山を差して興奮気味に言った。さすが冒険家を自称するだけあって、世界の屋根と言われている山岳地帯の景色に目を輝かせている。

「どうして雲や粉塵はあそこまでしか行かないの?」
「あそこに空気の層があるんだ。本当はもう少し雲は高いところまで行くはずだが、世界の崩壊で低くなったのかもな……ん? ということは……待てよ?」
「どうしたの、ロック?」

 首を傾けたティナに、ロックは「あ!」と声を出し、そして慌てた様子で、俺の元に走ってすぐに高度を下げるように言った。

「感動して忘れかけてた……ここは危険だ! 冒険家の間じゃ有名なんだ、この山の頂は"生と死の臨界点"を超えているから攻略できないって。今はティナのシェルが効いているから分からないかもしれないけど……!」

 ロックの"臨界点"という言葉は俺も知っていた。雲の存在すら許さない高度を超えると、低すぎる気圧が人間の限界を超え、数分足らずで重大な高度障害を起こす――と。つまりここは、飛空艇では通常行くことが出来ない、行ってはならないあの世への入口だ。
 そして同時に、俺は「まさか」と呟いた。

「ダリル、お前は……」

 俺のそんな言葉に反応するように、手元の魔石が輝いた。同時に意識が遠のいていく。

「ダリ、ル……」
「セッツァー!」

 ロックの声が耳元に響いたのを感じながら、俺はその場に倒れた。


 夢を見た。
 俺は甲板の上に立っていた。目の前にはダリルの姿がいる。

「ダリル……?」

 懐かしい顔に向かって俺は声をかけたが、まるで俺がそこにいないかのように、ダリルは背を向けたまま握っていた舵から手を離した。
 目の前には、わずかな雲だけが糸のように浮かぶ紫色の夕暮れの空。暗くなり始めた西側に星が浮かび、船の下の雲海の隙間から大地が見える。その光景にダリルは目を細め、口元から白い息を吐いた。

――ようやくたどり着いた。綺麗……まるで夢を見ているみたい。

 ダリルの手が星の光に伸び、光を掴む。だが、ダリルは光を掴んだままその場で膝をついた。その呼吸は浅く、早い。臨界点のことはダリルもよく知っているはずだ。だが、甲板の手すりを支えに立ち上がったダリルは、舵ではなく船の外を見つめ、身を乗り出した。

――空は広いね。ようやく雲を突き抜けてここが空の果てだと思ったのに、まだまだ先があるんじゃないか。ねえ、ファルコン……どうする?

 ダリルの問いかけに答えるかのように、風という推力を失ったファルコンは徐々に高度を落としていった。

――……そう、アンタは地上に帰りたいのね。でも、私はちょっと帰りぶんまで持たなさそう。頭が痛くて、吐き気がする。それにすごく寒い。ここは人の身じゃ許されない場所だ。

 長い髪が凍り付き、ダリルは苦しそうに息を吸い上げた。だが、ダリルは何かを決意したように最後の力で手すりから身を乗り出した。

――でも、私は私の限界まで挑戦した。悔いはない。どうせ死ぬのなら、最期はこの景色の中で……だからお別れよ、ファルコン。このまま私は空の星を掴んでみせる。

 ダリルの身体がファルコンから離れていく。俺は手を伸ばしてダリルの名を呼んだが、彼女はファルコンに向けて笑顔のまま語りかけた。

――大丈夫。アンタの夢を叶えてくれる男は地上にいる。あいつのこと、頼んだ……愛してる。

 ダリルの姿が空の果てに消えていく。最後に見えた彼女の顔は、すべてをやりきったという、優しく愛情に満ちた笑顔だった。

「そうか。お前はこの空の果てのさらに向こうに行っちまったんだな……」

 俺が目を閉じると、暗闇の中で一筋の光が差し、その向こうでダリルが「アンタも来る?」と笑いながら尋ねてきた。俺は彼女に対して首を横に振り、「ふざけんな」と答えた。

――悪いが俺にはやらなきゃいけないことがあるんだ。仲間を乗せて、ケフカを倒して空を取り戻すっていう壮大な夢だ。だからお前のところには行けねぇ。

 俺の答えに、ダリルは嬉しそうに答えた。

――そう。アンタも見つけたんだ。自分だけの夢、自分だけの空、自分だけの愛を。
――俺の愛?
――そう。アンタも愛を胸に持っている。でも、空の果てで星を掴んだ私とは違う愛だ。もうアンタは、私の後ろを追いかけてくる坊やじゃないのね。

 ダリルがふっと笑い、そして優しい笑顔のまま俺の名を呼んだ。

――セッツァー。ファルコンはまだ飛びたいって言っているの。まだ誰かの夢を乗せたがっている。愛を運びたがっている。だから私の代わりに……

 ダリルの笑顔が、声が遠のいていく。俺は「分かったよ」と短く答え、消えていく彼女を見送った。



「……ん」
「大丈夫か、セッツァー」

 目覚めると、そこは冷たい塵の風が吹く、地上の空だった。どれだけ意識を失っていたのか分からないが、俺を支えていたロックの声に顔だけを上げた。

「もう大丈夫だ。普通の高度に戻ってる」
「水を持ってきたわ。飲める?」
「ああ。ファルコンは……」
「エドガーが操縦してる。安心しろ」
「そういうこと。いやー、倒れてから今まで結構騒がしかったのにびくともしないから、死んだんじゃないかと思って焦ったよ」

 エドガーが舵を握りながら冗談のように笑った。

「騒がしかった?」
「ああ。君がデスゲイズから拾って握りしめていたその魔石が私達を助けてくれたんだ」
「……何があったんだ?」

 起き上がった俺に、エドガーたちが説明してくれた。俺が持っていた魔石には幻獣バハムートの魂が眠っており、俺が倒れたのと同時にそのバハムートが現れ、ファルコンを地上へと降ろしてくれたそうだ。

「私のお父さんが教えてくれたわ。バハムートは、空の覇者って呼ばれていたんだって」
「へえ。どんな幻獣なんだ?」
「とても大きくて、強くて……そして全ての幻獣を見守る優しい愛に満ちたドラゴンだったそうよ」
「……空の覇者、か」

 俺は立ち上がり、ファルコンからさらに上の空を見上げた。塵で淀んだ赤い空。誰もが絶望し、夢も愛も棄てようとした崩壊の空――だが、この空の向こうには昔と変わらない澄んだ場所と、さらに向こうにある星の海と空の果てが確かに存在する。そしてそこに、ダリルが――友の愛が眠っている。
 俺はそんな空に向かって笑った。

(俺は仲間とともに夢を叶えに行くぜ……このファルコンでな。だからお前は安心して空を楽しみ続けるがいい。俺は空のように自由で限界のない、そんなお前を愛していた……我が永遠の友よ)

 俺の心の言葉に答えるように、空の果てで星が輝いたような気がした。
 そしてファルコン――友の翼は仲間たちの夢を乗せるため、風を切って彼らの待つ地上へと戻っていった。

 

 

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あとがき
 ケフカの「何を手に入れた?」という問いかけに対する「友の翼」に、英語版だと「her love」が付くとTwitterでフォロワーさんが呟いていたのを見て、尊い!と思って書きました。FF6の25周年記念を兼ねて。FF6はセッツァーが一番好きです。ぱっと見の設定はアウトローっぽいのに考えるほど熱血系なところが好き。
 高度に対する描写はほとんど嘘。

2019年4月2日 pixiv投稿

 

 

 

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