恋する乙女 -Celis-






 ここはオペラ座の控え室。
 彼女――セリスはすごく悩んでいた。


 いくら帝国に行くために飛空挺が必要で、そのためにマリアと瓜二つの彼女がマリアに変装すると決まったとは言え、元帝国の将軍である彼女が、いきなりオペラ女優になるのは至難の業だった。


 いや、実際やってみると結構歌も演技力も上達が早かったのだが……




「うーん……どっか違うんだよなぁ」


 これで何度目になるだろう、という練習の後、オペラ座のダンチョーが首をひねらせた。


「おいおい、完璧だろ。どこも間違ってないぜ?」


 ロックが台本を見ながら反論したが、ダンチョーは腕を組んでもう一度「うーん」と唸って、


「いやいや、確かに彼女は歌も上手いし台本どおりにやってるんだが……何かが足りないんだ」
「何かって何よ?」
「なんていうかなぁ……君、マリアの気持ち、分かって歌ってる?」
「……マリアの気持ち?」


 ダンチョーの言葉に、セリスが目を瞬かせながら尋ねた。


「なあ、ダンチョー。ずっと練習してばっかでセリスも疲れてるんだよ。ちょっと休憩にしないか?」
「ま、そうだね。少し休憩しよう」


 ロックの提案に乗る形で、練習は一時中断された。

 


「セリス、大丈夫か?」
「……え、ええ。思っていたより難しいかな」
「まあ、ダンチョーの言葉なんて気にするなよ。別に本当のオペラ女優になるわけじゃないんだ、肩の力抜こうぜ」
「そうね……。あ、私少し気分転換に外の空気を吸ってくるわ」


 そう言って、セリスは一人、部屋の外へ出て行った。



 


「はぁ~……まさかこんなことになるなんて……」


 外に出てセリスは大きくため息をつき、その場に座り込んだ。


「大体私は元々帝国の将軍なのに。何でこんな事……」


 確かにちょっとやってみたいと思ったけど、と相手はいないのだが口に出していた。


「それにしても……マリアの気持ち、か……」


 台本によると、マリアは隣国の王子であるドラクゥと恋愛関係にあって、でもドラクゥの国と敵対関係にある別の国の王子ラルスと結婚することになって、ドラクゥの事は諦めなければいけないけど諦められなくて、毎日夜な夜なテラスでドラクゥの事を想っている……ということだが。


「分かるわけないわよ……そもそも恋愛だってしたことないし。恋愛小説は読むけど……」
「だったら私が教えてあげようか?」


 一人で愚痴っていたところに背後から声をかけられ、慌てて振り向いたら、そこにいたのは見知った男だった。


「……なんだエドガーか」
「何だとは酷いな。君を心配して来たのに」
「私を口説きにでも来たのかしら?」


 セリスの質問には答えず、軽く微笑んで「隣いいかい?」と尋ねた。


「それも半分あるけどね。でも君は悩んでいるようだから、今度にするよ」
「別に悩んでなんて……」
「帝国にいた頃の君は常勝将軍だった。君に恋する男性がいても、君は冷たくあしらっていたんじゃないかな?」
「……あ、当たり前でしょう!? 大体好きでもない相手に恋なんてできるわけないじゃない!」
「もったいないな。こんなに美人のレディがいるのに、帝国の兵士達は勇気がない」
「……口説くのは今度なんでしょう?」


 赤くなった顔を逸らすセリスに、エドガーは肩をすくめて言った。


「じゃあ話を戻そう。そうだな……まず目を閉じて思い浮かべてごらん」
「何を?」
「男性じゃなくてもいい。君が一番大事なもの」
「大事なものねぇ……」


 目を閉じて考えてみるが、思い浮かぶのは宝物のアンティーク絵本と、あとは魔導工場のシド博士くらいだった。
 さすがにシド博士はないか……とさらに考え込んでいたら、それに気付いたエドガーが横から別の提案を出した。


「逆に君を大事に想ってくれる人とかでもいい」
「……大事に、想ってくれる……」


 目を閉じたままそれをひたすら考えていると、ある一人の知っている男性が頭の中をよぎった。
 その男性が、真っ直ぐ自分を見て、「守ってやるから!」とセリスに告げる姿が、少しずつ形になっていく……。


(何故あの人が出てくるのよ……)
「続けるよ」
「ちょ、ちょっと待っ……」
「そのまま目を閉じて。……しかしその相手は本当は君じゃなくて別のものを大切にしていた」


 エドガーに言われた通りに考えると、何故か思い浮かんだ男性が途中に寄った町で別の女性を見つめている姿が浮かんだ。
 その女性は死んでいるのに、まだ生きているかのように美しくて、何よりも彼が生きているかのように彼女を見つめている姿に、少しだけ複雑な気持ちになったことを思い出した。


(なんで私はそんな気持ちになったの……?)
「そんな君を私は口説こうと考え、私は君をその相手に近づけさせないようにした」
「……え? な、何言って……」
「そうだな。フィガロ城にでも監禁しようか。でももちろん、君の事は大切にするよ私は。その相手には会わせないけどね」


 エドガーの言葉に少し戸惑ったが、何故か反論しようとか、そういう気持ちになれなかった。


「……目を開けていいよ。さあ、君はどうする?」
「そうね。あなたを締め上げて、フィガロ城から脱出するわ」
「それでその相手に会いに行くわけだ」
「……多分ね」
「マリアも同じ気持ちさ。ただ、彼女は君のように、私を締め上げるだけの力を持っていないだけ」
「……え?」
「誰の事を思い浮かべたのかは聞かない。でも、君の中に特定の誰かが出てきたのは確かみたいだね」
「……!」
「もう一度台本を見てみるといい」


 それだけ言って、エドガーは館の中に一人消えていった。


 セリスは手に持っていた台本を開いて、もう一度歌詞を見た。


「私は……」


 少しだけ、大切な人を失いそうになるマリアの気持ちが、分かったような気がした。



 


 そしてセリスは控え室に戻り、練習を再開した。


「……」
「ど、どう?」
「凄い。これならあのセッツァーも騙せるだろう……!」


 大きな拍手と共に、ダンチョーは満足そうにそう言った。


「やったなセリス」


 まるで自分のことのように嬉しそうな顔でセリスの肩に手を置くロックを、セリスはじっと見つめる。


(マリアの気持ちが私の今の気持ちと同じだとしたら、もしかして……私はこの人の事を……?)
「どうした?」
「何でもない。練習を続けましょう」
「ん? ああ……」


 ロックの手を振りほどいて、横目でエドガーを見ると、彼は全てを見透かしたかのようにセリスに微笑んだ。


(な、何を考えてるのよ! きっとエドガーの作戦とか何かだわ!)


 セリスがマリアのように本気で恋をすることを知るのは、もう少し先の話……。

 

 

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あとがき

ロックへの恋心に気付く一歩前のセリス。この辺からセリスの口調が女言葉になってきて、コミカルな動きもするようになったのすごく好き。

 

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