過去に縛られた男 -Rock-




「必ず私が、幻獣達を説得してみせるわ」
「ティナ……あの」
「何? ロック」
「……。いや、なんでもないよ。気をつけて」
「うん、ありがとう」
「大丈夫。レディは私達が守るよ」
「いっちょやってやろうぜ!」
「熱いところは苦手だけど……頑張るクポ!」


 幻獣達を説得して力を貸してもらうため、人間界と幻獣界の境界である封魔壁を目指し、ティナはエドガーにマッシュ、そして新しく仲間になったモグと共に、帝国の作った監視所の中へ消えていった。
 帝国の見張りを警戒して少し離れたところに飛空挺を下ろし、もしも警戒態勢が強ければ待機組で陽動を行うつもりであったが、これといった警戒態勢もなく、俺達はティナ達の無事を待つだけとなった。


「ガウ! 外であそぶ!」
「……ガウ殿。少しは落ち着くでござるよ」
「いやだ! ここヒマ! ござるついてこい!」
「しょうがないでござる……。セッツァー殿」
「ああ。俺もこいつにここを荒らされるのはごめんだ。行ってきていいんじぇねえか? なあロック?」
「……」
「ロック殿?」
「え? あ、ああ。そうだな。あまり離れなければいいんじゃないかな?」
「やった! じゃあ行こう、行こう!」
「ま、待つでござる! で、では留守は頼むでござる!」


 許可が下りた途端にはしゃいで外へ向かっていったガウを、カイエンが慌てて追いかけて行くのを目で追いながら、俺は手すりにもたれ掛かった。

 


「ったく、どこまでも気楽なガキだな。どこでどう育ったらああなるんだ」


 飛空挺に残っているのは俺とセッツァーだけになり、セッツァーが甲板の外を見ながら呆れた声を出していた。
 そういえば彼はガウのことはあまりよく知らないんだっけ……と思ったが、今の俺にはそれを話すだけの気力がなかった。


「ちょっとは喋れよ。こんな重い空気で留守番しろって言うのかよ?」
「……ああ」
「らしくねえな。オペラの大舞台ではしゃいでたバカはどこにいった?」
「ごめん。今考え事してて……それどころじゃない」


 セッツァーの悪態にすら答えることができず、俺はその場に座り込んだ。


 確かに、らしくないと自分でも思う。
 いつもの俺なら、きっと今頃ティナと一緒に行っていたはずだ。
 彼女を守ると言ったのだから、彼女が危険な場所に行くなら当然俺も行っただろう。


(守る……か)


 俺がそれをできないのは、先日の魔導工場での出来事があったからだ。
 俺はセリスを守ると言ったのに、セリスのことを信じることができなかった。
 なのに彼女は、俺達を守るために姿を消してしまった。
 そんな俺が、人を守る資格なんて、あるのだろうか?
 そう思えば思うほど、自分でもあり得ないほど落ち込んでいき、結局エドガー達に任せてしまったのである。


「……なあ、ずっと聞きたかったんだが」


 やはり沈黙が重かったのか、しばらく黙っていたセッツァーが再び俺に話しかけてきた。


「何だよ」
「セリスと何があった?」
「だからそれは……俺達を守るために……」
「そうじゃない。……セリスはお前の女なのか?」
「はぁ!?」


 単刀直入な質問に、さすがに俺は声をひっくり返して顔を上げた。
 しかし、真っ直ぐ視線を逸らさないセッツァーに、また俺は下に視線を移した。


「……違う。でも俺はあいつを守るって言ったんだ」
「それは……惚れてるからか?」
「お前なぁ、なんでそっちの方向に……」


 何が何でも会話を繋げるつもりなのか知らないが、わざわざからかってくるのを流せるほど俺も大人ではなかった。正直言って、今ある意味一番喋りたくない相手ではあるが、俺は立ち上がってセッツァーをにらみつけた。
 それに気を良くしたのか、セッツァーは口元を少し綻ばせて、さらに炊きつけるような台詞を口にした。


「普通だろ? 俺はあいつのこと、好きだぜ」
「なっ……」
「最初はマリアだと思って攫ったわけだが、マリアに惚れてたって訳じゃなかった。まあ、俺好みの美人だけどな。でも……あの気の強さ、それにこの俺を騙そうっていう肝っ玉。俺はあれに惚れた」
「何が言いたいんだよ……」
「いや? 一応舞台は見てたからな。すでにお前の女だったら悪いだろ? でも別に何でもないんだったら、俺が貰ってもいいってことだ」
「お前そんな遊び気分で……」
「いたって本気だぜ? 俺は。そうじゃなきゃ、わざわざベクタまで飛ばしてくるものか」


 結果的にそのおかげで俺達は逃げ延びることができたわけだが、確かに単に協力してくれるだけなら、帝国につかまるかもしれないリスクを冒してまで、単身ベクタまでは来ないだろう。 クレーンとの戦いぶりを見る限り、それなりの護身術は身に着けているようだが、彼は俺やエドガー・カイエンのように本格的な戦闘経験や訓練を受けているわけでもないのだ。
 だから彼の言っていることは、確かに筋は通っていたし、俺とセリスは別にそういう関係ではないから、俺がどうこう言える立場でもないのだが……。


「俺は……」


 反論しようと思ったのに、これ以上の言葉が出なかった。
 というより、何故俺はセッツァーの言葉に反論しようとしているのか、分からなかった。


「もしかしてお前……ティナにも同じように守るとか抜かしたのか?」
「……!」
「ふっ、図星のようだな」
「何がいけないんだよっ!」


 次々と非難するように責め立てるセッツァーに、俺はとうとう耐え切れなくなって、彼の胸倉を掴んだ。
 でも、彼はまったく怯む様子もなく、軽蔑するような視線を俺に向けた。


「だったら話を変えようか。お前にとっての守るって何だ?」
「え……」
「普通はその言葉……本当に大切なヤツにしか使わない台詞だと、俺は思うぜ?」
「……あ……」


 俺は、その言葉が今までのどんな台詞よりも胸に突き刺さるような感じがして、セッツァーからゆっくり手を離していった。



 俺は、何故ティナやセリスを守りたい……と思ったのか、思い返してみる。
 ティナのことは覚えている。彼女が「記憶がない」と言ったからだ。
 記憶をなくした彼女に、俺はひとりの女性を重ねた。


(レイチェル……)


 彼女は、俺のせいで記憶をなくし、そして俺がいなかった間に死んでしまった。
 最後に記憶を戻して、俺の名を呼び続けてくれたのに、俺はその場にいなかったのだ。
 二重の意味で、守れなかった彼女。
 そう、俺はティナを守りたいと思ったのではない。彼女を……守りたかった。
 だったら、セリスも?
 セリスはそうだ、帝国の裏切り者として処刑されそうになっているところを偶然助けた訳だが。
 生きることを諦めようとしていた彼女を見ると、頭がカッとなって、それでほとんど勢いで言ったのだ。


「……俺は……」


 俺にとって「守りたい」と思っていたのは、「レイチェル」のことだった。
 でも、俺は何故セリスを彼女と重ねてしまったのだろうか?


「悪かったな。俺はてっきり……お前はセリスに本気で惚れてるものと思ってたぜ。オペラ座であんなこと叫んでたぐらいだしな」
「え?」
「セリスを娶るのは俺だってヤツ? あれ、アドリブだろ? あれでマリアじゃねえと気付かなかった俺も馬鹿だったけどな」
「あ、あの時は頭の中が真っ白になって……それでつい勢いで」


(勢いで?)


 自分の言った言葉に引っかかり、言葉を詰まらせた。そういえば「守る」と言ったのも、勢いだった。
 あの時は確か……最初は面白半分でセリスを女優に仕立てたけど、着飾った彼女はすごく綺麗で……見てるだけでも照れくさくなって。
 そして魔導工場で彼女を失ったとき、俺はレイチェルを失った時と同じような喪失感を感じて……。


(そうか俺は……セリスのこと……)

 


「……逆に質問していいか?」
「何だ?」
「何で俺のこと、そこまで炊きつけるんだ? セリスの事好きなら、なおさら……」
「……お前みたいな腰抜けが一番嫌いで、そんな男にあいつが惚れちまってるのが見てられねえんだよ」


 そう言って、セッツァーは突然俺から背を向けて、甲板から下の広間に下りようとした。


「セッツァー」
「何だ?」
「……お前がセリスのことどう思っているかなんて関係ない。俺は……」
「不用意に好きとか惚れてるとかいう言葉は使うな。それも……本気の相手だけにとっておけ」
「……有難う」
「てめえみたいな腰抜けのガキに、礼なんて言われても嬉しくねえよ」


 相変わらずの皮肉な笑みで、彼はそのまま甲板から去っていった。



 セッツァーと話して、俺は気付いた。
 俺にとってセリスは、レイチェルとは決して重ならない人物……俺は彼女のことが好きなのかもしれない。
 でも……いや、だからこそ今の俺には、セリスのことを守る資格なんてない。
 レイチェルを助けない限り、俺にとって本当のことは何もない。俺はセリスが好きだという気持ちと向き合ってはいけないのだ。

 


「でもせめて……一言謝りたい。あの時、信じてあげられなくてすまなかったと。……セリス」

 

 



 それから少し経って、俺は彼女と再会した。
 俺は彼女に謝りたくて、仕方なかったけど……彼女は俺と視線を合わせようともしてくれなかった。


「どうして……どうして何も言ってくれない?」
「……」


 そのまま走り去っていく彼女の背を、俺は追いかけることができなかった。
 ただ、その背中に「ごめん」と繰り返して謝ることしかできなくて……。




 そして世界が崩壊して、一人になった時。俺は帝国の秘法を本格的に求める道を選んだ。


 まずはレイチェルを救う事。


 そうすれば、きっと俺は彼女と向き合うことができる。そう思ったから。
 その時俺が彼女とどう向き合うかは自分でも分からなかったけど、このままでは俺も彼女も、前に進む事ができない……そう思った。
 セリスはきっと生きている。


 俺はそれだけを信じて、仕掛けだらけの洞窟の奥へ進んでいった。




 

 

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あとがき

ロックの話。女に優柔不断で体力と運と行動力だけは人一倍あるエセヒーローなロックさんだけど、そういうところも含めて好きかなと思う。ロックとセリスが上手くいくかは、EDがはじまりであって、ED後にかかってると思う。

 

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